「恭也くん!」
「はい」
「また無理をしましたね?」
「……はい」
「これで何回目ですか?」
「ごめんなさい」
「ふぅ……解りました」
「フィリス先生?」
「今日から恭也くんの事徹底的に監視します、良いですね?」
「監視って……」
「良・い・で・す・ね・!」
「……はい」
「いい返事です」
ニコリと笑うフィリスだが、その笑顔に恭也の背中に戦慄が走った。
(いったい何を考えているんだろう……)
そんな恭也の不安をよそに、フィリスはてきぱきと鼻歌交じりに荷物をまとめた。
「それじゃあ行きましょうか、恭也くん♪」
「どこにですか?」
「決まっているじゃない、あなたの家です」
「はい?」
とらいあんぐるハート3 Short Story
フィリスMAX!−Vol.1−
「ねえ恭ちゃん、説明してくれないかなぁ?」
「美由希、説明しただろう」
「恭也〜、アレじゃ説明になってないよー」
「そうか、すまん」
『フィリス先生だ、みんなよろしく』
この説明では肝心の理由が省かれているのは、明白である。
妹の美由希と姉的なフィアッセの突っ込みに、恭也は説明不足であると認識させられた。
「まあ、おししょーは口べたやから仕方ないです」
「それに師匠がべらべらしゃべったら、なんか別人ですよ」
高町家のシェフ二人が相づちを打って頷く姿に、恭也は肩を落とした。
「お兄ちゃん、元気出してね」
「大丈夫だ、なのは」
気遣ってくれたなのはの頭をぽんぽんと軽く叩く、恭也の顔に少しだけ笑顔が浮かぶ。
「ねえフィリス、あなたから説明してくれないかしら?」
「そうね、恭也くんの話じゃ解らないからしょうがないわね」
フィアッセの提案にフィリスは姿勢を正すと、目を閉じてさらりと述べた。
「不束者ですがよろしくおねがいします」
ちゃんと三つ指突いてお辞儀をするフィリスに、高町家の乙女たちの時間が止まった。
しかし、恋する乙女たちの立ち直りは早かった。
「ど、ど、どう言う事なの恭ちゃん!?」
「恭也! どう言う事か説明して!!」
「お、お、おししょーはフィリス先生と!?」
「し、師匠、まさかっ!?」
「お兄ちゃんいつの間にフィリス先生と結婚したの?」
「誤解だ、誤解!」
「「「「う〜」」」」
「と、まあ冗談はこっちにおいといて、実は恭也くんの膝の治療の一環として暫くお世話になります」
しれっとまともな事を言うフィリスを見ながら、それだけじゃないと誰もが思っていた。
とりあえずソファーに座り直してお茶を飲みながら、今後の事を説明し始めた。
「みなさんも知っての通り、恭也くんの膝はまだ完治してません。ですから無理をしない事と病院にも来るように
言っておきましたが、この人は全然守ってくれません」
「恭ちゃん……」
「もうっ、恭也!」
「おししょー、お医者さんの言う事は守らないとあかんです」
「師匠、ケガはきちんと直しましょう」
「面目次第も無い、ただ……」
何か言おうとした恭也を制するように、フィリスがジト目で睨み付ける。
「ただ、何です?」
「いえ……」
「このままでしたら直る物も直らなくなってしまいます、そんな訳で暫く恭也くんから目を離さない事にしました」
「はぁ、そう言う事なら仕方がないかなぁ……恭ちゃんすぐ無理するから」
「そうね、恭也は自分であまり言い出さないから痛くても黙っているし」
「おししょー、人の振り見て我が振り直せですー」
「それは確かにもっともだな、元気な師匠とまた組み手がしたいし」
と、話を聞いた各々はほっとした表情で漸く納得したようだった、でもそれは大間違いだった。
「さあ恭也くん、お部屋に案内してください」
「ああ、これは気が付かなかったです。客間はこっち……」
「客間じゃありません、恭也くんのお部屋に決まっているじゃないですか」
「はい?」
「ですから、恭也くんの側にいないと何をするのか解らないので、同じ部屋に住みますって言ってるんです」
