感想文(1998年読書分)


『ベイスボイル・ブック』(井村恭一)

あらすじ:
 それこそまさに今の今、南の大洋の島々、あらゆる場所でそうしているように人々はそれぞれの家に住み、政府のない首相、莫大な借金しかない王の息子、だれかの頭を殴るための手頃な武器もない警察、それらすべてを海上で取り囲み「実験からすべてを保護する」と称する海上委員会、それぞれがなんの対立もなく、やわらかな頼りない薮草のように丸く並び、そこいらの街角で噂の的、その程度の関心の対象になっていて、そんなもの、つまりここではあらゆる世界を意味するものなどとは関わりもなく、島にはそもそも広大な野球場があり、二つのプロの野球チームがペナントを争い、片方のチームはこの六年間というもの一度も勝ち星をあげることができないでいる。それはほんの少し以前のあることを原因にしたもので、問題のその話はまさにこの言葉、この文字、ここから始まる、あるいはもうはじまっている。(本文より)
 1997年(第9回)日本ファンタジーノベル大賞受賞作

感想:
 第9回日本ファンタジーノベル大賞受賞作です。本屋で見かけて、おもしろそうだったので図書館で借りてみました。タイトルの「ベイスボイル」というのは、ご想像通り、ベースボールが訛ったものです(島では野球のことをそう呼んでる)。
 はっきり言ってファンタジーにありがちな訳の分からない話なんですけど(笑)、文章自体に好感が持て、比喩の使い方が面白かったので結構気に入りました。なんか樋口有介のミステリを読んでいるような感じで。
 何がどうなっているのか最後までよくわかんなかったのですが、クライマックスでは手に汗握って、ラストでは不思議と感動してしまいました(笑)。作者はなんだか不思議な言語感覚の持ち主のようなので、今後も注目してみたいと思います。

'98.2.3読了


『うつくしい木乃伊』(戸板康二)

収録作品:
 霧と旅券、島の蝋燭、加奈子と嘘、まずいトンカツ、手紙の中の夕闇、無邪気な質問、年下の男優、灰、優雅な喫茶店、うつくしい木乃伊

感想:
 以前から一度読んでみたかった戸板康二です。本当は中村雅楽シリーズが欲しかったところですが、近所の図書館の書架にはミステリ作品は本書しか置いてありませんでした(他にはエッセイしかなかった)。
 本書は出版こそ90年ですが、発表年は66年から89年まで、かなり幅広く収録されています。

「霧と旅券」「島の蝋燭」「灰」「優雅な喫茶店」などが私としては好みでした。「うつくしい木乃伊」は、高柳都の友人、村崎孝子のエピソードが何の意味を持っているのか分からないし、後味も悪いのが難です。あと、「無邪気な質問」「年下の男優」のオチもよく理解できませんでした(^_^;)。

 というわけで、次は中村雅楽シリーズを捜してみようと思っています。

'98.2.3読了


『黒い家』(貴志祐介)

あらすじ:
 生命保険会社に務める若槻は、顧客の家でその家の息子の首吊り死体を発見する。そこは、周囲にそぐわぬ悪臭と邪悪な雰囲気が漂う異様な家だった。当主の重徳には自分の指を切断して保険金を詐取した過去があり、若槻は殺人と直感する。が、警察は動き出さない。やがて重徳はなかなかおりない保険金の支払いを求め、会社に日参するようになる。ただうつろな視線を向けるだけの重徳の異常性に、若槻は激しい恐怖を覚え、専門家に相談を求める。だが重徳に興味を持った犯罪心理学者が惨殺され、若槻にも危険が迫り始めていた。
(’98年版このミステリーがすごい! P.7より)
 第4回日本ホラー小説大賞受賞作

感想:
 ちまたではえらい評価の高い本作ですが、私から見ると、「並よりは上」ではあるものの、そこまで絶賛されるほどの作品かなあ、という感じです。もちろんこれが単行本2冊目という新人の作品だということを考えれば、非常に優秀な作品ではあると思うのですが、「世間の評判」がむしろ邪魔しているように思えました。私には前作の『十三番目の人格−ISOLA−』の方が面白かったなあ。選評で荒俣宏センセーが書いているように、『十三番目・・』は主人公がサイキックで、その設定が十分に生かされていた作品だったので。とはいえ、若槻の危機察知能力と危険回避能力はほとんど超能力の世界ですけどね〜(笑)。あと、最近の留守番電話にはルームモニター機能なんてもんが付いてるんですか。知らなかった。そういうのの使い方はうまいですね。

 前回の『パラサイト・イヴ』に続いてこの『黒い家』と、今日本ホラー大賞はとても元気ですね。まるで宮部みゆき、高村薫が連続して大賞を取った頃の日本推理サスペンス大賞を見ているようです。ってことは次回でポシャるってことかな(笑)。そうならないことを祈ります。

'98.1.17読了


『インテンシティ −緊迫−』(上・下)(ディーン・クーンツ/天馬 龍行 訳)

あらすじ:
 週末を親友宅で過ごすためやってきた少女チーナを襲った惨劇。親友とその両親を殺されたチーナは復讐を果たすために凶悪犯、フォアマン・エグラー・ビスのモーター・ホームに乗り込み、追跡を開始する。その場でビスにとらわれている少女アリエルの存在を知ったチーナは彼女を救い出すためにビスの家に単身乗り込む。

感想:
 超訳ですが、そういうことはあんまり気になりませんでした。主人公が凶悪な犯人に追いかけられる、というのが普通のパターンですが、今回は逆で、凶悪犯を主人公(しかも26歳の少女!)が追いかけるという、あまり例を見ないストーリー展開になっています。で、警察にも駆け込まずに単身で凶悪犯を追跡しなければならない理由付けが非常にうまくて、素直に納得できるものです。チーナがビスに囚われてからの展開も手に汗握るもので、凄い迫力でした。最後のどんでん返しと対決シーンもよかったです。
 次作の超訳は『生存者』(Sole Surviver)だそうです。Mr.Murderはまだ翻訳されないのか・・・。

'98.2.12読了


『なぜV字で飛ぶか』(小野学)

内容:
 全日本ジャンプチームのヘッドコーチ、小野学氏が初期のV字ジャンプから、それを取り入れるまでの選手、協会の苦労、苦悩、そして最強のジャンプチームを作り上げるまでを解説した本です。

感想:
 そういうわけで、「祝日本ジャンプ団体金メダル」でこういう本を読んでみました(笑)。
 最初にV字ジャンプをした人がボークレブって名前で、最初は飛型点が低くて苦労していたということくらいは知っていましたが、「カエルつぶし」とか「足癖が悪い」とまで言われていたとは知りませんでした(笑)。
 確かV字がこれからの飛型として世界に認められ、V字でなくては世界に通用しないという状況になって来たのは、八木以来長い低迷期にあった日本が葛西という天才ジャンパーを得て復活しようとしていた矢先だったと思います。ちょうど今回スピードスケートでスラップが登場したのと似たような状況だったですね。で、当時クラシック・ジャンプ(板を揃えて飛ぶ旧来の飛型)からV字へ移行するのにみんなすごく苦労していたという記憶があります。
 まあ、そういう苦労もあったのですが、そのV字ジャンプのおかげで世界レベルに一気に駆け上がり、その競技のルール改正までさせてしまったノルディック複合の荻原健司もいたわけですし、今回の史上最強のジャンプ陣があるのもV字のおかげですからねえ。

 今回のオリンピックは、たとえ清水が日本スケート界初の金メダル&複数メダルを獲得しても、船木が金2,銀1の計3ヶメダルを取っても、やはり原田のためのオリンピックだったと思いました。いつも饒舌で笑顔を絶やさないあの原田選手が、団体で金を取った直後には泣いちゃって泣いちゃって話しも出来ない。で、「だめだ、交代交代」って他の選手をカメラの前に引っ張る光景はすごく印象的で感動的でした。

'98.2.18読了


『A先生の名推理』(津島誠司)

あらすじ:
 深夜の大通りを咆哮をあげてギクシャク歩む、青く光る怪人。消えたり現れたり、変幻自在の峠の小屋。新興オフィス街を襲う不条理な出来事。海底で救いを求める幻の女。隕石から出現した謎の物体が引きおこす連続殺人。……A先生の神のごとき名推理が驚天動地の謎、超絶トリックを解き明かす。
(裏表紙より)
 叫ぶ夜光怪人、山頂の出来事、ニュータウンの出来事、浜辺の出来事、宇宙からの物体X、夏の最終列車

感想:
 
『ミステリーの愉しみ5 奇想の復活』(立風書房)で「叫ぶ夜光怪人」を読んで以来、ずっと待ち続けた津島誠司の短編集がやっと出ました。事実、この作品を前にしては歌野晶午御坂真之も小物に見えてしまったものでした。我孫子武丸が自身のホームページで、「こんなもの(注:『六枚のとんかつ』のこと)を出している暇があるなら、さっさと津島誠司作品集を出すべし」と書いていたのを誰か講談社の人が見たんでしょうかね? ただ惜しむらくは、「叫ぶ夜光怪人」のインパクトがあまりに強すぎて、この作品1作で作風がばれてしまったので、それ以降の作品はインパクトに欠けるような気がしてしまうことです。
 「山頂の出来事」『奇想の復活』でも予告されている怪事件ですが、この程度では解決がオーソドックス過ぎる、とか感じてしまいました(笑)。
 「浜辺の出来事」は、怪事件のそれぞれの平仄が合っていないというか、海底の女と巨人、浜辺に突然現れた小屋といった怪現象に見かけ上の関連性がないところが難でしょう。
 「ニュータウンの出来事」は、これぞバカミスとでもいうべき最もぶっ飛んだトリックです。到底実現不可能なトリックとはこういうのを言うんですね(笑)。空き地に現れる「首吊り男」の解釈はうまいです。
 「宇宙からの物体X」は、「叫ぶ夜光怪人」に匹敵する奇想溢れる作品ですが、短いところにいろんなことを詰め込みすぎた感があります。これだけで長編1本書けたんじゃないのかな?
 「夏の最終列車」は、『鮎川哲也と十三の殺人列車』に収録された作品で、デビュー作だそうです。『鮎川哲也と十三の殺人列車』というと、有栖川有栖のデビュー作「焼けた線路の上の死体」が収録されていることで有名ですが、津島もここのデビューでしたか。だとしたら読んだことがあるはずなのですが、あまりインパクトの強くない作品なせいか、全然記憶しておりませんでした。

 この人のA先生ものの作品は、あと『本格推理』に掲載された「牙を持つ霧」という作品があるはずですが、これは収録されていないですね。氏がこのままの作風で今後もやっていくのはかなり大変だと思います。読者というのは前作より次作の方がより強力でないと満足しないものですから。でもこのままの作風で頑張って欲しいなあ。

'98.3.7読了

有栖川有栖のデビュー作が載ったのは『無人踏切』でした(汗)


『慎治』(今野敏)

あらすじ:
 渋沢慎治は、小乃木将太に命令されてビデオショップで万引きをさせられるが、その現場を中学の担任の古池徹に目撃される。古池は慎治がいじめに遭っており、そのため自殺まで考えていることを知り、慎治にもっと別の世界に目を向けさせるために、自分の部屋に慎治を連れてきて、自分の趣味である機動戦士ガンダムの世界を教える。

