「と、言うわけでアンタの代わりに鑑を207隊に編入させるから」
「ちょっと夕呼先生、まだ二週間ですよ? 純夏はリハビリの途中なんじゃないですかっ!?」
「それがねぇ〜、アタシにもよく解らないのよ。そもそも医学は専門外だし〜、ただ……」
「ただなんです?」
「一応、鑑のバイタルのデータを姉の所に送ってみたんだけど、回復速度は早すぎるけど問題ないって言っているのよ」
「しかし、もう少し様子を見てからの方が……万が一があったらっ」
「呼んだ〜、タケルちゃん?」
「純夏……お前、本当に大丈夫なのか?」
「うん、平気だよ。なんだか不思議なぐらい絶好調なの、ほらほらっ」
「嬉しそうに飛び跳ねるな、なあ霞からもなんか言ってくれよ」
「……武さん、純夏さんのバイタルには何の問題もありません」
「そうか、でもなぁ……」
「……純夏さん、武さんにあれを」
「あれね、解ったよ霞ちゃん」
「なんだよあれって?」
「そんなの決まってるでしょ、いくよタケルちゃんっ!」
「ちょ、お前っ!?」
「ドリルミルキィパンチっ!!」
「トマホーーーークッ!?」
「あら白銀ったらいつの間に大気圏を突破できるようになったのよ?」
「う〜ん、まだキレがいつも通りじゃないけどまいっか」
「……これが本家本元ですね」
「どりるみるきぃぱんち……純夏さん、是非わたくしにもご教授願いますか?」
「うん、いいよ〜」
「……よく、ねぇよ……がくっ」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 32 −2000.7 純夏と霞−




2000年 7月21日 横浜基地 衛士訓練校

「みんな聞け、今日から貴様らに加わる事になった鑑純夏だ」
「鑑純夏です、よろしくね」

いきなりブイサインよろしく決める純夏に、訓練兵たちは呆気にとられてまりもは渋い表情を浮かべ付き添いの霞は笑って
いるだけだった。
本来ならもう少し先になるはずだったのだが、純夏の回復力はあり得ない速度で鈍かった神経の伝達や運動能力を人並みに
まで戻していた。
これに危惧した武は精密検査をしてからじゃないと衛士の訓練を認めないと頑なに拒否したので、わざわざ夕呼の姉を基地
まで呼びつけて調査した結果、問題ないと医者のお墨付きを貰って本日入隊となった。
それでも最後まで納得しなかった武の為に、しばらく霞が付き添う事で無理矢理だが納得させられていた。
かなりヘビーな状態から復活したのにへらへらと笑う純夏を横目に何とか鍛え上げた軍人魂で気を取り直したまりもは、
純夏の事について語り始める。

「最初に言っておくが鑑は療養が長かった為に全くの素人だから、貴様らで鍛え上げてやれ」
「教官っ」
「なんだ、榊?」
「その、今の発言からすると、鑑さんは何の経験も無いって事でしょうか?」
「その通りだ、だからこそ鑑を鍛えながら貴様らも自分の事を見つめ返して悪い所を直せ」
「は、はぁ」
「鑑もいいな、ここでは手加減なんて期待はするな、解ったな」
「はーい、神宮司先生〜」
「誰が先生だっ!」
「えっ、だってそう呼べって夕呼先生が……」
「あ、あの人はもうっ」

まりもが学校の先生になりたかったと言う事を知っている夕呼のいたずらに、またかと頭痛が尽きないまりものため息は朝から
大きかった。
しかし、そんなまりもに追い打ちを掛ける夕呼の伝言が、違った意味で彼女を激昂させる。

「そうだ、夕呼先生から伝えて欲しい事があったの忘れてた〜」
「ゆ……香月博士がなんて?」
「えっと『ウェディングドレスと十二単、どっちがいいか考えといて』だそうです」
「んなあっ!?」
『ええ〜っ!?』
「今日中に返事頂戴って言ってました」
「か、鑑っ、何も今言わなくてもっ」
「それも夕呼先生がみんな前で言って上げれば、神宮司先生が喜ぶからって……」
「ゆ、ゆ、夕呼ーっ!?」

突然夕呼の名前を叫んだまりもは、チョークを掴んで黒板に自習と殴り書きをして、そのまま飛び出して行ってしまった。
座学の教室で取り残された純夏と207隊のみんなは、しばし呆然としていたがお互いの自己紹介という事で時間が過ぎて
いった。
ちなみに、まりもが訓練校に戻ってきたのは午後になってからで、朝と違ってどこか嬉しさを隠そうとしている姿が
少し不気味だったのだが、仮にも教官に対してそれを指摘するような勇者はいなかった。
その頃、武はまだ帰ろうとしない悠陽にお願いされて、シミュレーターで霞仕様の辛口オリジナルハイヴ攻略戦に挑んでいた。

「くっ」
「それじゃだめだ悠陽、まだ序盤なのに弾薬の使いすぎだ、このままだとすぐに弾切れで終わってしまうぞ」
「は、はい」
「あと、もう少し周りに気を配って……相手を利用する事も考えるんだ。相手の数が多いのならそれを不利に考えないで、
有効に活用する動きをするんだ」
「解りましたわ」
「よし、今回はここまでだ」
「まだ、大丈夫です」
「だめだ、休息を取るの事も必要だぞ」
「はい……」

