「白銀、ここまであたしを騙し通した事は素直に評価して上げるわ」
「…………」
「でも霞は何か有るみたいねぇ〜」
「うっ、ご、ごめんな霞。その騙していたつもりはなかったんだけどさ……」
「ごめんね霞ちゃん、わたしも謝るからっ」
「…………武さん」
「は、はいっ」
「……お願い、ひとつだけ聞いてください」
「えっ?」
「……それでいいです」
「タ、タケルちゃん、そうしてあげよう」
「解った、霞のお願い聞いちゃうぞ」
「……取り消し無しですよ?」
「おうっ、白銀武に二言はない」
「……みなさんやりました、ぶいっ」
「「へっ?」」
「さすがですわ霞さん、わたくしも五摂家の方々を説得させた事が無駄になりませんでしたわ」
「お、おいっ、まさかっ!?」
「な、なんなのっ!?」
「……武さん、みんなを幸せにしてください」
「うぐっ」
「もしかして霞ちゃん、さっきの悲しそうな顔って……」
「……気のせいです」
「やるわね霞、白銀を手玉に取るなんて良い女になるわ」
「……はい」
「しょうがないよタケルちゃん、それに法律も変わっちゃったんだし大手を振って女の子に手を出せるよ」
「純夏、お前なぁ……たは〜」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 31 −2000.7 星見2−




1998年 某日 横浜市柊町

大陸から始まったBETAの侵攻は、一方的に安保理条約を破棄して撤退を始めた米国軍抜きの帝国軍だけでは
阻止する事出来ずに、とうとう首都圏まで攻め込まれていた。
昨日までの平和は消えて無くなり、戦場と変わり果てた家の前で、崩れた壁の残骸を押しのけて武は目を覚ました。

「うっ……オ、オレは……家まで帰ってきて……はっ、純夏っ!? 純夏ーっ!!」

頭から血を流しながら武は辺りを見回しながらBETAに教われる直前まで一緒に逃げてきた幼なじみの姿を探すが、
自分以外の生存者は見つからず力が抜けて跪いてしまう。

「ちくしょう……せっかくここまで逃げてきたのに……純夏っ……うぐっ……」

脳裏にはBETAに向かっていって殴り飛ばされた時に聞こえた自分を呼ぶ声が、今も耳にこびりついている。
失ってから武は気が付く、純夏の存在がどれほど大切な存在なのか心が張り裂けんばかりに……。
自分の怪我なんてどうでもいいように、武は純夏を守れなかった悔しさを地面に拳を叩き付ける。

「くそっ、オレがもっと……くそっくそっ……うわあああぁぁぁーっ!!」

血を吐くような叫びが瓦礫の街に響き渡るが、それに応える物は風しかなく虚しさが武の胸を締め付ける。
その思いが何かに届いたのか、それとも引き寄せたのか……白銀武は絶望の淵でいきなり知る事になる。

「があっ!?」

最初は傷が痛み出したかと思って頭を押さえたが、痛みは最初だけで後は体験した事のない事実が流れ込んでくるだけだった。

「なんだこれ……オレが戦術機に乗ってる……夕呼先生……イスミ・ヴァルキリーズ……冥夜……委員長……彩峰……たま……
美琴……悠陽殿下……霞……なんだよこれ、オレは知らないぞ……」

BETAなんていない世界、口うるさい幼なじみ、突然転校してくる財閥の美人姉妹に天才少女、いきなり自分を巡って騒がしく
なる教室に現れるマッドな先生がいい加減な理論で油に火を注ぐばからしい日々。
そこに至までのこの世界で白銀武がBETAとの死闘を繰り広げて得た日常に、恐怖しながらも別の意味で体に力が入る。
そんなどこからか解らない映像と知識が一緒に流れ込んできて、それが終わった時には武は別の世界の白銀武が体験したことを
知る事になった。
死んだ自分に変わって別の世界から来た自分がみんなの為にとBETAと戦っていた、しかも何回も繰り返しその度に絶望を
味わったが諦めず歯を食いしばって戦っている白銀武の姿が今の自分を変えていく事になる。

「そうか、白銀武に出来た事が白銀武に出来ないわけ無いよな……そうなんだろ、だからこれをオレに託したんだろ……」

武にこれを伝えたのはきっと白銀武……もう一人の自分がこの世界を去る時に残していった思いだと素直に感じ受け取った。
ただBETAから逃げる事しかできなかった自分、幼なじみ一人守りきれなかった情けない自分、でもそこで諦めたら全てが終わる。
何もしらない子供だった白銀武はもういない、やけになりそうだった自分の顔を叩いて立ち上がった時に、そこにいたのは全てを
知り意識が一つになった白銀武だった。

「何度だって救ってみせる、何度だって守ってみせる、オレは……白銀武だからなっ!」

ぱんと思いっきり自分の頬を叩くと、武はきっと前を見据えて走り出した……とにかくまずは夕呼に連絡を取るしかないと。
自分の世界とこれから出会う人たちを守る為に、異世界から自分を呼び出す程の純夏の強い思いを胸に武は瓦礫の街を駆ける。
この時武の体は、意識が変わったと同時に体も鍛え抜かれた兵士に変化していたが、それに気づくのは夕呼に会ってからだった。
その話しを聞いていたみんなの中で、夕呼は肯いてから武に話しかけた。

