感想文(1996年分)
『火獣』(御坂真之)
あらすじ:
雲仙普賢岳の火砕流に巻き込まれ、行方不明になっていたカメラマン、木田信人が3日後に刺殺死体で発見された。そして、木田が追っていた私立学園経営者、細川尚史の刺殺死体が、火砕流のど真ん中でヘリコプターに発見され、そして消えてしまった。さらに、東京では細川を強請っていた男が、恋人の目前で姿なき犯人に突き落とされて殺された・・・。
感想:
御坂氏の作品を読むのは、『ダブルキャスト』、「植林する者たち」(短編)に続いて3作目なのですが、どうもまだ、島田荘司の呪縛から抜け切れない、といった気がします。雲仙普賢岳という舞台設定、火砕流のど真ん中に現れ、消えた刺殺死体、透明人間に突き落とされた脅迫者、火山の噴火の前に現れる空飛ぶ舟、などなど、魅力的な謎が散在し、読んでいる間中わくわくし通しだったのですが、いざ謎解きとなると「謎」自体に比べて魅力と意外性が劣る、ということになっています。と、いうのも、島田荘司の提唱する「奇想」をまだ自分のものにしていないためではないかと思うのです。
この「奇想」を完全に自分のものにしたとき、大化けしそうな予感がする作家ですので注目はしています。頑張ってほしいものです。
'96.1.9読了
『そして誰もいなくなる』(今邑彩)
あらすじ:
名門女子校天川学園の百周年記念式典当日。高等部演劇部による『そして誰もいなくなった』の上演中、最初に服毒死する被害者役の女生徒が実際に舞台で死亡。上演も式典も中断されるが、その後も演劇部員が芝居のキャスティングどおりの順序と手段で殺されていく。次のターゲットは私!? 部長の江島小雪は顧問の向坂典子と共に、姿なき犯人に立ち向かうが・・・・・・。犯人は殺人をゲームとして楽しむ異常嗜好者なのか。学園本格ミステリー (表紙折り返しより)
感想:
今邑彩を読むのは久しぶりなんですが、率直に言って、最後のだらだらが難でした。こういうテーマの場合、犯人は何故、劇の内容に見立てて殺人を続けて行う必要があるのか、という理由付けが一番肝心だと思います。その理由付け自体は、それほど悪くないとは思ったのですが、さすがにその理由で10人目まで行かせるのは辛かったらしく、さらに別の動機を付け加え、なんとか最後までもたせた、という感じでした。そういうわけで、継ぎ足しの部分である7章から最終の10章までだらだらと続くどんでん返しのオンパレードは、途中で飽きが来てしまいました。7章までで止めておけばよかったのに・・・
'96.1.22読了
『怪笑小説』(東野圭吾)
内容:
鬱積電車、追っかけバアさん、一徹おやじ、逆転同窓会、超たぬき理論、無人島大相撲中継、しかばね台分譲住宅、あるジーサンに線香を、動物家族、の9編からなる怪しい笑いの短編集
感想:
一応怪しい笑いという「くくり」にはなっていますが、内容はSFあり、社会派あり、普通小説あり、と、多様です。ラストも笑いあり、哀愁あり、恐怖あり、納得あり、と、一冊でいろいろ楽しませてもらいました。私は「超たぬき理論」が中でも好きですが、これはまじめに書いて長編にすると、高橋克彦系伝奇小説にもなりかねない怪しい説得力をもつお話です。
あと、本の構成としてこれはいいと思うのは、各短編のお尻にあとがきがくっついているところです。一番最後にまとめてくっついていると、めくり返すのが面倒だったり、最初の方の話は印象が薄れていたりするのですが、この方式なら、読んですぐ後に各作品の創作過程や、作者の思い入れなどが読めて、助かります。
通勤中に電車の中で、読むには長さも構成もちょうどいい感じでした。内容も『天空の蜂』の重さから比べるとやたら軽いですが、そういうのも後を引かなくて、疲れてるときにはいいです。
'96.2.15読了
『蝦夷地別件』(上・下)(船戸与一)
あらすじ:
時はフランス革命の頃、ポーランド人、マホウスキは、日本人から搾取されるアイヌ人に銃を売る約束をする。日本に争乱をおこしてロシアの目を向けさせ、祖国から目を逸らさせようというのだ。
その頃幕府も蝦夷地を松前藩から幕府直轄にすることを目的に、口実を求めていた。そしてアイヌは、自分たちを搾取し、蹂躙する和人たちをなんとか追い出したかった。
時の流れがアイヌ人を蜂起へと誘導し、ついに国後で反乱が起こった・・・
感想:
あの、救いのないラストはないよなあ、と思い、「このミス」を開くと、「賛否が分かれるところだろう」「ラストとそれまでのストーリーが分離してしまった印象がある」、Yさんの感想では、「ただ、「風の譜」は少し余計だったかな?という気もしています。」、うーむ、みんなそう感じていたか。あの章(風の譜)で一番救われないのはツキノエでしょうね、彼だけはツキノエの考えや行動を理解しなければならない立場だったはずだし、アイヌの未来だけを考え、未来を託そうとした相手にああいうことを言われてしまったら・・・実に残酷すぎるラストだったと思います。
私は小説を読むとき、「ラストに向かって突き進むパワー」というものを求めているところがあって、そういう意味で、ラストが気に入らないと、その小説自体の評価も下げてしまうことがあるのですが、にもかかわらずこの作品はやはり凄いと思います。アイヌ、ポーランド、ロシア、幕府、松前藩のそれぞれの思考と謀略のすさまじい絡み合いを、ここまでリアリティあるストーリーに組み上げたのは超人的です。
世界各地で民族紛争が勃発している昨今、日本が民族紛争から無関係でいられるのも、アイヌ人が好戦的で過激な思想をもっていないからなわけで、それを幸運だと思って、民族的な差別や迫害を完全になくしていかなきゃいけない、と考えていました。が、実際はアイヌの歴史がこういう迫害と搾取の歴史だと知り、実は幕府がうまくやって牙を抜くのに成功した結果だったのか、と思うようになりました。アイヌの人たちがこの作品をどう読むのか、興味のあるところです。
'96.2.22読了
『名探偵の掟』(東野圭吾)
あらすじ:
私の名は大河原番三、名探偵天下一大五郎シリーズの脇役だ。名探偵ものには必ずといっていいほど、見当はずれな推理を振り回す刑事が登場してくるが、その道化を演じるのが私の役どころだ。楽な仕事だと思うだろうが、これがじつはとても辛い仕事なのだ・・・。
感想:
いわゆる本格もののパロディという分野なんでしょうけど、とにかく大笑い。例えば、
>「・・・僕が密室という言葉を口にするたびに、クスクス笑いだすんですよ。
>『密室はトリックの王様だ』と僕が言った時には、巡査の爺さんなんか露骨に吹
>き出したんですから」
>「そんなこといったのか」
>「いいました」
>そら吹きだすわなといいかけたが、やめた。
と、こんな台詞が満載です。
まあ東野圭吾自身、一時期密室に凝っていた時期もあるし、「馬鹿にした」というよりは「自虐的」というべきでしょう。
実は作者の真面目な訴えというのは最終章の最後で、名探偵自身が言う
>そうすれば話は完成するのか。
>そうすれば本格推理は救われるのか。
>どうなんだろう。
>どうなんだろう。
の、あたりに有るのかもしれないとか、うがった読み方もしたくなるところですが、なんにも考えないで大笑いするのが正しい読み方なのかもしれません。
この本を読んで、古今東西のSF小説を丹念に研究した結果、「タイムマシン」という言葉を聞くだけで吹きだすようになってしまったという、元祖ハチャハチャSF作家、横田順弥氏を思い起こしてしまいました。
東野圭吾は今後本格推理を書き続けてくれるのでしょうか・・・
'96.2.27読了
『失踪症候群』(貫井徳郎)
あらすじ:
警視庁警務部人事二課の環敬吾は、一見事件性のない若者の失踪事件を追うよう刑事部長より依頼された。環はこのような、捜査1課を動かすには根拠が薄弱な事件を追う特殊任務に就いている。早速環はスタッフを召集し、失踪者の追跡を始めるが、そこには意外な事実が隠されていた・・・。
感想:
出だしはすごくいいんだけどね〜。岡嶋二人の「眠れぬ夜」シリーズのような捜査0課の登場で、いったいこの失踪事件の裏にはどんな巨大な陰謀が・・・と、思っていたら、失踪事件の方は、リアリティはありそうだが、面白味や意外性はほとんどない、というものでした。作者もこの失踪アイディアだけではまずいと思ったのか、後からそれに絡んだ殺人事件などを付け加えたのですが、これもいまいち。どうも最近、出だしがすごく面白くて、後半腰砕けという話ばっかり読んでいるような気がする。捜査スタッフの一人、原田と娘の親子の絆、みたいな味付けもありましたが、作者の若さが出ているようで、ちょっと話が甘い感じでした。
『慟哭』の後2作を読む限り、作者はちょっと伸び悩んでいるように思えます。頑張れ!貫井。
'96.2.29読了
『八つ墓村』(横溝正史)
あらすじ:
鳥取と岡山の県境の村、かつて戦国の頃、三千両を携えた八人の武者がこの村に落ちのびた。だが欲に目が眩んだ村人たちは八人を惨殺。以来この村は八つ墓村と呼ばれ不祥の怪異があいついだ。大正×年、首謀者の子孫が突然発狂、三十二人の村人を虐殺して行方不明となる。二十数年後、再び怪奇な殺人事件がこの村を襲う・・・。(裏表紙より)
感想:
「ああ、これぞ横溝正史の世界」と、言うほど横溝を読み込んではいませんが、このおどろおどろしい世界は、まさしく横溝の本領でしょう。濃茶の尼とか鎧武者とか地下迷宮とか、古き良き時代の本格ミステリにどっぷりと浸かってしまいました。難をいえば、金田一がなにもせずに事件が終わってしまうところでしょうかね? あと、同じトリックを今、新本格の人が書いたら、「リアリティがない」の一言で切り捨てられてしまうかもしれない。
実は読みながら思い出したのですが、多分私は中学生くらいの頃、この本を読んでます。で、そのときに疑問に思ったことは、犯人はどうやって寺田辰弥の目の前で毒殺を起こすことが出来たのか、ということでした。今回読んでも、これはどうやら偶然で片づけられてしまっているようです。
こうなると、『本陣殺人事件』とか『獄門島』とかも読み返してみたいし、未読の『夜歩く』とか『悪魔の手鞠唄』とか『犬神家の一族』とかも読んでみたくなりました。
'96.3.3読了
『殺人フォーサム』(秋川陽二)
あらすじ:
僕がゴルフから帰ってくると、クリスチーネがソファで死んでいた。
感想:
読んだ後、時間を損した、と感じた本は久しぶりです。これでも毎年100冊程度は読んで、選球眼はかなり良くなってきたと思ってたところなんですが。
いまどきこんなミステリを書く奴も書く奴だが、それに賞をやる方もやる方だ。サントリーミステリー大賞に「権威」なんかもともと無いのかもしれないが、黒川博行とか樋口有介とか、典厩五郎とか、私の贔屓の作家も何人か生み出している賞なんだから、もうちょっとしっかりして欲しい・・・。
'96.3.8読了
『北の夕鶴2/3の殺人』(島田荘司)
あらすじ:
「竹史さん、私よ。解る?」別れた妻、道子から5年ぶりにかかってきた電話は、どこか様子がおかしかった。そして、道子が乗ったゆうづる九号から女の刺殺死体が発見され、道子は姿を消した。道子の消息を追って釧路へ向かった吉敷を待っていたのは、夜泣き石が泣き、鎧武者の亡霊がさまよう、怪奇な殺人事件だった。
感想:
『斜め屋敷の犯罪』、『占星術殺人事件』と読んで、島田荘司の世界にハマった私にとって、この作品はそれこそ、「待望の作品」でした。島田の提唱する「奇想」が見事に決まった会心の一作といってもいいでしょう。確かに「無茶なトリック」ではあるのですが、そのトリックが無かったらこの作品は成り立たないわけだし、吉敷があれだけぼろぼろになって、苦しみ抜いて解明するトリックなんだから、月並みなものを用意するわけにもいかないでしょう。というわけで、私はストーリーとトリックが乖離しているとは全く思ってないです(でも、文春の「東西ミステリーベスト100」でも、「事件が超現実的なのに、ストーリー展開や探偵役が現実的なので、話全体がぎくしゃくしたものになっている」と言われている)。
吉敷のためにこれだけのトリックを用意してやったのに、『龍臥亭事件』で石岡のためにあの程度のトリックしか用意してくれなかった島田先生には、実はやや不満があります。
【再読】
『タイムリープ あしたはきのう』(高畑京一郎)
あらすじ:
鹿島翔香。高校2年の平凡な少女。ある日、彼女は昨日の記憶を喪失していることに気づく。そして、彼女の日記には、自分の筆跡で書かれた見覚えのない文章があった。”あなたは今、混乱している。若松君に相談なさい・・・・・・”
(表紙折り返しより抜粋)
感想:
最初は図書館で探したのですが、入っていませんでした。で、先日、新宿紀ノ国屋に行った際、目に付いたのでつい買ってしまいました。
