「くぅ〜、いたたた……」
「まったく、いい年して子供みたいな事して、真面目に反省してくださいよっ」
「ふ、ふんっ、あたしの辞書の反省なんて文字は消してあるわ」
「……はぁ、もう無理か」
「な、なによその諦めきった冷めた目はっ」
「すいませんゆうこせんせい、おれがまちがっていました」
「白銀、アンタ今全部ひらがなで言ったでしょう?」
「これが夕呼先生なんだって自分に言い聞かせていた所です」
「くっ……」
「……武さん」
「霞、まだ間に合うから純真なままで成長しような」
「……それはともかく、篁中尉を泣かせたって本当でしょうか?」
「そ、それはぁ……」
「……泣かせたのですね?」
「厳密に言えばちょっと違うかもしれないかなぁなんて……」
「……言い訳なんて格好悪いです」
「ぐあっ」
「……巌谷中佐、良い人ですね」
「あれはタマパパと同じだ、言っても無駄なんだよ」
「……じゃあ、その予行演習と言う事で良かったですね」
「良くないよ、良くないんだよ、霞……」
「……それで月詠さんとの帰りのデート、楽しかったですか?」
「なっ!?」
「……そうですか、良かったですね」
マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction
God knows... Episode 54 −2000.9 −ご機嫌な月詠さん−
2000年 9月8日 12:20 帝国陸軍技術廠 野外演習場
一番の当事者なんだけど傍観者に徹していた武だったが、まだ言い合っている唯依と月詠と巌谷を眺めていたが、
これからどうしようかなぁと考えていた。
このまま戦術機に乗ったままでは間抜けも良い所だし、まだ『全部』見せていない武は思いついたまま秘匿回線を唯依へ繋いだ。
「白銀少佐?」
「このまま聞いてくれるか?」
「は、はい」
「中佐は月詠中尉に任せるとして、さっきのあれじゃ篁中尉も納得出来ないよな?」
「それは……」
「斯衛軍は礼節も重んじるし、武人な気質もあるだろうから、ちゃんとやらないと嫌だろ?」
「ですが、課程はどうあれ私は白銀少佐に手も足も出ませんでした」
「でも、あんな巫山戯た状況なんて想定してなかったろ?」
「……はい」
唯依の返事に武は大げさに肯くと、真剣な表情になり頭を下げる。
「すまなかったな、篁中尉」
「少佐っ!? 顔を上げてくださいっ」
慌てた唯依の言葉にゆっくりと顔を上げた武は、真剣なまま唯依を見つめて口を開く。
「だから仕切り直しをしたいんだが、篁中尉は受けてくれるか?」
「白銀少佐……」
「どうかな、まだオレの本気を見せてないから見る気はあるか?」
武の挑戦的な言葉だが真剣な表情は変わらない所から、唯依は瞼を閉じて深呼吸した後すっと見開いた目で見つめ返す。
「是非、見せてください」
「了解」
その返事を合図にお互いに近接戦闘短刀を抜き放つと、刃をぶつけ合い大きく同時に後方へ下がる。
「行くぜ」
意識を集中させていくと感覚は鋭さを超えてその先、武が完全に使いこなせるようになった零の領域に入り込む。
そこで思いっきり不知火を上空にジャンプさせると、武御雷に向かって機体を回転させながら切り込んでくる。
「くうっ……」
それを受け止めぶつかり合う短刀が火花を散らし、すかさず武御雷は反撃に出るがそこに不知火の姿は無く、本能で危険を
察知した唯依は地面を転がりその場を離れると今までいた場所には不知火が立っていた。
「避けるか、凄いな……」
「ぐ、偶然です」
「謙遜しなくていいぜ」
「今度はこちらから行きますっ!」
唯依の動かす武御雷は月詠に負けない程の早さで切り込んで来るが、武は短刀を弾くと返す刃で頭部を狙って突きを放つ。
だが、負けじとそれを受け止めてその腕を掴むと逃がさないと言った感じで引き寄せながら自らも詰め寄る。
「そこっ」
「……甘いぜっ」
逃げる事も避ける事もせずに、武も自ら距離を詰めると密着した状態で動きを封じるが、唯依もその動きに負けじと反撃しようと
した結果、錐揉みしながら上空に舞い上がると離れると同時に短刀を繰り出しまた刃がぶつかり合う。
「やるなぁ〜」
「いえ……先程頂いた白銀少佐の機動データがなければ、今の動きに合わせる事は出来ませんでした」
「ふーん、役に立って何よりだ」
本来、唯依が言っていた戦闘機動データは元々不知火・改用なのだが、霞が気を使ってライブラリー化してあり各戦術機用に
すぐ使用出来るようになっていたと武は後から知った。
だが、それを抜きにしても唯依の技術に、テストパイロットをしていたのは伊達じゃないなと感心した武である。
「それに、まだ本気ではありませんよね?」
「今から見せるさ」
「遠慮はいりません」
「泣くなよ」
この時、唯依は凄く充実感を感じていて目は真剣なのだが、自分でも知らない内にうっすらと笑みを浮かべていた。
すでに現役を退いた巌谷が若い時はこうだったのかもしれないと、極東国連軍の中で最高言われている武を相手に、唯依の心は
熱くなっていた。
