感想文(2000年)


『プレーグ・コートの殺人』(カーター・ディクスン)

あらすじ:

 プレーグコート――黒死病流行の時代に端を発する奇怪な呪詛に満ちたこの邸は、今や降霊術が行われる幽霊屋敷として知られていた。そしてその降霊術の夜、石室に籠もった降霊術師は血の海に横たわり、無惨な姿で発見された。完全な密室だった石室の周囲は、当夜の雨のため泥の海と化し、足跡さえも残っていなかった。しかも死体の傍らには凶器と思われる短剣が……。
(裏表紙より抜粋)

感想:

 いわく付きの古い屋敷、降霊会、密室殺人、と、カーを読んでいない私でも、「これぞカー」と思ってしまうほど、怪しげな道具立てが揃っています。そういう意味ではいい選択だったかと。

 名探偵の造形については、当時としてはこういう人物はすごく斬新だったんじゃないかと思えます。ものぐさでだらしなくて太鼓腹なのはともかく、ワイ談の名人ってどんな名探偵なんだよ(笑)。

 さて、密室トリックについては、推理クイズなどでもよく紹介されており、非常に有名ですね。ただ、そんなに有名なトリックなので、さぞかしもったいつけて衝撃的に解明されるかと思いきや、H.M.卿はあっさりさらっと2、3行で片づけちゃってくれます。推理クイズなどでは、どうしてそのようなトリックを使う必要性があるのかまでは解説してくれませんが、本書では当然のことながら、ちゃんと目的があってトリックを使用しております。この辺は非常に好感の持てるところですね。

 H.M卿の登場する作品というと、最近『九人と死で十人だ』が国書刊行会から新訳で出版されたそうですが、ちょっと読んでみようかとも思っています。

99.12.24読了


『屍島』(霞流一)

あらすじ:

 不可思議現象が、奇蹟かトリックかを鑑定する、奇蹟鑑定人、魚間岳士のもとへ、瀬戸内海の鹿羽島というところから依頼が来た。島にある山の中で、木から鹿の首が生えていたのだという。早速、フリーの鑑定人、天倉真喜郎をひきつれて、鹿羽島へ向かったのだが……。
(裏表紙より)

感想:

 というわけで、ケイブンシャから出るという『スチームタイガーの死走』はどうなってるんだろうか? という疑問はさておき、『赤き死の炎馬』に続く奇跡鑑定人シリーズ第二弾です。

 こういう奇怪な事件に次から次から巻き込まれる探偵役の設定として、由緒ある神社仏閣のネットワークにより組織された奇蹟鑑定機関の調査員、というのはうまく作ったと思います。ですが、今回の不思議現象である「木から鹿の首が生えていた」っていう現象は、結局後に起こる殺人事件とは何の関係もなく起きたことだったので、はっきり言ってしまえばブーイングものです。んで、怪奇現象を起こすだけ起こして、最後に探偵役がひたすら事務的に解説をする、っていうパターンも、だんだん飽きが来ているので、これはちょっと評価が低くなってしまいます。
 そもそも霞流一という人の長所は、バカ話のわりにロジックがちゃんとしているところだったのに、今回はロジックなしにただの説明に終始しているので、がかりしてしまいました。

 最近2,3作の傾向や、本作のさわらの刺身の妙に詳しい描写なんか見てると、もしかしてこの人はバカミスじゃなくてグルメミステリを書きたいんじゃなかろうか、とも思ってしまいます。それはそれでいいけど、ちゃんと「推理」する小説も書いて欲しいなあ。

2000.1.19読了


『Q.E.D 百人一首の呪』(高田崇史)

第9回メフィスト賞受賞作

あらすじ:

 希代の天才・藤原定家が残した百人一首。その一枚を握りしめて、会社社長は惨殺された。残された札はダイイング・メッセージなのか? 関係者のアリバイは証明され、事件は不可能犯罪の様相を呈す。だが、百人一首に封印された華麗なる謎が解けたとき、事件は、戦慄の真相を地上に現す!
(裏表紙より)

感想:

 図書館の都合で『六歌仙の暗号』の方を先に読んでしまいましたが、こっちが高田崇史のデビュー作です。で、私もメフィスト賞を全部読んでいる訳ではないのですが、はっきり申し上げてメフィスト賞史上屈指の作品と思います。
 歴史ミステリの常として、現実の殺人の方がどうしても弱くなってしまうのはこの作品も例外ではないわけですが、『姑獲鳥の夏』(京極夏彦)ばりの奇説を弄してでもどうにかしようと、一生懸命努力している姿勢ははっきりと見られます。
 で、メインの百人一首配列ですが、私も今まで歴史ミステリを数多く読んできましたが、「ああ、これがたぶん本当に正解だな」と思える作品は他にはほとんど無かったように思います。それくらいに、これまでにない視点と切り口からきれいに謎が解かれています。

 井沢元彦が右傾化し、高橋克彦がオカルトに走っていってしまった今、私にとって一番期待できる歴史ミステリの書き手が現れた、というところでしょうか。

00.1.27読了


『Q.E.D ベイカー街の問題』(高田崇史)

あらすじ:

 次々と惨殺されるシャーロキアン。「ホームズ譚」の解釈を巡る諍いが動機なのか? ダイイング・メッセージを読み解き犯人像に迫る、桑原崇の推理は?
 ホームズに隠された驚くべき秘密を発見した時、連続殺人犯が浮かび上がった!文献を駆使し、大胆な発想でミステリの新たな地平を拓く、「QED」第三弾!
(裏表紙より)

感想:

 さて、個人的に今いちばん期待している高田崇史の3作目です。今回は、歴史ミステリだった前2作とは趣向を変えて、シャーロック・ホームズの謎に迫っています。この人もなかなかネタのポケットが多い人ですね。
 で、感想なんですが、前2作が歴史推理として優れている一方、現実の殺人事件の方が見劣りするという状態だったのに対し、今回はそれが逆転しております。つまり、現実の殺人の方が二転三転してこれまでになく面白かったのに対し、ホームズ譚の解釈の方が、誰か他の人でも考えそうな程度の謎解きにしかなっていないような感じでした。まあ、これを両立させることがどれだけ難しいことかは分かるつもりだし、どっちもしょうもない、という作品も多いことを考えると、本作も決して出来の悪い作品というわけではないでしょう。

 三作目ともなるとキャラに愛着もわいてきました。『タイム・リープ あしたはきのう』(高畑京一郎)の和彦と翔香を思わせるような、タタルさんと奈々の雰囲気とか、三作とも最初と最後だけにしか登場しないながら、事件のキーとなる蘊蓄をそれとなく垂れてくれる外嶋店長が、なかなかいい味で気に入ってます。

