「……香月博士」
「心配しないで、過労で寝ているだけよ」
「……ですが、どうして?」
「白銀の話を聞かない事には、あたしにも解らないわ」
「……武さん」
「ほらほら泣かないの、あいつが好きなのは笑顔なんだから」
「……は、はい」
「しかしあの動きは、正直あたしも驚いたわ」
「……武御雷の動きを全部予測したようでした」
「そうね、じゃないと説明が付かないけど、普通には無理よ」
「……武さん」
「このまま寝かせておきましょう、ちょっとがんばり過ぎだったから」
「……はい」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 11 −2000.1 零の領域−







2000年1月15日、14:00 横浜基地 

横浜基地では非常勤以外のほとんどの隊員が、これから始まる演習を見ようと近くのモニターに集まっていた。
何しろ今日の演習は見逃せない対戦になっているからである。
横浜基地所属の国連軍、特殊任務部隊A−01に所属しエースとの呼び名も高い武と、
帝国斯衛軍の精鋭部隊の1個小隊の戦いを注目しない者はいない。
その武はハンガーでメンテナンスを行っている整備員と一緒に、コクピットに座ってチェックを
している。

「一応、消耗品は新品に交換しておいたぞ」
「すみません、ちょっと無茶しました」
「前もって言ってくれれば何とかしたんだが、まあ今は問題ない」
「頼りにしています、班長」
「そう思うのなら、もうちっと機体を上手く使いな」
「了解です」

午前中の訓練でついリミッターを解除した結果、可動部分に劣化が見られたので、整備員総出で調整を
行ってくれたお陰で、どたばたしたが演習には間に合った。
整備班長のお小言を聞きながら、迂闊にリミッターを外すのは止めようと決めた。
それよりも、どうやって勝つか……今考えるのはそれだった。
先ほど顔合わせした時、明確な敵意をむき出しに全力で向かってくると言っていたので、
楽には勝たせて貰えないだろうと感じていた。

「ふぅ、霞のXM3を信じるしかないな……ブレイズ1よりHQへ、これより発進します」
『こちらHQ、ブレイズ1の発進を許可します』
「了解、ブレイズ1出ます」

武は出力を上げて機体をゆっくりハンガーから出して出口に向かう。
そこには手を挙げて応援している整備員たちがいたので、武も応えるように不知火・改の腕を持ち上げる。
第一演習場を目指して進む不知火・改の姿は、散歩に行くような感じで軽く動いている感じから、
整備がきちんとされていた証明になった。
やがて第一演習場に着くと、そこには簡易指揮所と仮設テントが用意されていて、その中には笑顔で
座っている悠陽殿下とそれを守るように背後に経つ紅蓮大将、その横には鎧衣課長の姿も在った。
そして少し離れた所には配備されたばかりの赤い武御雷が一体と白い武御雷が三体立っていた。

「お待たせしました、早速始めましょう」
『……武さん』
「お、霞がナビゲーターか?」
『……はい、それでは特別演習を始めます。これより所定の位置に移動した後、こちらの指示で戦闘を
開始してください。よろしいですか?』
『了解した』
「了解」
『以後、こちらのコールサインは……ラビット1です、よろしくお願いします』

指揮所にいる霞の指示で、それぞれ指定された位置へ移動していく。
コールサインを口にした時、霞の顔が少し赤かったので、恥ずかしかったんだろうと武は思った。
反対にその間もモニター画面の月詠の顔がずっと自分を睨んでいるが気になったけど、何も言わない所を
みると実力で示してやると言ってるんだなと武は小さくため息をついた。

『双方、準備はよろしいですか?』
『こちら斯衛軍第19独立警護小隊、始めてくれて構わない』
「こちらブレイズ1、いつでもどうぞ」
『それではカウント開始します……5,4,3,2,1、スタートです』

それと同時に一切の交信が切断されて、武は最大戦速で機体を加速させていく。
遠距離戦は考えない、誰にも解るやり方で倒さなければ、新OSが無駄になる……武の思考は
余分な情報を排除していく。
レーダーの中で三体の戦術機が固まっているので、これを先に叩かないと月詠相手に背後を気にしてたら
勝てないと判断すると、迷い無くそちらに向かっていく。

「悪いが3バカから叩かせて貰うぜ」

すでに視界に捉えている武は、ランダム回避はせずに最小機動で、砲撃を避けていく。
当たると思っていた攻撃が回避されて戸惑う隙を見逃さす、武は確実に距離を詰めていく。
今までと違う武の操縦する不知火・改の三次元立体機動に翻弄されていく三バカ達は、
それでも当てようとする所はやるなと素直に感心する武だった。

