「見た、霞?」
「……はい、自覚出来たみたいでほっとしました」
「う〜、わたしには全然優しくないのにタケルちゃんってばーっ!」
「月詠の嫉妬、可愛いですね」
「で、殿下っ!?」
「それじゃ次の作戦ね、用意は出来てる?」
「……はい、良い絵が沢山撮れましたので編集済みです」
「なになに霞ちゃん? なにかあるの?」
「月詠は出番が多くて羨ましいですわ」
「あ、あああれはっ!?」
「ふふふっ、楽しみにしてなさいよ白銀……」
「……あ」
「どうしたの霞ちゃん? げっ」
「あらあら」
「武様?」
「ゆ、夕呼先生、なんすかあれはっ!?」
「どう、良くできているでしょう。編集は霞だけどね」
「霞っ、なんであんなものを作ったんだよ?」
「……武さんもヴァルキリーズの一員ですから、広報活動に参加する義務があります」
「だ、だからってあんな……」
「ねーねータケルちゃん、あんなものってなに?」
「し、しらんっ」
「えー、教えてよ〜」
「純夏さん、こちらで見ましょう」
「ここにあるのかよ、悠陽っ!?」
「わーい、はやくはやく〜」
「見るなーっ!!」
マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction
God knows... Episode 47 −2000.9 コンディション・グリーン−
2000年 9月2日 9:00 横浜基地
この日朝からPXは朝食時間を過ぎても賑わっていた。
それは夕呼から指示でヴァルキリーズの新作広報ビデオが出来たというので、全世界放送前に横浜基地内で先行公開すると発表されて
こうしてモニターがある場所に集まっているのである。
当然、ヴァルキリーズもここにいてジュリエット隊と純夏を除いた207隊のみんなも一緒に座って始まるのを待っていた。
もしこの時武が純夏の不在に少しでも不審に思っていれば、恥ずかしい思いをしなくて済んだのかもしれない。
「伊隅の努力が報われる瞬間ね」
「葵先輩、止めてください」
「その割には撮影の間、ノリノリだったような……」
「ま、正樹っ」
「お、始まるわ〜」
画面に注目していた水月が声を上げると、みんなの視線がモニターに集まる中、タイトルマークが映し出された。
それは霞ががおーと吠えているカットだったので、霞ファンからは萌えーと叫ぶ声が聞こえる。
「なんだありゃ……」
「しっ」
武のぼやきに水月が咎めると、大人しく画面を見る。
だが、次の瞬間には武は立ち上がり大きな声で叫んだ。
「なんだこりゃーっ!!」
そこに映し出された映像の最初のカットは、武の横顔のどアップで止まりテロップには『国連横浜基地所属 白銀武少佐』までは
普通かもしれないが、その下の文字には『夢は男の浪漫を実践する事です』等と禄でもない事が書いてあった。
それを見たみんなの視線が一瞬だけ武に向くが、映像が切り替わると再び画面に見入る。
この時点で何かおかしいと気づいたヴァルキリーズや葵たちなんかはもう笑い始めていた。
「男の浪漫ってもしかしなくてもアレでしょ、あははは〜っ」
「照子ちゃん、笑い過ぎ……でもでもっ、笑っちゃうよね」
「あきら、照子も笑い過ぎよ」
「そう言うまりかちゃんだって笑ってるけど?」
「わ、笑ってないわよ」
伊隅姉妹と従姉妹の会話が聞こえていた武は絶対に夕呼の仕業だと、走り出そうとしたがいつの間にかまりもに手を握られて
そのまま座らされる。
「ま、まりもちゃん、何で止めるんだよっ!?」
「最後まで確認してからいかないと、後でもっと恥ずかしい事になるかもしれないわよ」
「それは……」
「夕呼の事だからきっとわたしの事も有るはずよ」
「なるほど、解りました。締めに行く時は是非付き合ってください」
「もちろんよ、お巫山戯にも限度があるわ」
そんなひそひそ声の会話をしている間にも、画面で流れる映像はヴァルキリーズのプロモーションじゃなくって、武の私生活を
