「霞、ちょっといいか?」
「……はい、なんですか?」
「夕呼先生に内緒で、して欲しい事があるんだ」
「……内緒ですか?」
「ああ、実はオレの機体の【XM3】を、こんな感じにして欲しいんだ」
「……武さん、これはどういう事ですか?」
「霞?」
「……嫌です、したくないです」
「頼む霞っ」
「……武さん、もっと自分を大事にしてください」
「解っている、だからこれは奥の手、必殺技みたいな物だからさ」
「……本当ですか?」
「約束する、それに普段はプロテクトを掛けてロックしておいていい。解除する時は
霞に頼むから……それじゃダメか?」
「……約束ですよ、嘘付いたら怒ります」
「ありがとう、霞」
「……そうやって笑うの、狡いです」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 17 −2000.5 斯衛軍VSイスミ・ヴァルキリーズ−







2000年5月5日 9:00 横浜基地

いつも通り訓練をしているヴァルキリーズと別れて、武は夕呼の所へ足を運んでいた。
なぜそうしていたかと言うと、斯衛軍から戻ってきて一ヶ月が過ぎてみんなと訓練を繰り返していて、気が付いた
事が有ったからである。
しかもかなり重要な事で、このまま気づかず訓練を進めるのは拙いと判断して、武は夕呼に相談しに来た。

「先生、ちょっといいですか?」
「なに、またお願いかしら、それとも愛の告白〜?」
「そんな事しませんから、話聞いてくださいよ」
「なによ、つまらないわねぇ〜」
「真面目に聞いてください」
「はいはい、それで?」
「ヴァルキリーズの事なんですが、ちょっと拙いかもしれません」
「どういう事?」
「慣れ過ぎちゃっています、【XM3】に関してはいいんですが、シミュレーションや実機演習でも相手の
手の内が読めちゃって、少しパターン化している動きが多くなっているのが拙いです」
「なるほど、新OSの慣熟はともかく、緊張感が薄れているのかもしれないわね」
「これじゃオレの世界にあったバルジャーノンってゲームと変わらないですよ」
「そうね、実戦じゃ同じシチュエーションは無いし、コンティニューなんて物も無い」
「言い方悪いんだけど、舐めきってますよ……しかもみちる大尉すら気が付いていない。そこで話なんですが……」

同じ相手で思考も行動パターンも慣れている分、不測の事態に対応する力が甘くなっているから、
そこを何とか直したいと武は自分の考えを伝えた。

「……ふーん、斯衛軍との演習ね、面白そうじゃない」
「月詠さんの動きからも解るんですが、向こうは軍人と言うより武人の意識も強いので、個人技に関しては
抜きん出ている者が多いんです。そして今のOSは【XM3】だから、その考えも良く動きに現れています」
「軍隊の基本は集団戦だものね、ますます面白そうだわ……それに良いデモンストレーションになるかもしれないし」
「……斯衛軍の強さを見せつけられれば、クーデターを起こそうとする人たちが動揺する可能性は
ありますね」
「で、白銀の理想としては、どっちが勝って欲しいの?」
「……現実的に言うのなら斯衛軍なんですが、引き分けの方が都合が良いかもしれないです」
「考えているじゃない、お互いが抗し力になれば見方も変わってくる可能性があるわね」
「それならばいいんですが……」
「でも、万が一の時はあなたはどうするの?」
「オレは……相手が人間でも倒しますよ……」
「白銀……」
「あんな事で、躓いてなんていられません」
「解ったわ、後は任せて……斯衛軍にはあたしが手配しておくわ」
「それじゃお願いします、ちょっと純夏の様子を見てきます」
「……白銀」
「はい?」
「アンタは少し気を抜きなさい、自分の事を解ってないのは、伊隅たちと同じだって事よ」
「気を付けますよ」

言われてから初めて気が付いたような武の表情を見た夕呼は、優先的に斯衛軍との交渉を初めて武が希望する事を
伝えると、椅子に深く腰掛けて自分も少し甘えすぎていたかもしれないと顔をしかめた。
何でも知っているからこその油断は、ヴァルキリーズだけじゃないと、自ら反省する夕呼だった。
その後、夕呼は昼食を終えるとブリーフィングルームに向かい、入り口で待っていたピアティフと共に
部屋の中に入り、ヴァルキリーズに決まった事を伝えに行った。

