「で、なんで昨日の今日で顔中引っ掻き傷なのよ?」
「あははは〜」
「…………」
「ふ〜ん、そこまでするなんて、相当霞は怒ってるのね」
「……わたしじゃありません、神宮司軍曹と月詠中尉です」
「あら、そうなの……まあいいわ。そうそう、鑑からの伝言頼まれていたんだっけ」
「純夏がなんて?」
「『やーいやーい、タケルちゃんのばーかばーか』だって」
「純夏のやつ……」
「それはあたしも同意見よ、しかも大バカよねって答えたら、鑑は超大バカだって言ってたわ」
「……はい、超大バカです」
「霞ぃ〜」
「ばーかばーか」
「……ばーかばーか」
「うおっ、二人してひでぇよ……」
「って、白銀をからかうのはこの辺で止めて霞、あたしたちは食事に行きましょう」
「……はい」
「夕呼先生、オレは?」
「ホントにバカねぇ……動けないでしょ、あんた」
「……バカです」
「ちょ、ちょっと待って、オレの朝メシはーっ!?」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 22 −2000.5 悲喜交々2−







2000年5月17日 09:00 横浜基地

衝撃の演習から現状に甘んじていた事を自覚したヴァルキリーズのメンバーは、ブリーフィングルームで今後の訓練に
ついて意見を出し合っていた。

「いいか、我々に取って最大の敵はBETAではない、自分自身だっ。先日の演習で白銀に馬鹿な行動をさせた原因の
一端が、己の不甲斐なさだという事を忘れるなっ」
『はいっ』
「それと白銀一機にいいようにやられたのを屈辱と思えっ、あんな無様な姿を二度と見せるなっ」
『はいっ』
「よし、それでは先日の演習でそれぞれ自分なりの意見があると思う、だから言いたい事ははっきり口にしろ」
「はい、伊隅大尉っ」
「速瀬か、確か貴様は瞬殺だったな……強襲前衛長の名が泣くぞっ」
「すいませんでしたっ、それで白銀の機体なんですが、何か特別な事がしてあったのですか?」
「そうだ、白銀の乗っていた武御雷はカスタムされた【XM3】が搭載されていた。社が組んだプログラムは戦術機の
限界性能を引き出す仕掛けがしてある……通称【FLASH MODE】と言うそうだ」
「やっぱり、いくら武御雷でもあの動きはおかしすぎると思ったんですよ」
「ただしこのプログラムはいくつか欠点もある、そのお陰でこちらが勝てたのだがな……」
「欠点と言うと?」
「涼宮、説明してやれ」
「はい、確かに水月の言う通り【FLASH MODE】は凄いんだけど、まず武御雷のスペックでも長時間稼働で機体が
保たない事が一つ、もう一つは衛士自身も同じように耐えられないという事よ。現に白銀少佐は内臓に多大なダメージを
負って一ヶ月はベッドの上で生活する事になったわ」
「うえっ、じゃあもしあたしが使ったとしても……」
「同じかそれ以上よ、水月の機体にも搭載してみる?」
「遠慮するわ、まだ死にたくない」
「残念だが速瀬、整備中の我々の全機体には社が改良した【FLASH MODE】が搭載されるはずだぞ」
「えーっ!?」
「安心しろ、白銀の様にならない為にも、運動性能は約10%程度で使用時間は3分間だ」

みちるの説明を聞いてほっとしている水月を、遙は思わず笑ってしまう。
その様子を横目に、美冴と梼子が話し始める。

「なるほど、それならば有効だしいざって時には頼りになるか……」
「でも美冴さん、それに頼りすぎるのも良くありませんわ」
「わたしも風間の意見に賛成だ、それは単なる気休め程度に考えた方がいい。本質的には我々の力を高めるしかない」
「そうですね、でも速瀬中尉の無謀っぷりも見てみたかったのですか……」
「む〜な〜か〜た〜、それじゃ機体が直ったら勝負して上げるわ」
「遠慮します、お肌に傷が付いたら大変ですので……」
「安心しろ二人とも、実機は無理だがシミュレーターの仮装敵機のデータは、白銀の武御雷が相手になっている。存分に
味わって己の未熟さを知る事だ。負けた奴は特別メニューの追加だ、精々がんばるんだな」
「速瀬中尉の所為ですよ」
「あ、きったなー、そこであたしに振るっ!?」
「……ふぅ、どっちもどっちですね、涼宮中尉」
「ふふっ、人事じゃありませんよ、風間少尉」
「無論私も同じだ、白銀に勝てたのは運が良かっただけだ。あそこで機体が限界にならなければ、同じように倒されていた
だろう」
「だよね〜、それにみちるちゃんの指示がなかったらボクも危なかったし」
「ええ、支援していても全く意味をなさないから、正直怖かったわ」
「なら二人も精進する事だな、理由はどうあれ無傷だった事を活かすんだ」

