「ふぅ〜、疲れた〜」
「……武さん、お茶です」
「ありがとう、霞……ずずっ……くはぁ」
「ふふっ、どうしたのよ白銀、まりもが相手じゃ不満なの?」
「いや、さすがまりもちゃんですよね。教導隊出身は伊達じゃないです」
「ふ〜ん、それじゃどうしてそんなにへばっているのよ?」
「つい癖で『まりもちゃん』と呼んでしまって、その度にいろいろと……」
「それぐらいでへこたれないでよね、まりもにとってはラストチャンスなんだから」
「なんのチャンスか聞くのは止めておきます」
「何言ってんのよ、それでも殿下まで手込めにした男のセリフなの?」
「てっ、人聞きの悪い事言わないでくだ……か、霞?」
「……武さん、やっぱりそうなんですね」
「ち、違うっ、ちゃんと説明したろ? それにリーディングもしたよな、なっ?」
「……それでもです、武さんのえっち」
「あが〜」






マブラヴ オルタネイティヴ Fun Fiction



God knows... Episode 10 −2000.1 白銀VS月詠−







2000年1月15日、11:30 横浜基地 第一演習場

武の不知火・改が手加減無しの戦闘機動をしながら、縦横無尽に演習場を駆けめぐる。
限界ぎりぎりで疾風の様に動く不知火・改は、まさに白銀の風と言えた。
そしてそのコクピットでは、武以外に同乗者が悲鳴を上げまいと歯を食いしばっていた。
今日はシミュレーターとは違い、武の操縦する不知火・改に同乗しての戦闘機動は、鍛え上げられた
まりもでもかなりきつい物だった。

「ぐっ」
「大丈夫ですか、神宮司軍曹?」
「平気だから……続けてください」
「それじゃちょっとだけ【XM3】の制御リミッターを外しましょうか?」
「えっ」
「いきますよっ」
「……っ!」

自分が覚えてきた戦闘機動と全く異質な動きに、帝国軍のTOPGUNとも言える富士教導隊に
いたまりもは、気絶しないだけでも凄いと言えた。
ちなみに、【XM3】は汎用性を持たせる為に、衛士が制御出来ない部分はリミッターで押さえてある
が、武はわざとそれを解除して自分自身も限界ぎりぎりまで不知火・改を動かす。
余談だがタンデムシートも無いのでまりもは武の膝の上に乗ってるのだが、大人の女性としての
魅力に武は必死になって頭の中で難しい事を考えていた。
武だって健康な一人の男の子なのだから、反応してしまう部分もあったりするけど、指摘しないのが
武士の情けである。
数分後にまりもが意識が無くなりかけたので、初の戦闘機動……ちょっと過剰な訓練は終了した。

「……ん」
「気が付きました?」
「え……あ、わたし……へっ!?」
「ああ、意識が無かったので、終了しました」
「しょ、少佐っ、なにを……」
「なにって、気絶した軍曹を運んでいるだけですが?」
「だからって……その……これは」
「えっと、こうしたら夕呼先生が喜ぶから、もしもの時はそうしろと」
「ゆ、夕呼〜」
「と言うわけですから、副司令の命令なので諦めてください」
「解りました、はぁ……」

まあ、いわゆるお姫さま抱っこで、まりもを運んでいるのだった。
夕呼の命令だという事で、まりもは仕方なく大人しく武に身を委ねていた。

「まあまあ、せっかくだしお姫さま気分を楽しんでください」
「……からかってますね、少佐」
「あははっ、拗ねるなんて可愛いなぁ〜まりもちゃんは……あ」
「……それも夕呼の命令?」
「違いますけど、なんかそう呼ぶのがしっくり来ると言うか、ごめんなさい」
「はぁ、もう少佐の好きに呼んでください」
「それじゃオレからも、年下なんですから白銀って呼び捨てにしてください、これは命令です」
「しかし上官を呼び捨てにするなんて……」
「みんなといる時だけでもいいですよ」
「はいはい、命令と有れば従います」
「じゃあこれから呼び捨てで、まりもちゃん?」
「解ったわ、白銀」

なんとなく良い雰囲気のままとある部屋の前まできた武は、最後にちょっとだけ余計な事を言う。

「それでまりもちゃん、もう部屋なんだけどベッドまで運びますか?」
「え、ああっ、け、結構ですっ!」
「今更照れなくても、ハンガーからここまでどれだけの人に見られたか解ります?」
「ま、まさかっ……」
「なんかおめでとうって言われていましたよ、まりもちゃんに向けられてですが」
「んなあぁ〜〜〜〜っ!?」
「冗談です」
「し、白銀っ!!」
「それにここは医務室ですから、誤解しないでくださいね」

