「ねえ白銀」
「なんすか?」
「あたしって天才よねぇ〜」
「言わなくても知ってますけど」
「あたしって美人よねぇ〜」
「まあ、人並み以上には」
「なのになんでアンタのアタシに対する態度はまりも達と違うのか、これって差別よねぇ〜」
「性格悪いの知ってますから」
「ちょっと霞、今の聞いた〜、明らかに女性蔑視発言よ」
「……武さん、そう言うのはいけないと思います」
「霞、オレは夕呼先生の質問に正直に答えたんだけどダメなのか?」
「……時には優しい嘘も良いと思います」
「「え”」」
「……どうかしましたか?」
「ううん、なんでもない」
「いいや、なんでもないぞ」
「……そうですか」
「(小声)夕呼先生の所為ですよ、霞がどんどん黒くなってるじゃないですかっ!
「(小声)あたしの所為じゃないわよ、そうやって決めつけないでよ」
「(小声)これ以上怪しい入れ知恵しないでくださいよ」
「(小声)白銀、そこまで言うのなら寝てる間にドリル付けちゃうわよ」
「……あの、内緒話ですか?」
「そ、そうなのよ〜、白銀ってば指輪のサイズ教えろって、恥ずかしいからって小声で聞くのよ〜」
「そ、そうなんだ。ほらっ、こーゆーのって面と向かって聞くのはアレだろっ」
「……お二人とも仲良くなって嬉しいです」
「(小声)ちょ、誰が指輪のサイズを聞いたんですかっ!」
「(小声)それよりも誤魔化して上げたんだから感謝しなさいよ」
「……くすくす」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 39 −2000.8 香月夕呼の憂鬱−




2000年 8月9日 13:00 横浜基地、夕呼私室

食後のコーヒーを飲みながら、アンニュイな表情でなにやらモニター画面を眺めているのは、横浜基地の事実上の支配者、
香月夕呼その人である。

「ん〜、やっぱり世界征服するにはコマが足りないわねぇ……」

なにやら危険な言葉を呟いているが、本気でやったら出来そうな知力やしたたかさを持っているので、もし聞いた人がいたら
笑えない事この上ない発言である。

「でも、白銀一人でこんな短期間に日本は征服できたようなもんだから、つまり不可能じゃないって事か……」

オルタネイティヴ計画4の内容は表面上は変わらず進めているようで、実はリーディングの結果を知っているしBETAとの
コミュニケーションが取れると解っているから、ぶっちゃけ夕呼本来の仕事は忙しくないのである。

「それよりもやっぱり鑑専用の戦術機にドリルは不可欠よねぇ……作っちゃおうかなぁ〜」

あれだけ武に言われても作る気満々な夕呼の表情は、さっきと違ってニヤッと笑っていてマッドな物理学者の面を見せる。
ともあれそんな夕呼だが、武と違って初めての記憶のループを体験している事から、そこに面白さを見いだそうと違った事にも
割と積極的に行動しているらしい。
綺麗な指先でキーボードを叩きながら、まったりと午後の時間は過ぎていく。

「おや珍しい、何か食べるのかい?」
「たまには宇治茶と羊羹が食べたくなったんです」
「そうかい、ちょっと待ってな」
「お願いします」

時間で言えばおやつの時間にPXへ現れた夕呼は、京塚のおばちゃんに注文してその場でなんとなく辺りを見回す。
人影もまばらで調理場の音が良く聞こえて、少し寂しい感じもしたけど騒がしいよりいいわねとカウンターに寄りかかる。

「はいよ、宇治茶と羊羹お待ちっ」
「ありがとうございます」
「ふーん、変わったね夕呼ちゃん」
「えっ?」
「顔つきがさ、優しくなったって言うのかねぇ……ちょっと前の眉間に皺寄せていた頃とは違うね」
「そうですか……」

なんとなく自分のおでこに指を当てて、そんな顔してたんだと苦笑いを浮かべる。
そんな夕呼を見てニンマリと笑う京塚のおばちゃんは、確信を持って思いついた事を口にした。

「うん、いいね。これも武のお陰だ」
「そ、そんなことっ」
「知ってるかい? 自分で気づいてないみたいだけど、夕呼ちゃんは笑う事が多くなったよ」
「笑う……」
「ああ、いい笑顔さね。恋する乙女って感じだね」
「お、乙女って年じゃありませんよ」
「いいや、女は死ぬまで乙女なのさ。武だってそれを解ってるんじゃないのかい?」
「そうでしょうか……」
「いやー、これでわたしも一安心だよ。夕呼ちゃんの花嫁姿、見られるまでは死ねないと思ってたからね」
「も、もう止めてくださいっ」

これ以上ここにいたら真っ赤になった顔が収まらないと、宇治茶と羊羹を受け取ってなるべく離れた場所で静かに頂く夕呼は
ちらちらと辺りを窺って見ている人はいないか確認していた。
中途半端な時間だったのが幸いで、ほっとした夕呼は速く収まれと難しい数式を考えて顔の火照りが収まるのを待った。
副司令なんて偉い人をやっているけど、まだまだ人生の先輩な京塚のおばちゃんには子供扱いされているのである。

