「……香月博士」
「どうしたの、霞?」
「BETAの動きですが、僅かに変化が見られます」
「目的地の変更でもあった?」
「……いえ、大部分はこちらを目指しているようですが、一部は第二防衛線で進行が止まっています」
「どういう事?」
「……たぶん、BETAの中で重要度が上がったんだと思います」
「まさか白銀っ!?」
「夕呼先生、タケルちゃんがどうかしたんですかっ!?」
「……データリンクの情報からも解りますが、武さんと神宮司軍曹の周りで、BETAの密度が増大しています」
「なるほど、白銀が驚異と認識されたのは間違いないようね」
「霞ちゃん、タケルちゃんは大丈夫なの?」
「……安心してください純夏さん、武さんは負けません」
「そ、そうだよねっ」
「今回のは予想外だけど、次も無いとは言い切れないわ。どうやら新型機を急がせた方がいいようね」
「先生、わたしは何か出来ないんですか?」
「鑑が今出来るのはアイツを信じる事よ」
「タケルちゃんを信じる……うん、信じる。だってタケルちゃんは約束したからっ」
「……はい、武さんはわたしたちを悲しませたりしません」
「うん、そうだよね!」
「……はい」
「そうね、白銀のお陰でみんなの意識レベルが底上げされているから、無様な事にはならないわ」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 35 −2000.8 激戦、第二防衛線−




2000年 8月7日 11:25 新潟県南魚沼郡六日町、八海山

第二防衛線がある長岡市から南下した所にある八海山の麓、六日町の臨時キャンプで横浜基地から来ていた支援部隊と合流した
七瀬たちジュリエット部隊は補給と修理を受けていた。
最初は補給だけかと思っていたみんなは、破損した七瀬の機体を含め急ピッチで修理し始めてしまい驚かせていた。

「いいんでしょうか、葵少佐……」
「してくれると言うのだから、その厚意は受け取りましょう」
「ですが、わたしたちは帝国軍だし、向こうは国連軍……」
「そんな事言ってる場合じゃないわ、ここを突破されて帝都に進撃されたらもっと被害が大きくなる」
「それは解っています、でも……」
「七瀬、この話はここで終わりよ。安心しなさい、処罰を受けるのは私一人で済むから」
「少佐っ」
「とにかく今は少しでも休みなさい、助けてくれた白銀少佐の気持ちを無にする事はだめよ」
「はい……」
「翠子は七瀬についていてあげなさい」
「はい、行こう、凛ちゃん」
「うん」

葵に言われて口を噤む七瀬は、言われた通り提供されたテントの一つに入ると、簡易ベッドの上に体を横たえる。
外から聞こえる人の話し声や作業の音を聞きながら、七瀬は武の事を思い出していた。

「お兄様が助けに来てくれたのかと思った……でも、そんなことないんだよね」
「もしかしてお兄様って白銀少佐の事?」
「……うん、顔と声がそっくりで驚いちゃった」
「そうなんだ……」

兄はBETAが日本に侵攻してきた時に戦死していると解っていても、モニターで見た兄そっくりな声と顔は七瀬の意識を
落ち着かせなかった。
もしかしたらと思ったり、そんなはずは無いと落ち込んだり、一人悩んで百面相を浮かべていた。
側にいた翠子はそんな様子の七瀬を見ながら、出来る事なら何とかして上げたいと思っていた。
その頃、修理と補給状態を見ていた葵と照子に、整備班長が作業リストを持ってやって来た。

「後少しで終わるから、一応これにサインを頼む」
「ありがとうございます……え、これはっ」
「どうしたの、葵?」

手渡されたリストを確認していた葵が珍しく声を出したから、照子もそれを覗き込む。
そこにかかれた項目を見ていくと、時間的に間に合う消耗品の交換作業がすべて書かれており、出撃時と変わらないぐらいの
状態まで修復されている事が解ったからである。

