「はうあうあ〜」
「……武さん、お疲れ様でした」
「ほんとーに疲れたよ〜、マッサージでも受けたい気分だ」
「……解りました」
「うん? まさか霞がやってくれるのか?」
「……はい、それじゃうつ伏せに寝てください」
「お〜、よろしく〜」
「……いきます……ぽちっ」
「へっ……ぎぃやあががががぁ〜〜〜っ!? ………がくっ」
「武様っ!? 霞さん、それは一体……」
「……香月博士謹製、電気マッサージ器だそうです」
「かかかすすすみみみ〜〜〜っ」
「まあ、武様の御髪が愉快……んっ、大変な事になっていますわ」
「……博士には改良の余地があると伝えておきます」
「く〜……オレ、なんかしたか?」
「何もしないのが問題なのではありませんか?」
「何を期待しているのか解らなくもないけど、オレはハーレムを作りたいわけじゃないっ」
「えっ?」
「悠陽、そこで何故驚いた表情で疑問に思うんだよっ」
「……武さん、自覚あるのに目を反らしています」
「霞、お前こそあの純粋無垢な頃に戻ってくれ〜」
「……いやです、わたしも大人になりたいです」
「純粋な心のままで大人になってくれ、少なくても夕呼先生のように腹黒……はっ!?」
「白銀〜、誰が腹黒いって?」
「先生以外誰がいますかっ!」
「あら、開き直ったわね……でも、もう後戻りは出来ないのよっ! まりものためにがんばって男の浪漫を掴みなさいっ!」
「あほかーっ!!」
マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction
God knows... Episode 30 −2000.7 星見−
2000年7月7日 18:00 横浜基地
武にとってはもう泣きたいほど気苦労が耐えなかった特別授業が終わり、ハンガーでは整備員たちが機体の整備とデータ取りで
慌ただしかった。
その授業中乱入してきた悠陽は、場をかき回すだけかき回したら夕呼に話しがあると素早く逃げてしまってここにはいない。
やや煤けている背中をしながら整備中の不知火をぼーっと眺めていた武と霞の側に、今日の仕事を終えたまりもがどこか
すまなそうな表情で近づいてきた。
「し、白銀……」
「お疲れ、まりもちゃん」
「そ、その、さっきは誤解して悪かったわ」
「いいですよもう、あれは悠陽が悪いんだし……あとできっちり怒っておきますから」
「殿下にそんなことして……」
「しますっ、悪い事したら怒られるのは当然でしょ? 殿下も閣下もないですよっ」
「お、穏便にね……紅蓮閣下もいるんだし、大事になると……」
「はー、お目付役の紅蓮大将が一緒に遊んでどうするんだよ」
がっくりと項垂れる武の頭を、霞がなでなでとするがジト目で応える武だった。
「霞、ちょっと怒ってるんだぞ?」
「……ごめんなさい、反省してます」
「解ってくれればいいさ、みんなで幸せになりたいって霞の気持ちは解るけど、やりすぎはだめだぞ?」
「……はい」
「それになんかとばっちりが全部オレに来るのはどうかと思うんだ……ねえ、まりもちゃん?」
「え、ええ、なんだか解らないけどそうね」
「そう言えばまりもちゃんにあれだけ嫉妬されるって言うのは勘違いしちゃって良いって事?」
「あ、あうっ、そそそれは〜っ!?」
「ねえねえまりもちゃん、どうなのかな〜」
シリアスな雰囲気から一転して、にやっと笑うと側で話しを聞いていたまりもに問いかける。
聞かなくてもまりもの行動は武に対してそれなりに思っているからなので、あえて聞く辺り武は意地が悪い。
どうやら色々あって発散したくなったらしいが、お子様には見せられません方面に行かないだけの余裕は有ったらしい。
「と、まりもちゃんをからかうのはこの辺にして、あんまり気にしなくて良いですよ。どうせ夕呼先生が暗躍しているし
真面目に取り合うと大変な事になりますからね」
「も、もうっ……でも、白銀自身はどうなの?」
「オレですか? そりゃあまりもちゃんみたいな美人とそう言った事になるのは嬉しいけど、いくらなんでもハーレムは
ないでしょう」
「そうようねぇ……」
「それに選ぶ権利はオレじゃなくってまりもちゃんや相手の女性に有ります、まあ人任せみたいでいい気はしないけど」
「確かにね、好きで結婚すると義務で結婚するじゃ全然違うし、女としても喜ばしい事じゃないわ」
「それで正解ですよ、それにオレってそんなに気が多いように見えます?」
「はぁ……解ってないんだから」
「はい?」
「いいのよ、でも真面目に考えてみるわ。今のところ白銀以上の人は周りにいないし」
「ま、まりもちゃん?」
「夕呼にしてはまともな話しなのは事実だから、白銀もよく考えた方が良いわよ」
「まりもちゃん、ちょっと……まりもちゃ〜んっ」
何故か吹っ切れたように微笑んで、しっかりと敬礼してまりもはハンガーから出て行ってしまう。
もしかして何か決定的な間違いかおっきな地雷を踏んでしまった気分になる武は、自分の言った事を思い出したが特に
変な事は言ってなかったと首を傾ける。
その様子を霞はじっと見ていたが、やれやれと言った感じでジェスチャーを初めてしまった。
夕呼が呈した白銀武恋愛原子核論は、今ここで確実に実証されつつあり大きく世界を変えようとしていたが、この時点では
愛で地球を救えるかどうかはまだ解らない。