画面が消えてプログラムの終了と共に筐体が停止して、中から出てきた悠陽は足下をふらつかせて先に外に出ていた武に
抱き留められる。

「ほらみろっ、ふらふらじゃねーか」
「へ、平気です」
「まったく、そんな意地っ張りなのは冥夜にそっくりだな」
「姉妹ですから」
「殿下、飲み物です。白銀少佐も」
「紅蓮、そなたに感謝を」
「ありがとございます」

ごくごくと咽を鳴らす悠陽の飲みっぷりは侍従長が卒倒するぐらいはしたなかったが、シミュレーターの訓練が如何に激しい物
だったかと流れる汗に塗れた前髪が物語っていた。

「しかし腕を上げましたな殿下」
「本当ですか、紅蓮?」
「ああ、それはオレも保証する。まさかここまでがんばっているとはな……」
「冥夜には負けたくありませんから、それにわたくしを慕ってくれる人々の思いを無駄には出来ません」
「偉いな悠陽は、オレには真似出来ないなぁ」
「ご謙遜を、武様こそ凄いではないですか」
「凄くなんか無いさ、OS作ったのだって霞だしな」
「そう言う事を言っているのでは無いのですが……まあそれでこそ武様ですし」
「気になる言い方だなぁ」

しかし武はそこで会話を打ち切ると、まだ呼吸が落ち着かない悠陽を休ませる事にして、紅蓮の方に振り返る。

「悠陽、かなり訓練しましたね?」
「侍従が止めるのも聞かず、寝る間を惜しんで努力を続けているので皆困っております」
「でしょうね、でなければ今のハイヴ攻略戦シミュレーターで1階層の突破なんて出来ませんよ」
「ふむ、白銀少佐のサポートがあった事を差し引いても、十分なお力を持つ事に至ったようですな」
「そこまで二人に誉められるのは悪い気はしませんが、まだまだ力不足です」
「何事も焦らない事だな、それが上達の近道だぜ」
「その通りです、殿下」
「はい、精進します」
「でも、本当は悠陽みたいな女の子が戦術機に乗らないの世界が一番なんだけどさ……」
「武様……」

ぼそっとどこも見てない視線のまま呟く武の言葉はしっかりと悠陽や紅蓮の耳にも届き、殺伐としたこの世界の行く末がそうで
あって欲しいと望む思いは共感を呼んだ。
だから悠陽は武の側に近寄ると、手を取ると握りしめてその顔を見つめる。

「悠陽?」
「ならば目指しましょう、武様が望む戦いのない日を……わたくしたちの世代が無理でも次の世代にはそれが叶えば、その思いは
無駄ではありません」
「そうだな、思ってるだけじゃだめだよな……ありがとう悠陽」

悠陽の微笑みに見とれて思わず恥ずかしい台詞を口にしてしまう武だが、その言葉には含みがあったとすぐに気づかされる。

「思いは同じです、それに夫を立てるのも妻として当然です」
「ちょっと待てっ、何でいきなりそうなるっ!?」
「ですから、わたくしたちの子供には平和で過ごして欲しいという願いを、武様が了承してくださったので……」
「そうじゃないだろっ、せっかくいい話で纏まったと思ったのに、何で落ちを付けたがるんだよっ」
「落ちとはなんでしょう、紅蓮?」
「白銀少佐も年貢の収め時という事ではないでしょうか」
「ええーいっ、二人揃って呆けるのは止めろっ。ったくもう、悠陽ってこんな性格だったのか……」
「武様が側にいるのでつい浮かれてしまうのです、ですから責任は武様に取って頂かないと」
「もう帰れっ」
「そんな、お許しを武様……」

と、謝りながら武の胸に寄りかかる悠陽の微笑みを見逃さなければ、この先の事態は好転したかもしれなかったが、そうなるのは
お約束なのである。
そこで部屋のドアが開くとヴァルキリーズの仲間がシミュレーターで訓練の為に中に入ってきて、武の後ろ姿と抱きついている
所為で顔の見えない悠陽の姿に、一番最初に気づいた水月がニヤリと笑って話しかける。
ちなみに、紅蓮はドアの開く音と共に筐体の影に隠れていた。

「あら〜、白銀ったらこんなところで逢い引きなんてお安くないわねぇ、もしかして穴場なの〜?」
「速瀬中尉、何を言って……」
「だめよ水月、あんまりからかっちゃ白銀くんも困ってるし、相手の人の事も考えないと」
「中尉はデリカシーって言葉とは無縁ですから」
「そこが速瀬中尉の良い所では無いのでしょうか」
「宗像に風間、ちょっと表に付き合いなさい」
「お前ら静かにしろ、何を騒いで……なんだ、白銀とで、殿下っ!?」
『えっ?』

みちるの言葉にみんなの目が一斉に武に集中して、その胸に顔を埋めていた悠陽が顔を上げると誰も言葉を失ってその場で固まった。
そして悠陽の口から出た言葉は文字通り爆弾発言だった。

「武様、次の逢い引きにはもう少し静かな場所でお願いしますわ」
「悠陽っ!?」
「それではみなさま、ごきげんよう」
「ちょ、悠陽、誤解を解いていけーっ!!」

余裕綽々の微笑みと共に、いつの間にか部屋の外に出ていた紅蓮を伴って立ち去る悠陽は足取りは軽く、武の声は届いていたのだが
立ち止まる事はなく、後に残された者達の間でてんやわんやの騒ぎとなった。
無意識に自分を追い込む悠陽に、次は絶対に二人きりで会わないと心に誓ったが、それを無駄と知る事になるのはもう少し先に話し
だった。






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