「白銀、生きてる〜?」
「なんとか……手加減なさ過ぎだよ、おばちゃん……」
「いいじゃない、こうして生きているんだしぃ〜。それに女の子を殴ったんだからしかたないしぃ〜」
「それを言われると何も言えないですよ」
「で、あの時、銃には弾入ってたの?」
「入れるワケ無いじゃないですか」
「タケルちゃん、格好付けすぎだよ〜」
「純夏よぉ……人が正座で足が痺れているのを良い事にみんなで突いて遊びやがって」
「ふーんだ、人をぽんぽん叩く仕返しをしただけだよ」
「くっ……」
「で、アメとムチの効果は有ったのかしらねぇ……」
「自分で泣かせておいて、優しく慰めて最後はお姫さま抱っこなんて、タケルちゃんってどっこの王子様だよっ!
「……純夏さん、武さんはみんなの王子様です」
「違う、違うぞ霞、オレは王子様なんかじゃないぞっ」
「……王子様です」
「うっ」
「じゃあ王子様、アタシ研究予算が欲しいんだけど……」
「タケルちゃん、わたしも何かほしーなー、美味しい物でも良いよ」
「はぁ……」
「……武さん、ふぁいとです」
「何をどうがんばればいいんだよ、はぁ……」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 44 −2000.8 拝啓、お兄様−



2000年 8月19日 7:30 横浜基地、PX

一晩明けてもまだ痛い腹をさすりながら霞を連れて朝食を食べに来ると、カウンターにいた京塚のおばちゃんが武と目が合ったら
何も言わずに大盛りの鯖味噌定食がどんと差し出された。

「まだ痛むかい?」
「構える余裕も無かったし、いいパンチでしたよ」
「悪かったよ、事情は本人から聞いたよ」
「いえ、泣かしたのは事実ですから」
「そうかい」

にやりと笑った京塚のおばちゃんに武も同じように笑い返して、トレーを手にして霞と空いてる席を探すと先に来ていた純夏
たち207隊がいたので、その横に座る事にした。

「あ、おはようタケルちゃん」
「おはようじゃねーよ、純夏……昨日は良くもやってくれたよなぁ?」
「なんのことか分かんないよ」
「純夏だけじゃない、お前らもよってたかって人の事いじりたおしやがって……」
「タケル、事情は聞いたがやりすぎだと思うぞ」
「白銀が悪いわ」
「そうだね……」
「たけるさんが悪いと思います」
「女の子を泣かせたタケルが悪いよ」
「後のフォローは良かったけど、やっぱり泣かせるのはねぇ〜」
「サイテー」
「あー、わたしもお姫さま抱っこしてほしいなぁー」
「あが〜」

容赦ない言葉で切り返されて二の句が継げなくて、唸って項垂れるしかない武は箸を掴むとおもむろにやけ食いでご飯を食べる。
何を言っても無駄だと、心の中で涙を流しながら速くこの場を逃げ出したい気持ちで一杯な武だった。
どうやら元の世界で夕呼が提唱した白銀武恋愛原子核論は異性を引きつける美味しさだけではないらしい。
先に食べ終わりごちそうさまと席を立つとトレイをカウンターに置くと、みんなの責める視線が痛かったので戦略的撤退を選んで
足早に去っていった。
そこに入れ替わりと言った感じに、みちると葵が話しながら歩いている後ろにヴァルキリーズとジュリエット隊が現れ、カウンターに
並ぶと手に朝食を取り空いている席に座り始めるが、七瀬だけはきょろきょろして誰かを捜しているようだった。

「どうしたの、七瀬?」
「いえ、別に……」
「葵、七瀬が誰を捜しているかなんて言わなくても解るでしょ」
「照子さんっ」
「白銀少佐ね」
「見あたらないですね……あ、霞っ」

ちょうどそこに食べ終わった霞が食器をかたしてこちらに来たので、みちるが呼び止めた。

「……おはようございますみちるさん、なにか?」
「白銀はまだ寝てるの?」
「……起きてます」
「じゃあこれから朝食なの?」
「……みなさんと入れ違いです、もう食べ終わってしまいました」
「そうなの、ありがとう」
「……いえ」

