感想文(1997年分)


『砂時計』(泡坂妻夫)

収録作品:
 「女紋」「硯」「色合わせ」「埋み火」「三つ追い松葉」「静かな男」「六代目のねえさん」「真紅のボウル」「砂時計」「鶴の三変」

感想:
 紋章上絵師や奇術師など、著者本人をモデルにしたとも思える人物が登場する、不思議で悲しい物語の短編集です。どれもいい作品なのですが、あえてベストを選ぶと「三つ追い松葉」でしょうか。トリックと動機がなんだか妙に心温まるものだったので。
 逆に「真紅のボウル」は、救われない主人公に読んでいて悲しくなる話でした。「鶴の三変」は、何とも恐ろしい女性心理に思わず鳥肌が・・・。「静かな男」「DL2号機事件」「奇跡の男」のような、いかにも泡坂らしい「奇妙な論理」が面白いです。

 今年の一冊目は見事に「当たり」でした。これは幸先が良い(^_^)。

'97.1.7読了


『SINKER 沈むもの』(平山夢明)

あらすじ:
 三件の幼女誘拐殺人が起きた。ある被害者の死体は<並べられて>いた。鑑識報告では、頭部は口部で水平に切断され、続いて頸部、臍部で切断され、それぞれに切り離された四肢は上腕と下腕、手首、指までが切り離されていた。殺害のパターンに同一性はないが、残忍な手口から、他の二件も同一犯による連続殺人の可能性が高い。捜査は混迷を極め、キタガミ警部は事件解明のため、超能力者に協力を依頼する。その能力とは他人の内部に<沈み>、人の意識をコントロールする能力だった−−超本格サイコ・ホラーの誕生!
(表紙折り返しより)

感想:
 なんというか・・・題材は興味深いのだけれど、調理の仕方がまずい。だいたいビトーの<沈む>能力はほとんど最後にならないと発揮されないし、それもただ「犯人の目を通して見てるだけ」程度にしか発揮されない。「羊たちの沈黙」のレクター博士の人物像をパクっただけとしか思えない元精神科医の囚人、プゾーというキャラも、思わせぶりな物言いのわりには、事件や犯人と関係あるのかないのか結局最後まで明かされないし。
 そもそも日本人のキャラに「ビトー」とか「プゾー」とか意味不明なあだ名をつけて呼んでいるのがすっごく「変」だよね。

 犯人のサイコキラーも動機や生い立ちがよく分からないのだけれど、血みどろの殺人&死体陵辱シーンだけはすごい迫力でした。この本の読みどころは、実はそこだけなのかもしれません。ゲテもの好きな方はどうぞ(笑)。

'97.1.10読了


『絆 ki・zu・na』(小池真理子 他)

収録作品:
 「生きがい」(小池真理子)、「ナイトダイビング」(鈴木光司)、「小羊」(篠田節子)、「白い過去」(板東眞砂子)、「兆」(小林泰三)、「Gene」(瀬名秀明)

感想:
 豪華執筆陣のわりにはあまり評判を聞かなかったホラー・アンソロジーの本書ですが、まあ、それも仕方ないかな〜と思う程度の出来でした。悪くはないけど、それほど良くもないという程度。この執筆陣の陣容からすると、不満でしょうね。

「生きがい」(小池真理子)
 そういえば、小池真理子を読んだのは初めてだ。ミステリファンには「よくあるオチ」と思えるでしょうねえ(同じオチのミステリを読んだことあるし)。

「ナイトダイビング」(鈴木光司)
 鈴木光司は海を題材にした話が多いですが(『仄暗い水の底から』は全部海が題材だし)、本編もそうです。海中の描写がうまくて、実際に絵が見えるような気がしました。

「小羊」(篠田節子)
 ふーん、篠田節子って、こういう近未来SFのようなものも書くんだ。

「白い過去」(板東眞砂子)
 ホラーとしては一番怖い話でした。幽霊ものかと思っていたら・・・。

「兆」(小林泰三)
 途中で「オチ」が分かってしまったので、あまり驚けませんでしたが、ホラーを書く力は感じました。途中でさりげなく「ミスカトニック東橋」などという名前のビルが出てくるのが面白い。

「Gene」(瀬名秀明)
 作中に登場するゲーム「レミングス」には、私もハマりました(笑)。生化学をやっている人が読むと、一番怖いかも知れない。あんなこと言われたら・・・。

'97.1.13読了


『OKAGE』(梶尾真治)

あらすじ:
 もう帰宅してもいい頃だ。兆の通っている学習塾はとっくに終わっているはずだ。章子は不安になり、塾に連絡を入れてみたが、返ってきた答えは意外なものだった。兆君は欠席されてますよ.....
 兆はどこへ行ってしまったのだろう?警察に行こうか?真剣に探してくれるだろうか....
 全国各地で子どもが大量失踪している事を章子はまだ知らなかった。

感想:
 図書館で借りたので帯が付いていなかったのですが、確か帯にはキング、クーンツ、マキャモンの3人の「いいとこ取り」のような煽り文句が載っていたような記憶があります。「必殺推薦人」の島田荘司だってそこまで書かないぞ(笑)。

 思い起こしてみると、私が読んだ氏の長編は『未踏惑星キー・ラーゴ』にしても『サラマンダー殲滅』にしても、遠い未来の異星での出来事を描いたものでしたが、今回のは現代or近未来の日本を舞台にしていたので、ちょっとばかり違和感を覚えました。それはそれとして、話自体は面白いし、どんどん読めるのですが、話の中で起きている異常な現象の説明に用いられる「小理屈」がどうもよく理解できませんでした。ラストもあまりハッピーエンドとは思えないし・・・。この人は短編の方が、私は好きだなあ。

 熊本に出張に行ったときにちょうどこの本を読んでいたので、「キムチの里」の看板やら「慶徳小学校」やら「カジオ貝印のガソリンスタンド」やら、話の中で登場する固有名詞を実際に見かけたのが、なんとも印象的でした。しかも、バスの中に置いてあったタウン誌の1ページ目にいきなり氏のショートショートが載ってるし(ご当地出身、在住の作家だから、まあ、驚くほどのことではないのかもしれませんけどね)。

