「今回はホント、ご苦労だったわね」
「いえ、しかしこの先は前回と同じとは限らないかもしれませんよ」
「そうね、それを踏まえて鑑達にがんばって貰うしかないわ」
「させたくはないけどそれはオレの我が侭だし、なによりオリジナルハイヴ攻略にはみんなの力が必要だし……」
「まだ一年も有るのよ、可能な限り鍛え上げろとまりもには言ってあるけどね」
「あ、そう言えば純夏の様子はどうなんだ、霞?」
「……その、あの時の武さんと同じでしょうか」
「へタレね」
「そんな先生、ストレートに言わなくても」
「事実でしょう、まあ知識も経験もない鑑がみんなと同じレベルになれるのは、来年以降でしょう」
「ですねぇ……」
「そうそう、実はこれ白銀用に考えている新型戦術機のデザインなんだけど、見てみる?」
「新型ですかっ!? そりゃあ是非見てみたいですね」
「これなんだけど、どう?」
「な、な、なんで両手がドリルなんですかーっ!?」
「……ドリル、膝にも付いてます」
「超近接格闘用戦術機なんだけど、それにドリルって男の浪漫なんでしょう?」
「夕呼先生、そんな浪漫は戦いの終わった後でお願いしますっ!」
「ちぇー、徹夜で考えたのに失礼しちゃうわ」
「……武さん、ドリルが浪漫なんですか?」
「霞、お前は知らなくていい……決して夕呼先生の様にならないでくれ、頼むっ」
「なによ、そこまで言わなくてもいいじゃない」
「……武さん、香月博士の愛をないがしろにしなでください」
「こんな愛、いらないって……」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 38 −2000.8 純夏カンタービレ−




2000年 8月8日 9:00 横浜基地、ハンガー

いつものように霞と純夏と朝食を取った後、訓練に行く純夏にがんばれと声をかけて、武は霞と共にハンガーに来ていた。
すでにそこは戦場と変わらぬ緊張感がありヴァルキリーズの機体のメンテナンスで、ほとんどの整備員達は徹夜で
大忙しだった。

「おう、白銀、霞嬢ちゃんもおはよう」
「おはようっす、班長」
「おはようございます」

挨拶をして班長が付いてこいとの指示に従って歩いていくと、そこには武の愛機が汚れを洗浄された後に固定されていた。
見た目にはそれ程酷くないように感じた武に、整備班長はきっぱり告げる。

「派手にやったなぁ、ヴァルキリーズの方は整備で済むがな……お前さんの機体は無理だ」
「かなり酷いんですか?」
「ああ、見た目はそうでもないが、駆動系はほぼ全部金属疲労が激しすぎるし、メインフレームにも歪みが出てる」
「そうですか……」
「勘違いするなよ、お前が悪いんじゃないし、こいつも悪くない。やれるだけの事をやった結果がこうなっただけだ」
「はい」
「まあ修理するより別の機体を持ってきた方がいい、これは整備員としての意見だ」
「解りました……今までありがとう、一緒に戦えて良かったぜ」

整備班長の言葉に自分の機体へ近づいた武は、足の装甲に触れながら別れを告げていた。
共に戦った事を忘れないぜと黙って見上げていると、霞も側に来ると不知火・改の足を一緒に撫でてくれたので、武は
ありがとうとお礼に霞の頭も撫でて上げた。

「それで代わりの機体なんだが、昨日の夜に国連本部からの搬入があってな、それを使えと副司令の話だ」
「夕呼先生が?」
「あれだ」

そう言って班長に促されて見た先にあった戦術機は、米国の最新型で最強と呼び名の高いF−22A『ラプター』だった。
以前夕呼が米国への抗議のついでにタマパパに頼んでいた物が搬入されてきたのだが、気を使ってくれたのか中古ではなく
ロールアウトしたばかりの新品だった。
すでにリペイントされた機体は武のカラーである銀色に塗られていて、肩にもヴァルキリーズのエンブレムが描かれていた。
で、よく見ると開いたコクピットの中にちらちら動く白衣が見えたので、武は呼んでみる。

「何やってるんですか、夕呼先生ーっ」
「あら? 白銀じゃない、遅かったわね」

振り返ったその手にはビニールの残骸が沢山握られていて、まりもに聞いた夕呼の趣味を思い出した武はがっくり肩を落とした。
そうだよなー、あんな子供みたいな所もあったんだよなーと、項垂れたまま力無く笑う武の頭をなでなでとして上げる霞だった。
そんな武の前にご満悦の顔でやって来た夕呼は、手に持っていたビニールの残骸を近くのダストボックスに片づけてから
話し始める。

「おはよ二人とも、ん〜何度やっても楽しいのよね〜、これ」
「それはいいですけど、ドリルは付けないでくださいね?」
「するわけ無いでしょ、アレは冗談よ」
「霞、夕呼先生の行動は要チェックな」
「……はい」
「なによ、霞まで……ふんだっ」
「はっはっはっ、でも白銀、ドリルはいいぞっ」
「班長まで止めてくださいよ」

