「あれ? 夕呼せんせ〜、タケルちゃんは?」
「お出かけ中よ……月詠中尉と二人きりで」
「むータケルちゃんめ〜、わたしだってお出かけしたいよ〜」
「しかも、今日はお出かけ先で月詠中尉に負けないぐらいの美人と会ってるわ」
「ふんぬーっ、おのれタケルちゃん、また女の人を毒牙に掛ける気なんだーっ!」
「その毒牙に真っ先にかかったのは誰かしら、ねえ鑑?」
「え、あ、あははっ……って霞ちゃん、何してるの?」
「……ちょっとアラスカの事で気になる事が……」
「オーロラ見たいとか?」
「……違います、香月博士、この人達……」
「ん? ああ、彼女たちね……解ってるんでしょ、霞は?」
「……はい」
「対策していく?」
「……いえ、隠す必要はありませんから」
「ホントに強くなったわね、霞」
「……守られてばかりなのは嫌です」
「そうね……」
「ねえねえ、何の話?」
「何でもないわ、鑑」
「……なんでもありません、純夏さん」
「う〜、二人してその笑顔はなんなのさーっ!」
「気のせいよ」
「……気のせいです」
「肩叩かないで〜、頭撫でないで〜」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 53 −2000.9 −嫉妬する月詠さん−




2000年 9月8日 11:35 帝国陸軍技術廠 野外演習場

唯依は今の状況を信じられなかった。
さっきから武の不知火に良いようにあしらわれて、何回と地面に転がされて機体が泥にまみれていく。
OSは同じXM3、機体の差も武御雷の方にアドバンテージがあるのに、武の動きに着いていけない。

「これで何回かな?」
「くっ」
「んー、これじゃ一方的で良い気分じゃないから……そうだっ!」
「な、なんでしょうか?」
「鬼ごっこに変更しよう」
「えっ?」

そう言った武は機体を後退させながら、不知火の手をがちゃがちゃ鳴らして唯依を挑発する。

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ〜」

小馬鹿にしたような武の下手な歌に唯依の神経は逆撫でされて、なんとしても捕まえてお返しに泥塗れにしてやると全力で
追い掛ける。
しかしそれでも不知火に触れる事すら出来ず、戦術機同士での鬼ごっこは続いていく。
これをモニタールームで見ていた巌谷はくくっと肩を振るわせて笑いを堪えていて、月詠は馬鹿な事をしている武が恥ずかしくて
羞恥に頬を赤く染める。

「こ、これは凄いな……篁中尉が手も足も出ないとは」
「何をやっているんだ、白銀……少佐はっ」
「しかし逆に良く解るな、新OSの凄さが……自分の機体より上回るスペックの武御雷相手にここまで凌げるとはな」
「……白銀少佐の機動概念は、我々が築いて来た物とは全く別物です。ですがその有用性は戦闘証明済みです」
「うむ、こうして見せて貰ったから解るが根本的に発想が違うな。しかし、これだけの技術はどこで習得したものか……」
「それは……」
「いや、聞くまい。それに課程はともかく我々人類に取って希望がはっきりと見える」
「香月副司令の話ですが、白銀少佐のお陰であと十年と言われていた人類存亡の残り時間が三十年以上に延ばされました」
「これを見れば、そうだろうな」

そんなお堅い話をしている二人なのだが、モニターの中ではまだ二人の鬼ごっこが続いていた。
しかも、その様子が微妙に変化しているのに、月詠の綺麗な眉がぴくっと反応する。

「唯依ちゃんこっちだよ〜、捕まえてごらん〜」
「……っ、絶対に捕まえますっ!」
「ほらほら〜」

いつの間にか馴れ馴れしく名前で呼んでいる武に、恋する月詠の乙女心は素直に嫉妬するのは仕方がないが、まだこの時は表情に
出す事は押さえる事が出来た。
その間も、砂浜で生身で追い掛けていれば波打ち際で戯れる恋人同士に見えなくもない鬼ごっこは続いていたが、場所も演習場で
戦術機同士では色気も何もない。
ひらりひらりと追撃を避ける武の不知火に、唯依の武御雷は後一歩の距離が詰められない。

「こんな事って……くっ」

巌谷の元でテストパイロットをしている唯依の腕は悪くなく、自分でもそれなりの自信が有ったが今はそれが揺らいでいた。
いくら話に聞いていた武の凄さでも、ここまで手も足も出ないなんて予想して無かった唯依は焦りが生まれてしまい、それが
悔しさを強くしていく。