00.1.28読了


『カプグラの悪夢』(逢坂剛)

収録作品:

 カプグラの悪夢、暗い森の死、転落のロンド、宝を探す女、過ぎし日の恋

感想:

 というわけで、逢坂剛の短編集です。表題作でカプグラ症候群を取り上げているので、スペインものと並ぶ逢坂の得意分野である心理もの、大脳生理ものかと思っていたら、そういう「くくり」は全然ありませんでした。単に岡坂神策が主役をつとめる短編がこれだけ集まったからまとめて出版した、という感じの本です。
 なんといっても、表題作。カプグラ症候群などという滅多にない極上のネタを取り上げていながら、あんな「調理」の仕方はないだろ〜(ぶーいんぐ)。後の作品も、まあ、可もなく不可もない程度のもので、『さまよえる脳髄』のような毛色の作品を期待していた私としては、見事にあてがはずれてしまいました。

00.2.3読了


『八月のマルクス』(新野剛志)

1999年(第45回)江戸川乱歩賞受賞作

あらすじ:

 5年前、でっち上げのスキャンダルと事務所の対応に嫌気がさし芸能界を引退したお笑いコンビ、セロリジャムの笠原雄二は、元相方の立川誠の訪問を受けた。立川は自分が末期ガンであることを告げて去り、そのまま失踪してしまう。さらに、笠原のでっち上げスキャンダルを取り上げ、立川の交際相手をフォーカスした記者の片倉が死体で発見される。

感想:

 作品そのものよりも作者の履歴が衆目を集めてしまったこの『八月のマルクス』ですが、ちょうど書架にあったので読んでみました。
 作者のハードボイルド小説に対する思い入れみたいなものはよく伝わってくるのですが、残念ながらあまりにもハードボイルドの「コード」をなぞった書き方をしているし、実際に起こる事件もなんか凡庸で、最後のクライマックスもさらっと流してしまっている、という感じです。少なくとも作者が望んだ「格好良さ」は私には感じられませんでした。
 お笑いの世界というのはミステリの舞台としては新鮮かもしれませんが、この世界の人々を書くのに、ネタを書く必要は必ずしもないわけで、そこらへんを伏せつつ書くことが出来なかったところに作者の新人らしさ(未熟さとも言う)が出ちゃっているような気がしました。だって「滑ってる」以前にお笑いのネタに見えないんだもの。
 「このミス2000」の実名座談会で、茶木則雄氏が「最近の乱歩賞のレベルと比べて落ちてるなんて思わない」と言ってますが、その前回の受賞作『果つる底なき』『Twelve Y.O.』と比べたらやはり相当落ちるんじゃないかと思います。

 会社にも実家にも無断で失踪し、ファミレスで原稿を書いて始発電車で寝ていた放浪作家、というインパクトがあまりにも強烈なので、ストーリーよりもそっちに引っ張られてしまったかな、という印象がどうしても拭えません。

00.2.10読了


『どすこい(仮)』(京極夏彦)

収録作品:                             リング
 四十七人の力士、パラサイト・デブ、すべてがデブになる、土俵・でぶせん、脂鬼、理油、ウロボロスの基礎代謝

感想:

 何故か「海で涸いていろ」「宍道湖鮫」が収録されていませんが、もしかしたら南極夏彦探検隊シリーズとして別にまとめる予定があるのかもしれません、ないと思うけど。
 しょーもない作品群なんですが、それでも例えば『法月綸太郎の冒険』に収録されている某作品よりははるかに語呂合わせの仕方がうまいとは言えるかな、一応謎が解かれる展開もあるわけだし(「すべてがデブになる」とか、着想はうまいと思う)。
 なんか、妙にハマる作品かもしれなくて、続きが読みたいと言う人もきっといることでしょう。

 少し気になること。「脂鬼」の作中で「本物のゾンビと映画のゾンビは違うからやや抵抗がある」なんて言ってますけど、それをいうなら「デブ」と「アンコ型」だってずいぶん違うぞ(デブの腹の中は脂肪だが、おすもうさんのは筋肉です)。それから、48手の中に本当に頭捻りが含まれているのかどうか、含まれているとして、いったいどんな技なのか(最後に残すくらいだからきっと難しい技だとは思うが、逆とったりとか播磨投げとか撞木ぞりとか難しそうな技はいくらでもありそうだ)。
 ああ、こんなしょうもない話にまじめにとりあっている自分が情けない(笑)。

00.2.8読了


『オルファクトグラム』(井上夢人) 

あらすじ:

 僕、片桐稔は姉を惨殺され、自身も殴られて1ヶ月もの間昏睡状態に陥っていた。昏睡から覚醒すると、僕は世界が奇妙なクラゲで満たされているのに気がついた。その奇妙なクラゲは実は「におい」で、僕は嗅覚を視覚で関知することが出来るようになっていたのだった。僕はこの能力を使って、失踪したバンド仲間と、姉を殺した連続殺人犯を追いかけ始めた。

感想:

 というわけで、『風が吹いたら桶屋がもうかる』以来、実に2年半ぶりの井上夢人の新作です。
 途中、ミノルがレストランで嗅覚修行をするあたりは、少々退屈しそうになったのですが、その後バンド仲間のミッキーを嗅覚で探したり、竜王大学の研究室での秦野教授の嗅覚に関する講義は本当に面白いです。
 で、嗅覚が鋭くなった「代償」がミノルを襲い、そこへ追いつめられた殺人犯が牙をむく、というサスペンスフルな展開と、その窮地を脱するのに使用した方法の伏線の張り方がよくできていて、感心しました。

 人間がもしイヌ並みの嗅覚を持っていたとしたら、と、そんな設定だけで、ミステリとしても、サスペンスとしても、人間ドラマとしても読ませる物語を作り上げてしまうところはまさに職人技ですね。

00.2.17読了


『400年の遺言』(柄刀一)

あらすじ:

 霧雨のそぼ降る中、龍遠寺庭園の庭師、泉繁竹が首筋に「ノギス」を刺されて倒れていた。うめき声を聞いて駆けつけた蔭山公彦に泉は、「この子を、頼む…」とだけ言い残す。少年の名は久保努夢、龍遠寺の跡取り息子であった。
 歴史事物保全財団の資料室室長、五十嵐昌紀の動向をリサーチしていた探偵の石崎正人は、対象者を尾行するうち、西明寺山のお堂で手首を切り取られた猟奇死体を発見する。二つの事件をつなぐ物は何か、そして龍遠寺の庭園に隠された秘密とは?

