「ごきげんよう、武様」
「悠陽、なんか用か?」
「お慕いしている殿方へ会いに来るのに、理由は必要有りません」
「あのなぁ……で、仕事は良いのかよ?」
「はい、みなさんのご協力で万事つつがなく」
「紅蓮大将、気軽にお忍びは止めて欲しいんですけど?」
「はっはっはっ、すまんな白銀少佐。昔っからこうと決めたらこの者は頑なに人の話をきかんのだ」
「笑えないっすよ、その変な自慢は」
「それよりも武様、香月博士はどちらに?」
「夕呼先生なら、そこのソファーで仮眠取ってますよ。ここ数日徹夜続いているみたいです」
「お疲れのようですわね」
「何か先生に?」
「ええ、実は武様がアラスカに行くと言う事をお聞きしたので、旅のお供にと持参した物があります」
「なんすかそれは?」
「皆、将来の主の為にと一生懸命に力を注いでくれました。どうぞ使ってください」
「主はともかく、一体何を……」
「……武さん、仕様書です」
「ん、どれどれ……ちょ、おい悠陽っ!?」
「やはり武様は我が伴侶ならば、日本を代表するという事になります。ならばそれ相応の物を用意致しました」
「いくらなんでもこれはやりすぎだろっ!?」
「いいじゃない、使って上げれば〜」
「いつから起きたんですか、夕呼先生」
「アンタの大きな声で目が覚めたわよ、ふぁ〜……ま、わざわざ米国のF−22を使って上げる事はないわ」
「知ってたんですか、この事?」
「まーねー、とことんおちょくって来なさい。どうせなら霞に跪いてOSくださいとお願いする写真なんかいいわねぇ〜」
「……努力してみます」
「努力しなくていいからっ」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 50 −2000.9 純夏、暴れる−




2000年 9月4日 13:05 横浜基地 第二演習場

午前中にまりもと話した通りに207隊は武相手に復座型不知火・改を使った実機演習を始める所だった。
武の機体は撃震ではなく自分のラプターを持ちだしていて、霞はその足下にちょこんと座っていた。
そこで真っ先に名乗りを上げたのが、みんなより一歩前に出て拳を作って腕を振り回してやる気満々の純夏だった。

「タケルちゃん、訓練だからって手を抜いたらただじゃおかないんだからねっ!」
「それはこっちのセリフだろ」
「鑑、訓練中だぞ。口を慎めっ」
「いいですよまりもちゃん、どうせ純夏だし」
「白銀……少佐も訓練中なので、その呼び方は……」
「はいはい、じゃあいくぜ純夏っ」
「見てろーっ、泣かせてやるからなーっ!」
「泣くのはおめーだ」
「ふんぬーっ!」

武と純夏の視線がぶつかり合い火花が散っていたが、これは訓練だって忘れているんじゃないかってまりもと207隊は
思っていた。
これじゃどう見ても幼なじみが口喧嘩しているしか見えないし、本人たちも無意識にそう思っているのかもしれない。
そんなノリで始まった実機訓練なのだが、純夏の敵はモニターの中で笑っている武ではなかった。

「うええぇぇぇ〜、きもぢわるいぃ〜」
「くくくっ、やっぱり純夏はバカだったな」
「大丈夫か、鑑?」
「めがわまるぅ〜」
「神宮司軍曹、気にせず続けましょう」
「え、でも……」
「手を抜くなって言ったのは純夏だし、期待に応えないとね」
「くぬ〜、おのれぇ〜」

基礎体力も十分じゃないのを忘れて、武の動きについて行ってと叫ぶ純夏に操縦していたまりもは応えたのだが、その戦闘機動に
目を回していてこの有様だった。
強化服を着ていようが、武相手にまりももそれなりに力を出せば、訓練の域を超えてしまったのは仕方がないのである。
その結果が今の純夏であり、笑いが止まらないのは武であり、困惑気味に眉をひそめるまりもだった。

