「あのー、もしもし、霞さん?」
「…………」
「無言で睨まれているのは、ちょっと辛いんですが……」
「…………」
「本当にごめんなさい、反省しています」
「…………」
「そ、その男にはやらなければならない時があってさ……だから……」
「…………」
「そうですか、関係有りませんね、はい……」
「…………」
「そ、そうだっ、霞のお願いをなんでも聞いちゃうからっ、な?」
「…………」
「生意気言ってすいません、ホントに怒っていらっしゃるんですね……」
「…………」
「ううっ、許してくれ霞〜」
「…………」
「ダメですか、そうですね、オレが悪いんですよね」
「…………」
「はうあうあ〜」







マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 21 −2000.5 悲喜交々−







2000年5月16日 07:00 横浜基地 医務室

自分の仕事をほっぽり出して徹夜で看病と言う名の付添をしたまりもと月詠に、洗いざらい吐かされた武は目の下に
黒々とクマを作ってベッドで悶絶していた。
何しろ誤魔化そうとすると、疲労と筋肉痛で自由のきかない体をマッサージと言って、きっつい整体を遠慮無くしてくるので
さすがに武も素直に話すしかなかった。
簡単に言ってしまえば自分と霞と悠陽、それに紅蓮以外は全員騙されただけなのだが、凄く嫌なやり方で怒りと悲しみを
同時に味合わせてくれた武に、まりもと月詠の純情可憐な乙女心は納得しないのである。
故に看病と称した尋問が一晩中なされたのも、仕方ないのかもしれない。
お陰で目が覚めたと知らせを受けて様子を見に来た斯衛軍もヴァルキリーズの仲間も、あまりの壮絶さに哀れみの表情で
医務室の入り口から覗くだけで入ってこようとしなかったのである。

「と、言う訳です。ご理解して貰えますでしょうか……」
「納得はしないけど解って上げるわ」
「同じく、気持ちだけは理解してやる」
「はぁ、良かった〜」
「「良いわけあるかっ!!」」
「うひぃ〜、お許しを〜」
「許せるわけ無いでしょう、白銀……」
「許されると思っているのか、白銀……」
「いえ……」
「はいはい、二人ともその辺にしときなさいよ」
「夕呼……」
「香月副司令……」

こちらは充分睡眠を取ったようで、かなり元気が回復しているらしい夕呼は、ちょっと意地悪そうな笑顔で部屋の中に
入ってきた。

「とりあえず二人とも、自分の仕事に戻りなさいと言いたいけど、今日は一日休み取ってあるから風呂でも入って寝なさい」
「だけど、これから教官の仕事が……」
「私も任務が……」
「まりもは命令よ、月詠中尉は悠陽殿下からの命令よ」
「「うっ……」」
「はい、理解して貰えて嬉しいわ。ならここは任せて行きなさい」
「解ったわ……」
「了解した……」
「大丈夫よ、白銀はあと一ヶ月は寝たままだから、逃げたり出来ないわ」
「そうよね……」
「そうだな……」

夕呼の言葉にまりもと月詠の目がぎらりと光ったのを見逃さなかった武は、わざとそんな事を言った夕呼を睨む。
つまり、ここで一休みして鋭気を養ってから、また来ればいいと言う夕呼の考えを理解していたのである。
そして何かを言う前に、二人はまた来るの言葉と共に、出て行ってしまった。

「ゆ、夕呼先生っ」
「なに白銀? そんなに二人に看病されるの嬉しいんだ? あらあら、焼けちゃうわねぇ〜」
「あんたって人は〜」
「ふーん、あたしに反論出来るとでも思っているんだ、へ〜」
「い、いえ、何でもありません……」
「そうよねぇ〜、でもまああたしは今回限り許して上げる。でも霞はこうはいかないわよ〜」
「あー……やっぱりダメですか?」
「マジに怖いわよ、この部屋にナイフ持って押しかけても不思議じゃないわ」
「マジっすかっ!?」
「あたしならやるわっ」
「断言しないでくださいよっ!」
「冗談よ、でも霞は怒りながら泣いてたんだから、それなりの覚悟を持ってなさいよ」
「解ってます……」

