感想文(2001年)


『マスグレイヴ館の島(』柄刀一)

あらすじ:

 内と外から施錠された「密室牢獄」の中で墜落死した男と、まわりを食べ物に囲まれたテーブルの上で餓死した男。現代に蘇った”マスグレイヴ館の島”は百年前の奇想のままに、不可思議な死で飾られた。また、島の対岸の岬でも、時を同じくして関係者の死。絶壁まで続いた足跡は飛び降り自殺としか思われなかったが……。
 符号のように繰り返される”墜落死”、海を隔てた島と岬で起こった連続怪死事件にはなにが秘められていたのか。
(表紙折り返しより)

感想:

 とにかく、この人のトリックメーカーぶりにはただただ感心するばかり。足跡トリックについては、「こんなに簡単でいいんでしょうか?」というくらい実に単純なもの。単純すぎて誰も考えつかなかったような、そんなトリックですが、メインの方は『斜め屋敷の犯罪』(島田荘司)ばりの大トリックで、すごいです。しかも、そのトリックを使う必然性や実効性なども実によく設定されています。こんな大トリックものを年に何冊も書かれては、島田荘司の影も薄くなるはずですね。
 突然でてくる二人称とか、「ナルコレプシー睡眠」の設定など、必ずしも大成功を収めているとは言えないようにも思えるのですが、これだけ盛りだくさんにいろんなミステリを盛り込まれると、もうそれだけで満足、という感じはあります。
 ラストのオチは、まあご愛敬という気もしますが、こんなユーモアも好感が持てました。

01.1.10読了


『Dの虚像』(湯川薫)

あらすじ:

 黄昏時の靖国神社――女の叫び声が闇を引き裂いた。巨大な男が少女を連れ去ろうとしている。次の瞬間、二人は時空の裂け目に落ちたかのごとく、この世から忽然と姿を消した……。
道行く人々の目前で繰り広げられた誘拐事件。捜査に乗り出したのは、パソコンを駆使するサイバー探偵・橘三四郎。三四郎は少女の父親宛に送られてきた、DNA暗号を用いて書かれた脅迫文を見事に解き、少女を無事救出した。
 しかしそれは、プロローグにすぎなかった。昆虫学者である少女の父親が密室で串刺しにされるという異様な死体が発見されたのだ。そして、事件の鍵を握る「D」とは?
(表紙折り返しより)

感想:

 物理学の博士号をもつ筆者が生物学に挑戦した一作、なのですが、この人は生物学については(その博覧強記ぶりはともかくとして)、いまいちかな〜、と思いました。だって、秋葉村に秘められた驚愕の秘密については、いくらなんでも無理筋でしょう。生物の進化というのは、そんな風には絶対いかないと思います。太古の生命の発生当時ならともかく、現代でそれをやっちゃあ……。あと、せっかくジェイ・グールドの名前を出すなら、IQの話なんかより進化論の話をしないでどうする!
 この人も井沢元彦同様、フィクションよりノンフィクションの方がおもしろいというのはどうなんでしょう。

01.1.10読了


『Q.E.D 東照宮の怨』(高田崇史)

あらすじ:

 「日光東照宮陽明門」「山王権現」「三猿」「北極星」「薬師如来」「摩多羅神」「北斗七星」そして「三十六歌仙絵連続殺人事件」。東照宮を中心軸とする膨大な謎は、ひとつの無駄もなく線でつながり、時空を超えた巨大なミステリは、「深秘(じんぴ)」を知る祟(タタル)によって見事解き明かされる。ミステリ界に屹立する「QED」第四弾!!

感想:

 第3弾ではベイカー街に脱線したQEDシリーズですが、4弾目はちゃんとこっちに戻ってきて、東照宮の謎に迫ります。百人一首、六歌仙が非常によかっただけに、このパターンでどこまでネタ切れせずに書き続けられるかというのがちょっと不安でした。で、第三弾でベイカー街に飛んだ時はさすがに「やっぱり」と思ったのですが、でも本書を見る限りまだまだこういう歴史ミステリでやってくれそうな感じです。歴史の謎解きネタについてはまだまだ引き出しに沢山そろえていそうな様子で、むしろ歴史ミステリに呼応する現代の事件を構成するのに手間がかかっている風にすら思えました。

01.1.12読了


黒い仏(殊能将之)

あらすじ:

 九世紀、天台僧が持ち帰ろうとした秘宝とは。助手の徐彬(アントニオ)を連れて石動戯作が調査に行った寺には、顔の削り取られた奇妙な本尊が。指紋ひとつ残されていない部屋で発見された身元不明の死体と黒い数珠。事件はあっという間に石動を巻き込んで恐るべき終局へ。ついにミステリは究極の名探偵を現出せしめた!
(裏表紙より)

感想:

 さて、私が今もっとも注目している作家の一人、殊能将之の新作です。前作『美濃牛』に引き続き、名探偵石動戯作が登場しておりますが、今回はあんまり主役という感じがしません。助手のアントニオが実は主役だったりします。で、この話はどうなんだろう・・・。前2作とは作風ががらりと変わっていて、これは「推理小説」ではありません。あえてジャンル分けするならホラーか、あるいはファンタジーと言った方がいいのかなあ。
 そういうわけで作品としては評価不能なんですが、一ついえることは、この帯のセリフ「名探偵が世界を変える!」は近年まれにみるヒットではないかと。私の中で過去の帯ベストは志水辰夫『花ならアザミ』なんですが、内容の深みからするとこちらの帯が上です。本文を読む前と後でこれだけアクロバティックに意味が違って見える帯というのはそうは無いです。というわけで、帯を考えた編集さんが影のMVPなのでした。

01.1.14読了


『真っ黒な夜明け』(氷川透)

第15回メフィスト賞受賞作

あらすじ:

 推理小説家志望の氷川透は久々にバンド仲間と再会した。が、散会後に外で別れたはずのリーダーが地下鉄の駅構内で撲殺された。現場/人の出入りなし閉鎖空間。容疑者/メンバー全員。新展開/仲間の自殺!?非情の理論が唸りをあげ華麗な捻り技が立て続けに炸裂する。(裏表紙より抜粋)

感想:

 というわけで、Eさんご推薦の作品です。凶器としてふさわしいブロンズ像が使用されずに、その台座の方が使用されたのは何故か、というなかなかに魅力的な謎をめぐって二転三転の推理が一番の読みどころで、最終的な回答が他を圧倒して説得力があるという意味でも優れています。
 エラリイ・クイーンにこだわっている作家は有栖川有栖、山口雅也、法月綸太郎、依井貴裕など多く居ますが、その中でもロジックの精度にこだわっているという意味ではこの人が一番の正統派エラリアンといえるかもしれません。

 これは作者のお遊びだと思いますが、登場人物のほとんどの名前が京王井の頭線の駅名から取られています。ちなみに、渋谷(渋谷果寿美)、神泉(和泉五朗)、駒場東大前(高麗美咲)、池ノ上(池上紳一)、下北沢(北沢文孝)、新代田(代田淳一)、東松原(松原俊太郎)、浜田山(浜田辰悟)、高井戸(高井戸豪)、富士見ヶ丘(藤雅樹)、久我山(久我宏介)、三鷹台(三鷹義輝)、井の頭公園(井頭政登志)、吉祥寺(吉寺優子)となり、登場人物表の中では氷川透の他に堀池冴子と早野詩緒里が余っちゃってますが、何か意味があるのかな?
 で、新作『最後から二番めの真実』の登場人物表を見ると、こちらはどうやら東急東横線から取られているようです。どちらも渋谷始発ですね。

01.2.12読了


『ウエディング・ドレス』(黒田研二)

第16回メフィスト賞受賞作

あらすじ:

 純愛か裏切りか。結婚式当日の陵辱から、わたしとユウ君の物語は始まった。そして<十三番目の生け贄>という凄絶なAV作品に関わる猟奇殺人。ユウ君と再会したとき、不可解なジグソーパズルは完成した!
(裏表紙より抜粋)

感想:

 「すべてが謎とトリックに奉仕する、体脂肪率0%の新本格」という帯の推薦文は、かなり絶賛してるように見えてしまうのですが、全文を読んでみると、「キャラ立ちなし、蘊蓄なし、洒落た会話も気の利いたジョークもなし。」という文に引き続いて冒頭の一文が導かれるので、実はあまり褒めているようには思えません。他にも「爆笑のハウダニット」とか言われてるし(確かにすごいバカトリックだったけどね〜(笑))。
 女の視点からの物語では男が死亡しており、男の視点からの物語では女性が失踪しているという不可解な状況の叙述トリックには、騙されたかといえば、騙されたような気もしますが、それほど世界観がひっくりかえされたわけではなく、なんか、「ふ〜ん」という感じで終わってしまいました。メインのトリックについては、『斜め屋敷』以降に新本格作家が粗製濫造した館トリックと大差ない感じのもので、仕掛けが大がかりな割にはやってることがショボいです。

