感想文(1999年読書分)


『念力密室!』(西澤保彦)

収録作品:
 「念力密室」「念力密室2 死体はベランダに遭難する」「念力密室3 鍵の抜ける道」「念力密室4 乳児の告発」「念力密室5 鍵の戻る道」「念力密室F」

あらすじ:
 <超能力者問題秘密対策委員会出張相談員・(見習)>神麻嗣子と、売れないミステリ作家・保科匡緒、そして美貌の警部・能解匡緒との不思議な出会いが、ミステリシーンを変えた!”密室”。この深奥かつ甘美な本格のテーマを自在に構築し謎を解く、西澤保彦の神技、そして奇想の世界を、とくとご賞味ください!
(裏表紙より)

感想:
 最後の「念力密室F」以外はメフィストですでに読んでいる話でしたが、それでも楽しめました。西澤のデビュー単行本『解体諸因』「犯人はなぜ死体をバラバラにしたのか?」という小理屈にとことんこだわった作品集であったように、この『念力密室!』「現場はなぜ密室にされなければならなかったのか?」という小理屈に徹底的にこだわった作品集です。で、そのためにわざわざいくつも密室トリックを作っていられないので、念力で密室を構成したということにしたんじゃないかと邪推しています。
 98年マイベストにも書きましたが、ここに収録の作品で選ぶと私のベストは「死体はベランダに遭難する」です。なんといっても現場を密室にする理由が一番意外性があって、しかも一番説得力がありました。次が、ん〜、難しいところですが、「犯人」の構想(というか妄想)がいかにも西澤らしい「鍵の戻る道」と、ラストがあまりにもショッキングな「乳児の告発」でしょうか。

 密室とはいっても、鍵をかけるのが犯人とは限らず、被害者が鍵をかけたり、無関係の第三者が鍵をかけたりしているし、合い鍵を持っているはずの人物がわざわざ念力で鍵を掛けたりしているので、「密室」と言うのは厳密には嘘かなあ?とはいえ、その鍵の掛け方が全て「念力」を使うという反則技なので、その程度の嘘はノープロブレム(笑)。

 次回からのチョーモンインシリーズの短編は、また念力とは別の超能力で統一する予定だそうですが、その「縛り」を何にするかは未定だとのこと。とはいえ、筆の早い氏のことですから次回のメフィストにはもう載ったりしてね。
 そうそう、それから水玉蛍之丞氏の挿し絵がこのシリーズのもう一つの魅力なのですが、メフィスト掲載時の挿し絵が単行本には収録されていません。というわけで次からも掲載誌はちゃんと買わないとね。

99.1.10読了


『地球儀のスライス』(森博嗣)

収録作品:
 「小鳥の恩返し」「片方のピアス」「素敵な日記」「僕に似た人」「石塔の屋根飾り」「マン島の蒸気鉄道」「有限要素魔法」「河童」「気さくなお人形、19歳」「僕は秋子に借りがある」

感想:
 全体的になんだか訳の分からない話が多かったように思いました。「僕に似た人」とか「有限要素魔法」とか「河童」とか。こういうのはちょっと苦手だな〜。あと、犀川らが登場する2作もいまいちだったように思います。
 「石塔の屋根飾り」は、屋根飾りが地面に作られている解釈としてはあれでいいとしても、屋根の上に飾りが作られていない理由にはなっていないような気が・・・。「マン島の蒸気鉄道」は、あまりにもネタがばればれだったので困ってしまいました(笑)。列車をUターンさせる謎の方がずっと高度で面白そうなのに、この謎は答えを出してくれてないんだよな〜。一応答えらしきものは考えついてはいるんですけどね。ただ、この2作は明らかにアシモフ『黒後家蜘蛛の会』を意識した作りになっていて(「黒窓の会」”Banquets of the black Windows”とかいう秘密の会も登場する(笑))、諏訪野がヘンリーの役というのはうまくはまっていると思いました。これだけをシリーズ化してまとめた方が良かったかも。
 というわけで、結局この中で一応楽しんで読めたのは「小鳥の恩返し」だけということになってしまいました。

 ところで、この作品集の中に新シリーズのキャラクターが登場するという噂ですが、どれがそうなんでしょうか?? 私にはさっぱり見当が付かないんですけど。

99.1.11読了


『三角館の恐怖』(江戸川乱歩)

あらすじ:

  隅田川近辺の川岸に建つ石とレンガの古色蒼然たる三階建ての洋館――元は正方形の屋敷だったものを対角線で真っ二つにしたため、付近の人々から三角屋敷とも三角館とも呼ばれる蛭峰一族の洋館で、一月下旬の雪の深夜、突如として一発の銃声が鳴り響いた!
 二つの蛭峰家には、双子の当主が生き残り競争を賭けた巨万の遺産相続権をめぐる執念の敵意が、異様な状況をここに寄る一族すべての者たちに及ぼし、ついには第二の殺人が!?
 犯人は内部の者に限られていた! 七人の容疑者のうち、はたして真犯人はだれか……!?
 ――篠警部と森川弁護士をホームズとワトソン役にして怪事件のナゾを解く、アメリカの作家ロジャー・スカーレットの本格編「エンジェル家の殺人」を原作にする傑作翻案小説!(表紙折り返しより)

感想:

 この話をポプラ社の少年探偵シリーズで読んだのはもう何十年前になるんだろうか(確か借り物ではなく持っていたはず、今は行方不明だけど)。伏線の張り方とか物語の展開などが、それまで読んできた江戸川乱歩とはちょっと違っているなあ、という印象を持った記憶があります。あと、記憶では明智小五郎が登場したと思い込んでいましたが、実際はそうではなくて篠警部という方が探偵役で登場しています。まあ、言動はほとんど明智そっくりなんですけどね(笑)。この篠警部、他の作品でも登場する方なのかどうか、私は知りませんが、どうして明智ではいけなかったのだろうという疑問はあります。何か事情があったんでしょうか?
 まあ、それはともかくとして、奇怪な構造の館、怪しげな登場人物、巧緻な密室トリック、周到な伏線、意外な動機、そして犯人と探偵の駆け引きと最後の対決など、黄金時代の本格ミステリの満喫しました。中でも犯人を特定するに至る、ほんのちょっとした「矛盾」の手がかりが見事でした。

 実は私はこの元ネタとなった『エンジェル家殺人事件』を著したロージャー・スカーレットの他の作品を存じ上げないのですが、これほどの名作をものした方の作品なら他も是非読んでみたいと思います。

99.2.26読了


『影の告発』(土屋隆夫)

あらすじ:

 デパートの満員のエレベーターの中で殺人事件が発生。被害者は私立高の校長、城崎達也と判明した。白昼、しかも衆人環視の中での大胆不敵な犯行の手がかりは名刺と母娘の古い写真しかない。偶然事件現場に居合わせた千草検事が捜査の指揮をとることになった……。
(裏表紙より)

感想:

 土屋隆夫の作品は『不安な産声』しか読んだことなくて、作風をあまりよく知らないのですが、かつてEさんが「千草検事ものはなかなかいいです」と仰っていたので古本屋で見つけて買っておいたものを、購入半年後にしてやっと読みました。
 最初は、エレベーター内での殺人トリックがメインになっていくのかと思って読んでいたのですが、途中で、かなりストレートな「アリバイ崩し」ものだと気づきました。で、アリバイ崩しものの宿命として犯人がバレバレになってしまったので、意外な犯人像は諦めて、どんなアリバイトリックを使ってくれるのか、という期待で読みました。
 で、そのアリバイトリックですが、書かれた時代が古いので、もっと機械的なトリックかと思っていたら、けっこう心理トリックだったりして、なかなか面白かったです。有名作品のトリックというのは、読んだことはなくても何かで知っていることが多いものですが、幸いにして、今回はそういうことはありませんでした。
 難を言えば、「あの女がいた」という被害者のダイイングメッセージが、メインな部分ではなんの意味も無かったという点でしょうか。まあ、これはミスディレクションとして警察が振り回された、という意味はありましたけど。

 さて、次は『危険な童話』『針の誘い』を探そう。

99.1.26読了


『だめ!』(だめ連/編)

内容:

 だめ連とは。
 ごく一般的には就職して、結婚して、というライフスタイルが正しい人生として語られることが多いこの世の中で、就職とか結婚とかせずに、自分の人生を使ってそれ以外の様々なライフスタイルのありようを友人たちと関係を作りつつ群れながら実験する、あるいはせざるを得ない人々のつどい、または、「自せん他せんを問わずダメな人がダメをこじらせないようにいろいろやるつどい」であり、昨今特にキビシいことの多い人生ですが、今の世の中でやってらんなくなったダメな人たちのつながりこそ、もしかしたらキビシい時代のショボい対抗文化の萌芽たりうるかもしれない、という希望もあるという集団。
 そんなだめ連に集う人たちのトークなどを集めた本です。

感想:

 「だめ連」というと、新聞紙上でいちおうその存在くらいは知っていて、いったいどんな団体なのか興味をもっていました。この「だめ連」の中心人物、神長恒一氏は現在33歳、無職、3年間くらい全然働いてなくて買い物はここ3,4年は食事以外なにもしてないという人。月2万4千の四畳半で一日に13時間くらい睡眠をとりながら暮らしていて、人との交流が大好きだそうです。うらやましい生き方ですね(笑)。

 「だめ連」につどう人々の「だめ」になった理由はいろいろで、それがギャンブルだったり心の病だったりするのですが、私として一番心惹かれるのは特に理由もなく、この世の中や会社の仕組みになんとなく馴染めなくて、だめになっていく人の話(トーク)です。だって、それが今の自分に一番近いから。

 働き者が重宝されて怠け者が疎んじられるこの世の中ですが、「働き者」がいればそれと同じ数だけ「怠け者」は存在するわけで、そういう「怠け者」が「働き者」と同じように働くことがどれだけ辛いことか。しかし世の中は、もうどうしようもないくらい「働き者」の天下なので、「怠け者」の「辛さ」はしょせん「甘え」とか「さぼり」としか見られない。で、進退窮まってしまった「怠け者」たちは、例えば覚醒剤に走ったり、自己啓発セミナーとか宗教に救いを求めるか、蒸発、自殺といった選択をしなくてはならなくなるわけです。キツイですね、ほんとに。私の友人なんかも毎日夜中の12時、1時まで働いてるとか、終電が終わってるのでいつもタクシーで家に帰るとかいう人が少なからずいますので、そんな働き方は尋常じゃないよなあ、もし自分がそれをやるとしたら、たぶんシャブでも打たない限り無理だろうなあ、と思います。
 で、そんなキビシい世の中に適応できずに「だめ人間」とレッテルを貼られてしまう人たち(私自身も明らかに「そちら側」に近い人間ですが(笑))の視野を広げてくれる、そんな集団(つどい)が「だめ連」というわけです。

 で、この神長氏の場合、仕事する代わりにバンドやったり劇団つくったり、デモに参加したり(新宿のホームレス強制排除の時も、ホームレスの人たち(=先輩)の支援に駆けつけたとか)、と、なんか学生と変わらないようなことをいろいろやってたりするわけで、こういういわゆる「モラトリアム」を延長し続けるような生き方には賛否両論あろうかとは思います。
 が、完全失業率が4%を越えて、まだ下がる気配が見えない昨今、仕事を失うことへの恐怖というのは結構身近にある不安です。で、そういう局面になってしまいそうな時、なってしまった時に、お金なんかなくても、仕事なんかなくてもけっこう人は楽しく暮らしていける、という事実を知っているだけで、ずいぶん心が楽になるような気がします。
 あるいは、人生のレールを踏み外すことを盲目的に恐れて効率と競争に明け暮れている人が非常に多いこの世の中で、レールの外にもけっこう面白おかしい人生が転がっているということが分かれば、みんな肩の力が抜けてもうちょっと生きやすい世の中になるかな、と。

 この前に読んでいたのが『チグリスとユーフラテス』(新井素子)だったので、人生の目的とか生きることの意味とかいろいろ考えてしまったのですが、この本を読んでまた違った考え方を持つことが出来たような気がします。

 不満点が一つあるとしたら、値段でしょう。1500円はちょっと高いよなあ。でもこの印税で神長氏がもうしばらく働かずにすむかな(笑)。それはともかく、平日昼間をだらだら過ごす誘惑は非常に大きいので、私にとっては非常に危険な本だということだけは確かです、まじで。

99.3.2読了


『紫の悪魔』(響堂新)

あらすじ:

 鮮血にまみれ、白骨があらわになった死体!自らの肉体切り刻む女!魔の奇病が突如出現し、日本はパニックに陥る。蔓延する戦慄の病魔とその謎に、気鋭植物学者、五十嵐雄次が迫る。ボルネオ奥地の伝説と世界の先端医学が交錯した時……次々と起きる奇怪な死の裏側に、とてつもない巨悪が蠢いていた。
(表紙折り返しより抜粋)
 第3回(1998年)新潮ミステリー倶楽部賞島田荘司特別賞

感想:

 なんと言っても必殺推薦人の「島田荘司特別賞」ですから、読む前は実は結構不安がありました(笑)。杞憂でしたけど。
 ネタ的には、ボルネオ奥地の原住民の伝説とか呪いといったものを先端医学できれいに解釈してみせる展開がいかにも島田好みといった感じです。惜しむらくは、著者紹介とプロローグを読んだだけで、分かる人にはほぼ完全に「紫の悪魔」の正体が分かってしまうところが残念。ただし、そこから狂牛病との関連へと至る展開はさすがに予想出来ませんでしたけどね。
 キャラ的には、主人公が五十嵐なのか田代なのか分からないところが難です。登場人物表には五十嵐がトップに載っていて、実際の事件を解決してみせるのも彼なのでこちらが主人公なんでしょうけど、実際にボルネオの奥地で窮地に陥り、それを乗り越える、といった主人公的な活躍を見せるのは田代の方ですから。

 総合的には、かなり楽しんで読めた作品なので、評価は高いです。『天使の囀り』(貴志祐介)のような密林&バイオネタが好きな人にはおすすめでしょう。それほど気持ち悪くもないし(笑)。

99.3.15読了


『ループ』(鈴木光司)

あらすじ:

 長寿村と呼ばれる地域がある場所と、重力異常が起きている地域は偶然とは言えないほどの確率で重なり合っている。そんな事実に気づいた二見馨は、この重力異常地点の一つ、北米砂漠地帯に旅行する約束を父と交わすが、まもなく父は新種のヒトガンウイルスに冒されてしまう。突如現れたガンウイルスと父がかつて携わっていた人工生命プロジェクト「ループ」には何らかの関連があるのか?馨は父を救う道を探すために、単身北米の砂漠へ旅立った。

感想:

 私の評価だと、『らせん』の登場は『リング』を台無しにしてしまったのですが、その段で行くとこの『ループ』は、その『らせん』すらも台無しにしてしまった話です。まさかあんなパターンで来るとは思いもしなかったぞ。反則技もここまでやると立派かも(笑)。
 ん? ということは最近出た『バースデイ』はこの『ループ』を台無しにするような話ってことなのか?

 冗談はさておき(本気だけど)、父と息子の関係なんかがいかにも鈴木光司らしいストーリーであるとは言えるでしょう。が、しかしそれにしても・・・。シリーズにこだわらずに別の物語として独立して書けばいいのに。
 『らせん』を読んだとき、このシリーズは『リング』だけにしておく方がいいと感じたのですが、この『ループ』を読んで、その思いをいっそう強くしました。鈴木光司も、このままこんな風に角川商法に染まると作家として取り返しのつかないことになる、ということに早く気づいて欲しい。

99.3.17読了


『銀の檻を溶かして』(高里椎奈)

あらすじ:

 賑やかな街の一角に、その店は存在する。燻べたような色の木の板、木の壁、木の天井。まるでそこだけ時に取り残されたかのような――その店。蒼然たる看板に大書きされた屋号は、『深山木薬店』。優しげな青年と、澄んだ美貌の少年と、元気な男の子の三人が営む薬種店は、だが、極めて特殊な「探偵事務所」で…!? メフィスト賞受賞作!!
(裏表紙より)

感想:

 う〜ん、これはちょっと・・・。ミステリとしてはかなり不出来な部類に入ると思います。少なくとも新味のあるトリックやプロットは一つもないし、それどころか「結局説明されない謎」「実は抜け道のあった密室」「実は妖怪の仕業だった怪現象」など、私の基準からするとこの人はミステリ作家じゃないです。メフィスト賞の中では清涼院を下回る存在ですね。まあ、この人はミステリよりもキャラで読ませる話を書きたいのかもしれませんが、私は美形キャラには全く興味ないので。
 というわけで、ショタの人(笑)以外は読まない方がいいでしょう。

99.3.21読了


『ダブル・キャスト』(高畑京一郎)

あらすじ:

 川崎涼介は、廃墟となったビルの屋上から転落し、意識を失った。見知らぬ家で目覚めた涼介は自宅へと向かう。だがそこで目にしたのは、自分の葬式だった――。
 浦和涼介は、帰宅途中に見知らぬ若者の転落事故に遭遇する。惨事に直面し、気を失う涼介。不可解な記憶喪失の、それが始まりであった――。
 川崎亜希は、まるで亡き兄のように振る舞う見知らぬ少年に困惑していた。だが彼女は知る事になる、自分に迫る危機と、自分を護ろうとする”心”を――。
(表紙折り返しより)

感想:

 『タイム・リープ』以来2年ぶりの高畑京一郎の新作です。まあ、『タイム・リープ』並みの精緻な構成はさすがに難しいでしょうけど、ジュブナイルとしてけっこう楽しめました。
 で、主人公の浦和涼介が通う高校が『タイム・リープ』の舞台の東高校なので、名前だけながら若松君も登場するし、関君に至ってはセリフ有りで登場するし、と、結構そんなところに一人で受けてました(笑)。
 もう一つ受けたところは登場人物の名前でした。川崎はともかく、浦和なんて名字としては一般的じゃないので、神奈川vs埼玉なのか? と思って読んでいたら、北澤だ柱谷だ、岡野だ武田だとどっかで聞いたような名字がずらっと並んでて笑えました。作者はサッカーフリークなのかしらん?

