いきなりだが放課後である。
目が覚めた志貴が辺りを見回すと下校中の生徒達が自分を見ているのに気が付いた。
いや、正確にはその後ろにいるメイド服姿の翡翠に視線が集まっていた。

「おはようございます、志貴さま」
「あ、ああ、おはよう翡翠……」
「志貴さま、どうかされましたか?」
「い、いや、なんか寝過ごしちゃったみたいだけど……」
「はい、何回も起こしたのですがその……なかなか……申し訳有りません」
「翡翠の所為じゃないって、俺が悪いんだから気にしないで」
「で、でも……」
「ほらっ、過ぎたこと気にしても仕方がないよ、翡翠?」
「は、はい」

実は志貴の寝顔に見とれてなぜか起こすのが勿体ないと感じて強く起こせなかった翡翠は、
少し後ろめたいのかまともに志貴の顔が見られなかった。

「翡翠?」
「本当に申し訳有りませんでした」
「んー……翡翠、アイス好き?」
「えっ」
「よし、今から食べに行こうか、ね?」
「あ、あの……」
「もしかして嫌いだった、アイス?」
「そ、そんなこと無いです! あ……」

つい大きな声を出してしまい恥ずかしくて赤くなった翡翠の手を取ると、志貴はみんなの注目する中
校門に早歩きで移動した。

「お〜い遠野、待てってば〜っ」
「有彦?」
「お、お前なぁ〜鞄置いていく気か?」
「すまん、ありがとう……そうだ、有彦」
「なんだ?」

小さな声で有彦に顔を近づけた志貴は翡翠に聞こえないように小声で話した。

「ついでに悪いんだが少し小銭貸してくれないか?」
「水くさいこと言うなよ、親友が困っているの見捨てる分けないじゃないか!」
「助かるよ、それじゃ……」
「俺様も行くからな♪」
「どこへ?」
「もちろんお前達と一緒にさ」

有彦はそう言いニコニコしながら財布からお札を一枚抜き、志貴の手に渡した。

「さあ、行こうぜ! 親友よ♪」

何となく有彦の心の中が読めてしまった志貴は、はぁ〜っとため息を付いて翡翠の方に振り返った。






洗脳探偵 翡翠 brainwasher-hisui



第三話「あなたは神を信じますか?」







「こんにちは遠野くん、学校の帰りに寄り道ですか?」

楽しげに玄関を出た志貴たちに声をかけたのは、世話好きでみんなが頼りにしている三年生のシエルである。

「あ、シエル先輩こんにちは、実はアイスを食べに行こうかなと……」
「先輩も一緒にどうですか、一応遠野の奴のおごりなんっすよ」
「良いですねー、せっかくなのでお呼ばれされちゃいます」
「いいかな翡翠?」
「はい」
「よし、それじゃ行こう!」
「やっほー、待ちくたびれちゃったわ、志貴♪」

と、和気あいあいと仲良くみんなで歩き出し校門を出たところで志貴に声を掛ける美女が一人。

「「!!」」
「アルクェイド?」
「遠野、おまえって本当に顔が広いなぁ……」

ちなみニコニコしているアルクェイド、へらへらしている有彦、いつものようにのほほんとしている志貴。
しかし、二名の美少女の目は鈍い光で金髪の美女を睨んでいた。

「…………あなた、こんな所で何をしているのですか?」
「シエルじゃない、元気してたー?」
「あなたこそ、今度は遠野くんを弄んでポイする気ですか?」
「人聞きの悪いこと言わないでよ、わたしがそんな事するわけないじゃい」
「どうだか、少なくてもわたしが見てきた中では結果はいつも同じでしたけど」
「むー」

睨み合っている二人を見ていた翡翠は小さく頷くと控えめに志貴の袖を引っ張った。

「ん、なに翡翠?」
「お二人とも楽しそうにお話しているので邪魔しない方が宜しいかと?」
「んー、そうだね、なんか仲良さそうだしね」
「はい、とても残念ですが致し方ないと思います」
「じゃあ……」
「「待ちなさい」」

粋なり話を中断して声を合わせて詰め寄る二人から翡翠は志貴を庇うように立ちはだかる。

「あなた、何勝手なこと言ってるのよ?」
「わたしはこれと違ってお呼ばれされましたから行きますよ」
「にゃにおー!」
「事実でしょう」
「ふーっ」
「むっ」

再び睨み合うアルクェイドとシエルを冷めた横目で見つつ控えめに袖を引っ張る翡翠に、
志貴は苦笑いしながらもおとなしくついて行こうとした。

「あー、遠野くん、何してるの?」
「弓塚さん、いやちょっとね……」
「…………」

翡翠がじーっと背後から現れたさつきを見つめているので志貴はクラスメイトだよと紹介した。

「こんにちは、わたし弓塚さつき言います」
「あの、翡翠と言います」
「うん、お昼休みに教室で聞いてたから……ねえ、遠野くん」
「なに、弓塚さん?」
「遠野くんってメイドさんが好きだなんてちょっと意外だったなぁ〜って思って」
「ええっ、別にそう言う訳じゃないけど……」
「!!」