ぺこりとお辞儀をしてPXから出て行く霞を見送ったみちるに、葵が話しかける。

「伊隅、なぜあの娘に聞いたの?」
「ああ、霞は白銀と同室ですから」
「えっ?」
「まさか白銀少佐って……」
「違うわよ照子、それに白銀は過保護だから手なんか出せる訳がない」
「だってさ、その容姿でもいけわるよ、七瀬」
「な、何の事ですかっ、わたしはただ白銀少佐に話しが有るだけですっ」
「七瀬少尉、白銀は懐が広いから大丈夫だ」
「伊隅大尉まで止めてくださいっ」

むくれてしまった七瀬は一言も話さず、いろいろからからかわれても無視続けて一番最初に食べ終わり、さっさとPXから
出て行ってしまった。
そして武を探して基地内を歩くがなかなか見つからず、午前中はヴァルキリーズとの訓練に費やされて過ぎていった。
その頃、七瀬の目標だった武はと言うと、夕呼の所で先日のBETA侵攻から考えていた事を話していた。

「ふーん、対レーザー蒸散塗膜の改良ねぇ……」
「前回の事を鵜呑みに出来ないのはアレで解りましたから、今からまだ何か出来ないかなって考えたんですけど、それぐらいしか
思い浮かばなくてすみません」
「兵装と違ってすぐには無理だから時間を頂戴、その代わりにそれなりの物を作ってみせるわ」
「お願いします、後はもう純夏たちの練度を上げるしかないですし……」
「そうね、ああ例のOTHキャノンなんだけど、砲身の改良が上手く行ったわ。その分重量が増えたから持ち運びには
不便になっちゃったけど」
「佐渡島ハイヴ攻略戦で使いたいですね、XG−70を使わないって事なら火力としては悪くないし」
「一応ね、帝国軍の試作型で電磁投射砲なんてのもあるんだけど、使ってみる?」
「オレが使ってるF−22Aなら主機の出力に余裕があるし、機体特性から言っても相性良いかもしれませんが……」
「一長一短ね」

椅子に背を預けて深く座り込む夕呼は難しい顔で思案中なので、する事が無くなった夕呼の武は後ろに回るとその肩をゆっくり
揉み始める。

「し、白銀っ、なにを……んっ……」
「お客さん、凝ってますね〜。苦労してるんですね」
「う〜……そうよ、誰かさんの所為でね」
「それは大変だ、ほらここなんてかなり堅くなっていますよ」
「くぅ〜、効くわ〜……そ、そこっ……はぁ……」
「オレには戦うかこんなことしかできませんから……」
「ん……アンタは良くやってるわ、それはあたしが認めているわよ……んぁ……」
「そうだといいんですけど」

衛士でもないのに夕呼の肩はかなり堅く、遊んでいるようでもかなり苦労しているんだろうなって肩もみしながら武は思って、
時間もあるからと丁寧に時間を掛けて凝りを解していった。
その内、夕呼から寝息が聞こえてきたから武が覗き込むと、ぐっすり眠り込んでいたので起こさないようにソファに運んで
楽な姿勢にしてあげた。

「いつも感謝してますよ、夕呼先生」

そう言って音を立てないように扉の所まで行くと、部屋の電気を消して静かに出て行った。
客観的に見れば武は紳士的なのだが、本当のところは最近女性がらみでろくな事がない体験から、さっさと逃げ出したに過ぎない。
まあ幸いにも夕呼の部屋まで来るにはそれなりのセキュリティもあるし、そう簡単に見られる事もないけど用心し過ぎないと
何が起こるか解らないと内心びくびくしていた。

「ふー、ここまでくれば……」
「あ、あのっ」
「はうわっ!?」

エレベーターを降りてほっとして気を抜いた瞬間に声を掛けられて、武は奇妙な叫び声と共に飛び上がって振り向くと、そこにいた
のは目を開いてびっくりしている七瀬だった。
七瀬だと認識して情けないポーズを正すと、軽く咳払いをして向き合い話しかける。

