感想文(1993年〜1995年分)


『変身』(東野圭吾)

あらすじ:
 主人公、成瀬純一は、ある日不動産屋で強盗に出くわした。少女をかばって強盗に頭を撃たれた彼は、世界でも例を見ない脳の移植手術によって奇跡的に一命を取り留める。ところが、彼の意識は徐々に移植された脳によって支配されていく・・・

 脳移植手術を受けた青年にしのびよる灰色の恐怖!
  君を愛したいのに、愛する気持ちが消えてゆく‥‥‥‥
  全編にみなぎるサスペンス!
 (腰巻より)

感想:
 東野圭吾ほど多彩な作品群を誇る作家は、あるいは他にはいないような気がする。この『変身』は、医学サスペンスとサイコホラーの融合作であるのだが、この前作、『鳥人計画』は、スポーツ界を舞台にしたハイテクサスペンスであったし、今年の初めに出た『同級生』は、デビュー作『放課後』以来の学園推理であった。『十字屋敷のピエロ』では、綾辻級の大トリックを決めてくれたし、『ある閉ざされた雪の山荘で』は、斬新な舞台設定とどんでん返しで驚かせてくれた。ノベルズでも決して手を抜かない作風は、いまどき滅多にお目にかかれない「作家の鏡」である。・・・あっと、感想でしたね。
 着想としては『今はもういないあたしへ・・・』(新井素子)にかなり似ていますが、そこはSFとサスペンスの切り口の違いで、読後の印象は正反対です。『今は・・・』はけっこう主人公を突き放したクールな終わり方ですが、こちらは主人公に対する愛情が感じられて、しんみり感動にひたれちゃいます。特に恋人の葉村恵の献身は、「ザ・フライ」のベロニカ(ジーナ・デイビス)に通ずるところがあり、徐々に変化(変身)していってしまう恋人を変わらずに愛し続ける姿勢は涙モノ。結末は「ザ・フライ」ほど悲劇的ではないものの、二人にとってはハッピーエンドとは言えず、それが心残りか?まあ、だから感動もあるんでしょうが・・・。
 絵を愛する心優しい、しかし仕事に不満があっても表に出す勇気もない男と、人間に絶望し、憎しみによってすべての感情が抹殺された、死んだ魚の目をした男との対比が、ある意味典型的であったりするけれど、後者の方が「仕事」の出来る男として描かれているのは何かの皮肉なのだろうか?

 このフォーラムでは名前を見かけない東野圭吾ですが、「読んで損させない本」を書くという意味では岡嶋二人に劣らないモノがあると思います。この人の本は「買い」ですよ。

'91.6.18読了


『スナーク狩り』(宮部みゆき)

あらすじ:
 基本的には、銃を奪って逃げた男をその友人が追いかけるという筋で、銃を奪った男、奪われた女、男を追いかける彼の友人、の三人の視点から繰り広げられるサスペンスです。しかし、奪われた銃には重大な「秘密」が・・・。

 スナークとは!?愛、裏切り、友情、報復!人間の真実を衝くサスペンス傑作!
                              (腰巻きより)

感想:
 昨年秋に、すごいミスキャストでTV化された本作品ですが、それはそれとして、カーチェイスあり、銃撃戦ありと、志水辰夫も顔負けのど迫力(本当!)。久々に我を忘れて本にのめり込んでしまいました。この奪われた銃の「秘密」に関するアイディアが秀逸で、この「秘密」のためにサスペンスが凄い盛り上がりをみせます。(ネタばらしになってしまうかもしれないので「秘密」としか書けない)
 「スナーク」とは、ルイス・キャロルの詩の中に登場する正体不明の怪物の名前で、スネイル(かたつむり)とシャーク(鮫)を合成した造語だそうです。タイトルがどうして「スナーク狩り」かという理由も最後に明らかにされます。

 あるいは、登場人物が多すぎて収集がつかない、とか、悪人の設定が安直すぎる、とか、そういう批判も出るかもしれません。で、その多すぎる登場人物一人一人を詳しく設定、説明しすぎている嫌いもあります。それでも、最終章に向かって加速していくサスペンスの迫力には脱帽!さらに、銃の「秘密」や、その他にもミステリらしいアイディアが随所にちりばめられ、本格ファンでも楽しめる一冊です。なのにどーして「このミステリーがすごい!’93」でランクが22位なのか?はっきり言って、私は『火車』より上だと思うのですが・・・。この感想を書くために1年ぶりに本を取り出してめくってみたのですが、読んでいて、また手が震えてしまいました。

'92.6.21読了


『魔法飛行』(加納朋子)

あらすじ
 『ななつのこ』同様主人公、入江駒子と瀬尾さんが、北村薫の女子大生と落語家よろしく、日常のちょっとした不思議な出来事に合理的解釈をつけていく短編集。「秋、りん・りん・りん」「クロス・ロード」「魔法飛行」「ハロー・エンデバー」の、4編から成り、これらの間に挿入されている謎の人物からの手紙が、仕掛けとして最後に意味をもってくる。

感想
 前作『ななつのこ』を読んだのは、たしか若竹七海『水上音楽堂の冒険』を読んで怒りに震えていた時期だったので、口直しの意味もあって高く評価しました。歴代の鮎川賞受賞作の中でも高く評価されている方のようです。中には北村薫との作風の類似を、オリジナリティの問題としてあげつらう評論家も居るようですが、別に「パクり」がある訳じゃなし、「日常の謎派」があっても一向にかまわないと思う。
 4編の中で、私が一番気に入ったのは、最初の「秋、りん・りん・りん」。駒子さんが大学で出会った、茜色の似合う、見る度に違った名前を持つ奇妙な女性の話で、ロジックとしても一番面白いのですが、この中に出てくるパブロフの犬のエピソードがすごく悲しい雰囲気を醸し出している。(ちなみに、解説の有栖川氏は、恋愛小説の趣の高い第3編の「魔法飛行」が一番気に入ったという。)
 ミステリとしては、うーん、ちょっと物足りないかなあ? とはいえ、読んだ人をいい気分にさせてくれる好作品ではあります。北村に似すぎという面も確かにあるとは思うが、北村がなかなか新作を出してくれない昨今、この類似はむしろ歓迎すべきかも。1,400円出しても損した気はしない。