感想:
 氏の作品は、数日前に『惣角流浪』を読んだのですが、この作品は大東流合気柔術の中興の祖、武田惣角を主人公にした歴史格闘小説で、この『慎治』はガンダムヲタク小説(笑)です。今野敏という人もなかなか芸風が広いですな。

 内容では、慎治に対するいじめが簡単に解消しすぎるような気もするし、最後の岡洋子の態度も、「オイオイ」とつっこみたくなるものでした。いやはや、女心は永遠の謎です(笑)。とはいえ、この小説の主題はそんなところにあるのではなく、ただひたすら「機動戦士ガンダム」ヲタクがガンダムを熱く語る、というところが本当の主題でしょう。私は最初のシリーズをとぎれとぎれに見ただけなのであまり詳しいことはわかりませんが、「大型ロボット同士が格闘する戦争」という実際には不合理な設定を合理的なものにする「小理屈」としてのミノフスキー粒子の設定には感心した覚えがあります。

'98.3.10読了


『スコッチ・ゲーム』(西澤保彦)

あらすじ:
 飲んでから解くか、解いてから飲むか。酩酊推理の合体パワーが炸裂するキャンパス四人組----通称タックこと匠千暁、ボアン先輩こと辺見祐輔、タカチこと高瀬千帆、ウサコこと羽迫由起子----が安槻大学へ入る前。郷里の高校卒業を控えたタカチが学園の寮に帰ってくると、同性の恋人が殺されていた。容疑者は奇妙なアリバイを主張した。犯行時刻、自宅マンションの入口で不審な人物とすれちがった。その人物は酒のにおいをぷんぷんさせ、手に一本の高級スコッチ・ウィスキーを下げていた。つけていくと、河原に出、ウィスキーの中身をすべて捨て、川の水で中をすすいでから空き瓶を捨て去った、と。そして、第二の惨劇が.....。タックたちは、二年前の悲しみの事件の謎を解き、犯人を指名するため、雪降りしきるタカチの郷里へ飛んだ。(カバーより)
 高瀬千帆−−タカチの過去が今明らかになる!

感想:
 この犯人像はちょっとずるい、というか、この動機はアンフェアでしょうねえ。まあ、私はファンなのでうるさいことは言いませんが(笑)。
 メインの事件であるはずの連続殺人事件の方がなんだか付け足しのような感じで、「スコッチを川に捨てる酔っぱらいの謎」の方が実は主題のように思えてしまいました。タイトルそのまんまだし。これも最初は別に大した謎ではないように思えるのですが、よくよく考えてみるとちょっと深い謎でして、なんで酔っぱらっている(=酒を飲める人物である)のに酒を捨てるのか、なんで家で捨てないでわざわざ川まで捨てに来るのか、というあたりをタックが推理していく論理構築の過程は非常に面白いです。さらに、あらためて読み返してみるとちゃんと複線も張ってある、っていうのもうれしいです。
 あとは、「指紋」が残っている「場所」もなかなか良かったです。ただあれがどこまで「決め手」になるかは、よくわかりませんけどね。

 惜しむらくは、メインの連続殺人の方がちょっとね〜。殺人が連続殺人となってしまう理由は、これは非常に西澤らしいムチャな(←ほめ言葉ですよ(^_^;))理論が楽しいのですが、そのそもそものきっかけとなる「殺意」の発生過程は、いくら一生懸命説明されてもちょっと納得しがたいものがありました。
 それから、これでタカチの過去の謎が一応すべて説明されてしまったわけですよね。そういうわけで、タカチの持つ「何かわけありの過去がありそうだ」という神秘的な雰囲気がかなり薄れてきてしまったような気もします。このままではただの「綺麗な女の子」になってしまうなあ。それがいちばん心配だったりして(笑)。

'98.3.27読了


『今はもうない』(森博嗣)

あらすじ:
 電話の通じなくなった嵐の別荘地で起きた密室殺人。二つの隣り合わせの密室で、別々に死んでいた双子のごとき美人姉妹。そこでは死者に捧げるがごとく映画が上映され続けていた。そして、二人の手帳の同じ日付には謎の「PP」という記号が。名画のごとき情景の中で展開される森ミステリィのアクロバット!
(裏表紙より)

感想:
 騙されました(笑)。さんはこういうミスディレクションは本当にうまいですね。ただ、この「騙し」が明らかになる段で、読者がそれまで見ていた世界が180度ひっくり返るにもかかわらず、それが事件の解決に何も影響を与えないというのはちょっともったいない。せっかくだから、「それ」が明らかになると同時に事件の謎もすっかり明らかになるように仕掛けを組んで欲しかったところです(これは高望みだろうか・・・)。
 で、密室殺人の方は、「一方通行の法則」がどうもビジュアルにピンと来ないんですけど、どういう風になっているんでしょうか? まあ発想としては面白いのでいいんですけど、結局トリックにはあまり新鮮味がなかったように感じました。
 この話は「彼」と「彼女」の間の一つのエピソードとして読むべきでしょうね。

'98.4.6読了


『塗仏の宴 宴の支度』(京極夏彦)

あらすじ:
 昭和28年春。小説家、関口巽の許に奇怪な取材依頼がされた。伊豆山中の集落が住人ごと忽然と消え失せたのだという。調査に赴いた関口に郷土史家を名乗る和装の男が嘯く。−−「この世には不思議でないものなどないのです」
 男が出現させたこの世ならざる怪異。関口は異空間へと誘われるのか? 六つの妖怪の物語で、「宴」の「支度」は整い、その結末は「始末」にて明らかとなる。
(裏表紙より抜粋)

感想:
 6つのパートのうち、一応解決がついているのは、京極堂が登場する2つのパート(「ひょうすべ」と「しょうけら」の2話)と「うわん」の3つだけで、あとの3話はまあ、いわば本当に「支度」で、謎というか、事件だけが提示されています。
 本書のテーマはおそらく、「カルトと洗脳」ということになると思います。なにしろ「成仙道」「みちの教え修身会」「霊媒師華仙姑処女」「韓流気道会」「藍童子」と、怪しげな団体&人物のオンパレードですから。
 で、どうもこれらの団体&人物が有機的に関係していくような空気が感じられるのですが、それが明らかにされるのが「宴の始末」だと予想されます。で、今回の犯人は京極堂に仇なす人物(グループ)だという気がしますが、さてどうでしょうか。
 ふつう上下巻の上巻だけ読んで感想を書く人ってあんまりいないわけだから、「宴の支度」だけ読んで感想はやはり書きづらいですね。ちゃんと結末がついてないと。7月には「宴の始末」が遅れずちゃんと出ることを祈りましょう。

'98.3.28読了


『幸福の遺伝子』(早野梓)

あらすじ:
 富士の裾野に広がる青木ヶ原樹海は、原始の趣が随所に残り、ありとあらゆる生物が、いまなお溶岩と闘いながら成長を競っている生の横溢する森でありながら、これまでずっと自殺の名所として知られており、毎年50人もの人たちがこの森で命を絶つ。
 樹海のほとりで土産物屋と民宿を営む源蔵は、ある日自殺志願者とおぼしき一人の女性を見つける。が、実は彼女は「樹海へ行く」と言って出かけたきり行方不明になった夫を探すために樹海へやってきたのだった。夫が自殺するような心当たりは無かったが、書斎の地図には妙な書き込み”Fractal de mort”(死のフラクタル)という言葉が残されていた。

感想:
 本屋で見かけたときは面白そうだと思ったんだけどな〜。今はやりのバイオホラーかと思いきや、なんていうのか、ただの説教話でありました(笑)。上条教授の失踪と「死のフラクタル」という謎の言葉が非常に興味をそそり、どんな展開になるのかとワクワクしながら読んでいたら、上条教授はあっさり出て来ちゃうし、上条教授が出てきた後はなんか読む興味がすっかり失せて流し読みになりました。が、結局流し読みしてもオッケーな内容しかありませんでした(笑)。失敗だ。

'98.4.21読了


『ストレート・チェイサー』(西澤保彦)

あらすじ:
 名前も素性もわからぬ二人の女性とバーで意気投合したリンズィは、”トリプル交換殺人”計画に参加することを約束させられてしまった。酒に酔い理性を半分なくしていた彼女は、上司のウエイン・タナカを殺害対象に指名。その翌日、タナカ邸で他殺死体発見の報せが……!!。しかも死体は、犯人による外部工作や内部からの脱出が不可能な”鍵のかかっていない密室”に置かれていた!交換殺人計画が実行されたのか!?取り乱すリンズィを後目に第二の殺人事件が……
 読者を欺く奇抜な舞台設定と、驚く仕掛け満載の西澤流”新本格”ミステリー、カッパノベルズ初登場!!
(表紙折り返しより)

感想:
 有栖川有栖の「最後の1行で読者はのけぞる!」っていう帯に期待して読んでいきましたが、のけぞれませんでした(笑)。どちらかというと、最後の1行で奇妙な「人情話」になったような気がしましたので。んで、その後他の人たちの感想を読み返してみて、「ああ、そういう仕掛けだったのか」と気付いて読み返してみましたけど、よく分かりません。全編が「あの視点」で描かれているってことなのかな? 最初の交換殺人の打ち合わせのシーンも含めて。

 例の品物の件ですけど、私も最初は信じてなかったのですが、途中でどうも「そっち系」の話なのか? という気になり、どちらでも対応できるような姿勢で読んでました。なんか「なんでもあり」のクーンツ作品を読んでいるような気分でした(←誉め言葉・・・か?(^_^;))。あとがきにははっきり「SF新本格系」に属すると書いてありますけどね。
 なんだかんだ言って、やはり西澤は何かやってくれます。モチーフとなった映画は何か、私は映画には疎いので全然分かりません。ちょっと映画SIGに乱入して聞いてこようかな。

'98.4.18読了


『旅のラゴス』(筒井康隆)

収録作品:
 集団転移、解放された男、顔、壁抜け芸人、たまご道、銀鉱、着地点、王国への道、赤い蝶、顎、奴隷商人、氷の女王

感想:
 ラゴスというとどうしても、「水門の鍵を盗んで逃げたラゴス」「捕まえて牢屋に入れておいたが、いつの間にかいなくなっていたラゴス」を思い出してしまいます。知らない人はドラクエUをプレイして下さい(笑)。

 事件が起きて、それが決着する、という「ミステリ」を読みつけている私にとって、こういう話はちょっと不慣れでした。「集団転移」なんて、「え?それで?どうなったの? これだけ??」という感じでした(笑)。ま、途中から慣れましたけど。
 あと、物語中での時間の経過が「豪快」ですよね。なにせ「銀鉱」で7年、「王国への道」で15年という月日を平気で経過させてしまうんだから。まあ、「王国・・」の方は好き好んで滞在していたんだからいいとして、「銀鉱」での7年間というのは、ラゴスにとっては本当に無駄にさせられた年月だったはずなので、そういうことに愚痴ひとつ言わないとは、彼も人間ができている(笑)。

 最後にラゴスはデーデと再会する事が出来たのか否か、やはりそれが一番気になります。

'98.4.14読了


『蟹喰い猿フーガ』(船戸与一)

あらすじ:
 その酒場に入ったのは格別の理由があったわけじゃない。ぶらつくのが面倒になったとき、たまたまネオンが目についただけのことだ。
 バーテンダーはおれの注文を無視するようにグラスを磨き続けていた。
客たちも底意地の悪そうな好奇の目をこっちに向けている。湾岸戦争からこっち、ここフェニックスでは日本人に対する風当たりが強い。諍いが大きくなるまでにそう時間はかからなかった。啖呵を切った以上、あと戻りはできない。昔からの悪い癖だ。
 あの小男が、エル・ドゥロが現れたのはそんな時だった....

