「前回にはなかったですよ、こんなのっ」
「そうね、だとしたら一体何が起こっているのか……とにかく、議論は後よ」
「タ、タケルちゃんっ」
「純夏は冥夜たちと一緒にいるんだ」
「で、でもっ」
「今度こそ守ってみせる、二度とお前をあんな目に遭わせたりしないっ!」
「うん、信じてるよタケルちゃん」
「……武さん、純夏さんの事は任せてください」
「ああ、頼むぞ霞」
「行きなさい白銀、BETAごときにやられる人類じゃないって解らせてきなさい」
「イエッサー!」
「がんばれータケルちゃん!」
「おうっ」
「……いってらっしゃい」
「行ってくるぞー」
「ホント、アイツはいつだってああなのよね」
「だってタケルちゃんですから」
「……武さん、気を付けて」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 34 −2000.8 異変−




2000年 8月7日 6:00 国連横浜基地HQ

それは早朝勤務の交代時間を告げるようにはじまった。
基地に鳴り響く警報とアナウンスはBETAの襲来を知らせて、それぞれの部署に走り回る足音が基地を揺るがす。
そしてHQでは時間共に情報が集まり、ラダビノッド司令と夕呼は状況を整理していた。

「まさか佐渡島ハイヴからこれだけのBETAが来るとはな……」
「意図が解りませんが、このコースから行っても狙いはここ横浜基地には間違いありませんわ」
「むっ、今更取り返そうと言うのか」
「現在第二防衛線で帝国軍が交戦中ですが、このままでは突破は時間の問題です。なのでヴァルキリーズを緊急展開
させるべく発進を急がせています」
「それで間に合うのか?」
「従来通り陸路をトレーラーで移動ならば無理ですが、ウチにはそれを可能にする装備がありますので」
「白銀少佐には頭が下がるな」
「司令、いつまでもBETAにいいようにさせている我々ではありません」
「そうだな」

今朝未明に突如始まった佐渡島ハイヴからのBETA侵攻は、武や夕呼も体験した時期も規模も違い多少の戸惑いはあったが、
それに備えて訓練と装備の充実を図っていたお陰ですぐに落ち着いていた。
夕呼の話し通り追加装備のブースターパックを装備させて発進を急がせているハンガーでは、騒音に負けないぐらい
怒号が飛び交う。

「班長、全機装備終了しましたっ!」
「よしっ、ヴァルキリーズ発進後、予備の推進剤と弾薬を積んだトレーラーを出すぞ」
「了解っ」
「一緒に行く班の奴は自分の道具を忘れるなっ」
「了解ですっ」
「ヴァルキリーズ出ますっ!」
「おうっ、みんな待避しろっ」

整備班長の声に待避エリアに整備員達が下がると同時に、フル装備状態の不知火・改がハンガーから動き始める。
一番最初に滑走路に出るのは、もちろんヴァルキリーズの隊長のみちるである。

「ヴァルキリーズ各機、最大戦速で第二防衛線に向かうぞ」
「大尉、陣形は?」
「楔形だ、先頭は速瀬、お前だ」
「イエッサーっ」
「いくぞ、ヴァルキリーズの名を轟かせろっ、BETAを蹴散らせっ!」
『了解っ!』

次々とブースターを拭かせて発進していくヴァルキリーズの勇姿を、基地の隊員は手を振って見送る。
追加装備のお陰でかつての戦闘機並みの速度で現場に向かう中、夕呼に呼び出されて臨時に配属されたまりもは武と
連携を組んでいた。

「オレとまりもちゃんはヴァルキリーズと帝国軍のカバーに回ります。場合によっては涼宮中尉の支援に回ってください」
「了解」
「久しぶりの実戦なので、無理はしないでください。勘を取り戻す感じで良いです、まりもちゃんのカバーはオレがしますから」
「そうばかにしないで、白銀のお陰で以前より自信がついているんだから」
「信じてますよ、まりもちゃんですから」
「もう、現場ではまりもちゃんは止めてよね」
「気を付けます」

軽い口調で会話をしているまりもは、緊張していたが笑顔が浮かぶぐらいの余裕を見せていたので、武も釣られて笑うがそれを
見逃すヴァルキリーズの仲間達ではない。

「白銀〜、戦闘前だって言うのにストロベリートークなんて余裕ねぇ〜」
「誰がストロベリってますか、そんなこと言う前に速瀬中尉もすればいいじゃないですか、ねえ鳴海さん」
「お、俺?」
「ああすいません、涼宮中尉と秘匿回線でお話中でしたか」
「なんですってっ!? ちょっと遙っ」
「し、してないよ水月、もう白銀くんっ」
「冗談です、おや速瀬中尉、顔が赤いですけど風邪ですか?」
「くっ、背後には気を付けなさいよ」
「相手はBETAですから、間違いないでくださいよ」
「ふんっ、そんなの知らないわよ。わたしの射線に入った白銀が悪いって事よ」
「うへぇ」
「そろそろ無駄口聞くな、戦闘エリアに入るぞ」

そう言うみちるの顔もどこか笑っているようで、そこには武との戦いを経て得られた確固たる自信が伺える。
みちる以外にも、まりかやあきら、美冴も梼子も気負いもなければ自惚れもない力を携えた瞳を輝かせていた。
それを見た武は自然と操縦桿を握る手に力が入る、そこにはみんなを守りたい今の自分と前の白銀武の思いが重なっていた。

