「……第二防衛線、再構築できたそうです」
「伊隅達は?」
「……現在、長岡市内を信濃川に沿って進行中です」
「白銀は?」
「……帝国軍日本海艦隊から支援を受けて、信濃川河口付近で戦闘中です」
「独りで?」
「……はい、神宮司軍曹はヴァルキリーズ・マムの支援になっています」
「BETAの動きは?」
「……侵攻中の約25%が武さんの周りに集まりだしています」
「そっか、それでまりもを戻したのね……しかしやっぱり白銀のバカは直ってないのね」
「……香月博士、大丈夫です」
「何故?」
「……まもなく、援軍が到着します」
「援軍って?」
「……強力な援軍です」
「まさかっ!?」
「……現在位置は、八海山の臨時キャンプです」
「モテモテねぇ〜白銀は、女にもBETAにも」
「……BETAは好きになれません」
「あたしも好きじゃないわ」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 36 −2000.8 悠陽、出陣−




2000年 8月7日 13:50 新潟県西蒲原郡、信濃川河口

激しい支援砲撃の中、BETAを誘導して海上すれすれを動き回る武だが、そろそろ推進剤の残りが怪しくなっていた。
逃げる事に専念しているお陰で、弾薬と武器の消耗は最低限で留めていられたが、補給も無しに戦闘し続けたから
さすがに底を尽きかけて当然である。

「後少しか、残りは機体の推進剤だけど、こんな使い方してたら保たないなぁ……どうするよ、オレ?」

そんな事を考えていられる余裕があるので状況は厳しいが、焦りは無い武は言葉とは違って冷静な心でBETAの攻撃を避ける。
やがて警告音が鳴りバックパックの推進剤が切れる事を知らせてきたので、思い切って装備を解除すると両手に持った
突撃砲を撃ちながら撃破し始める。
今のところ支援砲撃も有るので、撃ち漏らした奴だけに的を絞って攻撃している所にみちるから通信が入る。

「白銀、生きてるか?」
「まだ生きてますよ、みちる大尉」
「生きてるじゃないわよっ、白銀っ!」
「うひぃ、そんなに怒らないでよ、まりもちゃん」
「砲撃の後、通信がないから心配して当たり前でしょう」
「いやそれはBETAの攻撃を避ける事に集中していたから……」
「まったくあなたって……」
「はいはい、二人とも痴話喧嘩は後にしましょう〜」
「「速瀬中尉っ」」
「速瀬の言う通りだ、それよりも白銀、こちらは現在長岡市内を北上してそちらに向かっているがまだ時間が掛かる。
推進剤と弾薬は保ちそうか?」
「バックパックはさっき放棄したけど、残りは機体の分だけですがまだやれますよ」
「そうか、新潟市内へ抜ければ帝国軍と合流出来るはずだから、可能ならそれでもいい」
「了解」

みちるの意見に肯く武はそっちへ向かいたい所だ、これだけのBETAを連れて行けばいたずらに死傷者を増やすと感じて、
向かわずにその場で踏みとどまってBETAを叩いていく。
それに気づいたのかまりもはモニターの中でじっと武を睨んでいたらしく、ぼそっと低い声で呟く。

「白銀、もし万が一にもBETAごときにやられるようなら、わたしがとどめを刺すわよ」
「イ、イエッサーっ」
『こ、こわっ』
「ん? 今誰か何か言った?」
『いいえ、なんにも』

実に意気のあった意志の疎通で思わず皆同じ言葉を呟くが、一斉に首を振って否定する様子にまりもはひとり首をひねる。
かつてまりもが『マッド・ドッグ』と称された由来の事を思い出した武は、意地でも死ねねーと必死になるしかなかった。
今、横浜基地で怒らせてはいけない女性の代表として、まりもと月詠がツートップでその次がみちるなのを本人達は知らない。
ここに夕呼が入っていないのは不思議なのだが、そんな事を考えたらもっとヤバイと知っているから噂にならない。
そんな微笑ましくない会話がされている頃、八海山の臨時キャンプのジュリエット部隊は再出撃をしようとしていた。