'93.7.19読了


『朝もやの中に街が消える』(羽場博行)

あらすじ:
 設計士、安達孝彦は、自身が設計に参加した朝比奈グループASNセンターの本部ビル完成を祝うパーティーに参加した。その会場で、安達の旧友葛生忠志と、工事を請け負っている東都建設の所長、門倉が口論をしていると聞く。葛生は何故、何の関わりもないはずのASNセンターへ来て、面識もないはずの門倉と会っているのか? 何故自分に紹介を頼まなかったのか?
 翌日門倉は死体で発見され、葛生は姿を消す。事件を追う安達は、葛生が産業廃棄物の不法投棄の問題を追いかけていたことを突き止めるが・・・。

感想:
 『レプリカ』で第12回横溝賞を受賞した羽場博行の2作目です。本書と同名の作品が第3回日本推理サスペンス大賞の候補作に名を連ねていますので(この回の受賞作は高村薫『黄金を抱いて翔べ』でした)、おそらくそれを改作したものと思います。奥付によるとこの人、フリーの建築士だそうで、『レプリカ』もそうでしたが、本書も建築業界が舞台となっています。
 テーマは産業廃棄物で、かつての六価クロムの不法投棄事件やダイオキシン汚染などの現実の事件がモチーフになっていると思われます。そういえば、少し前に、残土の不法投棄を取材中にNHKの記者とカメラマンが業者に暴行を受けるという事件もありましたっけ。
 強い毒性を持つ物質は、処理して無害にするのに手間とお金がかかるのは当然ですが、その金を惜しむばっかりにバレなきゃいいやと山奥に埋めて知らん顔。これが企業のエゴ。そして、そんな土地を買わされたことが分かっても、その資産価値が下がるのを恐れて調査を拒み続け、あげくはその事実を黙って他人に転売してしまう住民のエゴ。これらのエゴのぶつかり合いが実際に、至る所で起こっているんだろうなあ、とつくづく感じさせられた。
 もし自分の家の地下に猛毒が眠っていて、知らないうちにゆっくり自分の体が侵されているとしたら・・・。そんな恐怖がしっかりと描かれています。
 また、本筋に隠れてしまいましたが、工事現場ならではの密室トリックも買えます。37回乱歩賞の真保裕一とともに、期待の社会派新人ではないでしょうか。

'93.8.17読了


『ステップファザー・ステップ』(宮部みゆき)

あらすじ
 舞台はローカルな新興住宅地、今出新町。泥棒に忍び込もうとして雷に撃たれた男が、気の違った御神酒どっくりのような双子に助けられ、両親がそれぞれ駆け落ちしてしまった彼らの父親がわり(ステップファザー)に無理矢理させられた挙げ句、いろんな事件に巻き込まれる、という連作。

感想:
 以前にある人が「つまらない」と書いていたので、全然期待してなかったら、私には面白かった。特に双子の割ゼリフが、妙にテンポ良くて気に入ってしまった。宮部みゆきという人はホントに少年を書くのがうまいし、また好きなんでしょう。宮部の文章の真骨頂は、ストーリーの進行が止まっている、導入及び結末後の部分にあって、

>風邪ってさ/早くよくなってねって/心配してもらうために/ひくものじゃない?

とか、

>たとえ朝焼けに染まり朝露に爪先を濡らしているときでも、あまり寛大な気分に
>はなれないものだ。

など、まさに「唸る宮部節!」(マルC『花ならアザミ』の帯)のオンパレード。
 メインの三人の他にも、元弁護士の情報屋「柳瀬の親父さん」とか、ニセ札づくりが趣味の置き引き「画聖」とか、また会いたいキャラクターがいっぱいいて、「俺」と灘尾先生の成り行きも気になるし、ぜひぜひ続編を書いて欲しいものです。

'93.9.15読了


『分身』(東野圭吾)

あらすじ:
氏家鞠子は、中学3年のとき、母を自殺で亡くした。母はなぜ自殺したのか? 自分は母の本当の子供ではないのか? この謎を解くため、鞠子は遺品から手がかりを得て、東京を訪ねる。
 小林双葉はアマチュアバンドの予選を勝ち抜き、TVに出ることになった。母はこれに不可解な反対をし、双葉が人前に出ると、良くないことが起きることをほのめかした。彼女は母に黙ってTVに出演し、その直後、母を轢き逃げで亡くした。自分のTV出演と母の死の関係を調べるため、彼女は母の生前最後の来客に会うべく、北海道を訪ねる。
 そして二人は、自分たちの出生に関わる秘密と、現在の陰謀に巻き込まれていく。

私にそっくりな人がもう一人いる。
  あたしにそっくりな人が、もうひとり。
札幌で育った女子大生・氏家鞠子。
  東京で育った女子大生・小林双葉。
宿命の二人を祝福するのは、誰か!?
(帯より)

感想:
 雑誌に連載されていた作品、ということで、実はそれほど期待してなかったのだけれど、ハードカバーで出すだけのことはある、読みごたえある作品でした。外見がうりふたつの二人の出生の秘密については、嫌というほど伏線が張られているので、その真相自体にはそれほど驚かされないのだけれど、終章に向かっていくサスペンスの盛り上げ方はさすが! そして、最後は泣けます。どうして私は、こういう話にこうまで弱いのだろう? 電車の中で読んでて、思わず泣きそうになったもんな。
 ちょっと気になったことをひとつ。特に前半部分で、「××よりも××いる」というような表現が頻繁に出てくるのですが(ネタバラになってしまうので伏せ字にしておきます)、でも××と××××とは、×××的には結局同じもののはずだから、この表現は本当はおかしいし、実際、×××××××ほど××こともないんじゃなかろうか? ××って××にも相当影響されるし(ああ、何を言ってるのか、全然わからん)。
 このお互いそっくりな二人に関するアイディアが、只のサスペンス用の設定に終わらず、感動のラストにつながっていくところに、東野圭吾の優しさが滲み出ているような気がする。やはり、この人ただものではない。

'93.9.22読了


『聖アウスラ修道院の惨劇』(二階堂黎人)

