「……香月博士、楽しそうですね」
「そうねー、なんかこう問題が片づいてすっきりしたのよー」
「……そうですか、でも武さんが落ち込んでいるみたいなのですが?」
「ああ、ドリルの事がばれちゃってね〜、整備員もノリノリだって話したらあーなっちゃったのよ」
「……なるほど……元気出してください、武さん」
「霞、オレってそんなに浪漫を追い求めているように見えるのか?」
「…………」
「か、霞?」
「……(ぽんぽん)」
「無言で肩叩く意味はなんだーっ!?」
「諦めなさい、認めなさい、納得しなさいのどれかだと思うんだけど?」
「夕呼先生は黙っていてくださいっ」
「酷いわ、陰に日向にこんなに尽くしているのに、白銀ったら……ううっ」
「嘘泣きは止めてください」
「ちぇー」
「……武さん」
「霞?」
「……もういいじゃないですか」
「だからその微笑みの意味はなんなんだーっ!?」
「これがホントの年貢の納め時ってやつね」
「あが〜」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 40 −2000.8 暑中見舞い申し上げます−




2000年 8月17日 10:00 横浜基地、正面ゲート

一台のジープが乗り付けて駐車スペースに止めると、中から四人の帝国軍の服装の女性が現れた。
それは先の戦いで生き残った帝国軍第12師団所属第133連隊のジュリエット隊、水代葵少佐、日々野照子中尉、天野原翠子少尉、
七瀬凛少尉である。
事後処理と休暇が取れた事で、ヴァルキリーズと武に助けられた礼をしに揃って横浜基地に来たのだが、最初に目にしたのは空から
降ってきて足下まで転がってきた無惨な武の姿だった。
もちろん、訓練でへばっていた純夏をからかった結果、どりるみるきいぱんちを喰らったのは言うまでもない。

「し、白銀少佐っ!?」
「あ……うっ……」

驚いたとは言え軍人である葵は膝をついて武を介抱するが、そこに訓練校のグラウンドの方からまりもが駆け寄ってきて、
女性に囲まれている武を見てむっとしていた。

「いつまで寝ているのよ、白銀……少佐」
「ま、まりもちゃん、そりゃあないでしょ〜」
「それよりもいつまでそうしているつもり?」
「え……あ、す、すんませんっ」

武は何事もなかったようにがばっと立ち上がってホコリを払うと、目の前で驚いたままでいる葵たちに慌てて挨拶をする。

「ホント、すみません」
「い、いえ……」
「あ、あのっ」
「ん?」
「先日はあ、ありがとうございましたっ」
「ああっ、あの時の!」
「七瀬凛少尉ですっ」

葵の前に出て敬礼をしながら武にお礼を言った七瀬は、武の顔をじっと見つめていた。
その様子を横目に見ていた葵は苦笑いを浮かべていたが、後ろから照子がからかうように七瀬に突っ込む。

「凛、葵少佐より先に挨拶するなんて偉くなったわね〜」
「えっ、あっ……す、すすすいませんっ」
「ふふっ、いいのよ。改めまして、帝国軍第133連隊ジュリエット隊の水代葵少佐です。先日は部下を助けて頂いてありがとう
ございました」
「そんなの気にしなくて良いですよ、仲間なんだし」
「でも、礼儀として……」
「例え国連軍でも帝国軍でも日本人でも外国人でも、BETAから大事な物を守るって事は変わらないでしょ? それってつまり
オレに取っては仲間と言う事です」
「そうですか……」

気さくに笑って答える武の姿はとても人懐っこく、とてもあんな戦い方をしている軍人には見えなくて、一瞬別人じゃないかと
思ってしまうジュリエット隊一同だった。

「白銀……少佐、いつまでもここで話すのもなんですからPXの方へ行かれたら宜しいかと」
「あ、ああそうだな、ありがとうまりもちゃん」
「ちゃんづけは……もうっ、では失礼します」

そこに後ろで控えていたまりもは多少難しい顔をしていたが、武の肩を叩くと葵たちをPXへ案内するように進めた。
だけど相変わらず武の呼び方は変わらず、その所為で視線が自分に集中していると感じたまりもは、敬礼をして訓練校の方に
向かった。
もっとも、あの戦いの時も通信でまりもちゃんって呼んでたのを葵たちも思い出して、まりもも武の彼女なんだと納得していた。
そしてみんなを引き連れてPXに来た時、京塚のおばちゃんと夕呼が会話をしていた。

「あら白銀、新しい彼女でも見つけてきたの?」
「人聞き悪い事言わないでくださいよっ」
「武、英雄色を好むって言うけど、程々にしときなよ」
「おばちゃんまでそんなことを〜」

ここに来るまでにもすれ違う隊員からいろいろ言われ続けてきた武の精神は、かなり疲れて今にも倒れてしまいたい気分だったが、
案内をしているしている手前、これでも軍人だと心の中で自分を応援し続ける武だった。
だが、PXで夕呼と京塚のおばちゃんにまで突っ込まれて、もう笑うしかできないと半ば諦めて肩を落とした。

「彼女たちはお客様なんだから、失礼な事言わないでくださいよ。それとおばちゃん、お茶と羊羹をお願いします」
「あいよ」
「夕呼先生も仕事してくださいよ」
「してるわよ」
「ドリルは却下ですからね?」
「ちっ」
「ちっ、じゃないでしょっ! 頼みますよ、マジでっ!」
「はいはい、それじゃごゆっくり〜」
「まったくもう……ははっ、気にしないでくつろいでください」
「は、はぁ……」

