「白銀〜って、どうしたの部屋の隅でうずくまって?」
「ほっといてくださいよ……」
「なによ辛気くさい顔して、男の夢を叶えて嬉しいくせに〜」
「オレの意志は無視ですかっ?」
「うん」
「あが〜」
「……香月博士、それ以上はいじめないでください」
「そんなつもりはないんだけど?」
「もういいですよ、どうにもならないんだし……」
「嫌なら断ればいいじゃない」
「……ごめんなさい武さん、でも……」
「別に怒って無いし嫌って訳じゃ無い、ただオレを無視して事が進んだのが納得出来ないと言うか……」
「まったく、内心は嬉しいくせに変に固いんだから……」
「オレはそこまで節操なしに見えるんですかっ?」
「うん」
「……はい」
「あぐぅ……」
「だって、鑑に霞に殿下に御剣にピアティフにまりもに月詠中尉に……あら、片手じゃ足りないわね」
「……香月博士、自分を忘れています」
「ん、んんっ、そ、そうね」
「先生、年下は範囲外じゃなかったんですか……」
「白銀……あんた中身はあたしより年上でしょ、なら問題ないわ」
「はうあうあ〜」
マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction
God knows... Episode 27 −2000.7 笹の葉さらさら−
2000年7月7日 1:00 横浜基地
深夜、人気のいない最下層に近いフロアで、夕呼と霞……そして武が一つのカプセルを見つめていた。
その中にいるのは、生まれたままの姿で瞼を閉じて寝ている純夏だった。
ただし、前回の用に00ユニットではなく、残っていた純夏の脳髄を元に体の再生を行ったのである。
さすがにこれは失敗するわけにもいかないので、夕呼は医学に精通している姉の力を借りて入念に時間を掛けて進めたのである。
早く進めるのなら人工パーツで補う方法も考えられたのだが、夕呼はそれを選ばず純夏の細胞を使って丹念に再生をして
可能な限り元の状態に近づける事に努力を惜しまなかった。
そして結果は見事に成功……よく知っている純夏の姿がそこにあり、武は肩を振るわせていた。
「純夏っ……うっ……」
「生理的数値は全て正常よ、体の再生に時間を掛けた分、ほぼ元の姿と変わらないはずよ」
「あ、ありがとうご……ざいますっ、ありがっ……ぐっ……」
「……武さん」
「霞……ありがとうな、霞ぃ……」
ぼろぼろと咽び泣く武の姿を誰が馬鹿に出来るだろう、少なくても霞も夕呼もそんな目で見たりしない。
ただ、頭を撫でたり手をぎゅっと握ったりと、武を優しい目で見つめている。
「今日の午後には目が覚めると思うから、それからなら話も出来ると思うわ」
「はい……」
「それじゃあたしは寝るわね、ふぁ〜……」
「先生っ」
「んー?」
「本当にありがとうございました」
「はいはい、おやすみ〜」
そっけない態度で手を振るとそのまま夕呼は部屋から出て行ってしまったが、その様子が照れ隠しだとリーディングしなくても
霞には解っていた。
もちろん武もその事を理解していたから、その証拠に夕呼が出て行っても頭を下げたままだった。
そんな武の様子を見つめながら霞は思い出していた、今日は純夏の誕生日だったという事を……。
「……おめでとうございます、純夏さん」
自分の事のように嬉しく感じた霞は、純夏が眠るカプセルにそう話しかけた。
武もはっとして霞の言葉に純夏の誕生日の事を思い出したのか、霞に習ってカプセルの中で眠る純夏を見つめた。
「……それじゃ行ってきます」
「気をつけてな、霞ちゃんも無理するなよ」
「……はい」
軽く昼食を取り再びハンガーで戦術機に乗り込んだ武と霞は、整備班長に見送られてゆっくりとハンガーの外まで移動する。
新しく出来上がった不知火・改『復座型』の機動テストと調整が、今朝夕呼に言われた任務になっている。
この復座型は短期間で武の立体機動を体に教え込む方法は、まりもと同乗して得られたデータが有効だと判断した夕呼が、
製造元の河崎重工、富嶽重工、光菱重工に依頼して急遽作らせた物だった。
その一号機が本日ロールアウトして、ここ横浜基地に送られてきたのである。
アラスカの戦術機開発計画なんて知った事かと平然と依頼をする夕呼に武は呆れたが、それでもこれは有り難い機体だった。
そして霞は後ろの席でシステムの調整、武は前の座席で機体各部の確認とハンガー前で細かい調整が行われていた。
「霞、システムは安定したか?」
「……はい、データリンクお呼び戦術機のシステムはオールグリーンです」
「よしっ、それじゃちょっと動いてみるけどどうする?」
「……このまま乗っています、もしエラーが出たら対処しますから」
「解った、それじゃかなり揺れるけどきつかったら言うんだぞ?」
「……はい」
「それじゃいくぜっ」
