「……斯衛軍、第二防衛線を超えて日本海に到達します」
「伊隅達は?」
「……同じく第二防衛線でBETAの掃討を行っています。あと、合流した帝国軍の部隊が援護しています」
「ああ、伊隅の知り合いなんですって?」
「……はい、帝国軍訓練校時代の先輩だそうです」
「ヴァルキリーズは問題ないと、白銀は?」
「……マーカーとデータリンクから、まだ大丈夫です」
「霞、それにしては浮かない顔ね?」
「……通信は届いているのですが、返事がありません」
「集中しているって事じゃない、周りはBETAだらけなんだし」
「……いえ、聞いてないんだと思います」
「聞いてないって……」
「……【XM3】の処理が追いついていません、それと機体にもかなり無理が掛かっています」
「白銀の体調は?」
「……今は大丈夫です、多少興奮状態のようですが、演習の時と違って無理はしていません」
「すると白銀自身の力が上がったって事ね?」
「……そうなります」
「は〜、解ったわ……アラスカより先に新型機を用意して上げるわよ」
「……香月博士」
「なに?」
「……愛、ですね」
「な、何言ってるのよっ!?」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 37 −2000.8 白銀の如く−




2000年 8月7日 14:25 新潟県西蒲原郡、信濃川河口

武にとって全ての動きがスローモーションの世界で、その中で自分だけが素早く動いてBETAを撃破していく。
そして戦場の全てを見渡している感覚が、最低限の回避動作でBETAの攻撃を掠らせもしない。
戦いの中で武は時間を支配している感覚さえあった。

「オレがいる限りなぁ、もうてめぇらなんかに好き勝手にさせるかーっ!」

弾の無くなった両手の突撃砲を放棄すると、背中から長刀を引き抜いてBETAを切り裂いていく。
月詠の様に武芸に秀でた動きのような華麗さは無く、ただBETAを葬る事だけに特化した不知火・改の動きは命令に忠実な
機械とも言えるが、そこには強い意志と熱い心を持った人間が動かしているのである。
その意志が力なのか流れを呼び込むのか、武の動きはより無駄が無く速く鋭く研ぎ澄まされていく。

「地球から消え失せるのはお前らBETAだーっ!!」

「FLASH MODE」の時間も使い切りより激しく動かす武の操作に、不知火・改もXM3も反応が遅れ追従しきれずに
悲鳴を上げ始める。
だが、そんな些細な事はどうでもいい武は、群がってくるBETAを切り裂き踏みつぶし弾き飛ばす。
何度悔しい思いをしただろう、幾たび枯れる程の涙を流したろう、繰り返し浮かんでくるのは『白銀武』が経験した無数の
記憶が武を突き動かす。
そこに今の自分の思いが重なる、大事な幼なじみを守れなかった悔しさと怒りは、熱い血潮となって体中を駆けめぐる。

「うおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーーっ!!」

武の叫びが辺りに響き渡った瞬間、BETAの動きがほんの一瞬だけ止まり、まるで狼狽えるように行動がばらばらになるが、
不知火・改はその間を駆け抜けながら倒していく。
止められる物なら止めて見せろと、武の気迫が溢れ出す不知火・改は、夏の日差しに銀色の機体を輝かせる。
そしてとうとう数え忘れるぐらい倒していた要塞級を切り伏せたと同時に長刀が音を立てて折れると、手を離し最後の武器である
短刀を取り出している間も動きを止めない。
武器の大小なんて関係ない武の研ぎ澄まされた動きは、BETAを倒していく迫力と共に変わらない。
やがて最後に斬りつけたBETAを足蹴にして振り返った武の目に、佐渡島ハイヴに撤退していくBETAの大群に初めて気が
付いたのである。

「はぁはぁはぁ……守れたの、か……はぁはぁはぁ……」

周りを見渡すとBETAの死骸だらけで、これを自分がやったのかと疑いたくなる数は凄まじいと感じていた。
そこで初めてコクピット内のモニターがワーニングランプのオンパレードで、【XM3】にも多数のエラーが出ていた。
動こうとしてもすでに駆動系がオーバーヒートで作動不能になり、可動部分の関節からは煙とオイルが見えている。