感想:
 これを読んだ後だと、『午後の行商人』が「骨太」よりも「ユーモア」の方に属するという意見が分かるような気もします。確かにエル・ドゥロとタランチュラ爺さんは良く似たキャラクターだし、主人公は日本人の若者、同行する女は淫乱(笑)、そんなみんなで旅をする、ということで、この二つの物語は実は同じ構造をしているんですね。
 最初は、5千ドル盗った盗られたってな話から、5万ドル、20万ドル、2千万ドル、とどんどん値段がつり上がっていき、人数もエル・ドゥロと「おれ」の二人から、ジョニファとキャンデスが加わり、メッキーが加わり、とどんどん増えていきます。で、このまんま愉快な旅が続くのかと思いきや、終盤で突如、とんでもなくヘビーな展開になってびびりました。おいおいマジかよ(笑)。

 メッキーの「死んだあにきが言ってたぜ」ってセリフが、なんか妙に気に入ってます。

'98.4.29読了


『海底の楼閣 ――東京アクアライン壊滅』(羽場博行)

あらすじ:
「早く逃げろ。爆発するぞ!」炎の衝撃波が天井を走る。恐慌を来した人々は避難口に殺到した――開通直後の東京湾横断道路で多重衝突が発生し、現場から爆薬が発見された。誰が、何を狙ったのだ? 妹が事件で重傷を負い、真相を追い始めた緒方は、やがて運輸・自動車業界の利権に封印された、忌まわしきデータを掴んだ!だが謎の犯人は、水面下五〇メートルの地中トンネルに、さらなる地獄の罠を仕掛けてきた……。首都東京の喉元に刃を突きつける空前のパニック・サスペンス誕生!(裏表紙より)

感想:
 うむむ、このままでは「羽場博行メジャー化推進委員会」は存亡の危機かもしれない。もちろんこの作品も決して悪くはないんですが、『朝もやの中に街が消える』『崩壊曲線』といった作品を連発していた頃と比べると、最近の羽場は、「今話題の建造物」をぶっ壊すことだけに命を懸けてるように見えてしまう。
 本作で言うと、サンプル1145という前代未聞の発ガン性物質が結局野放しのままで物語が終わってしまうし、最初は社会正義に燃えていたはずの犯人が、最後はただの復讐鬼になってしまっているし、結局単に東京湾横断道路をぶち壊すシーンを書きたかっただけみたいに思えるわけです。破壊シーンは確かに迫力に溢れていて、読み応えは充分なのですが、相変わらず構造や手段が専門的で分かりにくいです。図は最初の方にしか載ってないし。

 これはと思った作家がちゃんとブレイクしてくれる人がうらやましい。羽場を「真保裕一と並ぶ社会派期待の新人」と称した私の立場はいったいどうなってしまうのか(笑)。

'98.5.7読了


『日本探偵小説全集1』(黒岩涙香・小酒井不木・甲賀三郎)

収録作品:
 「無惨」「血の文字」(黒岩)「痴人の復讐」「恋愛曲線」「愚人の毒」「闘争」(小酒井)「琥珀のパイプ」「支倉事件」「蜘蛛」「黄鳥の嘆き」「青服の男」(甲賀)

感想:
 古典のチェックが甘い私としては、こういうのは指定図書でもないと読まないので、助かります。ちなみに私の基準だと、土屋隆夫佐野洋あたりから、もう「古典」であります(笑)。

黒岩涙香
「無惨」
 日本初の「推理小説」ということで、もちろんタイトルは聞いたことありましたけど、実際読んでみるとすごいですね。なにしろ句点(。)が使用されていない。読点(、)もほとんどない。句点がない、ということは、文の切れ目が分からないということでして、昔の人はよくこんなん平気で読んでましたよね。
 それはともかくとして、二人の刑事のかけあいがなかなか面白いので、文面の読みづらさとはうらはらに、結構短時間で読めました。間違った推理を展開していると思われていた方の刑事も、ちゃんと真相にたどりついてしまっているあたり、なんか赤川次郎の「大貫警部もの」を思い出しました。
「血の文字」
 こちらは・・・当然ダイイング・メッセージには別の読み方(解釈)が存在するもんだとばかり思いながら読んでいました。そういう展開の話じゃなかったのね(^_^;)。
 どうでもいいことだけど、「くろいわるいこう」って打ち込むと「黒い悪い香」と変換する賢いATOK11(笑)

小酒井不木
 最近の私の好みからすると、この人の作品が一番合いました。「痴人の復讐」は、どなたかもご指摘通り、矛盾がある、というか、ちょっと書き方ずるいんじゃない? と思いましたが、ラストは「おおっ」と驚けました。で、「恋愛曲線」「愚人の毒」は、『ストレート・チェイサー』(西澤保彦)以上に、ラストでのけぞりました(笑)。これは良いものを読ませていただいた。他の作品もさっそくチェックに行かなければ。

甲賀三郎
 
「支倉事件」だけまだ読んでません。長いの後回しにしちゃいました。
 この人が3人の中では一番トリッキーですね。特に「蜘蛛」なんかは『斜め屋敷の犯罪』(島田荘司)以降、新本格で流行した「館トリック」の基礎かもしれない。かと思うと、「黄鳥の嘆き 二川家殺人事件」では、どうやって犯人を追いつめるのか、という興味で読んでいったら、とんでもない背負い投げを食らわされました。で、「青服の男」は、ラストで妙に脱力してしまいました。言われてみれば、確かにそうだよね(笑)。

 ちなみに、この『日本探偵小説全集』の編集には東京創元社・戸川編集長の畏友・宮本和男という方がたずさわっています。この方、本職は高校の国語教師だそうで、もしや我々の良く知っている「あのお方」なんでしょうか。

'98.5.12読了


『事件記者が死んだ夜』(立原伸行)

あらすじ:
 「赤羽が死んだよ。局長室でぶっ倒れていた。急性心不全ということだ」
 東西新聞社会部長、宗岡からの電話は、秋沢聖一郎が社会部を去らなければならなくした張本人の、政治部次長の死を伝えた。しかし、その直後、秋沢は若い政治部記者、吉永の訪問を受け、赤羽の死が実は青酸ガスによる殺人だということを知らされる。
 局長室に出入りする自由党幹事長秘書、自由党の政治銘柄である製薬会社のアルツハイマー新薬を持ち上げる記事、東西新聞政治部と自由党の癒着を示す状況証拠に次々と行き当たる秋沢に次に届いた知らせは、宗岡がマンションから転落死した、というニュースだった。

感想:
 これって確か、メフィスト賞に応募された作品ですよね。こういう作品をメフィスト賞に送る作者って、実はすごくズレてる人なのかもしれない(笑)。まあ、それはさておき。
 新聞記者の生の声とも思える新聞社内の競争・内紛の描写は、普段あまり聞くことの出来ない話なので非常に面白かったです。が、結果としてちょっと中途半端な作品に思えました。マスコミと政治の世界の高度に社会派な作品と思わせておいて、結局最後は個人の復讐譚になっているところとか、最初はけっこうスケールが大きい事件に見えて、実はすごくスケールが小さかったっていうのはちょっと・・・。逆なら良かったんだけどね〜。
 密室で青酸ガスを発生させるトリックも、よく考えられているとは思いますが、こういう話の中では妙に浮いている印象がありました。

'98.5.21読了


『骸の誘惑』(雨宮町子)

あらすじ:
 父からの電話は、弟、東吾の死を告げた。バイクでスピードを出しすぎ、カーブを曲がりきれずに横転して投げ出されたらしい。しかしバイクは弟の所有ではなく、盗難車だった。弟の足跡をたどる可那子は、東吾と付き合っていた出口琴音という年上のOLの名を知り、彼女に会おうとするが、彼女は行方をくらましていた。そして、琴音の行方を追ううち、彼女の不審な行動が次々と明らかになってくる。

感想:
 文章やキャラクターの作り方は達者です。でも、たとえば可那子のキャラクターとか行動があまりにも類型的なので、途中ちょっと飽きが来ました。「なんとなく変な人」、西洋骨董仲介業の氷室周平が登場して、多少面白くなりましたが、氷室と可那子がそういう関係になっていくところがやっぱりあまりにも典型的・・・。阿部清美のエピソードとか、朝比奈恭介と可那子とのエピソードとか、このストーリーの中でどういう意味があったのか不明だし。

 新潮ミステリー倶楽部賞だからあえていうわけですが、文章力とか、人物が書けているとか、そういうことだけでミステリが書けるわけではなく、そういう意味では非常に不満な作品なんですよね。自己啓発セミナーにしてもマルチ商法にしても、別に「旬」な話題ではない(むしろ「古いネタ」でしょう)し、そもそもタイトルが何で『骸の誘惑』なのかもよく分からない(応募当時のタイトルは『Kの残り香』ですが、これも意味不明)。
 あと、これは別に今回に限ったことではないんですが、どうも逢坂剛の選評を読むとつい腹が立ってしまう(笑)。

'98.5.23読了


『邪馬台国はどこですか?』(鯨統一郎)

あらすじ:
 カウンター席だけの地下一階の店に客が三人。三谷敦彦教授と助手の早乙女静香、そして在野の研究家らしい宮田六郎。初顔合わせとなったその日、「ブッダは悟りなんか開いていない」という宮田の爆弾発言を契機に歴史談義が始まった……。回を追うごとに話は熱を帯び、バーテンの松永も教科書を読んで予備知識を蓄えつつ、彼らの論戦を心待ちにする。ブッダの悟り、邪馬台国の比定地、聖徳太子の正体、光秀謀叛の動機、明治維新の黒幕、イエスの復活を俎上に載せ、歴史の常識にコペルニクス的転回を迫る、大胆不敵かつ奇想天外なデビュー作品集。(見開きより)
 収録作品: 「悟りを開いたのはいつですか?」「邪馬台国はどこですか?」「聖徳太子はだれですか?」「謀叛の動機はなんですか?」「維新が起きたのはなぜですか?」「奇蹟はどのようになされたのですか?」

感想:
 さて、どういう評価を与えたものか・・・。これはいわゆる歴史ミステリとはかなり趣を異にする短編集なので。たとえば井沢元彦にせよ、中津文彦にせよ、高橋克彦にせよ(「彦の会」のメンバーですな)、自分の歴史解釈にある程度自信があって、実際に過去においてこういうことが起こった、と考えて書いているんだと思うのですが、本作は著者自身がどこまで本気で書いているのかまったく想像がつきません。だって、「ブッダは悟りを開かなかった」説から始まって、邪馬台国東北説、聖徳太子と推古天皇は同一人物説、信長自殺説(これは、光秀に追いつめられて自害した、ということではなくて、信長に自殺願望があって、光秀をそのために利用したという説)、明治維新の黒幕は勝海舟説、イエスとユダの共犯説と、いずれをとってもあまりに奇想天外な説なので。私の想像では、「どんな無茶な(無茶に見える)仮説でも、歴史的資料をもって、それらしく解釈して主張することは可能なんだよ」というのが作者の意図なんじゃないかと、そう勘ぐっております。
 話としては非常に面白いです。が、アカデミズム側の意見の担い手であるはずの早乙女静香の反論が、あまりにも感情的で、ちっとも説得力がなかったりするのがちょっと興ざめです。「あんた馬鹿じゃないの」とか「そんなの常識でしょ」とか、とても学者とは思えないような発言が多すぎました。史料の読み方とかは、私は素人なので鵜呑みにするしかないので、作品としての難点は、まあそんなところくらいでしょうか。歴史ミステリのお好きな方には一読の価値がある「怪作」で、解説にもあるように、「まったく新しいタイプの歴史ミステリ」ということが出来るかと思います。

