「香月せんせ〜、タケルちゃんはどこにいったの〜」
「鑑、白銀は今、任務でお出かけ中なのよ」
「逃げたんだ、絶対に逃げたんだ〜」
「落ち着きなさい鑑」
「香月せんせ〜、はやくここから出してくださ〜い」
「って言われてもねぇ、もう少しだけ待って頂戴。後少しなのよ」
「うえ〜、タケルちゃんが手当たり次第に女の子に手を出しているんですよ〜。
落ち着いていられるわけ無いじゃないですかーっ!」
「……純夏さん、武さんを信じられないんですか?」
「そ、そんなことないよ、霞ちゃんっ」
「……大丈夫です、武さんは純夏さんを悲しませたりしません」
「そうかなぁ……」
「……はい」
「とにかく鑑、もう少しだけ時間を頂戴……必ず元の姿にしてあげるから」
「香月先生……あ、あのっ」
「なに?」
「できればその……スタイルが良くなっていると嬉しいかなぁって……」
「……鑑ぃ」
「……純夏さん」
「ああっ、香月先生も霞ちゃんもそんな目で見ないで〜」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 14 −2000.2 一喜一憂−







2000年2月3日 11:00 帝都

斯衛軍の精鋭達を前に、武は緊張していた。
さすがにみんな普通の衛士と顔つきが違って、誰もが真剣に自分の話を聞いていたからである。
年下の武を見下したり馬鹿にしたりなんて事は無く、一人の衛士としてきちんと対応する所が斯衛軍の
心情を表していた。

「つまり、皆さんがこれまで培ってきた概念を、一度壊すつもりで取り組んで貰います」
「ありがとう白銀少佐、だが実際この目で見た方が皆も納得するだろうから、これからすぐに実機による
演習を行う。無論、相手はここにいる白銀少佐だ」

話を引き継いだ紅蓮大将の言葉に斯衛軍の衛士たちは肯くと、準備の為に部屋を後にした。

「白銀少佐、機体は武御雷を用意したので、それを使って貰いたい。もちろんOSはXM3に換装してある」
「了解です、同じ機体でどれぐらいの違いがあるか……理解して貰えたら嬉しいです」
「はっはっはっ、そう思ってひとつ無理を通して貰おうと、武器は短刀だけでお願いしたい」
「うへぇ、接近戦特化の武御雷相手にそれですか?」
「だが、それぐらいの事はやってくれると信じている、と殿下も仰っていたし私も期待している」
「悠陽殿下までそんなことを……くはぁ〜」
「後ほど、実機演習にも殿下は参加するとのこと、そちらもよろしく頼む」
「了解です、こうなりゃやれるところまでやってやりますよ」
「その意気だ、ああ、もちろん私の相手も頼むぞ」
「紅蓮大将自らですか?」
「一衛士として、遠慮無くやってくれ」
「はぁ……解りました。手加減しないので覚悟しておいてください」
「うむ、今から楽しみだな、はっはっはっ」

豪快に笑いながら、自分も用意をする為に部屋を出て行き、残った武はがっくし肩を落とした。
しかし、武の受難はまだ始まったばかりだった。

「よろしくお願いします、白銀少佐」
「ってなんで最初の相手が悠陽殿下なんですかっ!?」

強化服に着替えてハンガーに行き、用意されていた黒い武御雷に乗り込み、演習場で待っていたのは
紫の武御雷だった。
言わずとしれた将軍専用機だから、乗っている人は当然決まっているから、武はへたり込みそうになった。
その様子を他の斯衛軍の衛士は黙って見守っていたが、視界の片隅で笑いをこらえている紅蓮にまたしてやられた
と武は大きくため息をついた。

「紅蓮大将、やってくれますねぇ……」
「いやいや、この者は私の弟子なのだが、師匠の言う事を聞かないじゃじゃ馬で困り者なのだ」
「言ってくれますね、紅蓮……後ほどじっくりと話をしたいと思っていますから、急用などといなくならない
ように」
「もちろんです、悠陽殿下」
「よろしい、では始めましょう……武殿」
「はぁ……それじゃ手加減抜きで行きますよ」
「望む所です……それでこそ我が伴侶に相応しい心意気です」
「へっ?」
「参りますっ」
「え、悠陽殿下、今なんてーっ!?」

武の問い掛けに笑顔で応えて、悠陽の武御雷は武の機体に切り込んでくる。
かなり動揺していた武だが、なんとか攻撃を回避すると意識を切り替えて、斯衛軍の衛士たちが見つめる中、
黒い武御雷は命を吹き込まれたように、滑らかに動いた短刀が悠陽の持つ長刀をたたき落とし、滑らかに素早く
背後に回るとに刃先を動力部に突きつけた。

「「「「「「おおっ!?」」」」」」」
「また早くなっているな、白銀少佐」

同じ武御雷なのかと疑いたくなる速度は、XM3の力は衛士たちに驚愕を与えた。
そしてそれを扱う武の実力をこの目で確かめて、斯衛軍の中ではこの動きが自分にも出来ることになる事が、
BETAから人類を守る力になると信じられた。