 ストーリー的にはひねりもあってどんでん返しもあってなかなかよかったです。対決シーンもなかなか読ませてくれました。犯人の「動機」だけは少々陳腐でしたけど、ま、これはこれで。

99.3.31読了


 き ん
『黄金色の祈り』(西澤保彦)

あらすじ:

 誰が十字架を背負うのか
 アルトサックスの盗難から始まった悲劇の連鎖。
 輪舞する奇想!慟哭の結末!

 荒れ果てた廃校で天才ミュージシャンが非業の死をとげた。遺体の傍には級友
のアルトサックス。神は彼ひとりに味方し欲しいもの全てを手にした青年の惨劇。
死の背後に見え隠れする「青春の罠」とは?
(帯表裏より)

感想:

 これまでの西澤作品とはかなり毛色の違った話で、雰囲気として一番近いのは『猟死の果て』だと思いますが、それよりずっと西澤的奇想の色あいが薄い感じです。
 中学、高校で同じ女生徒のアルトサックスが盗難されるという謎と、廃校の屋根裏で見つかった白骨化した死体、という2点がミステリとしての「事件」なんですが、そんな事件の謎解きよりも主人公の人生のなりゆきとか内面の葛藤とかそういうものの描写の方が圧倒的に多くて、ミステリというより自伝なんじゃないかと思ってしまいました。主人公は作中で中学生から40歳過ぎまで描かれるのですが、その間にあった様々な出来事、出会いや別れなどがとりとめもなく時系列順に描写され、しかもアメリカの大学への入学、創作法専修を卒業したこと、帰国して女子校の教師をしていたこと、そして作家デビュー、などなど作者のプロフィールと一致することおびただしく、従ってここで描写されているほとんどのことは作者自身が実際に体験したことなんじゃないかと思わざるを得ません。そういう風に思わせておいて「優しい恋人から僕へ」森博嗣『まどろみ消去』に収録)のようなどんでん返しをする、というわけでもなかったし。ただ「著者付記」には「純然たるフィクション」と書いてありますけどね。

 今までのような奇抜さを求める西澤作品を期待する人にはあまりお勧めできませんが、西澤の作家になるまでのいきさつを知りたい、とか、小説家・西澤保彦の別の一面を見てみたい、という方は一読の価値はあるかもしれません。

99.4.1読了


『とむらい機関車』(大阪圭吉)

収録作品:

 デパートの絞刑吏、死の快走船、気狂い機関車、とむらい機関車、燈台鬼、闖入者、三狂人、白妖、あやつり裁判、銀座幽霊、動かぬ鯨群、寒の夜晴れ、坑鬼、幽霊妻

感想:

 というわけで、先日の古本市での収穫、大阪圭吉です。以前「ミステリーの愉しみ」叢書で「幽霊妻」だけは読んだことがあり、「戦前にこんなバカミス(誉め言葉)を書く人が!」と衝撃を受けたものでした(笑)。
 「死の快走船」のロジック、「燈台鬼」のまるで『アトポス』(島田荘司)を思わせる不気味な展開、「白妖」の二転三転する犯人像、「あやつり裁判」の奇妙な論理、「動かぬ鯨群」の意外な動機による大胆なトリック、「寒の夜晴れ」の犯人消失、など、どの作品もそれぞれに異なった持ち味の多彩な作品集でした。表題作の「とむらい機関車」の、豚連続轢殺事件の裏に隠された悲劇の物語は泣かせてくれます。

 これほどの作家の本がほとんど入手不能な状態だっていう現状はいけないなあ。

99.4.12読了


『コティングリー妖精事件』(ジョー・クーパー/井村君江訳)

内容:

 1917年の夏、イギリス、ベッドフォード近郊の小さな村コティングリーで、16歳のエルシーと10歳のフランシスの二人の少女が、妖精の姿を写真に収めた。これがその後60年以上にわたって世間を騒がせることになる妖精写真である。この「妖精写真」をとりまく世間の動向と真偽をめぐる論争をつづったドキュメンタリー。

感想:

 というわけで、映画「フェアリーテール」の元ネタとなった事件のドキュメントです。私もこの「妖精写真」は小学生の頃に見た覚えがあります。で、一応「コナン・ドイルも騙されたトリック写真」だということは話に聞いていたのですが、それがどんなトリック撮影なのか、なぜトリックであることが分かったのか、ということは知りませんでした。これについては、トリック自体は紙に描いた妖精をハット・ピンでキノコの上に刺したという単純なもので、66年後に当人がそう告白したためにトリックであることが判明した(確定した)ということだそうです。
 ところが、ここからが面白いところなんですが、当時撮影された5枚の「妖精写真」のうち、4枚はそういうトリックで撮影したものだが、5枚目はトリックではなく本物である、と、いまや故人となってしまった当人は生前そう言っていたんだそうです。考え方としては、4枚がトリックなんだから、もう1枚も当然トリックだろうとも考えられるし、4枚がトリックであると告白しておいてもう1枚が本物だなんて主張する奇妙さからして、最後の1枚は本物だろう、とも考えられます。少なくとも最後の1枚については紙に描いたものをただ撮影したような単純なものではないので、トリックだとしても同じトリックを使ったものでないことだけは確かです。専門家は二重露出だと判断しているようですが、果たして16歳の少女にそんなテクニックが駆使できるものか、当時のカメラやフィルムがどのようなものなのか分からないので私には判断できません。が、露出やシャッタースピードなどかなり工夫しないとうまく写せないような気はします。
 このように、解明するところは解明しておいて、それでも最後の1%は夢を残しておいてくれる(笑)やり方は、日本テレビ系「特命リサーチ200X」の超常現象捜査ファイルみたいで面白かったです。

 映画の方はどんな「つくり」になっているのでしょうか? ちょっと興味があります。

99.4.5読了


『死の病原体プリオン』(リチャード・ローズ)

原 題:Deadly Feasts / Richard Rhodes (1997)

内容:

 脳がスポンジと化す。その奇病を引き起こす病原体は、放射線照射も、306度の高温をも生き延びる。そしてそれはいまや食肉、化粧品から医薬品まで、われわれのごく身近にあるという。
 感染すれば、痴呆、けいれんの末に100パーセント死に至る。予防手段も治療方法もない。奇病は羊、ミンク、牛、猫へと種を越えて拡がり、ついにイギリスの少年少女たちが倒れた。いずれも脳がスポンジと化していた。
 そしてその病原体には遺伝子がない。それでもなお自己増殖し、進化し、変異をとげるという。この不死身の病原体の正体は何か。羊の病気から狂牛病、アルツハイマー病へとつづく奇妙なつながりが指し示す人類の未来とは……。
 本書はフィクションではない。医学・生化学の常識を、生命の概念そのものを根底から覆す戦慄のドキュメントである。(表紙折り返しより)

感想:

 さて、ちょっと前にさんざ話題になった狂牛病、クロイツフェルト−ヤコブ病などの原因とされる感染性粒子、プリオンについてのドキュメンタリです。
 出張で移動の時に読みました。なんだかハンバーガーを食べるのが恐くなって、昼食でマクドナルドに入ったのですが、思わずチキン竜田を注文しちゃいました(笑)。
 プリオンというのは、私が学生だった頃には「タンパク質→遺伝子」のようにセントラルドグマを逆流して増殖する(可能性がある)もの、として説明されたように記憶しています。ですが、プリオンにはどうやらそうやって自己を複製しているわけではなく、元々ある正常なプリオンタンパクの構造を自己と同じような構造に変換することによって、見かけ上自己増殖しているように見える、というのが真相のようです。

 読んでいてちょっと不思議に思えたのが、このスポンジ様脳症が発生するのが羊、牛、ミンク、人、と、全て草食動物(ヒトは雑食だけどね)だということです。感染者を食べることによって伝染する病ですから、当然肉食動物(共食いする動物ならなおさら)での方が蔓延しやすいように思うのですが、少なくとも私の狭い情報源からでは、肉食動物でのスポンジ様脳症というのは聞いたことがないし、本書でも取り上げられていない。ということはもしかしたら、肉食動物ではこのスポンジ様脳症を回避するようなシステムが進化しているという可能性もあると考えられます。この辺から何か「予防法」とか「治療法」に関する突破口が見いだせないものだろうか? と思いました。

98.9.8読了


『ブギーポップは笑わない』(上遠野浩平)

あらすじ:

