「白銀、今日は良い事教えに来て上げたわ〜」
「……その前にまりもちゃんに何言ったんですか教えてください」
「べっつにぃ〜、ただ気になるニュースを教えて上げただけよ」
「それでどうしてオレが責められなければならないんですかっ?」
「だってぇ〜、何しろもう白銀の女たらしが合法的になっちゃうからねぇ〜」
「はい?」
「だからそのニュースの内容がねぇ、聞いてないの?」
「夕呼先生、オレは今どこにいて何をしているか忘れてません?」
「日がな一日寝てるだけでしょ、ニュースぐらい聞きなさいよ」
「ラジオもテレビも無いこの部屋で聞きたくても聞けないし、ろくに動けないのにどうしろと?」
「そう言えばそうね、トイレにも行けないんだったわねぇ……誰が世話したのかしら〜」
「そ、そんなのはどうでも良いですっ」
「まあそれはさておき、ニュースの事聞きたい?」
「すげー聞きたくないけど、これ以上何も知らないで一方的に責められるのは納得出来ないです」
「じゃあ教えて上げる……悠陽殿下が正式に発表した事なんだけど……」
「マジかーっ!?」
「マジよ、しかもアンタの立場も明確化されちゃったのは予想外だったけど、まあここは英雄になって貰いましょう」
「ゆ、悠陽ーっ!!」





マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 25 −2000.6 巷に雨の降るごとく−







2000年6月1日 12:30 横浜基地

「ふぅ……」

漸く体の調子が良くなって医師から出歩ける許可が下りた武は、一人基地裏手にある丘に来て昼間っから黄昏れていた。
理由はもちろん先日日本から世界に向けて、悠陽自ら発表した国民的大ニュースなのである。

「はうあうあ〜」

とにかく口を開けても武は言葉にならない、いくらなんでもそんなのが国会で可決されるとは思いもしていなかった。
なのに今まで何の主権も言い出さなかった政威大将軍殿下である悠陽が、強い意志を持ってこの法案を提案したのが戦争に
負けて以来お飾り状態に近かった状態を脱却する事と勘違いした閣僚の誤解があった事も更に予想外だった。

「オレ……なにやってんだろうなぁ……別にハーレム作りたいなんて思わなかったぞ……はぁ〜」

確かにみんなが死んでしまってこのままじゃ嫌だなと心のどこかで思ってはいたけど、いくらなんでもこれは極端すぎる
だろうと武は呆れるしかなかった。
しかも、今はBETAとの戦争で世界中の人口が激減しているので、日本国民もそれもやむ無しと言った感じで文句を言う人も
なく改正された法律は本日正式に施行された。
そう……ここに長く日本の法律で決められていた一夫一妻制は、あっさりと一夫多妻制にへと変更されたのであった。
余談として横浜基地内で行われていたヴァルキリーズ恋愛争奪戦は無効となり、ここだけはブーイングが大発生していて
美女美少女を射止めたと決めつけられた武や正樹や孝之は、賭けていた者達からの嫉妬の嵐に乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

「悠陽の奴、しかもオレの名前を出しちゃいやがって……どうすんだよぉ〜」

これは閣僚も寝耳に水でその新しい法案を発表した時、悠陽が白銀武の名前を自分の伴侶として宣言してしまった事だった。
ついでに誰かの入れ知恵なのか、斯衛軍とヴァルキリーズで使用している機体の新型OS【XM3】の発案者として、横浜ハイヴ
攻略戦での活躍も織り込まれて紹介されたが、顔だけは伏せられていた事が武に取っては幸運だった。
お陰で世界各国から問い合わせが殺到して日本中は大騒ぎだったが、BETA大戦以来の明るい話題で日本のあちこちではお祭り
騒ぎで賑やかになった事だけは良い事なのかもしれない。