「ふーん、そう言う事か……だから今回はアンタの死亡が確認出来なかったのね」
「だって死んでないし、お陰で疑われずに国連軍と夕呼先生に会う事が出来ました」
「アタシとしたことが迂闊だったわ、その姿に惑わされたって事か」
「オレも夕呼先生と会って気が付いたんですよ、お世辞にもこんなに筋肉付いてなかったし背だって伸びてるし」
「わっ、タケルちゃん一人だけ背が伸びるなんてずるいよ〜」
「知るかっ」
「ゆうこ先生〜、わたしのスタイルも良くしてよ〜」
「ホントにバカだなぁ、超弩級バカなのは変わってないのか」
「ううっ、酷いよタケルちゃん」

いきなり和む武と純夏を見て、夕呼はふと思った事を問いかける。

「白銀、アンタの事はそれで解ったけど、鑑の事はどうなの?」
「純夏の事は純夏に聞いてください、たぶんですけどオレと同じような事かもしれません」
「どうなの鑑?」
「あの日、BETAに捕まってあんな風にされたて苦しくて辛かった。それでもタケルちゃんに会いたいってそれだけをずっと
思っていたら、わたしが知らない記憶が……わたしとタケルちゃんが仲良くしている記憶が浮かんできたんです。それが毎日
続いて、だからタケルちゃんにまた会えるんだって諦めなかったんです」
「純夏……」
「プロジェクションね……そうよね、有り得るんだわ……」
「夕呼先生?」
「前の世界で別の世界の白銀武を呼べる力が鑑には有った、と言う事は同じような力がもう一人の鑑に有っても不思議じゃない」
「そうなんですか?」
「推測だけどね、でもそう思っていた方が明るくて良いでしょ、まあ違うとすれば次のやり直しが出来る可能性がほとんど無いって
事ぐらいかしらね。今回のだって奇跡に近いって事よ、そうそうラッキーな事は続かないわ」
「そうですね……」
「あ、そうだ。えっと霞ちゃん」
「……はい」

そこまで堅い表情で黙って聞いていた霞を見つめる純夏は、ベッドの側まで来て貰いその小さな手をそっと握りしめて呟く。

「あのね、霞ちゃんも一緒なんだよ」
「……え?」
「そこにいる悠陽さんと冥夜さんと一緒に同じクラスに転校してきて、タケルちゃんを巡ってライバルしてるんだよ」
「あっ……」
「笑ってるよ霞ちゃん、すっごく幸せそうに笑ってるよ」
「……す、純夏さん」
「だから大丈夫、タケルちゃんはいなくならないし、悲しませたりしないから……だからダメかな、こっちのタケルちゃんじゃイヤ?」
「……(ふるふるふるふる)」
「それにこっちならがんばってみんなで幸せになれるよ、ねっ?」
「……あ、ありがとう、純夏さん……ありがとう……っ……」
「うん、もう一人じゃないし、絶対に一人にしないよ」

純夏の手を握りかえして泣く霞の姿はどこにでもいる子供の様で、それを見守る純夏はお姉さんの様に優しく微笑んでいた。
暫くして落ち着いたらみんなの前で泣いたのが恥ずかしかったのか、顔を伏せてしまう霞だったけど武は膝を曲げて
目線を合わせてから話しかける。

「霞、改めてよろしくな」
「……はい」
「まあ、元々の体はこっちだけど意識は一つになっているから、霞の知っている白銀武と変わらないからな」
「……武さんが消えて無くならない、それで充分です」
「そっか」
「……それに、わたしの裸を見た責任を取って貰います」
「あーっ、そうだっ! タ〜ケ〜ル〜ちゃ〜ん、一緒にお風呂に入ってたってどういうことなのさっ!?」
「うっ」
「……頭からつま先まで、全部洗って貰いました」
「タ、タタタケルちゃ〜んっ! 霞ちゃんはまだ子供なんだよーっ!」
「落ち着け、純夏っ……」
「……純夏さんも一緒に入りましょう」
「「うえっ!?」」
「……いいですよね、武さん」
「うっ、それはその……なんだ、なあ純夏?」
「わ、わたしに振らないでよっ!?」
「……武さん、純夏さん、みんなで仲良くしましょう」
「「霞(ちゃ〜ん)っ!!」」

そんな騒がしい武たちの様子を苦笑いで見つめていた夕呼が小さくため息をつくと、悠陽は労うように微笑みを浮かべる。

「何はともあれ大円団の様ですわね、しかし驚きました……武様がその様な事になっていたとは」
「殿下、きっと良くも悪くも白銀武は英雄なんです」
「そのようですね、特に女性に対しては無敵なのかもしれませんわ」
「宜しいのですか殿下は?」
「純夏さんが言ってたではありませんか……武様は武様です、それが全てなのです」
「そうでしたわ、白銀は白銀以上にも以下にもなりませんでしたわね」
「はい」
「それと話しは変わりますか……鎧衣課長から面白い情報が入っていますわ。米国の動きで妙な事が有るようです」
「詳しく聞きましょう、みなさんの未来の為に、出来る事には出し惜しみはいたしません」
「恐れ入ります、それにしても今度はBETA以上にやっかいなのは、同じ人間かもしれません……」
「悲しい事ですが、それを黙って受け入れる程に絶望もしていません。なにしろわたくしどもには武様がいるのですから」
「それは惚気ですか、殿下」
「素直になった者が勝ちなのです……香月博士はどうしますか?」
「ふふっ、ご想像にお任せしますわ」

怪しげな二人の会談を横に、いつの間にか笑い合っている三人その姿は、平和な世界で生きているもう一人の自分たちと変わらなかった。






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