「ねえねえ白銀ぇ〜、まりもとはどうだったのよ?」
「別になにもありませんよ」
「二人っきりで部屋に籠もりっきりで何時間もいたのにぃ?」
「話し合いをしていただけですよ、それよりもどうしてその事知っているんですか?」
「まりもに聞いただけよ、だって急に機嫌が良くなっているんだから気になるでしょ〜」
「……大丈夫です、武さんはなにもしていません」
「そうそう、霞の言う通りです」
「……わたし、土下座って始めてみました」
「か、霞っ」
「ふーん、それ見たかったわ……今やってみてくれない?」
「なんでここで夕呼先生に土下座しなければいけないのか、意味解りませんって」
「霞だけ見せてあたしには見せてくれないんだ……それってひいきよね?」
「そもそも霞は同じ部屋じゃないですかっ、だからそうしている時帰ってきたから偶然見ただけです」
「ふん、まあいいわ……その内、見られそうな気がするから楽しみにしておくとしましょう」
「嫌な予想は止めてください、絶対にしませんよ」
「ふふん、まりも一人でこれなんだから、これから何回するか見物よねぇ〜」
「夕呼先生……そもそも原因の一端は誰の所為だと思っています?」
「何の事かしら〜、あたしわかんな〜い」
「……キスの事です、香月博士」
「「霞っ!?」」
「……くすっ」




マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 26 −2000.6 悠陽と冥夜−







2000年6月15日 5:00 横浜基地

朝早く目が覚めた武は、医師の許可も下りたので、今日からランニングを始めた。
一ヶ月以上寝たきりに近かったので、鈍った体と落ちた体力を戻す為にかなりゆっくり走る。
急にはピッチを上げない、あくまでも軽くランニングと言うペースを崩さず、体を温めるように足を動かす。

「う〜ん、久しぶりだとなんか新鮮だ〜」

誰もいないグランドを走る武の顔はどこか楽しそうで、そこには軍人じゃない白陵柊学園の学生のようだった。
やがてランニングを終えると呼吸を整え、手足を伸ばしてストレッチを始める。

「うお〜、体がぎしぎし言ってる〜、くっ……はっ……むお〜」

妙な声を出して朝から一人悶えている武の姿は滑稽だけど、本人は至って大真面目なのである。
少しずつ鈍っていた感覚が戻るのを感じて、堅くなっていた体が解れてくるとつい思いっきり動かしたくなるが、そこは我慢と
焦らず続ける。
そして最後に体を伸ばしてから今朝はここまでと決めて一息つくと、こちらに歩いてくる人ピアティフに気が付いた。

「おはようイリーナ中尉、早いですね」
「お、おはようございます、白銀少佐……い、いい天気ですね」
「イリーナ中尉?」
「そ、その……お、お幸せにっ……」
「ちょっと待ったーっ」

がしっと走り出そうとしたピアティフの手を握ると、振り返ったままでこちらを見ない彼女をちょっと強引かなと思いつつ、
武は引き寄せる。
だけど俯いたまま顔を上げないので、武はなんとなく思いついた事を口にしてみる。

「あ、あの、もしかして悠陽殿下の言葉聞いて、それで……?」
「い、いえ……」
「あれは悠陽殿下が勝手に言っただけで、オレはなにも聞いてないんだよ」
「……で、でも、あの様に公式発表の場で宣言された以上……」
「とにかく、オレは直接聞いてないし、イリーナ中尉が迷惑じゃなければ、今まで通りにして欲しい」
「白銀少佐……」

そこでやっと顔を上げてくれたピアティフに、武ははーっとため息をついて体の力が抜けると、軽口の一つも言ってみる。

「大体、オレにそんな甲斐性無いって、そう思わない?」
「それは私の口からは言いかねます」
「うおーっ、まさかイリーナ中尉にまでオレが女たらしだって思われていたのかーっ!」
「その……少佐の側にはいつも女性がいますから……」
「少なくてもオレから個人的に誘った事はないから、侍らしてるとか思わないでくれよ〜、ううっ」
「し、失礼しましたっ、そのこれからは気を付けます」
「うんうん、そうしてくれ、お願いだからっ」
「ふふっ」
「そうそう、さっきの思い詰めた顔より笑っている方が可愛いですよ」
「し、白銀少佐っ!?」

こうして早起きは三文の得を体験出来た武は、ピアティフの笑顔に癒されて今日は朝からついてるぞと内心喜んでいた。
だが、それはこれから起きる事の単なる癒しの前払いだったと思い知らされる武だった。

「ようこそ横浜基地へ、歓迎しますわ悠陽殿下」
「お気遣い無く香月副司令、あくまでも私事ですから……」
「そう仰られても、その私事はこれからの日本を左右するのであれば、多少の不便さは了承してください」
「致し方有りません、ですがこれも未来の為、わたくしの責務ですね」

武が医務室で寝ている時にこっそりきたお忍びと違って、私用とは言え公式にここ横浜基地に訪問した悠陽は、夕呼の歓待を
受けて会話をしながら基地の中を案内されていた。
そして当然その場にいると思われた武は、悠陽が来ると知らされた直後にどこかへ身を隠したのか、ヴァルキリーズのみんなも
姿を確認していなかった。
ただ、一緒に出迎えたピアティフの顔が少し強張っていた事に、夕呼は気が付かなかった。

「それにしても申し訳ありません、白銀ったらどこに行ったのか見つからなくて、まったくもう……」
「いえ、それならそれで先に別の方を済ませますので、大丈夫です」
「別のですか……」
「はい、それも大切な事……わたくしのとっては、武殿への思いと変わらぬ思いなのです」
「そうですか……」