'97.2.5読了


『大聖堂』(上・中・下)(ケン・フォレット/矢野 浩三郎 訳)

あらすじ:
 

感想:
 本来の私の好みは国産・ミステリ系ですから、そのどちらからもはずれた本作のような作品を読む機会は滅多にありません。まさに「指定図書」でなければ読まなかった作品です。私はこういう話の楽しみ方がうまい方ではありませんので、途中辛いこともありましたが、これだけの長い話を飽きずに読めたのですから、総合的には面白かったと言っていいでしょう。高い評価があちこちで聞かれるのにも頷けました。
 キャラクターとして好みなのはやはり、トム・ビルダーですね。ジャックはいまいちかな。女性陣ではアリエナも悪くはないけど、エリンがいいですね。トムが立派な棟梁として描かれているのにその息子のアルフレッドを結構な悪役にしてしまうところなど、キャラの作りに私ごのみでないモノを感じる時もありましたが、ジョナサンが母親の墓参りをするシーンや、リミジアスがフィリップ修道院長のために証言するシーンなどには、思わず涙してしまいました。

'97.2.14読了


『九月の雨 トラブルバスター4』(景山民夫)

あらすじ:
 宇賀神邦彦、関東テレビ総務部総務課制作庶務係。あまり表沙汰に出来ないような、テレビ局内外の面倒事を処理するのが仕事の、人呼んで「トラブルバスター」である。
 彼の今回の仕事は、先に放送された特別番組の中の臓器移植に関するドキュメントにやらせがあり、それを他のマスコミが嗅ぎつけたので、策を講じろというものだった。このやらせに関わったといわれるのがアシスタント・プロデューサーの島田杜男は、しばらく前に癌で死んでいた。この事件に何か胡散臭いものを感じた宇賀神は、島田の母、孝子とともに事件を探り始めるが・・・。

感想:
 最近どこで何をしているのか、さっぱり音沙汰を聞かない景山民夫ですが、本書を書架で発見して懐かしくなってしまい、久々に読みました。
 『虎口からの脱出』のような冒険小説もいいのですが、著者は元放送作家ですから、このトラブルバスターシリーズのようなTV局を舞台にした話も、業界の裏話が満載で、なかなか楽しいです。
 話そのものは、島田の母親がなかなかのキャラクターで楽しいのですが、何せ事件がたかが出世争い程度のことなのに、やくざが絡んできて殺人まで起こってしまうのがなんとも嘘臭いです。肝心の島田の遺書のビデオがあっさり出てきてしまうところなども、肩すかしを喰ったような気がします。
 あとがきによると、景山民夫はまだこのシリーズを続けるつもりらしいですが、長編にするよりシリーズ初期のように短編にした方がいいと思うなあ。

'97.2.8読了


『ろくでなし』(樋口有介)

あらすじ:
 政治家の汚職事件絡みのスクープ記事が元で一流新聞社を辞め、しがない業界紙を発行し政治ゴロの日々を暮らす男。その事務所に女が訪れ、奇妙な調査を依頼する。胡散臭いのは承知のうえだが、美人と金に惑わされ調査を引き受けたが、果たして追跡中の男は不審死を遂げ、女依頼人も・・・・・・
(帯裏より)

感想:
 なんだか樋口も出版ペースが上がってきたなあ。まあ、それはファンとしては喜ばしいことですけど。
 本作の主人公、田所は、『苦い雨』の高梨と職業の設定などが良く似ています。
著者自身、かつて業界紙の記者をしていたという経歴の持ち主なので、事情が分かっていて書きやすいということもあるのでしょう。この人の作品に関してはマンネリもかまわないと私は思っていますので、それは全然OKです。
 ストーリーはというと、あいかわらずの樋口流軟派ハードボイルドなのですが、途中で悲劇が襲うのと、SF&国際謀略小説じみた展開を見せるのが、ちょっと今までとは変わっているといえるかもしれません。でも、「あまり慣れないことはしない方がいいのでは?」、とお節介な感想を抱いてしまいました(笑)。

'97.3.7読了


『メドゥサ、鏡をごらん』(井上夢人)

あらすじ:
 作家、藤井陽造は、異様な死に方をした。彼は全裸になり、その全身をセメントに沈めたのだった。遺体の脇には一緒にガラスの小瓶が埋まっており、中には小さく折り畳んだノートの1ページが収められていた。そこには、奇妙な文が一行だけ書かれていた。
<メドゥサを見た> と。

感想:
 いかにも井上らしい作品、といえば、その通りかもしれない。確かに、読んでいるときは休む間も惜しくてどんどん読めるのだけれど、読み終えてみると何か釈然としない。ホラーとしては確かに怖い。こんな目に遭ったら、と思うとものすごく怖いのだけれど、「メドゥサの呪い」が、具体的にどういうものか全然はっきりとしていないので、これが読後にひっかっかってしまいました。
 主人公が遭った「呪い」と、高瀬や杉浦やその他の死んだ人間が遭った「呪い」は果たして同じものだったのか否か、何故高瀬だけは20年も助かっていたのか、など、すっきり解けない謎がいくつも残ったままのような気がします。
 井上作品の中では、不満の残る出来でしょう。けど面白いことは面白い。

'97.2.27読了


『スラム・ダンク・マーダー その他』(平石貴樹)

収録作品:
 「だれの指紋か知ってるもん」「スラム・ダンク・マーダー」「木更津のむかしは知らず」

感想:
 お久しぶりの平石貴樹です。更科丹希が主人公の前作は『誰もがポオを愛していた』ですが、これが1985年11月の出版ですから、それから実に11年ぶり(!)の(ニッキシリーズの)新作になるわけです。
 収録の3作は3作とも、動機が実に弱く、「これはちょっと・・・」と思ったのですが、実はこれがラストへの伏線になってたりします。でも、このラストは後味が悪すぎるなあ。
 3作ともトリックはけっこういい感じですが、私がこの人に望むのは「ロジック」の方ですから、それが原因で「満足」とまではいかなかったですね。新潮ミステリ倶楽部からの新作はいつになるのだろうか。

