天神山の常夜燈
 廿日市の湊には交易のために諸国から商船が入津しており、夜間の入津の目印に見晴らしのよい天神山に常夜燈が設置された。現在残されているものは明治23年(1890)5月に設置されたもので海上安全と大きく刻られている。また、文政7年(1824)8月に寄進設置された小さい常夜燈もみられる。
 文献によると元文3年(1738)に廿日市の商人によって「ミヨ・ミヲ(澪)ノ火」と呼ばれる常夜燈が寄付設置され、その子孫は文政2年(1819)ごろまで毎月油料を寄付していたようである。
 しかし、常夜燈設置の始まりについては、正徳2年(1712)頃には町の経費から天神坊灯明銭が1ケ月10匁、年間120目が支給されており、また、享保21年(1735)頃には西浜町で常夜燈中という維持管理組織が出来ていたことが分っており、これらから元文3年(1738)の常夜燈設置は古くからあった常夜燈が新しく設置し直されたものと思われるのである。
廿日市湊