いや〜、これはいいですね。確かに読んでる方が照れくさくなるような、清く正しい男女関係なんですが、構成が本当にきっちり作られているので、本格ファンとしても堪能しました。タイムリープしている翔香の時間経過で物語が進むため、実際の時間経過が細切れになり、1回読んだだけでは細かい部分がわかりにくいです。が、非常に読み易い小説なので、通勤の行き帰りで2回通読できます。1回目はジュヴナイルとして、2回目は本格ミステリとして読めば、2回楽しめるというお得な作品でした。
'96.3.25読了
『崩壊山脈』(羽場博行)
あらすじ:
長野県東部の明神湖で原因不明の微振動が発生し、山鳴り、鉱毒流出と怪現象が連続した。調査のため地下水路に入った役場と住民の代表は、突如、落盤に遭遇。現場からは爆薬痕が検出される。さらに湖畔の御成ガ岳で不審なパイプ設備が発見され、一連の変事が人為的なものであることが判明した。(裏表紙より抜粋)
感想:
東野圭吾メジャー化計画は、Jさんのおかげで成功をおさめました。真保裕一メジャー化計画は、発動する前に本人が自力でメジャーになってしまいました。そこで、第3弾(?)、羽場博行メジャー化計画を発動します。前2人のビッグネームに対抗するにはちょっと小粒感が否めませんが、この人もなかなかイケます。
で、崩壊山脈の感想です。惜しむらくはタイトルとプロローグを読んだだけで、犯人が何をやろうとしているかがモロ分かりなことが難ですね。「いったい犯人は何をやろうとしているんだ?」という興味をそそらせるように話を作った方が良かったような気がします。著者は元建築士だけあって、「どうやって」の方の書き方は説得力もあるし面白いので、どう見せるか、にひねりが欲しかった。とはいえ、NONノベルズというマイナーな新書にもかかわらず(わっ、失礼な言い方)結構な力作でした。たとえハードカバーだったとしても、この位の出来なら文句は言いません。ただ、さらに多くの読者を獲得するにはやはり真保の『ホワイトアウト』のような一発が必要でしょうね。
'96.3.31読了
『朽ちた樹々の枝の下で』(真保裕一)
あらすじ:
妻を事故で失い、札幌を離れ、上富良野の森林作業員となった尾高健夫。
悪夢から1年後の夏。彼は夜も明けきらぬ森でひとりの女性を救う。
それが発端だった−−。翌日から彼の周囲で立て続けに起こる不可解な事件。
そして、妨害。尾高は真相を求めて、独自に調査を開始するが・・・。
北海道の森林に蠢く謀略に立ち向かう孤独な男の姿を見事に謳いあげた
感動のサスペンス大作!!(帯裏より)
感想:
真保裕一はもう、タイトルを漢字2文字にする、というパターンはすっかりやめてしまったんですね。まあ、どうでもいいことですけど。
さて、本書の感想ですが、発端から謎の追い方、深め方、サスペンスの盛り上げ方など、もう板に付いたもので、さすがです。あまり背後に「国家的謀略」とか「国際的陰謀」とかを潜ますのも当世はやらないことですが、そこら辺はうまく抑えて使っていて、最終的には「一人の男の人生」を描くことに成功しているように思います。
難、という程のものではないのですが、執拗に追いかけていた事件を最後は簡単にあきらめすぎ、という気もしました。でも、これを深く追求していくと前述の「当世はやらない」話になってしまいますから、仕方のないことかもしれません。あるいは、「諦めなければならない」状況を描くことの方がメインだったのかもしれませんし。で、その場面での西垣慶子のセリフがまた、重いです。
ちょっと前の週刊誌のグラビア(現代かポストだったと思う)で真保裕一のインタビューを読んだのですが、これからは少しペースを上げて年2作くらいづつ出すようにしていきたいとのことでした。本当なら楽しみですね。
'96.4.8読了
※後に、漢字二文字のタイトルは講談社刊の本だけと判明。
『違法弁護』(中島博行)
あらすじ:
横浜ランドマークタワーの1フロアをぶち抜いてオフィスを構えるエムザ総合法律事務所は、新興の巨大ローファームだ。そこに所属する美人弁護士水島由里子は、上司からアゼック社の危機管理を担当するよう命じられる。アゼック社を調べるうちに、由里子はア社が密輸に手を染め、さらに本牧の倉庫街で起きた警官射殺事件にも関連しているのではないかという疑念を持つ。
感想:
私はジョン・グリシャムとか読んだことがないので、一般的なリーガルサスペンスというのがどんなものかよく知らないのですが、本作はわりと良かったように思います。社会的地位のある犯人が、何故違法行為に走らなければならなかったのか、という理由付けも、一応ちゃんと為されているように思いますし(ただ、それに説得力があると感じるかどうかは人それぞれでしょうが)。法律のアクロバティックな活用による強制捜査逃れ、などの場面は、さすが現役弁護士の作者ならではのアイディアでしょう。
さて、気になるところは「密輸の方法」です。本当にあんな簡単な方法で密輸が出来るのか、かなり疑問に思えてしまいます。専門知識がないので検証しようがないのですが、その部分だけは納得していません。ホントに日本の水際の管理はそんなにずさんなのだろうか?
前作に引き続き、若くて美人な主人公になっておりますが、これは作者の趣味なのでしょうか? まあ、いいですけど、いまいち人物像に魅力が感じられない造形になっています。なんか人物像が中途半端なんですよね。
段組なしの360ページで、リーガルサスペンスが書けるものかどうか、よく分かりませんが(上限550枚では無理という「このミス」の座談会発言もありますので)、これくらいの出来だったら次作も読んでみようかな、という気にはなっています。
'96.4.10読了
『幻色江戸ごよみ』(宮部みゆき)
内容:
鬼子母火、紅の玉、春花秋燈、器量のぞみ、庄助の夜着、まひごのしるべ、だるま猫、小袖の手、首吊りご本尊、神無月、侘助の花、紙吹雪、の12編からなる時代ミステリ短編集。幻想的色合いの強い作品集です。
感想:
いままで宮部の時代物にはちょっと相性が悪かったような気がするのですが、これは良かったです。ほとんど怪談に近い話ですが、「だるま猫」は怖かった。あとは、「紅の玉」のあんまりなラスト、「神無月」「紙吹雪」の加害者側の設定が印象に残っています。唯一のハッピーエンド「器量のぞみ」も良かったです。私もこの本でとりあえず宮部みゆきは完全制覇となりました。その記念すべき(?)作品を気に入ることが出来て良かったです。
'96.4.12読了
『フォックスの死劇』(霞流一)
あらすじ:
怪談映画の巨匠・故大高誠二監督の墓が散歩した!?だかそれは奇妙キテレツな連続怪事件のほんの発端に過ぎなかった。大高監督と関わりの深かった映画人たちの首や腕や足が持ち去られた死体がゴロゴロ、しかも殺人現場にはキツネの面、油揚げ、赤い鳥居などのお飾りが−−犯人はいったい何を考えているのか? 事件に巻き込まれた探偵紅門福助(くれないもん・ふくすけ)は頭を抱えるが、やがて、すべての事件が大高監督の死に際の謎の言葉「ハモノハラ」から始まっていることに気づく・・・。日本映画界をひっくり返す怪事件に挑む、酔狂な探偵たちの迷走と活躍! 超笑撃の書き下ろし本格ミステリー!! (表紙折り返しより)
感想:
1994年の横溝賞の佳作を『同じ墓のムジナ』で受賞したの著者の長編です。『同じ墓・・』は同年の「このミス」の「世紀末バカミステリベスト10」で別格に推され、大賞受賞者(注:五十嵐均のこと)より才能は上と絶賛されておりました。で、私もバカな話は大好きなので、図書館で氏の名前が目に留まったので借りて見ました。
で、きっとバカな話なんだろうと思って読んでいたら意外や意外、クイーンばりのロジックも登場する(ちょっと誉めすぎ)まっとうなミステリでした。見立て殺人、密室殺人、バラバラ死体に謎の言葉「ハモノハラ」、さらに散歩する卒塔婆、歩き回る死者に空飛ぶ死体とあまりにも盛りだくさんすぎるきらいはありましたが、基本的には大満足の拾い物でありました。難を言えば、シリアスな謎解き部分が他のおちゃらけた部分(これが大部分)とすっかり乖離してしまっているところでしょう。面白いんだけど読み終わるのに時間がかかったのはそのせいです。
本書は全編キツネの話なんですが、さっそく買ってきたデビュー作の『同じ墓のムジナ』(角川ノベルズ)は全編タヌキのお話のようです。これも楽しみ。
'96.4.20読了
『同じ墓のムジナ』(霞流一)
あらすじ:
朝の6時から人だかりのする商店街。騒ぎの主は、なんと通りの入り口に置かれた瀬戸物の猩猩ダヌキだった! 一体誰が何のために!? その後、書店に頼みもしないタヌキそばが十杯出前されたり、喫茶店の前に茶釜が置かれたり、タヌキがらみの奇妙な事件が続発した。そして四日後、こんどは商店街の仲間の一人が何者かに殺害された!まず、第一発見者の唐岸書店の長男・誠矢に嫌疑がかかった。もう傍観者でいられなくなった誠矢は、身の潔白を証明するため、事件の真相を追求し始める。だが、その直後、第二の殺人事件が起きて・・・・・・。
最初から最後までタヌキづくしの書下し傑作ユーモアミステリー!
(裏表紙より)
感想:
先日紹介した『フォックスの死劇』の作者、霞流一氏のデビュー作で、横溝賞佳作受賞の作品です。
いきなり、主人公が正露丸を鼻に詰められて親から起こされる、という書き出しですから、内容は推して知るべし、と思いきや・・・フーダニットを極めたこれまたまっとうな本格ミステリでした。有栖川有栖がフーダニットを書いてくれなくなり(最近出たのは知らないけど)、依井貴裕はペースが遅いし、という今現在においては、待望の作家でしょう。はっきり言って依井貴裕より上だと思います。ただのユーモアかおふざけと思わせておいて実は伏線だった、というあたり、実に見事です。タヌキに関するうんちくも、けっこう詳しいし(『フォックスの死劇』には西行の人造人間のお話も出てきた)、「世紀末バカミステリ」だと思っているとヤケドする作品です。
丹念に見ていけば、ロジックに多少の無理や破綻はあるのかもしれない。けど、そういうことを気にかけさせない(と、言うか、まじめに考えようと思わせない)ように、馬鹿馬鹿しさをわざと全面に押し出しているのかもしれないです。
『フォックスの死劇』を読んだときにはまだ半信半疑だったのですが、これは本当に、西澤保彦に匹敵する拾いもの。時々こういう人を世に送り出すから横溝賞もあなどれない。
'96.4.26読了
『天使の牙』(大沢在昌)
あらすじ:
〈アフター・バーナー〉というドラッグをもって、関西全域を制圧した麻薬組織『クライン』の首領の愛人神崎はつみが、警察に保護を求めてきた。はつみは『クライン』と結びついている警察上層部の情報をにぎっているらしい。警視庁保安二課の女刑事河野明日香は、はつみの護衛任務を極秘に命じられる。しかし、どこからか秘密が洩れ・・・。
感想:
「仁王と改造人間・アスカの活躍するスーパーバイオレンス」と、読む前は思っていました・・・全然違った。
出だしから中盤までは文句なしの超A級作品。このまま『毒猿』に匹敵する作品になるのか〜? と、思いきや、ラストに向かってやや減速してしまいました。なんでだろ?と思ってマリネさんの感想を読んで納得。囚われの身となってアスカが止まってしまったのが原因だったんですね。でも、一番致命的なのは多分、警察高官が「クライン」のスパイになった理由でしょうね。あんな理由では説得力もクソもない。ちょっと無理すぎました。
金村が登場したときには、「殺されるためのキャラクター」を出してきたのだと思い、暗澹とした気持ちになりましたが、彼は彼なりにけっこう活躍したし、一太刀も浴びせたし、まあ、OKじゃあないでしょうか。
それにしても、週刊誌連載でこれほどのものを書くとは、大沢在昌おそるべし。
'96.4.24読了
『ブラジル蝶の謎』(有栖川有栖)
あらすじ:
準大手サラ金社長土師谷利光と、そんな兄に強烈に反発して瀬戸内海の無人島に19年間暮らしていた弟の朋芳。利光の死と、「和解したい」という死の直前に書かれた手紙によって、19年ぶりに浮き世に戻ってきた朋芳が兄の邸宅で死体で発見される。その現場には天井一面に、色とりどりの蝶の標本が留められていた(「ブラジル蝶の謎」)。
ブラジル蝶の謎、妄想日記、彼女か彼か、鍵、人喰いの滝、蝶々がはばたく、の6編から成る有栖川・火村コンビのミステリ短編集。
感想:
いずれもワンアイディアものの短編ですが、有栖川有栖に望むのはこういう作品じゃないんだよね〜。彼に望むのは江神先輩シリーズのような端正なロジックであるのだけど、どうも最近の有栖川はトリックによりかかった作品しか書いてくれない。他の人が書いたんだとしたら及第点をあげているかもしれないが、期待が大きい分だけ有栖川には点が辛くなる。うーん、不満だぞ。
'96.5.9読了
『山伏地蔵坊の放浪』(有栖川有栖)
あらすじ:
鈴懸に結袈裟を掛け、金剛杖と数珠を持ち、腰には法螺貝……と正装に身を固めてスナックに現れる山伏が語る怪事件、難事件。ユニークな連作短編集!
