「白銀」
「なんですか夕呼先生、珍しく真面目な顔しちゃって?」
「珍しくってなによ、それは後で問いつめるとして、鎧衣課長から面白い話しが聞けたんだけど聞く気ある?」
「鎧衣のおっさんからと言う事は、きな臭いですねぇ……」
「前に話したと思うけど、アラスカで新型戦術機の開発計画があるんだけど、そっちから【XM3】をよこせって
しつこいのよ」
「でも、夕呼先生の事だから素直にハイって言わなかったんでしょ?」
「当たり前よ、それじゃ面白く無いじゃない。そもそも戦闘証明済みのデータを見せるまでバカにしてたんだから」
「それで、本題はどういう事に?」
「欲しかったらこっちのエースを倒しなさいって言っちゃった」
「言っちゃったじゃないでしょう……それにエースってヴァルキリーズの事ですよね?」
「白銀ぇ、横浜基地どころか極東国連軍でみんなが押すのは誰だか解らないって言うつもりなの?」
「はぁ……先生の事だからオレの名前を言ったんでしょ」
「正解、もう少し先になるけど、アラスカに行って貰う事になるかもしれないわ」
「かもじゃなくて、叩きのめしてこいって顔に書いてありますよ」
「ふふん、あの見下した言い方がムカつくのよ。特にアタシよりバカな奴にねちねち言われるとね」
「でも、それだけじゃないんでしょう、先生?」
「そうよ、あんたは大きなエサなんだから、精々派手に暴れ回って貰わないと……ね?」
「はぁ、やっぱり先生を怒らせると怖いなぁ〜」
「当たり前よ、一生後悔させて上げるわ。それと今回は霞も一緒に同行させるつもりよ」
「霞も?」
「そ、アンタと霞と言うエサに釣られて踊らされるあいつらの姿を想像するとワクワクしない?」
「そんな子供みたいに楽しそうに言わないでくださいよ」
「いいじゃない、だって暇なんだもん」
「もんって言われてもなぁ……」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 33 −2000.8 横浜基地奇譚−




2000年 8月2日 11:00 横浜基地 

極東国連軍の本拠地として、また極東最前線として重要な位置を占めるここ国連横浜基地は、今日もこの地で人々を守る任務に
命を賭ける兵士たちがそれぞれの任務に勤しんでいた。
中でも極東で最強と歌われるオルタネイティヴ計画直轄の特殊任務部隊A−01、通称「イスミ・ヴァルキリーズ」は広報任務を
引き受けてからと言う物、表舞台に現れたその勇姿に勇気づけられたり憧れたりする人が増えていた。
特に美女美少女と見た目だけではなく、その実力は同じ国連軍の公開演習でも遺憾なく発揮されて、戦乙女の名に恥じない
力を兼ね備えた部隊だった。
そして今日は広報の一環としてポスター撮影と言う任務に励んでいたが、ここで一番の恥ずかしがり屋なのが誰なのかよく解る。

「ま、正樹っ、ジロジロ見ないでよっ」
「あのなぁ、これは仕事だろ?」
「だって正樹が撮るだなんて聞いてないわよっ」
「そんなのミツコさんに言ってくれよ、オレだってさっきいきなり言われたんだぞ」
「だからって……」
「もうみちるちゃん、往生際が悪いよ。それでもイスミ・ヴァルキリーズの隊長なの?」
「あきらっ」
「でも、わたしも恥ずかしいよ」

あきらは楽しそうにはしゃいでいるが、好きな男性の前でポーズを決められる程、大胆ではないし妹のまりかも同じらしい。
そもそも正樹自身、この状況でカメラマンになりたかった夢を諦める事になったのだが、写真を教えてくれていた恩師のミツコが
今日の写真を撮るという事で挨拶に言ったら正樹がやりなさいの命令で撮る羽目になったと言う事である。

「それにな、ミツコさんの名字、なんだか知ってるか?」
「知らないわよっ」
「香月って言うんだけど?」
「え、ま、まさかっ!?」
「香月副司令の姉だそうだ」
「そ、そんな……」
「解ったら諦めろ、みちる」