「おらおら、泣かせるんじゃなかったのか?」
「タケルちゃんのばか〜っ」
「何泣いてるんだよ?」
「泣いてないやいっ」

と、武の突っ込みに瞳を潤ませながら抗議する純夏だったが、後一歩で涙ぼろぼろな状態だけど持ち前の根性で踏ん張っていた。
どっちにしろ純夏自身は操縦している訳じゃないので、勝ち負けは関係ないのである。
しかし、予想外の事は案外身近でも起こったりする物である。

「そろそろ降参するか?」
「誰がするかーっ!」
「あ、ちょっと、鑑っ!?」
「くらえーっ!!」
「なっ……」

操縦桿を握りしめた純夏はそのまま武に向かって殴りかかるつもりで不知火・改を無意識に操作した。
純夏のその動きには矛盾が無く、機体も応えるように武の乗るラプターに拳を突き出して殴りかかった。
不意をつかれた武だったがこちらも体が先に反応して攻撃を避けると、間合いを取る為に後方に下がったが純夏の追撃が始まる。

「逃がすかーっ!」
「純夏のくせにやるなっ、だがそんな攻撃じゃ当たってやれねーなぁ」
「うるさいっ、絶対に当ててやるぅ!」
「鑑、まちなっ……」
「神宮司先生は黙ってて」

すでに純夏の目には武しか捉えていなくて、次から次へとパンチを繰り出すがラプターにはかすりもしない。
そんな中で武は表情に出さなかったが、内心ではもの凄く驚いていた。
しかしここで純夏にやられてしまっては情けないので、武はちょっとだけ本気を出す事にした。

「さっきの言葉、訂正してやる。すげーよ純夏、見よう見まねでここまでやれるなんてな」
「へへん、今頃解っても遅いんだからねー」
「ああ、だからオレも遠慮するの止めても良いよな?」
「へ?」
「まりもちゃんごめん、しっかり捕まってて」
「白銀っ!?」

にやりと笑う武に一瞬だけ恐怖を感じたまりもだが、すぐに体に力を入れて踏ん張ると正面にいたラプターの姿が消える。
逆に相手を見失ってどこどこと首を振る純夏は、次に襲いかかってきた衝撃に慌てるだけで抵抗らしい素振りすら見せられず、
モニターの景色がぐるんと回転して上下逆さまに成っている事に気づいた時には舌を噛んでいた。
今の状態を説明すると素早く背後に回った武のラプターが、純夏の乗る不知火・改をバックドロップの状態で放り投げてそのまま
ホールドしていた。
これには自分の順番を守っていた207隊のみんなは唖然として、ぽかんと見とれている。
そしてコクピットの中で口元を押さえてしてじたばたする純夏を鼻で笑った後、巻き込まれて恨めしそうなまりもと視線が合う。
武はこほんと咳払いをして取り繕うように笑顔になると、二人に声を掛ける。

「バカ純夏め、調子乗って喋っているからだ」
「あぐぅ、ひたかんだ〜」
「まりもちゃん、大丈夫ですか?」
「ええ、それよりも起こして欲しいんだけど」
「今起こします」

まりもの言葉ですぐに機体を起こすと、地面に不知火・改を降ろしてから自分の機体を着座させると、それぞれコクピットから
降りてくるが純夏は涙目で唸りながら武を睨んでいた。
それをあっさり無視して、注目している冥夜たちに武は平然と説明を始める。

「とまあ、XM3にはこんな動きも出来るので、参考になったら良いと思うぞ」
「こんのっ、無視するなーっ!」
「あとこれは忠告なんだが、訓練中に鑑訓練兵のように話していると、舌を噛む事になるから充分注意するように」
「むきーっ!」

後にこれを見た彩峰がBETA相手にSTA(スペース・トルネード・アヤミネ)を決めるのはそう遠くない未来である。
そんな余談はさておき、訓練の続きをしようとした所で、ハンガーの方から整備班長がこちらに向かってくるのが見えて、
武がなんだろうとそっちを向いた瞬間、班長が投げたスパナが自分目掛けて飛んできて慌てて飛び退いた。