感想:

 『3000年の密室』で考古学、『サタンの僧院』では神学を取り込んだ柄刀一が、今度は日本庭園の造形を織り込んだ作品を書きました。
 さて、泉竹繁に続いて猟奇的に殺された川辺辰平を殺した犯人を比定する段の証拠は、近年まれにみる鋭い切れ味でした。ただ、その後の(本来作者が書きたかったであろうテーマのはずの)龍遠寺の庭園の謎解きをする段や、泉繁竹殺しを推理する段はなんだかだらだらしていてちょっと読みづらかったです。龍遠寺の秘密というのは、かつて読んだ某作品の逆パターンでして、わりとありがちなアイディアのような気がします。
 せっかく近年まれにみる、「一撃で仕留める」フーダニットなんだから、そこを中心にもってきた方がよかったのではないでしょうか。もっとも、これも日本庭園というものを一から勉強してこれだけのうんちくを書き込んだとしたら、やはりそれはものすごいことではあります。

00.3.9読了


『ifの迷宮』(柄刀一)

あらすじ:

 旧家にして、最先端医療企業・SOMONグループの中枢を担う宗門一族。その本家で上半身を焼かれた若い女性の死体が発見される。慎重なDNA鑑定の結果、招来された新たな謎とは? やがて、極限状況の地下密室での殺人が起こり、事件はさらに複雑化していく……。
(裏表紙折り返しより抜粋)

感想:

 というわけで、私の中で密かに流行っている、柄刀一です。まず何といっても紹介がふるっています。何せ「瞠目せよ。これが噂の「柄刀一」だ!!」ですから。個人的にはこういう大仰な謳い文句は好きですけどね。
 内容については、私好みのバイオネタですが、特に第二の殺人の密室トリックがすごい。う〜む、こんな手があったか、という感じ。
 ただ、柄刀一の本を読んでいつも気になるのは、本格ミステリになりきれない、何かよけいな物を付け加えたがるところです。今回の作品だと、事件を捜査する女刑事と障害をもつ子供の一件。確かにテーマに沿っているエピソードではあるのだけれども、何か取って付けたような印象があります。で、使われているトリックが本格バカトリック(ほめ言葉(笑))なものだから、このエピソードだけがなまじシリアスなだけに、浮いてしまっているように思えました。

 とまあ、少々難点は見えるものの、超現実的な謎の構築やトリックのアイディアなど、先が楽しみな人です。まだ『本格推理』に収録の短編や、長編でも『3000年の密室』とか『4000年のアリバイ回廊』とか読み残しがあるので、探し出して順次読んでみようと思っています。

00.3.15読了


 たま
『霊の柩』(高橋克彦)

あらすじ:

 「現代」に戻ろうと縄文時代から旅立った九鬼虹人一行は、誤って大正時代にやってきてしまった。元の世界に戻るには鹿角の霊と交信するしかないと考えた九鬼らは、霊能ブームに沸くロンドンの心霊研究協会に向かった。

感想:

 シリーズ物が回を追うごとにつまらなくなっていくことでは定評のある高橋克彦ですが(笑)、これも『総門谷』『刻迷宮』ほどひどくはないものの、最初の頃の魅力はかなり薄れてきている感じです。前2作のような怪しいうんちくのオンパレードは無くなってしまい、大正時代の時代考証やら映画論やらタイムパラドックスで興味をつないでいるような話でした。ここまで最初の頃から話がずれてきてしまうと、もはやシリーズという感じはせず、登場人物が同じな別の話です。ま、このようなことはジャンプのマンガなんかだとよくあることですけどね(笑)。

00.3.11読了


『安達ヶ原の鬼密室』(歌野晶午)

あらすじ:

 兵吾少年は奇妙な枡形の屋敷に住む老婆に助けられた。その夜、少年は窓から忍び入ろうとする鬼に出くわす。次々と起きる奇怪な事件。虎の彫像の口にくわえられた死体や、武者像の弓矢の先にぶら下げられた死体が発見される。真相は五十年の時を経て、「推理嫌いの探偵」の手により明らかとなる!
(裏表紙より)

感想:

 「こうへいくんとナノレンジャーきゅうしゅつだいさくせん」「The Ripper with Eduard メキシコ湾の切り裂き魔」「安達ヶ原の鬼密室」の中編3本立て、なんだけど変な構成になっていて、「安達ヶ原・・」が他の2編に二重にサンドイッチされています。こんな構成にした作者の意図はあんまりよく分かりませんが、同じ着想のバリエーションで3本書いたから、それをまとめた、という気もします。
 さて、で、肝心のトリックですが、私はこういう物理トリックは好きですけど、「鬼」を連想させるものを揃えるために、無理な偶然を揃えすぎているようにも思えます。

 いずれにせよ、『ブードゥー・チャイルド』の時にも思いましたが、著者の多彩な知識と奇想のバランスがなかなか良く、大した作家になったもんだと思います。

00.4.13読了


『ストロボ』(真保裕一)

あらすじ:

 キャリアも積んだ。名声も得た。
 だが、俺に何が残されたというのか――
 過ぎ去った時、遠い出会い、苦い別れ。
 女流写真家と暗室で愛を交わした四〇代
 先輩を凌駕しつつも、若手の台頭に焦りを抱いた三〇代
 病床の少女を撮って飛躍した二〇代
 そして学生時代を卒業した、あの日。
(表紙折り返しより)

感想:

 商業カメラマン喜多川光司を主人公として、喜多川の年齢がだんだん若くなる方向に並べた短編集です。

 どれも読後感はあまり良くない、というか、喜多川を取り巻く登場人物がそれぞれに一筋縄ではいかない人たちなんですね。「ストロボ」なんて、理由はどうあれゆすりたかりの話だし、「暗室」もオンナの武器でステップアップしていった女カメラマンの話しだし。「一瞬」のなんて、きれい事ぬかしといて結局お前が一番狡い女、って話です。「卒業写真」では男の気持ちも分からずに「こんな暮らしはいやね」と言えてしまう鈍感かつサイテーの女が登場します。あ、しまったついつい持病の女性不信が(笑)。そんな登場人物の中にあって、浮気し放題、女房泣かせ放題の主人公、喜多川の人となりが一番真面目で人間らしく見えてしまうのはある意味仕方のないことでしょう。

 そういうことは置くとして一番良かったのは「暗室」でしょうか。雪山で遭難した女性カメラマンが最期に撮影したシーンはいったい何だったのか? こういうのを書かせると真保裕一は非常にうまいです。