「はぁ〜、ぎりぎりかぁ……お疲れさん、相棒」

そう言ってコクピットのハッチを開けると、目の前にはBETAもいない日本海が広がっていて、さっきまでの戦いが嘘に思える。

「いい風だなぁ……ふぅ、それにして結構汚れちまったなぁ……」

見上げる機体はBETAによる攻撃の損傷はないが、こびり付いた返り血と泥でかなりの汚れだったけど、武は共に戦った機体を
黙って見つめた。

「白銀っ」
「月詠さん?」

通信で呼びかけられてコクピットから体を乗り出すと、近づいてくる赤い武御雷がそのまま立ちつくす不知火・改の横に停止した。
すぐにハッチを開けて中から飛び出してきた月詠は、不知火・改のコクピットまで乗り込んできた。

「無事かっ!」
「あー、無事ですけどその言葉使いからすると、もしかしなくても怒ってますか?」
「別に怒ってなどいない、ここは戦場だからな気をぬけんし自然とこうなる」
「そっか、でもそっちの月詠さんも凛々しくて好きだなぁ〜」
「な、なななにを言ってるっ!?」
「あはははっ」

聞こえるのは波の音で、BETAの気配は感じられず、これが車の中なら海を見に来た恋人同士だよなぁと関係のない事を
考えていた武は瞼が重たかった。
傾き始めた頭を支えるように寄り添う月詠の肩に寄りかかり、武はけだるそうに呟く。

「白銀?」
「すいません、ちょっと眠くて……ははっ、疲れたなぁ〜」
「当然だ、これだけの長時間、一人で戦い続けたら……」
「違いますよ、月詠さん」
「え?」
「オレはいつだって一人じゃないんですよ、一人だったらここまで戦えませんよ」
「そうか……そうだな……」
「いつだって……どこにいたって……みんなと一緒なんです……」

そこまで呟いた武からは吐息が聞こえてきて、月詠は眠りにおちた武の体をなるべく休めるように頭の位置を直して座り直した。
これがさっきまで死闘を演じていた者の顔なのかと、穏やかに寝息を立てる武の寝顔を見つめる月詠の顔にはどこか戸惑いが
あり、心配そうに見つめていた。

「白銀武……お前をそこまで駆り立てる物はなんなのか私にはまだ解らない。だけど、いつかお前の口から聞きたいぞ」

実はほんの少し前からこの場所に到着していた月詠は、一人戦う武のその姿に軍人と言う自分を忘れて見惚れていた。
BETAの返り血を浴びて尋常じゃない機動をする不知火・改と、鬼気迫る武の気迫を見せつけられてただ呆然と見つめながら
月詠は思っていた……自分は武の事を何も知らないと。
武の叫びは月詠の胸を激しく揺さぶったがその中にBETAへの怒りだけではない、何かこう大きな悲しみがそこに
込められている気がしてならないと感じられた。
この時代ならば誰もがBETAに対して怒りや憎しみを保つのは当然なのだが、武のそれは何か違うとそれだけは漠然と
解る月詠は自分に体を預けて寝ている武を見つめる。
それがなんなのか……まだそこまで武の心に踏み込めない月詠は、もどかしくて小さな痛みが胸に走った。
ただ、その顔からは軍人の表情は消えて、一人の女性としての顔に変わっていた事に気づかなかった。
しかし落ち着いてふと視線を動かすと、モニターの中で残念そうに見つめている悠陽と目がばっちり合った。

「……月詠に先を越されてしまいました、残念です」
「はうっ!?」
「記録は撮れましたか、紅蓮?」
「はっ、抜かりなく」
「ではさっそく今の部分を横浜基地に……」
「で、でで殿下ーっ!?」
「しー、武様が起きてしまいます」
「あ……」
「恋とは人を変えていくものですね……そなたの慈愛に満ちた表情を見られて嬉しく思います」

