「霞、聞いた〜、白銀の事?」
「……毎日、連絡は受けています」
「あら、そうなの……あたしにはまるっきり連絡してこないのに」
「……香月博士?」
「そうそう、白銀の事よね。あいつ、向こうでは悠陽殿下に手取り足取り腰取りと、
付きっきりで教習しているらしいわよ」
「……知っています、武さんが全部話してくれました」
「へー、あいつにしては珍しいわね」
「……次の閣議で法律が改正される事も、丁寧に説明してくれました」
「なによ、自分でもその気なんじゃない」
「……違います、誤解が誤解を生んで、もう引き返せないと泣きながら言ってました」
「そう……で、あんたはいいの、霞?」
「……わたしは泣く人を見たくありませんから……」
「霞……」
「……だから香月博士も、遠慮しないでください」
「か、霞っ!?」
「……武さん、守備範囲広いですから」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 15 −2000.4 サクラサク−







2000年 4月1日 13:00 横浜基地

「はぁ……」

斯衛軍の教習も終わり、逃げるように帰ってきた武は、基地ゲート前で咲き誇っている桜を見上げていた。
G弾の所為で草木も生えない土地になっているはずなのに、今年は桜が花が満開になっていた。
ゲートの兵士も驚いていたけど、武にとっては元の世界で毎年見ていた光景だったので、その表情は懐かしむ
ようになっていたが心はかなりぐったりしていた。

「あー、和むなぁ……オレ、疲れてんのかなぁ……へにゅう」

ただぼーっと桜を見ていると心が洗われていくようで、武は少しだけ安息の時間を手に入れ……た気がしていた。
ここ一ヶ月半ほどの時間は、思い出したくないし霞に誤解されないように毎日説明していたが、
それを本当に理解して貰えているか不安が拭えない。

「だ、大丈夫だよなオレ、何もやましい事はしてないし……うん、霞も待っているって言ってたし」

そう、霞なら武の事を解っているから問題は無いかもしれない。
だがそれ以外の人物はどうだろう、特に詳しい状況を知らず断片的な情報と、夕呼のいい加減な言葉に踊らされたら
信じる方が無理だと言った方が正しい。

「お帰りなさい、白銀」
「お疲れ様でした、白銀少佐」

その声に振り向こうとした武だが、そうしたら何か終わるような気がしてなかなか振り向けなかったが、
背中を突き刺す視線をヒシヒシと感じて諦め気分で振り向く事にした。

「た、ただいまもどりましたっ、神宮司軍曹、月詠中尉」
「「…………」」
「な、なにか?」
「ずいぶんとお楽しみだったようね、白銀……」
「いろいろと斯衛から聞いているぞ、白銀少佐……」
「は、ははっ、そうなんだ」
「「いろいろと」」
「ははは……」
「「うふふふ……」」

笑うしかなかった、だって二人とも笑っているんだしそれしかないよなと、だけど武は心で泣いていた。
だってその笑顔が怖いの何のって、正直漏らしちゃいそうだったのは、絶対に内緒だと誓う武だった。

「「(くいっ)」」

最早言葉すらなく、美女二人同時に顔で着いてこいと指示する辺りで逃げ出したい気分の武だったが、
ここでそんなことしたらもう霞や純夏に会えない気がしたのは間違いなかった。
ただ、問題なのはまりもも月詠も武の恋人ではないので単なる嫉妬による八つ当たりなのだが、これはこれで面白いと
基地の隊員は見て見ぬふりをするのが当たり前になっていた。
ゲートの兵士に敬礼されて武も肯いて返礼するが、両腕を拘束されて引きずられているからそれしかできなかった。
斯くして霞や夕呼やヴァルキリーズのみんなよりも先に、斯衛軍での生活を分単位で説明する事になった武が
寝られたのは、そろそろ起床時間を知らせる放送が入るほんのちょっと前だった。

「ふぁ〜、全然寝られなかったぞ〜」
「……おはよう、武さん」
「おはよう霞〜、昨日はすぐに会いに行けなくてごめんな……」
「……いいえ、毎日お話ししていましたから」
「そっか、ただいま霞ぃ……ん……ぐー」
「……お帰りなさい、それとお疲れ様でした」

そう言って寝息を立て始めた武に布団をかけ直すと、霞は小声でお休みなさいと言ってから、部屋から出てドアに
鍵を掛けた。
そしてドアノブには『睡眠中につき起こさないように』との霞お手製の札を下げて、武が安眠出来るようにして
自分の仕事に向かった。
この日、武は誰にも邪魔されず眠り続け、目が覚めた時にはとっくに日が暮れていた。

「ん〜、ふぁ〜」
「大きなあくびだね、ちゃんと睡眠を取るのも良い軍人なんだよ」
「事情を知って言ってるでしょ、おばちゃん」
「さあね、ほら鯖味噌定食大盛りお待ち、宇治茶はサービスだよ」
「いつもすまないねぇ〜」
「いいってことさ、しっかり食べなよ」