「みんないるならそのままでいいわよ。全員揃ってるわね?」
「はい副司令、急な任務ですか?」
「それを今から説明するわ伊隅、お願いピアティフ」
「はい……一週間後に斯衛軍との実機演習を行います、場所は横浜基地第一演習場になります」
「斯衛軍ですかっ!?」
「速瀬、嬉しい?」
「もちろんです、副司令……正直、みんなが相手では手の内を知り尽くしていますから」
「ふーん……じゃあ命令よ、ヴァルキリーズは全力で斯衛軍に勝ちなさい」
「サーイエッサーっ!」
「もし負けたらそうね……口じゃ言えない様な事でもしてもらうから、覚悟しておきなさい」
「え〜」
「ああっ、そうそう、斯衛軍の機体も【XM3】を搭載しているし、熟練度もかなりのものよ。油断していたから
なんて理由で負けたら承知しないから」
「みんな聞いたな、我々には負ける事は許されない。演習だからと言って気を抜いた奴は、特別メニューの追加だ」

みちるの言葉に肯くと、斯衛軍が相手と知ってヴァルキリーズのみんなは表情を引き締める。
これまでとは違う戦いになると予想は出来ているみたいだが、その程度の予想しかできないのなら武の意見が
間違っていないと夕呼は感じられた。
ならば少々、痛い目を見せるのはヴァルキリーズを束ねる自分の責務だと口元を歪めたが、それに気づく者は
この場にいなかった。

「あの副司令、白銀少佐は?」
「白銀は極秘任務で出かけているわ、それで間に合わないかもしれないので、演習時のブレイズ隊の指揮は前島が
執りなさい」
「了解です」

みちるの問い掛けにもあっさり作り話で誤魔化すと、ヴァルキリーズはさっそく作戦の立案に入っていった。
まだ時間もあるのだが、この辺は素早く行動出来るから、見落としやすいのかもしれない。
だけど夕呼も知らなかった、武がこれから何をするつもりなのか……もしそれがかなり無理だと知っている者が
ここにいたら止めていたかもしれない。
その後、武がいない状態でも訓練は行われて時間は過ぎていき、斯衛軍との演習の日となっていた。

「そろそろ来る頃ね」
「……はい」
「どうしたの霞、元気ないみたいだけど……あ、白銀がいないからかぁ〜」
「……いえ、でもそれでいいです」
「霞?」
「……なんでもありません」

演習場に用意された指揮所の外で、夕呼と霞は斯衛軍の到着を待ちながら話していたが、ここ数日元気がない霞を
夕呼は気づかっていた。
そしてここ数日の武の居場所を掴んでいない夕呼も、内心不安ではあったが顔には出さないようにしていた。

「白銀から連絡無いの?」
「……はい」
「おかしいわねぇ……なにやってんのよ、アイツは……」
「…………」
「……まあ、いいわ。その内、何でもないように帰ってくるでしょ」
「……そうですね」
「あ、来たわよ」

夕呼の言葉に顔を上げた霞は、斯衛軍のトレーラーが次々と演習場に現れて、綺麗に整列していく様子を見つめているが、
その目はどこか虚ろだった。
これから何が起きるか、この場で知っているのは、霞だけだったからである。
機体の準備にと整備兵が走り回る中、この基地に衛士訓練校が設立してから駐留している月詠が斯衛軍の出迎えに当たっていた。

「香月副司令」
「ようこそ横浜基地へ、歓迎しますわ」
「斯衛軍の紅蓮です、今日は胸を借りに来ました。噂のヴァルキリーズとの演習、殿下も楽しみにしています」
「殿下も来られるんですか?」
「はい、それと殿下ですが、白銀少佐が護衛をしているので、間もなく到着します」
「そう言う事でしたか、解りました」
「いろいろと気づかわせてしまいますが、ご容赦願います」
「所属は違いますが、人類を守る者達に興味を持つのは当然だと思います。良かったわね霞、白銀ってば殿下と一緒だった
ようよ……まったく、いちゃいちゃしてたってまりもに教えて上げなくっちゃね」
「……はい」

この時、夕呼は勘違いをしていた……武が悠陽に振り回されていて連絡が取れなかったんだろうと。
そんな風に思いながら、遠くの方に武御雷に護衛された車がやってくるのが見えてきた。
将軍専用の紫と白い武御雷、そして後方に武が乗っている黒い武御雷を確認して、夕呼は肩の力を抜いた。

「なによ、前もって連絡出来たでしょう……霞?」
「…………」
「どうしたのよ、白銀が来たわよ」
「……はい」
「今回は白銀が言い出した通り斯衛軍側だから、ヴァルキリーズには敵だしみんな驚くでしょうね」
「…………」
「霞、どうしたの、さっきから変よ?」
「……あっ」
「えっ?」

演習場に響く射撃音と爆発音、爆散して燃え上がる車、それを行ったのは武が乗っているはずの黒い武御雷だった。
あり得ない現実に、夕呼や月詠や紅蓮すら誰もが唖然として言葉を発する事が出来なかった。
ただ、霞だけが悲しそうな瞳で、黒い武御雷を見つめ続けていた。






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