感想文(2002年)


『クリスマスの4人』(井上夢人)


あらすじ:
 ビートルズが死んだ1970年の聖夜、火は導火線を走り出した――
十年ごとに彼らを脅かす謎と戦慄の男。4人を迎える結末は破滅か、奇跡か――
三十年の時が裂ける!
(帯より)


感想:
 というわけで、井上夢人の2年ぶりの長編です。10年ごとに主人公の目の前に現れる、死んだはずの男、という謎が一番の読みどころなわけですが、読んでる途中で「これは本格じゃあないな」ということは分かりました。で、SFならSFなりの、ホラーならホラーなりの決着を着けてもらわないといけないわけですが、最終的な解決については、まあ、なるほどと思わせる作りにはなっていましたが、必ずしも驚けなかったしきちんと納得も出来ませんでした。じゃあ、評価が低いかというと実はそうでもなくて、まあ、2年ぶりの井上節を楽しめた、というのが正直なところです。

 連載時は年に一度のお楽しみ、みたいな感じだったのでしょうかね。連載をリアルタイムで追っかけて読んだらまた別の感慨があったのかもしれません。つづきを読むのに1年も待たなければいけなかった(しかも最後は2年空いている)というのは少々キツイ気もしますが。

02.1.4読了


『両性具有迷宮』(西澤保彦)


あらすじ:

 帰宅途中のコンビニで謎の爆発事故に遭ったお笑い百合小説作家、森奈津子。この事故は実はシロクマ宇宙人の手によるもので、おかげでこのコンビニに居合わせた女性十数名には”疑似ペニス”が生えてしまうことになった。しかも、この”アンドロギュノス”達を狙ったと思われる連続虐殺事件が発生して・・・。


感想:
 うーん、うーーーん、どうなんだろう、この作品は(なんか最近唸ってばっかりいるような気がする(笑))。ミステリとしては謎や動機が薄いし、西澤的ホワイダニットの妙もない、官能小説としては、ちょくちょく顔を出すジェンダー論が邪魔くさいので立たないし抜けないです。可能性としてはジェンダー論がやりたかったか、森奈津子の文体模写がやりたかったかどちらかなんでしょう。
 もしジェンダー論だとすると、こういう主張は、女性側からしてこそ意味があるのであって、男性作家が想像でこういうことを書いても卑屈な迎合としか見えないので逆効果です。というわけで、多分森奈津子の文体模写がしたかった、というのが正解かと。だとすると、森奈津子ファンが文体模写を楽しむ、という非常に限られた人たちに向けられた内輪受け小説ということになるわけで、森奈津子を読んだことのない人には、読む価値のある本とは言えないです。
 で、こういうのが森奈津子の小説なのだとしたら、男性論はうざいし、ギャグは寒いし、で、とてもじゃないけど今後読んでみようとも思えないです。

 西澤ファンの私としては、同姓同名の別人が書いた作品と思いたい、さもなくば今すぐ絶版にして著作リストから抹消して欲しい、というのが正直なところ。


02.1.9読了


『グラン・ギニョール城』(芦辺拓)

あらすじ:

 グラン・ギニョール城に集った老若男女は、所有者の親族と友人、知人たち。それぞれが腹にいちもつを抱えているかのように、アマチュア探偵ナイジェルソープには映っていた。そこへ突如としてあらわれた謎の中国人、そしてやがて雷鳴とともに事件が……。
いっぽう、ところかわって森江春策は、たまたま乗り合わせた列車内で起こった怪死事件に巻き込まれていた。被害者は息を引き取る直前、たしかに言ったのだ。「グラン・ギニョール城の謎を解いて……」と。
森江はわずかなヒントと手がかりをもとに、やがて導き出されたグラン・ギニョール城へと向かうことになるのだが……。
これぞ純度100パーセント、本格探偵小説!
(表紙折り返しより)