目が覚めて思い出したのは、昨日から飯を食べていないとお腹が教えてくれたので、武はPXまで夕食を食べに来ていた。
もりもりむしゃむしゃと一心不乱に食べる武は、自分を見ている周りの目を気にしていなかった。
鎧衣課長から夕呼へ、そして夕呼から京塚のおばちゃんや、まりもと月詠とほんの少しの事実に尾ひれ胸びれ付いた
噂が基地内に広まっていて、みんなそれを確かめたくてウズウズしていた。
しかし、珍しくまりもも月詠もヴァルキリーズの誰も現れず、かと言って自分で聞く事も出来ない野次馬達の望みが
ここで果たされる事がなかった。
そもそも時間に厳しい軍事基地において、この状況は異常だったと気が付いたのは、いつもみんなを見守っている
京塚のおばちゃんだけだった。

「どうやらこれは誰かさんの差し金みたいだねぇ……」

その誰かさんの命令でまりもや月詠やヴァルキリーズが何をしていたのかと言うと、もちろん訓練である。
シミュレーター室の中で半日以上隠りきりで何をやっていたのか……ヴォールク・データも真っ青なオリジナルハイヴ
制圧だった。
もちろんこのデータを組んだのは、元の世界でオリジナルハイヴ攻略に参加した霞で、覚えていた知識にちょっと
辛口な味付けをしたのである。
次にこのデータを説明しながら夕呼の出した命令は、現時点の戦力を持って制圧しろと言う、無謀としか言えない
言葉だったが副司令の直轄部隊のヴァルキリーズは否応なしにがんばっていた。
そして本来、訓練校の教官であるまりもと、冥夜の護衛が任務である月詠は参加する必要がなかったのだが、
言葉巧みに夕呼の誘いに乗ってしまい同じように参加していた。
だけど訓練が終わった後、ヴァルキリーズと三バカたちは自分たちがまりもと月詠のとばっちりを受けていた事に
気が付いていて、お互いの苦労を労い合い友情関係が築けた事が未来に良い結果をもたらすことになる。
そんな苦労をみんながしているとは気が付かない武は、夕食後に斯衛軍での事を報告しに夕呼の部屋に来ていた。

「お帰り白銀、ずいぶんとお楽しみだったようね〜」
「言うだけ無駄だから言いませんけど、怪我の功名と言うのか良い感じで練度は上げる事は出来ましたよ」
「あら、棚からぼた餅なんて、白銀風に言うならラッキーよね」
「そう言う事にしておきます、それにあれなら万が一の事態にも即応出来ると思います」
「クーデターね……」
「一応、悠陽の方もそれを気にしていましたよ。まだ事は起こしていない沙霧たちをどうこう出来ないし……」
「お安くないわね白銀、殿下を呼び捨てにするなんて……どこまでいったの?」
「どこにいくも何も、オレは斯衛軍にXM3の教習に行ってただけです」
「鎧衣課長から聞いた話だと、殿下にあーんしてもらって食事をしていたんでしょ?」
「あのおっさんは……会ったら絶対に殴ってやるっ」
「ま、冗談はこれぐらいで……鑑の事なんだけど」
「純夏がどうかしたんですか、まさかっ!?」
「誤解しないで、命がどうとかって話じゃないわ。00ユニットにするか鑑本来の体にするか、白銀の意見を
聞きたいのよ」
「元の体って、夕呼先生っ!?」
「時間を頂戴って言ったでしょ、今年の夏ぐらいにはちゃんと鑑に会えるわよ」
「ありがとう……ありがとうございます、先生……」
「だから聞きたいの、白銀はどっちを望むのか。鑑は白銀に任せるって言ってたわ」
「それは……でも、00ユニットがなければ佐渡島ハイヴ攻略戦で目的は達成できませんよね?」
「そうね」
「……だけど純夏が元の姿に戻れるのなら、この先オレはどんな苦労をしたっていいっ」

純夏を犠牲にしてこの世界を守っても意味がない、そう言い切る武の意志ははっきりしていた。
それを聞いた夕呼は軽くため息をつくと、話を続けた。

「そう言うと思ったわ」
「えっ」
「あのね、今更リーディングする必要がないのよ。だって霞は全部覚えているんだから……」
「そんなこと……」
「あたしもびっくりしたわ、だって今日あの娘が提出したシミュレーションデータは、間違いないくオリジナルハイヴ
攻略に参加していた者にしか作れない物だったのよ」
「霞……」
「試しに全ハイヴのデータを作らせてみたんだけど、これはもちろん『あの時』のデータだったけど、あたしが覚えていた
部分と符合するから間違いないわ」
「夕呼先生……」
「だけど、あんたが言った通り苦労もあるのよ。一つはこの先予定している佐渡島ハイヴ攻略戦で凄乃皇弐型は使えないっ
て事、あとは米軍にG弾を使用させないようにハイヴを制圧しなければならないって事よ」
「解っています、それに今の人員では戦力が足りなさすぎます」
「まりもが教えているし、あの娘たちが卒業する時間はある程度短縮可能だけど、それでも時間は必要よ」
「人の育成はしょうがないでしょう、後は前に話してくれたスポンサーの意向もありますよね」
「今すぐにはあーしろとか無いけどね、でも少ないけど時間はある。だからあんたもあたしも出来る事をするしかないわ」
「はい」

状況は苦しい……だけどそれ以上に純夏の事が嬉しくて、武は夕呼の目を気にせず静かに泣き始めた。
それを見ていた夕呼は黙って武の頭を胸元に抱き寄せると、年の離れた弟を見守るように見つめていた。
そうしながら霞と話していた事を思い出して、苦笑いを浮かべてしまった。

(ほんと、守備範囲が広いわね……)






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