真っ赤になって抗議するまりもを中のベッドに寝かせると、担当医に話をして後を頼んで出て行く。
その前に振り返った武を赤い顔で恨めしそうに睨んでいたまりもに、軽く手を振るとそのまま扉を閉めた。
まりもとのやりとりが少しだけ懐かしく感じた武は、笑顔を浮かべたがどことなく自傷気味だった。
だがすぐに表情を引き締めると、午後から始まる斯衛軍との演習に気持ちを切り替えた。
いくらXM3と不知火・改が揃っているとはいえ、相手はあの月詠なのだから油断なんて微塵も出来ない。
そう考える武は、自然と握り拳に力が入る……躓いてなんていられないと。
歩く足にも力が入り背筋が伸び真っ直ぐ前を見つめる武の瞳に迷いはない、見据える先にはみんなの未来
が有るのだから。

「おばちゃ〜ん、鯖味噌定食お願い〜」
「はいよ、ちょっと待ってな……ところで白銀、まりもちゃんとどうなのさ?」
「んー、どうなんでしょうねぇ〜」
「みんな良い娘なんだから、泣かしたら承知しないよ」
「肝に銘じておきます」
「ほら、出来上がったよ」
「ありがとうございます」

手近な席に座るとがつがつと食べ始める武は、午後の演習が有ると言うのに遠慮無く食べる。
そして食べ終わって食後のお茶を手にした時、自分の回りに人が集まっている事に気が付いた。
もちろん言わずとしれたヴァルキリーズの面々である。

「ねえねえ白銀〜、お楽しみは済んだのかしら?」
「速瀬中尉、何の話ですか」
「『白銀』『まりもちゃん』って呼び合う仲なのに?」
「それを言うなら『孝之』『水月』でも同じじゃないですか」
「ちっ」
「速瀬中尉の相手は俺じゃないですよ、ねえ涼宮中尉?」
「え、ええ、そうね……」
「ふむ、そうすると白銀の相手は神宮司軍曹と言えるようだね」
「少佐、女性には誠実に接した方が良いですよ」
「宗像中尉の妄想はともかく、風間少尉の言葉は解りました。以後気を付けます」
「言うねぇ……だそうよ、社?」
「……武さんは神宮司軍曹がお気に入りですから」
「か、霞……なんか含みのある言い方に聞こえるんだけど?」
「……気のせいです」
「とほほ〜」

以前程狼狽える事が無いのは自分が迷っていない所為だと武は思ったが、慣れてしまったと言った方が
早いかもしれない。
それでもこの空気が武は好きだった、馬鹿な事を言い合っている時間が大切だった。
そう思う武の気持ちを霞は感じ取り、黙って武の側に座ってその横顔を見つめていた

「あれ、そう言えばみちる大尉たちは?」
「白銀〜、言わなくても解ってるでしょ」
「あ……そっか、正樹大尉も大変だなぁ、あははっ」
「人事じゃないんじゃないの?」
「あははは……はぁ」
「まだ走っているんじゃないかな、基地の中をね」
「気の毒に、前島大尉も……」
「そう言いながら宗像中尉も風間少尉も顔が笑っていますよ」

最近では正樹を追い掛ける伊隅姉妹の姿が頻繁に目撃され、誰が最初に捕まえるかも賭の対象である。
こんなに和気藹々としたのが、極東最前線基地なのか疑問を呈したいと思う人は、残念ながらここには
いないのである。
だから武は気付かなかった、自分たちでなくこの横浜基地の人たちも変わっている事に。
以前と違って、見え始めた未来を目指している同じ仲間として……。
そして武はみんなのその思いを受け取ったように、斯衛軍との演習で覚醒し始めた力を見せる事になる。

「白銀少佐、簡単に勝てるとは思わないで頂こう」
「……え?」
「新OS開発の功績は認めるが、だからといって自惚れるには気が早い」
「はい?」
「ただしっ、もし万が一にも私が負けるようなら、潔く貴様の言う事に従おう」
「えっと、月詠中尉?」
「た、例えそれが如何様な屈辱でも私は受けてみせよう」
「……どう言う事?」

実機演習前の顔合わせで武は月詠と再会したのだが、初めて会った時と同じく睨まれていた。
そしていきなり月詠に一方的に言われた武は困惑の表情を浮かべるが、その向こうに笑っている悠陽と紅蓮
姿に頭を抱えそうになっていた。
なぜ悠陽がここにいるのかとか、紅蓮のニヤニヤした顔が気になるとか、それよりもまず月詠の第一印象が
何故最悪なのか、とにかくすべては後の話なので無理矢理演習へ意識を切り替えた。







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