「葵少佐、全員揃いました」
「みんな聞いて、現在BETAは本来の第二防衛線の位置まで押し戻されている。従って私たちジュリエット隊もそこに
向かうけど、信濃川河口付近ではブレイズ1……白銀少佐が孤軍奮闘していると情報がきているので、先ほどの礼を
含めて可能ならば援護に向かいます」
「一人でBEATの大群を相手にしているんですかっ!?」
「海上の艦隊から支援砲撃があるけど、補給を受けていないらしいので、このままなら弾薬と推進剤が保たないと思うわ」
「少佐、急ぎましょう。もし何かあったらわたし……」
「落ち着きなさい七瀬、ヴァルキリーズも向かっているわ」
「で、でもっ」
「そこに向かうまで私たちもBETAの大群を相手にしなければならない。気持ちは解るけどその焦る気持ちを抑えなさい」
「は、はい……」
「ん? 何この音……」

照子の声に音が聞こえる方を探すと山の陰から次々と戦術機が現れて臨時キャンプ周辺に着陸し始める。
それは帝国軍人ならば誰もが知っている、敬意をもって見つめるそれは城内省斯衛軍機の武御雷である。
しかも赤と白の武御雷に守られて現れた機体の色は将軍特別機の紫の武御雷、つまり政威大将軍殿下が自らここ最前線に
現れたのである。
すでに連絡が来ていたのか整備員たちが補給を始める中、戦術機から降りてきた悠陽は紅蓮と月詠を連れて頭を下げる兵士達に
手を挙げて応えながら歩いてくると、途中で整備班長と話してこちらをみるとそのまま葵たちの所までやってきた。

「そなたたち、これから前線に向かうのですね?」
「は、はい、殿下」
「そう堅くならなくても良いのです、今は同じ日本を守る仲間なのです」
「しかし、殿下自ら最前線にお越しになるのは、危険だと思います」
「ですが一人安全な場所で言う者の言葉がどれほど相手の心に届くのか、わたくしはよく存じているのです。ならばするべき事は
自ら先頭に立って行動する事なのです」
「殿下……」
「そなた、名は何と言います?」
「帝国陸軍第133連隊ジュリエット部隊隊長の水代葵少佐であります」
「では、水代少佐……大切な人を護る為に、その力をお貸しください」

そう話しながら悠陽は葵に手を差し出す仕草に、ジュリエット隊のみんなは息を飲んでしまう。
だけどその悠陽の瞳と言葉は先ほどの発言通り葵の心に届いたのか、戸惑いながらもその手を握りかえす。
それを見ていた多くの負傷兵や衛士たちは、悠陽が本当に自分たちを護ろうとしていると感じて、心と共に体が震えていた。

「話しはここまでにして急ぎましょう、現在ヴァルキリーズ所属の白銀少佐が孤立状態で信濃川河口付近で戦闘中です」
「まあ武様が……いけませんわ、紅蓮っ」
「はっ」
「最大戦速で武様の援護に向かいます、途中のBETAには斯衛軍第二大隊に任せてわたくしたちは手出し無用です」
「御意」
「それにしても武様は全く懲りていないようですね」
「そこが白銀少佐の良い所です」

そうでしたねと嬉しそうに微笑む自分の後ろでまたなのかと呟く月詠の声を聞き逃さず、悠陽は葵たちに向かったまま名前を呼ぶ。

「月詠」
「はっ」
「気持ちは解りますが、武様のお仕置きには手加減を……」
「で、殿下っ、このような場所でっ」
「さあ行きますよ月詠、夫を支えるのは妻達の役目です」
「で、殿下っ!!」

真っ赤になって叫ぶ月詠を気にせず、それでは参りましょうと葵たちに告げて、悠陽は自分の機体に戻っていく。
慌てて後を追い掛ける月詠の姿を目で追いながら、照子はぼそっと呟いた。