あらすじ:
 野尻湖畔に屹立する修道院の塔上に発生した、二つの密室殺人。咲き乱れる満開の桜の枝に、裸で逆さ吊りにされた神父の首なし死体。不可解な暗号文。ヨハネ黙示録に見立てた連続殺人。・・・・・・名探偵・二階堂蘭子が超絶推理の果てに探りあてた、地下迷宮の奥深くに埋もれた文書庫。ついに暴かれる禁断の真実とは!
(裏表紙より)

感想:
 いやあ、面白い面白い。まるで『水晶のピラミッド』(島田荘司)を読んだ時みたいで、この分厚い本をたった2日で読み終えてしまった。特に後半途中では、『水晶・・・』で「アヌビス神」が登場した時のように「おいおい、いいのか、ここまでやって。収拾つけられるのか?」と、いらない心配までしたりして。ただ、この手のストーリーで悲しいのは、最後に合理的解答を与えなければならないこと。その解答が合理的で、なおかつストーリーよりも驚愕の与えられるものならば文句なしだが、さすがにそこまでは無理だったか? 暗号文と密室トリックもちょっと「ありがち」な程度の出来でありました。
 このストーリーの醍醐味は、やはり後半で出てくる×××に関する蘭子さんの「うんちく」であると、私は思います(また伏せ字!)。実際、帯や表紙に謳ってもおかしくない、客引きには格好の題材であると思うんだけど、最初にばらすと面白味が半減すると考えたんでしょうか? だとしたら、編集部をほめてあげたいですね。
 ほかにもいろいろ言いたい感想はいくらでもあるのですが、どれを語っても「ネタバラ」になりそうで恐い。とりあえず口をつぐんでおきます。

'93.9.20読了


『409号室の患者』(綾辻行人)

あらすじ:
 交通事故で両足と記憶を失い、顔中にひどい火傷を負った「患者」の日記が、ほとんどのページを占める。自分は本当に芹沢園子なのか、それとも園子の夫の愛人、岡戸沙奈香なのか? そんな疑惑にとりつかれ、苦悩する「患者」に、ある日「人を殺した」記憶が蘇る。そして、この情報は主治医を通じて警察に届けられ、そこから女性の他殺死体が発見されるのだが・・・。

感想:
 とにかく短い。別に、だからストーリーに無理があるとか、話が駆け足すぎるとか言うのではなくて、ただ短い。やはり、これは短編集の中の一話として出すべき話でしょう。内容は、というと、綾辻らしいどんでん返しの結末なんですが、初めて綾辻を読む人には驚かれるでしょうけど、今までの単行本は全部読んでるような読者には物足りないかも。これで1,500円はやはり高いなあ。私は図書館で借りたので、皆さんもそうして下さい。ただ、あまりに薄いので、書架で見過ごさないように。私は一度見過ごしてしまいました(だって『霧越邸殺人事件』の隣に隠れてるんだもの)。
 それにしても、私はもう、この程度のトリックでは満足できないカラダになってしまった、という事実が恐い。

'93.10.17読了


『白い狂気の島』(川田弥一郎)

あらすじ:
 本土から連絡船で片道45分の幹根島は、島の観光地化の再開発の問題で揺れていた。主人公窪島典之は、この島の診療所に勤務している。台風が近づいた十月のある日、最初の症状である発熱からおよそ一週間で悪化して死に至る奇病が続けて発生した。患者はいずれも島で犬に噛まれており、破傷風の症状ではないことから、窪島は狂犬病の疑いを持つが、日本ではこの37年間、狂犬病は一件も発生しておらず、常識では考えられない病気であった。

感想:
 『白く長い廊下』で第38回乱歩賞を受賞した川田弥一郎の受賞後第一作。全作同様、窪島医師と山岸ちずるの二人が探偵役の医学ミステリです。
 着想は恐らく、日本ではもう過去のものになった「狂犬病」の恐ろしさ(発病したら治療法は無く、ほぼ100%死ぬんだそうです)、狂犬病予防壁の意外なほどのもろさ(犬以外は輸入の際の防疫の義務が無く、猫ならフリーパスで入れる)、といったところからではないかと思われます。この点については緻密な知識と取材、文献に当たっているらしく、分かりやすく、また考えさせられる作品です。
 しかし、題材から言えば、「狂犬病」はちょっと知られすぎていて、『13は殺人の数』(由良三郎)のBウイルスとか、『10万分の1ミリの殺人』(深谷忠記)のエボラ出血熱のような病気に比べたら、好奇心を刺激される度合いも少なかった。
 そして、何にも増して探偵役の二人の「素人さ」加減は最悪で、二人が精力的に動き回る後半はちょっと読むに耐えない。前半、窪島医師一人の時は、ワクチンを使用しなかったことに対する自責の苦悩や葛藤、さらに島民と保健所の間に立たされる人間関係のアヤ、といった読みごたえある場面も多いのに、ちづるの登場が物語をすべてだいなしにしてしまった感じ。こういうストーリーなら、なにも前回の続編にする必要はないのだから、新たに主人公を生み出しても良かったのでは?
 これは由良三郎小野博通(横溝賞優秀作)にも言えることですが、せっかくの医学知識が単独で走りすぎて、ストーリーの肉付けがお座なりになったり、トリックの意味付けがいい加減になっているような気がしました。まあ、この人は商売柄(現役の外科医!)アイディアは豊富にありそうなので、今後に期待ということにしましょうか。

'93.10.18読了


『The Servants of Twilight』(Dean R. Koontz)

あらすじ:
 南カリフォルニアのよくあるショッピング街の駐車場でのこと。Christine Scavello とその6歳の息子、Joey は、奇妙な老婆に会い、「お前が誰だか知っている、お前が何だか知っているぞ」と脅かされる。それ以来、Christine と Joeyは狂気の宗教団体に付けねらわれることになった。彼らは Joey を反キリストと思い込んでいるのだ。ボディーガードとして雇われた Klemet-Harrison 探偵事務所のCharlie Harrison は二人を連れ、死にものぐるいの逃避行を続けるが、Joey を殺そうとする彼らは、どこへ逃げても、どこに隠れても、必ず現れ、襲いかかって来るのだった・・・