 君には夢があるかい? 残念ながら、ぼくにはそんなものはない。でもこの物語に出てくる少年少女達は、みんなそれなりに願いを持って、それが叶えられずうじうじしたり、あるいは完全に開き直って目標に突き進んだり、まだ自分の望みというのがなんなのかわからなかったり、叶うはずのない願いと知っていたり、その姿勢の無意識の前向きさで知らずに他人に勇気を与えたりしている。
 これはバラバラな話だ。かなり不気味で、少し悲しい話だ。――え? ぼくかい? ぼくの名前は”ブギーポップ”――。(表紙折り返しより)
 第4回電撃ゲーム小説大賞受賞作

感想:

 なんか、不思議な感じのジュヴナイル(ファンタジー?)でした。97年のマイ・ベストに『タイム・リープ あしたはきのう』(高畑京一郎)を選んだことからもお分かりのように、私は何を隠そう「ジュヴナイル好き」なので、こういうのは結構好きです。

 各章で語り手を変えることによってストーリーをわざと見えにくくしてあります。語り手が自分の知っている範囲でのことを語っているせいで、ストーリーとして穴だらけになり、その穴は別の語り手が順々にだんだん埋めていくという展開をするので、一回の通読ではちゃんと理解できない部分も多々ありました。

 いわゆる「正義のヒーロー(ヒロイン)」としてブギーポップ、霧間凪、エコーズの3人がいて、それぞれがどのようにお互いを認識し、協力していくのか、というのが読みどころの一つで、また、第一章でブギーポップが「(敵を)倒したんだ。ぼくがやったんじゃないけどね」というセリフがあるので、じゃあいったい誰が倒したの? というのがもう一つの読みどころでしょう。

 学園に現れた「魔物」を高校生が退治する、というマンネリパターンや、ブギーポップはどうやって誕生したのか(なぜ彼女に、なのか)、エコーズの正体は、とか結局よく分からないまま終わっている部分も多く、探せばアラはいっぱいありそうなんですけど、なんかそういうことはあまり気になりませんでした。むしろそういうアラが読後の不思議な余韻として残っているような気がします。

99.4.19読了


『クリムゾンの迷宮』(貴志祐介)

あらすじ:

 藤木芳彦は、この世のものとは思えない異様な光景のなかで目覚めた。視界一面を、深紅色に濡れる奇岩の連なりが覆っている。ここはどこなんだ? 傍らに置かれた携帯用ゲーム機が、メッセージを映し出す。「火星の迷宮へようこそ。ゲームは開始された……」それは、血で血を洗う凄惨なゼロサム・ゲームの始まりだった。
(裏表紙より)

感想:

 実際の人間を使ってRPGをやらせる、っていう話は『クラインの壺』(岡嶋二人)とか『クリス・クロス』(高畑京一郎)でおなじみですが、この2作がコンピューターゲームを元にしたバーチャル・リアリティであるのに対し、本作はゲームブックを元にした、実際に屋外で行われるサバイバル・ゲームです。で、最後に明かされるゲームの目的というのが一番の「ホラー」かな、と。
 随所に見られる科学知識やうんちく部分はさすがで、特に228ページから233ページのあたりの『天使の囀り』並みの怖気たつ解説は、説得力があるだけにマジで怖いです。
 ラストは、もっとハードにすさんだラストで終わるのかと思ったら、この手のストーリーとしてはありがちなもので、しかも中途半端に放り出された感じがしました。ゲームの主催者側がどうして彼の命を救ったのかもよく分からなかったし。実は彼の復讐編が続編として準備されてたりしてね(笑)。

 ちなみに、「このミステリーがすごい!’99年版」の「私の隠し球」によると、この次は作者初のミステリー、しかも倒叙ものになる予定なんだそうです。十数年暖め続けたアイディアで、暖めすぎて酢になっているかもしれない、とのこと(笑)。

99.4.22読了


『果つる底なき』(池井戸潤)

あらすじ:

 「これは貸しだからな」
 それが畏友、坂本の最後の言葉だった。
 突然死した坂本の業務を引き継いだ二都銀行融資課課長代理の伊木は、彼の残したレポートに不審な点を見いだし、倒産した会社の口座明細を大量に複写した。しかし口座明細のコピーは何者かに持ち去られ、それを記録していたと思われる防犯カメラの映像をダビングすると、そのテープを狙った者に襲われた。坂本の死の裏には、いったい何があったのか。
 1998年(第44回)江戸川乱歩賞受賞作

感想:

 去年の乱歩賞受賞作です。実は、銀行を舞台にした経済ミステリだと思っていたので、全然期待してませんでした。が、これは良かったです。死んだ同僚が追っていた謎を一歩一歩解きほぐしていく展開は非常におもしろく、また、死んだ同僚に対する友情と、かつての恋人の窮状を救える可能性がある、という二つの動機が主人公を突き動かしているというのもなかなか説得力がありました。こんな動機でこんなに人を殺すか? とか『果つる底なき』というタイトルの意味とか、小さい不満はあるのですが、総合的には読書を中断するのが惜しいほどのめり込んで読め、満足できました。

 印象に残ったセリフをひとつ

>「さんざん利用されて、最後には放り出されるってわけか」
>振り返って菜緒は言った。「世の中っていうのはこんなものなのかしら」
>「現実は厳しい」
>「厳しいとは思わない。浅ましいとは思う」

 そう、よく世の中は厳しい厳しい言いますが、そのほとんどが「厳しい」のではなく「浅ましい」んですよね。その辺の言葉の遣い方には気をつけよう・・・。

 というわけで、第二の真保裕一候補の一人として、この著者は注目です。

99.5.4読了


『ともだち』(樋口有介)

あらすじ:

 神子上さやか、甘くて酸っぱい17歳の出来事。
 私立星朋学園の女子生徒が次々に襲われ、ついに殺人が……。
(帯より)

感想:

 先日のOLTでOさんが久しぶりにいらっしゃったので、ボードへも引っぱり出そうという目論見で(笑)、樋口有介の新作の紹介です。
 樋口は「このミス’99」の「私の隠し球」のコーナーで、「時代小説」を書くかもしれない、と言っておりました。本書は時代小説ではないものの時代がかったセリフ回しが随所に見られ、時代小説を意識した作りになっています。だいたい主人公の神子上さやかが天才剣士、その祖父、無風斎が平成の剣聖と呼ばれた武道の達人、という設定がもうすでに剣豪小説してます。
 が、そこはそれ、著者が樋口有介ですから、この平成の剣聖、神子上忠世無風斎といえども「剣術が出来なかったらただのスケベ爺さん」と孫から言われるほどの女好き、また無風斎とさやかの掛け合いが実に樋口有介してます。
 一応どんでん返しもあり、意外な犯人もありの青春ミステリーですが、普通のミステリマニアならこの程度は簡単に先が読めてしまうでしょう。でも樋口有介だから別にそれでもいいんです。

99.5.5読了


『仮面のマドンナ』(小池真理子)

あらすじ:

 東京で気ままな独り暮らしを楽しんでいた市原寿々子は、両親から嫌な見合い話を持ちかけられ、一計を案じる。破談にするために、自らの素行調査を興信所に依頼したのだ。が、興信所の尾行初日、恋人と遊びにいったディスコで、寿々子は大きな爆発事故に遭い、生死の境をさまよう重傷を受けてしまう。目覚めた時、顔に大火傷を負った寿々子は、自分が玲奈という全くの他人と間違えられていることを知るが…!?
(裏表紙より)

感想:

 タッチはどことなくフランスミステリ風の趣があり(あんまし読んだことは無いが…)、初期の赤川次郎っぽくもあるかな。モチーフとなったのはジャプリゾ『シンデレラの罠』でしょうね。
 次に何が起きるか読めないので、そういう意味では先が気になってどんどん読み進める話なんですが、読み終わってみれば、なんかどっちつかずの中途半端な作品でした。
 というのは、たとえばこれをサスペンスとするなら、例の親子はもっと知能犯的な極悪人であるか、サイコなアブナい人たちであった方がいいわけだし、ホラータッチにするなら、もっと「他人と間違われたままの恐怖」を徹底してほしかった(筆談すら出来なくする、とか)。悲恋の物語にするなら記憶を失った恋人なんかがもっと絡んできて欲しかったところです。ラストから察するに、ひょんなことから数奇な人生を送ることになった女性の悲しい物語、として読むのが良いのかとも思います。で、ラストがラストなので、読後感はあまりよろしくないです。

99.5.5読了


『血食 系図屋奔走セリ』(物集高音)

あらすじ:

 《血食》祖神が血のしたたる犠牲を食するの意。転じて祖先が子孫の供養をうけることをいう。
 時は、昭和三年十月。三田魚藍坂にて探偵社を営む系譜学者、忌部言人は依頼された調査のため、友人物集高音とともに和歌山県は紀伊大島に渡る。当地の漁村で戸長の屋敷を訪れた忌部らを迎えたのは、一家皆殺しの惨殺死体だった。そこに残された、アルファベットらしき文字が記された意味不明の木片は、明治日本を揺るがした大事件の謎に忌部らを導くのか!?
(表紙折り返しより)

感想:

 ん〜、なんと言おうか。文体はすごいです、確かに。うんちくも多分すごいのだと思います。でもそのうんちく部分やうんちくをたれる探偵に「凄み」が全然感じられない。つまり、知識量としてはすごいのかもしれないが、その知識量に読者が圧倒されるという感じがしないんですね。名字や出身から家紋を当てるっていうのも、読んでいる方からすれば「へ〜、すごいね、で?」って程度のもんです。
 明治時代についてもう少し詳しかったり、ノルマントン号事件にもう少し興味をもっていたりすれば、また違った感想が出てきたのかもしれませんが、残念ながら、あまり面白く読めませんでした。

99.5.12読了


『ペルシャ猫の謎』(有栖川有栖)

収録作品:

 切り裂きジャックを待ちながら、わらう月、暗号を撒く男、赤い帽子、悲劇的、ペルシャ猫の謎、猫と雨と助教授

感想:

 なんだかな〜。もしかしたら火村ファンにはうれしい作品集なのかもしれませんが、ミステリファンには全然うれしくない本のような・・・。ミステリとしてはちゃんとしたトリックをちゃんとした推理で解いてくれる「わらう月」くらいしか読むべき話がないです。あとは「切り裂きジャックを待ちながら」、それから火村の登場しない「赤い帽子」が一応まともなミステリの体裁をとっていますが、それ以外は本当に邪道な話ばっかりで、出てくるのは不満とため息ばかり。
 次の長編『マレー鉄道の謎』はちゃんとしたミステリでありますように、と祈らずにはいられません。

99.5.13読了


『死ぬまでの僅かな時間』(井沢元彦)

あらすじ:

 一定のルールに従って女を誘拐し、首を切り落としてコレクションする大企業御曹司、甚目寺涼太。
 人気の女子アナウンサーを誘拐し、地下室に監禁して飼育するゲームクリエイター、男、宝城哲。
 甚目寺は宝城の周囲の女を誘拐、殺人し、さらに宝城に挑戦状を送りつける。

感想:

 井沢元彦にとって久々の現代ものです。これを読んで思うのは、井沢は時代物を書いた方がいい、フィクションの体裁をとるならノンフィクションの体裁をとった方がいい、ということ。わかりやすく言うと、「(特に現代が舞台の)小説はもう書かないでいいから、『逆説の日本史』だけ書いててよ」ってことですね(笑)。
 『孤独の歌声』(天童荒太)や「完全なる飼育」(映画)みたいに、好きな女を誘拐、監禁して飼育してる変態野郎が登場するのですが、これが主人公で探偵役っていうのは、どう考えてもバカミスにしかなり得ません。なのに、まともなサスペンスに仕立て上げようとしているところからしてすでに無茶です(笑)。しかも連続殺人犯の被害者を決める一定のルールというのが井沢らしいといえばその通りの「ルール」なのですが、犯人がそのルールになぜこだわるのか、という動機が弱いし、宝城の周囲の女性が二人も殺されるっていうのも、結局は偶然だったような感じだし、細部も大筋もぜんぜんなってないな〜と思いました。

99.5.21読了


『黒猫の三角』(森博嗣)

あらすじ:

 「野放しの不思議が集まる無法地帯」アパート阿漕荘の住人、保呂草探偵に奇妙な依頼が持ち込まれた。連続殺人鬼の魔手から一晩ガードして欲しい、というのだ。ここ数年、那古野市には「数字にこだわる」殺人犯が跋扈している。依頼人には殺人予告が送られていた! 衆人環視の中、密室に入った依頼者の運命は!?
(裏表紙より)

感想:

 というわけで、犀川&萌絵シリーズの後を受けての新たなシリーズ第一作です。前シリーズの本来の第一作、『冷たい密室と博士たち』はなんでもキャラクター紹介以上の意味がない作品なんだそうですが、それでも密室トリックとそのひっくり返し方には見るべきものがありました。が、本作は本当にキャラクター紹介以上の意味のない作品です。あえて美点を見つけるとすると、シリーズを途中から読む人の楽しみを奪わないような作りになっている、ということくらいなのかなあ…。というか、シリーズ途中から読んだ人は、この1作目のどんでん返しにきっとのけぞることでしょう。
 なんか森博嗣もだんだん違う方向へ行ってしまっているような気がする。

99.5.23読了


『司法戦争』(中嶋博行)

あらすじ:

 最高裁判事、村上稔が沖縄を旅行中に何者かに殺害された。事件の裏に最高裁中枢部の権力争いが関係すると考えた法務省、秋月裕二は、東京地検から最高裁に判検交流で出向している真樹加奈子に情報収集を依頼する。しかし最高裁データベースの村上判事のデータはアクセス不能にされており、しかも加奈子の周囲に最高裁事務総局の監視とおぼしき動きがあった。加奈子は村上判事に原子力特許訴訟の裁判官忌避が申請されていた事実をつきとめ、事件はアメリカと日本の国益をめぐる争いの様相を呈し始める。

感想:

 というわけで、茶木則雄氏絶賛の本書です。面白かったです。特に、事件の背景や動機とおぼしき事実が二転三転し、最終局面になだれ込む流れは、非常にわくわくさせられました。で、伏線もきっちり張られていて、どんでん返しもあまり無理なく受け入れられるように出来ています。ま〜、殺人犯がちょっとサイコすぎるようには思いましたが。
 過去二作は『検察捜査』『違法弁護』ともあまり高い評価を与えなかったように記憶していますが、にもかかわらず三作目もちゃんと読んでいるってことは、実は私は著者を結構気に入ってるのかも(笑)。相変わらず向こうっ気の強い女法律家が主人公なんですけどね。
 アメリカの陪審員裁判や訴訟天国の問題点や日本の裁判の問題点にもきちんと言及し、判事稼業の残酷なまでの重労働にも触れながら、司法の世界を舞台にスケールの大きな物語を二転三転させていく、いやはや、リーガルサスペンスがこんなに面白いものだとは思いませんでした。

'99.6.1読了


『名探偵の肖像』(二階堂黎人)

収録作品:

ルパンの慈善、風邪の証言、ネクロポリスの男、素人カースケの世紀の対決、赤死荘の殺人、対談 地上最大のカー問答 芦辺拓×二階堂黎人、随筆 ジョン・ディクスン・カーの全作品を論じる

感想:

 二階堂黎人による贋作(パスティーシュ)が3編、何かのパロディっぽい短編2編、対談、随筆と盛りだくさんの短編集です。お買い得感はあるかもしれません。

 「ルパンの慈善」は、書いているとき作者の頭の中に絶対「カリオストロの城」があったんだろうと思わせる作品でした。私はルパンものはほとんど読んでないので、パロディとして出来がいいかどうかはちょっと判断できませんが。

 「風邪の証言」は鬼貫警部が登場するアリバイ崩しもの。アリバイ写真にデジカメが使われているところが新しいかも。で、このトリックはそれほど専門的知識が無くても分かるトリックで、ちゃんとひねってあるので良いのではないかとおもいます。ただ「世代的にパソコン関係にはアレルギーがある」とか言ってるわりに、謎解きの場面ではデジカメのメモリー・チップについて蕩々と語るシーンがあるので、そこにはちょっと苦笑しましたけど。

 「素人カースケの世紀の対決」は、「ワイン」を「ミステリー」に置き換えたパロディもの。作者が評論家や覆面座談会とかに非常に不信感を抱いているのがよく分かる作品でした。『占星術殺人事件』の「ヴィンテージ」を語るうんちくがけっこうすごいです。ただ、この作品は評論家に対する批判色が強すぎるので、パロディものとしては有栖川有栖「登竜門が多すぎる」などの方が私には好みです。

 対談と随想は両方とも著者のカーに対する愛情がびしびし伝わってきました。私はカー作品は『殺人者と恐喝者』しか読んだことのない人なので、せめてここでS級作品と評されている『三つの棺』『プレーグ・コートの殺人』くらいは読もう、と思いました(『ユダの窓』はトリック知ってるので(笑))。

99.6.10読了


『ディオニシオスの耳』(湯川薫)

あらすじ:

 1989年四月、モントリオール。ゴチック様式の教会の尖塔に刺される形で殺害された日本人留学生、立原まゆみ。事件は、女性を誘拐し避雷針に突き刺すという連続殺人犯ダニエルの犯した猟奇事件のひとつとして処理された。それから十年……。
 当時の留学生仲間に同窓会を兼ねたライブの招待状が届いた。モントリオールのマッギネス大学には当時六人の日本人留学生がいた。それぞれが、過去の忌まわしい記憶を払拭してライブ会場に赴いたとき、新たなダニエルの魔の手が迫る。留学生仲間の森久美子がライブ会場で血を吐いて奇妙な死をとげる。若き大学講師、湯川幸四郎は否応なく事件の渦中に巻き込まれてゆくが……。
 科学論で世界を築いた著者がはじめて挑む理系本格ミステリー
(表紙折り返しより)

感想:

 題名の「ディオニシオス」というのは古代ギリシャ、シシリーの独裁的政治家の名前というとこで、#1のDさんとは関係ないらしいです。
 著者は『科学の終焉』を(竹内薫名義で)訳したという東大出の理学博士、ということで、コテコテの理系ミステリだと思ってたら、まさにその通りでした(笑)。ライブホール「デルタ・デルタ・デルタ」での殺人トリックなんかモロにそう。高校の時の数学の教科書を思い出しちゃいました。
 ただ、ここで思うのは、同じ「理系ミステリ」と評されていても森博嗣とは方向性がかなり違っているということ。で、「小説家」としては森の方がかなりうまいという印象です。まあ、これが小説デビュー作ということは割り引かないといけないんでしょうが、どうもキャラクターに魅力が今ひとつというか、ストーリーに乗れないというか、なんか読みにくかったです。とはいえ、どんどんキャラクターに寄りかかっただけの話を書くようになって行く最近の森博嗣より、こっちの方が私の好みには近いです。ということで、多分次作(『ツァラトゥストラの爪』)も読むことになるでしょう。

99.6.22読了


『水の通う回路』(松岡圭祐)

あらすじ:

 マイクロバスの中で腹をナイフで刺された少年、土手を転げ落ちて頭を打った少年、全国で少年少女が被害者となる事故が続発するが、彼らはみな黒いコートの男に襲われたと主張していた。さらに調べていくと、彼らはみな、フォレストコンピューターのゲームソフト「アクセラW」をプレイしていた。ソフトの中に、黒いコートの男の幻覚を見せるような仕掛けが隠されているのか?
 フォレスト社長、桐生は会社を守るために、開発責任者の津久井智男を問いつめるが、津久井は姿を消してしまう。そして津久井のコンピューターに残っていたメールの送受信記録には「水の通う回路に濁り水」という謎の言葉があった。

感想:

 映画「催眠」の原作者のデビュー2作目です。本職は臨床心理士で、TVにも催眠術師としてよく登場してます。なんで2作目から読んだかというと、単に書架にあったからと言うだけの理由です。本当は『催眠』から順に読みたかったんですが。

 さて、この話、最初はSF的なサイコサスペンスになっていくのかと思っていたら、実はちゃんと合理的に説明がなされる話でした。多少力業っぽい感じはしなくもないですが、そこらへんの作りには感心しました。
 ただ、ゲーム業界のドロドロを描くのはいいんですが、ライバル社の社長との将棋対局と、そこで用いられたいかさまトリックなんかは、書き過ぎというか、不要なエピソードのように感じました。あと、桐生社長の経営哲学などは、神崎が指摘してるとおり、ただの綺麗事で鼻につきました。
 とはいえ、全体としては満足のいく作品でした。いやはや、TVで見ている分にはこんな凄い話を書く人には見えなかったのですがね(笑)。この作者にはタレント作家的なものを感じていたのですが、そうじゃなくてちゃんとした作家でした。このあたりは自分の偏狭なものの見方を反省、です。
 というわけで、今は『催眠』を読んでいます。

99.6.26読了


『血ダルマ熱』(響堂新)

あらすじ:

 膨張した変死体は、皮膚が透け、鮮血の中に白骨が見え、どろどろの脳が眼窩から溶けだしていた。高熱を発し、おびただしい出血とともに死を招く魔の奇病とは何か? これは人為か偶然か? アメリカ帰りの若き研究者、高部涼子は真相に迫っていく。連続する変死と最新遺伝学の闇に隠れた悪とは?
 新潮ミステリー倶楽部・島田荘司特別賞を受賞した現役医師作家による最先端書き下ろし推理作品!
(帯より)

感想:

 なんか理系ミステリ3連発になってしまいましたが、そういうわけで、響堂新のデビュー2作目です。
 前作『紫の悪魔』はわりと早いうちに一応ネタが分かってしまったのですが、今回のはそうはいきませんでした。でも犯人はわりと早いうちに読めちゃったんだけどね(笑)。しかしそれでも、続発する血ダルマ熱患者の裏にひそむ真相には、けっこう意表をつかれました。そういうわけで『紫の悪魔』より評価は上です。

 現役医師の作家だけあって、ネタが新鮮だし現実に即していると思われます。
 ウイルス性出血熱というと、有名どころはエボラですが、他にもいろいろあるようで、今回焦点を当てられるのはクリミア・コンゴ出血熱という、エボラよりも出血傾向が著しく、分布も世界各地というとんでもないウイルス。しかも牛、ヤギ、羊、ウサギといった日本にもよくいる哺乳動物を中間宿主とする、というから恐ろしい。
 本編の主題は表題の謎の奇病「血ダルマ熱」の病因探し、感染ルート、発病要因探しと、大学内での権力争いの絡め方なんですが、さらには研究機関の地域住民への「説明責任」とか、科学者の暴走に歯止めをかけることが出来るものは何か、というのような、作者も実際に体験しているであろうテーマも見られて興味深いです。P4施設というと、確か日本では筑波に1つだけ存在するが、しかし地域住民の反対のために稼働できない、という話を聞いたことがあります。もう10年くらい昔の話ですが、今はどうなっているでしょうか。

99.6.29読了


『大密室』有栖川有栖ほか)

収録作品:

 壺中庵殺人事件(有栖川有栖)、ある映画の記憶(恩田陸)、不帰屋(北森鴻)、揃いすぎ(倉知淳)、ミハスの落日(貫井徳郎)、使用中(法月綸太郎)、人形の館の館(山口雅也)

感想:

 各作品の直後に著者による「密室」についてのエッセイが併録されているというのがなかなか気が利いています。で、作品そのものよりそっちの方がずっと興味深かったりします。みんなミステリ作家として「密室」という業に取り憑かれている、という一面と、密室が好きで好きでたまらないのに素直に「好き」と言えない屈折した思い入れが感じられるところがなんとも味わい深いです。
 では収録作品についていくつか。

「壺中庵殺人事件」(有栖川)
 収録作中ではいちばんオーソドックスな密室もの。機械トリックも非常に分かりやすいのですが、どうも扉の構造がよくわからない。に図の一つも入れて欲しかったところです。
 死体に壺をかぶせた理由については予想がついたのですが、そんな程度で何かの足しになるか? という気もします。

「ある映画の記憶」(恩田)
 作中の映画のエピソードは体験談だそうです。それにしても、恩田陸が本格系のミステリ、しかも密室が好きだったなんて、意外でした。

「揃いすぎ」(倉知)
 併録のエッセイによると、著者はミステリ作家ではなくミステリパロディ作家なのだそうです。言われてみれば確かにその通り。で、この作品もまともなミステリではありません(笑)。

「ミハスの落日」(貫井)
 これも併録のエッセイより、貫井の密室ベスト3は表が『黄色い部屋の謎』(ルルー)『プレーグ・コートの殺人』(カー)『斜め屋敷の犯罪』(島田荘司)、裏が『帝王死す』(クイーン)、『見えないグリーン』(スラデック)『念力密室!』(西澤保彦)だそうです。
 ちなみに私が選ぶとするとベスト3は『斜め屋敷の犯罪』(島田荘司)『三毛猫ホームズの推理』(赤川次郎)『放課後』(東野圭吾)、次点『リア王、密室に死す』(梶龍男)かな。

「使用中」(法月)
 要はスタンリイ・エリン「決断の時」のパロディなんだろうと思います。元ネタを知っていればもっと楽しめるのだろうか? 『パズル崩壊』に収録されている一部の作品のような悪ふざけともとれます。いまいち。

99.7.14読了


『サタンの僧院』(柄刀一)

あらすじ:

 誰も近づけなかったはずの時鐘塔には、死後数時間を経た死体がぶら下がり、あやしげな自称”聖者”は衆人環視の下、誰もいないはずの背後から刺されて死んだ……。また、七百年前に惨殺された”龍に魅入られた”美姉妹の伝説……。一人は誰も立ち入ることのできない塔の窓から巨人につまみ出されて墜落死、もう一人は巨人の指に突かれて圧死したという。巨大な謎の迷宮の影を手繰るのは、神の奇跡に挑戦し復活を予言して首を落とされた”緑の僧正”なのか。
(表紙折り返しより)

感想:

 鮎川賞候補作『3000年の密室』でデビューした著者の第二長編です。読んでないけど、『3000年・・』で考古学に挑戦した著者が、今度は宗教とか哲学のジャンルに足を踏み込んでしまったということで、モチーフは『アーサー王伝説』だそうです。
 ヨーロッパの神学校やそこの学生たち、キリスト教信仰の深い市井の人々などの雰囲気が良く伝わってきて、そういうところの描写力はなかなかのものだと思います。キリスト教的な考え方と仏教的な考え方の対比、融合なども面白く読めました。しかも、あとがきによると、もともとそういう世界に詳しかったのではなく、一から勉強してここまで書いたというのだから凄い。
 で、過去と現在の怪異な事件とその解決法も、力ずくではあるけれどもちゃんとしてました。ただ、図で説明してもらえばもっとずっと分かりやすかったとは思いますが。なにせ、作中で甲斐・クレメンスがトリックを解説する場面で、聞いている方が「図に書いてくれ」と言うシーンがあるのですが、作中では図で説明しているものの、その図は読者には示されないという・・・(笑)。