'98.5.29読了


『探偵ガリレオ』(東野圭吾)

あらすじ:
 突然、若者の頭は燃え上がり、デスマスクは池に浮かぶ。そして心臓だけが腐った死体。常識を超える謎に天才科学者が挑む!(帯より)
               うつ    くさ         ぬけ
収録作品:「燃える」「転写る」「壊死る」「爆ぜる」「脱離る」

感想:
 元祖理系作家、東野圭吾森博嗣に挑戦した短編集です(笑)。この主人公、湯川学助教授が、一瞬「えせ犀川」に思えました。まあ、それは一瞬だけですけど。ちなみに「えせ萌絵」は登場しません(笑)。
 一見「超常現象」に見える現象を科学的に解決する、というのは本格ミステリの王道なわけですが、この短編集はいずれの作品も、科学的は科学的でもかなりいろんな「ハイテク知識」が必要とされます。私は理系出身なので、あんまりこういうのは苦にならないのですが、文系の人たちはどうなんでしょうね? とはいえ、犯人の動機などは結構社会派なものもあり、そのあたりのバランス感覚はさすが東野圭吾というべきものであったと思います。

 それにしても96年に出しすぎた反動か、97年は新作がなかった東野としては、本当にひさびさの新作ですよね。

'98.5.30読了


『裁くのは誰か?』(ビル・プロンジーニ&バリー・N.マルツバーグ/高木 直二 訳)

あらすじ:
 クレアは怯えていた。合衆国大統領として任期終盤を迎えた夫ニコラス。だが、ここへきて支持率が急落、党内には深刻な亀裂が生じていた。「いまにも悲劇が起こりそうな、そんな感じがするんです」という秘書の言葉にも、高まる不安を抑えることができない……。やがて合衆国大統領の身辺を襲った連続殺人。強烈なサスペンスのうちに驚天動地の真相を仕掛ける、掟破りの傑作長編。
(裏表紙より)

感想:
 なるほど〜、ポリティカル・サスペンスと思わせておいて、こうくるか。確かにとんでもない。この手は、ミステリとしては、当然「あり」なんだろうけど、別の意味で「ここまでやってもいいのだろうか?」という気はしました。さすが自由の国、アメリカですね(笑)。

 実は私、プロンジーニという作家はハードボイルドの人だとずっと思っていたのですが、小山正氏の解説によると、なんか怪しい、変な(笑)作家のようです。そもそもこの小山氏は「このミス’98」で『ミステリバカジン』なる雑誌を「創刊」した、バカミス愛好家の方ですからねえ(笑)。さて、続いて霞流一を読むとするか。

'98.6.2読了


『赤き死の炎馬』(霞流一)

あらすじ:
 奇蹟や怪奇現象が真実であるか否かを鑑定する「奇蹟鑑定人」魚間岳士のもとへ、ある依頼がきた。「はぐれ平家と首のない馬」という不気味な伝説の残された岡山県のとある田舎町の旅館で、テレポーテーション(瞬間移動)としか考えられない怪異現象が起きたのだ。ところが調査をつづける彼は、不可思議な連続殺人に巻き込まれてしまう。密室のポルターガイスト現象、足跡のない全裸死体……。気鋭がおくる超本格ミステリーついに登場!
(裏表紙より)

感想:
 『フォックスの死劇』以来の新作です(『ミステリークラブ』が一応ありますけど、まあこれはほぼ同時刊行ということで)。主役は違えど相変わらずのバカミスで、しかもバカトリックでした。が、ロジックだけはちゃんとしているというのも相変わらずでした。

 霞流一作品の魅力というのは、まずハードボイルドな(?)セリフ回し、それから到底現実とは思えない異常な現象を起こし、それを合理的に解決すること、そしてフーダニットのロジック、の3点です。で、トリックの解決が犯人の指名に直結しないことがミソでして、トリックの解明でまずひとやま山場を作り、それからロジックで犯人を指名するところでもうひとやま山場を作っているのが「良い」です。
 今回の場合だと、民宿でのテレポーテーション現象とか、足跡のない全裸の死体、密室のポルターガイスト、あと水たまりに浮かび上がる死者のデスマスクといった怪奇現象は、相当無理のある、偶然に偶然が重なったものです。けど、これが犯人の意図したトリックであるわけではないので、『北の夕鶴』の「心霊写真」トリックも認めた私としては、OKを出しましょう。その後の犯人指名のロジックですが、懐中電灯から導かれるロジックは見事でしたけど、「消去法」なのが難かなあ。前にも書きましたが、容疑者A,Bの二人がいて、「Aが犯人である」ということを立証するのと、「Bが犯人でない」ことを立証するのは同じことではないと思いますので。

 『同じ墓のムジナ』はタヌキづくし、『フォックスの死劇』はキツネづくしでしたが、本作はウマづくしでした。そして、次に読む『ミステリークラブ』(カドカワエンタテイメント)はカニづくしのようです。動物好きの方ですね(笑)。

'98.6.1読了


『理由』(宮部みゆき)

あらすじ:
 超高級マンション「ヴァンダール千住北ニューシティー」ウエストタワー20階で起きた一家4人殺し事件。しかし彼らはその部屋の持ち主でも正規の住人でもなかった。さらに、この4人は実は「家族」ですらなかった・・・。

>事件はなぜ起こったのか。
>殺されたのは「誰」で、「誰」が殺人者だったのか。
>そして、事件の前には何があり、後には何が残ったのか。
(本文より)

感想:
 ドキュメンタリータッチのフィクションというか、ノンフィクションタッチのフィクションという感じの話です。雰囲気としては『火車』に近い気がします。主人公、あるいは探偵役というのは特に設定されておらず、「現在ではすべて解決している事件」のドキュメンタリを執筆するライターが語り手となっています。表面のテーマは「民事執行妨害」という犯罪、奥のテーマは「家族というもののあり方」と言えると思うのですが、登場する家族が揃いも揃って、それぞれにいろいろな問題を抱えており、そのへんを読むのが少々重かったです。

 こういう作品というのは、ミステリとしての「謎とき」がおろそかにされがちですが、そこが宮部のすごいところで、殺された住人の正体(身元)捜しとか、どうして事件がこのような複雑な状況になってしまったか、という「謎」で興味をぐんぐん引っ張ってくれました。
 ただ、最後に明かされる犯人の「殺人の動機」についてはちょっと理解しがたいものがありました。まあ、殺人事件でもないことには、このような「問題」が表沙汰になることは少ないのかもしれませんが、本書のテーマを描くのに「殺人事件」が必要であったか、といえば、う〜ん、どうなんでしょうね?

 とはいえ、読んでいるときは時間を忘れてのめり込み、読み終わると、もっと読んでいたかったと思える好作品でした。

'98.6.16読了


『ジュリエットの悲鳴』(有栖川有栖)

収録作品:
 「落とし穴」「裏切る眼」「Intermission 1: 遠い出張」「危険な席」「パテオ」「Intermission 2: 多々良探偵の失策」「登竜門が多すぎる」「Intermission 3: 世紀のアリバイ」「タイタンの殺人」「Intermission 4: 幸運の女神」「夜汽車は走る」「ジュリエットの悲鳴」

感想:
 1990年から9年間で発表した短編、ショートショートのうち単行本未収録、シリーズキャラクターの登場しないものを集めた短編集です。表題作「ジュリエットの悲鳴」は、この短編集を出すに当たって、表題作ねらいでタイトルから先に思いついた話だそうです。
 では、印象に残った作品の感想をいくつか。

「落とし穴」
 刑事コロンボを意識したという倒叙ものです。ラスト切れ味はまあまあ、というところでしょうか。

「パテオ」
 幻想的な綺譚っぽい話。作家の人というのはいつでも「自分には作家としての才能がないんじゃないか」という不安を抱えているものなのでしょうね。そういう意識を自虐的に書いた、とも取れる話でした(笑)。

「登竜門が多すぎる」
 「鮎川哲也と13の謎’90」に掲載された、馬鹿話(笑)です。当人も「ベスト短編かも」と言っているので、ファンには絶対必読の短編。「夏樹静子の足の裏」って、想像するとマジでコワい・・・(笑)。

「夜汽車は走る」
 「「夜汽車をめぐる3つの情景」をつないで1本の短編にした作品」ということです。1話1話はいい感じなんですが、その3話がうまくつなげていないような気がしました。もうちょっとうまいまとめ方があったんじゃないだろうか…。

「ジュリエットの悲鳴」
 レコードに、変な音(声)が入っているという、「万華鏡」(岩崎宏美)とか「ムーン」(レベッカ)などで有名な怪談話がモチーフの話で、これも結末は不思議な感じのする幻想的な話でした。


 有栖川有栖芸風の広さみたいなものを感じられる1冊でした。これはこれで堪能しましたが、でも江神先輩シリーズも早く書いて欲しい。本当に。

'98.6.20読了


『ミステリーの愉しみ1 奇想の森』(鮎川 哲也・島田 荘司/編)

収録作品:
 「屋根裏の散歩者」江戸川乱歩、「痴人の復讐」小酒井不木、「街角の文字」本田緒生、「煙突奇談」地味井平造、「五体の積木」岡戸武平、「蜘蛛」甲賀三郎、「告げ口心臓」米田三星、「振動魔」海野十三、「蔵の中」横溝正史、「偽悪病患者」大下宇陀児、「ハムレット」久生十蘭、「幽霊妻」大阪圭吉、「天狗」大坪砂男、「飛行する死人」青池研吉、「三行広告」横内正男、「落石」狩久、「鼻」吉野賛十、「心霊殺人事件」坂口安吾

感想:
 個人的古典強化月間ですので。
 指定図書『日本探偵小説全集1』にも収録されていた「痴人の復讐」「蜘蛛」が、こちらにも入っていましたが、それ以外は未読でした。つまり、乱歩の超有名作「屋根裏の散歩者」ですら未読だったということですから、いかに私が過去の名作を読んでいないかが分かろうというものです(^_^;)。

「五体の積木」岡戸武平
 まあ、オチはかなり読めたのですが、それにしてもこのグログロな発想はすごいです。島田荘司があとがきで、「乱歩「五体の積木」の長編を書いたら――、是非読んでみたいものだと思う反面、そうなるとすでに拙作『占星術殺人事件』にそっくりな作品が、戦前の乱歩によって世に出されていたことになる」と言っていますが、うなずける話でした。

「振動魔」海野十三
 海野十三というと、赤い雨の降る話(「人間灰」?)をどっかで聞いたことがありました。今はやりの理系ミステリの先駆者のような方みたいです。
 この話は、自分が孕ませた女を罠にかけて、そうと知らないうちに堕胎してしまうというトリック自体もさることながら、それが実は二重トリックになっているというところがまたすごいです。

「偽悪病患者」大下宇陀児
 手紙だけで構成される話で、井上ひさし『十二人の手紙』を思い出しました。
 ラストのどんでん返しが印象的でした。

「幽霊妻」大阪圭吉
 これが噂の大阪圭吉ですか。これはいいですねえ。なんというか、どちらかというと「バカミス」のような気もしてしまう話なんですが、きれいにつじつまが合っていて、好感がもてました。でもこの犯人像はどう見ても「アンフェア」だよなあ・・・(笑)

