「白銀ぇ……」
「タ〜ケ〜ル〜ちゃ〜ん……」
「……武さん」
「うっ」
「手加減無しに叩いたわね」
「七瀬さん、泣かした〜」
「……武さん」
「ううっ、いやだってあーでもしないとっ……」
「最低ぇ〜」
「七瀬さんに謝れーっ!」
「…………」
「だからあれはっ……」
「で、どうするつもり?」
「どうするのさーっ!」
「……武さん、解っていますよね?」
「な、何を期待した目で見ているんだよっ!?」
「男でしょ」
「男だろーっ!」
「……武さんは男ですよね?」
「責任取れとでも言うのかよ」
「解ってるじゃない」
「そうだそうだー!」
「……わたし、武さんを信じています」
「あのなぁ……オレを追い込んで楽しいのか?」
「「「うん(こくっ)」」」
「あが〜」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 43 −2000.8 七瀬の横浜基地滞在記3−




2000年 8月18日 13:15 横浜基地、衛士訓練校グラウンド

自分を睨む鋭い目と突き付けられた銃と更に体を竦み上がらせる殺気から、七瀬は武が本気で引き金を引くと感じていた。
BETAと対峙した時より明確な意志を持って自分を撃とうとしている武の方が、数倍も怖く感じられて指先すら動かせずただ
時が過ぎるのを待つしかできなかった。

「どうした、逃げないのか?」
「あ……あぅ……」
「逆らう気力もないのか?」
「ううっ……」
「BETAじゃなくてオレが相手でもこの様か?」
「ううぁぁぁ……」

ぼろぼろと涙を流して顔をくしゃくしゃにして泣き始める七瀬を見つめながら、武の表情は変わることなく銃口もそのままだった。
そんな七瀬に武は低い声のまま呟く。

「これで解ったろう、オレが何故お前に教えても無駄だって言った意味が……」
「……ひっ……うぐっ……」
「お前は復讐だって思っているが本当は違う、死にたがっているだけだ」
「っく……え……」
「そんな奴にオレの戦い方が覚えられる訳がない、オレの戦い方はみんなを守り自分が生き延びる為の物だからな」
「すん……ぅく……」

俯きただ嗚咽を漏らす七瀬は武の言葉を心の中で繰り返し呟いていた……自分は死にたがっていたんだろうか。
本当に兄の復讐をする気があるなら、撃たれても良いぐらいの気持ちで武に飛びかかる事をしなければならなかったと。
なのに自分は震えて泣くだけで何も出来なくて、目の前の銃口に死を覚悟しただけだった。
復讐も放棄して死を受け入れようとしていた自分の気持ちはどこにあるのか、七瀬は状況を忘れて考え続けていた。
その七瀬の頭を大きな手が優しく撫で始めると、驚いて顔を上げたそこには笑っている武がいた。

「なあ七瀬……兄貴の事を忘れろなんて綺麗事は言わない、復讐するならそれでもいいだろう。だけどな、BETAに与える一番の
復讐はお前が生き延びる事だ。そして生き続ける限りお前の兄貴が確かにこの世界にいた証明になるんだぞ」
「し、白銀……少佐……」
「忘れなくていいんだ、その痛みを抱えても生き続ける事を考えろ。もしオレに妹がいたら自分の分まで生きて欲しいと思うぞ。」
「ううっ……ううぅぅぅ……」
「だから、生きる事を諦めるな、凛」
「う……うううあああぁぁぁぁぁ………うあぁぁぁ……」

その言葉を聞いた瞬間、そこにいたのは武ではなく死んだはずの兄だったと、はっきりと七瀬は感じられた。
今ここに武の姿を借りて本当に兄が自分と話しているんだと、それが嬉しくて七瀬は涙が止まらなくて武にしがみつくと声を
上げて泣き続ける。
自分の腕の中で小さな体を震わせて泣いている七瀬を、武は銃を放した腕で抱きしめて何度も頭を撫でて上げる。
そしてその様子を見つからないように隠れて覗いて……見守っていたみちると葵たちはほっとため息をついていた。

「ふー、一時はどうなるかと思ったわ」
「わたしもです、凛ちゃんに銃を突き付けた時は、飛び出しそうになりました」
「ねえ葵、白銀少佐は撃ったと思う?」
「そうね……みちるはどう思う?」
「その……引き金を引いたと思います」
「なぜ?」
「白銀は本気だからです、本気で七瀬少尉を心配したからこそ、そこに嘘があったら意味が無くなります」
「殴る事が優しさだって今更気づいたわ」
「葵……」
「でもね照子、いくらなんでも女の子の顔を手加減無しに叩いて何も無かったでは済まされないと思わない?」
「同感です、葵先輩」
「そうよねぇ〜、跡が残ったら大変だし〜」
「本気なのは解りますが、凛ちゃんは男の子じゃないです」

ここに乙女達の意志は一つとなり、全員の顔にニヤリと言った感じの怪しい微笑みが浮かんでいた事に、七瀬を気づかっている
武が知る由もなかった。
更に彼女たちから離れた場所で見ていたエプロン姿のままなビデオカメラを構えていた霞は、黙って見つめているその顔が笑顔
だった事も知られていない。