 まあ、そういう若干の欠点はあるものの、全体としては面白く読めました。犯人の動機もユニークで、クリスチャンの方々がどう感じるかはともかくとして、私のような無宗教の人間にはそれなりに説得力もあったと思います。

 よし、『3000年の密室』も読むぞ。

99.7.21読了


『贋作館事件』(芦辺拓 他)

収録作品:

ミス・マープルとマザーグース事件(村瀬継弥)、ブラウン神父の日本趣味(芦辺拓/小森健太朗)、ありえざる客 贋の黒後家蜘蛛の会(斉藤肇)、緋色の紛糾(柄刀一)、ルパンの慈善(二階堂黎人)、黒石館の殺人《完全版》(小森健太朗)、黄昏の怪人たち(芦辺拓)、幇間二人羽織(北森鴻)、贋作「退職刑事」(西澤保彦)、贋作家事件(斉藤肇)

内容:

 贋作館へようこそ!
 本日は《贋作館》においでいただき、ありがとうございます。当館では、私ども八人の作家が腕によりをかけたパスティーシュやパロディで、楽しくも胸躍る探偵小説の世界をお目にかけます。名探偵あり怪盗あり、はたまた安楽椅子探偵から捕物帖まで取り揃えた目にもあやな展示の数々をお楽しみ下さい。
(序文より)

感想:

 というわけで、最近は島田荘司関係で商売することが多い原書房の「妙な」アンソロジーです。
 総括していうと、なんか本家に遠慮したような、ひねりだけで成立させた作品が多くて、本家と真っ向から勝負するような作品というのが見られないのが寂しかったです。とはいえ、本家の文体をまねるテクニックはどなたも達者で、特に芦辺の乱歩と西澤の退職刑事が特に印象に残りました。
 で、肝心のストーリーやトリックの方で印象に残ったのは・・・残念ながら特にありませんでした。あえて言うなら本アンソロジーのトリの「贋作家事件」斉藤肇が、それまでの収録作品をさらにパロってしまったのはすごいかな、と。「ありふれた客」「セピアカラーの事件」には笑わせてもらいました。

 ま、こういう企画ものもたまにならいいですけどね。

99.9.11読了


『QED 六歌仙の暗号』(高田崇史)

あらすじ:

 「明邦大学・七福神の呪い」――大学関係者を怯えさせる連続怪死事件は、歴史の闇に隠されていた「呪い」を暴こうとする報いか!? ご存じ、桑原崇が膨大な知識を駆使し、誰も辿り着けなかった「七福神」と「六歌仙」の謎を解き明かす。そして浮かび上がった事件の真相とは?前作「百人一首の呪」に続く驚異のミステリ!
(裏表紙より)

感想:

 というわけで、『百人一首の呪』でメフィスト賞を受賞した高田崇史の第2作ですが、私にとってはこれが初めての高田嵩史です。
 メフィスト賞出身の作家ということではっきり言って全然期待してなかったのですが、予想に反してこれは凄かったです。メフィスト賞にもこんなにまともな作家がいたのか!という新鮮な驚き(笑)。井沢元彦高橋克彦系の歴史ミステリ好き、もしくは京極夏彦系のうんちく民俗学ミステリ好きにはたまらない一作かもしれません。問題はその歴史解釈がどこまでオリジナルで、どこまでが学術的に認められている論なのか、ということなのですが、まあ、話として面白ければそれでいいか。

 そんな歴史ミステリの欠点として、歴史の謎解きの面白さに比べて、それに関連した現在の事件の凡庸さ、というものがありますが、そういう欠点もしっかり諸先輩方から引き継いでしまっているというのは残念です(笑)。伏線の張り方とか、後で必要となる知識の先出しの仕方、というのはうまいのですが、なにせ、ダイイングメッセージがみえみえで、そのおかげで真犯人がばればれという悲しさ。密室トリックもありがちなトリックでした。

 とはいえ、そういう欠点を差し引いても十分読み応えのある作品です。これは『百人一首の呪』も読まなくてはなりますまい。

99.9.15読了


『三億円事件』(一橋文哉)

内容:

 三億円事件と言えば、1968年(昭和43年)12月10日朝、東京都府中市の府中刑務所北側の路上で、偽装した白バイに乗ったニセ警官が、日本信託銀行の現金輸送車を止め、「爆弾が仕掛けられている」などと偽って、車に積んであった現金約三億円を現金輸送車ごと奪って逃走した事件である。
 多くの遺留品があったにもかかわらず捜査は難航。事件は1975年(昭和50年)、犯人が逮捕されないまま時効を迎えている。
(プロローグより抜粋、改変)

感想:

 『闇に消えた怪人』でグリコ森永事件に迫った謎の覆面ジャーナリスト、一橋文哉氏の2冊目です。
 三億円事件というと、私が3歳の頃の事件ですから、当然事件発生当時の記憶などあるはずもなく、印象に残っているのは当時どこへ行っても必ず目にしたあのモンタージュ写真と昭和50年の時効騒ぎの時です。時々TVでやっているように、あのモンタージュ写真は実は事件の数年前に死んだ青年の写真にヘルメットを合成したもので、ぜんぜん「モンタージュ」ではない、という話とか、事件発生の5日後に謎の服毒自殺をした有力な容疑者の少年の話も本書には登場しますが、当然氏のつきとめた犯人はそれとは違います。

 この本を読んで思うことは、本書の構成も含めて、事件の概要、犯人像(未解決事件ですから一橋氏の推理するところの「犯人像」です)などがグリコ森永事件とそっくりだということです。事件の概要がどうそっくりかというと、まずメインの事件が起こる前に前振りの事件がいくつかあること。グリコ森永事件ではいわゆる「53年テープ」として残っている脅迫事件があり、この3億円事件では多摩農協脅迫事件というのが起きています。また、一橋氏がつきとめた犯人像は、どちらも何人かのグループであり、動機も金目当てというより企業に対する復讐の意味合いが強いこと、などなど共通点が多いです。著者が一橋氏だからこうなるのか、それとも氏の興味をひく事件というものがそういう事件だからなのか。

 最後は真犯人と目される男を6時間にわたってインタビューし、証言の齟齬を引き出して犯行を認めさせようと、正面から、あるいは搦め手から迫っていくのですが、さすがに何かの権限で動いているわけではない一介のジャーナリストのやれることというのには限界があったようです。

 本書が前作『闇に消えた怪人』と比べて優れていると思えるのは、「決定的証拠」が存在することで、奪われた3億円のうち番号が控えられていた500円札と同じ番号の札が出てきた、という事実がプロローグで提示されます。まあ、なんか出来過ぎた証拠のようにも思えますけど、前作では物的証拠が最後まで全然示されず、著者自身が迷っているように見える点が多かったのに比べて、本作ではもっとすっきりと、自信を持って結論に向かっているように見えました。

99.9.30読了


『バベル消滅』(飛鳥部勝則)

あらすじ:

 島での連続殺人、各現場に残された『バベルの塔』の絵――
(帯より)

感想:

  前作『殉教カテリナ車輪』イコノロジーイコノグラフィーといった趣向が一番面白かったわけで、それがあるからこそそれ以外の「仕掛け」も生きてきたわけです。で、この作品はそういう意味での趣向がはっきり見えず、ミステリとしての「仕掛け」オンリーの話でした。叙述トリックとしては、あまり驚けるたぐいのものではなかったような気がします。
 今回も著者直筆の絵が一枚挿入されているのですが、今回の絵の内容自体は、ミステリとは関係してきません。ただ、驚いたのは、前作『殉教カテリナ車輪』に挿入されている絵も今回の絵も、作品のために描かれた絵ではなく、小説を書くより数年前にすでに完成していたものだということ。ミステリアスな人ですね。

99.10.2読了


 ノクターン
『夜想曲』(依井貴裕)

あらすじ:

 同期会が催された山荘で3日3晩に3人のメンバーが絞殺された。俳優の桜木も会に参加していたが、なぜか、その間の記憶を失っていた。ただひとつ、誰かの首をロープで絞めた生々しい感触を除いては……。(帯より)

感想:
                   ポートレイト
 著者4年ぶりの新作ですが、『肖像画』から1歩後退、という感じです。「犯人を決定するための手がかりも、論の展開も同じなのに、一度犯人と指定した人物と違う人物を犯人だと論証できるか」というテーマはものすごく新鮮で面白そうに見えるのに、実際はあちこちで見かけたことがあるような使い古された手でした。

99.10.7読了


『カムナビ』(梅原克文)

あらすじ:

 若き考古学者、葦原志津夫は、前代未聞の土偶を発見したとの報を受け、茨城県、石上遺跡へと向かった。だが、現場には無惨な焼死体が転がっており、情報提供者とも連絡が取れなくなってしまう。志津夫はわずかな手がかりを頼りに、前代未聞の土偶と死体の焼かれた温度がともに摂氏1200度以上という共通項を探りあてる。それが人類を破滅へと導く予兆とも知らずに……。
(上巻帯より)