「飛行する死人」青池研吉
 空を飛んできた死体、というトリックもさることながら、登場する蟹江警部の洞察が実に鋭いので、そこが一番気に入りました。この作品の直前に掲載されている、同じく飛行する死体ネタの「天狗」(大坪砂男)は、犯人の心理がよくわからないので、あまり好きではないのですが、それは置くとしても、青池研吉氏がこの大坪砂男氏に酷評されて探偵小説の筆を折ったと聞くと、この大坪氏の行為は「犯罪的」に思えます。

「落石」狩久
 役に賭ける女優の執念に、鳥肌が立つような作品です。こういう設定の妙技が、現実的ではありえないトリックをありそうなものに見せる、ということなのでしょうか。

 さて、「奇想の森」の次は当然「密室遊戯」ですね。でもその前に『黒いトランク』を・・・

'98.7.1読了


『人工心臓』(小酒井不木)

収録作品:
 T小説

「犬神」「恋愛曲線」「人工心臓」「外務大臣の死」「安死術」「死の接吻」「メヂューサの首」「新案探偵法」「希有の犯罪」「二重人格者」「闘争」

 Uエッセイ・犯罪実話

「「二銭銅貨」を読む」「「心理試験」序」「国枝史郎氏の人物と作品」「歴史的探偵小説の興味」「ポオとルヴェル」「ヂュパンとカリング」「「マリー・ロジェ事件」の研究」「恐ろしき贈物」「誤った鑑定」

 V全集未収録作品

    「怪談綺談」「変な恋」「体格検査」「被尾行者」

感想:
 さて、指定図書で読んで以来、別の作品も是非読みたくなった小酒井不木です。本書は小説だけでなく、エッセイ・評論や犯罪研究も載っているのですが、やはりこの人は小説の「最後の数行」で見事に決めてくれる、というところが持ち味の作家のように思いました。本職が医者なだけあってバイオ・グログロな(笑)話も多いですが。
 さて、そういう作品群の中でも、特に印象に残ったのは表題作「人工心臓」です。京極夏彦は、これに触発されて『魍魎の匣』を書いたんじゃないだろうか、と思えるような、すんごい作品でした。
 「犬神」は、ポオ「黒猫」をモチーフにした作品ですが、ラストのオチは「黒猫」はかなり直接的なのに対し、こちらはかなり技巧的で、はたと膝を打つ感動がありました。うまいです。
 「新案探偵法」は、パブロフの犬を使った捜査法の話ですが、こういうのは警察犬を訓練するということが難しかった時代だからこそなのでしょうね。
 「安死術」「死の接吻」「メヂューサの首」は、立場は違うながらそれぞれ、女は恐いということをつくづく思い知らされる作品でした。女性不信に陥ってしまったらどうしよう(笑)。

'98.7.4読了


『平成お徒歩日記』(宮部みゆき)

内容:
 にっぽん文芸界初、
   ミヤベミユキ初、
     初ものづくしのマジカル・ヒストリー・ツアー

いにしえのなぞと不思議はアタマでなく足で、解きあかす――
前代未聞の歴史”実体験”ツアーにいざ出立。
時をかけるミヤベが、あなお怖ろしや毒婦に身をやつし、
市中引廻しのうえ島流し。またある時は赤穂浪士に早変わり。
ええじゃないかとお伊勢参りに善光寺。あれに見ゆるは桜田門。
大江戸の市井のくらしの知恵に思わず膝をたたき、
謎また謎、謎つづきの道中にミステリー作家の血が騒ぐ。
時間旅行の身の軽さは、これSF作家のゆえなるかな。
講釈、能書き、後日談のあれこれも、たんとご用意し、
汗と涙、時速一里のお徒歩道中をお楽しみあれ。
(裏表紙より)

感想:
 宮部みゆき初の小説以外の単行本だそうです。「おかちにっき」と読むのが正しいということですから「おとほにっき」と読まないように。

 そもそもは、宮部が時代小説を書くときの「時間と距離感」を体感するためにやってみた一種の「散歩」が、あるとき雑誌の企画として通ってしまったという、「史跡巡り」とはちょっと趣が違う、実際の「行程」をたどることが目的の紀行です。だから、吉良邸から泉岳寺まで歩いてみたり、伝馬町牢屋敷跡から「市中引廻し」のうえ鈴ヶ森や小塚原まで行ってみたりしています。

 「うんちく」を傾ける部分がそれほど多いわけでもないですが、なかなか好感の持てる楽しい雰囲気の紀行記で、脚注に使われている「ミヤベミユキさんハンコ」もいい感じです。さらに、本書中で出されているクイズの応募専用葉書がまた、ちょっと使うのがもったいないような綺麗な和綴本のデザインになっています。こういうところにも出版社の「力の入れ方」というのが現れるのでしょうかね?

 小説では、時にとてつもなく残酷な展開を平気でなさる宮部みゆきですが、素顔はこんなふうに感じのいいお姉さん(「オ*さん」などとは決して言ってはいけない(笑))なんだろうということが感じられる一冊でした。

'98.7.13読了


『猟死の果て』(西澤保彦)

あらすじ:
 青鹿女子学園の3年生、小美山妙子の絞殺死体は、市民公園の植え込みの中から発見された。青鹿女子学園は、事件を担当する去川警部補の娘の明子がかつて教鞭をとっていた学校で、小美山妙子は教え子だった。死体は全裸で、制服の上下と下着は近くのゴミ箱から発見されたが、タイツだけが何故か持ち去られていた。そしてこれが、青鹿女子学園の生徒連続殺人の幕開けであった。

感想:
 西澤らしからぬ淡々とした文体が、なぜか妙に新鮮で、物語に引き込まれました。しかし登場する人物(特に男性)が誰も彼もちょっと病的に常道を逸しているのはどうでしょうか。光門刑事しかり、占野先生しかり、活井正孝しかり。一方、西澤ミステリに登場する女性はいつも颯爽としていて、格好いいですね。タカチといい、能解警部(「念力密室」シリーズに登場)といい、そして本書に登場の城田理会警視といい。

 ミッシング・リンクをテーマにする場合、最後の方は犯人に「道がついて」しまっていた、っていうのはちょっと反則だと思いますが、この「リンク」と、そのリンクが連続殺人に発展してしまう論理展開はまさに西澤ならでは、の「小理屈」だと思います。
 ただし、読後感はとても悪い。救われないし、なんだか結局は犯人の自分勝手な理屈で簡単に人が殺され過ぎた、という感じがしました。警官連続殺人事件なんかは、この物語に必要な話だったのだろうか??

 最終的な評価はとりあえず、クイーン『九尾の猫』を読んでから、ということで(私は自称「エラリアン」のくせに、この作品は未読(^_^;))。

'98.7.21読了


『ゲノム・ハザード』(司城志朗)

あらすじ:
 1年前、誰かが私の人生に魔法をかけた。鳥山敏治。左利きのイラストレーター。29歳。ある晩、うちに帰るとリビングに十七本のキャンドルが灯り、妻が死体となって横たわっていた。抱き起こした途端、電話が鳴った。「あっ、敏ちゃん?」妻だ。こんなことはあり得ない!
(表紙折り返しより)
(1997年(第15回)サントリーミステリー大賞読者賞受賞作を加筆・改題)

感想:
 バイオネタ3連発の1発目。
 司城志朗の作品は、過去にノベルズで1作読んだことがありますが、その作品はどちらかというとユーモア系の作品だったように思います(っつっても内容は全く覚えていませんが(^_^;))。で、プロとして何作も出版している人が、今さら新人賞に応募して(しかもサントリーミステリー大賞)、大賞を逃して読者賞ってのも、なんだかなあ、と思っていたのですが・・・良い意味で、かなり大幅に予想を裏切られました。
 いきなり、妻の死体を抱き起こしていると妻から電話がかかってくる、という展開。その直後、警察官を名乗る男に訪問を受け、しかも「彼らは警察の人間じゃない。あなたを誘拐するのが目的だ」という密告電話、とっさの機転で逃げ出して、妻の実家に電話しようとすると、その電話ボックスが銃撃され、妻の実家を訪ねると、そこに妻の旧姓の表札はまったく見つからない・・・。
 息もつかせぬ急展開に、序盤だけで物語に引き込まれました。

 メインテーマがバイオ技術を巡る陰謀で、主人公の論理的推理が鋭くて、しかもラストは泣かせる、というなんか私の好みのパターンにぴったりはまったような感じの作品でした。
 ラストの観覧車のシーンと、その後の奥村千明との再会シーンがすごくいいです。特に観覧車のシーンは泣けます。今年のミステリ マイ・ベスト候補ですね。

'98.7.28読了


『クライシスF』(井谷昌喜)

あらすじ:
 大きなミスをしたわけでもないのに社長自伝担当に転配になった元社会部遊軍 記者、自見弥一は、偶然に、共通した不審点をもつ事故の話を複数の筋から耳に した。事故を起こした人物はいずれもその直前に盛んにあくびをし、目の前に小さい白い点が舞うように見える「飛蚊症」を訴え、そして、簡単な引き算が出来ずに、事故を起こしていた。
 時を同じくして、世界食料解放戦線(WFFF) ゲリラの世界同時蜂起が発生した。彼らは、拘留幹部の解放と、F1農作物の国 際管理を要求して、大使館占拠、企業爆破、ハイジャックを起こした。そして乗 っ取られた飛行機が着陸に失敗して墜落炎上という惨事を起こすが、このとき機 長は盛んにあくびをし、簡単な引き算が出来ずに操縦を誤ったのだった。
 自見は社会部の真崎、疋田両記者とともにこの「引き算出来ない病」を探り始めるが、この奇病が日本で少なからず発生していることをつきとめる。が、そこに調査を妨害する脅迫電話があり、疋田記者が轢き逃げで入院してしまう。
(第1回(1997年)日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作『F』を加筆改題 )

感想:
 バイオネタ3連発の2発目。
 この井谷昌喜はデビュー(多分)の『貪食細胞』は、こういう遺伝子操作や食料汚染がテーマの話でした。その後も『標的ウイルス』、『細菌ストーム』、 『電脳細菌殺人事件』といった微生物(と、コンピューターウイルス)関連のミ ステリを書いています。
 遺伝子組み替え食品のについては、数年前から何かと話題になっていますが、 ただ闇雲に危険視するのでなく、正しく関心を払うには良いきっかけになる話か もしれません。
 日本に多発する奇病と、その原因を探っていく過程が非常に面白く、犯人グループとの対決も迫力がありました。そして、ただの企業エゴの犯罪かと思ってい たら、最後に国際的スケールの大陰謀にもっていってしまうところが、枚数的に無理があるようにも感じましたが、すごかったです。

'98.7.31読了


『天使の囀り』(貴志祐介)

あらすじ:
 アマゾンの探検隊に同行していた作家、高梨光宏は、帰国すると人が変わっていた。「死恐怖症(タナトフォビア)」にとりつかれていた彼が、帰国後は食欲旺盛で饒舌になっていた。しかしその彼が突如睡眠薬を飲んで自殺してしまう。彼の変容に不審を抱いた恋人の北島早苗は、アマゾン探検隊に同行していた他のメンバーも不審な自殺を遂げたり、失踪したりしていることを知り、調査を始めるが・・・。

