「んー」
「どうしたの、タケルちゃん?」
「ああ、純夏か……いや、アラスカ行くんだけど何を持って行けばいいかなって思ってな……」
「ねえねえ、お土産忘れないでね」
「誰がお土産の話をしてるんだよっ、バカかおめーは」
「なにおーっ!」
「ああ、霞さんが羨ましいですわ。武様とご一緒なんて……」
「悠陽にはやる事沢山有るから諦めるんだな」
「本当に残念ですわ……」
「武様、これをどうぞ」
「月詠さん、これは……お守り?」
「はい、無事なお帰りをお待ちしています」
「ありがとう、月詠さん」
「いえ……」
「なんだよタケルちゃん、月詠さんだけには優しいんだからっ」
「そうですわね、神宮司軍曹にもお優しいし、どことなく平等では無いような気がします」
「……武さん」
「おお霞、なんだその白いもこもこは〜?」
「……香月博士がこれ着なさいって」
「よく似合ってるな、これじゃ本当にうさぎだな、可愛いぞ」
「……あ、ありがとうございます」
「むきーっ、無視するなーっ! わたしにも優しくしろーっ!」
「武様、わたくしも……」
「あのな……純夏は訓練だろ、悠陽は仕事に戻れ」
「タケルちゃんのばかーっ!」
「武様っていけずですわ」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 51 −2000.9 −内助の功−




2000年 9月7日 10:00 帝国陸軍技術廠 第壱開発局

「ふむ……」

読み終えた書類を机の上に置いて、ここの副局長でもある巌谷榮二中佐は口元を歪めて何かを考えていた。
大陸での凄まじい勇戦、そして戦術機開発においても伝説的なテストパイロットを務めた経歴の持ち主は、今見た書類を
読んだ上で感じた事がその口からため息を漏らしていた。

「失礼します」

ドアがノックされて扉を開けて入ってきた女性は、部屋の中に入ると難しい顔をしている巌谷の前まで近づくと、
敬礼をして直立不動の姿勢を取る。

「お呼びでしょうか、中佐」
「うむ……」
「中佐?」
「まずこれを読んでくれ、話はそれからだ」
「はっ」

巌谷に促されて机の上にあった書類には重要機密の赤文字がありそれだけでも重要度が高いのは解っていたが、問題は
それを作成したのが帝国軍ではなく国連軍となっていた所だった。
女性は眉をひそめるがとにかく手に取りざっと目を通していくに従って、落ち着いていた表情は驚きへと変わっていく。
その変化に目の前で自分と同じ感想を持ったと感じた巌谷は、自分の考えを口にした。

「やはりそう感じるか……」
「中佐、こんな事が有り得るんですかっ!?」
「話だけなら疑う所だが、現実に存在して運用し、更に多大な戦果も上げている事は否定出来ない」
「しかし、これは……」
「そうだ、我々が抱えていた問題を一気に解決するどころか、すでに先を行っている……」

女性が手にしていた書類には、ここ数年問題になっていた不知火の改修計画をあっさり作り上げ運用した事と、それに伴い
新たに開発された支援装備一式、そして現在斯衛軍においても使用され始めているOS【XM3】に関しての情報だった。
しかも、現在テスト中のレールガンの改修や新型戦術機に関していくつかの構想も付け加えてあった事に驚くなと言った方が
無理がある。

「先の佐渡島ハイヴからの侵攻に際して、国連横浜基地から出撃した部隊は信じられない程の速度で展開し、崩壊しかけた
第二防衛線を短時間で立て直した上にBETA共を追い返してしまった。つまり、ここに有る数値はみな戦闘証明済みの
証も付け足してある事になる」
「ですが中佐、こんな事が有り得るとしてもどこかこう……」
「そうだ、我々がこれだけ苦労している現実を考えれば、不自然と言った感じが貴様も感じ取れただろう」
「はい」
「そして先日、悠陽殿下自らの指示で作らせていた武御雷の特別機を用意したのだが、これもはっきり言えば異常な仕様だ」
「えっ」