感想:
 芦辺拓らしい凝りに凝った作品で、なかなか面白かったです。作中作を作中の探偵が推理するというのは別に珍しくもないシチュエーションですが、作と作中作と境界線が溶けてあいまいになっていく展開とか、「ホームズ」と「ワトソン」の設定とか、趣向で楽しませてくれました。で、他にも中身のない甲冑に被害者が突き落とされるトリックやら、小説的には可能だが実際には不可能なトリックを可能にするひねりも、それなりに面白かったです。他にもノックスの十戒は謎解きの重要なヒントになっているし、久生十蘭の作品がモチーフになっているし、で、芦辺らしい博覧ぶりも楽しめます。
 今までにない趣向を、と力んだ新本格は大抵失敗するものですが、まあ、大成功はしていないかもしれないが、少なくとも失敗にはなっていない、という意味で芦辺は凄いですね。


02.1.18読了


『未完成』(古処誠二)

あらすじ

 世界の常識がひっくりかえっても表沙汰にすることができない大事件――二重三重に閉ざされた孤島の射撃場で、何人もの隊員が見守るなか、小銃が消え失せた! 事態を完全な秘密状態のまま解決するという難題に挑むのは防衛庁捜査班の朝香二尉と相棒の野上三曹。謎解きと小説の面白さが奇跡のように調和した傑作!
(裏表紙より)


感想:
 『少年たちの密室』が面白かったので、『UNKNOWN』をすっとばして読んでみました。
 話の作り方とかキャラクター描写とかなかなか手慣れたものを感じましたが、肝心の謎(小銃の消失トリック)がそれほどものすごく不思議なものではないし、謎解きの方もまあ、普通かな、と。HOWはそんな感じで、WHYの方がメインかといえばそうなんですが、これもまあ、ホワイダニットとしてはそれほど意表を突いた意外なものというわけでもないような感じでした。
 で、衆人環視の中での小銃消失という謎をメインにしているものの、自衛隊を取り巻く環境やら防衛論、さらには在日韓国人問題などを細部に織り込んでいくところがきれいにはまっていて、むしろ「新社会派」といった方がいいような話です。
 一日で一気読みしちゃえるような「好作品」ではありましたが、小粒感は否めませんでした。


02.1.25読了


『Q.E.D. 式の密室』(高田崇史)

あらすじ:

 密室で、遺体となって見つかった「陰陽師の末裔」。”式神”を信じる孫の弓削和哉は他殺説を唱えるが……。果たして、崇の推理は事件を謎解くばかりか、時空を超えて”安倍晴明伝説”の闇を照らし、”式神”の真を射抜き、さらには”鬼の起源”までをも炙り出す。
これぞ、紛うことなきQED!
(裏表紙より)


感想:
 全編が袋とじになった「密室本」という装丁には何か意味があるのだろうか、という根本的な突っ込みは抜きにして、本の薄さも抜きにして、QEDのこれまでのシリーズに遜色ない出来だったと思います。歴史の謎と現代の事件の相関という意味では一番良くできているかもしれません。まあ、密室トリックについては歴史の謎を解説するための「前座」という位置づけ程度のものかもしれないので、相変わらずかなり無理したトリックでしたが、その分「式神の正体」という歴史の謎解きがなかなかに衝撃的でした。これって、高田のオリジナルなのか、それともそういう説がマイナーながらも存在するのか、とういのが気になるところです。QEDシリーズはどれもそうですけどね。
 で、今回の話は学生時代のタタルと小松崎の出会いの話なので、回想シーンが中心に描かれています。なので、事件を追いかける推移というのがなくて、経過説明→推理の披露がストレートに書かれておしまい、という感じ。で、最後に次の事件の前振りみたいな台詞があるところをみると、薄さと相まって、「密室本」企画のためにプロローグを抜き出して1冊の本にした、みたいな気がします。まあ、面白かったらか許すけど、そういう出版社側の都合を優先させて欲しくはありません。