「ここまでして頂くとこちらは助かるのですが、宜しいのですか?」
「ああ、それに関しては伊隅大尉から伝言があってな、『後で会いましょう』と言ってた』
「伊隅に気を使わせてしまったようね」
「いいんじゃない、みちるの厚意なら悪い気はしないし」
「そうね、ここは甘えておきましょう」

疲れているけど笑顔でそう呟いて振り返った葵と照子は、今も最前線で戦っているみちる達の無事を祈っていた。
そして次々と運ばれてくる負傷兵や戦術機は、第二防衛線が如何に激しいのか物語っていて、はやる気持ちを押さえて
出撃の準備が整うまで最前線を見つめていた。

「ヴァルキリー・マムよりヴァルキリーズ各機へ、新潟方面は帝国軍第14師団が展開したので問題ありません。六日町には
帝国軍第7師団及び第5師団が到着、黒姫山には帝国軍第21師団が防衛線を構築しました」
「よし、ヴァルキリー1よりヴァルキリーズ各機、このままBETA共を海まで押し返すぞっ」
『了解っ』
「残りの弾薬には気を付けろ、こんな所でドジをしたら特別メニューの追加だ」
「それは速瀬中尉の十八番ですね」
「む〜な〜か〜た〜、あんたっていちいち突っかかるわね〜」
「愛されてますね、中尉」
「宗像の愛なんていらないわよっ」
「お前ら、痴話喧嘩は後にしろ」
「水月、今はそれどころじゃないでしょう」
「大尉、それに遙まで〜」
「真面目にやれよ、水月」
「やってるわよ、孝之っ」

会話に余裕すら感じさせる実力で、壊滅した帝国軍第12師団の穴を埋めているヴァルキリーズは、戦乙女の名に恥じない戦い
方とは別に通信内容はかなり巫山戯ていた。
それでも口とは別に迫り来るBETAを物ともせずに撃破して駆逐していくのだから、恐れ入ったと言うしかない。
なにより、直接現場での戦域管制と言う遙の卓越した能力で、混乱していた第二防衛線はかなりの早さで再構築されて、
そこから先へBETAの進撃を阻止していた。

「ヴァルキリー・マムよりヴァルキリーズ及び帝国軍へ、各戦線へ60秒後に国連軍の支援砲撃が始まるので注意してください」
「こちら帝国軍第21師団、了解」
「同じく第14師団、支援感謝する」
「涼宮、光線級及び重光線級の確認は出来たか?」
「大尉、現時点でその報告はどこからも入ってきません」
「妙だな、旅団規模の割に存在が確認出来ないとは……」
「もしかしたら温存しているのかもしれません、横浜基地までの距離を考えれば消耗を避ける可能性は有ります」
「解った、出てこないのなら今の内に片付けるだけだ。涼宮はBETAの動きに注意しろ。変化があった場合はどんなこと
でも報告しろ」
「了解」

BETAの行動に疑問を感じながらも、叩ける内にやってしまおうとヴァルキリーズは攻撃の手を休めない。
同じように少し離れた場所では、武とまりもが生き残った帝国軍の兵士を後方に待避させつつ、侵攻を阻止していた。

「まりもちゃん、他の生存者はっ?」
「ここにはもういないわ、それとまりもちゃんは止めてって言ったでしょう」
「あー、ごめん、それより支援砲撃が来るから下がりましょう」
「解ったわ……えっ、照射警報っ!?」
「まりもちゃん、山の陰に飛んでっ!」
「白銀っ!?」
「こいつら……狙いはオレかっ!」

レーザーの射線から待避したまりもから離れるように要塞級を盾に動き回る武は、BETAの動きが変わった事に気づいた。
なにより今まで姿を見せなかった光線級がここだけに現れたのは、いくらなんでも異常だった。
そしてあきらかに突破しようとするBETAの一部が自分に向かってくると感じたので、まりもを巻き込まないように方向転換
すると佐渡島方面に向かって匍匐飛行を始める。