00.5.7読了


『美濃牛』(殊能将之)

あらすじ:

 「鬼の頭を切り落とし……」首なし死体に始まり、名門一族が次々と殺されていく。あたかも伝承されたわらべ唄の如く。
(裏表紙より抜粋)

感想:

 というわけで、『ハサミ男』が大評判の殊能将之氏の2作目です。何で美濃牛?という疑問は、実は表紙を見ただけで分かります。要はミノタウロスがモチーフなんですね。「美濃太郎」という名の牛も登場するし。

 作中で登場人物が横溝正史『獄門島』夏目漱石『草枕』の比較論を語るシーンがありますが、その伝でいけば、この『美濃牛』は、さしずめエラリイ・クイーン『エジプト十字架の謎』をリスペクトした作品だといえるでしょう。一族への復讐に燃える鋤屋和人はヴェルヤ・クロサックだし、保龍英利と自給自足のコンミューンもそう。何より最初の死体が首なし死体です。してみると、ミノ「タウ」ロスはタウ十字架(エジプト十字架)のタウなんだろうか。
 ま、もっとも亀恩洞は『八つ墓村』を、わらべ唄の見立て殺人は『悪魔の手毬唄』を思い出させるし、他にも有名作品のテイストをいくつも織り込んでいるに違いないと思います。

 そういう本格ファンをわくわくさせる道具立てをとりそろえ、かつ道具立てに負けないくらい衝撃的な真相を用意してくれているところ、『ハサミ男』がフロックではなかったことを見事に証明して見せた、と言っていいでしょう。私は『ハサミ男』よりこっちの方が評価高いです。本編とはあまり関係があるとは思えない、趣味に走ったやりとりやうんちくが多すぎる嫌いはありましたが、まあそれはそれで別に気にならないです。

00.5.9読了


『刺青白書』(樋口有介)

あらすじ:

 薔薇の刺青に死が匂う!
 女子大生。アイドル。主婦。
 それぞれに人生は気楽なはずだったが…!?
(帯より)

感想:

 というわけで、「このミス2000」の私の隠し球でも言及されていた「隅田川を舞台にした青春ミステリ」です。
 柚木草平シリーズではあるのですが、今回の柚木さんはすっかり老け込んでしまっていて、若い子とのロマンスはまるでありません。で、脇役になった柚木草平に代わる今回の主役は三浦鈴女という女の子です。

 もしかして気づいていない人もいるかも知れませんが、柚木草平シリーズというのはジャンル的に「ハードボイルド」なんですね。で、ハードボイルドのお約束として、探偵といい仲になった女がたいてい犯人になります。そういう意味では、今回はジャンル的に「青春推理」なので、誰が犯人なのか最後まで分からないという面白みがあると言えるかも知れません。
 ちなみに、「青春推理」のお約束として、探偵役といい仲になった女(男)が一時犯人として疑われるが、最後に疑いが晴れてハッピーエンド、というのがあります。さて、今回はどうなったことやら。

00.5.12読了


『金閣寺に密室』(鯨統一郎)

あらすじ:

 応永十五年(1408)、初夏。賢才の誉れ高い建仁寺の小坊主一休に、奇妙な依頼が舞い込んだ。「足利義満様の死の謎を解いてくだされ」将軍職を退いた後も権勢を誇り、ついに帝位までも狙った義満が、数日前、金閣寺の最上層の究竟頂(くぎょうちょう)で、首吊り死体で発見されたという。現場は完全なる密室(ひそかむろ)。しかし、義満に自殺の動機はなし…。一休は能楽者の世阿弥、検使官の新右衛門らの協力を得て推理を開始。そして辿り着いた仰天の結論とは…。
(裏表紙より)

感想:

 屏風の虎を縛る話とか、「このはしわたるべからず」、あるいは狂言の「附子」(これは本来一休和尚のエピソードではないはず)など、あまりにも有名な逸話を挿話としてちりばめているので、はっきり言って途中はかなり退屈しました。で、「やっぱり鯨統一郎は長編はだめなのか?」と思っていたら、それらの挿話が実はすべて最後の謎解きの伏線だったので、「鯨統一郎ってやっぱりすごい」と、評価が180°転換してしまいました。途中のプロットでは退屈させておいても、最後に「怒濤の謎解き」で一気に読ませてしまうというのは、古き良き本格ミステリの王道ですよね。

 ラストの雰囲気からすると、プロローグとエピローグに登場する陰陽師の六郎太と白拍子の静は今後も歴史の謎を追いかけていくようで、次は空海の謎に迫るようなことが書かれています。で、そんな彼らの子孫が『邪馬台国はどこですか』の宮田六郎と早乙女静香になったのではないか、と。

00.5.21読了


『嘘をもうひとつだけ』(東野圭吾)

あらすじ:

 バレエ団の事務員が自宅マンションのバルコニーから転落、死亡した。事件は自殺で処理の方向に向かっている。だが、同じマンションに住む元プリマ・バレリーナのもとに1人の刑事がやってきた。彼女に殺人動機はなく、疑わしい点は何もないはずだ。ところが……。
(帯より)

感想:

 どうも装丁やら帯やら宣伝文句を見ると『秘密』『白夜行』の系統の作品を思わせますが、加賀恭一郎が主役を務めているので、もっと本格ミステリに近い、『どちらかが彼女を殺した』とか『悪意』の系統の作品集です。一種の倒叙物のような印象も受けますが、別に加賀が最初に訪問する人物が犯人とは限りません。そういう狙いが見え見えなんですが、『秘密』バブル、『白夜行』バブル的な売り方はしてもらいたくないですね。

 で、収録作品はどれもそれなりの水準を保っているのですが、あえて一作上げるとすると、「狂った計算」でしょうか。周到な伏線と二転三転する真相、そしてなんとも美しいラストシーンが印象的でした。

00.5.21読了


『ぼんくら』(宮部みゆき)

あらすじ:

 長屋からひとりづつ人が消えていく。
 店子を襲った殺し屋、差配人の出奔、謎の新興宗教騒ぎ。江戸下町の 長屋で連続する事件の裏の陰謀に、同心・井筒平四郎と超美形少年・弓之助が挑む。
(帯より)

感想:

 時代ミステリの長編なんですが、私は短編連作を途中から路線変更して長編にもっていったという印象を受けています。平凡な長屋のはずなのに、なんか一話ごとに店子が減っていっちゃってるよなあ……。よし、それをネタにするか。ってな感じ。最初の被害者だけが殺されなければならなかった理由など、細かな破綻が目に付くような気がします。とはいえ、そういう作り方でここまで物語を作ってしまったなら、それはもう「恐るべき」と言えるすごい能力です。