とても愛しそうに話す悠陽が誰の事を言っているのか、前回の事からも解っていた夕呼はそれ以上何も言わず黙って歩き続ける。
武に会う事以外で大切な事、その目線は歩く先で待っている彼女に注がれていた。

「敬礼っ」

まりもの号令と共に、並んでいた第207衛士訓練部隊の訓練兵たちは姿勢を正して悠陽を出迎える。
みんなの顔を確認した後、悠陽は迷うことなく冥夜の前に立ち、その手を両手で握る。

「で、殿下っ?」
「もう良いのです、我が妹よ。そなたの事を疎う者はもういません、冥夜の思うがまま自分の道を進みなさい」
「えっ」
「冥夜、人前でもわたくしの事も遠慮せずに姉と呼んでも構いません」
「で、ですが……」
「そうじゃないと困ります、それに今日はそなたにもう一つ朗報を知らせに来たのです」
「朗報ですか?」
「ええ、冥夜の伴侶となるべき人を紹介しようと思うたのですが、その者照れているのかこの期に及んで姿を隠してしまいました」
「は、伴侶って、殿下っ!?」
「姉で良いと申したのに……冥夜って意地悪ですね」
「ですが……」
「我が願い、叶わないとは悲しいです……」
「わ、解りました、で……あ、姉上っ」
「はい、なんでしょうか、冥夜」
「その私の伴侶となる人とは……」
「ああっ、そうでした。そなたも知っている人物です、名を白銀武と言います」
「はあっ!?」
「それとそなたの警護をしている月詠と、そこにいる教官の神宮司軍曹もご一緒ですからきっと楽しいですわ」
「で、殿下っ!?」
『ええーっ!?』

冥夜とまりもは驚きのあまり言葉を失うが、悠陽は笑顔で見つめているだけで第207衛士訓練部隊の仲間も驚いて固まっていた。
その名前は過日に悠陽が公式会見で発表した自分の伴侶の名前であり、つまりは一夫多妻制になった法律を自ら進んで行うと
言う事で驚き、さらにここ横浜基地では噂の人物だったので驚きも大きかった。

「そんなに喜んでくれるとは、我が身のように嬉しいです」
「……殿下、ちょっと違うと思いますが宜しいのですか、この場でそれを口にしても?」
「もちろんです香月副司令、そなたの事も社少尉から聞いていますから、これからもよしなに……」
「えっ!?」
「あと……ピアティフ中尉でしたね?」
「は、はいっ」
「そなたも武殿の寵愛を受けていると聞いています、仲良くしてくださいね」
「え、あ、は、はいっ……はっ!?」
「さすが武殿です、本当に懐が広いお方です、ふふふっ……」

次々と爆弾発言をしていく悠陽の独壇場は誰の介入も許さず、自分の思いを口にして周囲で聞いている者はもう何も言えない。
そんな驚愕の公式訪問が行われている時、話題の武はと言うとハンガーにある自分の戦術機の中で静かに息を潜めていた。

「もの凄い嫌な予感がする、今外に出て行ったら何かが終わる気がする」
「……違います武さん」
「な、なにが?」
「……これから始まるんです」
「ま、まさか霞っ!?」
「……がんばってください」
「おーのーっ!!」

一緒に隠れている武の膝の上でご満悦な笑顔の霞は、自分がした事がばれても全然困っていなくて、それは楽しそうである。
反対にもう嫌な汗が止まらない武は、このままここに隠れていようかなと真剣に思ったが、それはそれで拙い気がすると
唸り続けるしかできなかった。
この悠陽の訪問はいろんな騒動の始まりに過ぎず、時間が有れば気軽に現れる悠陽に横浜基地は賑やかな時が増える事に
なったが、この事で基地内の人間は日本や悠陽に対して好感度が上がっていくことになった。
それがこの先に起きる事件の時に大きな力となるが、今はまだ誰も知らない……。

「なあ、白銀……そろそろ出てこいよ」
「班長っ、オレは今日ここにはいませんっ」
「だけどそろそろ出た方がいいんじゃねぇか?」
「だから白銀武はここにいないんですっ」
「そっか、霞ちゃんと二人っきりがいいんだな?」
「ちょ、まっ、違うっ……」
「……班長、お気遣い感謝します」
「なぁに、いいってことよ」
「班長っ!?」

思わずコクピットのハッチを開放してしまった武の目に飛び込んできたのは、怖いぐらい幸せそうな微笑みを浮かべた
悠陽だった。

「ゆ、悠陽?」
「探しましたわ、武様……そんなに恥ずかしがらなくても宜しいのに……」
「……お待ちしていました、悠陽殿下」
「まあ霞さん、武様の膝の上なんて羨ましいですわ」
「……交代しますか?」
「宜しいのですか、それでは……」
「よろしくねーっ!!」

にやにやする整備班長と整備員、やれやれと肩をすくめる夕呼と苦笑いのピアティフたちの見守る中、膝の上にちゃっかり
座った悠陽と押し問答を繰り返す武だった。
その横でみんなに向かって密かにピースサインをする霞に、みんなから拍手喝采を受けてかなり満足のようだったらしい。
段々と自分が誰の手のひらで踊らされているのか実感し始めた武だったが、そんなのは今更でもうどうにもならない事に
またしても涙雨が止まらなくなった。
合法的に男の浪漫を実践することを回避出来なくなった武に、間違っても同情なんてする人は現れなかったと言う……。






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