「ほっぺた、痛いか?」
「……痛いです」
「そ、そうか、謝って済む事じゃないけど、ごめんな」
「いえ……」
「立てるか?」
「は、はい……あ、あれっ? ち、力が入らない……ううっ……」
「じっとしてろ、運んでやるから」
「えっ、ああっ!?」
「おー、軽いなぁ〜」
「し、白銀少佐っ!?」

泣きやんで落ち着いた七瀬に話しかけるが、どうやら腰が抜けて立てないらしいので、武は肩と膝の裏に腕を回して抱き上げる。
霞が喜ぶお姫さま抱っこをされてあたふたと暴れようとするが真剣な表情の武の顔が間近にあって、七瀬は思わず固まってしまう。

「うあー、ちょっとほっぺた腫れてるなぁ……冷やしに行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ。このまま行くんですか?」
「だって動けないんだろう? なら行くしかないじゃないか」
「お、降ろしてくださいっ、こんな事見られたら恥ずかしいですっ」
「霞は喜ぶんだけどなぁ〜」
「わ、わたし子供じゃありませんっ」
「それ霞が聞いたら怒るぞ、まああんまり変わらないじゃないか」
「っ!? どこを見て言ってるんですかーっ!」

武の視線が自分の胸の辺りを見ていると感じた七瀬は、両腕で胸を隠すようにしてから武に抗議したが笑って取り合わない。

「はっはっはっ、ほら大人しくしないと落ちちゃうぞ?」
「あうう〜」
「兄貴にはなれないが、真似事みたいのは出来るかなって思ったんだけどなぁ……」
「お兄様はもっと素敵で格好良くって白銀少佐とは全然違いますっ」
「それもそうかもなぁ〜」
「いいえ、解ってません。そもそもお兄様はわたしに凄く優しかったです、それに……」
「はいはい、解った解った」
「白銀少佐っ」
「うんうん」

結局そんな会話だから注目を集めている事に後から気づいた七瀬は、PXに到着するまで多数の人に見られて恥ずかしさで
武の胸に顔を埋めるしか出来なかった。
そんな武には『またかよ』とか『これで何人目だ』とか『男の敵』とか『ロリコン』とか様々な言葉が投げつけられて、
傷だらけのハートで渇いた笑いを浮かべるだけだった。
そして見守っていたみちると葵たちは、二人がいなくなった事を幸いにさっきとは違って疲れたような表情を浮かべていた。

「ねえ葵、あたしたち、必要ない?」
「そのようね……」
「白銀、あいつは天性の女たらしか……」
「お姫さま抱っこで楽しそうに話す凛ちゃん、初めて見ました」
「……武さんですから」
「「「えっ!?」」」
「霞っ!?」

いつの間にか現れてみちるの横に立っていた霞に皆驚いたが、すぐに気を取り直してみちるは見つめ返すと手にしたカメラに
気づいた。

「……みちるさん、録画ばっちりです」
「そ、そう……」
「……水代少佐」
「な、なにかしら?」
「……みちるさんの映像も有りますが、見ますか?」
「霞っ!?」
「それは面白そうね〜、ねねっ、どんなのあるの?」
「照子っ!」
「……(くすっ)」
「行きましょう、社少尉」
「あ、葵先輩っ、待ってくださいっ!」

それからとある部屋でみちる秘蔵映像を見た葵は涙を流して苦労してるのねと慰め、照子は大笑いしながらテーブルをばんばん
叩きながら息切れをして悶え、翠子は何故か顔を赤らめて覆い隠した指の隙間からそれを見ていた。
みちるは顔を真っ赤にして終始無言で耐えていたが、霞の今回だけですからと謝られて仕方がないと諦めていた。
ちなみにどんな映像だったのかは、ここにいた彼女たちだけの秘密だった。
その頃、PXに着いた武と七瀬を待っていたのは対極的な扱いだった。

「あ〜あ、こんなに赤く腫れちゃって……」
「だ、大丈夫です」
「ほら、これで冷やしな」
「ありがとうございます」

椅子に座って京塚のおばちゃんから氷を包んだタオルを貰って、ほっぺたを冷やしている七瀬は、お礼を言いつつ武をすまなそうに
見つめていた。
そして武はと言うと……床に転がって悶絶し掛けていた。

「さあ武、いつまで寝てんだい」
「お、おばちゃん、レバーに決まったんですけど……うぐぅ」
「まったく、女の子の顔を叩くだなんてどう言う了見だいっ?」
「で、ですから……」
「言い訳なんて男らしくない、お説教はこれからなんだから速く立つんだよ」
「無理です……」

七瀬を降ろして濡らしたタオルを貰いに行った武を出迎えたのは、京塚のおばちゃんが出した至近距離からのレバーブローだった。
それは見事な一撃で、先の葵たちの思いも上乗せされたかのように重くて、威力は純夏のアレと甲乙付けがたいと言えた。
悶えている武の生返事に業を煮やした京塚のおばちゃんはむんずと襟首を掴んで引き上げると、そこに正座させて説教が始まった。
怒らせると怖い横浜基地の母は久しぶりの説教に満足していたが、終わった頃に足が痺れて動けなくなった武は遠目で見ていて
助けなかった純夏たち207隊にトドメとばかりに突かれて遊ばれていた。
最後の最後で締まらなかった武だが、その様子を見つめていた七瀬の口元が少しだけ笑っていた。






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