'97.3.4読了

※「新潮ミステリー倶楽部」の「以下続刊」からは、いつの間にか名前が消えていました(泣)


『フェルマーの最終定理に挑戦』(富永 裕久 著、山口 周 監修)

内容:
 フェルマーの最終定理とは、以下の式で表される定理で、フェルマー自身は「証明した」と書き残しながらその証明を残さず、後に350年以上にわたって世界中の数学者が証明を試み、昨年やっと証明された定理のことです。
n≧3のとき xn +yn =zn を満たす自然数x,y,zは存在しない。

感想:
 私は理系といえば理系なのですが、数学は実はあまり得意ではありませんでした。なのになんでこんな本を読んだかというと、やはり数学に対するあこがれみたいなものがあったからでしょう(数学者というと「すっごく頭いい」という印象があるので)。フェルマーの最終定理の式自体は非常にわかりやすい、単純な形ですから、頑張って読めば私にも証明が理解できるのではないかと思って読み始めたのですが、証明自体は全然理解できませんでした(笑)。
 で、まあ証明自体がどうだというよりも、この公式を巡る数学者達のドラマがものすごいわけです。著者自身も、この「フェルマーの最終定理」が解かれるまでの過程は「冒険小説を彷彿とさせるような一大スペクタクルであり、解決までの道筋は推理小説としても読める」と書いています。数学アレルギーの方でもお話として読めば楽しめるのではないでしょうか。薄い本だし。

'97.3.16読了


『推定有罪』(笹倉明)

あらすじ:
 弁護士、奥村紀一郎が国選弁護の受認届を提出すると、係の女性はいささか驚いた表情を見せた。その事件は殺人事件、しかも控訴審だったからである。特に国選の場合、殺人事件は膨大な時間を喰う割に実入りが少ないからだ。しかも、殺人のような事件を扱うなら控訴審でなく一審から受け持ちたいと思うのが普通だ。しかし奥村は、被告の「おれは、殺っていない」という獄中からの声を無視し切れないなにかを、一審判決のなかに感じとっていた。

感想:
 あとがきによると、本書は実在の事件をモデルにした小説であり、しかも実際の事件の内容、弁護士の闘いの過程、裁判の展開などに虚構はほとんど加えていないということです。また、タイトルは決してスコット・トゥローのパロディなどではなく、「有罪の推定を受けるべきは組織や権力の側だという皮肉をこめたつもり」だそうです。
 「推定無罪」という言葉は、つまり「疑わしきは罰せず(被告人の利益に)」ということなんでしょうか。ところが日本の裁判はえてして「推定有罪」、つまり「疑わしきは有罪」という傾向にある、という点を筆者は指摘しています。本書のように経済的に恵まれず、社会的地位も低い「ドヤ街暮らし」の労働者が被告の場合、弁護人も裁判官もおざなりに裁判を進めて、「一丁上がり」のようにして裁判を終わらせてしまう、という現実があるのでしょう。
 最後まで真犯人が指摘されず、事件の背後にあるもの(被害者が何故殺されたか、など)も一切明らかになりませんので、ミステリとして読むと不満でしょうが、実際の事件をモデルにしているのならそれも当然でしょうし、読んでいるときにはそういうことは全然気になりません。むしろ、被告が無実であるという心証を奥村弁護士が得ていく段は非常にロジカルで、興味がとぎれませんでした。
 これが実在の事件をモデルにした作品である以上、こういう立派な弁護士も世の中には居てくれる(世の中捨てたものではない)ことが実感できました。なにしろ、調査の時間かせぎのために公判の日程を遅らせるテクニックとして、弁護士を国選から私選に変更するという裏技(?)までやってくれます。もちろん弁護自体は同じ人がやるし(弁護士仲間に呼びかけて「弁護団」にはしていますが)、被告に弁護料金の支払い能力はありませんから、国からの国選報酬がなくなって完全に無報酬の「持ち出し」で弁護するわけです。この方法を決心したときの奥村弁護士の心情がまた、「金などはどうだっていい。どうせ国選の報酬など微々たるものだし、持ち出しに変わりはないのだ」とか、「億の金より、ひとりの人権が大事なのだ」とか、まあ、きれい事といえばきれい事なんですが、やはり格好良いです。

 タイトルに惹かれて久しぶりに笹倉明を読んでみたのですが、これは当たりでした(^_^)。

'97.3.17読了


『インターネット中毒者の告白』(J.C.ハーツ/大森望・柳下毅一郎 訳)

内容:
 インターネットにはすばらしい部分がある。寂しくって恐ろしいところも。ここに踏み入ったことを後悔はしていない。だけど・・・
 ハーバード大学の女子大生が、不思議の国のアリスさながらにインターネットの世界へ突入! 夜ごと入り浸り、ほとんど中毒になった彼女が最後に選んだのは、サイバー自殺−−−ニューズグループやIRC、MUDなど、広大なその世界を紹介し、そのすべてをみずみずしい批評眼でリアルに描きだした、最高のインターネット・ノンフィクション。
(表紙折り返しより)

感想:
 なんというか、本文の「いかにも」な女子大生口調が少々鼻につくことがありましたが、これは原文がそうなのか、それとも訳者が意識してそういう風に訳したのか興味あるところです。それから、著者が各章の構成をあまり考えて作っていないせいか、面白い章と退屈な章が入り乱れておりました。

 さて、内容ですが、当然のことながら、著者の彼女が「中毒」したのはWWW巡りのようなサービスではなく、ニューズグループや、IRC(インターネット・リレー・チャット;PC−VANでいうところの「OLT」)、MUD(マルチ・ユーザー・ダンジョン)といった「物件」です。この中で、MUDというのはちょっと馴染みのない言葉なので、イメージが湧きにくいのですが、巻末の用語解説によると

テキスト・ベースのヴァーチャル・リアリティ環境で、多くは冒険ファンタジーやSFに基づいている。IRCチャンネルと違い、MUDは構造を持っている。今のところ、MUDはネット上でもっとも中毒性の高い物件である。(以下略)

