「白銀〜、殿下にいたれりつくせりされて、良い身分じゃない〜」
「あの夕呼先生、わざわざそんな嫌味を言いに来たんですか?」
「それ程暇じゃないわ、ちょっと真面目な話しをしにきたのよ。鑑の事よ……」
「純夏に何かあったんですか?」
「何もないわよ、相変わらず元気……のように見えないけど、元気よ。これからのことなんだけど、鑑を元の姿に
戻せる目処が立ったわ」
「本当ですかっ!?」
「体の再生は時間を掛けて慎重に調整したから、リハビリは必要だけど人として問題ないわ」
「…………」
「どうしたの白銀、変な顔して?」
「先生、かなり無理したんじゃないですか? 元の世界でもそこまでするのは、先生の専門外だと思うんですけど……」
「ネタばらしすると、あたしの姉がその手の道で一角の人物なのよ、それで手助けしてくれたのよ」
「そうですか……とにかく、ありがとうございました」
「いいのよ、『前』の時はあれだったからね……『今』鑑を00ユニットにする必要もないし」
「これでオレたちはいいけど、それに関してオルタネイティブ派の人たちはどうやって納得させたんですか?」
「ああ、一応今後の事もあるから、少しいじったハイヴの全データを見せて上げたわ」
「つまり、リーディングしなくても情報は手に入れられる事を証明したという事ですか?」
「そう、そして来年に本当のデータを見せればいいし、でも問題は反対派の奴らがその辺を探りに来るかもね」
「……邪魔はさせませんよ、オレだって手を汚す覚悟は出来てます」
「ふぅ……手を取り合える事も出来るのに、人間って愚か者ばっかりなのかしらね……」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 23 −2000.5 交渉−







2000年5月20日 10:00 横浜基地

なんとか上半身ぐらい起こせるようになった武の所に、やっとヴァルキリーズの仲間がお見舞いにやってきた。
日々の様子は霞から来ているので、ちょうどまりもと月詠がいない時間を休憩にして、余計なとばっちりを受けないように
配慮するのは当然だった。

「どうだ、白銀?」
「みちる大尉、演習の時はすみませんでした」
「正直驚いたが白銀の事だから何かあると思っていたぞ、だけどかなり込み入った芝居だったから神宮司軍曹や月詠中尉は
騙されてしまっていたがな」
「しっかり報復はされましたよ……女性は怒らせると怖いですねぇ」
「これからは不用意に怒らせない事だ、もっとも奮起しているのもヴァルキリーズに何人かいるから、早く元気になって相手を
してやれ」
「その筆頭が速瀬中尉ですか?」

その言葉に待ってましたと、ぎらりとした瞳で笑いながら水月が前に出てくる。

「そうよ白銀、シミュレーターじゃ物足りないし、やっぱり生じゃないとねぇ〜」
「あはは、そう言われてももう出来ませんよ」
「だめだめ、あっさり終わったなんて我慢出来ないの、満足するまで相手をしてもらうわ」
「良かったな白銀、中尉は生が良いそうだ」
「まあ、満足するまでなんて速瀬中尉……積極的ですね」
「へっ?」

美冴と梼子の突っ込みに訳が解った数人が顔を赤くしていたが、一瞬呆けてからその意味を理解した水月は真っ赤になって
ギロリと睨む。

「む〜な〜か〜た〜、ちょっと話しがあるから顔貸せっ」
「遠慮します、中尉の相手は白銀ですよ、間違わないでください」
「今はあんたよっ……ってこら待てっ、止まれっ」
「相変わらずだなぁ」
「もう水月ってば少しは考えて話さないから誤解されちゃうのよ」

逃げる美冴の後を水月が追い、その後を梼子が小さくため息して後に続き、遙の呟きを最後に騒がしい空気が静かになった。
変わって女性陣の後ろにいた正樹と孝之が話しかけてくる。

「まったく、無茶しやがって……」
「すみません、暫くブレイズ隊の方は正樹さんにお任せします」
「ああ、それはいいが元気になったら一発殴らせろよ」
「えっ?」
「ちょ、ちょっと正樹っ」
「一歩間違えば囮になっていたみちるを撃たせようとしたお返しだ、避けるなよ?」
「……了解です」

正樹の言い分はもっともだと思い、武は殴られる事に抵抗はなかった。
たぶん、みちるが立てた作戦がかなりきわどい物で、それ以外に自分を倒せなかったのだろうと正樹の言葉から理解した。
そこに真剣な表情で自分を睨む孝之の視線に、武は話しかける。

「孝之さん、何か言いたそうですね」
「白銀……少佐はどうしてこんな事を自らやったのですか?」
「オレがBETAだったら、全滅していたかもしれない。現状の訓練で満足しているような心に活を入れただけだよ」
「それならあんな手の込んだ事までしなくても良かったはずですっ」
「孝之さん、オレ達の相手はBETAだけじゃ無いって事です。それを知って置いて欲しかったんですよ」
「どういう意味ですか?」
「夕呼先生が言ってたんだけど、このままじゃ人類はあと十年で滅亡するって……なのに、人類はまだ意思統一が出来ない。
つまり外と中の敵から自滅への道を進んでいるんだ」
「…………」
「この先、オレたちと主義を反する人たちが現れた時、動揺なんてしている暇はない。今日の友が明日の敵になった時……
相手に向かって手にした銃の引き金を引けるかどうかだよ」
「そ、それは……」

