「ピアティフも大胆だったわねぇ〜」
「あんまりからかわないでくださいよ、イリーナ中尉は先生と違って純情なんですから」
「ふんっ、純情じゃなくて悪かったわね」
「タケルちゃんあんまりだよ、夕呼先生だって良い所有るんだからね」
「ほほーう、それってどこだよ?」
「え、えっと、えーっと、んーっと……あれじゃなくて……ちょっとまって」
「……トドメさしていますね、純夏さん」
「まあ先生、そう落ち込まないで」
「誰が落ち込んでるのよっ、そう言うキャラじゃないって解っているんだから気にしないわ」
「あった! あったよタケルちゃんっ!」
「んで、どこだよ?」
「胸がおっきいところっ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「あれ、みんなどうしたの?」
「あれだけ考えて出たのがそれかよ……」
「……純夏さん、見れば解る事です」
「鑑、あんたねぇ……」
「えっ、えっ?」
「夕呼先生、アラスカの件ですが……」
「ああ、それはね……」
「……整備班から寒冷地仕様のデータが……」
「夕呼先生、タケルちゃん、霞ちゃん、あ、あの……こっち見てよ〜」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 49 −2000.9 霞の訓練−




2000年 9月4日 9:20 横浜基地 訓練校グラウンド

今日は朝から純夏たちの様子を見に来たつもりの武だったが、目にしたのはトラックを走っている霞の姿でみんなと同じ訓練用の
服で一生懸命に走っていた。
純夏の事をかなり霞に任せていたので知らなくて驚いたけど、その走り方から一日や二日前に走り出したのは違うと感じられて
なにかこう嬉しくなる武だった。
そんな風に見つめている所に、まりもが気づいて側に近づいてきた。

「どうしたの、ぼーっとしちゃって?」
「え、ああ、霞いつから走っているんですか?」
「そうね、鑑がこっちに来てからね……彼女、結構がんばってるわよ」
「道理で走り方が様になっていると思いました」
「大変だったわよ、最初はトラック一週走るだけでふらついていたけど、夕呼に言ったら構わないって言うしね」
「そっか、あの事で……」

おそらくアラスカの話が出た時点で霞は行く気になっていたと解った武は、自然に笑顔が浮かぶ。
それを横目に見ていたまりもは、武の言葉を聞いて質問する。

「ねえ白銀、あの事ってなに?」
「んー……」
「任務なら言わなくても良いわよ、聞いちゃいけないし」
「いえ、どうせ解る事だし……実はオレと霞はアラスカに行く事になってまして」
「えっ?」
「それで霞も自主訓練しているんですよ」
「ア、アラスカに転属するの?」
「へっ?」

そこで武は初めてまりもの顔を見て、何か落ち込んだような表情をしていたので、自分の言った言葉を思い出してみる。

「あのさまりもちゃん、なんか誤解してない?」
「え……」
「オレと霞が転属するわけないでしょ? そもそも夕呼先生がそんな事させないですよ」
「そ、そうよね、やだわたしったら……」
「はははっ、まあ夕呼先生風に言うなら、売られた喧嘩を買ったんで相手の面に札束を叩き付けに行くだけですから」
「なによそれは……」
「だからオレがいない間、寂しいからって泣かないでくださいね」
「誰が泣くのよ、もう……」

笑う武の頭を叩くまりもの顔は恥ずかしい事を言われた所為で赤くなっていたが、その目は笑っていた。
かなり楽しい雰囲気な二人の様子にそれを見ていた207隊のみんなは、まりもが教官の立場を忘れているじゃないかと思いそうに
なってしまった。
だが、純夏だけは思考が違うのか、人が訓練しているのになに女の子といちゃいちゃしているのさーとしか見えていない。