(折り込みの新刊案内より)
ローカル線とシンデレラ、仮装パーティーの館、崖の教祖、毒の晩餐会、死ぬ時はひとり、割れたガラス窓、天馬博士の昇天、の7話からなる推理短編集。
感想:
これもどちらかというと、トリック主導の短編集なんですが、『ブラジル蝶の謎』よりは上のように思いました。それは、本書が『ブラジル蝶の謎』に比べて、トリックの解明に当たって、どうやって探偵は真相にたどりついたか、が多少は書かれているような気がするからです。で、初出をみると、「天馬博士の昇天」以外は結構初期の作品であることが分かります。う〜ん、有栖川有栖も変質していっているということか?
構成として、各短編の最初に山伏に関する知識(印の結び方とか装束の名前や道具の使い方など)が紹介されていますので、うんちくを垂れたい人にはお勧めかもしれません(笑)。
'96.5.9読了
『星を継ぐもの』(ジェイムズ・P.ホーガン/池 央耿 訳 )
あらすじ:
月面調査隊が真紅の宇宙服をまとった死体を発見した。綿密な調査の結果、この死体は何と死後五万年を経過していることがわかった。果たして現生人類とのつながりはいかなるものなのか。やがて木星の衛星ガニメデで地球のものではない宇宙船の残骸が発見された・・・・・・
(巻末作品リストより)
感想:
どうも、こういうガチガチのSFって今までちょっと苦手で、例えば、映画「遊星からの物体X」なんぞが好きな私は、原作の『影が行く』(ジョン・W.キャンベル)も読んだのですが、表題作以外はぜんぜんちんぷんかんぷんだったりしました。ところが、本作を読んだ時の第一の感想は、こういうSFもあったのか、というものでした。
次々と解明されるルナリアンの秘密とガニメアンの秘密、そしてそれらの事実から導き出される推理にそれぞれどのように整合性がはかられていくのか、さらにはミステリファンも楽しめる論理のアクロバットの数々、と、すっかり夢中で読めました(それでも所々にモロ「SF」っていう箇所があって、何度か停滞したこともありましたが・・・)。ルナリアンの正体に焦点が置かれている、というよりはそれだけを追求している小説ですが、むしろ話が散らないぶん、理解しやすかったと思います。これからは食わず嫌いせず、SFももう少し読むかな、と思える一作でした。
'96.5.14読了
『神の拳』(上・下)(フレデリック・フォーサイス/篠原 慎 訳)
あらすじ:
イラクに技術協力していたロケット砲弾開発の世界的権威ジェラルド・ブル博士がブリュッセルで暗殺された。数日後、サダム・フセインはクウェートに侵攻。アメリカを中心とする多国籍軍がサウジアラビアで戦闘の準備をする。
そのころ、イラクからの電波が傍受された。「クブトゥタッラーがまもなく手に入る」。クブトゥタッラーとは何か、サダム・フセインは何を考えているのか、アラブ学者、核物理学者、諜報機関のベテランが状況の分析を試みる。そして、SAS少佐、マイク・マーチンが諜報員としてイラクに侵入することになった。
「いまの、クブトゥタッラーというのはどういう意味なんですか?」
「ああ、あれね」
と、マーチンは軽くいった。
”神の拳”という意味ですよ。
(本文より)
感想:
確か世界同時発表だったはずの本書は全然話題にならなかったような気がする。一説にはフォーサイスはもう過去の人なんだそうです。確かに、読んでみるとストーリーに惹きつけるものが乏しいような気もしますが、それでもそれなりの力はまだ残しているようには思いました。
本書は湾岸戦争の情報戦を描いたものなので、そういう意味では「史実」に縛られた部分も多いと思います。はっきりいって、どこまでが本当のことで、どこまでがフォーサイスの創作なのか、全然区別が出来ません。例えば、「神の拳」というのは大方の予想通り「核兵器」なんですが、実際にイラクが湾岸戦争当時核を持っていたのかどうか、私では知りようがないもんね。それから、なぜ多国籍軍とアメリカはフセインを完全に叩きつぶさなかったのか? という疑問にも本書は答えていますが、これも本当のことか、フォーサイスの推測かわかりません。つまり本書の出来がフォーサイスの取材能力に負うのか、創作能力に負うのか、どっちなんだろう? ということです。
並行して描かれるモサドの「ヨシュア作戦」が湾岸戦争の情報戦にくらべてスケールが小さすぎて不要のような気がしましたが、面白いといえば面白い。次作が出たらやっぱり読んでしまうでしょう。
'96.5.19読了
『逆説の日本史4 中世鳴動編』(井沢元彦)
内容:
怨霊信仰、言霊信仰、ケガレ思想といった方法論から日本史を考え直し、日本人の思想の根幹を解読しようとする井沢元彦のライフワーク、逆説の日本史シリーズの第4巻。
感想:
私も軍隊嫌い、政治家嫌い、話し合いによる解決が好き、縁起をかつぐ方、という平均的日本人ですから、この内容の中の日本人論には「きつい」と思う部分も多いです。でも、やっぱり目を逸らさずに見なきゃいけないと思う部分もあるし、言われればもっともだという部分もあるし、あるいはやっぱり違うんじゃないかと思う部分もありました。
日本人論はそういうことで置いとくとして、日本史の謎に迫る部分はたいへん面白いです。最近の井沢の小説が大したことないのは全部「逆説・・」にエネルギーを注いでいるからじゃないか、と思うくらい、新説が盛りだくさんです。本書ではたとえば「源氏物語が存在する謎」「源氏物語成立の謎」などがそうです。「GEN 源氏物語秘録」のようにフィクションとして語るよりずっと面白く読めました。
もしこれから読んでみようと思う方は、「逆説の日本史1.古代黎明編」から順番に読まれることをお勧めします。最初に基本方針が開陳されますので。
本書のあとがきに、オウム事件に言及して、邪教の見分け方が書いてあります。せっかくですので引用しますと
インチキ宗教の五原則というべきものがある。箇条書きで列挙すれば−
1.生命を粗末にする。
2.やたらと金を集める。
3.超能力を売り物にする。
4.倫理の二重基準がある
5.教祖が贅沢である。
4が分かりにくいかもしれないが、たとえば信徒には「肉を食うな」と言っておきながら幹部は肉を食うといったようなことである。
釈迦にせよイエスにせよ、あるいは道元にせよ親鸞にせよ、偉大な宗教者は「清貧の人」であった。奇蹟は起こしても、それを売り物にしない。ましてや人を殺させたりすることなどあり得なかった。
参考になれば幸いです。
'96.5.19読了
『玩具修理者』(小林泰三)
あらすじ:
彼女は昼間はいつもサングラスをかけていた。彼女はそれを子供の頃の事故のせいだと言った。
「小さい頃、家の近くに玩具修理者がいたのよ。無料で子供たちのおもちゃを修理してくれて、名前は『ようぐそうとほうとふ』か『くとひゅーるひゅー』で、国籍、年齢、性別不詳の玩具修理者が・・・」(「玩具修理者」)
感想:
「玩具修理者」
ホラーだと思って読んでいると、かなりストーリーは予想がつくんだけど、それでも最後は「げっ」と思ってしまいました。
「酔歩する男」
タイムトラベルをジュヴナイルにすると『タイムリープ あしたはきのう』(高畑京一郎)になり、ホラーにすると本作になる、と言った感じの話。結末はどうもよく理解できなかったのだけれど、読んでいる最中はのめり込みました。専門用語のオンパレードは文系の人には辛いかもしれない。
表題作は『パラサイト・イブ』が大賞を取った回の短編部門の受賞作ですが、著者はなんと、大阪大学の大学院基礎工学研究課、修士課程修了者です。この回は理系の嵐が吹きまくっていたのですねえ。
いかにもホラーらしいホラーという感じの2作品でした。この人には注目してみたいと思っています。『パラサイト・イブ』も読みたいのだけれど、図書館で借りるのはかなり難しいだろうなあ・・・。
'96.5.24読了
あらすじ:
松原淑美は、6歳になる娘の郁子と二人で埋め立て地に立つマンションに住んでいた。ある日、淑美と郁子は屋上でキティちゃんの柄のおもちゃのバッグを拾った。誰かの落とし物だろうと管理人室に預けておいたバッグは、いつの間にか、屋上に戻って来ていた・・・。(「浮遊する水」)
プロローグ、浮遊する水、孤島、穴ぐら、夢の島クルーズ、漂流船、ウォーター・カラー、海に沈む森、エピローグ、からなる海にまつわるホラー短編集。
感想:
角川ホラー文庫に収録のアンソロジー『亀裂』に「浮遊する水」が収録されていますが、これを読んだ三留まゆみ氏の感想は、「気絶するほど怖かった、リングの比じゃない」なんだそうです(「このミステリーがすごい!94年版」p.37のイラストより)。
確かに何度読んでも怖い、というかキモチワルい話です。これを読むためだけでもこの本を読む価値はあります。他の作品もおおむね出来のいい作品だと思いましたが、ウォーター・カラーだけは、ちょっと頂けないような気もします。あんな変なオチはいらない(と、思わせておいてもしかしたらさらに裏読みをしなきゃいけないのかも?)。
実は一番の驚きは帯の背表紙側に書いてある予告編でありまして、 「ループ」(仮題)、発売予定’97年3月頃 「リング」「らせん」に次ぐカルトホラー三部作ついに完結!
って、まだ続編を書く気か、鈴木光司!? やめた方がいいと思うぞ。
96.6.2読了
『どちらかが彼女を殺した』(東野圭吾)
あらすじ:
自殺の偽装を施され最愛の妹を殺害された愛知県警豊橋署に勤務する和泉康正は、”現場検証”の結果、二人の容疑者を割り出す。ひとりは妹の親友。もうひとりはかつての恋人。康正は”復讐”のために懸命に真犯人に肉迫するが、その前に練馬署の加賀刑事が立ちはだかる。二人の警察官の”推理の攻防”の結末やいかに!?