 朝日こども新聞5月4日のインタビュー記事によると、主人公に超能力者が多い理由を聞かれて「ドラマチックでおもしろい素材だからかな」と答えた後、「でも、これからは超能力ものや、「理由」「火車」などの現代の事件ものはしばらく書かないかもしれません。現実に、どうしようもないと思える事件が相次いでいるためだそうです」と続けられています。私は宮部の現代物の方により惹かれているので、これはちょっと残念。

00.5.28読了


じゅんれい
『殉霊』(谺健二)

あらすじ:

 1903年、一高生・藤村操、華厳の滝に投身。同地が自殺の名所となる。
 1933年、三原山火口猟奇自殺事件。5000人以上の死の連鎖が起きる。
 1986年、歌手・岡田有希子、事務所屋上から投身。後追い自殺者、50人以上。
 そして1994年、1人のアイドル歌手が不可解な死を遂げた――。
(帯より)

感想:

 というわけで、『未明の悪夢』から3年ぶりの谺健二の新作です。前作では奇想天外なトリックと社会派なテーマのミスマッチが不思議な融合を遂げていました。が、今回も構造としては同様ながら、なにか「とっ散らかした」ような印象を受けました。投身したはずのアイドルがそのまま失踪してしまい、バラバラ死体となってわずか5分間の間にクリスマスツリーに飾られて出現する、という謎は充分魅力的なのに、その真相は2転3転したあげくにすごく当たり前の物理トリックで、少々肩すかしでした。

 で、そのメインの謎を取り巻いて、死んだアイドルが残した童話や歌詞の中に隠された暗号、連続後追い自殺の裏に蠢く怪しげな男と地理的な秘密という「本格」志向の謎、自殺願望の強い少女と姉を自殺で亡くした興信所所員との交流、岡田有希子、HIDEの自殺事件と後追自殺連鎖にからむ現代の若者気質、そしてお約束のように阪神大震災、という「社会派」志向のサブテーマが、とりとめもなく並べられているところにそういう「とっ散らかした」ような印象を覚えたのかもしれません。

 駄作とは言いませんが傑作とも言えない。やはり、本格ミステリと社会派ミステリが「モザイクのように融合している」不思議な作品、としか言いようがありません。

00.6.5読了


『彼は残業だったので』(松尾詩朗)

1999年(第3回)日本ミステリー文学賞新人賞候補作

あらすじ:

 情報処理会社に勤める中井は、残業中、魔術の本を読みふけっていたら、オフィスのオートロックがかかり、閉じこめられてしまった。時間をもてあました彼は、”憎い相手を呪い殺す”呪術を試してみることに……。日頃憎らしく思っている同僚野村裕美子と佐藤輝明の人形を厚紙でつくり、火をつけた! 二人は前日から無断欠勤していたが、はたして三日後、佐藤の部屋から男女の焼死体が発見された。二つの死体は、バラバラに切断され、あやつり人形のように木の枝で連結されていた。犯人は何のために、死体にこのような細工をしたのか。
(裏表紙折り返しより)

感想:

 というわけで、「ミステリ界の必殺推薦人、島田荘司がまたやった!」の怪作とでも言いましょうか、黒魔術とバラバラ死体で遊ぶ悪趣味トリックの作品です(笑)。トリック自体は、室生寺五重塔の話が出てきたところで誰でも気づいてしまう程度のもので、特段の驚きとか目新しさというものは感じられませんでした。せっかく序盤は黒魔術と本格トリックの綱引きが面白そうに思えるのに、途中から中井の黒魔術との関連などまったくないがしろにして話が進み、黒魔術と実際の事件の奇妙な類似性は単なる偶然の一致で終わってしまい、どうにもはぐらかされたような印象を受けます。

 作者が今後どのような作風で書いていくかわかりませんが、個人的には「中井淳一の呪いシリーズ」として続けて欲しいなあ、と思います。中井が残業の暇つぶしに黒魔術行うと、それに呼応するようにどこかで殺人事件が起こり、中井とは全く関係なしに門倉と立花が事件を追いかける、という図式で話が進むような。幸い中井が買った『禁書―魔術の秘法』はけっこう分厚いようなので、そういうやり方は可能だと思います。どうでしょう?

 それにしても、これだけバラバラ死体で遊ぶ話を書いておきながら作中で登場人物に「ニュートンは、建設的な思考、仕事を行うための数学という道具を操ったのに対して、日本人は数学を遊び道具にして喜んでいたのです」などと意図不明の日本人批判を始めるあたりは「苦笑」を通り越して「爆笑」してしまいました。この人も島田荘司に悪い意味での影響を大きく受けてるのかもしれません。

00.6.29読了


『依存』(西澤保彦)

あらすじ:

 僕には、実の母親に殺された双子の兄がいたんだ――。
 匠千暁、衝撃の告白で幕を開ける、シリーズ最高傑作。
(帯より)

感想:

 最近暗い話ばっかり書いている西澤の、これまた暗い暗い話です。構成としては、前回『スコッチ・ゲーム』タックに救われたタカチが、お返しとしてタックを救うという話を書きたかったんでしょうが、そのために用意したタックの過去というのがもう、とてつもなく暗いんで(しかもその真相はさらに暗い)、気が滅入りました。
 とはいえ、全体のプロットでは、タックをはじめとするいつもの面々の「妄想」が縦横無尽に乱れ飛ぶ「いつもの西澤」で、ドアに挟まれる小石事件や犬を飼う未亡人事件、ぬいぐるみをくれる誘拐犯事件など、どれも謎として良くできており、可能性を指摘するにとどまる推理(妄想)も、それぞれ短編として成立させられるくらい良くできたものだったと思います。思い起こせば、『夢幻巡礼』ではそれがなかったから不満だったんだよね。

 この話を最後まで読んで思うのは、匠千暁シリーズもこれで終了なのか、ということです。あとがきには本書以降のシリーズの展開予定が予告されているし、時代的に下った話がすでに『解体諸因』に収録されてはいますが、『解体諸因』の中での卒業後の彼らは既にそれぞれに離ればなれであり、みんなで一緒に、というのはもう出ないのかな、と。
 これはある意味シリーズものの宿命(というか名探偵ものの宿命)でして、彼らの周りで事件(悲劇)が起こりすぎるので、普通の学生たる主人公たちにはこの環境はあまりにも辛いだろうし、そういう環境から救ってあげるには、シリーズを終了させるしか方法はないのか、という気もします。