赤裸々に暴露しているだけに過ぎなかった。
ハンガーで戦術機から降りてくる武が、霞をお姫さま抱っこして冷やかされる整備員たちの間を歩く姿とか。
ピアティフと花見をしている時の幸せそうな雰囲気を醸し出している様子とか。
まりもと差し向かいで食事をしていると、何かを言って赤くなったまりもをからかっているがすぐに笑顔にさせてしまうとか。
気絶しているような武の頭を持ち上げて膝枕をする時の慈愛に満ちたまりもの嬉しそうな様子とか。
月詠が武と話して別れた後、一人で顔を赤くして悶えているのを3バカたちが心配そうに見つめている様子とか。
先の防衛線で戦闘直後に月詠の肩にもたれて寝ている武のだらしない寝顔の様子とか。
戦闘から戻ってきた武に純夏が抱きついて、武が笑顔で肯いて熱い抱擁を交わしている様子とか。
そして極めつけが、七瀬とのやりとりをサイレントムービー仕立てに作り替えてあった。
映像はセピアカラーになり訓練校のグラウンドで武が七瀬の顔を叩く、そしてテロップには『馬鹿野郎、死に急いでどうするっ』
地面に座り込んで涙目で見上げる七瀬のアップ、テロップには『武さん……』
武の怒っていた顔が笑顔になると、やさしく七瀬の頭を撫でる、テロップには『オレはお前に生きて欲しいんだ』
そこで武に縋り付いて大泣きを始める七瀬を優しく抱きしめる、テロップには『ううっ、武さん……』
場面は急に変わってBETA相手に武の圧倒的な戦闘シーンが入る、画面にはコクピットで叫ぶ武のアップ、テロップには
『凛、お前の事はオレが守ってみせるっ』
BETAの大群に飛び込んでいく所でホワイトアウト、そして場面はどこかの建物の屋上にいて向かい合う武と七瀬。
テロップには『ただいま、凛』『おかえりなさい、武さん』『必ず帰ってくる、凛のいる場所に……』『はい……』
そして武の胸の中に飛び込んで泣く凛を、武の両腕が力強く抱きしめて離さない。
ここからアップテンポの音楽が流れてフルカラーの映像に切り替わり、ドラマのオープニングみたいな作りになっていた。
不知火・改のアップ画像から武を始めヴァルキリーズの顔が次々と切り替わって最後の霞と桜を見上げている様子になり、そこで
警報が鳴り響き武はハンガーに向かって走り出し、その場で心配そうに見送る霞の顔がアップにある。
司令室で腕を組んで状況を見守る夕呼と、インカムを着けたピアティフがモニターを見ながら指示を出している
強化服姿の武が不知火・改に乗り込みコクピットで操作しているシーンから、ブースターパック装備の機体を滑走路に移動させると
翼を展開させて空に舞い上がる。
そして戦闘中のヴァルキリーズのシーンが流れる中、匍匐飛行でやって来た武とまりもが合流してBETAの大群相手に見事な連携
を見せて次々と倒していく姿に、みんなの顔に笑顔が浮かぶ。
やがて戦闘が終わり、通信モニターの中で呼びかけているピアティフにサムズアップしながら微笑みかける武の顔がアップになって
終わった。
そこに最後のテロップで、『守りたいもの、ありますか?』
エンドロールが流れて最後に協賛として帝国軍、帝国斯衛軍なんてちゃっかり書かれていて、武は渇いた笑いを浮かべていた。
映像が終わってなぜかしんと静まりかえったPXで、柏木がふと武の方を向いて呟く。
「これって白銀のお見合い用ビデオ?」
「あほかーっ!!」
武の叫びを合図にPXは大騒ぎになって、武と七瀬の周りには人だかりが出来て動きが取れなくなってしまう。
七瀬は真っ赤になってパニックになり葵たちに冷やかされているし、ピアティフも同僚に質問攻めにされていてあたふたして、まりもに
も何人かが話しかけてくる。
ここで武は霞と純夏とがいないことに気づき、はめられたと夕呼の所に行こうとしたのだが、人垣に阻まれてPXからなかなか脱出
できずに勘弁してくれと叫ぶしかできなかった。