その志貴の言葉に表情が曇った翡翠だが、次の言葉で頭から湯気が出るんじゃないかと言えるぐらい
真っ赤になって俯いてしまった。

「だって好きなのは翡翠だからね」

あまりにもストレートな言葉に内心ショックを隠しながらさつきは引きつった笑いを浮かべる。

「と、遠野くんってその……大胆だね」
「ん、なんか変なこと言ったかなー?」
「言ったわ!」
「言いました!」
「そ、そうかな?」
「遠野、おまえってほんとーに天然ボケだなぁ、まあそこが良いのかもしれんが……」

そんな騒ぎの中、翡翠は真っ赤になったまま俯いていたがその顔に志貴の言葉のせいか笑顔が浮かんでいた。






そして始まる女の子どうしの三つ巴の戦いに学校の前は帰る生徒たちの人だかりが出来ていた。

「とにかく、わたしも着いていくわよ」
「そんなことさせません」
「ふーん、じゃあわたしは行っても良いんだね」
「あなた誰よ?」
「わたしは遠野くんのクラスメイトで弓塚さ……」
「そんなことはどうでも良いです」
「ひ、酷い、自己紹介の途中なのに〜」
「でしょう? こいつっていつも卑怯な手を使うのよ、ほんとずるいんだからー」
「失礼ですね、あなたにそんなことを言われる筋合いは有りません」
「ふーん、とにかくわたしは関係ないみたいだから行くわね」
「「お待ちなさい!!」」
「あーん、離してください!」
「自分だけ抜け駆けとはいけませんね」
「そうよ、これ幸いにわたしの志貴に近づこうだなんて見逃すわけ無いでしょう」
「どうして友達同士で遊びに行くのがいけないの?」
「どうしても!」
「どうしてもです!」
「あーん、変な人たちに捕まっちゃったよー!」
「誰が変人ですか、この人と一緒にされるなんて不愉快です」
「わたしだって卑怯者と同じに見られるのは屈辱だわ」

そんな三人の様子を呆然と見ていた志貴だったがまたまた翡翠が控えめに袖を引っ張るので、有彦に
後を任せると二人きりで行ってしまった。

「ずるいぞ親友、こんなのどうやって収拾しろっていうんだよ……」

結局暫く騒ぎを見ていたが有彦も三人を残して行ってしまった志貴と同じように生徒たちの中に紛れて消えた。
そして三人がこの場に志貴がいないと気が付いたのは夕焼けで空がオレンジ色になった頃である。

「またしても邪魔されたわ……」
「せっかく遠野くんが誘ってくれたのにまったく……」
「えーん、酷いよ遠野くん」

この戦いの後三人の間に友情が芽生えたと言う話はまったく持って有りもしない。
『骨折り損のくたびれ儲け』
まさに彼女たちが経験した貴重な格言であった。
ちなみに『棚からぼた餅』と言う格言を手にしたのはもちろん彼女である。

「美味しい、翡翠?」
「はい、美味しいです」
「ちょっと食べても良いかな?」
「あ、ど、どうぞ」

翡翠の持っているアイスを一口貰って味わう志貴の顔をまじまじと見つめていた翡翠は有る事実に気が付いて
またしても顔を真っ赤にしてしまう。

「んー……ちょっと甘いかな?」
「…………」
「ん、俺のも食べる?」
「…………(コクン)」
「はい、翡翠」

そうして差し出されたアイスを小さい口で囓って味わう翡翠の顔は微笑みと更に赤みが増した。
ここに来て漸く翡翠の様子がおかしい事に気が付いた志貴は、今の行為を思い出して自分の顔も真っ赤になった。

「あ、間接キスしちゃったね……ごめん翡翠」
「……そんなこと……無いです」
「そ、そう」
「はい」
「か、帰ろうか、翡翠」
「は、はい……志貴さん」

そしてどちらともなくふれあった指先がそっと握り合い、繋がった影が夕焼けに長く地面に映し出された。
確実に琥珀の思惑通りに仲が良くなっていく二人は、ついに初めてのデートに行くことになる。

「ちょ、ちょっと琥珀! どうなってんのよーっ!?」
「ふふふ、今週はここまでです。翡翠ちゃんがんばってー♪」






つづく。