「「「「フィリス先生!?」」」」
「別にかまいません、だって恋人同士ですから問題無いです」
「「「「えーっ!?」」」」
にっこり笑うフィリスの顔は間違いなく彼女たちに対する牽制の微笑みだった。
「フィリス」
「何ですか、恭也くん?」
みんなが呆然としている間に恭也の部屋に移動したフィリスに、ドアを閉めた恭也が声をかけた。
「さっきの発言、何となく含みがあるような気がするんですけど?」
「そんな事無いですよ、あれ……無いですね」
その言葉に、恭也はフィリスが机の下をごそごそしている姿に気付いてため息が出た。
「何しているんですか?」
「何って男の人ってその……エッチな本隠しているってリスティが言ってましたから」
「有りません」
「そうですか……ふぅ」
ちょっと残念そうな顔で肩を落とすフィリスに、恭也は余計な事を吹き込む彼女の姉を思い浮かべた。
「しかし、こうまでしてくれるフィリスの医者としての気持ちは嬉しいです」
「それだけじゃないんですよ」
ふふふと微笑みながらフィリスは恭也の胸に顔を付けた。
「不安なんです、だってみんな可愛い娘ばっかりだから……」
「……つまりやきもちですか?」
「ばかっ」
「すいません」
お詫びにぎゅっと体を抱きしめてあげる恭也に、フィリスは珍しくそのまま甘えた。
そんな事で気が緩んでいたのか、恭也は部屋の外に潜む彼女たちに気が付かなかった。
「恭ちゃんの胸に頬擦りなんて羨ましいよ」
「恭也、私もぎゅっとして欲しいよー」
「おししょーの腕の中、暖かそう……」
「し、師匠に抱きしめて貰えて良いなぁ……」
そして屋根の上から覗き込んでいる人物が一人、自称恭也の妻の忍であった。
「恭也のすべては私の物なのにぃ……ふっふっふっ、このままで済むと思わないでよ」
月にあらず太陽に吼える彼女の姿はちょっと異様な光景だったが、ご近所の人たちはこんな事では気にしなかった。
そして夕食の時間、高町家のテーブルに一人分の席が追加されしかもそれは恭也の隣だった。
他の女の子たちから浴びせられる嫉妬の視線は気にしてないのか、楽しそうに食事をするのはフィリス一人。
ちなみに恭也は何を食べているのか味すら感じられなかった。
そんな中でこの家の主、高町桃子は恭也が恋人を家に連れてきた事に感激していた。
「すいませんね〜フィリス先生、家の恭也がご迷惑かけて」
「いえいえ、こちらこそ医者としての身勝手なプライドのせいで押し掛けてしまって」
「いいんですよー、賑やかのは好きですから」
「すいません、お言葉に甘えさせて頂きますね」
「なんなら恭也と籍入れちゃいます?」
「「「「お母(桃子)さん!!」」」」
「な、何よみんな怖い顔して?」
「「「「何でもないです」」」」
「そ、そう」
「おかあさん、今は変な事言わない方が良いよ」
一人黙々と食べてごちそうさまをしたなのはは、それだけ言うとさっと自分の部屋に言ってしまった。
「何なのよ一体……あ、なるほどね」
怪訝な顔で改めて食卓にいる彼女たちを見て、桃子はやっと現状が飲み込めた。
「ごちそうさま、それじゃお店に戻るから〜」
そそくさと逃げるように翠屋に戻っていった桃子は、なのはと同じく安全地帯に避難できた。
「はい、あ〜んして恭也くん♪」
「じ、自分で食べられます」
「はい、あ〜んして♪」
「ですから」
「あ〜ん♪」
「……あ、あーん」
いつになく強引に迫るフィリスについ口を開けてしまった恭也だが、その瞬間もの凄い殺気が彼に集中した。
(なんで俺に殺気が来るんだ?)
「うふふっ、楽しいですね恭也くん」
(むしろ怖いですよ、みんなの視線が……)
笑顔のフィリスと冷や汗だらだらの恭也に、高町家の乙女たちの殺気は一段と増していた。
ちなみに恭也とフィリスの食事が終わるまで、誰一人席を立とうする者はいなかった。
つづく。