鍵を掛けてあった机の引き出しから取り出した別の書類を女性に手渡すと、その反応を待つように巌谷は黙り込む。
書類をめくる音が部屋の中に響き、見終わった女性の顔には先ほど以上の驚きが現れていた。

「こ、この仕様はっ!?」
「過度すぎる耐久性と限界値の機動性……それだけの物でなければ使用に耐えない扱いをする衛士が存在すると言う事が、
私の知っている限りでは存在していなかった」
「中佐……」
「だがその人物も確かに存在し、先の第二防衛線の最前線に於いて単機で無数のBETAを相手に戦い抜き、生き延びた事も事実だ」
「噂だけではなくその実力も話以上だと言う事ですか……」

そこで一端話を切ると女性と共にソファーに移動して、腰を降ろすと巌谷はポットから急須にお湯を注ぎお茶を用意した。

「あ、すみません、中佐にそのような……」
「気にする事はない、呼び出したのは私だからな」

そこでお互いにお茶を口に含み一息ついてから、巌谷は話の続きをする。

「どんな意図が有るか解らないが、これらの事実は日本にも人類にも明るい事なのは間違いない事だ」
「はい」
「すでに不知火の改修計画と支援装備に関しては設計図も添付してあったので、各社は製造に入っている。お陰で時期主力機の
開発に関して集中出来るようになったと感謝されたがな……」
「個人的な意見はともかく、現場で戦う衛士達には心強い事でしょう」
「あと、貴様がテストしていた試製99型電磁投射砲だが、これに関しても問題があった箇所の改修プランもおまけだと書き足して
追加されていて、開発局では呆れるしかなかったぞ」
「そんなことまで……」
「まったく帝国軍技術廠としては面目丸つぶれだが、現実は厳しくそうは言ってられない。皆もそれを理解しているから
感謝している者も少なくないし、それ以上に刺激されて発憤する者が多くなったよ」
「そうですか、でもこれを考えた人物は本当に天才なのでしょうか」
「この書類をわざわざ悠陽殿下を通してこちらに回してきたのは、国連横浜基地の香月副司令だそうだ。だからこそ感じる
違和感が拭えないのだがな……」

自分を戒める為に消さなかった顔の傷跡を歪ませて苦笑いする巌谷に、女性は肯いて自分でも考えていた。
現在、日本主導で行われているオルタネイティヴ計画の中心人物である夕呼が、何故畑違いな事に首を突っ込むだけでなく、
こうして数々の情報を提供するのか理解出来ない部分が巌谷と同じ思いを抱かせていた。
そんな女性の様子を見つめながら、巌谷は話の本筋を切り出す。

「そこで私は敢えて横浜基地の香月副司令宛に打診してみた……これらは何を意味するものなのかと」
「それで?」
「モニター越しに見た彼女は笑ってこう言ったよ、『好きな人にお願いされたら、断れないでしょう』ってな」
「はあっ?」
「一瞬馬鹿にされているのかと思ったが、真剣な目は嘘を付いているように見えなかった。おそらく本当なのだろう……」
「だ、だからってそれだけの為にここまでするんですか?」
「ここまでさせる程に思われている人物に、私は興味がわいたよ……白銀武、おそらくこの人物が全ての中心にいるのかも
しれないな……」
「白銀武と言うと、XM3の発案者ですね」
「そうだ、そして誰も考えつかなかった三次元立体機動は対BETA戦及びハイヴ攻略戦においても有効だと判断できる」

そう、それこそが巌谷に取って最初の違和感の元になっていたのである。
明星作戦において多大な戦果を上げていた事も記録で解っていたが、それまではごく一般な市民に過ぎなかった人物がどうやって
ここまでの知識や技術を手にしているのか、単に天才の一言で片づけられる程に巌谷は安易に考えていなかった。
そこで姿勢を正しまっすぐに見つめてくる巌谷に、女性は何を言われるのか気を引き締める。