 ・・・まだ分かりにくいですか? ネット上で複数ユーザーが同時に遊べる「テキスト・アドベンチャーゲーム」というのが私のイメージするところの「MUD」です。
 ちょっと面白そうなので体験してみたい気もしますが、「ネット上でもっとも中毒性の高い物件」というのが非常に怖いですね。

 本書に登場する用語は、日本のものと異なっている場合も多くありました。例えば日本で言うところの「ROM」は「LUCKER(ラーカー;潜伏者)」というのだそうです。これからは「ROMしてました」といわずに「ラーカーしてました」というのがクール(笑)かもね。

 最初の方の章で取り上げられているインターネット上の「罵倒のしあい」(英語では「燃え上がる」、「かっとなる」を意味するflameという単語が当てられています)は、あとがきで訳者も言及しておりますが、ここPC−VANでも頻繁に見られるもので、こういうのに国境というのは無いのだなあ、と感じました。

'97.4.2読了


『瞬間移動死体』(西澤保彦)

あらすじ:
 俺にとって殺意を実行に移し、完全犯罪とすることは簡単だ。ロサンゼルスにいる妻を、日本にいる俺が殺したなどとは誰も思わないだろう。だって俺は、「テレポーテーション」が使えるのだ! だがこの超能力の欠点が様々な事件を巻き起こし……。トリックの可能性を極限まで追求する西澤保彦の新たな挑戦作!
(裏表紙より)

感想:
 本作は、『7回死んだ男』『人格転移の殺人』と同じ系統の作品と分類できます。いずれもSF的設定を最大限に生かし、なおかつどんでん返しを決めてくれる作品です。私も西澤とは波長が合うので、手口はある程度読めたのですが、全部は読み切れませんでした。そっか〜、そういう仕掛けだったのか〜。この人のミスディレクションのうまさにしてやられたとも言えるでしょうけど、あんなところに伏線が張ってあるとは・・・。

 ところで、この主人公のコイケさんが、匠千暁シリーズに登場するコイケさんと同一人物かどうか、皆さん気になりませんか? 私は気になります。が、匠千暁シリーズのコイケさんは本名が「コイケ」ではないらしいこと、下の名前も和義とヤスヒコと、違っていること(『彼女が死んだ夜』p.115より)などから、残念ながら別人なのではないかと考えられます。実は同一人物だったりしたら面白かったのにね。

'97.4.8読了


『虚無への供物』(中井英夫)

あらすじ:

感想:
 先日BSでドラマ化されましたが、ビデオには全部録画して、まだ最終回だけ見てません。原作を読み終えたので、これから見ることにします。
 どういう感想を書いたものか、非常に迷うのですが、面白かったというにはあまりにもラストが重いですね、読者にとって。う〜ん、本当にどう感想を書いたものか・・・
 竹本健治『匣の中の失楽』が、この『虚無への供物』に触発されたという話も聞きますが、なるほど、確かに雰囲気はよく似ています。「げげっ、衝撃の真相!」と思ったら作中作だったところなんか(笑)。
 確かに「物語のスケールの大きさ」が、三大ミステリの一つと呼ばれるにふさわしいものだと思いました。『ドグラ・マグラ』(夢野久作)の方は全然理解できなかったのですが、これは読んだのが子供の頃だったので〜(^_^;)。

'97.3.25読了


『星降り山荘の殺人』(倉知淳)

あらすじ:
 雪に閉ざされた山荘。そこは当然、交通が遮断され、電気も電話も通じていない世界。集まるのはUFO研究家など一癖も二癖もある人物達。突如、発生する殺人事件。そして、「スターウォッチャー」星園詩郎の華麗なる推理。あくまでもフェアに、真正面から「本格」に挑んだ本作、読者は犯人を指摘する事が出来るか!?
(背表紙より)

感想:
 倉知淳というと、猫丸先輩シリーズが有名ですが、私は今までそれほど買っていませんでした。で、本作も出たときには購入するつもりは無かったのですが、雑誌やボード、OLTで好評を聞き、読んでみました。

 感想ですが、「こいつはやられた」「こんなところにひっかけを持ってくるか〜」といったところでしょうか。作者の仕掛けたトリックにまんまと引っかかってしまいました。そこを除いてもフーダニットを追求したロジックはなかなか読ませてくれるし、これは良かったです。ただ、本作に限らず、フーダニットを追求するどうしても「消去法」になってしまう、というのが私には不満ですが。だって容疑者A,Bの二人がいるとして、「Aが犯人でない」と証明することと「Bが犯人である」と証明することは別の次元の問題でしょ? まあ、容疑者を絞り込む段階では「消去法」でもいいのですが、真犯人を決定する段は「消去法」は使用して欲しくないというのが私の希望です。

 なんだか文句めいたことを書いていますが、本書のロジックは面白かったし、ラストにも十分驚けたので、倉知淳を見直した、というのが本音です。これ、シリーズ化しないんだろうか(笑)。

'97.4.23読了


『告別』(赤川次郎)

収録作品:
 「長距離電話」「自習時間」「優しい札入れ」「愛しい友へ……」「雨雲」「敗北者」「灰色の少女」

感想:
 久々の赤川次郎作品でしたが、あいかわらずの赤川節(?)でした。20年以上書き続けても「あいかわらず」だというのは、もしかしたら凄いことなのかもしれません。少なくとも、あれだけ多作してきたにもかかわらず「才能の涸渇」というような雰囲気が感じられませんから、これは大したものです。

 個々の作品を見ていくと、「長距離電話」の主人公が「究極の選択」を迫られるラストが良かったです。でもあんなに簡単に決めちゃってよかったのかな? それから「灰色の少女」のラストは、訳の分からない世界に連れて行かれた感じで、結構怖かったですね。

 そういえば長者番付の作家部門で、とうとう赤川次郎がトップから落ちましたね。時代の流れでしょうか。

'97.5.15読了


『左手に告げるなかれ』(渡辺容子)