 シリーズ最高傑作かといわれるとどうかとも思いますが、「匠千暁最後の事件」(そうなって欲しくはないが)といえるだけの重厚さを備えていました。

00.7.9読了


『「Y」の悲劇』(有栖川有栖ほか)

収録作品:

 あるYの悲劇(有栖川)、ダイイングメッセージ《Y》(篠田)、「Y」の悲劇――「Y」がふえる(二階堂)、イコールYの悲劇(法月)

感想:

 何を隠そう、私もクイーンからミステリの世界に入った人間なので、こういう趣向には思わず飛びついてしまいますが、どうしても本家と比べてしまうので、決していい評価が下せないことがあります。副題に「Yの悲劇’88」と冠した『月光ゲーム』でデビューした有栖川でさえ、収録作品は火村の話だし。

 また、書く方も本家は絶対超えられないことを十分承知しているせいか、変にひねくり回したり斜に構えたような作品が多いことも多いです。例えば二階堂の作品などその典型のような気がします。

 そんな中で、法月の作品はかなりいいセンいってる作品でした。ダイイングメッセージをひねくり回すというのは、中期以降のエラリイ・クイーンの悪い癖だったりするわけですが、その「悪い癖」を真似ながら、はたと膝を打つ見事な解決を示した作品で、収録作品中ではもとより、法月の歴代の作品の中でも上位に位置するのではないかと思います。

00.7.24読了


『新宿鮫 風化水脈』(大沢在昌)

あらすじ:

 高級車の連続盗難事件を追う鮫島は、犯人グループの作業場とおぼしきガレージを発見した。張り込みを続けるうちにガレージの前の駐車場の管理人、大江と親しくなった鮫島は、大江の過去に何か暗いものを見る。やがてガレージの中の古井戸から屍蝋化した死体が発見され、大江が姿を消す。果たして大江は犯人グループの一員なのか、それとも発見された死体と何か関係があるのか?

感想:

 というわけで、『氷舞』から3年ぶりの新宿鮫新作です。オフでも言いましたが、非常にアクションの少ない、地道な張り込みと捜査の連続、それから新宿の歴史と成り立ちに関するうんちくめいた記述はまっとうな警察小説、もしくは歴史小説のようでした。だからといってつまらない、ということは決して無く、霧が晴れるように徐々に過去の出来事が明らかになっていく段はかなり本格ミステリっぽい展開で、新宿鮫シリーズとしては異色ながら、これはこれでなかなか良かったように思いました。

 んで、今回の主役は出所してきたやくざの真壁とその愛人、雪絵、それから駐車場管理人の大江でしょう。大江の生き方のこの格好良さというのは、例えるなら『ホワイトアウト』(真保裕一)の富樫の格好良さ、映画「ナビィの恋」のおじいの格好良さ(分かる人しか分からないネタ)、漫画「愛天明王物語」の琴乃の格好良さ(誰にも分からないネタ(笑))と共通するものがあり、私が泣くツボです。
 そして鮫島はまたも脇役に成り下がり、晶に至っては最初の章でちょろっと顔を出したっきりです。Mさん曰く、それがシリーズを長く続けるコツなんだそうですが。

 んで、最後の最後でやっと鮫島の見せ場が来るわけですが、これも最近の鮫島にありがちな、たまたま運が良かったから助かったが、一歩間違ったら死んでたよ、という際どいものです。いい加減にしないと次は本当に死ぬんじゃないか?

00.10.5読了


『エイリアン・クリック』(森山清隆)

あらすじ:

 元米軍将校によって沖縄から拉致された女子高生を追って、調査員・輪法院剛はアメリカ南西部へ飛んだ。
 純白の砂漠ホワイトサンズ、サンタフェ、ロズウェル――ニューメキシコ一帯は、UFOが頻繁に出没する悪夢の土地だった!空軍、MIBの暗躍、テキーラとメキシコ女の体臭、血なまぐさい生け贄の儀式。謎のWebサイト「エイリアン・クリック」とは?
 エイリアンの死体をめぐるノンストップ・チェイス!衝撃の終末へ向けて、物語は一瀉千里に突き進む。
(表紙折り返しより)

感想:

 悲しい・・・。どうしてこれだけ忙しくて本を読む時間もろくにとれないこの時に、よりによってこんな本を掴んでしまったのか。裏表紙の「ディーン・クーンツを熱狂的に敬愛している」という言葉に見事に騙されたということか。「エイリアン」クーンツファン」と来たら、どうしても瀬名秀明『ブレイン・バレー』なみのディープなうんちくを期待してしまうでしょ? それがこの本は「浅い」どころか、本当に何も無いんだもんな〜。
 とにかく、クーンツファンもそうでない方にも、オカルトファンにもそうでない方にも、UFOエイリアンファンにもそうでない方にも、決してお勧めできない超駄作です。金と時間を返せと言いたい。

00.10.13読了


『アリア系銀河鉄道』(柄刀一)

収録作品:

 言語と密室のコンポジション、ノアの隣、探偵の匣、アリア系銀河鉄道、アリスのドア〜Bonus Track〜

感想:

 さて、私が今最も注目している作家の一人、柄刀一の新シリーズ短編集です。どちらかというと変格な話が多かったですが、それでも十分楽しめました。特に「ノアの隣」なんて、普通の新本格系作家だったら、このトリックで長編1本書こうとするんじゃないかと思うのですが、これを短編で使ってしまう作者のトリックメーカーぶりには脱帽です。「アリア系銀河鉄道」にしても同様に、超常現象と謎を凝ったトリックとそこから派生した現象で説明し切ってしまうところがなんとも素晴らしいです。そういう意味では長編3〜4本くらいのネタがぎゅっと詰まったとてもお買い得な本です。
 新本格系作家の中にはルイス・キャロルファンが多いらしく、不思議の国のアリスネタはいろんなところで見かけますが、その中にあってもこの作品は異彩を放っている感じです。「密室と言語のコンポジション」などは、他にも誰かが書いていてしかるべき話だと思うのですが、他の人が書いたのではここまできれいにエンディングを迎えるのは難しいのではないかと。
 ますます次作が楽しみです。

00.10.18読了


『DZ』(小笠原慧)

第20回(2000年)横溝正史賞受賞作『ホモ・スーペレンス』(小笠原あむ)を改題

あらすじ:

 人間は、異常なまでも発達した文明と現代科学のテクノロジーの中で、500万年前とさして変わらないひ弱な心のままで生きていくのは、もう無理なのかもしれない――。人類が選ぶ最後の手段がここにある。
(角川書店HP『DZ』紹介文より)

感想:

 出だし、中盤ともサスペンスとしては申し分ない。断片的に描写される日本、アメリカ、ベトナムの描写、アメリカの中でもジョンズ・ホプキンス大の研究室での研究模様と、謎の殺人、児童失踪事件を追うスネル刑事の話がどこで接点を持ってどう絡み合っていくのか、という興味でどんどん読めます。
 結局真相は、という段でえらくあり得なさそうな人間関係で繋がってしまうところが何ともいえず困ってしまうのですが、ネタバラになるけど、グエンと石橋が共同研究者で、石橋の恋人が勤める病院に沙耶がいて、ここにグエンが訪ねてきて、さらに希有な症例と作中でもことわられているところの「ロバートソン型転座」をもつ者が3人も一同に会してしまう、っていうのはいくらなんでもご都合主義でしょう。
 んで、犯人がこんだけ人を殺して事件を起こしてまでやろうとしていたことが結局あの程度のことなんだよなあ・・・。

 紹介を読むと、著者は東大の哲学科を中退して京大の医学部を卒業したという超秀才。それだけに医学的なアイディアや描写はかなりのものです。ただ、「かなりのもの」すぎて一般の読者にはなかなか受け入れてもらえないかもしれない。遺伝子がどうのこうの、染色体がどうのこうの、という専門用語の羅列はつらいです。とはいえ、地理的隔離なしに起こりうる進化の過程の仮説などは非常に面白く読めました。

00.10.22読了


『サム・ホーソーンの事件簿T』(E.D.ホック)

収録作品:

 有蓋橋の謎、水車小屋の謎、ロブスター小屋の謎、呪われた野外音楽堂の謎、乗務員車の謎、赤い校舎の謎、そびえ立つ尖塔の謎、十六号独房の謎、古い田舎宿の謎、投票ブースの謎、農産物祭りの謎、古い樫の木の謎、長い墜落

あらすじ:

 橋の途中で消え失せた馬車、“小人”と書き残して密室で殺されていた車掌、行き止まりの廊下から消え去った強盗、誰も近づけない空中で絞め殺されたスタントマン等々、次々と発生する怪事件! 全編不可能犯罪をあつかった、サム・ホーソーンものの初期作品十二編に加え、特別付録として、著者の代表作の一つであり、これまた不可解な墜死事件の謎を解く「長い墜落」を収録した。
(裏表紙より)

感想:

 というわけで、以前YさんとEさんに勧められたホックです。なるほどね〜、こういう作風の方ですか。まだまだ海外には知らない作家が多いです。
 好みからいうと、一番よかったのはボーナストラックの「長い墜落」でした。「有蓋橋の謎」は、謎としては一番魅力的なんですが、解決編の方で「それをやっちゃあいけないだろ」という気がしました。一番なるほど、と思ったのは「呪われた野外音楽堂の謎」かな。
 不可能犯罪のトリックで一番大切なのは、なぜそのような不可解な状況になったか、ということより、なぜ犯人はそのような不可解な状況にしなければならなかったのか、という点なのですが、これについてはそれなりにちゃんと説明をつけてあって、こういう姿勢には感心しました。

 巻末の解説を読むと、このサム・ホーソーンシリーズは今年7月に発表の作品まで全部で59編発表されているとのこと。当然翻訳の方も『サム・ホーソーンの事件簿U』『V』と続けて出版して欲しいものです。

 んで、この本の次に読んだのが、期せずしてホックエラリイ・クイーン名義で書いた『青の殺人』でした。こっちは、クイーンの真似をして、というか名前につられてか、不可解な謎やトリックはないものの、名前の綴り換えで遊んだり、ロジックをこねくり回したり、と、なかなか読み応えがありました。

00.11.3読了


『ブラインド・フォールド』(尾崎諒馬)

あらすじ:

 世界最強のチェス・プログラム“Deep Sky”がネット上で敗戦した。 相手はカリフォルニア工科大学のorishなる謎の日本人──。大手コンピューター会社・DBMがチェスの世界チャンピオンを打倒してから2年、やっと勝 ち取ったチャンピオンの座を一介の学生に持ち去られた。Deep Skyの設 計者はリターンマッチを申し出、orishは64面同時対局と「ブラインド・フォールド」という自分には途轍もなく不利な条件のもと、挑戦を受ける。対戦当日、コンピューターを使うと思われていたorishは丸腰で、あっさりと勝負をつけた。もしかして、orishは超小型量子コンピューターを隠し持っていたのか? それとも開発途中と噂のDNAコンピューターが正体を顕にしたのか? 数日後、全世界から注目を集めるorishが日本に姿を現した──。 (表紙折り返しより抜粋)

感想:

 というわけで、暗号オタク小説『思案せり我が暗号』でデビューした尾崎諒馬の第三作目です。二作目の『死者の微笑』はちょっと「?」な話でしたが、この三作目のチェスの最強プログラム破りのトリックは、はっきり言って素晴らしいです。そのトリックの引き起こす奇跡的な外見と、あまりにも単純な仕掛けは、もしかしたら『占星術殺人事件』(島田荘司)のトリックに匹敵するかもしれない。しかし、一度気づけばあまりにも単純なトリックを長々と引っ張りすぎてしまったのが最大の敗因で、恐らく途中で大半の人が気づいちゃったんじゃないかと思います。Deep Skyと64面指しで対決したあたりで終わっておけば よかったのにね〜。  あと、登場する人や物のネーミングのセンスのなさはどうにかならないものか。Deep SkyやDBMはまだしも、パスカロフ氏とか真蟲名人、山海元名人、 ちょっとわかりにくかったけど歳暮永世十段(爆笑)などなど。

 まあ、そういうわけで評価はどうしても低くなってしまうのですが、今回のようなきれいなトリックが今後も湧き出してくるようだと、将来とても楽しみな人 です。がんばってください。

00.11.22読了


『なつこ、孤島に囚われ。』(西澤保彦)

あらすじ:

 異端の百合族作家・森奈津子は、見知らぬ女に拉致され、離れ小島に軟禁された。だが、意外にも上機嫌だった。紺碧の海は美しく、毛蟹は食べ放題で、まさしくパラダイス。彼女はこの島を<ユリ島>、向かい側に見える島を<アニキ島>と名付け、誘拐を満喫していた。一週間後、アニキ島で死体が発見された!妄想癖の強い奈津子は“とんでもない推理”を打ち立てるが……。
(裏表紙より)

感想:

 さて、私はお耽美妄想系のお話には興味がないので、この主人公、森奈津子なる人物が実在の作家であるとは、あとがきを読むまで知りませんでした。倉阪鬼一郎、牧野修、野間美由紀など実名で出てるのに、この主人公だけは創作上の人物だと思ってしまったのはなんでかというと、あまりにもキャラがマンガ的というか嘘っぽいというか……だいたいお笑い百合小説専門の作家や、『西条秀樹のおかげです』なんて本が実在すると、フツーは思わないでしょ?