感想:
私は未だにこういうのが好きですから、満足しました(おそらく私が10年前から全然成長していないということなのだろう・・・(汗))。
「純然たる推理」ものにしては兄の心情がねっちり書かれており、そういう部分があるだけに、「殺す側のそれなりの理由」にも書き込んで欲しいという主張はよく理解できます。でも私はこの小説が「純然たる推理」を目指して書かれているのだから、それはそれでいいんじゃないんだろうかと思っています。それこそ容疑者二人とも救いようのない極悪人として描いておいた方が、殺す側の理由がかなり甘くても納得できたんじゃないか、という疑問はありますけど。
大事なことは、こういう純然たる推理ものに対する需要はいまだ大きいにも関わらず、供給が圧倒的に不足しているという事態と、東野圭吾がその読者側の不満に応える作品を書こうとしてくれたことだと思います。その心意気がそれだけで私には嬉しかったのです。
'96.6.6読了
『名無しの探偵事件ファイル』(ビル・プロンジーニ/高見 浩 訳)
あらすじ:
若い女性にかかってくる猥雑ないやがらせ電話を発端として、若者たちの愛憎を描いた「顔のない声」、ほとんど密室同然の警戒厳重な古書店から、古地図や版画が盗まれるという”密室犯罪”に挑戦した「盗まれた部屋」など、”一匹狼型私立探偵最後の生残り”名無しの探偵が、四つの事件ファイルを日本で初公開する。プロンジーニが日本の読者向けに書き下ろした異色作。(裏表紙より)
「顔のない声」「盗まれた部屋」「ラギダス・ガルチの幽霊」「オウローヴィル貨物駅」の4編からなる短編集。
感想:
翻訳物のハードボイルドってほとんど読んだことがなかったのだけれど、これは面白かった。私が一番気に入ったのは「盗まれた部屋」ですが、鋭いトリックが好きな私らしい選択だと思います。
翻訳ものを読むときに一番困るのは、登場人物の名前が覚えられないということで、これは短編集だから戻って確認するのにもあまり手間がかからず、それで面白く読めたという側面もあると思います。だから長編に挑戦するときは、もう少しハラを決めて集中して読まないと楽しめないかな〜、と、ちょっと不安に思っていますが、折りをみて別の作品も読んでみようかと思います。
'96.6.5読了
『妖異金瓶梅』(山田風太郎)
あらすじ:
中国の四大奇書の一つ、「金瓶梅」の世界を舞台にした、世界ミステリー史上空前絶後の短編集。(どこが空前絶後なのかは解説を読んでね(^_^))
感想:
Yさんのベスト3は、「赤い靴」「西門家の謝肉祭」「女人大魔王」だそうですが、私なら「赤い靴」「漆絵の美女」「邪淫の烙印」でしょうか、またしてもトリック偏重な選択ですが。同じパターンに飽きが来た頃に「凍る歓喜仏」のような展開を見せる所がさすがです。
悪趣味度から言えば、「赤い靴」は「げっ」ですが、「美女と美童」は「げろげろ」でした。「閻魔天女」や「麝香姫」も相当イッちゃってます。ああ、キモチワルイ・・・
'96.6.3読了
『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』(ロバート・フルガム/池 央耿 訳)
内容:
これまでにカウボーイ、フォークシンガー、IBMのセールスマン、画家、牧師、バーテンダー、画塾の教師などの職業を体験し、その間に父親の責任も果たした、という著者が、長年の間に書き溜めたエッセイ集。
感想:
先日、うちの会社の人事部主催の「基幹職初級者研修」というのに参加した際、「前回の研修で使った余り」ということで本を2冊ほど頂いてきました。その内の一冊が本書でした(ちなみにもう一冊は山崎武也著「本物の条件」。これは読む気が全然無いので、希望があればお譲りいたします)。幼稚園の砂場で学んだすべてとは、
なんでもみんなで分け合うこと。
ずるをしないこと。
人をぶたないこと。
使ったものはかならずもとのところに戻すこと。
ちらかしたら自分で後片づけをすること。
人のものに手を出さないこと。
誰かを傷つけたら、ごめんなさい、と言うこと。
食事の前には手を洗うこと。
トイレに行ったらちゃんと水を流すこと。
焼きたてのクッキーと冷たいミルクは体にいい。
などなど・・・だそうです。
>各国の政府が使ったものはかならずもとのところに戻し、ちらかしたら自分で後
>片づけをすることを基本政策に掲げて、これをきちんと実行したら世界はどんな
>に良くなるだろう。
という一節は、実に含蓄を含んだ文ですよね。それはカンボジアしかり、住専しかり、市政から国際政治に至るまで、きちんと実行すべきことだと言えることでしょう。もっとも著者本人はそこまで考えてないのかもしれないけど。
本書の副題は「ありきたりのことに関するありきたりでない考察」Uncommon
Thoughts on Common Things だそうです。そういう柔軟な考察が出来るような人間に成長したいものです。
'98.6.12読了
『ガーデン』(近藤史恵)
あらすじ:
女子大生、真波は、ある日不思議な魅力を持つ娘、火夜と出会い、共同生活を始める。自殺願望があって死ぬことばかり考えていた真波の生活は、火夜によって変わって行ったが、ある日火夜は何の前触れもなく消えてしまう。そして心配する真波の元に、火夜のものと思われる小指が送られて来る。
感想:
「すごく良かった」という感想に惹かれて、『ねむりねずみ』をすっとばして読んでみました。で、感想は・・・うーーーん、私には合わなかったです。
文体や雰囲気はいいんですけど、著者が何がやりたかったのか、結局「?」でした。読んでいる途中では「傑作の予感」をもっていたんですけどね〜。サスペンスな雰囲気と事件の真相や動機の説得力との整合性、というか、アンバランスさが、私には中途半端に思えました。雰囲気を楽しむのだったら「蘭」のダイイング・メッセージなど、不要だったと思います。残念。
'96.6.22読了
『新宿職安前託老所』(鈴木輝一郎)
あらすじ:
公立の老人ホームは入所規則がやかましい、私立のホームは会費が高すぎる。ここ、新宿職安前託老所は安く、入所条件もゆるい、ただしぼけたら退所しなければならない。そんな託老所につれてこられた中村きんは、そこで新庄さやかという少女と出会う。老人しかいないはずの託老所に何故少女が?
日本推理作家協会賞短編賞受賞作の「めんどうみてあげるね」を第一話に、「ねえ、笑っておくれよ」「おねがいしようか」「幸セニシテアゲル」「役に立てるかい?」「ひとりでできるもん」の6話を収録した新宿職安前託老所を舞台にしたミステリ短編連作集。
感想:
『国書偽造』が面白かったので、読んでみました。でも、これはちょっといただけなかった。1話目だけなら、キャラクターの性格付けもはっきりしないことだし、一種のブラックユーモアとしては面白い話だと思うけど(ラストの「さいごまで、めんどう、みてあげるね」のセリフには背筋を寒くさせられる)、キャラクターがはっきりしてきて誰も悪人ではなさそうな雰囲気になってくると、どうもつじつまが合っていないと言うか、ちぐはぐというか、作者の主張が分からない、といった感じです。老人問題に焦点を当てている割には、平気な顔で残酷なことをしているように見えるし、死ななくていい人を大した考えもなしに殺しているような気がする。さやかというキャラクターを使いたいのは分かるけど、子供にああいうことをさせては(しかも、それを黙認しては)いかんと思うよ。
'96.6.30読了
『窒息地帯』(本岡類)
あらすじ:
弁護士夏原直人は、務めていた法律事務所のボスが急死したのを機会に独立し、ふるさと茨城に戻って事務所を開いた。その最初の客は、杉崎という地元の有限会社の社長で、息子が放火で捕まったので弁護して欲しいという依頼だった。杉崎の息子、博は、容疑が掛けられている2件の放火のうち1件については罪を認めているものの、死者が出たもう一件については、一度は自白したが「自分はやっていない」として、裁判では自白を翻すつもりでいる。茨城ではこの他にも国道50号線沿いで連続して放火事件が起きており、博がやっていないと主張する一件もこの犯人の手によるものだと睨んだ夏原は、国道50号線沿いの連続放火事件を調べ始める・・・。
感想:
以前、本岡類の最近の話は何か「ずらされて」いる印象を受ける、と書きましたが、この本でもやはり微妙に「ずらされて」しまいました。最初はこの青年、博をえん罪から救う法廷ミステリかと思って読んでいたら、裁判の場面が出てきたのは最初だけで、あとはずっと連続放火魔探しと、その動機探しで、博の名前はおざなりに2回ほど出てきただけです。法廷ミステリが途中から一転して社会派サスペンスとなるような話でした。しかもラストは非常に後味が悪い。こういう悲惨なラストにする必要があったのだろうか? と思います。読んでいる最中はわりと面白く読めたのだけれど、読み終えてみると、関係ない(作者の意図が分からない)エピソードがたくさん織り込まれていたように思えて、何か不満足です。
'96.7.3読了
『垂里冴子のお見合いと推理』(山口雅也)
あらすじ:
垂里家の長女冴子、33歳。読書好きでいたって優雅、おっとり日々を暮らす和風美人。だが本人には何も悪いところはないのに、お見合いのたびに、なぜか事件が起こってしまう。彼女は持ち前の推理力で事件を解決するが、結局お見合いは破談、またまた次のお見合いをするハメに・・・・・・。これは単なる偶然なのか、それとも垂里家にかけられた呪いの言い伝えは、真実なのか?(帯裏より)
「十三回目の不吉なお見合い」「海に消ゆ」「空美の改心」「冴子の運命」「カーテンコール あとがきに代えて」からなる短編連作集。
感想:
まず、表紙がえらく地味で、今までの山口雅也のものとは全然雰囲気ちがいます。そのせいで、最初本屋で見落としてしまいました。例えば『キッド・ピストルズの慢心』などと並べて眺めてみるのも一興でしょう。
第一話ですが、まあ、最初の一話は「顔見せ」として、出来を云々しない方が良いのかもしれませんが、このネタにはもう飽きました、とだけ言っておきます。p16〜p18にかけての垂里一路氏のセリフを読んで、すごくワクワクしてたのに・・・。二、三、四話もどうもいまいちで、結局、このp16〜p18の垂里一路氏のセリフが、本書中で唯一の読むべき部分でした。山口雅也はこのシリーズで何をやりたかったんだろう?
'96.7.1読了
『人格転移の殺人』(西澤保彦)
あらすじ:
突然の大地震。気がついた時、僕の意識は他人の身体に入っていた....。人格が入れ替わるという怪現象に巻き込まれ、パニック状態の僕達を、何者かが襲う。犯人は密室にいる六人の身体に次々と移り替わる”誰かの人格”なのだが....。奇想天外な着想で新しい地平を切り拓く西澤ミステリの大傑作!
(カバーより)
感想:
「あ〜、もったいない」というのが感想。と、いってもこれは作者に、ではなく、自分自身に向けられたものです。イッキ読みすれば良かったものを、通勤電車で読んだので、ちょうど6人が人格転移の解説を受けているあたりで駅に着き、一時中断しました。そのあと会社で仕事しながら人の感想を思い出してぼーっとストーリーをなぞっていたら、作者の魂胆が「ぴん」ときてしまいました。気づかなければもっと驚けたのに・・・
考えて見れば、『七回死んだ男』のネタも読みながらうすうす勘づいたし(ただ、それを可能にする要件には思い至らなかったけど)、もしかしたら、西澤保彦とは思考の波長が合ってるのかもしれない。
それは置くとして、無類に面白いことには違いない。本文はもとより、あとがきから解説まで、中断するのがもったいないと思える話は久しぶりでした。京極を越えるとは言わないまでも、やはり、京極と並び賞されてしかるべき逸材だと思います。前作『殺意の集う夜』からたった4ヶ月でここまで複雑で面白い話を書けるとは・・・。しかも、解説を読むと、来月には角川ノベルズから『解体諸因』の匠千暁を主人公にした長編が刊行されるとか、すごいペースだ。
今、「新」本格という冠号が一番似合う西澤保彦ですが、大森望氏の解説によると、まだミステリファンの間では名前が充分浸透していないということです。ホントかなぁ? 少なくともこのボードでは注目度高いよね。
'96.7.10読了
『パズル崩壊』(法月綸太郎)
あらすじ:
ホテルの一室で発見された男女の他殺死体。女の上半身に、男の下半身を重ねるという悪趣味きわまりない細工がなされた犯行であった。(「重ねて二つ」)
感想:
これが面白くなかったら、法月を読むのはもうやめようか、という悲痛な決意の元に読んでみました。これが最後の法月作品になるのかなあ・・・と思いきや、なかなかよかったです。
「重ねてふたつ」
なんだか無理矢理なトリックでした。普通においで気づかれるって。
「懐中電灯」
古畑任三郎を意識したという到叙もの。これはなかなか良かった。特に最後の「決め手」は、同じようなネタだった刑事コロンボ「ルーサン警部の犯罪」よりも上。
「黒のマリア」
これもなかなか良い。でも何故あんなオチを最後にくっつけたのだろうか? ない方がいいのに。
「トランスミッション」
話としては面白いし、主人公もなかなかいい味がある。ただ、ああいう仕掛けは常識的に考えて成立しないんじゃないかとは思うんだけども・・・。(ま、本編中で主人公が、そういう仕掛けがあったんじゃないかと邪推しているだけなのですが)
「苦し紛れ」と勘ぐってる人もいますが、そうかもしれませんね(笑)
「シャドウ・プレイ」
ドッペルゲンガーを扱った「作中作」が中心の変な話。普通のアリバイトリックが作れない氏が苦し紛れに作った話らしい。本文一番最後の文章は作中作のものか、それとも、煙に巻こうとしているのかな?