感想:
 バイオネタ3連発のトリです。
 ただただひたすら気持ち悪い、ああ気持ち悪い。読みながら二の腕が痒くなるような気持ち悪さでした。『レフトハンド』(中井拓志)『BRAIN VALLEY』(瀬名秀明)などは、ホラーというよりホラ話という感が強いので、気持ち悪いながらも笑える話だったですが、この話は全然笑えない分、生理的嫌悪感だけが非常に強いです。ラヴクラフトの「インスマウスの影」などもそうですが、本当なら物凄く恐いはずの事実を登場人物が全然怖がっていない、むしろ喜んで受け入れている、というところが読んでいる方としてはめちゃめちゃ恐いです。

 『黒い家』の方が上、という声も聞きますが、これは同じホラーながらジャンルが全然違うので、私には比較はできません。『ISOLA 十三番目の人格』はサイキック・ホラー、『黒い家』はサイコ・ホラー、そしてこの『天使の囀り』はバイオ・ホラーと、3作品とも同じ「ホラー」でありながら、読者を怖がらせる「手法」が全く異なっているというのが何より驚きです。このような作者の力量もさることながら、作者はなぜホラーを書くのか、ホラーにどのようなこだわりがあるのか、というところをぜひ聞いてみたい気がします。

'98.8.1読了


『破線のマリス』(野沢尚)

あらすじ:
 首都テレビの報道番組「ナイン・トゥ・テン」の映像編集担当者、遠藤瑤子は、その類い希なる映像素材の切り張りセンスで視聴率を稼ぐ、やり手の映像編集技術者だった。彼女はある日、郵政省電波管理課の春名誠一という男から、内部告発と称するのビデオを受け取り、その映像を編集して番組を作った。が、その中で槍玉に挙げた郵政官僚から、執拗なストーキング行為を受けることになる。

感想:
 まず最初に、タイトル『破線のマリス』の意味を説明しておきましょう。「破線」とは、テレビの走査線のことで、ここでは「TVに映し出された映像」を意味します。本文から引用すると、

目を凝らしてみればテレビ画面は五百二十五本の横線によって切れ切れにされている。横線は実線ではなく、点からなる破線で、その集合体で出来上がる画面は、細い糸が丹念に横織りにされて絵柄が浮かび上がる図に似ている。

ということです。また、マリスは英語のmalice(悪意、敵意)で、ジャーナリズム専門用語に「マリスの除去」という言葉があるそうです。これまた本文から引用すると、

「アメリカの四年生大学でやられているジャーナリズム専攻教育で・・(中略)・・記者が意図的に悪意の中傷をしていないか、あるいは無意識のうちに映像モンタージュに悪意を潜ませていないかを確認する能力を養って、どういうふうに言葉や映像からマリスを取り除いたらいいか、方法論からみっちり修練を重ねるんだそうです」

ということだそうです。
 つまり、「破線のマリス」とは、映像の中に潜んでいる情報発信者の意識的・無意識的な「悪意」のことです。

 で、感想ですが、「破綻のマリス」とはよく言ったもので、これだけ中心にある事件がここまで未解決のままほっぽりだされるミステリっていうのは、恐らく前代未聞でしょう。そういう意味では非常に前衛的というか、革新的な作品で、私にとって「保守的な権威の塊」という印象が強かった乱歩賞が、この作品を受賞作に選ぶっていうのは、すごく冒険的、革命的な出来事だったのかもしれません。傑作とは言いがたいですけどね。
 ネタバラになるので詳しく書けませんけど、話の終盤の展開を見ると、これはTV業界を舞台にしたサスペンスというよりは、一種のサイコ・ホラーとして読むべき本なのかも。

※第43回(1997年)江戸川乱歩賞受賞作

'98.8.4読了


『黒いトランク』(鮎川哲也)

あらすじ:
 1949年12月10日は朝からどんよりとうす曇ってひどくうっとうしい日だった。この日、汐留駅に届いた黒いトランクから、動物の腐ったようなひどい臭気が漂ってきた。引き取り人も現れないので不審に思った駅員が、このトランクを開けてみると、中からゴムシートに包まれた男の死体が転がり出てきた。そしてトランクの送り主で、犯人と目された近松千鶴夫も水死体として発見される。
 近松の同期生だった鬼貫は、近松の妻、由美子からの懇願を受け、事件を調べ始めるが、容疑者には鉄壁のアリバイが・・・。

感想:
 ページ数からするとそれほど長い話ではないのですが、中に詰め込まれたトリックとロジックの密度がかなり濃く、けっこう時間がかかってしまいました。しかも、いまだにちゃんとトリックを理解出来ておりません(^_^;)。
 これだけトリックオンリーの話というのは、現代のミステリではあまりお目にかかれないもので、たとえ新本格の人たちでも、もう少し別の「色」を付けている様な気がします。でもそういう「色づけ」(=脱線)は、この場合おそらく邪魔になっただけでしょうから、シンプルにアリバイトリックとアリバイ崩しだけを描いているこのやり方が良かったです。また、「靴」とか「藁束」のような推理の小道具の出し方も非常に「きれい」でした。

 ふと気付いたのですが、登場人物の名前「蟻川愛吉」「馬場蛮太郎」「近松千鶴夫」「膳所善造」のイニシャルはそれぞれA.A、B.B、C.C、Z.Z、と揃えられているところがなんか泡坂妻夫っぽいですね。

 噂だけは聞いていた不朽の名作を手にすることができて、とてもうれしかったです。これもみなEさんのおかげです。本当にありがとうございました。
 それにしても、自分の生まれる前にすでに7刷を刷っている本を読むのも久しぶりのことで(定価¥160だし)、何か感慨深いものがありました。

'98.7.12読了


『古い骨』(アーロン・エルキンズ/青木 久恵 訳)

あらすじ:
 レジスタンスの英雄だった老富豪が、北フランスの館に親族を呼びよせた矢先に事故死した。数日後、館では第二次大戦中のものと思われる切断された人骨が見つかり、さらに親族の一人が毒で……。現在と過去の殺人を解き明かす、スケルトン探偵ギデオン・オリヴァー教授の本格推理――アメリカ探偵作家クラブ最優秀長篇賞受賞の傑作
(裏表紙より)

感想:
 「エルキンズ作品はハズレがない」とおっしゃっていたのはHさんだったでしょうか(うろ覚え)。その中でも評判の高い本作品は、ハズレということは多分ありえないので、心配だったのは私に合うかどうか、ということでした。幸い、合いました(笑)。
 一体の骨からの推理、あるいは一枚のレントゲン写真からの推理自体もさることながら、それだけではただの専門用語の羅列になってしまうところを、そこから先にも二転三転する論理が展開されるっていうところが非常に良かったです。

 このスケルトン探偵、ギデオン・オリバー教授という人、最初は自信過剰の嫌なおっさんのように思えていたのですが、自分のところに小包爆弾が送られてきてもそれほど深刻にびびっている様子が見えないところなど、最後にはなんか呑気ないいおじさんに思えてきました(笑)。解説では、本書はシリーズ第5作目ながら、邦訳の第1号のようです。シリーズの他の作品も探してみようと思います。

'98.8.10読了


『密室・殺人』(小林泰三)

あらすじ:
 「息子の容疑を晴らして欲しいんです。嫁の浬奈殺害の容疑です」四里川探偵事務所に持ち込まれた依頼をうけ、所長は助手の四ッ谷礼子に事件現場である亜細山中の別荘に向かうよう命じた。雪の夜、密室と化した部屋に閉じこもっていたはずの浬奈が、窓の下の凍った池に墜死したというのだ。だが奇妙なのは事件だけではなかった。亜細神社の祟りを噂する不気味な人々、人皮紙の本を収集する容疑者、そして異様な幻視に悩まされる探偵助手の礼子自身…。

感想:
 確かに、実にまっとうな本格ミステリで、密室トリックもきちんと解明されるし、トリックが探偵によって解明された後にもう一つどんでん返しがあるし、登場する四里川探偵がまた、本格ミステリの探偵に典型的な性格、言動だし。「ふうん、小林泰三が本格ミステリをねえ・・・」と思ってよく考えてみると、「玩具修理者」のラストなんて、けっこう森博嗣がやりそうなひっくり返し方ですよね。

 四里川探偵の「正体」ですけど、私はp312の徳さんの行動が矛盾してるんじゃないかと思って、しばらく悩んでました。まあ、あれは徳さんの「カンの良さ」ということで一応矛盾ではないのかなあ。あと、学生時代に浬奈が礼都から奪ったというワンゲル部の先輩の名前が「依川仁」だったっていうのは、何か意味のあることなんでしょうか?
 それから、1年前から続いている連続無差別惨殺事件についても、断片的にしか情報が出されていないので、これも非常に気になります。シリーズ化する予定があるのかなあ? それとも、情報を断片的に出すだけ出して、あとは自分で考えなさいっていう「エヴァンゲリオン方式」なんだろうか?

 ホラーの部分では、相変わらず著者のクトゥルーマニアぶりが窺えます。現場にはかつて久都流布川という名の川が流れていて、礼子の幻覚の中では、魚の顔をした僧侶たち狂ったアラビア人が書き残したものを漢訳した「死法経」なるお経を唱えて歩き回っているし(そしてそのお経の中には「くとひゅーるひゅー」「ようぐそうとほうとふ」といったフレーズが出てくる)。すると亜細山とか亜細神社というのもそこら辺からの流用なのかという気もするのですが、残念ながら私の知識では見当がつきません。

'98.8.20読了


『ガリバー・パニック』(楡周平)

あらすじ:

 台風一過の九十九里浜に突如として現れた身長100mの巨人、上田虎之助。彼は、北九州の養殖魚増産センターの工事現場で働いていたところ、突然白い光に包まれ、気付くとこんな巨大な姿で九十九里にいたという。相手がコミュニケーション可能な知性を持った存在だけに攻撃、抹殺することもできず、国政はこの巨人の住居、食物、排泄物処理という問題を突きつけられた。
 しかし、厄介者としか思えなかったこの巨人の労働力、広告効果、さらには血液の薬理効果といった利点が発見され、逆に人々はこの利権に群がるようになっていった。

感想:

 最近『ゲノム・ハザード』、『密室・殺人』と、Nさんと読む本がかぶることが多い私なのですが、オフの時に話したところ、本作も実はそうらしいです。

 で、感想です。
 原因を解説せずにただ異常な事態を発生させて、その事態への対応をシミュレーションしてみる話というと、小松左京『首都消失』などが有名なところかと思いますが、これと本作を比較するのは可哀想なので(笑)、やめておきます。
 私にはどうも、作者が思いついたアイディアを、あまりちゃんと煮詰めずにそのまま出しちゃった、というような感じのする話でした。巨人の労働力や見せ物としての利用価値以外に、血液の薬理効果などを持ち出すところがちょっと面白かったのですが、それも結局細部の解説やその後の利用方法の話などが無かったので、なんだかほっぽりだされたような感じでした。

 作者が宝島社から出している5部作(現在は3作目『猛禽の宴』まで出ています。私はこの作品だけ未読)の方は、1,2作を読んだ限りでは話の盛り上がりに比べてクライマックスの部分があっさり終わりすぎるような気がしたのですが、本作ではこの辺はちょっとは進歩してるかな? 虎之助がサミットのセレモニーを投げ出して仲間の救助に駆けつけるシーンはけっこう迫力あってよかったと思います。が、話全体としては大風呂敷を広げるだけ広げて、ちっとも畳まずに無理矢理話を終わらせたような読後感でした。