 まあいいや、それで、感想ですけど、「小説推理」誌上で連載を予定している長編のパイロット版だということなので、まあ、パイロット版以上の物ではないな、という感じ。こういう「9マイルは遠すぎる」『麦酒の家の冒険』のような謎のシチュエーションと合理的解釈をめぐる話というのは、最終的な仮説がどれだけ他の仮説を「意外性」で圧倒するか、というのが読みどころだと思うんですけど、そこがちょっと弱い。短編を1本読んだような読後感というのは、まあ本当に薄い本だからしょうがないのかもしれないけど、短いわりには無駄な官能小説的妄想部分がやたら多いし。

 そういうわけで、西澤保彦の奇想的ぶっとび論理(ロジック)を期待する向きには不満の残る本でした。

00.11.16読了


『殺人交叉点』(フレッド・カサック)

収録作品:

殺人交叉点 Nocturne pour Assassin、連鎖反応 Carambolages

あらすじ:

 十年前に起きた二重殺人事件は、きわめて単純な事件だったと誰もが信じていました。殺人犯となったボブをあれほど愛していたルユール婦人でさえ疑うことがなかったのです。しかし、真犯人は私なのです。時効寸前に明らかになる驚愕の真相。
(裏表紙より抜粋)

感想:

 「殺人交叉点」は、確か山口雅也『ミステリー倶楽部に行こう』で、結末を読んだある女子大生が部屋中を駆けずり回ったという逸話が紹介されているサプライズ・エンディングの代名詞のような作品です。確かに、技巧を凝らしたこの結末は、書かれた時代から考えても物凄い驚きで捉えられるべきでしょう。ただ、ここ数年来の新本格系作家のトリックの浪費のせいで、似たようなトリックは何本か読んだことがあり、部屋中を駆けずり回るほどの驚きというのは感じられませんでした。残念。

 「連鎖反応」の方は、殺人を計画する男を描いた一種の倒叙物ですが、むしろブラックユーモアの味わいもある作品で、奇妙な理論という意味では泡坂妻夫テイストも持ち合わせた佳作でした。

00.11.15読了


『密室は眠れないパズル』(氷川透)

第8回(1997年)鮎川哲也賞候補作

あらすじ:

《密室》の内側で起こった《密室》の殺人。論理の刃はあなたへ向けて。 被害者はエレベーターの前で犯人を名指しして絶命。ところが「犯人」はエレベーターのなかで背中を刺され、血塗れで死んでいた!探偵と論理のスパイラルが読者を翻弄させる長編本格ミステリ。
 島田荘司も絶賛した新鋭の純粋論理!
(折り込み広告より)

感想:

 最近島田荘司で商売している原書房が、島田荘司推薦の新人を出すと言うことで、実は全然眼中になかった作品でした(笑)。が、この前のオフでEさんがわりと誉めていたので読んでみたわけです。
 んで、読んでみると作中でいきなり、最近のキャラクター主導のミステリをやんわりと批判しているところに好感が持てました。そういえば最近「御手洗潔攻略本」なる本を出している作家や出版社がありますが、こういうのは私的には末期的症状なんですけどねえ・・・。
 閑話休題。ミステリとしては、すっごく不可解な謎があるわけではないです。最初は不可解な密室に見えるんですが、後に間違いとわかる推理でも簡単に破られてしまうし、真相がそれまでの誤った仮説よりも抜きんでて優れているというわけではない。また、すっごく意外な犯人であるわけでもなく、すっごくぶっとんだ論理のアクロバットがあるわけでもないです。が、作者のミステリに対する真剣な姿勢、みたいなものに好感がもてる作品ではありました。

00.11.24読了


『猫の手』(ロジャー・スカーレット)

あらすじ:

 ボストンの大富豪、マーティン・グリーノウは、相続人である自分の甥や姪を呼び寄せ、こう言った。「知っての通り、わしはおまえたちの最終的な面倒をみてやることをいつも考えてきた……もしかすると、これまでわしはあまり賢明でなかったかもしれん……だが、十七日はわしの誕生日でもあるし、これがちょうどいい機会だと思う。お前たちにはびっくりするようなプレゼントが待ち構えているかもしれん……もちろんそれ以外にも、楽しい夜になることはまちがいない」

感想:

 というわけで、『エンジェル家の殺人』の作者、ロジャー・スカーレットの作品待望の翻訳です。序盤から中盤くらいまでは事件らしい事件が何も起こらずずいぶんと退屈しました。また、さる大金持ちの老人の元に遺産を狙う親族が集結するという構図は、エンジェル家とほとんど変わらない設定で、この辺は少々首を傾げていました。ただ、事件が起こって以降は非常に面白く、さらにラストにはどんでん返しもあり、楽しめました。特に、『エンジェル家』ではお札の印、そして今回は「猫の手」と、こういう小道具の使い方がうまい作家ですね。

00.12.14読了


『砂漠の薔薇』(飛鳥部勝則)

あらすじ:

 西洋風の荒れ果てた古い洋館の地下室には、首なし死体が転がっていた。そして今また、少女の首が……。
 奥本美奈はアルバイトをしていた喫茶店で、謎めいた女流作家・明石尚子に、モデルにならないかと強引に誘われる。明石の家に隣接する幽霊屋敷のような洋館“ヘル・ハウス”では、かつて美奈の同級生が惨殺される事件が起こっていた。明石と美奈は事件の深化と真相の究明に、いつしか巻き込まれていく……。
(表紙折り返しより抜粋)

感想:

 なんというか、独特の作風の人です。絵画に対するうんちくや解釈が本筋のミステリより面白いとか(もちろん、本筋に関連する絵ではありますが)、作者当人は非常にミステリにこだわっているように見えるのに、結果として出来た話はミステリにこだわらない方がいいような独特の雰囲気をもった作品になっているところが不思議なところです。で、本作も、本題の首なし死体よりも女子高生同士の奇妙な連帯や対立みたいな部分に読みどころがあるような気がしました。

00.12.19読了


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