「ロス・マクドナルドは黄色い部屋の夢を見るか?」
私はこれを読んで「法月もこういう冗談が言えるようになったのか、よしよし」と思ったんですけどね〜。あとがきによると「ふざけて書いたつもりはない」んだそうです。
「カット・アウト」
ネタはすぐ分かりました。でもジャクスン・ポロックって人を知らないからなあ。
「……GALLONS OF RUBBING ALCOHOL
FLOW THROUGH THE STRIP」
出だしだけ書いてやめてしまった作品だそうです(これを「作品」と呼んでいいのかは疑問だが)。本人はあとがきで「ボーナス・トラックのようなもの」と申し開きしてますが、こういうボーナスは別に欲しくない(^_^;)。
総合評価としては、わりと面白かった、ということで、まだ法月は読み続けることにします。でも、やっぱり迷走してるなあ、という感じも強いですね。
'96.7.21読了
『ラヴクラフト全集3』(H.P.ラヴクラフト/大瀧 啓裕 訳)
収録作品:
ダゴン、家の中の絵、無名都市、潜み棲む恐怖、アウトサイダー、戸口にあらわれたもの、闇をさまようもの、時間からの影
感想:
なんだか知らないけどやたら読み終わるのに時間がかかりました。先週の木曜に読み始めてから、6日間もかかりました。暑いと何をするにも時間がかかります。
収録作品中では、「ダゴン」「家の中の絵」「戸口にあらわれたもの」が良かったです。
実は先日のオフで、「全集1、2と読んできて、回想シーンから始まるラヴクラフトのパターンにちょっと食傷してる」というような発言をしました。本書もそのパターンが多かったように思います。続けて読んでみようとは思うけど、ハマるまでには至っていないのは、そこらへんに原因があるのかもしれません。ここは一つ、順番を変えて、評判の高い「ダニッチの怪」を読もうか。
'96.7.30読了
『ワイルダー一家の失踪』(ハーバート・ブリーン/西田 政治 訳)
あらすじ:
他の人達は病気で死んでいく、おたふく風邪か老衰か、熱病か瘧りかで、でもワイルダー家の人達は消えていく
−−1775年のジョナサン・ワイルダーの失踪に始まって、これまで5人のワイルダー家の当主が、不可思議な状況のもとで姿を消していた。最近では、一年前、フレッド・ワイルダーが、三階の、窓がひとつあるきりの自分の事務所から消え失せていた。
そして、ニューヨークのジャーナリスト、レイノルド・フレームがワイルダーズレーンにやってきた日にも、フレッドの下の娘、エレンが行方しれずになってしまった・・・・・・
(裏表紙より抜粋、一部改変)
感想:
これだけ失踪事件が出てくると、そのうちいくつかは便乗犯、ひとつふたつは偶然、というのが予想されますが、この予想が当たっていたかどうかは、秘密にしておきます(笑)。ひとつひとつのトリックはわりと良かったです(砂浜での失踪の真相なんか)。
1953年の作品というと、本格ミステリの黄金期かその少しあと位の頃の作品ですよね。読んでいるうちに、その頃の作品(クイーン、クロフツから、ブッシュ、ロースン、ミルン、ベントリーあたり、カーは何故かあまり読んでいなかった)を読みあさっていた高校生時代を思いだして、懐かしくなりました。
それにしても巻末の乱歩の解説はけっこう辛口ですね。特にブリーンの他の作品についての論評など、そこまで言わなくても、という気がしました。
'96.8.1読了
『デストラクション 空中破壊者』(羽場博行)
あらすじ:
東京・南青山に聳える地上四十階建ての壮大なビル・ガレリアタワー。ある日、その四十階の部屋に九人の男女が閉じこめられた。エレベーターは動かず、扉は外から溶接されて開かない。誰が何のために彼らを人質に? 姿を見せぬ犯人の狙いは高額の身代金か? それとも悪辣な手腕でこのビルを作り上げた護所会長の命なのか? 九人を恐怖の仕掛けが襲う!
(裏表紙折り返しより抜粋)
感想:
前作『崩壊山脈』から4ヶ月ちょっとでの新作(書下し)です。最初に気になるのはこの人の守備範囲の狭さでありまして、『崩壊曲線』と同じ話じゃないの?というほど設定が似通っています。舞台はいつも建築物だし。
で、読んでる最中は面白いし迫力もあるし、イッキ読み出来るのですが、読み終わってみるといろいろアラが見えてしまいました。これだけの犯罪を立案、実行した犯人像があれじゃあ、ちょっとね。
主人公の星川は、かっこよくて頭も切れるのだけれども、長谷真知子や牧野清美との関係がハンパモンで、全然き然としてないところも難です。
羽場博行メジャー化推進委員の私としては、ちょっと不満の残る出来でした。それでも、そんじょそこらの凡百のノベルズよりかは遥かに面白いですけど。
'96.8.4読了
『パワー・オフ』(井上夢人)
あらすじ:
新種のコンピュータ・ウィルスが発見された。一定時間コンピュータの処理を全く無効にしてしまうのだ。その間、画面には「おきのどくさま このシステムは コンピュータ・ウィルスに 感染しています」というふざけたメッセージが表示される。ハードディスク内のファイルを破壊したりしない分だけ、良心的なウィルスともいえたが、怪我をした高校生まで出たため、マスコミに大きく取り上げられることになった。
感染源となったのは、圧縮ソフトの定番「ZARC」をはじめとする数本のフリーウエアやシェアウエアで、すべて大手パソコン通信ネットのJAM−NETのライブラリに登録されていたものだった。ウィルスは感染するたびにその姿を変える「突然変異型」だったため、ワクチンソフトの開発には時間がかかると思われた。しかし、1週間も経たないうちに、ワクチンソフトの開発に成功したソフトハウスが現れて.....。
感想:
やはり井上夢人だなあ、とでもいいましょうか、とにかく、話の面白さにどんどんついていくと、今まで見たこともない不思議な世界に連れて行かれる、という感じです。で、読書後、その不思議な世界に自分が独りぼっちで置き去りにされているのに気づき、途方に暮れてしまう、といった感じでしょうか。『クラインの壺』以来共通している、不思議な読後感に浸れる作品でした。ラストが妙に明るいのが、逆に恐いような気もしますけど・・・。
コンピュータ・ウイルスにしても人工生命A−LIFEにしても、素人にも分かりやすいように丁寧に、しかもストーリーを損なわずに解説しているのには感心しました。黎明期からパソコンやパソ通を利用している井上氏のことですから、知識や解説にいいかげんなところが無くて、しかも登場人物を利用することによって、分かりやすく、読みやすくしているのが技巧的にも非常にうまく、好感が持てました。
現実には、絶対そんなことありえないことが分かっているはずなのに、「もしかしたら」と思わせてしまう、そんな井上ワールドを満喫できる一作でした。大満足です。
'96.8.6読了
『四十分間の女 退職刑事2』(都筑道夫)
あらすじ:
「四十分たらずで、いったいなにが出来るかな? 上りの終列車と、ひとつ前の下り列車との間隔は、正確には四十一分しかないんだ」
と、晦日泰治は首をかしげた。
「その女は一週間つづけて、二十二時四十八分着の下りで浜松におりて、二十三時二十九分発の上り終列車で、どこかへ帰っていった。そして一週間目に、死体で発見されたんだ」
「そりゃ奇妙な話だね、晦日さん」
と、父が口をはさんだ。
(「四十分間の女」より)
「遺書の意匠」「遅れてきた犯人」「銀の爪きり鋏」「四十分間の女」「浴槽の花嫁」「真冬のビキニ」「扉(ドア)のない密室」の7作品を収録。
感想:
「こういうアームチェア・ディテクティヴは、謎の奇妙さが命」というようなことを前回書きましたが、そういう意味では、この短編集は、ちょっと奇妙さが足りないかな? という気がしました。「四十分間の女」と「真冬のビキニ」は実際の事件をヒントにしているということですが、「四十分間・・」の解釈は、泣ける話ではあるけれど、かなり想像だけで創作してると思うし、「真冬・・」の解釈はあまり意外性がないように思いました。それから「銀の爪きり鋏」の真相は、ちょっと悲惨すぎて辛かったです。
'96.8.7読了
『ミステリー倶楽部へ行こう』(山口雅也)
内容:
山口雅也の書いたミステリーに関するエッセイ、ガイド、書評、解説を、古いものは1977年、新しい物は1995年のものまで集めた書。ただし、音楽やマザーグースとミステリーの関係について書いた物は別に一冊にまとめる予定があるので、今回の収録は見合わせたそうです。
感想:
「さすがマニア」と、思えるだけの情報量と情熱が感じられました。こういう本は、著者の思いがストレートに伝わってくるので、とても楽しく読めました。
特に、ライツヴィルが何州にあるのかを推理したり、クイーン婦人が誰なのかを推理する段には、「よくやるよ」と、半ば呆れるほどにマニアックな推理を展開しています。クイーンからミステリの世界に入った私にとっては、本当に、ただただ感心し、尊敬するばかりです。
また、私は海外ミステリは全然読んでいない不良読者なのですが、山口雅也にこれほど賛辞をもって紹介されると、クリスチアナ・ブランドの諸作品や、フレッド・カサックの『殺人交差点』は、何をおいても読んでみたくなります。
というわけで、また読みたい本が増えてしまいました。困った困った。
'96.8.10読了
『消えた看護婦』(E.S.ガードナー)
あらすじ:
そもそも、夫の死に悲しい顔もせず、早々と遺産相続の相談に来たことからしておかしかった。依頼人は飛行機事故で死んだモールデン医師の未亡人ステファニイ。彼女の話によれば、医師は十万ドルの所得の申告漏れを追及されて上、アパートを借りて看護婦のグラディスと逢瀬を重ねていた。(裏表紙より抜粋)
弁護士ペリイ・メイスンシリーズ。
感想:
いやー、息もつかせぬどんでん返しの連続で、大変に楽しめました。ただ惜しむらくは、ペリイ・メイスンがどうやって、その意外な事実に到達したかが描写されていないことで、これではメイスンはただの超能力者になってしまいます。
最初は事故かと思われていた飛行機の墜落が、飲み物の中に大量の麻薬が発見されたことによって、実は殺人であった、という軽いひねりから、死体は実はモールデン医師ではなく○○だった、と思ったらそれも違って実は・・・という段はすごかったです。
逆に言えば、どうしてメイスンは、そんなことが(さしたる証拠もなしに)分かってしまうんだよ〜、という点が「?」でした。
総合的には「面白かった」ということで、今までガードナーを全然読んでいなかったのが、何か損したような気分です(笑)。次に読む『怒った会葬者』にも期待してます。
'96.8.14読了
『ブルース』(花村萬月)
あらすじ:
南シナ海の烈風。眼下で砕ける三角波。激しい時化に呻く25万トンの巨大タンカーの中で、元ギタリスト村上の友人崔は死んだ……。仕事中の事故とはいえ、崔を死に至らしめた原因は、日本刀を片手に彼らを監督する徳山の執拗ないたぶりにあった。徳山は同性愛者であった。そして村上を愛していた。村上と親しかった崔の死は、徳山の嫉妬であり、愛の形であった−−。歪な愛と過剰な暴力。濃密で過激な男の生きざまを描く、著者渾身の一冊!(裏表紙より)
感想:
えーと、薦めてくれた方、ごめんなさい。私はこういうのは全然ダメです。作者の目的が分からない小説というか、作者に何のアイディアもない小説というのは退屈で、読みながら腹が立ってしまいました(^_^;)。そりゃあ、これの方が文章も達者で人間も描けているかもしれませんが、新本格の諸氏には「これがやりたい」という「アイディア」とか、「目的意識」があります(まあ、それが空回りすることも多いのでしょうが・・・)。けど、本作には具体的なアイディアや目的といったものが、何も感じられませんでした。オカマのやくざっていうのは物珍しいかもしれませんが、キャラクターもストーリーも類型的で平坦だったような気がしました。