あらすじ:
 「みぎ手」というダイイングメッセージを残して、木島祐美子は自室で殺された。彼女の夫とかつて不倫関係にあり、刑事の訪問を受けた保安士・八木薔子は、自己の疑いを晴らすために彼女を殺した犯人を捜し始める。同じく事件を探る私立探偵・葉室と知り合った薔子は、祐美子殺害事件の裏に、新興コンビニエンスストア・ディンドンのスーパーバイザー連続殺人事件があることを知る。

感想:
 乱歩賞も落ちるとこまで落ちたという感じです。いままでにもひどい作品が受賞したことはありますが、それでもどこかに見るべきところのある作品が受賞していたものです。でも、この作品には何にもないですねえ。保安士という職業とか、コンビニ業界の裏側を深くえぐったというならまだしも、それほどのものではないし、主人公が保安士であるべき理由もどこにもない。犯人も意外というほどのものでなく、トリックもない。あれだけ引っ張ったダイイングメッセージも腰砕け、と、この作品が乱歩賞受賞作だというのは、乱歩賞の権威を貶めるためにライバル社が流した悪質なデマなのではないか、と勘ぐらずにはいられません(笑)。
 様々な場面での細かい描写が結局事件と何の関係もないところなど、非常に無駄の多い作品です。この作品に賞をあげる審査員も審査員ですが、これを年間ベスト10の2位にランクインさせてしてしまう週刊文春も週刊文春だよな〜(笑)。

'97.5.15読了


『大空港炎上』(羽場博行)

あらすじ:
 <管制不能で胴体着陸する大型旅客機! 爆炎を噴く滑走路! 人工島内に孤立した五万人の命は?> 海上に建造された巨大な横浜新空港の海港一ヶ月前、突如その浮体工法を誹謗する怪文書が撒かれ、さらに設計者の菊地が不審な男たちに拉致された。真相を追う菊地の親友片岡は、やがて、恐るべき空港破壊工作の進行を知るが、時すでに遅し。ついに一番機の飛ぶ海港の日、空港は阿鼻叫喚の地獄と化した! 誰が何のために! 俊英が空前のスケールで放つ長編スペクタクル・サスペンス!
(裏表紙より)

感想:
 『崩壊曲線』では人工島とその上に立つ巨大ビルディングを、『崩壊山脈』では山をぶっ壊してくれた羽場博行が、今度は海上の新空港(たぶん関西新空港がモデル)をやってくれました。あいかわらず「テロリストが巨大建造物(の破壊)を盾にとって権力者を脅す」というワンパターンですが、私はひいきにしているので許します(笑)。バブルや阪神大震災といった実際のことを引き合いに出して建築者のあり方に疑問を呈するのは、フリーの建築家でもある著者だからこそ出来ることでしょう。
 また、海上空港を破壊する方法や、そこでの片桐と犯人グループの攻防も、字で読むだけでは非常に分かりづらい部分もあるのですが、アイディアも迫力も「さすが」と思わせるものがありました。

 「映画『タワーリング・インフェルノ』の面白さを活字で表現すること」という著者の意気込みはいいのですが、それゆえのマンネリ化も懸念されます。私としては、この人には大きくブレイクして欲しいので、どんどん新境地を切り開いて、真保『ホワイトアウト』に当たる作品を書いて欲しいものだと思っています。

'97.5.12読了


『奇跡の人』(真保裕一)

あらすじ:
 23歳の時に交通事故で重傷を負い、脳死寸前まで行きながら奇跡の復活を遂げた相馬克己、だが彼には事故以前の記憶が全くなかった。8年間の入院生活の中で、看病してくれた母をガンで亡くした彼は、天涯孤独だった。そして、退院して家に戻った克己は、まるで誰かが自分の過去を隠しているかのように、中学、高校時代の写真も卒業証書も保存されていないことに気づく。

感想:
 これがミステリであるなら、相馬克己の過去になにがあったのか、にもっと焦点があたっていたでしょう。それは確かに、明らかになってみると驚くべき過去だったかもしれませんが、その「過去」が明らかになる段は、わりあいさらっと書かれているような気がしました。で、ここで焦点となっているのはその失われた過去に翻弄され、過去を取り戻すべく足掻く一人の男の姿でありました。つまり、この物語は「ミステリ」ではなく「小説」として書かれていると私は思います。
 私は過去に「読みたいのはミステリであって小説ではない」というようなことを書きましたが、この物語が小説であること自体には何の文句もありません。ただ、克己の聡子に対する行動があまりに自己中心的で、ちょっと共感できなかったところがマイナスです。聡子の夫のとった行動は、それは卑怯な、許されざる行為だったかもしれませんが、そうされても仕方ないくらいしつこくつきまとったのは克己の方だろうに、と言いたくなりました。だから逆に聡子の献身が信じられないという感じもあります。もっとその時点での聡子の側の描写もして欲しかったです(一人称の小説だから無理か?)。私はそういう観点から、この話を「小説」としてあまり高く評価できないんですね。真保に望むレベルからすると、少々不満の残る出来でした。
 「哲学者」で「詩人」のトモさんは、好きなキャラクターだったのですが。

'97.6.4読了


『椿姫を見ませんか』(森雅裕)

あらすじ:

感想:
 確か昔読んだはずの本書ですが、ストーリーはおろか、登場人物から犯人からぜ〜んぶ忘れていました(^_^;)。まあ、おかげで初めて読むように楽しめましたけど。
 この作品はミステリとしては・・・あんまり大したことない話なのかもしれませんが(贋作の出入りの部分は込み入っていて、いい感じでしたけど)、読みどころは日本画や油絵、オペラに関するうんちくと、守泉音彦&鮎村尋深のキャラクターなんでしょうね。この二人は今後どうなっていくんだろうか・・・。

 犯人が最後に仕掛けたトリックですが、由良三郎氏のエッセイによると、ああいう方法で人を殺すのは不可能だそうです。酸がないといけないらしい。ま、それくらいは許容される間違いだと思いますけどね。

