「……武さん、嬉しそうですね」
「霞まで夕呼先生みたいな事、言わないでくれよ〜」
「……目的は順調に進んでいるみたいですね」
「だ、だから霞〜」
「……悠陽殿下、神宮司軍曹、月詠中尉、ピアティフ中尉、香月博士まで順調ですね……」
「うぐっ」
「……それで一番は誰ですか?」
「か、霞っ!?」
「……わたしですか?」
「そうじゃなくって、オレの目的を知ってるくせに〜」
「……はい、ハーレム作りでしたね」
「ち〜が〜う〜っ」
「……英雄色を好むって本当なんですね」
「そんな言葉をどこで知ったんだっ!?」
「……ネットって便利です」
「…………」
「……あと、純夏さんから伝言です」
「なんだって?」
「……『ドリルミルキィパンチっ』です(ぽすっ)」
「……霞、顔真っ赤だぞ?」
「……見ないでください(ぽすっ)」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 24 −2000.5 閑話 五月−







2000年5月25日 13:00 横浜基地 衛士訓練学校

この春から正式にここ横浜基地に移設された衛士訓練学校では、今日も次の世代を担う訓練兵が汗水を流していた。
武のお見舞い以外では鬼軍曹の名のままに訓練兵を扱いているまりもだが、今日はなにやらご機嫌が良いらしいと時折笑顔が
浮かんでいるのを第207衛士訓練部隊所属の訓練兵たちは気が付いていた。
もっとも、基地の噂に加えてまりもにもやっと春が来たとPXの京塚曹長が嬉しそうに話しているのも聞いている。
だがここでちゃかすうっかり者はいない、その先にあるのは地獄の特訓メニューだと知っているからである。

「集合っ」

まりもの声に訓練兵たちが注目する、午後の抗議が始まる時間なのだが、始める様子がないのをおかしいなとみんなが思う。

「さて、本来ならいつも通り抗議なのだが、今日は特別授業を行う。まずはこの映像を見て貰おう、質問等は見終わった後に
受け付ける」

部屋に暗幕を引き電気を消すと映像をスタートさせて、まりもは壁際による。
そこに映し出されたのは、一応一般の目には触れない事になっている、武VS斯衛軍+ヴァルキリーズの戦闘記録だった。
一機の黒い武御雷が見た事もない戦闘機動と圧倒的な強さを見せて次々と斯衛軍を倒していく様子から、これがただの演習では
ないと見ている者は同様に感じていた。
元々短い上に最後に武がやられる前に映像は止まってしまい、部屋の電気を付けるとまりもは教壇に立ってみんなを見る。

「これは先日行われた斯衛軍とヴァルキリーズとの演習だったのだが、何故貴様達にこれを見せたのかと言うのは、この先あの
黒い武御雷を操縦していた者を倒す事を目標にするためだ」
「神宮司教官っ」
「なんだ榊?」
「あの武御雷を操縦していたのは、どう言う人なんですか?」
「今すぐには正体を明かせないが公式の記録によると、当時ここが横浜ハイヴだった頃の作戦でヴァルキリーズで支えていた
戦線をたった一人で押し返して5分間持ちこたえた程の実力者だ」
「そ、そんな事が……」
「しかもその頃より更に強くなっている証が、今の演習における戦闘の様子から解るだろう」
「神宮司教官、先ほどの戦闘ですがあれはすべて実弾なのでしょうか、だとしたらこれは演習とは違うのではありませんか?」
「御剣、普通ならそう思うだろう、だがこれは紛れもなく演習だったのだ」
「しかしそんな危険な……」
「だがその危険を冒してもやらなければならないと、あの武御雷を操縦していた衛士は自らそれを実行したのだ。もっとも、
斯衛軍の紅蓮大将は事前に知っていたので、大きな問題にはならなかったがな……まったく、あいつときたら……」
「神宮司教官?」
「ああ、まあこれで我々の問題点も理解出来て、それを見直してより良い方向に意識も高める事が出来たことが、あの馬鹿の
お陰……んんっ、その者が望んだ事だそうだ」
「教官、でもこんなに強かったら斯衛軍もヴァルキリーズも完敗したのでは……」
「涼宮、この映像にはなかったが最後に撃破したのはヴァルキリーズで、管制を担当していたのはお前の姉だぞ」
「ええっ!? お姉ちゃんがあれをっ!?」
「まあ作戦立案は囮役を買った伊隅大尉だが、涼宮中尉の撹乱と戦域管制で誘い込んで最後は精密射撃で撃破したそうだ」
「あ、あのー、速瀬中尉はどうだったんでしょうか?」
「今度本人に聞いてみるがいい、恐らく教えてはくれんだろうがな……」
「ま、まさか水月先輩が……」
「いずれお前達がここを卒業すればきちんと会える機会があるだろう、それまでに精進することだ」
『はいっ』