感想:
 ああ、疲れた。400ページもある英語の本を、全部読み通したのは初めてです。全編ひたすら「鬼ごっこ」が続くだけの話、といえばその通りかもしれないけど、そこはさすが「作家というより、サービス業の人」といわれるクーンツ、息もつかせぬ展開で読者を引っ張り、最後まで飽きさせません。この作品、確か日本では『邪教集団トワイライトの追撃』とかB級なタイトルを付けられ、あまり評価もされていなかったように記憶してますが、どうしてどうして、『ストレンジャーズ』『ウィスパーズ』より筋が単純な分、面白いのでは、と思います。この話の恐さというのは、実にありそうな話、というか、それが誰であろうとなすすべもなく巻き込まれてしまう蓋然性、にあって、たまたまそのときその場所に居合わせてしまったばっかりに、罪のない一般庶民が無茶苦茶な目にあってしまうところです。理屈の通じない相手ほど恐ろしい者はなく、ましてやそれが武装集団だったりしたら・・・。「カルト」と呼ばれる狂信的新興宗教(他に、crackpot とか fruit cake という風にも呼ばれている)に目を付けたのは、クーンツの慧眼といえましょう。
 どうして奴等はどこへ逃げても、すぐさま彼らを見つけ出せるのか? 発信器だ、いや探偵事務所にスパイがいる、やっぱり神が導いてるのか? と、この謎も最後まで読者を引っ張ります。作者がクーンツだけに、どんなとんでもない解答もあり得るわけで、そういう意味ではこの解答には、私は「やられた」と思ったけど、人によって怒るかもしれない。
 そういうわけで、日本語の本を読む10倍も時間がかかる英語の本でしたが、辞書を引き引き楽しんで読めました。次はクーンツ94年の新作“Winter Moon”に挑戦しています。

'94.3.27読了


『むかし僕が死んだ家』(東野圭吾)

あらすじ:
 倉橋沙也加は、小学校に上がる以前の記憶がまったく無かった。それ以前のことについては写真はおろか、たった一つの思い出すら残っていない。そして父の形見の品である鍵と地図だけが、その過去を取り戻すための唯一の手がかりだった。かつての恋人と共に、地図の家を尋ねた彼女は、そこに残された少年の日記を手がかりに、失われた過去の記憶を取り戻そうとする。

感想:
 なんというか、ロールプレイングゲームのような構成のお話。まず最初の手がかりとして地図と鍵があって、それを使ってある家を見つけて中に入ると、そこで日記や手紙や金庫を発見して、それでストーリーが進む。金庫のナンバーはさらに謎を解かないとわからない。で、とうとう金庫を開けると、最後の材料が出てきて、それを元にして全ての謎がとける、というのがおおまかな展開です。
 とはいえ、日記の描写や、手紙の宛先、家にある家具や品々といった状況に隠されている矛盾や謎を掘り出しては解いていく手順、再構成された事件の裏に隠された意外な事実、など、久々に謎解き主体のミステリを読んだという満足感を与えてくれるものでした。評価は◎です。
 「幼い頃の記憶のない人」というと、最近の東野圭吾の傾向から、「人造人間もの」という予想もしたのですが、違いました。実にまっとうな謎解きものです。謎解きがお好きな方には是非ともお勧めの一作です。

'94.10.11読了


『秋好事件』(島田荘司)

内容:
 上告中の死刑囚・秋好英明の半生記と事件の裁判記録からなる長編力作。
 鬼才・島田荘司の書下ろしノンフィクション・ノベル!
 秋好事件とは−−。昭和五十一年六月十四日福岡県飯塚市で起こった一家四人殺害事件。秋好英明(当時三十四歳)が犯人として逮捕され、一審、二審とも死刑の判決が出ている。(帯より)

感想:
 内容があまりに重いので、楽しんで読むわけには行きませんが、それを差し引いても読んでて疲れました。全700ページのほぼ半分が事件に至るまでの秋好氏の半生、残りの半分が公判の記録なんですが、前半はストーリーに起伏がなくて、ひたすら人の日常をたどるだけ、後半は読みにくい裁判の記録でした。結果として、著者のやりたいこと(死刑制度という、国家による殺人に対する批判)はよくわかるものの、少々長すぎるのが難点でしょう。後半の公判部分は、(資料としての価値を持たせるためか、予断を排除する目的か)裁判の記録をそのまま転載したような形をとっているため、裁判の展開が実にわかりづらくなっています。また、読者としては一番読みたい著者の意見は、最後に開陳されはするものの、それまでのストーリーに比べてあまりにページ数が少ない。
 死刑制度についての私の意見は、刑が執行された後に間違いが明らかになってもそれを訂正し、償うことが出来ない、殺人が合法的に国家の手によって行われる、という2点から否定的立場を取りたいと思います。死刑制度存続論者の拠り所は、凶悪犯罪の抑止力としての、見せしめとしての効果だと思うんですが、『天に昇った男』のあとがきによると、先進国で死刑を存置している国は日本とアメリカの二国だけであり、しかもアメリカの凶悪犯罪者の対人口比率は日本の10倍だそうです。この数は死刑を廃止している他の国と比較しても少ないはずはなく(と、いうよりは群を抜いて多いんだろうな)、実際問題として抑止力があるとは言いがたい状況でしょう。


『解体諸因』(西澤保彦)

あらすじ:
 エレベーターが8階から1階に降りる16秒間に解体されたOL。341個に(「34個」の誤植?)解体された主婦。両手両足に手錠をかけられ解体された母親。首だけ順繰りにすげ替えられた7連続殺人。−−すべて不可解不可能な9つのバラバラ事件はいかにして起きたのか? “名探偵”匠千暁の破天荒推理の冴えは? 奇想極まる新人登場!(本書裏表紙より)
 解体迅速、解体信条、解体昇降、解体譲渡、解体守護、解体出途、解体肖像、解体照応 推理劇『スライド殺人事件』、解体順路、の9編の短編からなる。