98.9.1読了」


『実況中死』(西澤保彦)

あらすじ:
 他人の見た風景がそのまま見えてしまう「怪能力」を得たばっかりに、殺人やストーカー行為をそのまま体験してしまう恐怖! 切羽詰まった女性の訴えに、神麻嗣子と能解匡緒、保科匡緒の3人は、調査と推理を巡らす。そして辿り着いた、あっと驚く真実!君は西澤保彦が奇想した本格パズルを読みとれるか!?
(裏表紙より)

感想:
 『解体諸因』がTさんに受けなかったようですが、そんなことはよくあることなので、これしきのことでは私は挫けません(笑)。というか、今までの経験では、私のお気に入りの話って、なぜか特に女性に受けが悪いんですよね。

 で、今回の話ですが、嗣子ちゃんが登場すると言うことはチョーモンインがらみの事件、つまり超能力がらみの事件です。今回登場する超能力は「テレパシー」なのですが、これが特定人物同士の間に一方通行に、しかもある条件が満たされた時だけ回路が開くというものです。ま、前作『幻惑密室』の「ハイヒップ」ほど条件のうるさい能力ではありませんのでご安心ください(笑)。
 ま〜、なんというか、相変わらず読者をびっくりさせるためにいろいろ仕掛けを考えてくれる人です。冷静に考えてみると、こんな確率の低い偶然が起こることはふつう考えられないんですけどね。
 また、サービス精神旺盛にも、今回は保科が何者かに襲われて殺されかける、という西澤には珍しい展開を見せます。でも、西澤には珍しくても、一般的にはよくあるパターンです(笑)。

 それと、保科匡緒を囲むパソコン通信のオフ会というものが開催され、これが事件の重要なカギになっています。で、あとがきによると、Niftyのパティオで(「パティオ」というからにはNiftyであろうと推測)実際に西澤を囲んでのオフ会が高知で開催されたようです。うらやましいぞ(笑)。

98.9.11読了


『秘密』(東野圭吾)

あらすじ:
 夜勤が明けて帰宅した平介がTVを点けると、妻・直子と娘・藻奈美が乗っていたスキーバスの事故のニュースが飛び込んできた。妻は重体、娘は脳に損傷を受け、植物人間になる可能性が高かった。ところが、妻の臨終と同時に娘は奇跡的に目を覚まし、そして驚くべき言葉を口にした。「あたし、直子よ。」と。

感想:
 前作『探偵ガリレオ』森博嗣に挑戦した東野が、今度は真保裕一『奇跡の人』に挑戦した作品。ちょっと違うか? とりあえず言えることは、『奇跡の人』がミステリではなかったように、この話もミステリではありません。設定だけは超常的だけど、それ以外は夫婦とか親子をテーマにした普通の「小説」だと思います。
 心は妻でありながら体は娘ですから、夫の方は相手見つけて再婚する訳にもいかず、かといって娘とナニするわけにもいかず(笑)、という心の葛藤がひとつ。それから、心は妻でも体は娘なので、学校には行く、ボーイフレンドも出来る、そのうち結婚もするだろう、で、夫としては気が気でない。最後は一体どういう風にまとめる気なんだろうと思っていたら、まあ、これはそれなりにうまくまとめたといえるでしょうか。
 この作品は、それなりに面白く読めたので、それはそれで良かったのですが、私が東野に望むのはこういう作品ではないので、たまにならいいですけど、あまりしょっちゅうこういう方向に走って欲しくはないです。

98.9.15読了


『レディ・ジョーカー』(高村薫)

あらすじ:
 薬局店主・物井清三は兄と孫の復讐のため、競馬仲間を誘い、日之出ビールから20億円を奪い取る計画を実行する。日之出ビール社長、城山恭介は、会社と家族を守るため、警察に協力しつつも犯人の言うとおりに金を払おうとする。また大森署の合田雄一郎警部補は、護衛のために城山に張り付くが、城山の行動に不審を抱く。

感想:
 高村薫がどういう意図でこの話を書いたのかがよく分からない。グリコ森永事件をモチーフにして、企業脅迫という復讐に生きる男、会社を守るために犯人の言うがままにするしか出来ず苦悩する社長、犯人に迫るためには独断専行も辞さない刑事、特ダネに命を懸ける新聞記者、といった男たちを描いたにしては、あまりにも事件の展開が細部まで似すぎているし、かといって、これがグリコ森永事件の犯人像の高村流解釈だとすると、逆に細部が食い違いすぎています。
 たとえば、事件の展開として脅迫テープの郵送から社長誘拐、脱出。その後の食品への毒物混入脅迫、数回にわたる身代金要求と身代金受け渡しの際のアベック襲撃事件、さらに犯人側の終息宣言と同業他社への脅迫の拡散、といったところはグリコ森永事件そのまんまです。が、細部を見ると、たとえばそもそも事件の起こった時代が違うし、最初の脅迫テープの内容も全然異なっています。また、実際の事件では最初から毒物による脅迫が行われていたのに対し、物語では毒物を使わずに色素で脅迫している点も違っています。
 そもそもこれが「ミステリ」であるなら、新聞記者・根来が殺されるシーンが書かれているだろうし、それが書かれないのは、つまりはこの話が「ノンフィクション」であるからのようにも思えます。そうすると、これは小説仕立てのノンフィクションなのか? でもそれにしては重要な部分で細部の食い違いがあるから、そこを考えると実は「小説仕立てのノンフィクション」形式の小説、ってことになるのかな(笑)。
 要は、こういうのが高村薫の小説である、ということなのかもしれません。しかし、私はどうも「高村薫の小説」と相性が悪いようです(笑)。

98.9.23読了


『水曜日の子供』(ピーター・ロビンスン/幸田敦子訳)

あらすじ:

 あの子のこと、わたしは”水曜日の子供”って呼んでるんです、そう担任教師は語った。”悲しみがいっぱい”と歌われる、マザーグースの”水曜日の子供”と……。
 ソーシャルワーカーを名乗る二人の男女が白昼、ひとりの母親のもとを訪れた。虐待されているという通報があったので、娘さんをひと晩預からせてほしいのだという。母親が異変に気づいたときにはすでに遅く、謎の男女は彼方に消えていた。
 彼らは何者なのか。目的は。最悪の事態を覚悟しながら、着実な捜査を積み重ねていくしかないバンクス主席警部。少女は生きているのか?死んでいるのか?

(裏表紙より)

感想:

 翻訳ものをあまり読まない私なので、読む前はいろいろ不安でした。なにせタイトルからしていかにも「幼児虐待」もの。暗い話で「心情ねっとり描写」系の作品は非常に不得手なので、「そういう作品だったらどうしよう〜」とおろおろしながら読んでました。で、確かにそれっぽいことはそれっぽい作品だったのですが、まあそれほど極端ではなかったし、最後はジェマも無事に帰ってきたことだし、読んでる最中も読後感も悪くなかったです。先入観としては「サイコ・サスペンス」系かと思っていたんですが、読んでみると、これは一種の「警察小説」なのかなあ、と。「警察小説」って読んだことないので、よくわかんないんですけどね。
 で、登場する刑事たちの中で絶品なのはジム・ハッチリー部長刑事でしょう。p.373−374のあたりの「活躍」は、拍手喝采ものです。もちろん、「拍手喝采」なのはそれが「演技」だったからであって、本気でやってたら最低ですけど(笑)。ん? っつうことは、あれは計画したバンクス主席警部が実はエライのか。

 不満点があるとしたら、シリーズの途中の作品なので、それぞれのキャラクターについての予備知識が不足したまま読まなければならなかったということでしょうか。そのあたりがもっと充実していればさらに楽しめたかもしれません。まあ、翻訳ものの場合、出版順に翻訳が出るとは限らないので(エルキンズのスケルトン探偵シリーズなど)、シリーズの途中から翻訳が出たと思えば不満でもないかな?

98.10.20読了


『ナイフが町に降ってくる』(西澤保彦)

あらすじ:

 目の前で突然ナイフに刺されて倒れた男。そのとたんに時が止まった。
 何かに疑問を抱くと、時が停止するという奇癖を持つ青年、末統一郎と、たまたまそばに居ただけでこの「時間牢」に一緒に閉じこめられるハメになってしま った女子高生、真奈。謎が解けなければ時間は永遠に止まったままになってしまう。再び時を動き出させるために真相を探る二人は、しかし町中でナイフに刺された被害者を次々と発見。果たして二人はこの前代未聞の怪事件の真相にたどり着き、時の流れを再開させることが出来るのか?

感想:

 ネタがバレバレだったので、途中の仮説が飛び交う部分はほとんど読み飛ばしてしまいました。ところが、そのバレバレだったネタとは違う仮説が採用される 展開になったので、「をを、すっげえミスディレクション! すっかり騙されたぜっ!」と感心していたら、最後はやっぱり予想通りの解決に着地してしまいま した(笑)。そういうわけなので、実はあんまり評価は高くないです。このネタがバレバレでさえなければ、いろいろとこねくり回された理屈もこの上なく西澤らしいし、一応それらしい解答が出た後にさらにもうひとひねり、という構造自 体は私の「好み」ではあるんですが。イメージとしては『麦酒の家の冒険』のS Fヴァージョンという感じですが、提出された謎や仮説はもしかしたら『麦酒』 よりも上かもしれません。最後の解答が他の仮説を圧倒している、という意味では明らかに上なんですが、ただ私にしてみるとあまりにもバレバレだったので、 それだけが実に残念です。
 表紙折り返しにある有栖川有栖の推薦文の

作者も読者も忘れたふりをしているが、実は、本格ミステリの目的は真実を掘 り当てることではなく、いかに説得し、説得されるかという一点に懸かっているのだ。

 という一文は真実ですね。私がエラリイ・クイーン刑事コロンボを好きな理由も、西澤保彦を好きな理由もまさにここにあります。京極夏彦に人気がある理由も、たぶんここにあるはず。

98.10.31読了


『殉教カテリナ車輪』(飛鳥部勝則)

あらすじ:

 椅子に腰掛けている制服の少女の足に口づけする修道士と、それを後ろから見ている赤い服の女。殉教。車輪に磔けられている裸の女性と、その車輪の前で取っ手にひじをついて考え込んでいる女性。さらにその後ろには女性がギロチンの前で祈っている。車輪。
 5年間に400枚もの絵を描き、自殺した画家、東条寺桂。そのモデルが自分の妻に似ている、というその程度の理由で桂の作品を追いかけ始めた美術館学芸員、矢部直樹は、桂が遭遇した二つの密室、一つの凶器という不思議な殺人事件を知る。

感想:

 まずタイトルの「殉教カテリナ車輪」の説明から。東条寺桂が残した二つの大作のタイトルが「殉教」と「車輪」で、この「車輪」の絵を読み解く鍵となるのが「カテリナ車輪」、車輪の刑に架けられて殉教した聖カテリナの物語である、ということから来ています。・・・正確にはこの説明では嘘があるのですが、ネタバラになってしまうので、興味のある方は本書を読んで下さい。