「香月博士っ」
「なによ速瀬、食事中よ」

結局、例のドリル装備の事をハンガーで整備班長と話し込んで日も暮れたので、PXに戻ってきた夕呼は夕飯を食べていた。
そこに現れたのは訓練が終わって食事に来たヴァルキリーズの面々で、夕呼の姿を見つけた水月が真っ先に走り寄ってきた。

「なんで白銀がラプターなんですかっ?」
「なんでって言われてもねぇ、ちょうど頼んでいたのが来たからとしか言えないんだけど」
「頼んで?」
「白銀用にね、最強の衛士が最強と言われている機体に乗る、何か問題ある?」
「むぅ〜」

どうやら武が新品のラプターに乗ったのが気に入らないとは違って、わたしも乗ってみたいと言ってる表情に気づいた夕呼は、
動かしていた箸を止めて水月に向き合う。

「乗って見たいの、アレに?」
「そ、それはそのー、米国の新型だし興味在るし……」
「そう……ならシミュレーションで白銀に勝てたら乗せても良いけど?」
「うぐっ」

以前のシミュレーションの結果を知っている夕呼は、先日の戦闘で更に力が上がった武にはまだ勝てないと踏んで、わざと挑発
するように笑って水月に提案した。
それを夕呼に言われてもの凄く気にしている水月は、悔しそうに唇を噛んで言葉を失う。
やれやれとこれで静かに食べられるわねと、再び箸を動かしてご飯を口に運ぼうとした時、水月は宣言した。

「解りましたっ、白銀に勝ったら乗せて貰いますからっ」
「はいはい、がんばって〜」
「くうぅ〜」

そんな事言わなくても乗るぐらいならいつでも乗せて上げるけど、勝手に決めつけて勝手に言ってる水月が面白いからそのまま
放置プレイを楽しむ夕呼だった。
そこに運悪く、純夏たち207隊のメンバーと一緒に霞を連れてやって来た武に、水月は今から勝負よと夕飯を食べるのを
忘れて突っかかっていた。
なんだか武に押しつけた気がしないでもないけど、自分に被害がないからとやっぱり放置プレイ続行に決める夕呼だった。

「ひでぇなぁ、夕呼先生」
「勝手に盛り上がっていたのは速瀬よ、あたしは知らないわ」
「だったらちゃんと速瀬中尉に説明して上げてくださいよ」
「女の我が侭を引き受けるぐらい、簡単でしょ?」
「はぁ〜」
「ふふっ」

ちょうど食べ終わってお茶を飲んでる頃に、疲れた表情をした武が向かいに座って夕呼に文句を言うがあっさり流される。
霞と純夏は207隊と楽しく食べているので、今は二人きりな状況を理解した夕呼は、正面で横を向いてみんなを眺めて
どこか懐かしそうな感じでいる武の横顔は、見た目とは合わない大人びた顔つきで思わずどきりとして見とれてしまう。
そのまま見とれている夕呼の方を見ないで、武は呟く。

「夕呼先生……」
「な、なに?」
「オレ、今度こそ守って見せますよ」
「そう……」
「でも、オレだけじゃ無理なんです。だから頼りにしていますよ、夕呼先生」
「アンタと同じで、あたしに出来る事はやって上げるわ」
「ありがとう、夕呼先生」

そう言った武が正面から見つめ返して、その強い意志を秘めた瞳に自分の姿が映った瞬間、夕呼は京塚のおばちゃんの言葉を
素直に認める事が出来た。
ああ、白銀に恋しているんだって……顔が熱くなるのも、胸の動悸が激しいのも、全部その所為なんだと。
はっきり認めてしまえばこんなにも楽になって、気持ちが軽くなり気分が高揚してくる。
だから自然と微笑んでいて、それを見た武が不思議そうにその理由を尋ねてくる。

「夕呼先生、何笑っているんですか?」
「そうね、問題が一つ解決したって所よ」
「まさか例のドリル云々じゃないでしょうね?」
「それは言えないわ、女の秘密よ」
「ドリルは男の浪漫だったんじゃないんですか?」
「さーってと、あたしは先に戻るからそれかたしておいてね」
「ちょっと、先生っ」

すっと立ち上がった夕呼は一度も振り向かず、背中越しに武に手を振ると、足取りも軽く私室に向かってPXを後にした。
なんて気分が良いんだろう、年甲斐もなく踊ってしまいそうで、部屋に着くまで笑顔が絶えなかった。
余談だが、夕呼の提案に悪乗りした整備班一同は武に内緒で、男の浪漫を実現する為に夜遅くまで汗を流していたらしい。
ハーレムに続いてドリルも手にした武は影で浪漫を実戦した男として、横浜基地で長く語り継がれるかどうかはまだ解らない。

「ドリルは純夏だけで勘弁してくれーっ!」






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