「ようこそ月詠中尉、歓迎しますわ」
「香月副司令、ここは一体……」
「いらっしゃい、月詠さ〜ん」
「鑑訓練生?」
「さあ月詠、お茶が入りましたわ」
「ゆ、悠陽殿下っ!?」
「……まずはお茶でも飲んで、落ち着きましょう」
「社少尉まで?」
「ううっ、オレの肩身がどんどん狭くなるのは気のせいじゃないよなぁ……」
「あの、白銀少佐……」
「月詠さん、とりあえずここはプライベートな場所ですから気楽にしてください」
「そう言われても……」
「親しい人しかいないから砕けて話しても良いと思うけど〜」
「うんうん、気楽にしようよ」
「そうですわ、月詠もわたくしの事は悠陽と呼んでください」
「ええっ!?」
「……武さんも名前で呼んで上げてくださいね」
「そう言われてもなぁ……ねぇ、月詠さん?」
「えっと、あの、その……あうっ」
「……まりもさんはちゃん付けで呼んでいるじゃないですか」
「まりもちゃんは前からそう呼んでたから……」
「しろ……いえ、武様っ!」
「は、はいっ?」
「私の事はその……お好きに呼んでくださいっ」
「ほらほら白銀ぇ〜、甲斐性を見せないでどうするのよ〜」
「タケルちゃんってへタレなんだからそれぐらい見せないと、月詠さんに嫌われちゃうよ」
「お前らなぁ……オレで遊ぶなっ!」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 46 −2000.8 まりもちゃん、拗ねる−




2000年 8月26日 13:05 横浜基地

「え、白銀少佐からですか?」
「はい、任務の為に午後の訓練が見られないと伝えるように言付かっています」
「そうですか……」
「七瀬少尉は水代少佐たちと訓練するようにと言う事です」
「解りました、ありがとうございますピアティフ中尉」
「それではがんばってください」

武からの伝言を受け取った七瀬はちょっとがっかりしたが気合いを入れ直すと、ハンガーに向かい今度は一人で用意された撃震は
今葵たちが使用しているブロック215仕様のXM3搭載機でありそれに乗り込むと第一演習場に急いだ。

「わたし、がんばりますっ」

その言葉を口にした七瀬の瞳は、ほんの少しだけ武のいない寂しさを含んでいたけど、前を向いて力強く輝いていた。
だからヴァルキリーズとの訓練では存分にその力を発揮し、武の教えを受け僅かな期間で伸ばした実力に葵やみちるを驚かせていた。
お互いが刺激しあい己の力を過信することなく高める事が順調に進んでいる実感は、彼女たちをどこまでも強くしていく。
同じ頃、夕呼の私室でクーデターに関しての事を話し合っている武たちは、漸く話の本筋に入る所だった。

「まったく夕呼先生も悠陽も、人をからかう前にすることあるでしょっ」
「もちろん解ってるわよ」
「はい、その為にこうして集まっている訳ですから」
「だったら真面目に話しましょうよ」
「……ごめんなさい、武さん」
「ああ、霞は悪くないし怒ってもいないよ」
「なによ白銀ったら、霞には甘いんだから〜」
「まりもちゃんじゃあるまいし、夕呼先生が拗ねても可愛くないので話を進めましょう」
「ふんっ、それぐらい自分のキャラじゃないって知ってるわよ」
「まあまあ、ここは一つ私の顔に免じて穏便に……」

完全に中立の立場にいる紅蓮が仲裁に入り、武も夕呼も気まずそうにしながらも、お茶を飲んだり羊羹を食べたりした。
すっかり男と女の話のは蚊帳の外だが、自ら司会役を勝手出て話が再会する。

「さて、白銀少佐の話を元にすると、時期のずれはともかく事を成そうとする者には間違いないでしょう。かと言って現状では
まだ罪を犯していないので拘束する事も不可能になります。だとすれば斯衛軍としては他の対策を講じるのが良いと思われます」
「おそらく、ちょっとやそっとじゃクーデターは押さえられないと思うんだ。おそらくもうその流れは出来始めているだろうし、
それを変えるのは実力行使が必要になるはずだし、だからそっちは起こってから対処するとしてまずは救える命を救いたい」
「そうね、あの時は榊首相を始め閣僚の何人かは殺されちゃってたからねぇ……」
「名だけで力が無い自分が無念でした、でもなんとしても日本人同士で血を流すことだけは止めさせたいです」
「なるほど、それで私に話をしたのですか……」

月詠の言葉に肯く武は、委員長が流した涙を思い出して奥歯を噛み締める。
この時代ではBETAに殺されるより理不尽な殺されかたで家族を失った委員長の気持ちは、反目しあっていた間柄でも大切な人に
間違いなかったはずだと武は無意識に拳を作って怒りに震える。
それを見て霞が武の側にすり寄ると、その拳をそっと両手で包んで話しかける。