感想:
 著者は『聨殺』が第一回鮎川賞で最終候補に残ったという方。「9編のバラバラ事件」と謳っていますが、ぬいぐるみが切断されただけの話や、ポスターの肖像が切り取られただけの話も含まれています。どの作品も動機の甘さが非常に気になるところですが、バラバラ死体にこだわる姿勢はかなりのもの。何故死体を切るのかという理由付けがいづれも素晴らしい。特にエレベーターの昇降の間にバラバラになったOLの事件、「解体昇降」と切られた首が順繰りにすげ替えられている「解体照応」事件における、死体を切る理由が凄い。また、前出8編を全部関連づけようと試みた最後の作品「解体順路」は、展開もトリックも相当無理があるものの、二つの死体の首をすげ替える理由についてはアイディア賞を上げる。でも基本的にはどの話も、探偵が事件を「解決」するのではなく、面白い(そして一応筋の通った)仮説を披露することで話が終わる、というのはちょっと・・・。
「人間描写」や「事件の背後の人間関係」といったことにこだわる方は決して読んじゃいけない、リアリティや道徳観念とは無縁の、バラバラ死体で遊ぶ本だと言えるでしょう。はっきり言って、私はこの作者の作風が非常に気に入りました。次回作が楽しみです。

'95.3.17読了


『日曜の夜は出たくない』(倉知淳)

あらすじ:
 空中散歩者の最期、約束、海に棲む河童、一三六人の目撃者、寄生虫館の殺人、生首幽霊、日曜の夜は出たくない、誰にも解析できないであろうメッセージ、蛇足−あるいは真夜中の電話、の8編からなる短編連作集。「五十円玉二十枚の謎」でも活躍した猫丸先輩が活躍する。いわゆる「短編集かと思っていたら全部つながりがあったのね」作品。

感想:
 「ユーモアと暖かみと論理」が重要だという作者にしては、理論がやや脆弱だったような気がする。例えば「空中散歩者の最期」ではカラスの死骸が落ちていたのを偶然の一言でかたづけてしまっているし、「日曜の夜は出たくない」では、恋人が「日曜の切り裂き魔」ではないかと心配する女性にたいして「彼が犯人でない具体的証拠」を何一つ提出できないでいる。そういって考えてみると、実はこの人、デビューの「五十円玉二十枚の謎」も全然解いてなかったんだよね。うーん、評価はいまいち、次回に期待、といったところでしょうか。私の場合、探偵役の猫丸先輩というキャラクターがあまり好きになれないことが、評価を低くしている原因かもしれないけど。

'95.4.20読了


『緋の廷』(小杉健治)

あらすじ:
 季節のない川、すみだ川、罪の川、偽りの川、真実の川、の5編からなる短編集。工学部出身でかつてコンピューターのSEをしていた人権派弁護士、水木邦夫と、彼を好敵手として尊敬し、かつ対抗意識を燃やす検事、桐生賢太郎が登場する法廷ミステリー短編集。

感想:
 水木弁護士の基本姿勢は、「被告人を人間的に救うことが弁護士の努めであり、もし被告が真犯人ならば自主を勧め、罪を償わせるべき」ということだそうです。つまり、例えば精神鑑定まで持ち出して、やみくもに情状酌量や減刑を追求するような弁護、は被告のためにはむしろマイナスであるという考え方です。彼が登場しない「季節のない川」を除く4編は、いづれも彼のこの姿勢がテーマとなっています。特に「偽りの川」で、強姦殺人の被告に人間らしい心を取り戻させる段は感動モノ。犯人がちょっと極端に人が変わりすぎ、とも思うけど、小杉健治らしい優しさ(甘さ?)の現れと思います。水木弁護士はこの他にも、『検察者』をはじめ、多数の作品に主人公弁護士として登場していますが、どうも印象が薄い。と、いうのも小杉健治の描く弁護士がみんな同じ方針を持っているからで、そういう意味で区別がつきにくいせいでしょうか。

'95.4.20読了


『湖列車連殺行』(阿井渉介)

あらすじ:
 上野駅に着いた電車の中から、火だるまの男が転がり出た。鳥取へ行くといって家を出たのに、なぜ上野着? そして鳥取の白兎海岸で毒死した別の男の名が自称田原で実は原。タヌキである。まるでカチカチ山の物語を思わせる連続事件!?
 上野署の牛深・松島コンビが容疑者の鉄壁アリバイに挑む、奇想本格長編。(裏表紙より)

感想:
 これは私感にすぎないのですが、面白いトリックが先にあって、それに状況を合わせて作品を書くやり方に比べ、先に面白い状況設定があって、それに合わせてトリックを付けていくやり方は傑作が出にくいのではないかと思います。例えば、電車から降りてきた人間が突然発火してしまったり、カチカチ山の見立て殺人、といった状況設定は大変魅力的なのですが、それに比べて実際の謎解きがちょっと魅力に乏しい。あまりに機械的だし、犯人のリスクに比べて成功率もあまり高くないように思える(現に被害者は、その時点では一命を取り留めた)。これは、状況に合うようにトリックを後から考えたせいだと思います。それから、弁護士の所に現れた幽霊については、あの結論はひどい、というか、期待を裏切るにもほどがある、という感じでした。あんな結果にするくらいなら出さない方が良かった。

 どうも酷評してしまったようですが、それは、これを期にノベルズを見直そうかという気があったせいでした。でも、読み終わってみて、やはりこれはノベルズ以上の作品ではないな、という感じでした。(とはいえ時々「鮫」「魍魎」みたいなのが出るから、ノベルズも油断できないけど・・・)

 それから光る幽霊について、光らせなければならない理由をある人が疑問視していましたが、これが光らなかったら目撃者が幽霊だと思ってくれない恐れがあるから、という解釈ではまずいでしょうか?