 久々の森雅裕作品でしたが、以前とは違った感覚で読むことが出来ました。私がこの人から遠ざかっていたのは作者を見限ったからじゃなくて、ミステリ以外の話ばかり書くようになったからだったと思います。図書館で書架を眺めたらけっこういろいろ作品が出ているようなので、ぼちぼち復活させていってもいい頃でしょうか。

'97.6.18読了


『人獣細工』(小林泰三)

あらすじ:
 遺伝子操作によって誕生した
 人間の臓器、四肢、眼球などを持つ異形のブタたち
 そのさまざまな器官を異種移植された少女の身も凍る秘密とは

 おまえはヒトブタ −−私の中の何かが囁く
(帯より)

感想:
「人獣細工」
 なんとなくオチが見えてしまったのですが、強烈な話でした。ちょうどクローン羊が話題になってるし、タイムリーな話といえるかもしれないです。

「吸血狩り」
 私程度の知識でも鏡やニンニクや十字架は知ってるけど、ホースと水道を使った方法は全然知らないです。詳しい解説求む! 館長ぉ〜(笑)

「本」
 3編の中ではこれが一番良かった。特に「インストール」という概念が何となく面白かったです。よく「笑いは薄められた恐怖である」といいますが、密見子の両親がオペラを歌い踊るシーンなんかは「笑いを濃くした恐怖」ですね。

総合評価:やっぱ小林泰三ってすごい。

'97.7.6読了


『いちばん初めにあった海』(加納朋子)

あらすじ:
 ワンルームのアパートで一人暮らしをしていた堀井千波は、周囲の騒音に嫌気がさし、引っ越しの準備を始めた。その最中に見つけた一冊の本、『いちばん初めにあった海』。読んだ覚えのない本のページをめくると、その間から未開封の手紙が……。
差出人は<YUKI>。
だが千波はこの人物に全く心あたりがない。しかも開封すると、そこには”あなたのことが好きです”とか、”私も人を殺したことがある”という謎めいた内容が書かれていた。
(表紙折り返しより抜粋)

感想:
「いちばん初めにあった海」
 全然ミステリらしくない話だなあ・・・普通小説なのかなあ・・・と思って読んでいたら、これは紛れもなくミステリでした。人は殺されないんだけどね。最後のバス停の場面は、加納朋子が泣かせるツボを心得ているのか、それとも簡単にツボを押されてしまう私が単純すぎるのか(笑)、ぐっときてしまいました。

「化石の樹」
 ミステリとしたら、あの解決編は噴飯モノかもしれませんが、OKです(笑)。それにしても、一応幼児虐待の話なのに、暗さが全然感じられない話ですね。これは作者の甘さなのかもしれませんが、ま、あまり重苦しい話を読まされるのもきついですから。

 2編ともなかなか良かったです。ところで、推理作家協会賞をとった「ガラスの麒麟」が来月ようやく単行本化されるようですね。

'97.7.17読了


『夏への扉』(R.A.ハインライン/福島正実 訳)

あらすじ:

感想:
 若松和彦言うところの「猫が扉をさがすやつ」です(笑)。
 オフでIさんが「SFを読んでいる人が少ないようなので指定図書を決めたら、けっこう「再読です」と書いている人が多いので「失敗したかな?」と思った」とおっしゃっていましたが、私も再読です(笑)。
 といっても同じ作品でも読む年齢によって読みの深め方や感じ方が全然違うので、お気になさらずに。

 前回読んだときはコールドスリープとタイムマシンを駆使した時間の往来がすごく新鮮だったのですが、タイムトリップものもかなり読んできましたので、今回は新鮮味をあまり感じませんでした(再読だから当たり前か(^_^;))。今回一番感じたのは、希代の悪女、ベル・ダーキンにもっと活躍(?)の場を与えて欲しかったということでしょうか。ダンがコールドスリープから目覚めた後は一回登場するだけで、しかもなんにも出来ないというのはつまんない。もっとしつこく登場して、何度もダンの邪魔をして欲しかったな〜と思います。

 あと、細かいツッコミ(笑)を一つ。主人公は新聞の縮刷版を調べたりするのに何度も図書館に通い、図書館が休みで調べものをあきらめる、というシーンもあったと思います。新聞記事のオンライン検索も出来ない西暦2000年って、なんか不便だな(笑)。

'97.7.28読了


『われはロボット』(I.アシモフ/小尾芙佐 訳)

あらすじ:

感想:
 アシモフの作品は、黒後家蜘蛛の会シリーズだけ読んでいるので、SFは実は初めてです。こういう読者って珍しいんだろうな。
 印象に残ったものから何編か感想を。

「ロビイ」
 本書収録作品の中では唯一の人情噺(笑)。こういうのは好きです。それにしても、ロビイが製作されたのは1996年のこと・・・って、去年じゃないか〜(笑)。

「堂々めぐり」
 
『黒後家蜘蛛の会』シリーズの作者だなあ、というロジカル(?)な作品。

「うそつき」
 理屈はわかるのだが・・・あんな底の浅い見え透いた嘘つくかなあ(笑)。ロボットが悪意を持って他人をコントロールしようとして嘘をついていた、という筋を想像をして、背筋が寒くなってしまいました。

 続編の『ロボットの時代』も買って読んでしまいました。こっちは本書よりちょっと落ちるけど、これもなかなか楽しめる本です。

'97.8.2読了


『枯れ蔵』(永井するみ)

あらすじ:
 富山県の水田に害虫トビイロウンカが大量発生した。このトビイロウンカは主要な農薬に対して耐性をもち、このままでは不作、米不足が懸念された。しかし何故富山県一カ所だけに耐性を持つウンカが発生したのか? 食品メーカーで富山県産有機米を使用した製品を開発した陶部映美は、米流通会社ファーブルライス社長、原田とともに富山を訪れる。

感想:
 「日本推理サスペンス大賞」からリニューアルした「新潮ミステリ倶楽部賞」の第1回大賞受賞作です。
 ウンカの大量発生の謎や農薬耐性の話など、興味を惹かれる話題が多く、ほとんど一気読みでした。新規農薬「ゾアックス」の売り込みに賭ける製薬会社ドーメックスの若牧、ウンカと戦う富山県農業試験場の五本木など、なかなか登場人物も魅力的でした。ただ、読んでいるときは気にならなかったのですが、後から考えるとこれらの登場人物の相関関係がほとんどご都合主義のようなつながり方を見せるんですよね。こういう部分はちょっと、ね。
 最後には主役の映美は一人で幸せをつかむようですが、五本木の奥さんは実家に帰ったままだぞ〜、どうすんだよ(笑)。