01.2.18読了


『3000年の密室』(柄刀一)

あらすじ:
 密室と化した洞窟で発見された片腕のミイラは、3000年前の”殺人事件”の被害者だった。しかも腕は明らかに死後に切断されていた。
内側から閉ざされた洞窟で、いったい犯人はどうやって消え失せたのか? なぜ死体の腕を切り落としたのか?
一方、多くの謎を持ったミイラの調査がすすめられるなか、発見者の一人が「奇妙な状態」で死んだ。現場には本人の足跡しかなく、自殺にしか見えない状況だったのだが……。
はるか過去の殺人と現代の死、時空を超えて開かれた密室の彼方には、いったい何が見えたのか――。
(表紙折り返しより)

感想:
 というわけで、やっと見つけた柄刀一のデビュー作です。
 3000年前の縄文人のミイラが密室で殺害されたのはどうしてか、という謎について、動機も含めて真っ正面から挑み、それなりに成功を収めています。3000年というタイムスケールでの密室トリックは、さすが稀代のトリックメーカー柄刀一だけあって凄い発想でしたが、現代の事件の方はちょっと薄味だったかな、と。また、考古学上の一大発見をめぐる人間関係など、非常にリアリティの感じられるつくりになっているのですが、主人公の境遇(両親を事故で亡くし、以来「死」というものに対して神経症的になってしまっているという設定など)は、人物像をくっきりさせる意味ではいいのでしょうけど、本格ミステリとしては、その設定自体に特に意味がないので、不要ともいえます。

 テーマとして主眼においているのは、3000年前の密室殺人よりも、考古学をめぐる諸問題の方に傾いてしまっているように思えるので、読む前と読後でちょっと違和感がありました。別に瑕疵ではないですけどね。
 また、文章が、女性が語り手ということもあるのでしょうけど、光原百合を思い起こさせるような文体で、これはちょっと意外な感じでした。

01.3.2読了


『後催眠』(松岡佳祐)

あらすじ:
 嵯峨敏也は謎の女からの電話を受けた。嵯峨にとって、かつて催眠療法の教師 でもあった精神科医・深崎透の失踪を、木村絵美子という患者に伝えろ。女の声 は一方的にそう指示し、電話は切れた。  癌に冒され、余命いくばくもない深崎と、絵美子のあいだに芽生えた医師と患 者の垣根を越えた愛。だがそこには驚くべき真実が隠されていた――。 (裏表紙より)

感想:
 『催眠』より数年前の数年前のお話だそうです。『催眠』ではすっごく颯爽と していて格好良かった嵯峨敏也ですが、『千里眼 ミドリの猿』ではすっかり情 けなくなってしまいました。んで、この『後催眠』では、『ミドリの猿』ほどで はないにせよ、なんかただの脇役になってます。
 松岡佳祐は、こういう超常的な謎に合理的な説得力ある解決をつけるのが非常 にうまくて、毎回感心させられます。今回も、その目的はともかくとして、謎の 女の電話のミステリーについて、「なるほど」と思わせる解決をつけてくれてい ます。で、ラストは、深崎の優しさというか、思いやりの深さに感動したんだろうなあ、やっぱり。

01.3.4読了


『最後から二番めの真実』(氷川透)

あらすじ:
 女子大のゼミ室から学生が消え、代わりに警備員の死体が。当の女子大生は屋上から逆さ吊りに。居合わせた氷川透はじめ目撃者は多数。建物の出入り口はヴィデオで、すべてのドアは開閉記録で見張られている万全の管理体制を、犯人と 被害者はいかにかいくぐったか? 奇抜な女子大生と氷川が究極の推理合戦でしのぎを削る! (裏表紙より)