「ヴァルキリーズのみんなはいつも通りでいいけど、まりもちゃんにはジト目で睨まれるし月詠さんなんて武『様』だぞ……
ちょっと懐かしい気もしたけどさぁ……とほほ〜」

だがもう何を言っても引き返せないし戻せない現実から、武は一人ここで黄昏れて現実逃避していたのである。
しかしそれにも飽きて寝転がると、ぼーっと空を見上げて考えるのを止める。

「考えるだけ無駄だよなぁ……これも良い方に向かっていると思うしかないよな、うん……」

今の状況はどうあれ男に取って悪い話しじゃないし、それはそれで受け止めるしかないと悟りにも似た気持ちになる武だった。
そう思わないとBETAより前に何かに負けそうな気がして、武は無理矢理納得しようと思い始めていた。

「こちらでしたか、武様……」
「つ、月詠さん?」
「武様、私の事はどうぞ呼び捨てに」
「はぁ……」

すでにこれなのである、月詠に取って最早悠陽や冥夜と同じく、武は自分が仕える者として認識が改まっているのである。
これも仕方がないんだよなと思いつつ、ふと疑問に思った事を月詠に聞いてみる。

「あのさ、どうしてここにいるって解ったの?」
「はい、武様が行くとしたらここだと、社少尉が教えてくれました」
「霞が……で、何か用事?」
「そんなお戯れを……すでに武様のお体はお一人の者ではありません」
「つまり警護って事か……」
「はい、今朝の発表の前に悠陽殿下から直接お言葉を頂いています」
「オレは大丈夫だよ、それに月詠さんの仕事は訓練校にいる冥夜の警護じゃないのか?」
「やはりご存じでしたか……」
「あ、うん、実は悠陽から聞いてたんだっ」
「ですが武様は悠陽殿下の隣に立つお方……つまり将来この日本を背負って導いていくお方です。もちろん冥夜様の事もお守り
する事も忘れてはおりません」
「オレが日本をどうとかはともかく、それって大変じゃない?」
「勿体ないお心遣いです、ですがそれぐらい出来なくてなんの斯衛軍でしょうか。悠陽殿下の勅命を頂いたこの身を挺して
お二人をお守りする所存です」
「そこまでしなくても……と、とにかくオレはいいから冥夜だけ頼むよ」
「ですがっ」
「お願いします、この通りっ」
「武様……」

ぱんと両手を合わせて頭を下げながら自分を拝む武に、月詠は困った表情を浮かべて困惑する。
ややあってあ月詠は小さく肯くと、納得しかねる意志を押さえつつ、これも武の命令だと勝手に解釈する事にした。

「解りました、武様がそうまで仰るのなら、主の命としてそういたします」
「あ、主って月詠さんっ!?」
「ですから武様もどうか私の事は月詠と呼び捨てになさってください」
「い、いや、月詠さんは月詠さんだし、今更呼び捨てだなんて……」
「こればかりは譲れません、主が家臣を敬称を付けて呼ぶなどと、他の者に示しがつきません」
「そう言われてもなぁ……オレは国連軍の一兵士だし、月詠さんは斯衛軍で家臣じゃないし……」
「武様、すべては悠陽殿下からお聞きしました」
「え、悠陽から何をっ!?」
「はい、幼き頃から伴侶となる約束を交わした仲だと……そうとは知らず無礼の数々、お許しください」
「ほっ、そんなことかぁ……」
「は?」
「な、なんでもないっ、とにかくオレとしては今まで通りにして欲しいんだ」
「武様……」
「じゃないとこれからずっと『真那ちゃん』って呼んじゃうぞ、それでもいいのかな〜?」
「そ、そそそそれはっ!?」

今まで呼ばれた事のない自分の呼び方に、月詠は顔を真っ赤にして慌てしまい、どう応えていいのか解らなかった。
それを見ながら武は内心悠陽がまた禄でもない事を月詠に吹き込んだ事を嘆いていた。
自分の意志とは無関係に恋愛原子核な武の魅力は、影で暗躍する者達を援護するように遺憾なく力を発動していた。