「くぬ〜、人が汗水流している時に遊んじゃってさー、何が少佐だよ……タケルちゃんなんて二等兵で十分だよっ」
「鑑、いくら幼なじみでも上官侮辱罪になるぞ?」
「そうよ鑑さん、私達はまだ訓練生なんだし、ここで公私混同しないで」
「と言いつつ何を話しているのか気になる癖に」
「み、みんな見ちゃダメですっ」
「タケルってやっぱり年上好きなのかなぁ……」
「社少尉って例もあるから、一概にそう言えないんじゃないかな〜」
「もうみんなっ、ちゃんと訓練しないとダメだよっ」
「そう言う茜も気になるって顔してるけど?」

みんなが武に対してあれこれ言っている間も、霞は黙々とトラックを走り続けて体力作りをがんばっていた。
武と一緒に行くのなら足手まといにはなりたくない一心で、流れる汗を気にせず地面を蹴る細い足には力が篭められていた。
いきなり冥夜達みたいに慣れないのは解っているけど、自分が出来る事をするしかないと苦しい筈の霞の顔は下を向いたりしない。
そこで武との会話が一区切りした所で一人で走る霞の姿を見て、忘れていた自分の仕事を思い出したまりもは、こっちをみてひそひそ
話している純夏たちに今までもやりとりを見られて恥ずかしさで顔を赤くしたまま慌てて叫ぶ。

「何をやっているお前らっ、休憩時間じゃないぞっ」
「まりもちゃん、顔赤いよ?」
「だ、誰の所為よっ」
「んー、オレとまりもちゃんかな?」
「ばかっ」

まりもの声で訓練を再開した207隊であったが、まだいちゃつくのかと注目しているみんなの視線に微妙に含みがあるのを、霞は
走りながらそれに気づいて笑顔をになっていた。
そしてそろそろ真面目にやらないとなぁと武は表情を引き締めて、まりもに今の訓練状況を確認する。

「どうですか、みんなの様子は?」
「そうね……従来の座学だけじゃなくて、実機に乗せて戦闘機動を体験させるのは良い刺激になっているわ。それに鑑の加入が後押し
しているわ」
「純夏が?」
「まだ体力は付いてないけど、格闘訓練での瞬発力とかスピードなんて、御剣や彩峰を驚かせているわよ」
「それは解りますよ、嫌って言う程喰らっていましたからね」
「そうみたいね、でもそう言ったセンスみたいなものは、良い物持っていると思うわ」
「はー、お陰で夕呼先生は戦術機にドリル付けるって変な事言うだけじゃなくて作ろうとするし、はぁ……」
「夕呼だからね、はぁ……」

元から付き合いの長いまりもとこっちとあっちと別の意味で長い付き合いの武は、夕呼の天才故の遊び心に疲れた感じでため息を
ついてしまう。
とりあえず武の努力でドリル付き戦術機プランは白紙になったが、まだまだ油断出来ないと霞に用心するように言ってあるらしい。

「とにかく基礎体力だけついたら、復座の不知火を使って戦術機に乗る時間をどんどん増やしてください。操縦技術は後からでも
教え込めるんですが、速くXM3の戦闘機動に慣れて欲しいんです」
「解ったわ、それに従来のOSから転換したわたしや伊隅達に比べれば、そっちの方が馴染みやすいって言いたいのね」
「そう言う事です、まりもちゃんやみちる大尉たちに比べれば圧倒的に経験が足りないから、少しでも補えれば良いかなって思い
付いただけなんですけどね」
「ううん、白銀の発想は今までに無かった事だけど、効果的なのは理解しているわ。あなたも夕呼と同じでどこか天才っぽい所が
あるから……」
「そう見えるだけですよ、オレはただの……」

そこで否定した武の横顔がどこか寂しいような感じが、まりもの心を締め付ける。
何故そんな顔を見せるのか、まだまりもは知らなくてそれが気になってしょうがなくて聞こうと思うが、そこまで踏み込めない。
だけど、まりもの心配に思う心は武の名前を口に出す。