椅子に座って項垂れる武を気にしつつ、ジュリエット隊一同は声を潜めて話し出す。

「噂は本当の様ね、葵?」
「まあ人それぞれだけど、年上趣味なのかしら?」
「ふけつふけつふけつふけつ……」
「凛ちゃんっ、落ち着いてっ」

すでに立場がない武はもう何を言っても無駄だなと、わざわざ京塚のおばちゃんが運んできてくれたお茶を飲んで力無く笑った。
そこで気を使った葵は、微妙になった空気を変えようと、自分の方から話題を提供した。

「白銀少佐、伊隅達は元気にやっているようですね」
「そうだなぁ、今ここには姉妹三人揃っているから、毎日賑やかですよ。そう言えば水代少佐はみちる大尉と親しいのですか?」
「ええ、帝国軍で訓練校時代の後輩なのよ。日々野中尉は伊隅達の従姉妹になるわ」
「そうなんですか、それじゃ前島大尉の事も?」
「知ってるわよ、みちるたちには初恋の相手だもの。白銀少佐のお陰で取り合いする事が無くなって喜んでるんじゃないかしら」
「ちょっと照子っ」
「はははっ、その辺はあまり言わないでください……」
「あ、すみませんっ」

せっかく持ち直した空気が照子の発言で元に戻ってしまい、葵はため息をついて照子を横目で睨んだ。
しかし、もっと破壊力を隠し持っていた七瀬が、ここぞとばかりに武に必殺技に等しい言葉を投げかけた。

「あの白銀少佐っ」
「ん?」
「白銀少佐は何人の女性を手込めにするつもりなのですかっ?」

どかんと武がテーブルに頭をぶつける音がPXに響いた、そして辺りがしーんと静まりかえりカウンターで京塚のおばちゃんが
ニヤニヤしてその様子を眺めていた。
さすがに葵すら武に声を掛ける事も出来ず、一方の七瀬は翠子に口を塞がれてう〜う〜唸っている。
そんな誰もが思っている事を直球ど真ん中で聞かれた武の心に、その言葉が深く突き刺さっていた。

「へへっ、そうなのかよ……ハーレム作ればいいのかよ……こうなったらやっちゃうぞ、オレ……」

かなり自暴自棄になっている武の口から零れるかなり投げやりな言葉に、葵も照子も翠子も焦り顔で引き気味なのだが七瀬だけは
この女の敵とばかりに睨んでいた。
最早誰にもこの状況を打開する術を見つけられず、ただ時間を過ぎるのを待つしかないのかと思われた時、PXに現れたのは
みちる達ヴァルキリーズだった。

「葵先輩、どうしてここに?」
「こんにちは伊隅、先日は助かったわ。それと暑中見舞いにね」
「そうですか、ありがとうございます」
「え、ええ、それはいいんだけど……」
「?」

葵の視線が目の前でテーブル突っ伏している武に向くと、釣られてみちるもその姿を確認して首を傾ける。

「何をやってるんだ、白銀?」
「へへっ、ほっといてください……」

みちるの問い掛けにも投げやりでその理由を小声で葵に尋ねると、聞き耳を立てていたヴァルキリーズのみんなはやれやれと
困ったような笑顔を浮かべる。
そしてでるのは武を擁護する言葉の欠片もなかった。

「今更何を言ってる、いい加減自覚しろ(みちる)」
「そうそう、すでに殿下まで落としているくせに〜(水月)」
「あ、あの、白銀くん、程々にね……(遙)」
「見る人が見れば解るって事ですよ、少佐(美冴)」
「自業自得です、白銀少佐(梼子)」
「見境なさすぎると思うんですけど……(まりか)」
「まさか葵さんとか照子ちゃんに手を出そうとしたのっ!?(あきら)」
「俺には何も言えませんよ(孝之)」
「こうなる事を恐れていたけど、遅かったか……な〜む〜(正樹)」

次々と心に突き刺さる言葉が武の気力を削っていくが、何とか力を振り絞って体を起こそうとして力を込めた所に、
最後に現れた少女によって打ち砕かれる。

「……武さん、どうかしたのですか?」
「霞……へへっ、オレがんばっていいのかなぁ……」
「……みちるさん、何があったんですか?」
「ちょっとこっちへ……」

みちるに連れられて少し離れた場所で説明を受ける霞は、全部聞いた後再び武の側に戻ってくると、葵たちに向かって
お辞儀をした。

「……うちの武がご迷惑をお掛けしました、これからもよろしくお願いします」
『えっ!?』
「霞っ、何言っちゃってんのーっ!?」
「……夫のサポートをするのは妻の努めだと悠陽殿下が言ってました」
『ええーっ!?』
「悠陽のバカヤローっ!!」

ヴァルキリーズのみんなは笑っていたが、葵たちは思わず立ち上がって一歩下がるぐらい霞の発言に動揺して、すぐに目の前で
慌てている武の事を危ない男だと言う目で見ていた。
そして悠陽殿下をばかやろう呼ばわりする武に更に驚いて、ますます遠ざかる葵たちの視線が武には痛すぎた。

「あーあ、しょうがないねぇ、武は……」

そんな事を言いながらも笑っている京塚のおばちゃんは、武のお陰で自分が笑っていられる事に感謝していた。
ちなみに、この事が七瀬の口から帝国軍内に武の武勇伝として広まっていくが、非難する人は少なく逆にそれでこそ英雄なんだと
思う人が多くなり、密かに憧れる女性が増えたかどうかはまだ解らない。






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