「そっか、白銀少佐って殿下のお相手だったんだよね〜、でも妻達って言ったからあの月詠中尉もそうなのかしら?」
「ふ、不潔ですっ!」
「七瀬、気持ちは解るけど法律も変わってるし、いいじゃない〜」
「良くありませんっ、あんなの……あんな女誑しなんてお兄様じゃないですっ!」
「良かったじゃないお兄様じゃなくて、そう言えばみちるも姉妹全員同じ人が相手だったわね」
「ああ、正樹くんのことね」
「そうそう、両手に花どころじゃないよね〜、ハーレムだよね〜」
「い、いい行きましょう葵少佐っ、はやくっ」
「ふふっ、それじゃ全員搭乗っ」
『了解っ』

武に自分の兄を重ねていた七瀬はまだまだお子ちゃまで、ハーレムなんてもってのほかだった。
こうして武の知らない場所でちゃくちゃくと噂が広がっていくのだが、BETA相手に忙しい武にそれどころじゃない。
飛んで走って転がって、跳ねて回って滑り込んでと、現時点で出来る最高の機動を見せてBETAを誘い、消耗を最低限に
押さえていた。

「きっつ〜、いくらなんでもお前達相手にもてても嬉しかねーよっ!」

さっきから指先が「FLASH MODE」を操作したくて疼くが、何とか我慢して今の状態を耐える。
逆にこれぐらい凌げなければみんなを護る事なんて夢だと、ぎりっと奥歯を噛み締めて不知火・改で戦場を駆ける。
その思いはXM3がデータとして蓄積して、基本動作をさらに効率よく応用性を保たせながら機能性が富んでくる。
正に今、名実共ここに世界で一番の戦術機乗りとして、武はBETA相手に一歩も引かず叫ぶ。

「てめーらなんかに、負けてたまるかーっ!!」

そして武の意識は、零の領域に深く入り込む。
また、その咆吼は通信を聞いていた全ての兵士達に伝わり、最前線の激闘を続けている武の存在を肌で感じ取っていた。
それは夢物語ではなく現実に、迫り来る無数のBETA相手に一人戦う、白銀武と言う少年が確かに存在しているんだと。

「ヴァルキリー・マムよりヴァルキリーズ各機、日本海艦隊から連絡があり、砲弾が底をついたそうです」
「拙いっ、ヴァルキリー1よりヴァルキリーズ各機、「FLASH MODE」の使用を許可する。BETA共を蹴散らして
海岸線へ向かえっ」
『了解』
「くっ、白銀っ……」
「白銀の事は任せろっ」
「えっ」

まりもの呟きによく知っている声が応えると、ヴァルキリーズの上を赤い武御雷が飛び越えていく。
その後からつぎつぎと黒い武御雷が現れる中に、赤と白の武御雷に護られて紫色の将軍専用機が同じように飛び越えていく。

「遅くなりました、みなさんご無事ですか」
『悠陽殿下っ!?』
「武様の事はお任せください、参りますよ紅蓮」
「はっ」
「殿下、白銀をお願いしますっ」
「神宮司軍曹も気を付けて」
「は、はいっ」

そして飛び去っていく斯衛軍の後から、葵たちジュリエット隊が現れるとそのままヴァルキリーズの援護に入る。

「こちら帝国陸軍第133連隊ジュリエット部隊、水代葵少佐以下4名はヴァルキリーズを支援します」
「葵先輩、ご無事で」
「伊隅、補給と修理、ありがとう」
「いえ、気にしないでください」
「久しぶりね、元気してる、みちる〜」
「照子?」
「げっ」
「正樹く〜ん、今の『げっ』は何かな〜?」
「またややこしいのが……」
「再会の話しは後にしましょう、今はBETAを倒しましょう」
「よし、ヴァルキリーズ各機、行くぞっ」
『了解っ』

そしてBETAの波を越えて一番最初にたどり着いた月詠は、そこに英雄と呼べる者が存在しているのを目の当たりにした。






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