丈六像−釈迦如来坐像
この釈迦如来坐像は古くは外宮の神宮寺に安置されていたものとみられ、正安2年(1300)の文書にみられる神宮寺御堂が釈迦堂と思われる。釈迦堂と記されている初見は天正13年(1585)であり、正徳2年(1712)の外宮絵図では御旅所の西側に釈迦堂が描かれている。
写真の棟札は釈迦堂が文久2年(1862)に再建された時のものであり、その後明治時代に入って神仏分離、排仏毀釈の苦難時代を経て現在地に安置された。
天保12年(1841)頃には、旧暦の9月3日から7日まで厳島神社の権座主が釈迦堂にこもって大般若経を転読していたようである。この釈迦堂の位置は現在の地御前小学校の地であり、明治時代に小学校の建設に伴なって現在地に移転したものとみられる。
この釈迦如来丈六像は像高290pの大きな坐像の仏像で、広島県下随一の丈六坐像であり貴重な仏像である。地御前神社