「このミステリーがすごい!94年度版」の覆面座談会の「図」によると、「小説」と「ミステリ」の境界というのはファジーで、その境界周辺に高村薫や花村萬月が居る、ということが書かれています。そういえば高村も私の趣味とは違うし、結局、私が読みたいのは「ミステリ」であって、「小説」ではない、ということが全てなのかもしれません。
'96.8.16読了
『禅・十牛図』(中村文峰)
内容:
禅において、真実の自己を求める修行の過程を、牛を牧養することで表現する「牧牛図」が宋の時代に著された。本書は、宋時代の牧牛図(主として「廓庵十牛図」)、江戸時代の「うしかい草」を紹介し、その意味するものを概説したものである。十牛図は尋牛、見跡、見牛、得牛、牧牛、騎牛帰家、忘牛存人、人牛倶忘、返本還源、入廛垂手、の、10枚一組の図からなる。
感想:
なんでこんな本を読んだりしたのか? というと、それは『鉄鼠の檻』を読んでいたせいです。が、そもそも「宗教」の書架に行ったのは、先日安養院で見た絵や仏像について後知恵を付けようと思って、チベット仏教の解説書を捜してたからでした。で、ふと本書を見つけて、思わず借りてしまいました。
基礎知識が無いと何を言っているのか分からないと思いますが、十牛図の図は『鉄鼠の檻』のP428−429、京極堂の解説はP441−にありますので、お持ちの方は、それを参考にして下さい。
『鉄鼠』では、尋牛から人牛倶忘までの解説はなされていましたが、その先、返本還源、入廛垂手についての解説は無かったように思います。「不立文字」、「以心伝心」の原則からすると、禅を書物で学ぶのは大間違いのような気もしますが、これを読んで、少しは「意味」が分かりました。
特に印象に残ったのは、「廓庵十牛図 入廛垂手序の十」の部分で、現代語訳の抜粋を以下に引用してみます。
>柴の庵にひとり住む大愚痴聖の境涯は、 ・・・(略)
>今日も彼は、自己の真実の風光をくらまし、先賢たちの生き方に背き、酒徳利を
>ぶらさげて市街に出かけ、呑んだくれの仲間と交わりを結び、怪しげな足取りで
>杖にすがって帰ってきた。しかし、不思議なことに、彼の行くところ、彼の交わ
>るところ、酒屋や魚屋のやくざ物まで、いつとはなしに人柄が善良に変わってい
>ってしまうのだ。
これこそ本物の「聖人」といった感じですね。
'96.8.18読了
『退職刑事3』(都筑道夫)
あらすじ:
警視庁四課員の尾行をうけていたある男が、刑事の見ている電話ボックス内で射殺されるという事件が起きた。電話ボックスから連絡をうけとったらしい向いのホテルの三階でも一人の男が殺されていた。ホテルの死体の傍らには三八口径のリボルヴァーが落ちており、電話ボックス内の死体の条痕が一致した。しかし、電話ボックスには銃弾の通った穴がないのだ……。(「大魔術の死体」)
(表紙折り返しより)
「大魔術の死体」「仮面の死体」「人形の死体」「散歩する死体」「乾いた死体」「筆まめな死体」「料金不足の死体」の7編を収録
感想:
面白かったです。「大魔術の死体」は、ネタ自体はすぐ分かったのですが、細部の作りが非常にうまいと思いました。「散歩する死体」も理由付けが良かったし、「乾いた死体」もそれこそ「九マイルは遠すぎる」を思わせる「畜生、雨が降っていたらなあ……」という被害者のセリフからの推理が良かったと思いました。「筆まめな死体」と「料金不足の死体」は、共にダイイングメッセージものなのですが、ダイイングメッセージに凝りだした後期のクイーン作品を皮肉るようなセリフには思わず笑ってしまいました。
総合的には、今まで読んだ3冊の中では一番面白かったです(どれも面白かったのですが、あえて順番をつけると、私の場合 3>1>2 となります)。
'96.8.20読了
『彼女が死んだ夜』(西澤保彦)
あらすじ:
門限は6時という超厳格な家庭に育てられた箱入り娘、通称ハコちゃんこと浜口美緒がやっと勝ち取ったアメリカ旅行。その出発前夜、壮行会を終えて家に帰ってみると、部屋に見知らぬ女性が倒れていた。そして傍らにはパンティストッキングに詰められた長い髪束が。これをどこかへ捨ててきてくれなければ死ぬ、と、ハコちゃんに泣きつかれた男性陣は、「これでこの事件が迷宮入りしてしまったら、代わりに僕が解決します」というタック(匠
千暁)の言葉に、なんとかこの女の体を運びだし、埠頭の公園まで捨ててきたのだが・・・。
『解体諸因』の匠千暁と辺見祐輔の最初の事件。
感想:
面白かった〜。『人格転移の殺人』からわずか1ヶ月やそこらで、なんでここまで面白い話を書けてしまうのか? 一見軽佻浮薄のユーモアミステリ風に見えて、その実アクロバティックなロジックや、どんでん返しの強力なやつががっちり作品を支えています。西澤保彦って、もしかして我々の予想を遥かに上回る、もの凄い才能のミステリ作家なのかもしれない。『解体諸因』の時もそうだった、タックの「推理」というよりは「妄想」が相変わらず冴えているし、主題の事件とは直接関係ない「乗杉氏の財布消失事件」など、1つの短編に仕上げてもいいような、ボーナスにしては嬉しすぎる挿話でした。
最後の「ひねり」は、心情的には不要のような気がするのですが、論理的には必要なんでしょうね。これは言わずもがなのことかもしれませんが。
登場人物の中で、私がガンタに感情移入してしまうのは、私が明らかに彼のようなタイプの人間だからです。他の人なら「なんだ、こいつ」と思うかもしれない(^_^;)。まあ、それは人それぞれということで・・・。
これを読んだ後、あらためて『解体諸因』を読み直してみたのですが、タックの「妄想」をまた楽しめました。もしかしたら、著者の頭の中には島田荘司顔負けの「西澤ワールド」が出来上がっているのかもしれません。「タカチ」も「アイ・エル」も既に登場していたとは・・・気付かなかった(私が鈍感なだけか^_^;)。
と、いうわけで、京極夏彦も早く新作を出さないと、忘れられちゃうよ(笑)
'96.8.26読了
『荒城の蒼き殺意』(小杉健治)
あらすじ:
暴走族の少年・柳本に夫を殺された西崎有紀。夫を偲ぶ旅に出た彼女は、東北の漁港で、荒々しいがどこか魅力的な男・黒木と知り会う。が、黒木は漁船に乗り込み、遭難、行方不明となる。黒木は有紀の心に、重く熱い感情を残した。有紀は黒木の生まれ故郷・豊後竹田を訪れ、そこで、幼いとき母とともに父に捨てられた黒木の過去を知る。やがて柳本が殺された。現場に落ちていた有紀のロケット。アリバイのない彼女は逮捕された。犯してもいない凶行を認める有紀。検事の桐生はそんな有紀の態度に不審を抱き、黒木の存在に気付く。そして……。
(裏表紙折り返しより抜粋)
感想:
小杉健治の作品は、大ハズレがないので、いつでもある意味安心して読んでいるのですが、これはちょっとハズレでした。歪んだ「人権保護運動」によって、警察の捜査が及び腰になる、殺人犯が野放しになる、といった状況は、いままで人権派弁護士を描いてきた小杉の新たなステップか、と思って読んでいたのですが、その野放しにされた殺人犯・柳本が主人公側の人間に殺されてしまうのは、小杉らしくなく、読んでいて戸惑いを覚えました。確かに柳本は救いようのない悪人として描かれていましたが、だからといって殺されていいというものでもないでしょう。で、もう一人の悪人・藤波を感動的ラストで使おうというのは、どう考えても無理です。だから、すごく泣けるはずのいい場面なのに、読んでいて白けてしまいました。
小杉健治作品は、作者の「優しさ」や、優しさ故の「甘さ」がいつも目に付くのですが、これは「甘さ」だけが目立つ失敗作だったように思います。
'96.8.30読了
『怒った会葬者』(E.S.ガードナー/福島 正実 訳)
あらすじ:
深夜まで帰ってこない娘カーロッタの身が心配で、わざわざカッシングの別荘を訪ねてきたベル・アドリアンだが、途中の道で女の鋭い悲鳴を耳にしていた。そして、たどり着くと邸にはカッシングの死体と、乱れきった部屋があった。とかく女性との噂が絶えないカッシングが娘に襲いかかり、逆にカーロッタが拳銃で彼を……娘を救わなければならない! ベルは忙しくカーロッタのいた痕跡を消しはじめた。コップを洗い、落ちていた娘のコムパクトを持ち帰る−−−だが、そのとき隣家の窓から、双眼鏡を通して彼女の動きを見つめる目があったとは、知るよしもなかった!
(裏表紙より抜粋)
感想:
まえがきによると、本書のテーマは「状況証拠」だそうです。なるほど、現場の状況は、床一面に割れたガラスが散らばり、被害者の車椅子のタイヤにはガラスが付着しているか、とか、ガラスが割れたのは被害者が死ぬ前か後か、とか、いかにも精緻なロジックが展開されそうな雰囲気があり、読みながらわくわくしていました。犯人を比定した証拠は、「え、それだけなの?」というものではありましたが、まあ、それは差し引いても、意外な犯人、決め手の証拠、どんでん返しと、全て揃っており、面白かったです。ただ、やはりもうちょっとロジックをひねくり回して欲しかった気はしています。この話をクイーンで読みたかった・・・
さて、いただいた2冊がそれぞれ面白かったので、続けて他の作品も読みたいところですが、これからガードナーを追っかけるとすると結構大変そうですね。シリーズで80冊くらいあるんでしたっけ? なにしろ山口雅也が、「病院に入院した時に読む本」(つまり、ヒマでヒマで時間が有り余るほどある時に読む本)として、シムノンのメグレ警部シリーズと共に挙げられているシリーズですから。
'96.9.8読了
『闇に消えた怪人 グリコ・森永事件の真相』(一橋文哉)
内容:
グリコ森永事件とは、「かい人21面相」と名乗る犯人グループが、昭和59年3月の江崎グリコ社長誘拐事件から、翌60年8月に自ら”犯行終息宣言”するまでの1年7ヶ月間に、江崎グリコ、丸大食品、森永製菓、ハウス食品工業、不二家、駿河屋の食品メーカー六社を連続的に脅迫した事件である。
事件記者として事件発生から現在に至るまでこの事件を追い続けてきた著者が、未公開の捜査極秘資料とともに事件の深層に迫るドキュメンタリー
感想:
グリコ・森永事件というと、私が高校生の頃の事件ですから、いわゆる「昭和の怪事件」の中でもリアルタイムで体験した最初の事件でした。三億円事件の発生当時はまだかなり幼かったので、時効騒ぎのときはともかく、あまりリアルな印象がありません(逆にオウム事件などはあまりにリアル過ぎますけど)。
まず、なんといっても帯の文句がふるっています。「犯人は分かっていた!」「これが犯人の正体だ!」ですから。
で、興味ある犯人の正体ですが、当然のことながら本書で指名されてはおりません。それどころか、どうも著者は自分の推理に迷っているフシも見られます。例えば、プロローグで犯人グループの一人だと著者が推理する「北陸の男」を訪ねる場面があるのですが、その推理の根拠の一つは、この男の娘の声が脅迫テープの女性の声に酷似していることだ、と書いています。が、後で、「声紋分析の結果、別人の可能性が高いと結論が出ていた」、と書かれた日には、ちょっと・・・。
著者が犯人グループと密接に関わり合いがあるとしているある集団”X”についての描写などは、ある程度の推察すら出来ない程度にしか書かれていないので、どうもリアルさが感じられません。もちろん、マスコミに発表されたり、本になったりする文章で、そういう指名をすることは不可能だということは重々承知ですが、それにしても書き方がぼかしすぎているような気がします。
文章の流れがうまくないのか、怪しさをにおわせるだけでちゃんとした解説がない、ということも何度かありました。「国鉄」との関わりにしてもそうだし、「金大中事件」など「韓国」との関わり合いにしてもそうです。これももしかしたら謎の集団”X”について詳しく書けないがために起きた文章の分断なのかもしれません、と言ったら勘ぐり過ぎでしょうか?
