「はい、これ身につけてくださいねー、翡翠ちゃん」
「ね、ね、姉さん、こ、これっ・・・・・・!?」
「女の子は見えない所にも気を遣わなくてはダメですよー」
「だ、だけど・・・・・・」

確かに翡翠でも躊躇してしまうだろう、いきなり勝負下着なんて渡されたら・・・・・・しかも実の姉に。

「んー、服はやっぱりこれかなー?」
「ね、姉さん」
「するとアクセサリーはこのイヤリングでOKだねー」
「だ、だから姉さん・・・・・・」
「はい、翡翠ちゃんだまってー」
「ん・・・・・・」

有無を言わさず翡翠の唇にルージュをひく琥珀の顔は自分の事のように微笑んでいた。
ほとんど、いや全く翡翠の意見に耳を貸さずてきぱきと用意した物を身につけさせると琥珀は
うんうんと頷いて間違いがないことを確認した。

「はー、どこから見ても可愛いですよー、翡翠ちゃん」
「そ、そうかな・・・・・・」
「もうっ、姉のわたしが言うんだからもっと自信を持ってね」
「う、うん」
「それにこんなに可愛い翡翠ちゃんなら志貴さんもきっと惚れ直しちゃうねー♪」
「そ、そんなことっ・・・・・・」
「わたしならそう思ったんだけど、まあ志貴さんに直接聞いた方が早いかな?」
「えっ?」
「さあ、そうと決まったらいつまでも志貴さんを待たせるわけにはいけないですね」
「ね、姉さんっ」
「はい、今日はがんばってねー、翡翠ちゃん♪」
「だから人の話を聞いて・・・・・・」
「翡翠ちゃん」
「な、何姉さん?」

真剣な表情になって自分を見つめる琥珀の表情に翡翠は身を固める。

「帰りが遅くなっても、ひょっとしてお泊まりになっても気にしなくていいからね」

白い服に良く映えるほど翡翠の顔はそれは真っ赤に染まって、目は大きく見開いたまま硬直してしまった。
かくして琥珀の手によって見えない所からドレスアップされた翡翠が志貴の待つ居間に現れた時、
遠野兄妹がドアの方を向いて呆然としてしまった。






洗脳探偵 翡翠  brainwasher-hisui



第四話「たまには君と一緒に街を歩こう」







「ふふふっ、どうですか志貴さん?」
「・・・・・・・・・可憐だ」
「あっ・・・・・・」

ウェディングドレスのように白いワンピース姿に薄化粧の翡翠の姿に見とれて呆然としながらも
志貴はかくかくと頷き琥珀の質問になんとか答える。
もちろんその答えに翡翠は顔を真っ赤にして照れたけど満更でも無いのか少し笑顔が浮かび、
琥珀は自分のコーディネイトが正しかったことが証明されたので満足そうに頷いた。

「ホント、うん、よく似合っているよ、翡翠」
「あ、ありがとうございます」
「良かったですねー、翡翠ちゃん♪」

会話しながらも志貴の視線は翡翠に釘付けで、見つめられている翡翠は赤さと共に笑顔も顔に広がっていった。
なんて微笑ましい温かい感じがしている三人に取り残されたのが、未だ硬直して思考が停止している秋葉だった。

「秋葉さま、どうかしましたか?」
「・・・・・・はっ、な、なんでもないわ琥珀」
「そうですか? あ、秋葉さまも翡翠ちゃん可愛いと思いますよねー」
「そ、そうね、似合っていると思うわ・・・・・・」

心中穏やかではない秋葉はなんとか平然を装って答えるが、無邪気に聞く笑顔の琥珀の首を今にも絞めたかった。
(なんでこうなっちゃったのよ・・・・・・確かに泥棒猫は寄りつかなくなったけどこれじゃ意味無いじゃない!!)
(おまけに琥珀は解っててやっているのよね、そうでしょ琥珀ーっ!!)
しかしそんな意味の隠った秋葉の視線ビームをあっさり無視して可愛い妹に声を掛ける琥珀に、
志貴の目の前で取り乱せない分を上乗せして秋葉は殺意を強めていった。

「ほらっ、他の女の子も言っているんだから間違いないですよ翡翠ちゃん♪」
「う、うん、ありがとう姉さん」
「じゃあ志貴さん、翡翠ちゃん、今日はゆっくりと楽しんできてくださいねー」

背中をそっと押し出す琥珀に、二人は顔を見合わせて照れ笑いを浮かべると居間を後にした。

「それじゃ行ってくるね、琥珀さん」
「行って来ます、姉さん」
「はい、二人とも楽しんできてくださいね、それと志貴さんちょっと・・・・・・」
「何、琥珀さん?」

なにやらごそごそと袖の中から小さな包みを取り出した琥珀は、ニコニコして差し出された志貴の手にそれを渡した。

「志貴さん・・・・・・・・・お泊まりになってもOKですからー♪」

がん。

琥珀の素っ頓狂なセリフにずっこけた志貴は屋敷でも頑丈なドアに頭をぶつけた。

「し、志貴さま!?」
「だ、大丈夫だよ、翡翠・・・・・・」
「あら、なにか変なこと言いましたかー?」
「こ、琥珀さんがいきなりそんなこと言うからっ!」
「んー、それじゃご休憩ですねー♪」