と、この時の会話が実現する切っ掛けになったかどうかは、まだ秘密である。
拗ねる夕呼をなだめてから、新しい機体と向き合う武はの横顔は一人の男で、夕呼も霞もちょっとだけ見とれてしまう。

「しかし、良く持ってこれましたね、最新鋭機なのに」
「珠瀬事務次官の努力の結果よ」
「タマの親父さんですか、夕呼先生……」
「なに?」
「あんまり無理しないでくださいよ」
「無理はアンタの専売特許でしょ? 人に言う前に自分を振り返りなさい」
「うへぇ」
「……まったくです、少しは大人になってください」
「霞嬢ちゃんに言われたらお終いだな、白銀」
「ぐはっ」

それから夕呼が去った後にそのままコクピットに乗り込んだ武と霞は、細かな調整とOSのインストール等に時間を費やし、
午前中はその作業に集中して時間が過ぎていった。
もちろん霞は武の膝の上と言う特等席で作業をしていたので笑顔が絶えず、ハンガーの整備員達の癒しにもなって作業効率が
上がったらしい。

「……これで終わりました、一応【XM3】の設定もかなり変更しました」
「そっか、ありがとう霞。しかし初めての機体だから、少し慣れないとなぁ……」
「……今日は諦めてください、香月博士からも休養日だと聞いてます」
「解った、じゃあ午後は何するかなぁ〜、霞と遊んじゃおうかな?」
「……純夏さんの所に行きましょう」
「純夏の所か……じゃあ、昼飯食ったらそうしてみるか」
「……はい」

で、いつものように霞を抱っこして降りてくる武には、一部の霞ファンからブーイングがあるが霞が微笑むと黙り込んでしまい、
男を手玉に取る様子を間近で見せつけられる武は内心ドキドキが止まらなかったりする。
そのまま武と共にハンガーを出て行く姿を見送っている整備員たちは、大きく手を振ってまたきてねーと叫んでいた。
よく武の戦術機の様子をハンガーまで見に来る霞はすっかり顔なじみで、実に整備員の八割以上が霞ファンで占めており、あの
舌っ足らずな話し方でお願いされたら、真冬の海どころか生身でハイヴまで行っちゃうぐらいの大人気なのである。
余談だが先日の復座の不知火・改の調整時に密かに撮られていた霞の強化服姿に、整備員の何人かは感激のあまり鼻血を流して
悶絶していたらしい。
社霞……将来有望どころか現在でも男達の心を掴んで離さないチャームな女の子である。

「おばちゃ〜ん、鯖味噌定食2つ、それと合成宇治茶も2つ」
「はいよ、一つは大盛りでいいね」
「ごっつあんです〜」
「いいってことよ、アンタのお陰で皆こうしていられるんだからね」
「違いますよ、ヴァルキリーズや斯衛軍、それに帝国軍や国連軍みんなのお陰ですよ」
「そうかい……ほいっ、お待ち」
「さ〜て、食うぞ……って、霞?」
「霞ちゃんならあそこだよ、ほら」
「ああ、純夏たちの所か」

京塚のおばちゃんの指さす先に、訓練を終えて昼食を食べている207隊がそこにいて、霞は純夏と話していた。
そして武に気が付いた純夏が立ち上がると、大きな声で武の名前を叫んだ。

「タケルちゃ〜ん、一緒に食べよう〜」
「声がでけーよ、純夏……」

手を振る純夏にしょうがねぇなあとため息つきながら霞の分もトレイを持って近寄ると、委員長が敬礼をしようとしたので
しなくていいと止める。

「楽にしてくれよ、言っておくけど同じ年なんだからさ〜」
「そうだよみんな、タケルちゃんなんかに気を使わなくっても平気だよ」
「今だけは純夏に賛成だな」

武は相づちしながら霞の横に座ると、手に持っていたトレイを霞の前に静かに置く。
その様子をじ〜っと見ている純夏の視線に気が付いていた207隊のみんなは、興味半分で黙って見守っている。

「ほい霞、熱いから火傷するなよ」
「……ありがとうございます」
「う〜、タケルちゃん、なんか霞ちゃんにはすっごく優しいよ〜」
「だってなぁ、ずっとこうだし慣れと言うか当たり前と言うか」
「う〜、だったらわたしにも優しくしろーっ」
「あーもー、どうしろって言うんだよ?」
「例えば朝は優しく起こしてくれるとか……」
「めんどくせぇ」
「一言で片づけるなーっ!」
「いただきます」
「タケルちゃんのくせに、無視するなーっ!」