'95.5.5読了


『肖像画(ポートレイト)』(依井貴裕)

あらすじ:
 美貌のミステリ作家の山荘で、芸術家揃いの姉妹を次々と襲う戦慄の連続殺人!
 殺人の前には3姉妹と同じ名を持つ猫が同じ方法で殺され、殺人現場は被害者の名前を暗示する見立てが施されていた。これは16年前に事故で死んだはずの4女、史織の復讐なのか? そして次々と届く「贈り物」の意味は?
 『記念樹』『歳時記』でもお馴染みの名探偵、多根井理が到達した驚くべき真相とは?!
(最初の一行は帯より。後はアオリ文句風に私が勝手に作りました)

感想:
 一言で言うと、「ああ、もったいない」、詳しく言うと、「もう少し工夫すれば傑作になった作品なのに・・・」、というのが読後の感想です。
 この作品の良い部分は、見立て殺人の意味付けと「贈り物」の意味付け、それからトリック自体もなかなかの出来のように思います。一方いまいちなのは論理の部分で、伏線の張り方があまりに細かく、事実上ではフェアでも、心証は限りなくアンフェアに見えてしまう。「カゴを動かす時にチャラチャラ音がした」とか「サイドテーブルが倒れたとき、ぱさっと音がした」とか、伏線であることを隠そうとするあまり、その記述自体を読み飛ばしてしまうような、印象に残らない書き方をしている。ここは、もうちょっと何とかならなかったのだろうか? 読者の誰もにその事実を認識させ、なおかつ探偵だけがその事実を、誰も思いつかなかったように解釈して見せる、というのがEQ作品の本来の魅力だったのではないのでしょうか?(例えば『エジプト十字架の謎』のヨードチンキのように、ね)
 作中に暗号で「おのけいこにささぐ」という一文が隠されているんですが、本編にも小野慧子なる人物が登場します。筆者とどういう関係にあるのかが気になるところです。

'95.5.8読了


『いまひとたびの』(志水 辰夫)

 「このミス’95」の覆面座談会で「いまひとつの」と揶揄されていましたが、ちょっと納得してしまいました。退屈で読み続けるのが辛い本というのは久しぶりです。もっと人生経験を積んでから読むべき本でした。

'95.5.23読了


『異常快楽殺人』(平山 夢明)

 『IT』の道化師や、『羊たちの沈黙』のレクター教授のモデルとなったという、実在の大量殺人者について書かれたドキュメンタリー。事実は小説より奇なり、ということわざを地でいくような、トンでもない殺人者の列伝に、読みながら気分が悪くなってしまいました。本当に、『殺戮に至る病』『嘘、そして沈黙』の犯人なんぞ及びもつかない人たちが、この世の中に実在しているとは・・・。

'95.6.4読了


『完全無欠の名探偵』(西澤 保彦)

 すごく面白かった。みんな知らないだろうと思って、紹介しようとしたら、Sさんがもう感想をUPしていた・・・。シリーズもののミステリが必ず陥るジレンマ、「主人公は何故、いつもいつも都合よく事件に遭遇するのか」を見事に逆手に取ったアイディアが秀逸(でも、今ならSF的発想をしなくても、「京極夏彦のパロディ」で通ると思う)。主人公(達)が、それぞれになかなか魅力的なので、シリーズ化してほしいところですが、あの終わり方ではそれは無理か?

'95.6.6.8読了


『三度目の正直 玉子魔人』(高橋 克彦)

 『竜の柩』の九鬼虹人たちは、現在、大正年間にいるそうです。ということは、続編が書かれつつあるということでしょう。単行本化を楽しみに待ちましょう。

'95.6.5読了


『あの頃ぼくらはアホでした』(東野 圭吾)

 おお、東野氏もウルトラフリークであったか! 私もジャミラに涙したクチです。
 最後の最後に書いてある、「職場を逃げ出すハメになった馬鹿なこと」が何なのか、非常に気になるところですが、まだ連載続いてるのでしょうか?

'95.6.10読了


『海のある奈良に死す』(有栖川 有栖)

 これを読んだ直後に、TBSのアレが発覚しました。『解体諸因』を読むと、バラバラ事件が起き、『サリンが来た街』を読んだら地下鉄サリンが起きたという、嫌なパターンがまだ、続いています。
 Iさんのおっしゃっていた通り、私も、若狭以外の「海のある奈良」の解答には、納得がいかなかった。それ以外のトリックも目新しさがないし、わざわざハードカバーにして新書より高い値段をつけるだけの価値があったかどうか・・・

'95.6.7読了


『富士山の身代金』(藤山健二)

あらすじ:
 自衛隊の運搬トラックが襲われ、10トンの高性能爆薬が盗まれた。殺された自衛隊員のポケットに入っていた、ナツメの実のペンダントの出所を探るよう命じられた元自衛隊員、堂垣は、富士吉田へ赴く。その頃、富士山測候所はテロリスト、片桐に占拠されていた。片桐は奪った爆薬を富士に仕掛け、政府がその身代金として5億ドルを支払わないと、富士を噴火させるというのだ。

感想:
 「島田荘司氏がその奇想を絶賛」という帯を見て、購入を思いとどまった方も多いのではないでしょうか?(^_^;) 私は図書館で借りました。予想に反して、この話は本格推理ではなく、政治サスペンスと伝奇ミステリの融合作で、結構面白く読めました。今野敏『蓬莱』でもキーとなった「徐福伝説」が重要な鍵となっており、さらに、第二次大戦終戦間際の「富号作戦」、富士五湖地下トンネル説など、虚実取り混ぜたストーリー構成力はなかなかのものだと思います。捜査に当たる元自衛官、堂垣の人物像やポストの設定もうまいと思いました。
 細かい難点を挙げるとすると、何故一介のテロリストふぜいが「富士文書」や「富号作戦」といった基礎知識をもっていたのかが、はっきり示されていない部分や、身代金受け渡しの場所に張り込んでいる警察たちが、あまりに簡単に金を取られてしまう部分が、「?」です。
 この本には作者紹介が全然載っていないので、この著者がどういう経歴をもつ、どういう人物だか分からないのですが、結構期待していい新人だと思います。

 それにしても、この本には巻末や帯に、「解説」や「推薦文」の類が一切載っていないのですが、島田センセイはこの本をいったい何処で「絶賛」したのでしょうか? 謎です。

'95.6.13読了

※日本推理サスペンス大賞の候補作であったことが後に判明しました。


『化身 アヴァターラ』(愛川 晶)