ずがん。

再びドアに頭から突っ込んだ志貴を笑顔のまま首を捻る琥珀の姿がどこかシュールだったが翡翠はそれどころではない。

「し、志貴さま!?」
「だ、だ、大丈夫だよ、翡翠、ははは・・・・・・はぁ」
「もう志貴さんって照れ屋さんなんですねー」
「それ何か激しく間違っていると思うよ、琥珀さん・・・・・・」
「まー細かいこといいですから充分楽しんで来てくださいと言ってるだけですよー」
「ね、姉さん志貴さまに何を・・・・・・」
「あ、ごめんね翡翠ちゃん、お邪魔しちゃってー」
「そ、そうじゃなくて・・・・・・」
「行こう翡翠!」
「あっ・・・・・・」
「行ってらっしゃいー♪」

これ以上変なことを言われる前にこの場から逃げることを選択した志貴は、当たり前のように翡翠の手を取って
引きずるように早歩きで門の外に出て行った。

「あらあら、志貴さんも積極的ですねー・・・・・・帰ってきたら翡翠ちゃんお赤飯かしら?」

等と楽しそうに妹の幸せと自分の将来を思い一人楽しむ琥珀が玄関でニコニコしている頃、一人居間に残された秋葉は
何かぶつぶつと呟いたかと思ったら、暴走した思考のまま自分の部屋に床を踏み抜かんばかりに全速力で走り出した。






先日、学校から一緒に帰って来る時より更に親密度が増したのか、二人は手をしっかりと握ったまま歩いていた。
屋敷を出て暫くしてから気が付いた志貴が手を離そうとしたけど、翡翠が思わず握り返してしまったので
今のように仲良く手を繋いでいるのであった。

「なによなによなによーっ、妹の私でさえそんなに仲良く手を繋いだこと無いのにぃ〜っ!!」

自分では目立たないように変装したつもりだけど、その実かなり目立っていることに自覚がない秋葉はビルの壁を
囓るように歯をがしがしと突き立てていた。

「むー、志貴ったら最近付き合いが悪いのはそ−いうことだったんだ」

後ろから聞こえた声にはっとして振り返った秋葉の目の前には、不機嫌そうにほっぺたを膨らませたアルクェイドが
楽しそうに歩いている志貴と翡翠に視線を注いでいた。

「・・・・・・ちょっとそこのあなた、何兄さんを付け回しているんですか?」
「あ、やっほー妹、元気してる?」
「質問に答えて頂けますか、泥棒猫のアルクェイドさん?」
「ぶー、誰が泥棒猫なのよ? 貧乳のくせにー」
「む、胸になんの関係が有るんですかーっ!?」
「二人とも静かにしてください、遠野くんに気づかれちゃうじゃないですか?」
「ご、ごめんなさい・・・・・・って、あなたは確か兄さんの先輩のカレーマニア!?」
「シエル、また邪魔しに来たの?」
「誰がカレーマニアですか、それよりもお二人は何をなさっているのです?」
「貴方には関係有りません、お引き取りください」
「そうだそうだー、シエルはあっちいけー」
「むっ、解りました、それではこれで・・・・・・」

あっさりと自分の意見をひくと歩き出したシエルだが、その肩をむんずと捕まえて離さないのが秋葉であった。

「どこに行くのですか、シエルさん?」
「別にわたしがどこに行こうが自由じゃないですか?」
「確かにそうですけど、何も兄さんと同じ方向に行くことはないでしょう」
「ただの偶然ですよ、そんなことで引き止めないでください」

再び歩き出そうとしたシエルの肩を秋葉と同じようにむんずと捕まえると後ろに引き戻したのはアルクェイドだった。

「相変わらず姑息な言い訳ね、シエル」
「その言い方失礼ですね、アルクェイド」
「そんな事ばっかりしているから志貴に相手にされないのよ」
「人の事とやかく言えるんですか、不法侵入をくり返して撃退されているあなたがっ!」
「むー」
「ふん」

なにやら睨み合って動かなくなった二人から自分の目的を思い出した秋葉は静かにその場所を後にしようとしたが
殺気だった二人に両肩を捕まれてあえなく失敗に終わった。
そして少しの話し合いの後、一時休戦をして志貴の後を付ける目的を遂行する事に三人は全力を注ぐことに決めた。
どう控えめに見ても目立つことこの上ない三人組は、尾行というもっとも相応しくない行動を再開した。
まさか尾行されているなんて夢にも思わない志貴は翡翠を連れて最初の目的地にやって来た。