やがて整備員から受け取ったデータを持って、武と霞は報告の為に夕呼の所までやって来た。
「夕呼先生〜、任務完了しました〜」
「ご苦労様、そこにおいといて」
「お帰りなさい、武様。お風呂になさいますか、それともお食事に……あ、もしかして夜のお務めだと仰るのならもう少し遅く
だと嬉しいですわ……まあ武様、そんな所で寝ては風邪を引いてしまいますわ」
「……帰れ」
「ええ、何故っ!?」
さっきは斯衛軍の制服で今は何故か着物の上に割烹着を身につけて出迎えた悠陽に、武の体から力が抜けて床に寝転がって
しまったのを誰も責められないだろう。
すでに悠陽の中では新妻決定なのかいっと武は怒りに震える体で立ち上がると、夕呼と一緒になってこっちの様子を伺っている
笑顔の紅蓮を睨む。
「紅蓮大将、あんたが止めないで誰が悠陽を止めるんだよっ!」
「すまんな白銀、この者は小さい頃からやんちゃで私も困っているのだよ」
「そんな笑顔で嬉しそうに言われても納得出来るかっ、これじゃただの親馬鹿じゃんっ!」
「武様、紅蓮を責めないでください。すべてはわたくしの不徳の致す所です、責めはわたくしが負います」
「……その言葉二言はないな?」
「は、はい」
これほど意地悪くニヤリと笑った武を見た事がない悠陽は、本能で身の危険を感じて後ずさるが時すでに遅しの如く、
がしっと両肩を捕まれて逃げる事は叶わなかった。
そのまま有無を言わさず隣の部屋に連れ込まれた悠陽の運命は、彼女の悲鳴と小気味よい何かを叩く音がそれを現していた。
一応、人目を避けた事は武なりの精一杯の優しさだったが、戻ってきながらお尻を押さえていた涙目の悠陽と違って武のすっきり
とした笑顔はどこか恍惚だったらしい。
「ううっ、あの様な姿を見られてしまっては、もうお嫁にいけません」
「悠陽は生涯独身か、がんばれよ」
「しかし見たのは武様お一人、ならば責任を取って頂かないと」
「人の話は聞かないし全然懲りてないな、悠陽……叩き足りないのか?」
「これ以上は困ります、何か別の事に目覚めそうな気がしてしまいます」
「そんな事は知らないぞ、とにかくもう余計な事はするな、いいな?」
「もう遅いとは思いますが、承知しました。亭主関白な夫に堪え忍ぶのも妻の役目ですね」
「誰が夫で誰が妻だ、少しは自分のした事を振り返れよっ!」
「はいはい、夫婦喧嘩の予行演習はそれぐらいにして、ちょっといい?」
「なんですかっ!」
「あたしに怒らないでよ〜」
「元はと言えば夕呼先生が全ての黒幕でしたね」
「何の事かしら、それよりも話しがあるから聞きなさい……鑑の事よ」
急に真面目な顔になる夕呼に、武は気を引き締めるときちんと向かい合って見つめ返す。
「さっき目を覚ましたわ、意識障害もないけど体が上手く動かないのは神経接続が安定してないだけだからそれは許容範囲内ね」
「そうですか……良かった」
「で、鑑が呼んでるんだけど、みんなに話しがあるって」
「……みんなも一緒にですか?」
「そうよ、悠陽殿下と紅蓮閣下もご一緒に来てください」
「宜しいのですか?」
「鑑がそう望んでいますので……」
「解りました、行きましょう紅蓮」
「はっ」
夕呼に促されるまま純夏がいる部屋に向かう途中で誰も言葉を話さなかった。
みんなの脳裏には何故武だけじゃなくて自分たちもなのか……それは純夏の一言から驚かされる事だった。
「タケルちゃん……」
「おい純夏、寝坊するなよ」
「あはは……いつもとは逆だよね、わたしがタケルちゃんをお越しに行ってたんだもんね」
「そうだな、でもたまにはいいか。純夏のよだれを垂らした寝顔が見られたからな」
「うう〜、はずかしいよ〜」
「ならさっさと起きやがれ、遅刻するぞ」
「そうだね、うん」
「それと誕生日おめでとうだ、どうせまたあの裏山に天の川でも見に行く気なんだろ?」
「覚えていてくれたんだ……」
「まあ、このまま寝てるならわざわざ行かなくても良いしな」
「そ、そんな〜」
憎まれ口を聞きながらも武の顔は笑顔で、ベッドの上で泣き笑いの純夏を見つめる目は優しさで満ちていた。
そんな二人の会話を周りで聞いている夕呼たちは、もう少しだけ二人の邪魔をしないと思っていた。
だけど、純夏は夕呼や霞に取って一番の大きな事柄に触れる言葉を口にした。
「……ねえタケルちゃん……」
「なんだよ?」
「タケルちゃんは、こっちのタケルちゃんなんだよね?」
「そうだ、こっちの純夏が知っている白銀武だ」
「やっぱり……よかったよぅ……タケルちゃんにまた会えたよ〜、ううっ……うわ〜ん」
「泣く事無いだろう、オレはオレだぞ」
「う……うんうん、そうだよね。わたしが知ってるタケルちゃんだよね」
「当たり前な事言うな、バカ」
「バカはひどいよ、タケルちゃん……」
「白銀」
感動の再会に水を差すように呼びかけた夕呼の声は堅く、振り返った武の目に映った顔もどこか厳しい感じがしていた。
その横にいた霞も驚いた様子で、悠陽と紅蓮は今ひとつ解らないと言った表情だった。
「鑑が言った事、本当なの?」
「……武さん」
夕呼と霞の問い掛けに、武は小さくため息をついてから、はっきりとした声で応える。
「そうです、オレはこの世界の白銀武です」
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