「ともかく、我々帝国軍としてはこれを機会として時期主力機開発計画の前倒しを決定した。それに伴い貴様に特別任務を
与える事にした」
「特別任務でありますか?」
「戦術機に対する技術と知識、それに常日頃から国産機に懸けるその思いを見込んでの特別任務になる」
「解りました、それで特別任務の内容はどう言ったものでしょう?」
「うむ、帝国軍技術廠を代表して、貴様にはアラスカに行って貰う」
「アラスカ、ですかっ!?」
「そうだ、それともうひとつ……同行する者が居るのでその人物の観察も含めた任務になる」
「観察? 監視ではなく観察なのですか?」
「だがあくまでも貴様の任務はアラスカでの時期主力機開発計画が優先になる事を忘れるな、観察は可能な限りで良い」
「解りました、それでその人物と言うのは?」

すでに冷めたお茶を飲み干すと巌谷は今までの硬い表情を緩めて、上司の顔から親友の娘に対するおじさんのように変化させてから
その名を口にする。

「国連横浜基地所属、白銀武少佐だ」
「えっ?」
「同じく社霞少尉、その二名になる」
「二人ですか……」
「もちろん親しくなっても構わないし、その方が都合が良いかもしれない。その辺りに関しては自由に判断していい」
「解りました……」
「もし観察している事が向こうに解ってしまった場合は、認めてしまっても構わない」
「それで宜しいのですか?」
「ああ、唯依ちゃんに任せるよ」
「中佐っ、今は仕事中なのですから、その呼び方は……」
「相変わらず堅いな、そんなんじゃ何時になってもお嫁に行けないぞ?」
「わ、わたしは帝国軍人です。そんな事考えていませんっ」
「はぁ……親父さんに似すぎだな、もう少し柔軟に考えても良いと思うが……」

急に砕けてプライベートの時に呼ばれ方をされて戸惑い、帝国斯衛軍である事を忘れて狼狽えてしまった。
小さい頃から父の親友であった巌谷によく遊んで貰い、こうして成長して上司と部下の間柄になっても、偶にからかわれる彼女は
内心では少しだけ嬉しく感じていた。
それでもなんとか平静を装うと、落ち着いた帝国軍人の表情を浮かべると、立ち上がり巌谷に向かって敬礼をする。

「篁唯依中尉、任務了解しました」
「うむ、アラスカには各国の生え抜きのテストパイロット達が揃っているが、気後れせずに任務を果たしてこい」
「はっ」
「それとこれは予想ではなく間違いなく起きるだろうが……白銀少佐達は歓迎されて行く訳じゃないから、一悶着在るだろう」
「そうなのですか?」
「ああ、その事も香月副司令が言っていたぞ、『そちらの任務を邪魔する事はしませんが、こちらは喧嘩を売られたので買いに行く
から巻き込まれないように気を付けてください』だそうだ」
「喧嘩……ですか」
「ああ、もっとも唯依ちゃんが参加したいのなら止めないし、向こうもお好きにどうぞと言ってたからそれも任せる」
「で、ですから中佐っ、今は……」
「はははっ……」

こうして最後は笑いながら話を纏めていた巌谷だが、最後に付け加えるように呟く。

「おっと……それと明日、白銀少佐がこちらに来る事になっているので、その案内を任せる」
「え、明日ですか?」
「一応、行く前の顔合わせになるが手土産持参で来るそうだから楽しみにしてくれと、最後に香月副司令がそう言ってたな……」
「了解しました、では仕事に戻ります」
「うむ」

再度敬礼をして部屋を去っていく唯依を見送りながら、巌谷はやや砕けた表情を浮かべながら独り言を呟く。

「さて、白銀武が噂通りの人物ならば、唯依ちゃんがどんな顔するか見物だな……」

そこにいるのは上司としてではなく、親友の娘を心配する叔父さんの優しさを含んだ表情だった。
振り返り自分の席に座ると、書類が入っていた封筒の中から見えているディスクをちらっと見て自然と笑っていた。
ちなみにそのディスクに書かれていたタイトルは、先日横浜基地内で先行放送された例の武がメインのプロモーション映像
だったのは言うまでもない。
そしてそれだけではなく、追加映像として武が仕組んだ斯衛軍との実弾演習の未公開映像も含まれており、巌谷は直接話せる
機会を作った夕呼の真意を想像して時間が過ぎていく。






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