「こんな無様な姿、中佐の前で見せる事になるなんて……」

情けない……その思いで頭の中が一杯になり、目頭が熱くなって瞳が潤み始めていた。
そんな唯依の様子に珍しく気づいた武は、動きを止めてその場で機体の向きを変えて、唯依と向かい合う。
突然停止した不知火にぶつかりそうになったが、なんとか踏みとどまるとモニターの中で武が困ったような顔で話しかける。

「あー、そのなんだ……ご、ごめん」
「な、なんですか、それはっ?」
「その……からかうつもりはなかったんだけどさ……」
「だからなんですかっ?」
「つまり、その……泣かしちゃったみたいで、ホントごめん」
「だ、誰が泣いているんですかっ!」
「篁中尉」
「泣いてませんっ」
「でも、瞳がうるうるしてるじゃん」
「してませんっ」
「うん、本当にごめんっ」
「だ、だからっ……」

そう言われて目元を拭った唯依は指先が濡れている事に気づき、自分でも泣きそうになっていたと自覚したけれど、こんな事
ぐらいで泣いたと思われても軍人として恥ずかしさがこみ上げてくるだけだった。
そんな唯依にどんな言葉を掛けて良いのか困っている武に、巌谷から通信が入る。

「……ごほん、白銀少佐」
「巌谷中佐?」
「今ので十分に見せて貰った、ありがとう」
「い、いえ」
「それはともかく、見逃せないのが篁中尉を泣かした事だが、この責任は取って貰えるのかな?」
「いいっ!?」
「唯依ちゃんは親友の娘なんだが、男に泣かされたとあっては見過ごす訳にはいかん」
「そう言われましても……ねえ、月詠中尉?」
「知りません、白銀少佐の女性問題など今に始まった事ではありませんから」
「つ、月詠さんっ!?」
「白銀少佐、君が殿下を始め数々の女性に手を出しているのは聞き及んでいるが、きちんと責任を取ると私は信じているぞ。
だから唯依ちゃん、安心してお嫁にいきなさい」
「お、おじ様っ!?」
「あいつに誓っていい加減な男に唯依ちゃんはやれんよ、その点白銀少佐なら問題ない」

はっはっはっと笑いながら話す巌谷に、唯依も武も月詠さえ唖然としてしまう。
すでに話の論点がずれていると思った武だったが、ふと嫌な予感が頭の中を横切り、思わず巌谷に聞いてしまう。

「あの、巌谷中佐」
「なにかね?」
「そもそも今日は、アラスカへ行く前の顔合わせでは?」
「ふむ、それもある」
「それもって、他に何かあるんですかっ!?」
「うむ、実は自分で命令をしたが唯依ちゃん一人でアラスカに行かせるには少々不安もあってそれを香月副司令に相談した所、
白銀少佐に任せてみると言うのはどうでしょうと提案されてな……うむ、この目で少佐の事を確かめられて私も安心したよ」
「またなのかよ……」
「白銀少佐、泣かせた分はこれからがんばって貰うとして、唯依ちゃんを頼むよ」
「夕呼先生はオレになにをさせたいんだよ……」

もう何しに来たのか解らなくなって、武は不知火のコクピットの中でがっくりと項垂れて体から力が抜けてしまう。
そして呆然としていた唯依も、慌てて巌谷を問いつめる。

「中佐、これってどう言う事ですかっ!」
「うむ、つまり唯依ちゃんの為に気を使って……」
「そんな気づかいは結構ですっ!」
「しかしだな、遠い異国で不安な日々を過ごすより、頼りになる男が側にいれば唯依ちゃんも平気かなと思ってだな……」
「任務で行くからそんなの関係有りませんっ、そもそもその命令を出したのは中佐ではありませんかっ」
「そうだ、だからこそ万全の体勢で行って欲しくて、これも親心だと理解して貰えるかな?」
「理解出来ません、任務に私情を挟むのは止めてください」
「しかしだな、唯依ちゃん……」
「巌谷中佐、公私混同は控えてください」
「む、むぅ……」