あらすじ:
 女子大生、人見操は、ある日郵送されてきた2枚の写真を見て、ショックのあまり気を失ってしまう。一枚には保育園とおぼしき建物、もう一枚にはインドの神話に登場する王子、クリシュナの絵が写っていた。いったいどうして自分はこの写真に恐怖を覚えたのか。クラブの先輩、坂崎の協力を得て写真にある建物を探し当てた操は、そこでかつて起こった嬰児誘拐事件を知る。自分ははたしてそのとき誘拐された子供だったのか? いままで育ててくれた父は、実はその誘拐犯だったのか?そして操は自分の出生証明書が偽造であったことをつきとめ、絶望するが、しかし坂崎は「君の両親は世界中で最高にすばらしいご両親だ」と言う・・・

感想:
 第5回鮎川賞受賞作です。嬰児を誘拐し、それを自分の子供として戸籍に登録することが可能かどうか、がこの作品の焦点であり、ミソです。基本的には母子手帳や産婦人科医の出生証明書を不正に手に入れる(あるいは偽造する)ことは技術的には可能なので、あとは周囲の目さえごまかせば、そういうことは可能なようです。もちろん、本書ではさらに「もう一ひねり」を効かせていますが。
 褒められないところは解決編の書き方。犯人の自白調書を読ませる形式というのは、説明する側は楽なのでしょうが、読む方には単調で苦痛です。ミステリの面白さはトリック自体にあるのではなく、トリックが解明される瞬間、すなわち謎解きにある、と思っているのは私だけではないはずなので、ここをもう少し工夫して欲しかった。
 とはいえ、総合評価ではかなり高い点をあげられる秀作ではあったと思います。保育園の密室はともかく、最後のひとひねりが実に巧みなので、それに付随する、本来不自然なはずの辻褄合わせが、全く気になりませんでした。それから、最初と最後に登場する友人の秋子さんのボケもいい味出てます。

'95.6.25読了


『崩壊曲線』(羽場博行)

あらすじ:
 東京湾の葛西沖に建設されている人工島「ピアタウン」、そしてそのほぼ中央にそびえ立つポートタワービルの工事を請け負った亜紀建設の現場技術者が、主人公、小野寺宏である。
 施工主の会長、社長、そしてピアタウンの設計者天童が工事現場を視察中に、爆薬を使ったテロが起きた。さらに、風や地震の揺れを相殺する制御装置が何者かによって細工され、ポートタワーが大揺れを起こす。ピアタウンの建設を快く思わない何者かが、破壊工作を弄している。一連の事件を調査していた小野寺は、ピアタウンの根幹を支えるAKSアンカーに犯人グループが細工を加えるのではないかと考えたが、問題のアンカーはピアタウンの地下100Mに、8千本も埋まっていて、傷を付けることさえ難しいこれらのアンカーを、千本単位で破壊しなければ、ピアタウンの根幹は揺るがないはずなのだが・・・。

感想:
 うん、面白かった。建設現場というのは、最新の設備や精密な技術と、昔気質の親方連中の職人芸が同時に存在する、非常にアンバランスな空間で、建築家というのは土建屋と芸術家の間の中途半端な存在です。この作品ではその両極端をうまく見せている、というか、おおざっぱな一面で、犯人の侵入を許し、精密な一面を犯人に利用され、と、その両極端が犯人の計画の焦点になっています。そしてラストの犯人と小野寺の、お互いの建築知識を駆使した応酬は大迫力で、是非映像で見てみたいものです(著者はフリーの建築士とのこと、さすがだ)。
 難を挙げるとすると、犯人が画策したピアタウンが崩壊する仕組みと、小野寺が行ったピアタウンを崩壊から救う方法のメカニズムがちょっとわかりにくいところ。これを、図解か何かで示してくれるともっと簡単に理解出来たと思います。ただ、そういうことをすると、作品中一番迫力のあるシーンの流れを阻害するはめになったかもしれないので、難しいのですが。

 もっと以前に読んでいたら、「こんな話はただのフィクション」をたかをくくっていたところでしょうが、実際にデパート崩壊という事件が韓国で起こってしまいましたから、結構「現実味」を持ちながら読めました。

'95.7.2読了


『ホワイト・アウト』(真保裕一)

あらすじ:
 日本最大の貯水量を誇るダムが乗っ取られた。人質は発電所職員と下流域の市町村!残された時間は24時間。同僚と亡き友の婚約者を救うべく、ダムに向かう主人公・富樫のもう一つの、そして最大の敵は、絶え間なく降りしきる雪、雪、雪....。
 吹雪に閉ざされ、堅牢な要塞と化したダムと厳冬期の雪山に展開するハードアクション・サスペンス!

感想:
 筋書きが妙に『富士山の身代金』(藤山健二)に似てる。犯人のテロリストグループ、人里離れた土地柄、人質が職員と不特定多数の一般市民であること、などなど。ただ内容はかなり異なっており、前者が純粋なサスペンスなのに対し、本書はむしろ冒険小説、しかもどんでん返し多数あり、といったところ。

 真保裕一の作品はどれもそうなのですが、サスペンス系ストーリーにもかかわらずどんでん返しをちゃんと用意している。それはすばらしい姿勢なのですが、『震源』では、そのせいで後半がバタバタした感じになってしまいました。今回のひねりは、そういった慌ただしさは感じさせないものの、なぜ、犯人側がそういう行動に出たのか、少々分かりにくい気がしました。

 主人公の富樫がちょっとスーパーマンすぎる、ただのダム管理職員のくせに、といった批判が、もしかしたらあるかもしれませんが、男は理由さえあれば、いつでもスーパーマンになれるんです! で、その「理由」が死んだ友人の吉岡であり、その婚約者を救うために自分が吉岡に選ばれた、という展開がいい。

>待っていろ、吉岡。今すぐ、救助を呼んで戻る。

 この一節にはしびれてしまった。富樫さん、かっこいい。ううっ(泣)

'95.9.27読了


『スニーカーズ』(デューイ・グラム)

あらすじ:
 ハイテク集団”スニーカーズ”の仕事は、依頼人のビルに侵入し、警備システムの盲点を指摘すること。あらゆるハイテク機器を使いこなすプロフェッショナルたちだ。そんな彼らに、超高性能の暗号解読機「ブラック・ボックス」を盗み出すようにNSA(合衆国国家安全保障局)からの依頼が持ち込まれる。だが争奪計画を立てるスニーカーズの前に、世界征服をもくろむ一人の男が立ちはだかった!(裏表紙より抜粋)