概ね女性陣はこれからどうするべきか決まっているようだが、孝之はともかく正樹は仏頂面のままで無言でいた。

「どうしたの正樹? 意見があるなら言ってみて」
「ああ、それじゃ言わせて貰うけど……みちる、今度あんな命令してみろ……ただじゃおかないからなっ」
「ま、正樹っ?」
「確かにみちるの意見は合理的で正しかったのだろう、だけどあんなのは俺は認めないぞ」
「でもあの時はあれしか無かったわ。正樹だった解っていたでしょう?」
「だけどなぁ、俺にお前が撃てるわけないだろう……公私混同って言われてもあんなのは嫌だぞ」
「正樹……」
「例えこの先同じ状況になっても、俺は二度とごめんだっ。難しくても他の方法を見つけてやる」
「あ、うん……ごめんなさい」
「いやすまん、これじゃ軍人失格だな……」
「そ、そんなことない……わ、私的にはう、嬉しい……」
「みちる……」
「正樹……」
「はい、そこまでっ」
「なによ、正樹ってすぐみちるねえさんにでれでれするんだからっ」
「あきらっ、まりかっ!?」
「だ、誰がでれでれしたんだよっ」
「「正樹(ちゃん)っ!」」
「ぐっ……」

シリアスな雰囲気はどこへやら、あっという間に恋のさや当てが始まってしまい、当事者以外は高みの見物と決め込む。
その影で残っていた孝之は自分へのとばっちりが来ないように、目立たず無言ですまそうと事にしていたのだが、
さりげなく孝之の隣に寄り添う遙を目ざとく見つけた水月が、反対側に立つと腕を絡めてくる。
同じく始まる新たなる女の戦いに、美冴と梼子は邪魔をしないようにブリーフィングルームをそっと抜け出す事に
成功していた。
その後訓練そっちのっけで恋の空騒ぎ状態のヴァルキリーズを見かけた夕呼は、これも武の影響なのねとあっさり認めて
笑っているだけだった。
そしてこの日の午後、武が目が覚めたと聞き、悠陽自らが改めてお見舞いに来訪した。

「武殿……」
「え、悠陽? いきなり来ちゃって平気なのか?」
「忍びだから気遣い無用です、それよりもお体は大丈夫なのですか?」
「あ、ああ、まあ一ヶ月はベッドに寝ている事になっちゃったよ、ははっ」
「……無理をさせましたね、その顔の怪我から解ります」
「これは違うから……それに元々こっちから通した話しだし……」
「ですが……」
「悠陽、もう終わった事だ」
「はい……」
「夕呼先生から聞いたんだけど、斯衛軍の方はどうかな?」
「皆、人が変わったように訓練に励んでいます、武殿のお陰で己の慢心に気が付いたと言っておりました」
「そっか、それなら今より強くなれますね、心も体も……」
「はい、全て武殿のお陰です。心より感謝をしますわ」
「だから良いって、それよりもこのままで済まないなぁ……」
「構いません、そもそも武殿のお見舞いののですし、無理して起きあがられても困ります」
「そっか」

本来ならば起きあがってでも礼ぐらいはするべきなのだが、体を動かすだけでも一苦労なので本音では助かっている武だった。
そして少し遅れて紅蓮が食事が乗ったトレイ片手に、医務室に入ってきた。

「紅蓮大将っ!?」
「元気そうでなによりだ、白銀少佐」
「は、はぁ、ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらだ、お陰で斯衛軍はまだまだ強くなる。殿下をお守りする事が疎かにならず済んだ」
「そうですね……」
「紅蓮、それは武殿の?」
「はい、食堂の京塚曹長から預かってきました」
「なるほど……あっ」
「悠陽?」

後に武は思った……どうしてこう言う時にオレの予感は当たるんだろうと……。
しかも悪い方にはほぼ的中だなんて、こんなのいやだーと叫んでみても始まらない。
それを紅蓮から受け取った悠陽は、凄く良い笑顔でレンゲを手に取ると、京塚曹長お手製のおかゆをすくって武に差し出した。

「さあ、武殿……」
「い、いいからっ、自分で食べるからっ」
「満足に手足も動かせない人の意見は聞きません、さあ武殿……ふーふー、あーんですわ」
「勘弁してくれよ、またこんな所見られたらどうなるか……」
「紅蓮」
「はっ」
「紅蓮大将っ!?」
「部屋の外でお待ちしています、御用がお済みになられたらお呼びください」
「紅蓮、くれぐれも邪魔が入らぬようにお願いします」
「はっ」

思わず止めようとした武だが、思うように動かない体に変わって目で訴えるが、ニカっと笑った紅蓮は親指を立てて
応援しながら出て行ってしまう。
恐れ多くも日本の一番偉い人からふーふーあーんして貰うなんて一生の記念物なのだが、武の背中に走るのはこれを
知られた時にどうなるか……ずたぼろな自分の未来を予想して恐怖の戦慄が駆け抜けた。
しかし、幸か不幸か紅蓮が入り口に立ちつくしたお陰で人目にさらされる事はなく、武は心底安堵していた。

「こうして武殿のお世話をしていると、病気の夫を気づかう妻みたいですわね」
「悠陽っ!?」
「さあ武殿……ふーふー、あーん」
「ゆ、許して……」
「どうぞわたくしの事は、お前と呼んでください」
「い、いや、それは……」
「あなた、どうぞ……ふーふー、あーん」
「悠陽っ」
「お前ですわ、あなた」
「はぁ……勘弁してくれよぉ……」






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