感想:
 氷川透の新作です。『真っ黒な夜明け』の凶器の謎は、解決編も含めてすばら しかったのですが、今回の「犯人は何故、被害者を屋上から逆さ吊りにしなけれ ばならなかったのか」という謎は、それに比べるといまいちの感はあります。ん で、人の出入りがすべてヴィデオで記録され、ドアの開閉が記録されているとい う設定もなかなかにわくわくさせられるものであったわけですが、使われ方がそ れほどでもなかったような気も。まあ、作中で氷川透本人が「美しくない」と言 ってはばからない解決が真相だったということなので〜(じゃ、何でもっと「美しい」とされた回答の方を真相にしなかったのか、という非常に興味深い問題は 残り、これは考えてみる価値があると思われます)。  で、私が一番興味を惹かれたのは法月綸太郎が過去に発表した論文「初期クイーン論」について解説した場面で、「読者への挑戦」は騎士道精神などとは無関 係に純粋に論理的な要請によって生まれたとか、作品内世界には、論理的に唯一 ありうる犯人、という存在は論理的に言ってありえない、とか、なんか凄いこと になってます。  で、一番笑えたのは作中の氷川透が時々何の前触れもなくメタレヴェルにあが ってきて、すぐ「ああ、ちがうちがう」とかいって作中に戻っていってしまうと ころでした。まじで、本当に笑えます。こんなところを一番気に入られても作者 は困るんだろうけど、でも一番気に入ったところです。

01.3.5読了


『灰夜 新宿鮫Z』(大沢在昌)

あらすじ:
 冷たい闇の底、目覚めた檻の中で、鮫島の孤独な戦いが始まった――。自殺した同僚・宮本の故郷での七回忌で、宮本の旧友・古山と会った新宿署の刑事・鮫島に、麻薬取締官・寺澤の接触が。ある特殊な覚せい剤密輸ルートの件で古山を捜査中だという。深夜、寺澤の連絡を待つ鮫島に突然の襲撃、拉致監禁。不気味な巨漢の脅迫の後、解放された鮫島。だが代わりに古山が監禁され、寺澤も行方不明に。理不尽な暴力で圧倒する凶悪な敵、警察すら頼れぬ見知らぬ街、底知れぬ力の影が交錯する最悪の状況下、鮫島の熱い怒りが弾ける。
(裏表紙折り返しより)

感想:
 前作『風化水脈』では脇役化していた鮫島ですが、今回は近年になく真っ当に主役を張っております。んで、管轄外、手帳も奪われた孤立無援のなか、本当に何度も死にかけて大活躍してます。そういう意味では、全然「軽い」とは思えなかったのですが、ただの暴力団の勢力争いに悪徳警察官がからみ、果ては北朝鮮の工作員まで登場してぼこぼこ人が死んでいく状況は、ちょっとリアリティに欠けるというか、そんな程度の目的のためにここまでやるか? という事件の展開の面でご都合主義的な「軽さ」は感じました。
 で、シリーズ第1作目から言及されている、自殺した同僚からの手紙という「爆弾」についてとうとう詳細が明らかにされるのかと思いきや、同僚・宮本の七回忌というのは単なる発端にすぎず、今回の事件自体とはなんの関わりもないというのはちょっとね。

01.3.12読了


  めいていろんど
『謎亭論処』
(西澤保彦)


収録作品:

 盗まれる答案用紙の問題、見知らぬ督促状の問題、消えた上履きの問題、呼び出された婚約者の問題、懲りない無礼者の問題、閉じこめられる容疑者の問題、印字された不幸の手紙の問題、新・麦酒の家の問題


感想:
 というわけで、『依存』で行くとこまで行ってしまったタックシリーズの短編集です。重苦しかった最近の長編群とは違い、短編では無責任かつお気楽な酩酊推理が楽しめます。どこら辺が無責任かというと、たとえ教え子が被害者であろうと、同僚の子供が殺されていようと、元恋人が殺人犯であろうと、あっけらかんとしているところがなんとも無責任な感じでいいです。
 こういう場合はあくまで酔っぱらいの無責任な思いつきのはずが意外にもつじつまがあっちゃった、というのがミソであって、それが本当に真実かどうかというのは実はどうでもいいことです。だから、後から実は真相はその通りで、というような解説は必要ないんですけどね。ま、人が死なない「盗まれる答案用紙の問題」だからいいか。

 これまでのレギュラーはほぼ全出演なんですが、コイケさんは残念ながら登場しません。あと、ウサコファンにはちょっとショックな出来事があるかも(笑)。

01.4.4読了


『模倣犯』(宮部みゆき)

あらすじ:

 公園のゴミ箱から発見された女性の右腕。それは「人間狩り」という快楽に憑かれた犯人からの宣戦布告だった。
(帯より)


