「貴方を犯人です!」

くるくると回した指先を相手に向けて馴染みの決めゼリフ。
クールな表情と冷めた瞳、いかしたメイド服姿の女の子。
どんな難事件もあっさり解決する彼女の名は翡翠。
そんな彼女を人々は敬意を込めてこう呼ぶ。






洗脳探偵 翡翠 brainwasher−hisui



第一話「恋はいつだって唐突だ」







月姫探偵社。
死んだ両親から譲り受けた琥珀と翡翠、二人の双子の姉妹が細々と営むアットホームな探偵社である。
そしてこの事務所に今日来たお客の中で一際目立つ彼女の名は遠野秋葉。
高校生ながら遠野財閥の会長で内密にと相談に来たらしい。

「えー、そうすると最近お兄さんにつきまとっている女性がいると言うことですか?」
「はい、しかもその女、毎夜兄さんの部屋の窓から出入りする不作法な人なのです」
「はー、変わった人ですね」
「人が良い兄さんだからむげに断れず許しているのですが、このままでは世間の評判が良くありません」
「確かにそうかもしれませんね」
「ひとつ兄さんの側で女癖の悪い証拠を……んんっ、女が出入りしないように見張って頂けないでしょうか?」
「あの、うちは探偵なので警備員のようなことはちょっと・・・」
「前金です」
「お引き受けしましょう♪」

現実は厳しい、いくら事件を解決してもほとんど協力と言う事になっているので早い話ただ働きである。
『よかったわぁ、今月そろそろ厳しかったのよねー』
にこやかな笑顔で喜んでいる琥珀の横で、翡翠は秋葉の話を全然聞いていなかった。
彼女はクッキーをかじりながらお気に入りの紅茶を飲んで考え事をしていた。
『夕飯はオムレツが食べたい』
と、全然関係ない事を思っていたせいか、いつの間にか話が決まっていた事に気が付いていなかった。

「さあ、翡翠ちゃん出かけましょう♪」
「どこに?」
「あー、もしかしてお話聞いてませんでしたね?」
「お腹空いてたから」

ぽりぽりと琥珀お手製のクッキーを食べながら頷く翡翠に琥珀は肩を竦めて言葉を続ける。

「しょうがないですね、道すがら教えますから出かける用意をしましょう」
「解ったわ姉さん」

こうして二人は秋葉と一緒に車に乗り込むと遠野家の屋敷にと向かった。






「それでお二人は新しいメイドと言うことでお願いします」
「解りました、翡翠ちゃんと一緒にがんばります」
「…………」
「ん、どうしたの翡翠ちゃん?」
「姉さんが出来るのって料理ぐらいじゃなかったの?」
「ええ、だから翡翠ちゃんはお掃除と洗濯をお願いね」
「解ったわ」
「あと、翡翠ちゃんは志貴さん付きのメイドですからね」
「志貴さん?」
「もー、翡翠ちゃん冗談ばっかり」
「…………あ、秋葉さんのお兄さん?」
「そうです、わたしは秋葉さん付きですからがんばってね」
「うん」

メイドの格好をした翡翠はちょっと不機嫌そうな顔で二階にある志貴の部屋に行くと
控えめにドアをノックをする。

こんこん。

「失礼します」

しかし中から何も反応が無くもう一回ノックを試みる。

こんこん。

「失礼します、志貴さま」

そう言ってドアを開けて部屋の中に入った翡翠の視線はベッドの上に釘付けになった。
一人の少年が静かに寝ていたが、その寝顔が綺麗で翡翠は見とれて声を掛けることを忘れてしまった。
暫く見とれていると自分の鼓動が激しく音を立てて耳に聞こえて顔が赤くなっていくが、
そんなことに構わず翡翠は志貴の寝顔を見つめ続けた。

「ん……」
「あっ」
「ん、ん〜寝ちゃったのか……あれ、君は?」
「初めまして、志貴さま専属のメイドで翡翠と言います」
「あ〜、秋葉のやつか……まったく、何を考えているんだあいつは?」
「これからよろしくお願いします」
「え、あ、うん、えっと翡翠さんに一つお願いが有るんだけど……」
「なんでしょうか?」
「俺のことは志貴って呼び捨てで良いからさ、なんか同じ年ぐらいの人にさま付けされるの苦手でさ」
「いえ、わたしの主人は志貴さまですから困ります」
「うーん、じゃあ二人っきりの時だけでも頼むよ、お願い!」

ぱしんと手を叩いて拝む志貴を見て思わず翡翠は口元が綻んだりしてしまった。

「……解りました、努力します」
「ホント? うん、じゃあそう言うことで改めてよろしくね、翡翠」
「はい、志貴……さん」
「うん、こちらこそ!」

志貴の笑顔に釣られた翡翠の顔は、照れるような嬉しいようなそれでいてちょっと困った感じの笑顔を
浮かべていた。






「ふふふ」
「なに姉さん?」

翡翠は琥珀と一緒に二人にあてがわれた部屋で今日の出来事を話していたら、琥珀はくすくすと
笑い出したので翡翠が怪訝な表情を浮かべて尋ねた。

「翡翠ちゃん、もうそんなに志貴さんと仲良くなったのね」
「あ、えっ……」
「わたしは翡翠ちゃんを応援してるからね」
「ち、違うのよ姉さん、そんなんじゃなくて……あの……」
「でも翡翠ちゃんが一目惚れするなんて、これは運命の恋人かなー?」
「こ、恋人……」

真っ赤になって俯いてしまった妹見て琥珀は内心思っていた。
『これで翡翠ちゃんと志貴さんが上手くいったら、ふふふ……』
どうやら翡翠の恋を純粋に応援しているだけではないらしく、瞳の奥が妖しく光っていた。
気恥ずかしいけど満更嫌でもないのか口元が綻んでいる翡翠と、どこか含みのある琥珀の微笑みはちょっと異様である。
そして翌日から翡翠の態度はメイドそのものだった。
お気に入りの音楽で目を覚ますと志貴を起こして学校へ行くときは門まで見送り、夕方志貴が返ってくる頃に
合わせて門の前に立っていたりする。
家の中では呼ばれたときにいつでも側に行けるように志貴の側から付かず離れずの距離で仕えていた。

「凄いわね翡翠、完璧なメイドぶりじゃない?」
「翡翠ちゃん、お仕事に関しては真面目ですから」
「もちろんあなたもね、琥珀」
「あはー、お褒めに預かっちゃいました」
「どう、このまま家で働かない?」
「うーん、そうですね……まあそれはおいおいと言うことで」
「そうね、それにしてもちょっと気になるんだけど……」
「はい?」

秋葉の視線がうさんくさい物を見るように細くなり、向かいに座っている志貴と楽しそうに話している翡翠の
笑顔に視線が定まっていた。

「翡翠、なんだかとっても嬉しそうにしているんだけどねぇ……」
「そう言えばそうですね、ふふっ」
「その笑いは何?」
「はい、だってよく言うじゃないですか」
「何を?」
「えっと『恋はいつだって唐突だ』って事ですよ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!? それって・・・」
「はい、今日はここまでです。また来週お会いしましょう♪」
「こらっ、勝手に終わりにするんじゃない!」






つづく。