「五三年テープ」とか「B作戦」とか、あまり一般に知られていない事項が詳しく書かれていたのは興味深かったです。それから、最後に著者のもとに「かい人21面相」から手紙が届いてしまうのは、出来過ぎ、という感じもします。江崎社長誘拐の時に録音されたテープ、という「証拠品」が同封されていたそうですから、本物からの手紙だったのは間違いないのでしょうけど。
先日の朝日新聞の記事によると、著者の一橋文哉さんという方は、経歴など一切不明の覆面作家なのだそうですね。
'96.9.8読了
『すべてがFになる』(森博嗣)
あらすじ:
十四歳のとき両親殺害の罪に問われ、外界との交流を拒んで孤島の研究施設に閉じこもった天才工学博士、真賀田四季。教え子の西之園萌絵とともに、島を訪ねたN大学工学部助教授、犀川創平は一週間、外部との交信を断っていた博士の部屋に入ろうとした。その瞬間、進み出てきたのはウエディングドレスを着た女の死体。そして、部屋に残されていたコンピュータのディスプレイに記されていたのは「すべてがFになる」という意味不明の言葉だった。
(表紙折り返しより)
感想:
まあ、「誰が何と言おうと面白いものは面白い、つまらないものはつまらない」という言葉が、まさに真実なんでしょう。だから私も言います。「面白いものは面白い」と。
私はこの作品に、『魍魎の匣』とまではいかなくても、『姑獲鳥の夏』並の評価は与えてます、あの驚天動地の密室トリックが、あまりに凄かったから。第二の西澤保彦という気配すらも感じています。で、あの「密室トリック」を使いたいという、ただそれだけのために「15年間部屋に閉じこもりっきりの天才博士」とか、「連絡しなければ船もこない絶海の孤島」という舞台を用意してしまう作者には、「これぞ新本格!」と、共感を覚えてしまいます。
動機があいまい?
『鉄鼠の檻』の動機を認めるなら、これも認めてよ〜。
「生」というものに対する犯人の考え方がああいうものなら、それは人も平気で殺すよな、と思ったんですけど。
文章がへた?
うっそ〜。デビュー作で比べたら、例えば法月や歌野の方がはるかに稚拙でしょ?文章に関しては、うまいと思いこそすれ、下手だとはちっとも感じませんでした。
犀川&萌絵のコンビもわりと気に入りました。特に気に入ったのは犀川助教授のp.286のセリフで、泣き出した萌絵に向かって「何か冗談でも言おうか?」って言うやつです。犀川の不器用な優しさがにじみ出ているようで、すごく気に入ってます。このセリフを味わうためだけでも、この作品を読む価値はあります。
『冷たい密室と博士たち』はこれより面白いのか、楽しみだなあ(と、いいつつさっそく買ってきてもう読み始めている)。
'96.9.14読了
『冷たい密室と博士たち』(森博嗣)
あらすじ:
同僚の喜多助教授の誘いで、N大学工学部の低温度実験室を訪ねた犀川助教授と、西野園萌絵の師弟の前でまたも、不可思議な殺人事件が起こった。衆人環視の実験室の中で、男女二名の院生が死体となって発見されたのだ。完全密室のなかに、殺人者はどうやって侵入し、また、どうやって脱出したのか?しかも、殺された二人も密室の中には入る事ができなかったはずなのに?研究者たちの純粋理論が導きだした真実は何を意味するのか。
(表紙折り返し、内容紹介より)
感想:
『すべてがFになる』での衝撃の密室トリック(密室に「入る」方のトリックね)と比べると、かなりおとなしい、というか常識的なトリックでしたが、うまいこと作ってあるとはいえます。私が一番感心したのは「密室にする(?)理由」と、「シャッターの故障」という事実の取り扱いをきれいにひっくり返したところでした。小技が冴えてるという感じでしょうか。
展開としては、サービス精神旺盛にも、萌絵が犯人に殺されかかったり、犀川が犯人と一対一の対決をしたり、と、いろいろアクションも折り混ざってます。動機については、「とってつけたような」ものだということは別に気にしていませんが、服部珠子まで殺す理由になるかどうかは、甚だ疑問ではあります。
'96.9.17読了
『笑わない数学者』(森博嗣)
あらすじ:
伝説的数学者、天王寺翔蔵博士の住む三ツ星館でクリスマスパーティーが行われる。人々がプラネタリウムに見とれている間に、庭に立つ大きなブロンズのオリオン像が忽然と消えた。博士は言う。「この謎が解けるか?」
像が再び現れた時、そこには部屋の中にいたはずの女性が死んでいた。しかも、彼女の部屋からは、別の死体が発見された。パーティーに招待されていた犀川助教授と西之園萌絵は、不可思議な謎と殺人の真相に挑戦する。
(表紙折り返し、内容紹介より)
感想:
ビリヤードの問題が力ずくで解けたから、それでいいや・・・というわけにはいかないでしょうね。ああ、感想を書くのが憂鬱だ。
なんで憂鬱かというと、みなさまの感想を読んで、いかに自分が何も考えずに本を読んでいるかがはっきり自覚させられてしまったわけで、そのことを、「感想を書く」という行為によって告白しなきゃならないからです。ああ、恥ずかしい。
「解が不定」「内側と外側」「『君が決めるんだ』」の3点あたりが、作者の意図を考える上でのキーになるんではないかと予想しています。さらに、森氏のホームページの作品解説にある「しかし、トリックに気づいた人が、一番引っかかった人である、という逆トリックなのですが、その点に気づいてくれる人は少ないでしょうね。でも、少なくとも北村氏は気づいたのですから、森としては、これでもう十分です。」というのもヒントになるでしょう。
で、考える方向性についてだけは、漠然とではありますが、理解しつつあるつもりです。でもその先はまだです。北村の解説(帯の下の部分も含む)も理解できているわけではありません(「人類史上最大のトリック」ならともかく、「神の最大のトリック」なんてどこかに出てきたっけ?)。
とりあえずラストの考えなきゃならない部分はおくとして、それ以外はどうかというと、ミステリとしては弱いでしょうね、やっぱり。メインがオリオン像の消失ですから。ただ、数学クイズとか、鏡はなぜ左右が反対になって写るのか、とか、興味の惹かれる話がいろいろ取り上げられいて、それはそれでかなり楽しめました。ビリヤードの玉の問題は、私は力ずくで解いたので、数学的にきれいに解けるものか、解が1つしかないのか、といったところがよくわからないんですが、どうなんでしょう?1と2は必ず含まれる。3か4が必ず含まれる、というあたりまでは論理的に分かったのですが(誰でも分かるか^_^;)、そこから先がちょっと・・・。
'96.9.26読了
『緑は危険』(クリスチアナ・ブランド/中村保男 訳)
あらすじ:
ケント州のヘロンズ・パーク陸軍病院には、第二次大戦の戦火を浴びた負傷者が次々と運び込まれてくる。大腿部骨折の郵便配達夫ヒギンズもその一人だった。三人の練達の医師のもとで、ヒギンズの手術はすぐにも終わるかに思えた。が、患者は喘ぎだし、しだいに呼吸が速くなった。ヒギンズは死んだ。殺されていたのだ!かくも奇妙な場所で、なぜ一介の郵便配達夫が死を迎えねばならなかったのか?「ケントの恐怖」の異名をとるコックリル警部登場! 都会的なセンスと高密度の筆致、30年代黄金期の探偵小説を正統に継承する女流本格派の傑作。
(裏表紙より)
感想:
と、いうわけで、『ミステリー倶楽部へ行こう』(山口雅也)で絶賛されていたクリスチアナ・ブランドですが、貸してくれる人がいたおかげで読むことが出来ました。感謝です(^_^)。
初めて読む作家というのは、作風が分かっていないので、どう読んでいいのか手探りで進めて行くわけですが、今回もそうでした。一応、黄金期の本格ミステリの継承者ということで、しかも山口雅也絶賛ですから、それなりの期待は持っていましたけどね。
で、感想です。最後まで読み終えて、作者の意図、というか、作戦がやっと見えました。なるほど、プロローグで犯人の範囲を7人に限定して、なおかつ意外な犯人を目指す、という大胆不敵なことをやってのけているわけですね。そういう姿勢はなんともすばらしいですが、やはり、そういうことをするとどうしてもどこかに無理が出てくるわけで、この場合も、殺人を繰り返す犯人の姿勢(動機)が、どうにも理解し難かったです。
それにしても、最後の場面、コックリルはミスったのだろうか・・・?
'96.9.20読了
『ジェゼベルの死』(クリスチアナ・ブランド/恩地三保子 訳)
あらすじ:
帰還軍人のためのモデル・ハウス展がいま、アトラクション劇の幕を賑やかに開けた。居並ぶ華やかな馬上の騎士に拍手がわく。期待と興奮のうちに見守る観客の中には気づかわしげなコックリル警部の顔も見えた。公演を前にした三人の出演者に不気味な死の予告状が届いていたのだ。単なる嫌がらせであってくれればいいのだが……やがてライトを浴びた塔のバルコニーに、出演者の一人、悪評高いジェゼベルが進み出た。そしてその体が前にのめり、落下した……! 女流本格派ブランドの最高作。結末のどんでん返しの連続はまさに本格推理の圧巻!(裏表紙より)
感想:
図が最初の一枚だけなので、どうも密室の仕組みがよく分からないまま読み進めてしまいました。解決の段になってやっと仕組みが分かって、そうすると結構犯人もみえみえだったのかなあ? とも思ったのですが、そうじゃないですよね。なるほど、犯人を疑わせないためにいろいろ工夫してあるし、その工夫が別の殺人と絡み合っていて、巧妙にカムフラージュされていました。しかも、名前に隠されたあからさまな秘密! う〜、すごい、大胆だ。まいった。
'96.9.29読了
『夏の災厄』(篠田節子)
あらすじ:
春一番どころか熱風が吹きつける1993年4月、埼玉県昭川市保険センターに一人の患者がやってきた。「風邪だと思う」という初老の男は、ありもしない花の甘い匂いがすると訴え、光に敏感に反応した。これが後に「窪山脳炎」と称されることになる、「激症性日本脳炎」騒ぎの始まりだった。昭川市保険センターの看護婦堂元房代、職員小西誠、昭川市で診療所を開く医師鵜川日出臣は、この新種の日本脳炎の局地的流行の陰になにかとてつもない陰謀を感じて調査を開始するが、医療廃棄物の不法投棄から製薬会社のワクチン開発にまつわる人体実験、日米合同の細菌兵器開発と、次々に不穏な事実が明らかになってきた。
感想:
さすが、このボードで評判が高い作者の作品だけあって、読み応えありました。「ヒーロー不在のパニック小説を書いてみたかった」と、あとがきにがあります、ホラーとしても一流の出来で、「暗闇で発光する奇形のカタツムリ(オカモノアラガイ)」など、ビジュアルに迫る気持ち悪さがありました。
作者は元市役所職員ということで、本書で描かれるてい「お役所仕事ぶり」など、きっと事実なんだろうと思います。また、流言に惑わされ、筋の通らない文句しか言えない「一般市民」に対する作者の視線も、元市役所職員ならではの事実なんでしょう。
薬害エイズや、今回の一連のO−157騒ぎを見ると、実に先見性に富んだ作品であったと思います。逆に、今現在読むには生々しすぎて、「こんな時期に読むのではなかった」という人がいるのも分かるような気がします。
とはいえ、また一人、凄い作家を紹介してもらったという感謝の気持ちにはかわりありません。続けて他の作品も読んでみたいので、図書館に行く楽しみが増えました(買えよ^_^;)。パソ通では、面白い本を紹介する代わりに紹介してももらう、というギブ&テイクが基本のはずなのですが、私はテイクの方ばかりで、ギブが無くて、なんというか、申し訳ない気分になっています。
'96.10.3読了
『悪意』(東野圭吾)
あらすじ:
人気作家、日高邦彦が殺された。第一発見者は野々口修、童話作家。日高とは中学生の頃からの知り合いである。しかも、捜査を担当する加賀恭一郎は、警察に入る前に教師をしており、野口はそのときの先輩教師だったのだ。この事件を記録した野口の手記を読んだ加賀は、記述の中に不審な部分をみつける。
感想:
東野は最近、かなり速いペースで新刊を出しますね。『毒笑小説』はまだ読んでないのですが、ペースが上がっても質は決して落ちていません。本書もかなりいい出来なのではないかと思います。
最近出番の多い加賀恭一郎ですが、彼が登場すると、展開がかなりロジカルになります。で、論理的に犯人を指定し、犯人が犯行を認めるのがP.95ですから、一瞬「短編集」かと思ってしまいました(笑)。犯人が分かった後は、今度は動機の追求になるのですが、動機も判明しても、まだ残りページがかなりあります。そしてどんでん返しと驚愕のラストへ、結局1日でイッキ読みしてしまいました。
事件自体はありきたりだし、登場するトリックも決して目新しいものではありませんが、それでも、常に新しい挑戦を続ける東野圭吾の名にふさわしい、意欲作だったと思います。
'96.10.4読了
『大誘拐』(天藤真)
あらすじ:
紀州一の大富豪柳川家。その門前を今、鋭く見つめる三対の眼があった。健次、正義、平太。後に「虹の童子」の名で世界中を騒がせる誘拐団の若者達である。標的は女当主とし子刀自。慈愛溢れる人柄で、地元では生き神様と慕われる82歳のおばあちゃんだ。風雨にもめげず監視に励んだ三人は、持ち山の見回りに出た刀自の拉致に遂に成功。が、このおばあちゃん、タダ者じゃなかった。自分で身代金を決めた上に、その受け渡し方法まで滔々と語り始めたのだ!かくして要求総額百億円、授受は全てテレビ中継という史上空前の誘拐劇が始まった!!