「……武さん」
「あ、ああ、すまない」
「……今度は助けましょう」
「うん、それで今から極力誰にも悟られず退路を確保出来ないかなって考えたんですけど、それは可能ですか?」
「退路ですか……もしもの時に殿下が使用する物は複数ありますが、どれも官邸からは離れています」
「そうだな、普通ならば殿下の為にしか使われない物になっているが……」
「悠陽、もしもの時はそれを使わせる事は可能か?」
「それぐらいでしたらわたくしの裁量で行えます、ただ問題はそのタイミングによります」
「なら一つだけ、それを知る事が出来事がありましたよね、夕呼先生?」
「戦略研究会ね……」
「それが出来て一週間後に、クーデターは起きました。ですからそれを目安にして貰えればほぼ間違いない」
「では、その頃を見計らって月詠をわたくしが呼び戻しましょう。そもそも冥夜の護衛に付くように言い渡したのですから
呼び戻して様子を聞くという事ならば、帝都にいても不思議はないでしょう」
「紅蓮大将が動けば気取られるかもしれないので、月詠さんに全て任せます。その代わりじゃないけど冥夜の事はどんなことをしても
守って見せます」
「解りました、期待に応えて見せましょう」
「すまぬな、本来ならば私が出張るはずなのだが……」
「いえ、その分紅蓮大将は囮になって貰います。直前辺りで帝都から離れればあいつらの行動も読みやすいです。陽動の意味も兼ねます
けど、損な役回りですがよろしくお願いします」
「一人でも多くの者を救うとなれば、是非もない。自分の役目を果たすだけです」
「悠陽には前回同様、箱根まで抜け出してくれ。情報のリークはこちらから早めに流すけど、鎧衣課長の判断に任せてもいいや」
「解りました、全て武様にお任せします」
「全てはタイミングだけなので、それさえ間違わなければ米国の思惑通りには絶対にさせない。もしもの時はオレが全部引き受けるっ」

迷いのない瞳ではっきり言い切る武の言葉に心の内にある覚悟を感じ取ったが、夕呼は言葉に出して確認しようとする。

「白銀、それでいいの?」
「オレはね夕呼先生、大事な人を護られればそれで良いと思う身勝手な奴なんですよ。そのついでに他のみんなや地球が救えれば
それでいいし、その邪魔をすると言うのなら遠慮はしない。だからいいんです」
「武様……」
「白銀少佐」
「……武さん」
「と、こんなオレなんでみんな呆れちゃったかな、ははっ……」

軽い感じでそう呟く武だが、ここにいる皆の表情は真剣で笑う者は居なくて、まだ武の拳に重なっている霞の手に月詠も悠陽も
重ねてきて最後に夕呼の手が置かれる。

「馬鹿ね」
「ええ、馬鹿ですわ」
「……ばかです」
「ああ、本当に馬鹿だ……」
「うおっ、なに気にみんなひでぇ」

何を今更と夕呼は唇の端を上げて笑い、しょうがありませんねと悠陽は目を細め、やれやれと霞はウサ耳をぱたつかせ、ふっと
月詠は鼻で笑い、お陰で少し重くなっていた空気を軽くした。

「はっはっはっ、仕方有るまい白銀少佐、私も大馬鹿だと思うぞ」
「紅蓮大将が一番ひどっ」
「とまあ白銀が自爆しているのはともかく、クーデターに関しては概ね今の通りに行動しましょう。それと米国の方はこちらで
色々手を打っていますから安心してください」
「香月博士、鎧衣は役だってくれているようですね」
「はい、それともう少ししたら白銀と霞をアラスカに送り込みますので、そっちで引っかき回して貰う予定です」
「例の新型戦術機開発計画ですな、斯衛軍からも送り込みますが敢えて話はしませんので、白銀少佐と合わせて米国の目を
引く事が出来るでしょう」
「ふふふっ、楽しくなってきたわ」

後は連絡を密にするという事でこの場はお開きになって、悠陽と紅蓮は夕呼が用意していたルートで帰り、夕呼は霞を連れて研究室
に籠もり始め、残った武と月詠は一緒にエレベーターに乗り地上にと向かった。
その間に細かい事をいくつか取り決めたが、最後に月詠は思っていた事を聞き始める。

「白銀少佐、この事を知っているのは他にいますか?」
「今のところあそこにいただけです、まりもちゃんだって知らないですよ」
「そうですか……」
「だから内緒ですよ?」
「はい」