「な、七瀬少尉か、オレに何か用?」
「あ、あの、お話があるんですけど、お時間宜しいでしょうか?」
「構わないぞ、昨日の事でいろいろ言いたい事もあるだろうし……」

どこか緊張した面持ちが七瀬にあったで、泣かせちゃった責任もあるし文句ぐらいは聞くのは当然だろうと思った武は、
他の誰かに見られない場所はないかと思案して廊下の先にある階段へ向かった。
そして登り切った所のドアを開けて外に出ると、フェンスに囲まれた屋上へ七瀬を連れてきた。

「ここならいいか……七瀬少尉」
「は、はい」
「昨日はごめん、本当に悪かった」
「い、いいえっ、そんなことないですっ」
「だって銃突き付けて怖がらせて泣かしちゃったしさ……」
「あの……白銀少佐」
「ああ、殴りたかったらいいぞ、遠慮するな」
「そんなことしません……もう……とりあえず話しを聞いてください」
「そうだったな、すまん」

そこで武は初めて七瀬の顔をまともに見て、さっきまでの緊張した感じは無くなっていて、自分よりも落ち着いているのに気づいた。
なんか自分の方が落ち着きがないなと、ちょっと恥ずかしくった武は黙って七瀬の話しを聞く事にした。

「お願いします、わたしに戦い方を教えてください」

いきなり深く頭を下げてお辞儀をする七瀬は、顔を上げると穏やかな表情でそのまま言葉を続ける。

「少佐に言われてあれからずっと考えていました。わたし、気づいていませんでした……自分の事しか考えていませんでした。
でも、お兄様を殺したBETAに復讐する事だけがずっとわたしの支えだったんです。優しくて強くて理想だったお兄様を殺した
BETAが憎くて許せなくて、あいつらを倒していれば満足だったんです。だけど少佐に叩かれて銃を突き付けられて恐怖した時、
初めて自分がお兄様の所に行きたがっていたんだって自覚しました」
「そうか……」
「わたしばかでした、復讐とか言ってるくせに死にたがっている自分の心に見向きもしないで、みんなに迷惑掛けていました」
「今はどうなんだ?」
「はい、自分の為にもみんなの為にも、そしてお兄様の為にも……わたしは生き続けたいです。だから白銀少佐、お願いしますっ」

もう一度深く頭を下げた七瀬は武の返事をそのままの姿勢で待っていると、その頭を大きな手がぽんと軽く叩かれた。
そのままゆっくり頭を上げたそこには満足そうに肯く武が微笑んで自分を見つめていたので、七瀬は見つめ返しながら言葉を待つ。

「一つ条件がある」
「はい、なんでもしますっ」
「その言い方は危険だから止めておけ。まあ大したことじゃない、オレの事は少佐なんて呼ばなくていい。白銀でも武でも気軽に
呼んでくれ、それが条件だ」
「でも……」
「なんでもって言ったのは七瀬だぞ?」
「じゃ、じゃあわたしからもいいですかっ?」
「うん?」
「そ、その……できたら名前で……あ、す、すいませんっ、なんでもないです」

慌てて後ろに下がろうとした七瀬だったが、頭にあった武の手がそれを許さず自分の方に引き寄せると、勢いのまま胸に飛び込んで
しまう。

「あ、あの、あのっ……」
「なんだ、凛」
「あ……」
「まあ無理にとは言わないから、慣れたらそう呼んでくれると嬉しいかな?」
「……ど、努力します……」
「よし、じゃあ明日からびしびしいくぞ、凛」
「は、はいっ」

自分の頭を優しく撫でる手が温かくて離れる事が出来ず、七瀬はそのまま武の胸に額をつけて目を閉じてされるがままになっていた。
一方の武は何時止めたらいいんだろうと、七瀬の預けられた体から感じる温もりにドキドキしながら、なんとか平常心を保とうと
努力を続けていた。

「……武さん、げっとですね」

その様子をドアの隙間から撮影していた霞の後ろでその言葉を聞いていた葵と照子と翠子は、武に感謝しつつも七瀬に対しては
先を越されたかなと、ため息や赤い顔で心境の複雑さを現していた。
そして武は七瀬とのやりとりがすべて録画されていたなんて知らず、後にもの凄い恥ずかしい事になるとは予想にもしていなかった。






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