もっとこの人と戦ってみたい……驚異的な力を持っている武相手に恐れも怖さもなく、ただ技を競い合いたいと思っていた
唯依は自分から仕掛けていく。
「行きます!」
「おうっ」
今自分が出来る最高の技と力を出し切るつもりで、唯依は武御雷を動かす。
それに応える為に武も本気を出して、不知火を動かす。
お互いがお互いの間合いに入った瞬間、短刀を持った武御雷の腕が不知火の頭目掛けて振り下ろされるがあっさり避けられる。
しかしそのまま持っていた短刀を手首のスナップで反対側の手に放り投げると、急制動とブーストを使って今度は下から
全力で切り上げる。
「行けるっ……」
そう確信した唯依だったが、それは確かに間違いではない……武が相手でなければ。
今までの動きから唯依がどんな技を出すか、すでにその思考すら読んでいた武には通じない。
だからと言って手を抜いたりしたら失礼だと理解している武は、持っていた短刀で振り上がってきた武御雷の腕を更に下から
刺し貫くとそのまま反対の腕に絡み付かせたぐり寄せると足を払ってそのまま地面に押し倒した。
「がっ……」
後頭部をシートの上部にぶつけて一瞬だけ気が遠くなるが、歯を食いしばり意識を無くすまいと耐えた唯依の目に映ったのは、
馬乗りになった不知火の上体がそこにあり自分が負けたと悟った。
「大丈夫か、篁中尉?」
「……だ、大丈夫です」
「嘘は言うなって、押し倒された時に頭ぶつけたろ?」
「ぶつけてません」
だが、唯依の短い悲鳴を聞いていた武は、にやにやとしながら話しかける。
「……篁中尉って意地っ張りなんだな」
「ち、違いますっ……あ」
「ほらみろ、良いから動くなよ」
「……どのみち動けません、白銀少佐に押し倒されていますから」
「それだけ言われると誤解されそうなんだけど……」
「事実です」
そう反撃する唯依の目も笑っていて、武が笑い始めたら自分も笑い始めてしまう。
少しの間そうやって笑っていたが、唯依は武を見つめると戦った感想を素直に語り始める。
「話以上の強さ、見せて頂きました。良い経験をありがとうございました」
「篁中尉もなかなかだったぜ、月詠さんとの稽古をしてなかったら危なかったかもな」
「謙遜を……」
「ほらっ、斯衛軍は軍人と言うより武人だろ? だから技自体は凄く洗練されているからさ、その中でも月詠さんってオレが
知っている人じゃ一番なんだよ。お陰で日頃から鍛錬をしている成果が発揮できて良かったよ」
「なるほど、つまり私の相手は白銀少佐一人では無かったと言う事ですか……それでは勝てませんね」
「ああ、そうだな。オレは一人じゃ戦えない臆病者だからさ……」
「白銀少佐?」
「……うん、篁中尉の言う通りだな。最後は愛が勝つ〜って事で月詠さんの愛がオレに勝利をもたらせたぜ」
「くすっ、何ですかその歌は?」
「ありゃ知らないか、良い歌なんだぜ〜」
ほんの一瞬、武の顔から余裕みたいな物が無くなったように感じた唯依だったが、すぐにおどけてしまいそれ以上は気にしなかった
が、アラスカでその意味を知る事になるとは今はまだ解らなかった。
多少下手なのは愛嬌だが、歌い始める武を可笑しそうに見つめる唯依の間は、良い雰囲気になっていた。
「……た、武様、このような所で……でも、その嬉しいです……」
一方、いつの間にか始まっていた武と唯依の戦いに気が付きそれを見ていた巌谷の横で、オープンチャンネルで会話していた
武のセリフに、月詠は耳まで赤く染まった嬉し恥ずかし笑顔を必死に手で隠していた。
さっきまでの不機嫌は宇宙の彼方まで飛んでいったらしく、今の月詠の乙女心は嬉しさで満ち溢れていた。
その月詠を見るのは悪いと思い、今の戦いで模擬刀ではなく短刀で本気で斬り合っていた二人の戦いを見ていた巌谷は、
改めて武の強さに驚きと敬意を持っていた。
「人類はBETA如きに負けないか……なるほど、彼が香月副司令にそう断言させられるだけ存在なのだな」
滅多にしないが顔に残した傷跡を指先で撫でながら、巌谷は絶望の中に生まれた希望が確かに存在しているとこの日確信した。
そして巌谷を味方に付ける事が出来たお陰で、後に起きるクーデターにおいて武達には大きな力となった。
しかし、シリアスな感じはそこまでで、お見合いが成功したと仲人任せろな感じなおじさんに戻った巌谷は、会話が弾んでいる
武と唯依に話しかける。
「それはさておき……白銀少佐」
「あ、はい、なんでしょうか、巌谷中佐」
「若い者の邪魔をするつもりはなかったが、様子を見ている感じでは口出し無用だったな」
「へっ?」
「おじ様?」
「うむ、くれぐれも唯依ちゃんの事、よろしくな。いやぁ〜、これでアイツに良い報告が出来るな」
「巌谷中佐っ!?」
「おじ様っ!?」
「そうだっ! 二人の子供の名付け親は私がしたいのだがいいかな?」
「「何の話しですかーっ!!」」
ぽーっと武の言葉で幸せに浸っている月詠に代わって、武と唯依と巌谷の間で再び言い争いが始まった。
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