そこまで話して一端区切ると、夕呼は手にしていたファイルをめくりながら話し始める。

「でも、霞には悪いけど良いデータは取れたわ。良いと事悪い所とあるけど、どっちから聞きたい?」
「良い所の方をお願いします」
「【XM3】のカスタマイズに関して幅が広がったわ、あの【FLASH MODE】なんて、上手く活用すれば
生き延びる確率が跳ね上がるし……」
「限界までと言うより、少しだけスペックを上げる程度でも、全然変わってくるし将来的には全戦術機に使用可能でしょう」
「そうよ、あと本当に限界レベルで動いてくれたお陰で、武御雷の耐久限界を知る事が出来たと、これは斯衛軍の
整備員からの報告よ」
「なるほど、それは整備員に取っては良いデータになったでしょう」
「あと、斯衛軍とヴァルキリーズの訓練練度について指摘できたこと、これで甘えが出ていた事に気が付いたみたいで、
これからの訓練に身が入るそうよ」
「それが一番気にしていた事ですから、解って貰えて嬉しいです」
「白銀一機にしてやられるようじゃ、斯衛軍も形無しだしね……悠陽殿下も紅蓮大将も感謝していたわよ、もちろん斯衛軍の
連中もお礼を伝えておいてくれと言ってたわ」
「そうですか……」
「この先こんなBETAが現れたらどうするか、それを考えて理解出来た事があたしが知る今回の目的だったから、概ね達成
できたのは良い事ね」
「はい」
「で、悪い事はあんたが使った今回の【FLASH MODE】が、強力すぎるって事ね。機体、衛士共に負担が凄すぎるわ」
「強化服着てこれですからね、身を以て知りましたよ……」
「従来の戦術機には簡易式みたいなのでいけるけど、このオリジナルは戦術機その物を選んでしまうわ。霞が優秀なのは賞賛
するけど、ちょっとやりすぎたわね。もちろん衛士の訓練も別メニュー組まないと、今の白銀と同じようになるわ」
「諸刃の剣ですか……」
「今はダメって事よ、でもまだ時間はあるからあんた自身はなんとかしなさい。戦術機の方はこっちでなんとかしてみるから」
「了解です……」

問題は色々有ったが意識改革が今回の目的だったのでそれは良しとしたが、まだまだ自分の甘さも痛感していた武だった。
時間が有るとは思っている武だったが、それは待ってくれない事を理解して何とかしようと考えていた。
昨日からの徹夜と少し話して疲れたのかあくびが出た武は、まぶたが重くなってきた。

「ごめんなさい、疲れさせちゃったわね」
「いえ、自分の所為ですから……」
「そうね、同情しなくてもいいんだったわね」
「あははは……」
「でも、こんな無茶は今回だけよ、次は無しよ」
「はい……」
「おやすみ、白銀……」

すでに意識が無くなっていたのか、呟くような返事のあと武は眠ってしまった。
その寝顔を暫く見つめていた夕呼は、軽いため息をついて部屋から出て行き、その後確かめたように霞が現れた。
よく見ると霞の目は赤く充血していて、瞳も潤んでいる所を見ると、泣いていたのかもしれない。
足音を立てずにゆっくりと武が眠るベッドに近づくと、小さな手を伸ばしてその寝顔に触れる。

「すーすー……」
「…………っ」

静かに何も言わず頬を撫でていると、安心した表情になった霞はぽろぽろと涙をこぼす。
まさか武がここまでするとは思っていなかった霞は、自分のした事で自分自身を許せないでいた。
この辺は武も夕呼もヴァルキリーズも誤解していたのである、もちろん武に対して怒ってもいたけど、それ以上に自分の所為で
こんな事になってしまった事を悔やんでいたのである。
いくら武が望んだ事とはいえ、自分が組んだ【FLASH MODE】がここまで凄すぎるとは、戦術機に乗らない霞には想像が
出来なかった。

「……むにゃ……ごめんなぁ〜……かすみぃ〜……んがっ」
「……っ!?」

だけど武に名前を呼ばれただけで嬉しくなって、縋り付きたくなる自分がそこにいて、狡いと思いつつどうでもよくなってしまう。

「……本当に、怒っているんですから」

リーディングしなくても武が自分を大切に思っている事が伝わってくる、それだけで十分だと思った霞の顔は涙が止まって
ぎこちなく強張った笑顔を浮かべる。
そっとベッドに潜り込むとすぐに寝息をしてしまい、数日ぶりに武と添い寝する事が出来た霞だった。

「「白銀ーっ!!」」

翌日、意気揚々とやって来たまりもと月詠がその様子を目撃して、人目も気にせず大きな声で怒鳴った。
そして始まる尋問……拷問……いや、恐怖の看病がそこに存在していた。
だけどちょっと冷静に考えれば今の武が霞と男女の秘め事なんて出来るわけがないのだが、乙女の嫉妬には関係ない。
目の前にあるそれが全て、うっすらと微笑んで意中の男の腕枕で寝ている美少女、これだけで証拠は充分だった。
気力も体力もやる気も満々な二人の美女は、その手をゆっくりと伸ばして、寝ている武の体を掴んだ。
二度あることは三度ある……それが世の常である。
早朝の横浜基地に、起床の放送よりも早く武の悲鳴が響き渡るのであった。






Next Episode 22 −2000.5 悲喜交々2−