「……解りました、武様がお望みなら致し方在りません。ですが、今後も武様と呼ばせて頂く事をお許しください」
「う、うん、無理矢理押しつけるみたいで悪いけど、そう言うことなら月詠さんの意見も無視出来ないしそれぐらいは……」
「あ、あの……でも、二人きりの時ならば真那ちゃんでも……」
「えっ?」
「あ、い、いえ、今のはお忘れくださいっ」
「月詠さん?」
「それではわ、私は冥夜様の警護に戻りますので、し、失礼しますっ」
「……がんばって、真那ちゃ〜ん」
「☆△○×っ!?」

落ち着き無くそう言って走り出す月詠の背中に向かって、武は少し意地悪っぽく笑いながら声を掛ける。
そう呼ばれた月詠はその場で固まり、振り返った顔は身につけている服よりも更に赤くでも嬉しそうで、その後ぎくしゃく
しながら歩いていく後ろ姿に自分で言って照れてしまった武が残された。
後にこの呼び方をついうっかりまりもの前で口にしてしまい二人の間で女の争いに発展するのだが、そんな未来を予測出来る
力は武にはない。

「とにかくっ、一度悠陽に文句を言っておかないとな……」

さっきまでの黄昏れていた雰囲気は無くなり、武はずんずんと力強く歩いて基地に戻ると真っ直ぐ霞の所に行く事にした。
もちろん直接会いに行くなんて自分の首を絞める事はしないで、情けないが霞に頼み込んで秘匿回線の通信ラインを確保して
貰い話す事が出来たが、柳に風かぬかに釘と言った感じでのらりくらりと悠陽に外されて、すでに尻に敷かれている会話の
様子を聞いていた紅蓮の笑い声が、モニターの向こうから聞こえてきた時に武は無駄だったと項垂れていた。
その横で黙って聞いていた霞が武の頭をなでなでと慰めるとそのままみっともなく縋り付いて落ち込むのだが、それを見ていた
悠陽がちょっとだけ嫉妬をして頬を膨らませたのを、霞だけはそれを見て微笑んでいた。
その頃、冥夜の警護に戻った月詠の奇々怪々な行動と表情に、三バカたちは恐怖の為か顔が引きつっていた。

「……ふぅ」
「「「…………」」」
「あ……うん……」
「「「…………」」」
「もう……やんっ……」
「「「…………」」」
「きゃっ」
「「「…………っ!?」」」
「武様……はぁ……」
「「「(ま、真那様が壊れたっ!?)」」」

いつもの凛とした立ち居振る舞いはどこへやら、頬を赤く染めて時折ため息やいやいやと顔を横に振ってぼーっとするなど、今の
月詠は夢見る乙女……後日、瞳の中に星が見えたと三バカたちは語るが今はがくがくと震えるしか出来なかった。
しかしそんな状態でもしっかりと冥夜の警護をこなしている所が、月詠の凄い所だったりするが誰もそこに気づいてはくれない。

「月詠……何があったのだろう……」

訓練の合間に月詠が警護している事を知っている冥夜は、その様子を見かけて病気じゃないかと本気で心配していた。
まだまだ恋を知らない冥夜にとって、それを自分自身で知るのはもう少し先の話しだった。
そして悠陽との話しが終わった武が何をしていたのかと言うと、教官の仕事が終わったまりもを呼び出して話しをしていたが、
堅くなったまりもの態度にもう泣きそうだった。

「おめでとうございます、白銀少佐」
「ま、まりもちゃんっ、いつもみたいに呼び捨てで良いからっ」
「そんなこと出来ません、白銀少佐」
「まりもちゃ〜んっ!!」

そして必死にまりもに嘆願し続けて元のように戻ったのは、日付が変わる真夜中だった。
日本で六月と言えば梅雨の時期なのに外は快晴で、その代わりに武の心にはなんだか解らない涙雨が降り続けるのだった。






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