正樹の言うミツコが夕呼の姉と解った時のみちるの顔には絶望がはっきりと浮かんで、その場でがっくりと俯いてしまった。
ちなみに、香月三姉妹の長女は医者、次女はカメラマン、そして末っ子は物理学者とそれぞれエキスパートだったりする。
だから抗議してもどうせ夕呼の一声ですべてが決まってしまうとよく解っているみちるは、正樹の前で恥ずかしそうにタオルの
下に隠れていた水着姿を晒した。

「安心しろみちる、綺麗に撮るからさ」
「ば、ばかっ」
「あー、みちるちゃん、照れてるねぇ〜」
「やめなさい、あきら」

好きな男性の前ではただの乙女になって狼狽えるみちるの姿をヴァルキリーズの仲間達はにやにやと眺めていた。
そしてもう一人の男性である孝之はと言うと、撮影スタジオの隅でみちる同様に遙は照れていたが、反対に水月が胸を押しつける
などしてからかって遊ばれていた。
そんな風にみちるにとってはある意味一番難しい任務だったと、後に配属された207隊の初撮影の時に語っていたらしい。
一方、純夏の事を霞に任せて武は何をしていたと言うと、PXでピアティフと二人で早めの昼食を食べていた。
しかし彼女の表情は怒っていると言うか拗ねていると言うか、恋する乙女には良くある事なのだがまだまだ鈍感な武は微妙な
気持ちには気づかない。

「はぁ、なんかこうしてのんびり食事出来るのは、久しぶりな気がするなぁ〜」
「そうですね、白銀少佐はお忙しいようですから」
「イリーナ中尉、もしかして怒ってます?」
「いえ、別に……他の女性と仲良くする時間は多そうですから、白銀少佐は」
「うっ」
「いいんですよ別に、お義理でわたしをお誘いしなくても」
「イ、イリーナ中尉、そんなつもりはないって……」
「……鈍感で困りますよね、ピアティフ中尉」
「な、や、社少尉っ!?」
「霞?」

その声に驚いて振り向いたピアティフの後ろには、これから昼食らしい霞が鯖味噌定食が乗ったトレイを持って立っていた。
どうやら純夏たちの訓練が終わったので食事に来た所らしいが、そんな行動に夕呼の影響が大きいんじゃないかと内心怖くなり
武は渇いた笑いを浮かべる。
だが、等の本人は困惑している二人を気にせず、話を続ける。

「……武さんはみんなを平等に扱わないといけません」
「何の話しをしているんだ、霞っ!?」
「……ピアティフ中尉も積極的に武さんにアタックしてください」
「ア、アアアタックって、そそそんなことはっ……」
「……それでは失礼します」
「こ、こらっ、霞っ、このままで行くなーっ!」
「あうぅ……」

そこで目が合った武とピアティフは初々しい様子で真っ赤になり、俯き合ってしまう様子を207隊の仲間と一緒に見つめて
いる霞の顔はかなり嬉しそうだった。
このPXでの出来事が後押しなのか武と一緒にいる時間が増えたので、基地の中ではピアティフのハーレム入りが決定的になった。
すでに悠陽によって外堀が埋められた武の心中は落城間近の大阪城な感じだが、まだまだオレは無実だと足掻こうとする姿に
同情する人はこの基地にはいない。
夕呼に言わせればすでに日本は征服したも同じだから、次は世界征服かしらねぇとけらけら笑って言ってた事を聞いた基地の
兵士はみなうんうんと大きく肯いていた。
人類の救世主となるか、世界征服の覇者となるか、ここに夕呼が口にした巫山戯た言葉を元に、新たなるトトカルチョが成立した
事実を武だけが知らない。

「はぁはぁはぁ……白銀少佐、今日はいつになく激しかったようですが……」
「そ、その紅潮した頬で言われると、誤解されそうだから勘弁してください、月詠さん」
「はい?」
「天然ですか、はぁ……」

別に艶っぽい事をしていたわけじゃなく、単に練武場で格闘訓練をしていた武と月詠なのだが、例の「FLASH MODE」
対策として一時間以上も連続で動き続けて体力作りと接近戦のやり方を学んでいた。
武人としての月詠読みと勘はかなり高く、空手や柔道や剣術にと限定しないでありとあらゆる技を月詠に教えを受けていた。