「あぶなっ!?」
「このバカタレがーっ!!」
「な、なにが?」
「よく見ろっ!」
「あっ」
「あっじゃねぇよ、一体誰が直すんだと思ってんだよ?」
「す、すすすんませんっ」

側に来た整備班長が怒り顔で指さす先には、バックドロップで頭部を破壊された不知火・改があり、今更それに気が付く武だった
がもう遅かった。
拳を握り混んで指を鳴らす整備班長から後ずさるが、いきなり羽交い締めされて振り向くと、そこには逃がさないといった笑顔の
純夏が睨んでいた。

「こ、こらっ、純夏っ!? 離せよっ」
「いやだねーっ」
「おめぇなぁ……」
「さあ班長さん、やっちゃってくださいっ」
「おうっ」
「た、助けてまりもちゃんっ」
「……頭ぶつけちゃって、腫れてるみたいなんだけど?」
「うがっ」

辺りを見回すが皆助けようとする人はいなくて、目が合った霞に至っては両手の皺と皺を合わせてなむーとポーズを決めている。

「白銀ぇ、覚悟は良いな」
「よ、良くないですっ」
「男らしくないよタケルちゃん、大人しく往生しろーっ」
「この、バカ純夏っ!」

その言葉を合図に整備班長の大きな拳が武の頭を殴りつけて、不知火・改の修理をする為に今日の授業は途中で変更する事になった。
無論、殴られた武は気絶している所をたたき起こされて何をしていたかと言うと、ハンガーの隅でバケツを持って立たされていた。
胸元のプレートにはご丁寧に『この者、大馬鹿者につき反省中』と書かれていた。

「くっ……まさかこの世界でもこの様かっ!?」

受け継いだ記憶にある武も白陵時代にも偶に夕呼先生を怒らせて廊下に立たされていたよなーと妙に懐かしんでいたのだが、わざわざ
その様子を見に来る兵士たちが後を絶たず、好奇の目に晒される屈辱に耐える為に現実逃避していたに過ぎない。

「オレって一応少佐だよな? なんでこんなことしているんだろう? 誰か教えてくれよ……」
「教えて上げましょうか?」
「夕呼先生っ!?」

そこに現れたのは授業中によそ見をしていた武に無理難題を押しつける時の顔とそっくりだった。

「それはアンタが馬鹿だから、胸のプレートにも書いてあるじゃない」
「ぐぐっ」
「ばーかばーか」
「くっそうっ」
「ってそんなどうでもいいことはともかく、話があるから来なさい」

夕呼に馬鹿にされたが漸く解放されたので大人しく着いていくけど、ハンガーから出る前に整備班長から『次やりやがったら射撃の
的にするぞ」と脅かされている武だった。
いつになく真面目な雰囲気で夕呼の後に続いて執務室に着いた武に、振り返った夕呼は前置き無しに話し始める。

「鎧衣課長からの情報なんだけど、米国の奴らが倉庫でホコリを被っていたXG−70を再調整させてるらしいわ」
「なんでまた……」
「考えられる事はいくつもあるけど、こっちに対して友好的な事じゃないのは確かね」
「でも、あれって人には操縦出来ないんじゃ……」
「その辺はまだ探っている所だけど、万が一アレが敵対した時にヴァルキリーズに相手はさせられないわ」
「余計な事を考えやがって全く……」
「白銀も展開されたラザフォード・フィールドに巻き込まれたらただじゃ済まないのは解ってるでしょ」
「ええ……」
「もしもの時は、頼むわね。それなりの武器も用意しておくけど、どこで出してくるか解らないから」
「了解です」

またも知っている歴史と違う事が夕呼と武に考えさせられる事が増えて、不安を拭えないでいた。
それが自分たちにとって良い事なら歓迎したいが、どうも嫌な予感がこの先に起きる不足の事態を想定してしまう。
いつになく重苦しい空気が漂う部屋の中で、二人はいくつかの対処方法を考える事にした。






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