「白銀?」
「いや、なんでもないです。それで今日の午後はオレと訓練生を乗せたまりもちゃんで模擬戦をしてみましょうか」
「え、それはいいけど……」
「じゃあ午後はそうしましょう、あいつらにあんまり昼飯食べないように言っておいてください」
「ええ……」
「……武さん」
「おう、ご苦労さん、霞」

そこに走り終えた霞が汗をタオルで拭いながらやって来て、純夏の様子を聞いてから頭を撫でるとそのまま立ち去ってしまう。
純夏たちを見ないで去っていく武の後ろ姿を見つめているまりもに、側にいた霞は独り言のように呟く。

「……知りたいですか」
「え?」
「……武さんの事、知りたいのなら自分から踏み込んでください」
「社少尉……」
「……知って後悔するか知らないままで後悔するか、どっちを選びますか?」

霞の言葉にまりもは自分を見つめている瞳を見つめ返して初めて気づいた……霞は武の事を知っているんだと。
もしかしなくても夕呼も悠陽もその事を知っているのではないのか、そう漠然と思い素直に認める事が出来た。
ならば知らないのは自分だけなのか、そう思って霞を見つめたまま小さく肯く。

「……ひとつ、教えておきます」
「なに?」
「……どんな事があっても、武さんはまりもさんを嫌いになりませんから、安心して踏み込んでください」
「なっ……」
「……武さんにとってまりもさんは必要な人ですから」
「そうなのかしら……」
「……はい」
「ありがとう、霞」

訓練中なのにお互いプライベートでの呼び方に戻ってしまいくすっと笑ってしまったが、それぞれ自分のするべき事に戻ると
武についてはそこまでで止まった。
霞はトラックの中に移動すると黙々とストレッチを始め、まりもは訓練生たちの側に行って指導していく。
自分たちが少しずつだけど変えていく日常は確実に足掻いている証拠だが、まだその先の事は誰にも解らない。
その中でも武以上にがんばっているのは、執務室に引きこもり気味な一人の天才なのかもしれない。

「ああもうっ、このままじゃ主機の出力が足りないわ。こっちの発想だけじゃダメなのかしら……」

技術部から上がってきた新型戦術機のプランで、どうしてもクリア出来ない部分が夕呼の悩みであった。
武の力に合わせるのならそこはどうしてもクリアしなければならない問題点で、なかなか先に進まないでいた。

「まいったわね、やっぱり白銀に向こうの世界に行って貰うしかないのかしら……」

向こうの世界とはアラスカではなく本来の白銀武がいる世界の話であり、こちらとは違う歴史や世界ならば可能にする技術があると
夕呼は考えていた。
だけど、因果導体で無い今の武にそれをさせるのはリスクが大きく、さすがの夕呼も実行する決断を下せなかった。

「本当にやっかいだわ、零の領域なんて目覚めちゃってさー」

知覚の限界を超えた武の力、それが確かに人類にとっても大きな力なのだが、問題はそれを活かしきれる戦術機が無い事である。
もちろんそれが無くても『白銀武』の経験してきた知識や技術は十分すぎる強さがあり、戦術機乗りとして世界で一番の実力者なのは
間違いない。

「白銀がアラスカ行っている間になんとか完成させたい所だけど、うーん……」

武自身もトレーニングで体を鍛えて以前のように倒れたりしないが、今度は機体の方が追い付かなくなっているのでは、不測の事態に
対処出来なかったでは済まされない。
その為に夕呼は専門ではないけど戦術機の開発を進めていたが、アラスカの方を無視していた事がどこからか伝わったので、
色々文句や質問をされていてそれがいらいらさせてもいた。

「さてと、無い物ねだりしてもしょうがないし、がんばりますか〜」

そう言ってキーボードを叩く夕呼の目の前にあるモニターの中に映る基礎設計データの脇に、どうみてもドリルの形をした物が有ったが
武はまだ知らない。
得てしてこんな事が有ろうかもと何かを用意するのはマッドな科学者のお約束なのである。






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