(表紙折り返しより)
感想:
これを最初に読んだのは1987年のことですから、もうほとんど10年前になるんですね。最初に読んだときは、「身代金奪取のトリック」がメインの話と思ったら、「本当のトリックは別のところにあった」という段が驚きでした。今回読むと、さすがに驚きはしないものの、「すごいことを考える人がいるものだ」という感動を覚えます。不朽の名作であることは言うまでもないでしょう。
【再読】
『テロリストのパラソル』(藤原伊織)
あらすじ:
東京・新宿の公園で爆破事件が発生、多数の死者が出た。犠牲者のなかに「私」のただひとりの女性、ただひとりの友人がいた・・・。
(腰巻きより)
感想:
私が学生だった頃はもう学生運動は全然下火になっていたのですが、角張った文字の書かれたヘルメットをかぶって、ハイになって演説をぶっている集団というのは、いたことはいました。仲間に入りたいとは絶対思えなかったですが(笑)。そういう時代を生きてきた世代には郷愁をさそう内容だったのかもしれません。
で、私の評価ですが、乱歩賞受賞作としては「並」の出来なのではないかと思います。江戸川乱歩賞というのは新人賞ですから、この作品が乱歩賞をとるのは妥当でしょう。会話にしてもキャラクターの造りにしても、新人らしからぬ出来だとは思いました。でも直木賞まではどうかなあ・・・。
真相究明のために必要となる「医学的知識」を、元医学部教授のホームレスから仕入れる、っていうのはどう見ても「ご都合主義」だよな〜、と思います。「ご都合主義」といえば、主人公の周りの登場人物が結局みんな何らかの関係者だった、なんてところは「ご都合主義」の極みですよね。その辺の「造り」が気になってしょうがなかったのがマイナスポイントです。一方プラスのポイントといったら・・・ホットドッグが食べたくなった、ってことだろうか(笑)。
'96.10.15読了
『麦酒の家の冒険』(西澤保彦)
あらすじ:
匠千暁達が迷い込んだ無人の山荘。家具も内装もないからっぽの室内にあったのは、一台のベッドと、なぜかクローゼットに隠された冷蔵庫の中にある、冷えたビールのロング缶96本とジョッキ13個だけ。誰が何の目的で? 匠千暁と仲間達はビールを飲みつづけ、推理に推理を重ねる。果たして真実に辿り着けるか?
(裏表紙より)
感想:
ハリイ・ケメルマンの名作「九マイルは遠すぎる」をモチーフにしたというアームチェア・ディテクティヴ・ストーリーですが、仮説を重ね、こねくり回す姿勢はデクスターにも通じるところがあるのかもしれません(あ、私はデクスターはあまり読んでない不良読者ですけど)。長編ではありますが、あらすじで紹介した「謎」がこの物語のメインであり、全てです。出てくる仮説がどれもけっこういい線の、面白い仮説だけに、最終的な推理が他の没になった仮説より抜きんでて優れているわけではありませんでした。そこがこの作品のインパクトを弱くしているという気もするのですが、それにしても、よくもまあ、こんなに短期間でこんなに複雑な仮説がいくつも登場する込み入った話を作れるものだと感心してしまいます。
タックを始め、ボアン先輩、タカチ、ウサコ、コイケさん、と、お馴染みのキャラクターが多数登場し、それぞれ個性を発揮しています。特にタカチの活躍はめざましく、彼女自身の謎が深まったのが、実は一番気になることだったりします。
西澤作品は、共通する主人公がいない、というのが『人格転移の殺人』までの流れでしたが、ここへきて『彼女が死んだ夜』、本作、と、『解体諸因』の匠千暁&辺見祐輔のシリーズが相次ぎました。結構キャラクターの性格付けにも馴染んできたことだし、西澤がこのシリーズを続けるつもりがあるのかどうか、も気になるところですね。
'96.11.7読了
『苦い雨』(樋口有介)
あらすじ:
零細業界紙の社長兼編集長・高梨は、禁煙運動にも、躰が汗臭くなること、夫婦の危機にも、無難な中年男になることにも抵抗しているタフな男。ある夜、その高梨のもとに一本の電話が舞い込んだ。かつて彼が在籍した会社のスキャンダルを握る女が、忽然と姿を消したという。
100万円の謝礼で女の行方を追ううちに会社乗っ取りの構図が姿を現し、高梨の家族にも危害が及ぶようになった。果たして、この仕事の収支は償うのか……。
(帯より)
感想:
某所で「文章の巧拙」という話題が出ているのですが、私にとって「ストーリーでもプロットでもなく、この人の文章を読むために本を読む」という意味において、「文章がうまい」というのはこの樋口有介だけでしょう。前作『林檎の木の道』では、「いくらなんでもいまさらあんなトリックもなかろうに」という感想を持ったのですが、マツブチくん(主人公の友人の絶品キャラクター)に免じて許してあげました。まあ、私にとってこの人の作品は「トリックなんぞどうでもいい」のですが(笑)。
さて、本作ではそのあたりの事件が「まとも」で、主人公もちゃんとハードボイルドな探偵してるし、複雑に絡み合った事件についても、最後までひねってあって、ミステリとしても楽しめました。ただ、最後の方の「女」の行動はちょっと理解しかねるところもありましたが。
(P.31より)
>靴は気持ちよく乾いていて、時間は朝の十時で、家のローンもそれほど残っては
>いない。いくらか機嫌は悪いらしいが、台所の椅子には初恋の女も座っている。
>この人生のどこに文句があるのかと言われても、高梨自身、とっさに答えは思い
>つかない。不満など無くても、ただ天気が悪いだけで、人間は意味もなく憂鬱に
>なることがある。
というような文章が楽しみたい方にはおすすめの作品です。
'96.11.14読了
『不夜城』(馳星周)
あらすじ:
新宿歌舞伎町の故買屋、劉健一に日本人の女から「買ってもらいたいものがある」という電話が入る。歌舞伎町の中国人社会の人間しか知らないはずの電話番号を何故女は知っているのか? 不安を感じて、台湾人の長老の元を訪ね情報を得ようとする健一。そこには肝の冷える様な話が待っていた。中国人マフィアの幹部を殺害して姿をくらませていた、元相棒の呉富春が歌舞伎町に姿を現したというのだ。復讐心に燃えている上海マフィアのボス元成貴に呼出された健一は、「3日以内に呉富春を連れてこなければ、お前は死んだも同然だ」と言い渡される。
感想:
「ハードな作品」、「心が荒んでくる」、「『不夜城』のような救いの無い物語は耐えられません。」などなど、Mさんの感想に並んでいる言葉を見ていると、とても読む気になれない話でした。読んじゃったけど(笑)。ただ、私にしてみれば、ここまで登場人物の誰にも感情移入が出来ない話だと、かえってブラウン管を通して見ているような「別世界の出来事」に思えて、辛く悲しい気持ちは湧いて来ずに、「ノンストップ・ジェットコースターアクション」を結構楽しんでしまいました。
主人公の行動には疑問があります。最後にああいう行動に出ることが出来るなら、途中でいくらでもそういう方向で行動出来ただろうに・・・その方がずっと被害が少なくて済んでいたのに。恐らくMさんもラストの部分に「耐えられないような救いの無さ」を見たのだと思うのですが、どうも、私には主人公の行動が理解できませんでした。やるならその前の場面で、でしょう。
健一も夏美も、(生きていくためには仕方がないとしても)自己の保身のためにいくらでも嘘をつき、人を騙し、陥れるようなキャラクターであり、全然感情移入出来なかったのだけれども、ラスト付近の夏美の「死ぬときは、一緒がいいな」というセリフには、不覚にも(笑)、胸が痛くなってしまいました。
『Cの福音』(楡周平)には、実はあまり感心しなかったのですが、こちらの方は、世間的評価が高いことに納得できました。
'96.11.19読了
『パラサイト・イヴ』(瀬名秀明)
あらすじ:
大学の薬学部に勤務する生化学者、永島利明は、交通事故をおこして脳死した妻の聖美の死を受け入れることが出来ず、その肝細胞を採取し、”Eve1”と名付けて培養を始める。Eve1は異常なまでの増殖を見せ、利明のミトコンドリア研究を画期的に前進させた。
聖美は腎バンクに登録していたため、腎不全患者から適合者が検索され、安斉麻理子という14歳の少女が選び出された。しかし、移植を受けた彼女は毎晩悪夢にうなされるようになった。何者かが、自分の病室を目指してやってくる。ぴたん、ぴたん、ぴたん・・・と足音を立てて。
感想:
どうも当ボードではいまいち不人気だった『パラ・イヴ』ですが、私はこれはけっこう良かったと思いました。少なくとも、「角川商法じゃね〜の?」という失礼な疑惑だけはすっかり消えました。派手に宣伝しなくても、それなりに受け入れられるだけの出来ではあったと思います。
これは1回かぎりの反則技なのかもしれませんが、句読点を無くすことによって文章に「加速」をつけるやり方は、Eve1が刻々と迫ってくる状況を見事に描写しており、大した迫力と不気味さを醸し出していたように思います。これがデビュー作であることを考えると、新人離れしたテクニックと言えるでしょう。
おそらく大部分の読者は辟易としたであろう専門用語の羅列も、幸い私の学生時代の専門分野とかなり一致しており、意味が理解できるだけでなく、ビジュアルに思い浮かべることも出来ました。ミトコンドリアの細胞内共生説というのは、学生には非常に人気のあるテーマで、レポートの「お題」としてひっぱりだこだったと記憶しています。
「BRUTUS」96/5/15号の記事によると、氏の次作のテーマは「脳」だそうです。次作は買ってしまおうかと思っている私・・・。
感想 別バージョン:
著者の瀬名英明は翻訳を待たずに原書で読むほどのクーンツファン(ホラーの方のクーンツね)だという話ですが、「BRUTUS」96/5/15号によると、本作『パラサイト・イヴ』は、執筆直前に読んだ『ハイダウェイ』の影響を受けているのだそうです。
私も氏の真似して『Mr.Murder』の原書に挑戦してみたのですが、1時間集中して読んでも6ページしか進む事ができず、現在挫折しているところです。学生時代にもうちょっとちゃんと英語を勉強しておけばよかった・・・(^_^;)
で、感想ですが、私はこれは結構良いと思いました。特に、Eve1が麻理子のところへやってくるシーンでの文章の「加速」の付け方は、秀逸でした。まあ、「文章」自体でなく、文章の「構造」で「加速」を付けるやり方というのは、1回限りの奇策という気もしないでもないですが(笑)。
第2回日本ホラー大賞は、長編部門で本作、短編部門で「玩具修理者」(小林泰三)がそれぞれ受賞するという、非常にレベルの高い回であったことが分かります。また、両作とも理科系出身者による理系ホラーである、というのも不思議な巡り合わせです。
第3回もこのレベルを維持できるのかどうか、興味のあるところです。とりあえず、注目して待ちましょう。
'96.11.28読了
『鬼』(高橋克彦)
内容:
滋丘川人、弓削是雄、賀茂忠行、安倍清明ら、「鬼」と戦い続けた陰陽師たちの活躍を描く伝奇短編集。
感想:
高橋克彦作品としては、久しぶりに満足のいく本でした。最近では、私を含め、あの大仰な文体が鼻につき始めたファンも多いようですが(笑)、歴史ものでならそれほど気にならないのが不思議です。ただ、短編5編だけ収録、段組無しで余白の多い200余ページの本に1900円も掛けられないというのも人情でしょうから、図書館で借りて下さい(笑)。
表紙は「ヨハネの黙示録」を彷彿とさせるイラストで、結構かっこいいです。
'96.12.3読了