何とか一人抜け出した武は振り返るとまりもと目が合い、後は任せたと肯くまりもにぐっと拳を掲げて走り出す。
全力疾走でたどり着いた夕呼の私室に首謀者達が揃っていたが、結局そこでも見る羽目になり月詠だけが真っ赤になって恥ずかし
そうに俯いていたぐらいであとは全員にこにこしていた。
「夕呼先生、人で遊ぶの止めませんかって言いましたよね?」
「だって、ねぇ?」
「……はい」
「何かご不満でも?」
「いじられるのがタケルちゃんでしょ?」
「うがーっ!!」
「わわっ、タケルちゃんが暴走したーっ!?」
「くっくっくっ、お前らオレを怒らせたからにはそれ相応の覚悟は出来ているんだろうなぁ……」
「目が怖いです、武様」
「さあ、最初は誰かなぁ……」
わきわきと手を動かして迫り来る武の姿に、さすがの夕呼も危機を感じて顔が引きつり、やりすぎたかしらと思ったがもう遅かった。
横浜基地の地下深くにある夕呼の私室から悲鳴と何かを叩く音が廊下にまで漏れていたが、地上にまでは届かない。
そして静寂が訪れた部屋の中では、夕呼と悠陽はお尻を押さえてうずくまって、純夏は頭を押さえてぶつぶつ呟き武を睨んでいた。
でも、霞だけはどこも叩かれていないのか、ただ武の手を握って見上げているだけだった。
もちろん、月詠は武と同じ被害者なのでお咎め無しであるが、武の行為に無意識にお尻に手を当てていた。
「少しは反省してください、まったく……」
「くっ、親にだって叩かれたことないのに」
「夕呼先生は末っ子でしたよね、だからか……」
「これで二回目でしょうか……」
「悠陽、紅蓮大将に言っておくから暫く謹慎してろっ」
「なんでわたしだけチョップなんだよーっ!」
「純夏だし、それで十分だ」
「……武さん」
「霞、一週間一人で寝て一人でお風呂だぞ」
「……ううっ」
「泣いてもダメっ」
両腕を組んできっぱり言い切る武の姿に霞はしゅんと俯いているが、霞だけは叩かれていないので純夏が猛然と抗議する。
「ひいきだー、タケルちゃんって霞ちゃんには甘いよー」
「なんだ純夏、まだチョップが欲しいのか?」
「いらないよっ、これ以上叩かれたらバカになっちゃうよ」
「それ以上ならないから安心しろ」
「ムキーっ、なんだよそれっ」
「事実だろ」
「ふんぬーっ!」
まだ何か言ってくる純夏をあっさり無視して月詠の方に振り向くと、武は近寄って肩を叩く。
「まだ上に行かない方が良いですよ、お祭り騒ぎになってますから」
「そうですか……はぁ」
「大丈夫ですか?」
「いえ、その、こう言った事は初めてなのでどう対処して良いか……」
「悠陽にお仕置きしてみます?」
「そ、そそそそんな恐れ多いことできませんっ!?」
「誤った道に進んだ主を正すのが、誠の臣下だと思うんですけど?」
「そうなのでしょうか……」
そこで月詠の目が悠陽の方に動くと、おほほと言って逃げ出そうとする悠陽の姿を捕らえて暫く見つめ続けていた。
この時武は確信していた、それは月詠の目の中に何かを決意した光が確かに浮かんでいたのを見逃さなかったからである。
なにしろ向こうの月詠は怒るとヤンキー口調になるぐらいの怖さがあったから、それを思えば本質は同じ筈だし切っ掛けさえ有れば
覚醒すると思いついた武だった。
これで自分の気苦労が減ってくれるかなと思いながら、武はこれからどうしようかなと頭の痛い現実にため息しか出ない。
その頃PXの騒ぎはまだ続いていて収まる気配は見えないが、これが極東最前線基地なのかと思える余裕は未来が良い方向に向かって
いるのかもしれない。
「で、七瀬〜、ホントの所はどうなのよ?」
「照子さんっ、わたしと白銀少佐はそんな不健全な関係ではありませんっ!」
「白銀少佐に限って言えば不健全じゃない思うけど?」
「そんなこと言ってるから照子さんには恋人できないんですよっ!」
「酷っ!?」
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