 図象学(イコノロジー)を組み込んだミステリというのは確かに物珍しかったですが、なにより雰囲気のある文章とキャラクターが一番物語を引き立てているのではないかと思いました。選評で有栖川有栖の言う「特異な題名に惹かれる」「幾重にも折り畳まれた意味をたどる過程はエキサイティング」、島田荘司の言う「人物造形もよい」「特に矢部がよかった」「作風にややマイナスしたかと思えたのは二人の刑事くらいのものだった」などなどはまさにその通りです。欲を言えば、一般的なイコノロジーの解釈例を、代表的な実例で示してくれるとなお良かったかなあ、とは思います。
 あと、装丁がすごくいいですね。表紙を見て読みたくなる本というのが時々ありますが、この本はまさにそれです。選評で有栖川が「この作品が無いようにふさわしい美しい本に完成することを祈る」と書いていましたが、この「祈り」は見事に実現されたと言えるでしょう。

 作中作に組み込まれた密室トリックと叙述トリックについては、まあ、そこそこの出来でしょうか。やはりこの作品の主題は、東条寺桂の残した絵に込められた意味を説き明かしていくという点にあると思いますので、「殺人」である必要はあっても、「密室殺人」である必要があったかどうか。推理小説の新人賞に投稿される作品には、往々にして、必ずしも必要でないトリックが無理に入れられていることがありますけどね、『写楽殺人事件』(高橋克彦)のアリバイトリックとか、『白色の残像』(坂本光一)の密室トリックとか。まあ、それも作者のミステリに対するこだわりの現れと考えれば、むしろ好感が持てることですけれども。

 総合評価としては、今年のベスト5に入る好作品です。

98.11.9読了


『死体の冷めないうちに』(芦辺 拓)

収録作品:

「忘れられた誘拐」「存在しない殺人鬼」「死体の冷めないうちに」「世にも切実な動機」「不完全な処刑台」「最もアンフェアな密室」「仮想現実の暗殺者」

内容:

 高名な小説家・劇作家であり市民活動にも深くかかわってきた大阪府知事・維康豹一は、民間人の起用による市民のための捜査機関・自治体警察局を設立し、府警からの転身組や法律・経済専門家ら民間出身者をその任に起用した。
 これは自治体警察局特殊捜査室の支倉遼介警部以下、赤津、蒔岡両刑事、玉村婦警らが挑んだ、誘拐、アリバイ、動機、爆破サスペンス、人間消失など、ミステリならではの趣向の7つの事件の記録である。

感想:

 自治警特捜という組織の立場がいまいちピンとこないのですが、それはさておき、なかなかひねたトリックが良かったです。

「忘れられた誘拐」
 赤川次郎『顔のない十字架』をほうふつとさせるような事件。犯人をひっかける段はわりとありがちなパターンかも。

「存在しない殺人鬼」「最もアンフェアな密室」
 この二つは実はトリック的に類似した作品なんですが、まあ、「ホントかよ〜」って気もしないでもないです。いくらなんでもここまで書くと書きすぎかも(事実だったら怖いけど(笑)。)

「死体の冷めないうちに」
 本書に収録の作品中ではこれが一番か? アリバイトリックはともかく、この「決め手」はちょっとコロンボ的で好きです。

 芦辺拓の書く人物は、森江春策など、どうも顔が見えないことが多いのですが、この連作の主役、支倉遼介警部や赤津、蒔岡刑事なども、なかなか魅力的なキャラなのに、やっぱり顔や姿がいまいち想像できませんでした。そこが不満といえば不満ですが、キャラの魅力でまだまだ続けて欲しいシリーズです。

 「維康豹一」の名前の由来となった『夫婦善哉』なんて読んだこと無いけど、作者の織田作之助がヒロポン中毒だったことはなぜか知っているなあ(笑)。

98.11.24読了


『奇跡島の不思議』(二階堂黎人)

あらすじ:

 如月美術大学の芸術研究サークル《ミューズ》のメンバーは、茨城県の沖合に位置する奇跡島に建つ「白亜の館」に収蔵されている美術品の調査研究と鑑定を依頼され、島に渡った。この奇跡島は、かつて足跡のない密室殺人が起こり、以来30年以上にわたって閉鎖されていたのだった。そして、そこで彼らを待っていたのは、(お約束通りの(笑))、血みどろの惨劇だった。

感想:

 ミステリファンにはもうたまらない設定のオンパレードでした。過去の未解決の不可解な殺人事件、孤島、奇妙な館、メンバーに共通の暗い過去、連続殺人とデコラティヴな死体(見立て殺人)、メンバーによる推理合戦、そして真打ち登場。不満なのはタイトルが『奇跡島の不思議』という非常に大人しいものだってことくらいです。「不思議」じゃなくて「惨劇」くらいにして欲しかった。

 で、設定はこれ以上ないくらい本格のコードに沿ったわくわくするものだったのですが、いかんせん、事件の真相の方がちょっと・・・。せっかく最後に名探偵が登場したのに、真相がそれまでの推理合戦の推理と大して変わらないようではねえ。だいたい第一の殺人については、あれが殺人なのか事故だったのかもはっきりしてないし、事故だったとすると、見立ての理由がわからないし。

 結局、雰囲気はすごくいいが、謎解き部分が不満、という、いつもの通りの二階堂黎人作品でした。

'98.12.4読了


『ぼくと、ぼくらの夏』(樋口有介)

あらすじ:

 高校二年の気だるい夏休み、万年平刑事の親父が言った。「お前の同級生の女の子が死んだぞ」岩沢訓子はたしかに同級生だったが、大した印象を持っていなかった。
 映画でも見ようと新宿に出て、偶然出会ったクラスメートの酒井麻子にそのことを話し、なりゆきで一緒に岩沢訓子の自殺の動機を調べることになったが、さらに第二の被害者が現れて・・・。

感想:

 なんだか樋口がむしょうに読みたくなったので、古本屋で見つけてきて再読しました。で、思うことは、樋口有介はデビュー当時から樋口有介であり、現在に至るまで変わらず樋口有介だ、ということですね。地の文でも酒井麻子のことを「さん」付けで呼んでいるところとか、p.263の「僕は君が好きだ」からの一連のやりとりとか、p.287あたりの「彼女」とのやりとりなどがすごくいいです。
 最近社会生活の方で何かと気分の悪いこと、落ち込むことが多いので、そういう気分の時には樋口有介はすごくよく効きます。ほかの作品も再読しよう。

'98.11.20読了

※ページ数は文春文庫版のものです。


『時計を忘れて森へ行こう』(光原百合)

あらすじ:

 シーク協会(The Society for Educational Experiment in Kiyomi)、ミッション系の農業学校が前身で、太平洋戦争で特に大きな打撃を受けた日本の農村の復興と、新しい世代の若者の教育に貢献すべく設立された組織である。このシーク協会のある清海(きっと「清里」がモデルの架空の地名)で、自然解説指導員の深森護(みもり・まもる)と、高校生、若杉翠(わかすぎ・みどり)の二人が出会う日常的で、ちょっと不思議な謎の物語。

感想:

 こういう日常的な謎に合理的な解釈を当てはめて「いい話」に仕立てるという形式は、は北村薫加納朋子と東京創元社の先輩が確立したパターンですが、ここまでくると、もうかなりミステリという感じが薄れてきています。いい雰囲気のジュニア小説で、どこかミステリ・マインドも感じさせてくれる作品、というのが本作の正しい位置づけかと。表紙の絵がおおた慶文っていうのは、ちょっと「やりすぎ」の感もあるが(笑)。ともかく、この作品が「ミステリ」として評価されること(「’99年版このミステリーがすごい!」で15位にランクイン)には、私はちょっと違和感を覚えます。
 で、わたしがいろんな意味でひっかかっている第二話が問題なんですね。この話は、結婚直前に婚約者が事故死してしまった青年が主人公の物語なんですが、事故死した婚約者が、事故直前に昔好きだった男を訪ねていたのではないか?という疑惑が物語の焦点になっています。結末は、実はすごく感動的な「いい話」になってるんですけど、「だったらなんで婚約者を殺しちゃうんだよ〜」というツッコミを作者にせざるを得ません。これでは結局残された青年が可哀想すぎる(;_;)。せめて意識不明の重体、後に奇跡的に意識を回復してめでたしめでたし、という展開にして欲しかった。
 総合評価としては、「さわやか系」の作品にしては人が死ぬけど、雰囲気はいいです。次回作以降もミステリにこだわらずに、この「さわやかさ」をずっと貫いて欲しいと思います・・・って、本格系ミステリファンの言うセリフじゃないよなあ(笑)。

'98.12.14読了


『夜よ鼠たちのために』(連城三紀彦)

収録作品:

 二つの顔、過去からの声、化石の鍵、奇妙な依頼、夜よ鼠たちのために、二重生活、代役、ベイ・シティに死す、ひらかれた闇

感想:

 先日のOLTでちょっと話題になった短編集です。私は連城三紀彦というと、どうしても「女の情念ねっとり描写」系の作風を思い浮かべてしまうのですが、考えてみると『私という名の変奏曲』とか『どこまでも殺されて』みたいにかなり超絶のテクニックを好む人ですよね。で、その「超絶のテクニック」がいかんなく発揮されているのがこの短編集なのではないかと。表題作「夜よ鼠たちのために」も凄いですが、私としては1編目の「二つの顔」がまるで『新車の中の女』(ジャプリゾ)みたいで「してやられた」という気持ちになりました。

'98.12.8読了


『思案せり我が暗号』(尾崎諒馬)

あらすじ:

 新婚旅行から帰った鹿野のもとにかかってきた、親友の尾崎が自殺したという電話。葬儀に赴いた鹿野に渡された尾崎からの手紙には「ワルツ 思案せり我が暗号」と銘打たれた楽譜が入っていた。これはミステリ好きの自分へのプレゼントなのか? しかしこの暗号は解いても解いても「これは余の遺言にあらず」、「どーもお疲れ」、「暗号には答えなし」と、無為な答えしか返ってこない、恐るべき暗号であった。
 第18回(1998年)横溝正史賞佳作。

感想:

 いやいやいや、なんとも、すごい「暗号」でした。これが凄い「ミステリ」でしたと必ずしも言えないのが残念ですが(笑)。ともかくプロローグの暗号解読がめっちゃくちゃ面白い。解いても解いても無意味な答え、というラッキョの皮むき状態に、たった1枚の楽譜なのにここまでいろんな暗号を詰め込めるものか、とただただひたすら感心しました。
 あそこまで暗号暗号で押されるとすっかり疑心暗鬼になってしまって、たとえば「居流慢馬」なんていう不自然なペンネームも何かの暗号なんじゃないか、とか(あとがきで一応名前の由来は説明してますが、逆から読むと「真ん丸い」になるのが臭いんだよなあ)、やたらひらがなの多い良美の置き手紙も暗号なんじゃないか、とか疑いながら読んでしまいました。

 エピローグの二人の掛け合いは、尾崎の暗号に対するうんちくが少々鬱陶しいようにも感じましたが、若かりし頃の御手洗と石岡の会話を彷彿とさせるもので、それなりに楽しかったです。でも最後の2章は余分かなあ? なんであんな終わり方にしちゃったのか。最後の最後まで「暗号ヲタク」であって欲しかった。

 プロローグとエピローグが大半を占める構成、犯人の出入りも内部の仕掛けもない完全な密室、読者への挑戦状、と、いろいろな仕掛けを見せているように、この人は本格ミステリに対して妙に屈折した愛情を持っているようです。実はそこに一番惹かれるのかもしれません。

 とにかく、『殉教カテリナ車輪』(飛鳥部勝則)を評価した以上、この『思案せり我が暗号』も評価しないわけにはいきません。ということで、この作品も今年のベスト10候補です(^_^)。

'98.12.21読了


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