余計な事をする父親に向かって反発する娘のような会話に、月詠は聞かぬ振りをして武の事をじっと睨んでいて、その視線を
感じたのかびくっと体を震わせて顔を上げた武は嫌な予感が体を駆けめぐる。
睨む唯依と笑う巌谷の間でなんだか微妙な空気が辺りを漂い始める中、夕呼の影響があると責任を感じてなんとかこの場を
取り繕うしかないと脱力していた武は気力を振り絞る。

「あ、あの、巌谷中佐……」
「白銀少佐、男の甲斐性を見せてくれる気になったか?」
「甲斐性も何も、これはお見合いじゃないんですからそう言う事は……」
「何を言っているんだ白銀少佐、私は至って真面目だよ」
「そ、そうですよね、と言う事は今までのは冗談……」
「唯依ちゃんの親代わりとしては、お見合いの席に同席するのは当たり前だろう」
「なんすかそれはっ!」
「それはどう言う事ですか、巌谷中佐っ!?」

それまで黙っていた月詠は、巌谷の言葉から今日の事が単なる顔合わせではないと気づいて、落ち着いていた表情を止めて
巌谷に問いただす。
この時、武は嫌な予感が的中して再び脱力して力無く笑っていた。

「ふむ、香月副司令から話をされていると思っていたのだが……顔合わせと言うのは建前で、今日は白銀少佐と唯依ちゃんの
お見合いなんだが」
「どうしてそのような話になるのですかっ!」
「月詠中尉、君も知っての通り斯衛軍となれば常に殿下を始め皇族を守る要職だ。しかもこの通り少々堅くて融通がきかんから、
浮いた話の一つもなくて常々心配していたのだよ」
「うっ」

まるで武と出会う以前の自分の事を言われているようで、月詠は一瞬だけ気勢が削がれる間も巌谷の話は続いている。

「だが、香月副司令の薦めとこうして本人と直接会い話した事で私は確信した。唯依ちゃんを任せる事が出来うる人物だとな」
「で、ですが、今日の事は任務の一環としか聞いておりません」
「まあまあ月詠中尉、唯依ちゃんは良い娘だし同じ斯衛軍な君ならば気も合うだろう」
「巌谷中佐、人の話を聞いていますか?」
「うむ、魅力的な白銀少佐を独り占めしたい月詠中尉の気持ちも解るが、そこに唯依ちゃんも加えて欲しい」
「な、なっ……」
「それに今の表情は実に良い、綺麗な女性の嫉妬とは可愛いものだな。唯依ちゃんもそんな顔を見せてくれる想像すると楽しいよ」
「○×△□っ!?」

まりもと一緒でかなり独占欲が強い事を指摘され何も言えなくなる月詠だが、ここで怯んだら押し切られると何か言おうとする。
そこにもう黙っていられないと、素に戻って面倒を見てくれるおじさんに対して文句を言うように唯依が口を挟む。

「おじ様っ、勝手な事を言わないでくださいっ」
「しかしだな、あいつから君の事を任されている私としては出来る限りの事を……」
「大きなお世話ですっ、自分の事ぐらい自分で出来ます」
「巌谷中佐、本人もこう言っているのですから、今回の話は無かったと言う事で宜しいですね?」
「む、むぅ……しかしもう香月副司令は悠陽殿下に話しておくと言ってたから、今からそれを撤回するのは……」
「「してくださいっ!!」」

一人は羞恥心で、一人は指摘された嫉妬で、今回の事を画策した巌谷に詰め寄り撤回させるように言うが、のらりくらりと
避ける巌谷には通じていないようだった。
モニターの中で言い合っている三人を呆然と見ながらその話を聞いていた武は思い出していた、巌谷にもの凄くよく似ている
人物の事を……。

「だ、だめだ、この人タマパパと同じだ……」

さっきまで話していたシリアスな人物像は崩れ去り、単なる親馬鹿な巌谷を見ながら武はただ笑い続けるしかなかった。
そして笑いながら更に武の不安は増大していた。

「ま、まさかアラスカでも……いや、それはいくらなんでも……だけど夕呼先生が行けって言うぐらいだから……」

BETAに対しては比類無き力を見せる武だったが、そんな事よりも恐ろしいのが自分の知らない所で発揮している恋愛原子核論
に他ならない。
ハーレムを確立するのが先か、女性恐怖症になるのが先か、今の武の最優先事項はそれしか考えられなかった。
そして横浜基地に帰ったら必ず夕呼をとっちめると心に誓い、今はただ何も言わず嵐が過ぎ去るのを待つ武だった。






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