「言われた通り、向こうには資料を送っておいたけど、あれで良かったの?」
「ええ、たしかにクーデターの事を考えればリスクはありますが、それ以上に余計な死人を増やしたくないです」
「なるほど、でもこれも布石なんでしょ?」
「些細な事ですけどね、この事を深く考えるかどうかはあいつら次第ですが……」
「そうね……で、今日はどこまで見せる気なの?」
「まずは会ってみないと何とも言えないですよ、月詠さんから聞いた話が本当なら期待していますけど」
「まいいわ、それよりも……んふふっ」
「なんですか先生、その変な笑いは?」
「篁唯依中尉、美人なんだってよ〜」
「だから何だって言うんですか……」
「べっつに〜」
「……武さん」
「霞、お前からも夕呼先生に何か言ってやれ」
「……別に(くすっ)」
「…………」
「ほらほら〜、霞だって同じ事を思ってるんじゃないかしら〜」
「ええーいっ、もう行くっ」
「おみやげよろしくね〜」
「……いってらっしゃい」
「夕呼先生」
「何よ?」
「そうやっていると、母娘に見送られている気がしますよ」
「なっ……」
「……わたし、武さんの娘じゃありません」
「ははっ、じゃーなー」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 52 −2000.9 −微笑む月詠さん−




2000年 9月8日 9:00 横浜基地 正面ゲート

今日はアラスカへ行く前に、帝国陸軍技術廠に窺うと言うと事で、案内を頼んだ月詠と出かける所だった。
そこで車に乗り込む所だが、ちょっとだけ二人の間で押し問答になっていた。

「だから私が運転すると言っていますっ」
「お願いっ、ちょっとだけでいいから〜」
「なんですかそれは?」
「オレ、車の運転した事無いから是非っ」
「……速く乗ってください、出発します」
「ああっ、そんな月詠さ〜ん」

運転もした事が無い人にそんなのさせる方が無理があると、月詠はさっさと運転席に乗り込むとエンジンを始動させる。
慌てて助手席に乗り込む武だが、それでも途中で変わってとまだお願いしているが、取り合わず車は横浜基地を
後にした。

「まったく、戦術機をあれだけ上手く操縦出来る癖に、車の運転した事無いってよ?」
「まったくだな、それと女には手が早いが扱いは子供だよな?」
「「あっはっはっは〜っ」」

ゲートの警備兵に話を聞かれて笑われていたなんて、走っている車の中でまだ諦めずに月詠に言い寄っている武に
それは聞こえる事はない。
結局、自分で運転する事が無理だと解った武は大人しく助手席でしていたのだが、帝都に向かって走る風景を見ながらぼそっと
呟く。

「話が通じる人だといいんだけどなぁ……」
「帝国軍人の中でも、巌谷中佐は一角の人物です。武様の話は決して無駄にならないと思います」
「そっか、月詠さんが言うなら安心だ」
「あ、ありがとうございます」

と、真面目な軍人っぽい表情から急に少年の顔に戻った武は、運転している月詠の横顔をじっと見つめる。

「……せっかく二人きりなのになぁ〜、もっと砕けて話さない……真那ちゃん」
「た、武様っ!?」
「おわっ!?」

急に名前で呼ばれて動揺した月詠は思わずブレーキを踏んでしまい、シートベルトもしていない武はフロントガラスに
突っ込みそうになり、なんとか踏ん張ってそれを回避出来た。

「ふー、危うくギャグマンガの様に飛び出しちゃう所だったぜ」
「すみません、でも武様が急に……それに今は任務中です」
「でも二人きりだけど?」
「こ、公私混同は控えてください」
「うーん、しょうがないなぁ〜、でも事故ったら危ないし、大人しくしている事にします」
「是非、そうしてください」

だが、横顔をじーっと見つめられている月詠の頬は赤みが差しており、時折小声で名前を口にする武に横目で抗議しつつ
二人を乗せた車は目的地の帝国陸軍司令部に向かっていた。
それから予定通りに到着した武と月詠を出迎えたのは、先日に巌谷から命令を受けていた唯依だった。

「お待ちしていました、白銀少佐」
「こちらこそ、忙しい中お邪魔します」
「では、ご案内します」

さすがに帝国軍の本拠地で巫山戯る様子がない武だったが、後ろに控えている月詠がじっと睨んでいるからかも
しれないが真相はまだ解らない。
そのまま唯依に案内されて通された部屋は応接間で、そこには先客がいて夕呼が書類を送りつけた本人が待っていた。

「初めまして、白銀武少佐です」
「巌谷榮二中佐です、よろしく」

お互い簡潔な挨拶だが、少なくても武の巌谷に対しての第一印象は悪くなかった。
軍人らしい感じはもっともだけど、それ以上に自分を見る真っ直ぐな目が、どことなく自分の父親に似ているような
気がしていた。
武の横に月詠が、巌谷の横に唯依が座り、話が始まる。

「持って回った言い回しは好きではないので率直に言おう、今回の情報には感謝しているが納得しきれない部分もある」
「それはそうでしょう、オレだって胡散臭いと思いますよ。だからこうして来た訳ですが……」
「ふむ……」
「と、その前に手土産をお渡ししましょう」