意志を確認しお互い笑みを浮かべると同時にエレベーターが地上に着き、ドアが開くとそこにはタイミングが良いのか悪いのかまりも
がそこに立っていた。

「えっ」
「あっ」
「まりもちゃん?」

笑顔で見つめ合う二人の間で何かあったと女の直感で感じたまりもは、半眼で武の顔を睨む。
そのまま微妙な空気が流れて三竦み状態のままでいたらエレベーターのドアが閉まってしまい、慌てて武がボタンを押してドアを開け
ると外に出て再び固まる三人だが、雰囲気に耐えられない武はなんとかしようとまりもに話しかける。

「ま、まりもちゃんっ」
「……白銀、任務だって聞いていたけど、違ったようね」
「そ、そんな事はないですよ、はいっ」
「本当に?」
「もちろんですっ、オレがまりもちゃんにそんな嘘付いてもしょうがないでしょっ」
「それはそうだけど、なぜ月詠中尉まで……」

そこでまりもの視線が月詠に向くが、きっと上手く誤魔化してくれるだろうと楽観視していた武に、月詠の言葉がそれを否定する。
しかも澄ました顔で当然の様に武の肩に手を置いて、まりもに自分の親しさを見せて挑発するのも忘れない。

「白銀少佐に是非にと頼まれてな、二人で行っていたのだ」
「二人で……」
「つ、月詠さんっ!?」
「それでは私はこれで失礼する、また後ほど……武」
「あ、ちょっと、月詠さんっ!!」

月詠を呼び止めようとする声と伸ばした手が空しく動いて、この後に待っている地獄を思うと武の全身に嫌な汗が出始めていた。
おまけに『武』等と名前を呼び捨てにしていく辺り、間違っても好意的な解釈は出来ない。
背中に感じるまりもの視線に、武はただ恐怖して振り向く事さえ出来ずに動けない。
そしてまりもの低い声が二人しかいない廊下に響き渡る。

「……ふーん、そうなんだ。同じ国連軍のわたしじゃなくて帝国斯衛軍の月詠中尉には頼むんだ」
「え、えーっとぉ……」
「そうよねぇ、月詠中尉は白銀のお気に入りだって霞も言ってたわねぇ……」
「そ、そそそれはっ」
「別に気にしてないわよ、月詠中尉は美人だし教養もあるし斯衛軍のエリートだもんねぇ……」

このままではいかんですよと武は恐怖に震える体に力を入れて振り返って向き合うと、そこにいたのは怒り顔のまりもではなく
はっきり言えば相手にして貰えなくてすねすね状態の女の子っぽいまりもだった。
だが、このチャンスを逃したら後がないと、武はまりもの詰め寄る。

「あのさまりもちゃん」
「な、なによっ?」
「そう拗ねないでよ」
「拗ねてませんっ」
「だからさ、別に二人きりでいた訳じゃないぞ。夕呼先生だって霞だって、それこそ紅蓮大将に悠陽だっていたんだからな」
「えっ、そうなの?」
「ああ、まりもちゃん、からかわれたんだよ」
「あうぅ……」
「でもまあ、拗ねてるまりもちゃんが可愛かったから月詠中尉には感謝しておこう」
「し、白銀っ!?」

だてにループした記憶と経験を持っているオレじゃないぞと、武は全てを出し切るつもりでまりもへ攻勢に出る。

「確かに任務は有ったけど、まりもちゃんにはあいつらをちゃんと鍛えて欲しかったし、余計な負担を掛けたくなかったんだ。
でもそれでまりもちゃんのプライドを傷つけたのなら謝る、ごめん」
「い、いいのよっ、そもそも任務ならわたしがどうこう言う立場は無いんだし」
「それでもさ、ホントごめん」
「もういいから頭上げてよ、こっちこそごめんね……なんか突っかかって行っちゃって」
「じゃあ、拗ねるまりもちゃんを見られたし、おあいこと言う事でいい?」
「なによそれ、わたしのほうが損した感じなんだけど……」
「ほらっ、また拗ねてる。もうまりもちゃんは可愛いなぁ〜」
「も、もうっ、からかわないでよ」

ようやくまりもの顔に笑顔が戻ったので武は自分の事を誉めていた、これで明日の朝日も見られるし朝食も食べられる喜びでほっと
して体から力が抜けた。
更に今日の武はひと味違っていた、詰めを誤らないようにとまりもの顔をじっと見つめる。

「なに、白銀?」
「これは内緒だけどまりもちゃんがヴァルキリーズに配属されたら、オレと連携を組むのは決まっているんですよ」
「ほ、本当にっ!?」
「だから今はあいつらの事、お願いします」
「うん、期待に応えてみせるわ」

月詠の時より良い笑顔で見つめ合う武とまりもは、そのまま歩き出すと一緒に食事を食べようとPXに歩いていった。
しかし、いつどこで女性と良い雰囲気になっている所を見られているかもしれない恐怖は、なかなか武の中から消えてくれなかった。






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