武の話しに誰も口を挟まず、むしろのこれが武の本音の一部分を語っていると思っていたから話しを聞いていた。

「オレは人類全てを救えるなんて自惚れちゃいないんだ、ただ大事な人たちと明日を迎える為なら例え相手が親友でも
躊躇しない」
「どうしてそこまで言い切れるんですかっ!?」
「それは言えないなぁ……もし話せるとしたら、それは全てが終わった時かな」

その時、確かに武の顔は笑っていたのだが、ヴァルキリーズの仲間はそれが笑顔に見えなかったとこの先ずっと思っていた。
まるで泣いている子供のような泣き顔だったと、これが仲間達に武が見せた初めての悲しみだったのかもしれない。
絶望を味わい泣きさけんだあの辛く悲しい思いを、今の仲間達に知って欲しくないと思う武の手が自然と握り拳を作っていた。
そこではっとした武は、軽い口調で重たくなった室内の空気を軽くしようと軽口を叩く。

「でもまあどうしても知りたいのなら、シミュレーターのオレを倒してからな?」
「……解りました、勝ったら聞かせて貰いますっ」
「な、鳴海くんっ……」
「怒らせちまったかなぁ……」

ずかずかと出て行く孝之の後を一礼して追い掛けていく遙を見送りながら、武は困った表情でため息をついた。
見かけは年下だけど中身は誰よりも大人な武の話し方のちぐはぐさに、事実を知らないみちるは思い切って聞いてみる。

「白銀、お前は年いくつだ?」
「そうですねぇ……みちる大尉よりかなり下なのは確かですよ」
「そうか、そんなに戦いたいのなら、今すぐでも相手をして貰うぞ?」
「白銀、女は怒らせないって理解したんじゃなかったのか?」
「そうでした、ついうっかり……」
「みちるだって神宮司軍曹や月詠中尉に負けていないぞ?」
「……正樹、ちょっと来なさい」
「うへっ、やぶへぶだ〜」
「み、みちるちゃん、正樹ちゃんを連れて行かないでよー」
「ああもうっ、とにかくお大事にしてください、それでは……ちょっとみちるねえさんっ」

どたばたとみんないなくなり、一人取り残された武は疲れたのか体をベッドに横たえて力を抜いた。
痛み止めの所為で話している間もほんの少しだけ意識がはっきりしない所もあったが、それでも言いたい事は言えたと
思っていた。
未来を知っている事は良い事ばかりじゃないと、また同じ事を体験しない為にも武の意志は深い所にあり、以前のように
揺らぎもない。
やがて薬の所為もあって、意識が途切れ途切れになり武は眠りに落ちていった。
その頃、夕呼は今後の事を上手く運ぶ為に、自室で密談中だった。

「……つまりこういう事ですか、アラスカでサーモンを釣ってこいと?」
「鎧衣課長、理解が早くて助かるわ」
「殿下からも香月博士に協力は惜しまないと言われてますから構わないのですが、国連本部に知られたら不味い事に……」
「言うだけしか出来ないわよ、あいつらわね……問題は国連本部の在る場所が米国だってことよ」
「なるほど……」
「現に今、この基地に入り込んでいるのが何人かいるわ」
「そちらはいいのですか?」
「問題ないわ、何しろセキュリティに関してはちょっと仕掛けがしてあってねぇ〜」
「ほほう、それは是非知りたいですな〜」
「今は教えられないわ、サーモンと交換よ」
「ははっ、手厳しい……ですが、がんばって大物を釣ってきましょう」
「よろしく〜」

それで会話を終えると鎧衣は部屋から姿を消した……もちろんこの話は内緒話なので、横浜基地の入所記録には残っていない。
変わってモニターの電源を入れると、今度は公用回線で国連本部と連絡を取る。
ちょうどそこに出たのは、タマパパの珠瀬国連事務次官の姿が映し出されていた。

「これは香月博士、そちらから連絡とは珍しい」
「お忙しい中お呼び出ししてすいません、そこに珠瀬事務次官がいてくれて手間が省けましたわ」
「そうですか、では今回の用件を窺いましょう」
「F−22を一機、こちらに回して頂けませんか?」
「それはまた難しい要請ですな……」
「もちろんただでよこせなんて言うつもりはありませんわ、こちらをご覧ください」

そう言った夕呼はキーボードを叩いて、向こうのモニター画面に在るリストを表示させる。

「これは……」
「現在拘束中の米国諜報員の詳細なデータです、DNA鑑定もしてありますのでこれをペンタゴンに提出してください」
「事実なのですか?」
「ついでに国連軍として、横浜基地副司令として、オルタネイティヴ計画の責任者として、香月夕呼の名で正式に抗議しますので」
「香月博士……」
「ああ、ついでに伝えて頂けますか……こそこそしないで堂々と見に来なさい、覗きなんて趣味悪いわって」
「解りました、国連事務次官として正式に抗議の形で文書で米国に提出しておきます」
「ありがとうございます、それだけで充分ですわ。それでは……」

用件のみ伝えるとモニターの電源を落とすと、背もたれに体を預けて伸びをする。

「ん〜、これでやっと寝られるわねぇ……ふぁ〜……」

徹夜での作業続きで満足に寝られなかった夕呼は、大きな山を越えて力が抜けてしまい、そのまま瞼が閉じる。
目に見えない誰かの為より、気になる男の為に何かした方が充足感があるなぁと、眠りに落ちる直前に感じていた。
なんかこれじゃ恋するなんとかよねぇと、柄にもない事を思いつつ寝ている夕呼の寝顔は少し微笑んでいた。






Next Episode 24 −2000.5 閑話 五月−