「本当に手加減しないのですね、武殿」
「してほしかったですか?」
「いいえ、そしてあの娘がどのような苦労をしているか、今更ながらに痛感しました」
「悠陽殿下……一つ良い事を教えて上げましょう」
「なんでしょうか?」
「未来は変えていけるんですよ」
「……っ、そうでした。落ち込んでいる場合ではありませんね」
「はい、まだ時間はあります。これからなんですよ……」
「武殿、やはりそなたはわたくしの思った通りの人のようです」
「お褒めに預かり光栄です、悠陽殿下」
「これは急いで法案の可決を内閣に指示しなければなりませんね」
「あ、思い出したっ。あれは本当なんですか、悠陽殿下っ?」
「……あれとは一体何の事でしょう」

しれっと目を反らす悠陽に、武の話し方は冥夜と同じようになっていく。
ちなみに通信回線はオープン状態なので、斯衛軍の衛士全員にも、しっかりばっちり聞こえていたりする。

「とぼけるんじゃない、悠陽。お陰でまりもちゃんと月詠さんとかヴァルキリーズのみんなとか、更に
横浜基地の中まで浸透してみんな信じちゃってるじゃないかっ!」
「それがどうして問題なのでしょうか、これも武殿の為を思えばこそ、わたくしの出来る限りの事を……」
「どこがオレの為なんだっ!?」
「武殿をしれば、好きにならずにいられない女性の為に、今からこうして手を打っておけば無用の争いも
回避出来ます」
「じゃあ今現在波風立ちまくりのオレの状況はどうするんだよ?」
「……大事の前の小事です、それにそれを納めるのも武殿の器量です」
「悠陽……後で絶対にお仕置きしてやるからなっ」
「そんな、何故でしょうか?」
「理由なんかいるかっ、将軍だからって遠慮しないからなっ!」
「嫌ですわ武殿、皆がいる前で大胆な発言は……でも、致し方有りませんわね」
「え、あっ……」
「すべてはわたくしの不徳の致すところでございます。ですがその……優しくして頂けると、助かりますので
ご容赦を願います」
「またかっ、また謀られたのかーっ!?」

目の前で起こっている事はかなり重要な会話かもしれない、有り難くもそう斯衛軍の衛士達は理解した。
恐れ多くも悠陽は日本帝国の政威大将軍殿下である、それを呼び捨てに出来るのは将来の自分たちの主に
相違ないとかなり間違った方向で武の事を認識した。
だけど、怪我の功名と言うかお陰で斯衛軍の衛士たちのXM3の習得は武の予想以上に早く、次々と練度を
上げ始めてしまい、斯衛軍全体の実力はかなりの底上げになった。
しかし武にとっては素直に喜べず、演習所の片隅で黄昏れている姿を目撃されていた。

「ははっ……オレ、何やってるんだろうなぁ……どうしてこうなっちゃったんだ……霞ぃ〜」
「……その者が武殿の一番なのでしょうか?」
「悠陽っ!?」
「ですがまだ、年端もゆかぬ少女だと聞きましたが、武殿にそのような嗜好があったとは……」
「違うっ、断じて否っ!」
「さようですか……ああ、忘れておりました。食事の時間です、さあ武殿」
「オレをからかってないで真面目に仕事してくれよぅ、悠陽」
「もちろんしています、わたくしの為に皆が協力してくれたお陰で、後少しまで進みました」
「聞きたくないんだけど、まさかそれって……」
「はい、武殿の思っている事です、楽しみにお待ちくださいね」
「夕呼先生のばか〜、行かず後家〜、性格ブス〜」

売られていく羊のように武は悠陽に手を引かれ、侍従長の冷たい視線が見守る中で夕食を食べる事になった。
武は思った……人類を救いに来たはずなのに、なんでこうなっちゃったんだろうと……。

「くしゅっ」
「……香月博士?」
「うーん、今どこかで白銀が何か言ってた気がするわ」
「……気のせいですよ」
「そうよね、さてもう一踏ん張りしましょうか」
「……はい」
「待ってなさいよ白銀、かならず鑑を復活させてみせるからね……」
「……香月博士」
「何、霞?」
「……胸、大きくするんですか?」
「……霞と同じにしたら泣くわよねぇ」
「…………」
「冗談よ、そんな目で見ないでよ。それに霞はそのまま成長した方が、白銀は喜ぶと思うわ」
「……本当ですか?」
「白銀の回りにいる女性はみんな大きいでしょ? だったら帰って小さい方が貴重な事もあるわ」
「……このままでいいです」
「ほっ……」

微妙に真面目じゃない会話をしている美女と美少女が、人類の命運を握っているとは誰も知らない。
だけど、確実に流れは変化していて、武や霞や夕呼の思いが少しずつ実り始めていた証拠だった。






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