そう言って武は月詠が持っていた封筒を受け取ると、巌谷に差し出すとそれを受け取り中身を確認すると、三枚のディスクが
出てきた。

「これは?」
「一つはXM3のマスターディスク、もう一つは先日の第二防衛線において、オレが単独で戦った時の戦闘機動データですよ。
そしてもう一つはお楽しみという事で」
「ほう……つまり斯衛軍だけではなく帝国軍でも使用しても構わないと、しかも国連軍より先に?」
「ええ、構いません」
「何故?」
「日本は極東最前線でもあります、先のBETA襲撃の事もあって、対応を急ぐと判断したからです」
「なるほど、理屈は通っているな」
「それにオレは信用してないんですよ、海の向こうからこちらの邪魔をする連中をね……」
「邪魔か……」
「ええ、ですが横浜基地の連中は信じていますよ、基地のみんなは意志が固まっていますから」
「そうか……」

武の簡潔な言い方に嘘は感じられず、それ以上探りを入れるつもりは無く、巌谷は多少雰囲気を軟化させた。
実際の所、斯衛軍でも使用している新OSは帝国軍としても咽から手が出る程欲しい物であり、衛士たちの生存率を上げるのに
先に貰っていた強化計画と支援装備に加える事を考えれば反対する方に無理がある。
そこに武は付け加えるように言葉を繋ぐ。

「今、横浜基地に帝国軍の一部隊にXM3搭載機で訓練を行わせていますが、かなりの物になっています。彼女たちの力を
見れば納得して頂けると思います」
「その話は聞いている、独立部隊になったこともな」
「そうですか」
「ただ、私も現場の人間でな……この目で確認したいと思う」
「そう言うと思ってましたので、今からお見せしましょう」
「むっ」

そう言って立ち上がる武は、自分の持っていた鞄を持ち上げると、ニヤッと笑う。

「強化服を持ってきたので、機体をお借り出来ますか?」
「……ふむ、いいだろう。用意させるので少し時間を貰おう」
「了解です、それじゃ悪いけど篁中尉、相手をして貰えるかな?」

唯依は巌谷に視線で確認を取ると頷いて返答されたので、立ち上がると武に向かって敬礼をした。

「話に聞いた白銀少佐の実力、楽しみにしています」
「自信ありそうな返事だな、じゃあもしオレが勝ったら篁中尉に何して貰おうかなぁ……」
「は?」
「白銀少佐、何か言いましたか?」
「い、いやー、な、何でもないでありますよ、月詠中尉」
「そうですか……」
「ほっ……」

つい調子に乗って余計な事を口走る武は隣から迫り来る月詠の殺気に腰が抜けそうになり、慌てて冗談だよと小声でいい訳を
するが聞き届けて貰えたか不明である。
何しろ今の月詠は斯衛軍としての態度でいるから、内心を隠していつもの凛とした表情を見せていた分、武の恐怖は
いつもより上乗せされているのである。
そんな様子を見ていた唯依は憮然と月詠と武を見つめていて、隣の巌谷は内心笑いを堪えるだけで精一杯だった。
暫くして武の機体が用意出来たと連絡があり、強化服に着替えてハンガーまで案内されると見慣れた不知火があり、コクピットに
乗り込むとOSの確認と設定に入った。

「なるほど、レールガンの為に強化した機体か……でも、夕呼先生に言わせれば煮詰め方が甘いって言いそうだな。OSは
オレが持ってきた奴だから問題ないけど……お、CPUも換装してあるのか、これは夕呼先生が手を回したのかな……」

その通り武がこうするであろうと予想していた夕呼は、実は支援装備の図面と共に送りつけていた物であり、今日はOSを持ってくると
前もって知っていた巌谷が換装する為に時間をくれと言ったのが本当の所だった。
手を動かしながら呟きつつざっと調整を終わらせる武に、自分の機体である武御雷に乗って待っていた唯依から通信が入る。

「白銀少佐、宜しいですか?」
「ああ、なんとかいけるぞ」
「なんとかでは困りませんか?」
「……甘いなぁ、篁中尉」
「えっ」

操縦桿を握りしめながら武はモニターの中でこっちを見ている唯依に、今まで出していた友好的な態度を消して言葉を続ける。

「一つ質問だ、篁中尉……あんたの相手はなんなんだ?」
「それは、BETAです」
「ふーん……オレはてっきり人間なのかと思っていたよ」
「なっ」
「それを今から教えてやるよ……体にな」
「っ!!」

小馬鹿にしたようにニヤリと意地悪く笑う武に唯依は眉を吊り上げて睨み返す。
それを気にせずに武はハンガーから機体を動かすと、教えられていた演習場まで先にたどり着く。
少し遅れて到着した唯依の武御雷が現れるのを見計らって、装備していた突撃銃と模擬刀をその場に捨てると無手で対峙する。

「それはどう言うつもりですか?」
「おいおい、BETAが銃や刀を使うのか?」
「それはっ」
「それにな……もう始まっているんだぜ」
「なっ!?」

いきなり武御雷に急接近した武の不知火は、そのまま胴体と股下に腕を回すとそのまま放り投げて受け身も取らさないように
地面に押さえ込む。
モニタールームでその様子を見ていた巌谷は初めて唯依の機体が泥まみれになるのを見て驚いていたが、それ以上に武の
動かした不知火の反応速度に注目していた。

「まったく、やってくれるな……」

その呟きに視線をモニターから横に動かした時、微笑を浮かべている月詠に今度こそ表情を変えて驚かされた巌谷であった。
斯衛軍の中でもその人ありと言われていた月詠が、自然体で状況を楽しんでいる様を見れば他の人も同じ気持ちになるかも
しれない。
それはともかく、再び視線を元に戻すとゆっくり起きあがる不知火に続いて武御雷が立ち上がる。

「今ので一回死んだな」
「くっ……」

巌谷の前で意図もあっさり倒された屈辱に、整っていた表情を歪ませて唯依は奥歯を噛み締める。
だが、まだまだこんなもので済まされない事を彼女はまだ知らない。






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