感想:
 宮部みゆきの描く悪人というのは非常に典型的で、同情の余地がひとつも無いような人物が多いのですが、今回の「悪人」はさらにひとまわりグレードアップしていて、もの凄い悪いことをしていながら回りからは立派な人物と思われていて信望も厚いという奴。んで、こともあろうに本当は自分が犯人の事件で、えん罪の容疑者の弁護役を買って出て一躍マスコミの寵児になってしまうという・・・。

 被害者への視点が欠けていると被害者の身内から言われたライター・前畑滋子が、結局最後まで高井家という一番の被害者に対してなんにもフォローしてないというのはいかがなものか。最後に真犯人をハメる引っかけだって、結局自分が溜飲を下げただけの話しだし。その前にワビの一つも入れに墓参りに行けよ。
 それと、これだけ物証がなくて状況証拠が1つ2つあるだけの人がこんな簡単に犯人と誤認されるものか? ワイドショーがゴシップ的に騒ぐのはありそうな話だけど、警察でも、というのはいくらなんでも・・・。だいたい複数犯だといって、犯人グループが2人だけとは思わないでしょう。警察が他に共犯者がいる可能性を最初から考えていないというのはウソっぽいなあ。

 現代ものをしばらく書きたくないと言っている宮部ですが、もしかしたらこんな話を書いて自家中毒を起こしたのが原因かもしれません。それくらいヤな話です。

01.4.10読了


『遠い約束』(光原百合)

収録作品:

 消えた指環、遠い約束T、「無理」な事件――関ミス連始末記、遠い約束U、忘レナイデ…、遠い約束V


あらすじ:
 駅からキャンパスまでの通学途上にあるミステリの始祖に関係した名前の喫茶店で、毎週土曜日午後二時から例会――謎かけ風のポスターに導かれて浪速大学ミステリ研究会の一員となった吉野桜子。三者三様の個性を誇る先輩たちとの出会い、新刊の品定めや読書会をする例会、合宿、関ミス連、遺言捜し……多事多端なキャンパスライフを謳歌する桜子が語り手を務める、文庫オリジナル作品集。
(裏表紙より)


感想:
 というわけで、光原百合の新作です。「人が死なないミステリ」の書き手としては北村薫、加納朋子以上に徹底していて、本作でも殺人事件は一件も起きません。そんなわけで、ミステリとしては謎解きにもトリックにも「小粒」感がどうしても否めません。

 消えた指輪(ミッシング・リング)は、タイトルの通り消えた指輪の謎、です。ハウダニットではなくホワイダニットが中心のストーリーなので、そのトリックの出来映えについて云々してもしょうがないんですけど、でも指輪程度の小さいものだしなあ、その気になればいくらでも隠し場所はあるよなあ・・・。
 遠い約束はT、U、Vともミステリが大好きだった大叔父さんの遺言状(暗号)を探し出して解く話です。この暗号が全然ひねりのない易しいものなのはご愛敬として、そのひねりのないミステリを一生懸命ひねろうとして3話になった、という感じ。
 忘レナイデ…は、「大阪府」と宛名しか書いていない手紙が九年の時を越えて届いた謎、ということで、謎としては一番魅力的かもしれませんが、作者が書きたかったのはこちらもハウダニットではなくホワイダニットなので、謎の解決はさらっと流されてしまっています。ま、その「ホワイ」の方はジュブナイルな感じがよく出ていて、悪くはないですけどね。

 総合的に評して、やっぱりミステリとしてはかなり弱い感じがしましたが、まあ、こういう作風の人がいてもかまわないし、たまに読む分にはよろしいのではないか、と。


01.4.22読了


『BH85』(森青花)

備 考:第11回日本ファンタジーノベル大賞優秀作受賞作

あらすじ:
 毛精本舗の研究者・毛利は自分の研究を認めてもらうために、開発した髪状生命体BH85を自社製品とすり替えて出荷した。ところが、BH85は、突然変異を遂げ、あらゆる生物の皮膚上で増殖しながらそれらの生物を融合し始めた。地球の生物はすべてBH85に取り込まれ、BH85が地球を包み込み始める。


感想:
 吾妻ひでおの表紙に誘われて読んでみました。日本ファンタジーノベル大賞の優秀作受賞作品だそうですが、ストーリーからするとファンタジーというよりむしろホラーです。
 大筋は、なんかキング『ザ・スタンド』をおちゃらけて書いたような感じの話です。ある「人工物」が人類を絶滅の危機に追い込み、その「人工物」に免疫な人たちが新たな世界を築いていく、と。で、その過程で人間が開発したはずのその「人工物」が、実は神の意志みたいなものと繋がっていく、なんていうところが。