02.1.26読了


『盤上の敵』(北村薫)

あらすじ:

 鴨猟に出かける商店主を襲い、殺害する男が登場する。彼は黒のキングという立場を作者から与えられる。やがて男は奪った猟銃を手に、ある家に押し入り、そこにいた女性を人質に立てこもる。
 一方、テレビディレクターの末永純一は、どうしても成功させなくてはならないプランを考えながら、車で家路に向かった。ところが自分の家のまわりをパトカーが囲んでいる。慌てて携帯電話で家にかけると、電話に出たのは妻の友貴子ではなく、黒のキングだった。自分の家に凶悪犯がいる。妻を心配する末永に対し、黒のキングは取引きを持ちかけた。妻の身を第一に考えて、末永はテレビ局の同僚に協力を取りつけ、警察と犯人を同時に欺く計画を立案し、実行に移すのだった。
(「このミステリーが凄い!2000年版」より抜粋)

感想:
 北村らしからぬハードな、トリッキーな作品でした。最初に犯人が銃を奪うシーンは、なんか宮部みゆきを読んでいるような感じで。でも、事件とはあまり関係なさそうな主人公と妻の出会いや妻の生い立ちが事件の進行と交互に挿入されていて、こっちの方は細部のエピソードなどがいかにも北村らしい文章だったと思います。
 ポイントは、主人公がなぜ警察を欺いてまで犯人に協力しようとするのか、という点で、ここの真相とどんでん返しは良かったです。一瞬で世界が反転して、それまでの伏線がぴたっと嵌るという、本格ミステリを読む上での一番の楽しみがありました。
 で、本格としてはそういう意味で面白く読めたのですが、一方、黒のキングといい、妻の元同級生・兵頭三季といい、今までの北村にない雰囲気のキャラで、作品を否応なく暗く、救いのないものにしています。ラストも私にとっては決してハッピーエンドとは思えないので、なんだか複雑な読後感でした。

02.2.9読了


『牙王城の殺劇』(霞流一)

あらすじ:

 「コビトワニのグッチ君を見つけだして欲しいんです」
 ドーベルマンからハリネズミまで、珍ペットならなんでもござれの刃狩動物病院に舞い込んだ、これまた珍妙な事件。忙しい父姉に代わり、現場に乗り込むのは、高校二年生の紋太郎と仲間たち《フォート探偵団》だ。
 UFO、心霊現象など、超常現象(フォーティアン・フェノミナ)を調査し、真の怪奇事件との出会いを渇望する、ちょっとだけ夢見がちな三人組。もはや怖いものなどない!
 彼らが挑戦する相手はワニの楽園《牙王城》。事件は財閥跡目相続問題も絡み、ついには殺人事件まで起こるが……。
(裏表紙より)

感想:
 というわけで、霞流一の新作ですが、富士見ミステリー文庫なんて初めて知りました。ブックススケジューラーが無かったら絶対見落としてたことでしょう、文庫だし。
 で、感想なんですが、小説の中で起こっている不可思議な現象と、その合理的解釈についてはいいのですが(特に、駕籠を担ぐ甲冑の騎士の謎はなかなか凄い)、その謎解きと犯人指名の段で、本来の霞流一らしいロジックの積み重ねが全くないのはいかがなものか。人がごろごろ殺されて、自分らも凶行を受けているにもかかわらず、お気楽に探偵ごっこを続けている高校生たちというのもなんだかアレだし。まあ、ジュニア向け量産ミステリだからしょうがないのかなあ。でも不可思議現象のてんこ盛りといい、動物モチーフといい、一連の作品の列から外れたものではないだけに、ロジックの方ももっとやって欲しかった。まあ、これもシリーズのようなので、奇蹟鑑定人ファイルシリーズとどう区別していくのかも含め、次に期待を託しましょう。次は空飛ぶペンギンの話なのか・・・。

02.2.5読了


←感想目次に戻る

←目次に戻る