感想:

 以前、岩明均「七夕の国」とよく似ていると書きましたが、どこが似ているかというと、ある地方の奇祭と、ある血筋の者がもつ特殊な、それこそ世界を支配できるほどの強大な能力、さらにその能力を使えば使うほど体が化け物に変化していく、ということなどなど。
 一方違っている部分というのは、「七夕の国」の方は作者が一から謎をつくりあげ、それを物語が進むに従って解き明かしていく、という構成なのに対して、『カムナビ』の方は一応現存する(と思われる、少なくともそういう書き方をしている)古代史ミステリーに作者が独自の設定と解釈をくわえて、それを物語の核にしているというところでしょうか。魏志倭人伝に記述されている邪馬台国の描写の解釈とか。
 もちろん、似ているから読んでも退屈だというのではなく、むしろ「七夕の国」のような話が好きな人にはお勧めできる話だし、同じような設定、テーマでも作者によって雰囲気が全然違ってくるというのは面白いです。

 それにしても、ともすると馬鹿馬鹿しい大ボラなB級アクションになりそうな話から、うまいこと迫力を引き出してくる手腕はさすが、いまの日本ではトップクラスでしょうね。『二重螺旋の悪魔』にしても『ソリトンの悪魔』にしてもそうですが、どっからこういう設定が湧き出てくるのか。今回はさらに古代史ミステリーのテイストもふんだんに織り交ぜられており、私好みな作品となっていました。

99.10.25読了


『どんどん橋、落ちた』(綾辻行人)

収録作品:

 どんどん橋、落ちた、ぼうぼう森、燃えた、フェラーリは見ていた、伊園家の崩壊、意外な犯人

感想:

 意外といえばこれ以上なく意外な犯人、バカミスといえばこれ以上なくバカミス。正統なバカミス(ほめ言葉)というのはこういうのを言うのか、世間が認めるバカミス王、霞流一すらあざとく見えるくらい、本当に正統派のバカミスです。どこがバカミスかというと、意外な犯人を作り出す、読者をだますといった目的に対して非常に純粋に、馬鹿正直に、ほとんどムキになっているとしか思えないような姿勢がこの上なく馬鹿ミスなんですね。
 あるいは、世間によくある低レベルな新本格バッシング「人間が描けていない」という言葉を真っ向から笑い飛ばすかのような、綾辻行人の反骨精神を具現化した作品群とも言えるかもしれません。
 ただ惜しむらくは、「普通のミステリファン」である私程度の人間には付いていけないくらい「遠いところ」に行っちゃってることが、どうにもねえ(笑)。確かに嘘はついてないけどさあ、確かにフェアプレーかもしれないけどさあ。

 というわけで、私としては作品そのものよりミステリ作家・綾辻行人の姿勢が一番楽しめた短編集でした。

99.10.26読了


『青の炎』(貴志祐介)

あらすじ:

 光と風を浴びて、17歳の少年は、海沿いの道を駆け抜ける。愛する妹と母のために――。氷のように冷たい殺意を抱いて。
(帯より)

感想:

 毎回手を変え品を変え、作風を変えジャンルを変えて、でもホラーな作品を発表し続けている貴志祐介の単行本第5弾です。今回は、ホラーというよりはサスペンスミステリーといった趣の作品、著者当人に言わせれば倒叙物のミステリーなんだそうですが、まあ、そんな作品なのにやっぱり印象は「ホラー」なんですね。

 通常のホラーだと、「殺される側」が殺されそうになる恐怖を描くものですが、この作品は逆に「殺す側」が感じる恐怖というものを描いています。殺人を実行しようとする主人公は、トリックがうまく働くかどうか、うまく人を殺せるかどうか、警察にばれないかどうか、自分が殺人者として逮捕されたときに家族は世間からどう扱われるのか、といった恐怖にさらされ、さらには、殺人を行うことに慣れていき、抵抗がなくなっていくことに対する恐怖に苛まれることになっていきます。

 超自然的な事象は一切なしで、人の心や行動だけで恐怖を描くという意味では『黒い家』に近い作品といえるかもしれません。私の好みからすると『天使の囀り』とか『ISOLA 十三番目の人格』のような超自然的なフィクション味の強い作品の方が好きなのですが、そんな「殺す側」の恐怖を描くとともに、高校生である主人公の学園生活やヒロインのロマンスをからめているところは青春小説の趣もあり、そういうのが好きな人(私のことだ(笑))にはいいかもしれません。

99.11.11読了


『黒猫・黄金虫』(ポオ)

収録作品:

黒猫、アッシャー家の崩壊、ウィリアム・ウィルスン、メールストロームの旋渦、黄金虫

感想:

 普段私が読むのはホラーはホラーでもモダン・ホラーに属するもので、しかもクーンツのような活劇っぽいのが多いので、こういったゴシックホラーな作品は実はあまり読んでいませんでした。ただ、本書に収録の作品は「黒猫」にせよ「アッシャー家の崩壊」にせよ、非常に有名な作品で、あらすじや結末はどこかで目にしていてなじみのあるものです。だから読んでいてストーリーの展開にわくわくするとか驚くとかいうことあまりなかったのですが、あの有名なストーリーはこういう風に展開されて、こういう風に描写されているのか、という不思議な感動がありました。
 それから、知っているストーリーから受ける印象に比べて、非常に短い短編であることにちょっと驚きを覚えました。「アッシャー家の崩壊」なんて、きっと長編小説にちがいないと思っていましたが、それは最近のミステリの重厚長大傾向に毒されたがゆえの先入観だったのでしょう。
 ホラー、サスペンス系の暗い作品が並ぶ中にあって、「黄金虫」は暗号解読を中心に据えた謎解きミステリーで、本書の中では少々浮いている感もありますが、暗号解読ミステリの元祖として楽しめました。最近読んだ『虚数の眼』(湯川薫)によると、現代は暗号解読ミステリが非常に書きにくい情勢なんだそうで、そういう意味では昨今では読むことの出来ない貴重な作品と言えるかもしれません。

99.11.26読了


『八十日間世界一周』(ジュール・ヴェルヌ)

感想:

 というわけで、名前だけは誰でも知っている超有名作品なのですが、私としてはヴェルヌ初体験となる一作です。
 本書が書かれたのが1873年といいますから、いまから120年以上前のことですね。その頃の世界観というか、世界の広さに対する感覚というのは、現代とは比べるべくもないくらい広い、でかい、遠いという感じなのでしょう。当時としては未知の世界の紀行本としての価値もかなり高かったのではないか、と思います。まあ、横浜の描写にはちょっと笑っちゃう箇所もありましたが、地球の裏側の国のことまでよく調べて書いたなあ、と感心しなくもないです。

 物語としては、およそ人間らしい感情がないんじゃないかと思えるような主人のフォッグと、その主人の無表情さを補ってあまりあるくらい表情豊かな召使いのパスパルトゥーのコンビがいいですね。ただしラストの方でフォッグ氏の人間っぽさが顔を出すところが、むしろ私には難に思えました。そこは最後までクールに決めて欲しかったな、と。

 冒険活劇としては、インドでアウダ婦人を救出するシーン以外は盛り上がる箇所も少なく、多少物足りない感じもありましたが、最後の最後のどんでん返しが見事で、こういうところに作者のミステリーマインドを感じてしまうのは私の思い過ごしでしょうか?

99.12.11読了


『沙羅は和子の名を呼ぶ』(加納朋子)

収録作品:

 黒いベールの貴婦人、エンジェル・ムーン、フリージング・サマー、天使の都、海を見に行く日、橘の宿、花盗人、商店街の夜、オレンジの半分、沙羅は和子の名を呼ぶ

感想:

 加納朋子初のノンシリーズの短編集というふれこみでしたが、テーマ的には幽霊譚もしくはその色合いの強い作品でそろえているという感じがします。もう一つの特徴は、ミステリ色の少ない作品が多いというところで、これまでの加納朋子だと殺人は起こらなくても謎解きはちゃんとあるのが普通だったのですが、今回はただ幻想的なだけの話とか結構ありました。で、極端にミステリへの偏食が激しい私としましては、「橘の宿」などは意味不明だったし、表題作の「沙羅は和子の名を呼ぶ」も何だかな〜、という感想です。

 「フリージング・サマー」はその中にあってかなりミステリ色の強い話なのですが、ついつい西澤保彦『彼女が死んだ夜』を思い出してしまいました。
 「海を見に行く日」は、とっても先が読めてしまう話なのに、なぜかやっぱり泣きのツボを押されてうるうるしてしまいました。
 そして、「沙羅和子」は、普通どう頑張っても悲惨なラストにしか成り得ない話のはずなのに、加納朋子の手にかかると、どんな悲劇も強引力技でもハッピーエンドになってしまう、という好例。しかしそのためにある世界のある人物は、一人だけとっても悲惨なことになっているんだけど…。

99.12.2読了


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