感想:
 図書館で、クーンツの本がないかと思って眺めていた「ク」の棚で、たまたま目に付いて、借りてきました。「ハイテクサスペンス」のハイテクの部分は非常に面白かった。もしかしたらご都合主義のところもあるのかもしれませんが、ハッキング、盗聴、逆探知、侵入警報機の破り方、と、盛りだくさん。で、サスペンスの方はというと、実に、何というか、いかにも映画のノベライゼーションらしい作品とでも言えばいいのでしょうか。どうしても小説を読んでいる気がしないで、映画を見ているような気になってしまいました。

 NSA(合衆国国家安全保障局)という組織は初めて聞きました。アメリカ合衆国の政府の通信を保護したり、外国の暗号を解読する仕事をしている組織なんだそうですが、なんか危険そうな組織ですね。

 空前のコンピュータブームで、インターネットの記事が新聞に載らない日はない、という今日この頃ですが(PC−VANからも、インターネットにゲイトウェイで接続出来るようになったとか)、便利さの陰にある情報化社会の危うさについて、もうちょっと考えてみようか、と思ったりしてしまいました。

'95.10.6読了


『天空の蜂』(東野圭吾)

あらすじ:
 「爆発物を積載した超大型ヘリを高速増殖炉に墜落させる。それを防ぎたければ日本中の原発を即刻使用不能にせよ」−−。『天空の蜂』と名乗る犯人が仕組んだ恐るべき犯行。超大型ヘリはすでに原子炉上空千数百メートルでホバリングを始めていた。犯人にも誤算があった。コンピュータによって遠隔操作されるヘリ内部には、子供が閉じこめられていたのだ。原発が、子供が、日本が危ない!!(帯より)

感想:
 テロリストが、不特定多数に被害をもたらす「あるもの」を質に取って、日本国を脅迫する、という『ホワイトアウト』みたいな話なんだろうなあ、比較されたら不利だよなあ、などと、東野ファンの私は読む前にこう思っていました。で、読み始めると、原発の賛否を訴える話なのかなあ、彼は反対派なのか、推進派なのか、どっちなんだろうか、などと思っていました。
 ところが、最後まで読んでみると、これらの予測は全然はずれてました。犯人の動機(=東野圭吾の言いたかったこと)は、原発の推進か反対か、とか、そういう問題ですらありませんでした。こういう問題提起をされると、読者としては非常につらい、というか、考えさせられる、というか、他人事ではすまされないものを感じます。重いです。

 もちろん、元祖理系作家の彼の作品ですから、原発のしくみや運転機構、安全機構を始め、ハイテクヘリの遠隔操作やコンピュータを使ったオートマチックな制御など、専門知識の詳しいこと詳しいこと。それは、『99%の誘拐』(岡嶋二人)をほうふつとさせました。

 『パラレルワールド・ラブストーリー』がこのミス24位、とはいえ大森望氏から「秀作」とお墨付きをもらうなど、確実に東野圭吾の評価は上がってきているようです。来年こそベスト10入りを!

'95.12.1読了


『息子ジェフリー・ダーマーとの日々』(ライオネル・ダーマー /小林 宏明 訳)

内容:
 推定17人を殺害、死体を切り刻んで食し、あるいは冷凍庫に保存していた、ミルウォーキーの食人鬼ことジェフリー・ダーマー。その父親が、彼の生い立ちと、彼と過ごした日々を回想し、何が彼をそうさせたのか、自責の念に苛まれながら綴った自伝。

感想:
 ジェフリー・ダーマーという連続殺人犯を、皆さんはご存じでしょうか?『FBI心理分析官』や、「週刊マーダーケースブック」にも取り上げられていますので、ご存じの方も多いと思います。連続殺人犯となってしまう人々は、たいてい幼児期に虐待を受けていたり、親に捨てられたりしている場合が多いのだそうです。そういう先入観があったせいで、このジェフリー・ダーマーの親も、きっとそういう「親になる資格のない」人だったに違いないと思っていました、この本を知るまでは。しかし、本書の著者、ライオネル・ダーマーは、大学で分析化学を研究する学者で、離婚歴はあるものの、実にまともな中流家庭を築いていた、ごく普通の人物です。

> おたくの息子さんが亡くなりました、ともし警察から通報を受けていたら、息
>子にたいする私の考え方もちがったものになっていただろう。
>                (中略)
> けれども、私はほかの父親や母親が聞かされたこと −殺人者の毒牙にかかっ
>て息子さんが殺されました− と告げられたのではなかった。そのかわり、私は
>自分の息子がよその息子たちを殺害したと告げられたのだった。

 世の父親たちにとって、これ以上つらい事実があるのだろうか? そしてそれから、著者は人生から匿名性が突然ねじり取られ、公的な存在になってしまった。それでも息子を愛する著者は、息子が殺人鬼になってしまったという事実を前に、自分の教育法の誤り、目配りの不足、家庭崩壊、あるいは遺伝的要因など、あらゆる可能性を思い浮かべ、自分を責め、そしてこう書いている。

>「あなたは息子さんを許しますか?」
>ああ、許すとも。
>しかし、息子は私を許してくれるだろうか?

 家庭を持つ、とか、子供を育てる、ということは、かくも難しいものなのでしょうか? 私はまだ独身なのですが、こういう本を読むと、「独身」の前に「幸いにして」という枕言葉を付けたくなってしまいます。あるいは、著者も読者に対するその危険性に気付いたのか、世の父親と父親予備軍に対し、最後にこう呼びかけています。

>父親であるということは、永遠に大きな謎であり、(中略) これから父親にな
>ろうとしている人たちにもつぎのように言うしかない。「気をつけて、しっかり
>頑張ってほしい」と。

 犯罪において、被害者に家族がいるように、加害者にも家族がおり、被害者の家族がやはり被害者であるように、加害者の家族もまた、被害者であるのだなあ、と感じた一冊でした。

'95.12.14読了


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