武の合図で機体の側にいた整備員たちが離れるのを確認して、武は機体のパワーをミリタリーに上げて滑走路に向かって
匍匐飛行させる。
途中、上昇反転や横滑り等、一通り動いて霞の様子を伺いながら、武にしては優しく機体を動作させる。
「……武さん、いくつかエラーが出たので、一端戻って貰えますか」
「解った、霞は大丈夫か?」
「……ちょっとだけ疲れました」
「そっか、それじゃそっと動かすな」
「……はい」
あまり機体を揺らさずハンガー前に機体を移動させて主機を停止させると、整備員たちが集まってきて外回りのチェックを
始める。
コクピットのハッチを開放すると、気持ちいい風が二人の頬をくすぐる。
「……エラー修正、システム再起動……HQへのデータリンク正常……終わりました、武さん」
「うん、ご苦労さん。これで使える機体になったな」
「……やっとみなさんと会うんですか?」
「まあな……本当なら来年の筈なんだけど、純夏の事が蹴りついたらって思ってたし……」
「……そうですか、がんばってください」
「霞も純夏の事、よろしく頼むな」
「……はい、ドリルミルキィパンチを教えて貰いますね」
「それは覚えなくて良いからっ」
そう言いながら笑う武の笑顔には自傷気味な所はなく、霞が見とれるぐらい明るさが溢れていた。
こんな笑顔を何時までも見ていたい、そう思う霞の顔も自然と笑顔を浮かべていた。
「よし、こっちだ……白銀少佐っ」
その声に武はコクピットから顔を覗かせると、まりもが第207訓練部隊のみんなを引き連れてやって来ていた。
いつもの訓練服姿ではなく、初めての強化服だから恥ずかしそうに歩いてくる姿は懐かしくて、前回の時を思い出して
武は苦笑いをしてしまう。
「おっとまりもちゃんが来たから降りよう」
「……はい」
「待っててもお姫さま抱っこしないからなっ」
「……いじわるです」
「ほらっ」
「……あっ」
降着状態の不知火・改から霞を片腕で抱きしめながら降りてくると、まりもは少し怒った素振りを見せながらも
武達を紹介し始める。
その武はやっと会えたみんなの顔を見られて目が潤んだが、ぐっと奥歯を噛み締めると見つめるだけにしていた。
「きおつけっ、今から特別授業の教官を務める白銀少佐だ、もう一人は社少尉だ」
「オッス、オレ白銀武、よろしくなっ」
「……社霞です、よろしくお願いします」
「白銀少佐、いくらなんでもその挨拶は……」
「これでも一応ヴァルキリーズらしくフレンドリーに言ったつもりなんですが、ダメっすか?」
「はぁ、それは解るけど……でも、仮にも教える立場なんだからきちんと挨拶してください」
「解りました……オレは白銀武、階級は少佐だけど形式張る事はなくて良いからな、まりもちゃんのように白銀でも武でも
好きなように呼んでくれ」
「白銀、みんなの前でまりもちゃんだけは止めて頂戴」
「えーっ、可愛いのになぁ〜」
「し、白銀っ」
「……お二人とも、みなさん固まっています」
「「あっ」」
懐かしい仲間に会えて自分らしく前以上に軽く挨拶したのだが、まりもは困ったように顔で抗議してくるし、みんなに至っては
唖然として事の成り行きを見ているだけだった。
しかも、なんとなく二人の会話が男と女の様に聞こえて、どうして良いか解らないのが本音と言った所らしく、微妙にみんなの
頬が赤くなっている事から解る。
「ごめんごめん、じゃあ早速特別授業に入りましょう、神宮司軍曹」
「もう……とにかくお願いするわ」
「みんな、オレの後ろにあるぴかぴか戦術機は今日ロールアウトしたばかりの不知火の復座型だ。今日はそれに乗って貰う」
『ええっ!?』
「誰もお前らに操縦しろと入ってない、それに白銀は今教えている新しい戦術機の機動概念の発案者だぞ」
「それに安心して良いぞ、今日はそんなに激しい戦闘機動はしないからな……」
「さあ、一番最初は誰だ?」
まりもの問い掛けに207部隊のみんなは戸惑っていたが、その中の一人が意を決して一歩前に出てきた。
やっぱりなと内心そう思っていた武は、彼女を見つめる。
「神宮司教官、わたしが乗ります」
「よし、それじゃ精々楽しんでこいっ」
「はい」
「よろしくな、えっと……」
「御剣冥夜訓練兵であります。よろしくお願いします……白銀少佐」
「オレの事は武で良いぞ……冥夜」
「えっ……」
「それじゃ一名様、ごあんな〜い」
「こ、こらっ、白銀っ!」
霞の笑顔とまりもの怒鳴り声を背中に冥夜と共に不知火・改に乗り込むと、武は背中越しに視線を感じながら機体を起動させる。
やっと会えた懐かしさに武の目頭は熱くなって思わず泣きそうになったが、冥夜にその顔を見られなくてほっとしていた。
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