「ヴァルキリー・マムよりヴァルキリーズ各機へ、第二防衛線に穴が開き始めてBETAが侵攻しています」

遙の言葉に引き締まった表情に変わると、全員が申し合わせたようにトリガーロックを解除する。

「風間、まりか、正樹、鳴海、涼宮からのデータリンクを受け取って、全力射撃で出鼻を挫けっ」
『了解っ』
「射撃後、速瀬、宗像、あきらと私で切り込むぞっ」
『了解っ』
「オレとまりもちゃんは帝国軍の支援に回ります」
「任せるっ、ヴァルキリー1よりヴァルキリーズ各機、BETAに人類の力を見せつけてやれっ」
『了解っ』

遂に始まる新生ヴァルキリーズの実戦はこうして始まった。
そこに現れた彼女たちを見た帝国軍の誰もが思った、戦乙女の名の恥じない華麗に舞い踊るように戦うその姿に感動した。
だから帝国軍の衛士も負けじと押され気味だった防衛戦を何とか立て直し、BETAを撃破していく。
その中で最前線で踏ん張っている帝国陸軍第133連隊、ジュリエット部隊にも吉報が届いた。

「葵少佐っ、ヴァルキリーズが来ましたっ」
「よしっ、撃ち漏らしたのは気にするなっ」
「きゃあっ」
「七瀬少尉っ!?」
「こ、こないでっ……いやいや〜っ!」
「照子っ」
「む、無理よっ、突撃級が邪魔で射線が取れないのよっ」
「くそっ」
「凛ちゃんっ!」

武器ごと腕を持って行かれて逃げまどう七瀬が操る撃震は、かろうじて致命傷を避けているがどんどん増えるBETAの前では
それも時間の問題だった。
仲間の支援を受けられず武器も無く孤立したままの状況は、七瀬の心を恐怖で埋め尽くしていく。
まるで砂糖に群がる蟻のように集まってくるBETAに、背中に流れる冷や汗と共に感じられたのは死の気配だった。

「お兄様の敵も取れないで……こんなところで……死にたくないよ……お兄様っ!」

なんとか交わし続ける七瀬だったがその限界は早かった。
目の前に現れた要塞級の鋭角攻撃が迫ってきた時、反射的に目を閉じて死を覚悟した七瀬だったが、その攻撃はいつまで
経っても来なかった。

「おい、生きてるかっ?」
「えっ」
「しっかりしろ、早く後退するんだっ」
「あ、あ……」

その声にゆっくり目を開くとそこにはBETAはいなくて、背を向けた白銀色の不知火・改が迫ってくる敵を撃破していた。
少し落ち着いてからモニターを見ると、兄そっくりな男の人が自分を気づかっているのに気が付く。

「お、お兄様……」
「大丈夫か、動けないのか?」
「い、いえ、大丈夫です」
「そうか、なら今の内に後退するんだ、ここはオレたちで支えるからっ」
「で、でもっ」
「その機体では無理だ、間に合えばこっちの支援部隊が来ているはずだから、それと合流しろ」
「は、はいっ」

よしと肯いて長刀を引き抜くとBETAを蹴散らしていきながら、連携を組んでいるまりもと合流すると敵の損耗率が一気に
上がって行く事をデータリンクが七瀬に知らせていた。
そこになんとか敵を撃破してきたジュリエット部隊の仲間が集まってきて、まだ動けない七瀬の激震を支える。

「大丈夫か、七瀬?」
「は、はい、水代少佐。あの人に助けられました」
「あれが噂の白銀武少佐の操る不知火・改か……凄まじいな」
「これは新OSの力だけじゃなさそうね、圧倒的じゃない」

まりもと連携でBETAを切り裂き吹き飛ばしていく武の戦いぶりは、噂だけは知っていた彼女たちにかなりの衝撃を与えていた。
目の前で見せる立体機動は見た事もないほど鮮やかで、敵の攻撃なんて掠らせもしない。
だけどそれ以上に七瀬の心を占めていたのは、自分を助けてくれた兄そっくりの顔と声を持つ武の事だった。

「白銀武……お兄様じゃないんだ……でも、あの声と顔は……」
「七瀬、どうした?」
「い、いえ、なんでもありません」
「よし、白銀少佐の話通り横浜基地の支援部隊が近いからそこまで後退する。天野原は七瀬の機体をそのまま支えろ」
「はい。大丈夫、凛ちゃん?」
「うん、平気……」

その戦いぶりを見ながら後退していく途中、七瀬はモニターの中で戦う武の姿にいつまでも後ろ髪を引かれていた。
程なく合流した支援部隊から武の連絡が届いていたらしく補給と修理を受け始める中、七瀬は戦場の方を見つめ続けていた。
戦闘が始まってからの第二次防衛線は、かつての佐渡島ハイヴ攻略戦に匹敵するぐらいのBETAで溢れかえっていた。
だが、人類の希望は今そこで鍛え上げた己の力を見せつける……優雅に華麗にそして凄絶に舞う戦乙女達の戦いはここから
語り継がれる。






Next Episode 35 −2000.8 激戦、第二防衛線−