「今までなら通用しただろうな、だけどオレにしてみれば分かり易すぎるぜっ」

武はここまで一発も発砲していない、すでにその動きはハイヴ攻略戦の時と変わらない戦い方をしている。
無駄弾を使わない、限定された空間を想定した最小限の動き、それを無意識に行う武の意識は不思議なぐらい
落ち着いている。
背部ウェポンラックから模擬刀を掴み出すと、そのまま機体を大きく横滑りさせるが、次の瞬間に
慣性を無視したような踏み込み速度で、一気に武御雷の懐に入ると同時に機体を独楽のように回転させ
動きを止めずにそのまま切り倒しながら次の目標に向かう。

「ばかなっ……」

作戦を立てる時に部下の神代、巴、戎たちが囮役を買って出たので、月詠は動かずに武の動きを見極めようと
注視していたが、一機撃破されたことでその表情は驚愕に変わった。
しかも月詠の知る機動では、あんな動きは不可能だと思っていた。
なにより、相手は強化型とは言っても不知火であり、自分の乗る武御雷が性能で劣っているとは思えなかった。

「新OSの力か、それとも白銀武の力か……」

侮れない……衛士としての直感が、月詠の気持ちを引き締める。
そしてモニターの中では最後の一機が撃破されて、漸く武の動きが止まって月詠の方を向いて模擬刀を構える。

「誘っているのか……ならばっ」

乗ってやると応えるように、月詠の武御雷は模擬刀を構えて、真っ直ぐに武に向かっていく。
悠陽殿下と紅蓮大将が見ている前で無様な戦いだけは見せられないと、月詠は持てる力をすべてぶつけるように
武の不知火・改に切り込んでいく。
それは確かに今までの戦術機としては、最速レベルの斬撃だったのかもしれない……だが、武達に取っては
過去の物でしかなかった。
XM3と武の生み出した立体機動はその機動概念を打ち破り、新しい戦い方を生み出して更に磨きを掛けていた。

「さすが月詠さんだな、だけど……負けるわけにはいかねぇっ!」

月詠の攻撃を受け流し、模擬刀で裁いて機体に掠らせもしない武の機動は、優雅に舞うように軽く流れていく。
しかし、月詠も部下達の行為を無駄にはしなかった、気持ちだけは負けていない思いが、武の動きに
追いつこうと速度が上がる。
武には無い武の才と鍛錬が、力の差を埋めようと月詠に力を与えていく。

「……あと、少し……そこだっ!」

叫びと共に武の死角から振り上げた武御雷の模擬刀が、不知火・改の胴体に襲いかかる。
誰もがこれは避けられないと思っていた、月詠さえ手応えがあると信じていた。
だが、模擬刀は当たる事もなく、そこには不知火・改がいなくて、目標を見失ったまま空しく中を切る。

「そんなっ!?」

月詠は信じられなかった、どうやって死角からの攻撃を避けたのか……。
そして武も自分の思考がおかしい事に気が付く。

「今の……なんで見えたんだ……えっ、次が……」

武の頭の中に、月詠がどう仕掛けてくるか鮮明に浮かんで、次に自分がどう動くかもはっきりと浮かんでいた。
だから武はそのまま機体を動かして、今見た通りに攻撃してくる月詠の動きを見切って反撃する。
それは囮で本命は次の攻撃だと、自分の動きが明確に脳裏に浮かび、体が勝手に動く。
縮まっていた力の差が爆発するように差が開くと、武の不知火・改は月詠の視界から消えた。

「なっ……」

その瞬間に勝敗は決した、武の不知火・改の模擬刀の先端は、武御雷のコクピット前の装甲に触れていたのである。
モニターしていた霞がこの結果を持って、演習の終了を宣言した。
結果は武の圧勝と言って差し支えがない戦い方だったと、見ていたみんなが納得していた。

「私の負けか……」

武御雷のコクピットで月詠は一人呟くが、その顔には全力を尽くしたからか、落ち着いた表情だった。
それから仮設テント近くまで来て、それぞれが戦術機から降りてくる中、武は不知火・改から地面に降りた途端、
崩れ落ちるように倒れた。

「……武さんっ!?」

指揮所から出てきて出迎えていた霞は、慌てて側に走り寄ったが武は意識を失っていた。






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