皆驚愕の表情で聞いていた話を頭の中で整理する一方で、あのぐらい戦術機を乗りこなせればBETAに勝てると信じられて、
目指す目標として武がした事がここでも一役買っていた。
そんな真剣な空気の中、のほほんとマイペースな一人の訓練兵が妙に笑顔でまりもを呼んだ。

「教官」
「なんだ柏木?」
「その〜、あの武御雷を撃破したのは解りましたが、操縦していた人はどうなったんですか?」
「……幸か不幸か現在入院中だ、もうあいつったら……」
「教官〜、あいつって言い方聞くとかなり親しい人に聞こえるんですが、もしかして基地内で噂になっている人の事ですか〜?」
「んなっ!?」
「わー、神宮司教官の顔、真っ赤だ……」
「珠瀬っ!」
「気になる人?」
「彩峰っ!」
「そっか、神宮司教官の好きな人なんだー」
「鎧衣っ!」
「はぁ〜いいな〜、わたしも恋したいなぁ〜」
「築地っ!」

みんなから言われるたびに赤くなるまりもが自爆している様子を、教室の外で笑いをこらえて聞いていた夕呼はついドアを
ばんばん叩いてしまった。
それに気が付いたまりもは誤魔化すように扉に近づくと、少し乱暴に開け放った。

「ゆ……香月博士、何か御用でしょうか?」
「まりも、顔真っ赤だけどどうしたの〜?」
「うっ、何でもありませんっ。ところでご用件はなんでしょうか?」
「そうそう、まりものお陰でお腹が痛くなって忘れそうになっちゃったけど、用事があって来たのよねぇ〜」
「ぐぐっ」
「はい、それじゃ初めてだし、自己紹介しておきましょうか。あたしは香月夕呼、一応副司令なんてのもやってるけど
敬礼なんてかたっくるしい事はしなくていいからね〜」
「ちょっと香月博士、それじゃ示しが付かないっていつも言って……」
「使い分けるなんてまりもって本当に律儀ねぇ〜、その割には誰かさんを呼び捨てにしてなかったかしら?」
「あ、あれはっ……」
「階級で言えば上官なのに呼び捨てはいいのかしら〜、それにこの間だって……」
「ゆ、夕呼っ!?」
「さて、まりもをからかうのは楽しいけどこの辺にして、本題にはいるわ」
「も、もう〜っ」

からかうだけからかってあっさりスルーした夕呼は、まりもの睨みも気にせず話を続ける姿に訓練兵たちは呆気にとられる。
だが、夕呼の口からこぼれた言葉に、更に驚いた表情を浮かべる事になる。

「なぜこの極秘な映像を見せたのか……本当の理由を教えて上げましょう。それはあなたたちがヴァルキリーズに配属が決定
しているからよ」
『ええっ!?』
「香月博士っ!?」
「まりも、あんたもこの娘たちと一緒に配属が決まっているから、きっちり鍛え上げなさいよ」
「それも初耳なんだけど?」
「今言ったじゃない、何か問題でも?」
「もう、性格悪いわね……」
「それともう一つ、夏を過ぎた辺りに新人を編入させるから、仲良くしてよね」

用事を全て終え、夕呼は改めて室内にいるメンバーを見回しながらニヤリと笑う。
そしてその笑いを横で見ていたまりもは、学生時代からの経験で何かに気づき怪訝そうに見ながら話しかける。

「ちょっと香月博士、その笑いはどういう意味ですか?」
「んー、知りたいのまりも?」
「聞かない方が良かったと後悔する気がしなくもないけど……」
「しょうがないわね、教えて上げるからそれじゃ耳貸して……」
「な、なによ……え……ええーっ!?」
「驚く事無いでしょう、あの娘たち見て解らないの?」
「だ、だけどそんな話し聞いてないわよっ」
「じゃあ本人に聞いてみればいいでしょ〜」
「くっ……」

自分たちの事で何かを話しているのはこちらの様子を伺いながらなので解っている訓練兵たちなのだが、さすがに副司令相手に
突っ込んだ質問をして良いのか解らずただ見ているだけだった。

「あ、あの神宮司教官……」
「お前達、急用が出来たので今日は自主訓練にする。榊、部隊の指揮は貴様に任せる」
「は、はい」

千鶴の質問にそう言ってまりもは教室を出て行くと駆け足で走り去っていく、もちろん行き先は意中の男性である。
呆然とをそれを見送っていた訓練兵たちに、楽しそうに口元を歪めると夕呼はまりもの代わりに教壇に立つ。

「榊だったわね、ごらんの通りまりもは用事が出来ちゃったみたいだから言われた通りがんばりなさい」
「はっ」
「それともう一つ、知っての通りヴァルキリーズは広報任務も行っているから、美容と健康にも気を使いなさい」
「は、はい……」
「訓練も大事だけど珠のお肌をせっせと磨いて、綺麗になりなさいよ。みんな、ヴァルキリーズの名に恥じないようにね」
『はいっ』

それを最後に夕呼は教室を後にするが、去り際に小さな声で呟いたのを聞いたのは誰もない。

「この中の何人が白銀の女になるのかしらねぇ……楽しみだわ」






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