「あー、あの映画はっ、今度学校の帰りに遠野くんを誘って見ようと思っていたのに・・・・・・」
「残念ねシエルー、ふふん♪」
「私の目が黒い内はそんな寄り道はさせたりしません!」
「むっ」

へらへらと笑うアルクェイドと鼻で笑う秋葉をシエルはジト目で睨むが、どこ吹く風と言った感じであっさり無視された。
早くも仲間割れをしている彼女たちが騒いでいる頃、志貴と翡翠は映画館の中でスクリーンから目が離せなくなっていた。

「・・・・・・・・・ぽっ」
「(こ、琥珀さん、この映画はっ!?)」

この時、志貴は漸くこのデートを設定した琥珀の思惑と翡翠の思いをこれ以上ないと言うぐらい強引に認識させられた。
翡翠と同じに顔を赤らめている志貴が見ている映画は何と言うか、早い話が今の自分たちの同じ設定なのである。
優しいご主人様に仕えるメイドの少女が互いの壁を乗り越えて愛し合い真実の幸せを掴むハッピーエンドの物語。
それはもう自分に置き換えてしまった翡翠は瞳はおろか頭の中までぐるぐると回っていた。

「(わ、わたしと、志貴さまが・・・・・・あっ)」

すでにヒロインの女の子と完全に同調してしまった翡翠は映画が終わる頃にはすっかり幸せな気分に浸っていた。

「翡翠、映画楽しかった?」
「はい・・・・・・とても素敵でした・・・・・・」
「そ、そう、良かった」

翡翠が嬉しそうだからまあいいやと思った志貴はゆっくりと歩き出した、もちろん手は繋いだままである。

「な、なんか良い感じだよねー」
「遠野くん、映画館の中で何もしてないでしょうね」
「な、な、何かってなんですのっ!?」
「あ、歩き出したわ」
「行きましょう」
「ちょ、ちょっとあなたたちっ、私の質問に答えなさい!」

先ほどのシエルと同様に無視された秋葉はきりりと眉をつり上げどすどすと二人の後を追って歩き出した。
そんな三人の前を志貴とゆっくり歩いている翡翠の心は、今まで体験したことがないぐらい楽しかった。
普段は探偵として人の心の裏側など汚い部分を垣間見てしまう事が少なくなかったが、今日のこの時は
誰が見てもデートを楽しんでいる普通の女の子だった。

「あらっ、翡翠ちゃん、久しぶりだねー」
「ほぉ、最近姿を見ないと思ったらそーいうことか・・・・・・」
「なに言ってんだよ、翡翠ちゃんだって恋人の一人や二人いたっておかしくないだろう」
「そりゃそうだ、がはははーっ」
「何にしろ目出度いよなぁ〜」
「もしかして同棲始めちゃったのかい?」
「なるほど、それで最近見かけなかったかぁ〜」
「琥珀ちゃんも元気なんだね?」

いつの間にか二人は探偵事務所のあるビル近くまで歩いてきたようである。
商店街の中にあるこのビルの周りは人情味溢れた人たちで昔から変わっていなく、琥珀や翡翠も小さい頃から近所の
おじさんやおばさんに自分たちの子供のように見守られていた。
ここ最近、そんな二人の姿を見てないから心配だったが恋人を連れでやって来た物だからもうそこら中で大騒ぎだった。

「あ、いえそうじゃなくて・・・・・・その、あの・・・・・・」

しどろもどろになって答えることもままならない翡翠に変わって、みんなのパワーに押され気味になりながらも
翡翠を庇うように一歩前に出て説明した。

「み、みなさん、実は彼女たちは家で・・・・・・って、あの?」

そう言おうとした志貴の顔をまじまじと見つめた商店街の人たちは何かを思い出すように唸ると、息を合わせたように
手をぽんと叩いて頷き始めた。

「なんだ、遠野のぼっちゃんじゃないか〜」
「ほんとだよ、なんだびっくりさせないでくれよ」
「そう言えば小さい頃は翡翠ちゃんと琥珀ちゃんと三人で良く遊んでたよなぁ・・・・・・」
「そうそう、二人とも志貴ぼっちゃんのお嫁さんになるんだって言ってたよなぁ、うんうん」
「ってことは小さい時の夢が実現しちゃったのかい!?」
「おおっ、ますます目出度いぞこりゃ〜、こうなったらみんなでお祝いだなーっ!!」
「も、もしかして、ひーちゃん!?」
「あ、し、しきちゃん!?」

などと騒ぎが引かない中心で、志貴と翡翠はお互いに驚いたまま見つめ合って動かなかった。

「にゃに言っているのか聞こえないにゃー」
「だめですね、もう少し近づければなんとかなるのですが・・・・・・」
「なんだかとてつもなく嫌な予感がするわ・・・・・・」
「はい、今週はここまでですー、次回はどーんと盛り上がりますよー♪」
「こ、琥珀ーっ! あんた謀ったわねー!!」
「すみませんねー秋葉さん、そう言うことですからー」






つづく。