綺麗に纏めてころころ笑う悠陽を見つめる月詠の表情は冴えないどころでななく、羞恥によって真っ赤に染まっていた。
しかし何か言おうとする度に武の事を持ち出す悠陽に、目を閉じて堪え忍ぶ月詠の精神は疲労が蓄積されていった。
そしてもうこの辺りにはBETAの存在が確認出来ないとはいえ、斯衛軍は全週警戒のまま悠陽や武たちを護るように後続の
到着を待つ中、改めて武の凄さに息を飲んでいた。
この第二防衛線の戦いに置いて、戦術機が動かなくなるぐらい単機で戦い続けた武の実力は確固たる事実として、帝国軍と
国連軍に浸透していくのであった。
それからヴァルキリーズが現場にたどり着いた時、月詠に寄りかかり寝ている武の姿を見たまりもを皮切りに、自分が変わるとか
こちらに任せろとかそれではわたくしがなどと、女の戦いが静かに始まっていたと後に紅蓮は楽しそうに語った。
結局、武が目を覚ましたのは横浜基地に着いてからで、出迎えた基地の兵士達からは拍手と歓声が鳴りやまなかった。
そこに夕呼がピアティフと霞、純夏や207隊を引き連れて人垣の中を歩いてきた。

「おつかれ〜」
「ただいま戻りました、また戦術機壊しちゃってすいません」
「無事ならいいわ」
「ご苦労様でした、白銀少佐」
「ありがとう、イリーナ中尉」
「……武さん」
「ただいま霞、約束通り帰ってきたぞ」
「……はい」
「タケルちゃん……」
「純夏、心配させてごめん」
「いいよ、無事に帰ってきてくれたんだし……それよりもこれはなんなのさーっ!?」
「へっ?」

感動の対面なのに一人ヒートアップして武に突きつけたのは、不知火・改のコクピットで月詠にもたれかかって寝ている
姿を写した写真で武は驚いて声も出ない。
そこにタイミングを計ったように現れた悠陽と共に来た月詠は、自慢の目の良さで純夏の持っている写真を見つけて、再び
真っ赤になって絶句した。
ナイスですな感じで笑っている悠陽の前で、純夏の怒りは頂点に達していた。

「な、なんだよこれっ?」
「もう基地の人全員知ってるよ、なによ月詠さんといい雰囲気作っちゃってさー、海を見ながら寄り添う二人なんてべたべたな
デートじゃないのさーっ!」
「デートじゃねぇよ、単に疲れて寝ちまっただけだろ、ねえ月詠さん?」
「え、あ……その……」
「そこでなんでどもるかなーっ!?」
「人が心配しているのに、タケルちゃんは月詠さんといちゃいちゃしてたなんて許せるわけないでしょっ!」
「オレが何をやってたか忘れてるんじゃねーよっ、このアホっ」
「誰がアホなのよっ……タ〜ケ〜ル〜ちゃ〜んのぉ、バカーっ!!」
「エアバーーーーッグッッ!」

純夏の必殺技、「どりるみるきいぱんち」が炸裂して基地に戻ったばかりの武は、空を舞い地面に転がって再び気を失った。
おおーっとどよめく周りの人たちの間で一番強いのはこの少女なのかと隣同士で囁かれ、純夏のパンチを見た夕呼はやっぱり
ドリルよねぇと危険な呟きをしていた。
そして今度こそはといち早く駆け寄ったまりもは武を介抱するが、そこに普段は控えめなピアティフも参加して、ますます
周囲はお祭りの様な騒がしさで大混乱だった。
その中で207隊の側に近寄った悠陽は、冥夜に囁く。

「冥夜、武様はそなたの相手には申し分ないでしょう?」
「あ、姉上っ!?」
「わたくしは機会を作っただけです、決めるのは冥夜ですよ」
「姉上、タケルにもそう言われました」
「ならば自分の心の命ずるままに進みなさい、冥夜」
「はい」

微笑み合う姉妹の穏やかな空気とは別に、武の周りではいくつもの女同士の駆け引きが始まっていた。
代わる代わる彼女たちの膝の上で膝枕をされている日本一幸せな男代表の武は、まだ気を失ったままであった。
その後、武は基地の兵士達からは英雄扱いされるのだが、その理由が多くの魅力的な女性を虜にしているからだと知るのに
時間は掛からず背中が煤けている武だった。
もっとも、公式的には新生ヴァルキリーズの初陣という事で、こちらの人気が上がる事が武の慰めになったかどうか解らない。






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