「白銀、どうするつもりなの?」
「どういう訳かオレが狙いみたいなので、このまま佐渡島の方に流れを動かしてBETA同士をぶつけ合います」
「でもそれじゃ白銀が孤立しちゃうわっ、わたしもっ……」
「まりもちゃんはヴァルキリーズと合流してください」
「白銀っ!」
「まりもちゃん、支援砲撃が来るから下がって」
「くっ……」

武の言葉と同時に支援砲撃が始まり辺りに着弾し始めて、まりもは下がるしかなく武の姿がBETAの集団で見えなくなる。
しかしマーカーは顕在していてデータリンクからも生存を知らせる情報が伝わっているので、まりもは言われた通りに
ヴァルキリーズとの合流を急いだ。
そして武は自分を追ってくるBETAと横浜基地を目指すBETAを同士討ちにさせて、混乱状態の中レーザー照射を
浴びないように回避し続けた。

「ちいっ、装備が強化されてなかったら危なかったな……ととっ」

だが、武の目論見通りには行かない部分もあった。
それは武の姿を認識したBETAの一部は侵攻を止めて狙いを変えたように、武を追う集団に混ざり始めていた。
だから可能な限りの戦闘を避けて武器を温存して、海岸を目指して移動していた。

「ヴァルキリー・マムよりブレイズ1へ、現在海上で支援砲撃している帝国軍日本海艦隊より到着と同時に砲撃があります。
なので止まらずに海上に抜けてください」
「ブレイズ1了解、タイミングはそちらに任せる。だけど第二防衛線への支援を最優先にしてくれ」
「ヴァルキリー・マム了解、こちらの第二防衛線には国連軍が展開したので、現在BETAの侵攻は食い止めています」
「間に合ったか……そっちはなんとかなりそうだな」
「はい、ですがかなりの数のBETAがブレイズ1周辺に集結しつつありますので気を付けてください」
「ブレイズ1了解、こちらは気にしなくていい。まりもちゃんはそのままヴァルキリー・マムの支援を……」
「白銀っ」
「ま、まりもちゃん?」

指示通りにヴァルキリーズに合流していたまりもは、遙の通信に割り込んだその少し怒ったような表情で武を睨んでいた。
その迫力にちょっとびびった武は、やや引きつった笑顔でなんとか取りなそうと試みるが、勢いのあるまりもには無駄だった。

「いくら何でも無茶よ、そろそろ弾薬と推進剤が無くなるでしょ?」
「弾薬はまだ余裕があるけどね、推進剤はちょっと拙いかも」
「また……何かするつもりなのね?」
「うっ、嫌だなぁ〜、まりもちゃんを泣かせたりしませんよ。オレを信じてください」
「信用出来ないわ」
「うがっ」

武の言葉をばっさり切り捨てるまりもの目は半眼になってモニター越しに睨み返していた。
前回騙された事を忘れていないと言った視線に、武の表情は笑ったままで固まっていた。
そこにまりもの言葉を肯定するように、ヴァルキリーズから次々と通信が入る。

「そうそう、白銀の言う事なんて信じたらバカみるしねぇ〜(水月)」
「懲りてないんだな、白銀は(美冴)」
「少佐、女性に対しては真摯にと言ったはずですが?(梼子)」
「あ、あの、白銀くん、また嘘着いたら怒りますからね(遙)」
「こんな状況で少佐の言う事が信用出来ると思いますか?(孝之)」
「だから女性を怒らせるなと言っただろ、白銀(正樹)」
「もう〜、すこしは反省してください、白銀少佐(あきら)」
「嘘が下手なんですから止めた方が良いと思います、少佐は(まりか)」
「さて白銀、何か反論はあるか?(みちる)」
「あが〜」

トドメとばかりに最後に意地の悪い笑顔を浮かべたみちるから突っ込まれた武は、がっくり項垂れて心で泣いた。
だけど、そんなみんなの軽口が武の心を熱く強くしていく、孤立しているけど独りじゃないと感じられたから……。
そして海岸線にまで出た武を出迎えたのは海を埋め尽くす無数のBETAと艦隊からきた支援砲撃の雨だった。






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