 しかし、体中黒緑の毛で覆われた怪物が次々と人や動物を「融合」していくシーンは本当にキモチワルいもので、読みながら体が痒くなるような恐怖を感じたのは『天使の囀り』(貴志祐介)以来のことです。ただ、登場人物がみんなあんまり恐怖を感じていないで妙に呑気なところとか、恐怖の対象であるはずのBH85も至って呑気に会話しているところ、またイラストが吾妻ひでおということで漫画チックな雰囲気になっているところで、そういう不快感が帳消しにされており、不思議な雰囲気のホラーになっているような気がします。


01.4.20読了


『片想い』(東野圭吾)

あらすじ:

 旧友の美月と再会した哲朗は、彼女が性同一障害で現在は男として暮らしていると告白される。美月はさらに大きな秘密を抱えていた。
(折り込み新刊案内より)

感想:
 というわけで、東野圭吾の新刊です。最初の方は『秘密』『白夜行』のような感じのサスペンス色の強い作品かと思って読んでいましたが、佐伯香里の正体を追いだすあたりからはミステリとして引き込まれました。
 話の流れとしては、犯罪とからめてミステリ的興味を引きつつ、現代社会の抱える最新の問題(本作の場合は性同一障害)について問題提起する、というスタイルは宮部みゆき真保裕一が得意としているスタイルかもしれません。で、そういうミステリを週刊誌連載で書いたと言う点で、宮部『模倣犯』と比較してみると、『模倣犯』の方が週刊誌連載の「アラ」であるところの無駄なストーリー展開や細かい破綻が目に付くのに対し、この『片想い』はそういう点が一切なく、前半の展開や伏線を生かし切って矛盾無くラストへなだれ込んでいくあたりは東野のミステリ作家としての「貫禄」というか「格の違い」をまざまざと見せつけられた感じがします。あの賞ハンター・宮部みゆきと比較してすら「格の違い」を感じさせる東野圭吾の作家としての力量の凄さ、と言ったら褒めすぎでしょうか。

 アメフトという競技のポジションによる特性を生かしたキャラクター設定、性同一障害という社会問題と、それに関連する人たちの裏技的問題解決法、またお互いに仕事に打ち込む余り疎遠になっていく夫婦の問題など、読みどころの多い作品ですが、それらをさらに包括して二転三転する真相、友情と感動のエンディング、と、早くも本年のベスト候補と言える作品に出会えました。

01.5.24読了


『動かぬ証拠』(蘇部健一)

収録作品:

 しゃべりすぎの凶器、逃亡者〜片腕の男、黒のフェラーリ、天使の証言、転校生は宇宙人、宿敵、宇宙からのメッセージ、逆転無罪、リターン・エース、再会、変化する証拠

内容:
 細工は完璧のはずだった……。映像や音声を駆使した画期的アリバイ工作の落とし穴。周到な犯人が見落とした想像を超えるダイイング・メッセージの数々。いずれ劣らぬ完全犯罪が思いも寄らない一点から破綻する。その決定的瞬間をラスト1ページにとらえ、究極の証拠を一目瞭然で明かすかつてない本格ミステリ!
(裏表紙より)

感想:
 最後の1ページで、絵で一目瞭然の証拠を突きつける、という、本格ファンとしてちょっと興味を惹かれる作品集です。エピグラフにも引用されているので、たぶん刑事コロンボを意識しているのでしょう。ここの作品を評価すると、「しゃべりすぎの凶器」、「黒のフェラーリ」などはいい感じですが、「逆転無罪」はちょっと分かりにくいです。で、惜しむらくは、どの作品でも決めてとなる「動かぬ証拠」が読者にあらかじめ開示されていないということだけですね。
 あと、二人の刑事、半下石と山田の掛け合いも私は結構気に入っていて、

>「そうですね。”きみはヒロスエ派、それともフカキョン派?”とか”君は焼き肉派、それともすき焼き派?”とかですね。警部はどっち派です?」
>「ヒロスエが正妻でフカキョンが愛人かな……」
>「焼き肉派か、すき焼き派かを聞いたんですよ」
>「え……」