「やっぱり凄いな月詠さんは、オレはこうして動けないのに、息が荒いだけで済むなんて」
「白銀少佐はまだまだ動きに無駄というかムラがありすぎます、若さ故の力押しな所が多すぎです」
「そっか、勢いだけの男だもんなぁ、オレって……」
「い、いえ、今はそれでいいかもしれませんが、もう少し臨機応変に出来るようにする方が望ましいと思います」
「ありがとう月詠さん、頼んで正解だったよ」
「そんな、勿体ない言葉です」
「あ、あのさ、ずっと気になっていたんだけど、なんでそう丁寧な言葉遣いなの? 初めて会った時みたいにもっと厳しくても
いいんだけど」
「白銀少佐は悠陽殿下の選んだ方です、そしてゆくゆくはこの日本を導いていく人となれば、斯衛としてそれなりの態度が必要に
なりますから」
「その気持ちは解るけどさ、オレは国連軍の一兵士だし、そんなつもりは全然無いぞ?」
「それでは悠陽殿下のお気持ちを弄ぶと言うお積りなのですかっ!?」
「違うって、人にはそれぞれ役割ってあるだろう? オレは戦う事しかできないけど、悠陽や冥夜なら人や世界を導いていける
素質があるって事だよ。つまり、適材適所って言いたかったんだ」
「白銀少佐……」

それこそが白銀武なんだと月詠は肌で感じて解ってしまい、それ以上は何も言えなくなってしまう。
人にはそれぞれ果たす役目があるならば、武の言っている事は正しく認めるしかできないが、何故かそれが嬉しく思える月詠は
無意識に跪くと寝転がっている武の頭をその膝の上に乗せる。

「つ、月詠さんっ!?」
「あ……」
「えっと、月詠さん、顔が真っ赤だ」
「み、見ないでくださいっ」
「い、いいの?」
「(コクっ)」

この年まで恋をしている時間など無かった月詠の乙女心は、好きな人に対してはつくしたい気持ちが抑えられずに体を動かして
しまったらしい。
どっちにしろ満足に動けない武は大人しく月詠の膝枕を堪能し、やはり無意識に武の髪を梳いてしまう月詠の顔は凄く穏やかで
微笑んでいたと、訓練に付き合わされた三バカたちが悶絶しながらその様子を見ていて後でヴァルキリーズに語っていた。
もちろん、それを聞いたまりもが武に詰め寄るが、割り込んだ月詠と純情可憐乙女大戦が始まり、間に挟まれた武にとばっちりが
来るのは避けきれないのである。

「で、逃げてきたって訳ね」
「オレにどうしろと?」
「いいんだけど、白銀を独占できるし、これって役得って言うのかしら?」
「知りませんよっ、どうしてこんな事になっちゃうんだ……」
「恐らく原因は白銀ね、向こうの世界のあたしが言っていた恋愛原子核論が今回のループに多大な影響を与えていると言えるわ」
「はぁ〜、これで地球が救えるのかよ……」
「いいじゃない、愛で地球を救うなんて素晴らしいと思うわよ」
「マンガやアニメじゃないんだからさぁ」
「ロボットに乗って地球を侵略している敵と戦う、まさにそのものじゃない」
「はうあうあ〜」

やっと逃げてきた夕呼の執務室の床に力無く倒れる武は、へへっと自虐的に笑ってもうハーレム作りをがんばろうかなぁと、
ぼそっと呟いたのを聞いていた夕呼の目がきらりと光った。
確実にそれに向かって追い込まれている武の精神は、陥落まで後一歩だと確信した夕呼は改めて霞のプランに賞賛を送った。
夕呼が仕切っていると見せかけて、タイムスケジュールまで書き込まれて提出された白銀武ハーレム制作計画を立案した
のは霞だと知られるのはかなり先の話しになる。
だけどこんなばかばかしいことが基地で働く兵士達の心に、暖かみのある余裕を作り出している事が結果としてBETAと言う
数の暴力を駆逐していく事になる。
この世界の白銀武が受け継いだのは記憶や経験だけでは無く、それこそが本当に受け継がれた力だったのかもしれない。

「ねえねえ白銀、アンタのタキシードと紋付き袴が悠陽殿下から送られてきたんだけど見る?」
「見るかーっ!!」






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