 滅多にない農業ミステリ(?)ということで、物珍しさも手伝って面白く読めました。『新宿鮫V 炎蛹』より面白かったです。ま、そういっても『炎蛹』は「農業ミステリ」じゃないですけどね。

'97.8.22読了


『クーデター <COUP>』(楡周平)

あらすじ:
 ロシアン・マフィアからの武器大量購入、それ自体は珍しい物ではないが、オーダーじたのが日本人らしい、となると話は別である。
 その大量の兵器を購入したのは日本の政治腐敗を憂え、クーデターを謀ろうとしている新興宗教団体「龍陽教」だった。そして龍陽教の村上は、北朝鮮に疑いの矛先を向けるべく、能登で作戦を開始する。

感想:
 
『Cの福音』でデビューした楡周平の2作目です。前作でもコカイン密輸の手口やコカイン中毒者の緻密な描写は見るべき物がありましたが、クライマックスが尻すぼみなのが難でした。今回も新興宗教団体のクーデターという、おそらく今の日本で起こるとしたら一番ありそうな(というか、すでにあったというか)シチュエーションを、持ち前の綿密な描写で描いています。あの「オウム」にもう少し知恵があったら、こんなことになっていたかもしれない、という恐怖は感じました。
 ただ今回もやはりクライマックスでいきなり減速してしまっており、村上の部隊のあまりにもあっけない自滅にはちょっと・・・。戦争カメラマン川瀬雅彦というキャラクターの特性をもっと生かした「対決」を見せて欲しかったなあ、とも思います。が、ともあれ、これも一気読みの面白さがありました。

 ところで、本書の題名にあるクーデターを意味する<COUP>ですが、発音は「クー」で、フランス語が語源だそうです。で、正式には coup d'e-tat と綴るんだそうです。「クーデター」がフランス語だということは初めて知りました。

'97.8.25読了


『六枚のとんかつ』(蘇部健一)

あらすじ:
 ある中小企業の社長が殺された。二億円の保険金が目当てと思われたが、保険金の受取人である6人の息子たちには全員鉄壁のアリバイがあった。保険調査員である小野由一は、後輩の早乙女(体重120kgの巨漢)から相談を受け、この難事件の解決に取り組む。(六枚のとんかつ)

感想:
 特に最初の方の話は、「バカミステリ」というよりはタダのバカです(笑)。ただ「解けないパズル」あたりから一応ミステリらしくなってきて、「丸の内線七十秒の壁」なんかはかなりいい線のミステリなんじゃないでしょうか? 「しおかぜ17号・・」の方は、何でも『本格推理7』に載ったそうですが、これは普通、一目でネタが割れちゃうよね(まあ、だから「最後のエピローグ」が笑えるのだろうが)。あと表題作の「6枚のとんかつ」も、もしクイズなどで前例がないとしたら(たぶんあると思うけど)、結構きれいなトリックでした。
 読んでいてついつい横田順弥の早乙女ボンド之介シリーズ(ジェームズ・ボンドの孫、という設定。誰も知らないだろーな(^_^;))を思い出しちゃいました(笑)。

 誤植を一つ。「チチカエル」で登場するパズルの問題で、125ページの図、左から3列目の8,8,3,1は8,3,1の間違いです。文章の方で確認してみて下さい。何でこんな細かいことに気付いたかというと、解いてみようとしたからですね(笑)。

'97.9.6読了


『ゴサインタン −神の座−』(篠田節子)

あらすじ:
 旧家の跡取りである結木輝和は、ネパール人であるカルバナ・タミと見合い結婚する。日本語はおろか、ネパールの公用語すらほとんど理解しない彼女に、輝和は自分がかつて思いを寄せていた女性と同じ淑子という名前を付ける。輝和や彼の母の努力にもかかわらず、彼女はほとんど日本語を覚えない。だが輝和の父母の相次ぐ死に際し、淑子は神がかったように流暢に日本語をしゃべり出す。そんな淑子にいつしか信者が集まるようになり、結木家はまるで新興宗教の様相を呈す。そして淑子は信者たちに結木家の財産をばらまき、結木家は破産状態となる。

感想:
 淑子が神懸かりになる序盤から、結木家の財産をばらまいて使い潰すあたりまでは非常に怖いホラーです。が、その後信者たちと一種の共同体生活を送り、さらにネパールへ帰った淑子を輝和が追いかけていくあたりは、一人の男の転落から再生の物語なのかもしれません。ノンストップで読める面白さはあったのですが、結局何がどうだったのか解説がなされないところが私にはひっかかりました(不満、というほどの物ではないのですけどね)。淑子の神懸かり(の、原因と目的)は何だったのか、とかね。普通の小説ならそういう説明は無くてもいいのかもしれませんが、ミステリ読みの私としては、コジツケでもいいからなにかの理由とか説明を求めてしまいます。まあ、ミステリに特化した人間の哀しさでしょうけど(笑)。

 国際結婚をする友人がいるので、プレゼントにこの本を・・・っていうのは止めた方がいいよね(笑)。

'97.9.14読了


『レフトハンド』(中井拓志)

あらすじ:
 埼玉県にある株式会社テルンジャパン埼玉総合研究所でバイオハザードが発生、漏洩したのはレフトハンドウイルス(LHV)と呼ばれる致死率100%の全く未知のウイルスだった。LHVは感染すると左手が異常に肥大し、最終的に左腕が感染者の心臓を癒着して感染者の身体を離脱する。当然感染者は死に至り、あるいは左腕だけが生き残る。厚生省の学術調査員として派遣された津川は、このウイルスの性状と離脱した左腕の「準生物」としての構造に非常に興味を持ち、バイオハザード騒ぎに巻き込まれていく。
 1997年(第4回)日本ホラー小説大賞長編賞受賞作