しかし一向に取り合わない武からぷんと顔をそらすと、がつがつと自分の昼食を食べ始めるが、そこで漸く冥夜が話しかけてくる。

「タケル」
「んあ?」
「そなたは同じ年だと言ったが、一体どうやってそこまでの力を身につけたのか、良かったら教えてはくれぬか?」
「御剣っ」

冥夜の質問は至極当然なのだが、同じ年であそこまでの強さを身につけるとしたら、この時代を考えればどんな事が在ったのか
容易に想像がついた委員長は咎めるように名前を呼んだ。
しかし、武は気にする事もなく冥夜らしい真っ直ぐな聞き方が懐かしくて、嬉しくなってしまう。
だから委員長に向かって笑うと、世間話のように話し始めた。

「いや、いいんだ委員長……そうだな、言えるとしたら絶望を味わっても諦めなかった事かなぁ」
「絶望……」
「オレと純夏は家が隣同士で幼なじみだったんだけど、BETAが首都圏まで迫った時に逃げている途中に襲われて、純夏を守れ
なかったんだ」
「それはっ……」
「無謀でも無茶でも純夏を守りたかった、だから素手で向かって行ったんだけど、殴り飛ばされて瓦礫の中で気を失ってさ、
気が付いた時にはどこにも純夏の姿が無くって、無力な自分に腹が立ってただ泣き喚くしかできなかったんだ」
「タケルちゃん……」

食べている手を止めて武の話しを聞いているのは207隊だけでなく、PXにいたほとんどの人で話し声すらなく、調理場にいた
京塚のおばちゃんでさえ目を閉じて黙り込んでいた。
まさかそんな事を話すとは思っていなかった冥夜も言葉を失うが、武は静かに語り続ける。

「でも諦めなかったんだ、純夏がいなかったのはもしかして上手く逃げられたんじゃないかと思ってさ……もし捕まっている
のなら助けるしかないって思ったら、オレのやる事は決まっていたんだ」
「すまぬタケル、辛い話しをさせた……」
「謝るなよ冥夜、別に気を悪くしてねえよ。それに今はこうして純夏と再会出来たんだし、あの時諦めなくて良かったって話し
なんだからさ」
「タケル……」
「諦めたらそこで終わりだけど、諦めない限り終わらない。例え同じ場面に遭遇して悔しくて悲しくて泣き喚くかもしれない、
けどオレは立ち止まる事だけは絶対にしない」

いつの間にか熱く語っている武の言葉に、聞いていた全ての者がその言葉を心に刻み込んでいた。
特に霞と純夏はその事をよく知っているから、武を見つめている二人のその瞳は潤んでいた。
そこまで話して自分の拳を握っている事に気が付き、更にPXにいる人の注目を浴びていると知って武の顔が赤くなる。
やっと熱く語っていた事を思い出して、恥ずかしくて誤魔化すように鯖味噌定食を食べ始める武に、次々と冷やかしのような
声が掛かる。

「熱いね、白銀」
「うるせぇ、彩峰」
「たけるさん、凄いですっ」
「目をきらきらさせるな、タマっ」
「タケルって熱血だったんだねー」
「口に出すなっ、美琴」
「まあ……人それぞれよね」
「冷静でありがとう、委員長」
「ふーん、なんか惚れちゃいそうだなぁ〜」
「危険な発言をするなっ、柏木」
「あ、その、えっと」
「何も言うな、涼宮」
「そんなに愛されている鑑さんが羨ましい〜」
「恥ずかしい事をさらって言うなっ、築地」

本音なのか冷やかしなのか、彼女たちをよく見ていない武には解らなかったが、どこかその言葉の中に暖かさを感じていた。
そして一番感動しているのは、泣き始めていた純夏だった。

「タケルちゃん……あ、ありがとう〜」
「な、泣くんじゃねぇよ、ほらっ」
「う、うん……」
「……武さん、それテーブル拭きです」
「しらん」
「もうタケルちゃん、感動したのに台無しだよ〜」
「いいから食えっ、午後の訓練に遅刻してまりもちゃんに怒られても知らないからな」
「わわっ、お昼休みが後少ししかないよ〜」
「ふう、ごちそうさま」
「タケルちゃん、食べるの速すぎだよ」
「……ごちそうさまでした」
「霞ちゃんまでっ!? 卑怯だよっ」
「ほれほれっ、喋っている時間無いぞ」
「あうう〜」

純夏の声で止まっていた時間が流れるように、あちこちで急いで食べる様子が見られたが、ゆっくり食後のお茶を飲んでいた
武の手をテーブルの下でぎゅっと握ってきた霞の頭を撫でて、それに気づいた純夏が叫んだのでそこでまた騒ぎとなった。
その後、午後の訓練に遅刻した207隊は連帯責任という事で、まりもから地獄の特訓メニューが言い渡された。
だけどこの日遅刻した事は決して無駄ではなく、武の話しを聞いた事で心の中で何かが変わっていく207訓練部隊は、
誰もが強く成長していく事になる。






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