感想:
 私の感覚だと、はっきり言って、『パラサイト・イヴ』より上です。「パライブ」がミトコンドリアの逆襲ならこっちはカンブリア紀の逆襲なのですが、そんなことよりスキンケアが・・・(笑)。ここまで大法螺を吹いてもらえると、こっちも楽しいです。手首が歩いてくるという、よくある怪談話がモチーフなんだろうと思いますけど、ここまでやるか(笑)。
 でもパライブにしてもLHVにしても、どうしてこう分子生物学者って、こうマッドに描かれてしまうのだろう? 生化学を専攻した一人として、「生物学ってそんなに危険な学問じゃないよ〜」と言いたくなります。まあ、実際問題として、LHVのようなウイルスが出現するような可能性は万に一つもないと思いますけどね〜。

 そういえば、「玩具修理者」が映画化されるという話ですが、どっちかというと私はこの『レフトハンド』の方が映画化してほしい作品です、クローネンバーグ監督で、とかね。

'97.10.6読了


『未明の悪夢』(谺健二)

あらすじ:
 瓦礫のすきまから助けを呼び続けた刺殺体、ほんの数分で血痕まで消え失せたバラバラ死体、絞首刑のうえに磔にされた死体・・・阪神大震災の最中に相次いで起こった奇妙な事件に、私立探偵有希真一と占い師雪御所圭子が挑む。
 第8回鮎川哲也賞受賞作

感想:
 常識では考えられないような不可思議な(どちらかというと幻想的な)事件が相次いで起こる、という展開など、雰囲気としては『眩暈』(島田荘司)とか、「叫ぶ夜光怪人」(津島誠司)をほうふつとさせる話でした。実は最初、津島誠司がペンネームを変えて投稿したのかと思ったのですが、巻末を読むとどうもそうではないらしいです。
 阪神大震災という未曾有の異常事態を舞台にすれば、そうとう無謀なトリックも可能になるような気もしますが、想像していたよりはおとなしい、理解出来る範囲のトリックでした。
 ああいう実際の大惨事を題材にしてエンタテイメントを書くのは不謹慎だという声も出るかもしれません。作者もそれを心配していたようですが、作者自身が実際の被災者であり、被災者の立場から被災者の生の体験を伝えていると考えれば、むしろ社会派作品として、あの惨状をリアルに描いた作品として評価されるべきといえるかも。最後に主人公が言う「あの日から、神戸は違う世界になったんだ」というセリフは、被災地から離れて何一つ不自由なく暮らしている私などにはそうとう重くのしかかってきました。

 選評でいう「歴史に残る傑作」かどうかはともかく、「新本格」と「社会派ドキュメンタリー」が不思議な融合を遂げた作品として、印象に残る話でした。

'97.10.15読了


『猿の証言』(北川歩実)

あらすじ:
 チンパンジーの言語能力を研究する科学者・井手元のもとで飼育されている天才チンパンジー・カエデ。
 人間の言葉を理解しているというカエデは、ある事件の唯一の目撃者だった?!
 井手元が失踪した今、残されたチンパンジーだけが事件解決の鍵を握っている……。
 ヒトとチンパンジーの混血種は言葉を持つことができるのか−−科学者の野望が渦まくなか、物語は、二転、三転。
 「知性」という名の密室に挑む、超絶ミステリー。
(表紙折り返しより)

感想:
 類人猿の言語能力の研究に関するうんちくのあたりはすごく面白いんだけど、全体としてはいまいちでした。何がいけないかというと、せっかくタイトルが『猿の証言』なんだから「猿の証言」の信憑性や解釈法で二転三転させて欲しかったところなのに、それは途中からどうでもよくなっちゃって(笑)、チンパースン(ヒトとチンパンジーの混血種)という猟奇的なテーマを追っかけ始めるところですね。で、それも結局常識的な線で終わってしまっているので、大風呂敷を広げすぎてまとめ損なっているという印象があります。あと、登場人物の相関関係が複雑すぎてわかりにくいし、結局その多くはあんまり意味のない相関だったりするのもちょっと、ね。

 この作者は決して能力のない人ではないと思うのですが、まだブレイクしきれていない感じです。

'97.11.18読了


『水野先生と三百年密室』(村瀬継弥)

あらすじ:
 高2の頃から教師を志してはいたものの、無名の大学、少ない優、就職難の時代にあって、教員採用試験を落ちまくっていた水野光一は、アルバイト先の塾で臨時採用試験の話を聞き、香川県丸亀市の万松学園女子高校の教員採用試験を受けることにした。定員1名のところに7〜80名の応募と聞いてすっかりあきらめていた水野の元へ舞い込んだ合格通知。ところがこれはミステリマニアの水野の推理力を期待したもので、この高校で起きた教師殺害時件の犯人を突き止めて欲しいと頼まれることに・・・。さらに、「殺人クラス」の汚名を着せられた担任クラスのイメージアップのため、地元に古くから伝わる「善人と悪人を見分け、悪人だけを殺してしまう蔵」の謎解きにも取り組むことに・・・。

感想:
 このミステリの謎の焦点は二つあって、一つは女子校で起きた殺人事件、もう一つは地元にある「御信用蔵」といわれる蔵で過去に起きた怪死事件です。女子校の殺人事件の方は、なんというか、今時珍しいくらいひねりのないトリックで(笑)、これはまあご愛敬という気もしないでもないのですが、蔵の方のトリックはそれなりに大がかりで良くできていて感心しました。こっちを物語のメインに据えた方が良かったかも。
 著者は教員歴の長い方らしいのですが、う〜ん、作中でここまで何のてらいもなく「生徒のために尽くす」とか「陸地と陸地をしっかりと結ぶあの橋のように、生徒と教師の間に、しっかりとした信頼の橋を架けられる、そんな教育をして行きたいと」とか言われると、読んでいてこっちが赤面してしまいそうです。・・・なんて言うのもきっと、私の心が淀んでいるせいなのでしょう(笑)。

'97.12.23読了


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