とか

>「おまえ、モーニング娘。のドンジャラがあるのを知ってるか?」
>「は?」
>「娘に牌を借りてくるから、今度囲むか?」

とか。極めつけはこれ

>「妖怪に目がないもので。だから、ひとりで……」
>「はあ、じゃあぬりかべとかお好きなんですか?」
>「ええ、まあ……」
>「ガマボイラーも?」
>「警部、それはデストロンの怪人です」

これって、絶対山田が突っ込むことを期待した半下石のボケだよね(笑)。

01.5.28読了


『続巷説百物語』(京極夏彦)

       のでっぽう   こわい     ひのえんま                       ろうじんのひ
収録作品:野鉄砲、狐者異、飛縁魔、船幽霊、死神あるいは七人みさき、老人火


あらすじ:(表紙折り返しより)
 人の世に凝るもの。恨みつらみに妬みに嫉み、泪、執念、憤り。
道を通せば角が立つ。倫を外せば深みに嵌る。そっと通るは裏の径。
所詮浮き世は夢幻と、見切る憂き世の狂言芝居。身過ぎ世過ぎで片付けましょう。
仕掛けるは小悪党、小股潜りの又市。山猫廻しのお銀、事触れの治平――。
手練手管の指の先、口の先より繰り出されるは、巧緻なからくり、目眩。
邪心闇に散り、禍は夜に封じ、立ち上がるは巷の噂、物怪どもの妖しき姿
のでっぽう   こわい    ひのえんま ふなゆうれい しにがみ ろうじんのひ
野鉄砲、狐者異、飛縁魔、船幽霊、死神、老人火――。

 おんぎょうしたてまつる
「御行奉為――」


感想:
 WOWOWでのシリーズと絡んでいるのかいないのか、「死神」「七人みさき」と同じ話ですが、TVで見たのとは随分印象が違いました。京極は言霊使いなので、映像ではその効果が薄れるということなのかもしれません。で、「死神」「老人火」の間に何やら大きなエピソードがあったようなのですが、それはTVの方でやった「福神ながし」なんでしょうか? 私は「赤面ゑびす」までしか見ていないので〜。

 ミステリとしては、「野鉄砲」「狐者異」でのお札の使い方がうまく作ってあって、特に「狐者異」は何度首を切っても蘇ってくる怪人という謎をミステリ的にうまく決着させていてなかなかいい感じです。また、本書では各編が有機的に繋がっていて、それまで何度も「七人みさき」の話を匂わせておいて「死神」そして「老人火」につなげていきます。これも巧み。

 「百物語」というからには、100話までやるつもりかと思っていたら、どうやら今回で終了のようです。


01.6.7読了


『AΩ(アルファ・オメガ)』(小林泰三)

あらすじ:

 ジャンボジェット機墜落。真空と磁場と電離体からなる世界から、「影」を追い求める「ガ」。再生する男・諸星隼人。宗教団体「アルファ・オメガ」。世界に溢れかえる”人間もどき”。
 ――人類が破滅しようとしている。――
(帯より抜粋)


感想:
 というわけで、小林泰三のハードSFホラー超大作です。
 「影」を追ってきた「ガ」がジャンボジェットと接触して墜落させてしまい、その犠牲者・諸星隼人と命を共有しつつ、敵が現れたら戦闘形態に「変身」するという設定。しかも戦闘形態は3分間ほどしか維持できない。で、主人公の名前が諸星隼人、ときたら何がモチーフになっているか、もうお分かりですね。これで諸星の奥さんの名前が「アンヌ」とかだったら完璧なのに(笑)。何故「沙織」なんだろう。

 それはともかく。今まで我々がおぼろげに想像していた宇宙人というもののイメージを根本から変えてしまうような、とてつもなく柔軟な設定やら、小林泰三がデビュー作から描き続けている「生命」というものに対するクールな思想やら、そして相変わらずのグログロでグチャグチャ、ドロドロのシーンなど、本来ハードSFには相性の悪い私でも面白く読めました。

 で、ラストの隼人と沙織の別れのシーンは、さすがにあの伝説の「ウルトラセブン」最終回には及ばないものの、そのテイストは確かに生かされていました。シューマンのピアノコンチェルトでしたっけ? BGMとして聴こえてくるような気がしました。


01.6.15読了


黄金の島(真保裕一)

あらすじ:

 荒波を乗り越えて日本に行けば、冷蔵庫やテレビのある暮らしができる。そして自由も手に入る――
 ベトナムの若者たちは夢見た。
 もう一度、愛する人に会いたい――
 日本を追われ、ベトナムにたどり着いたヤクザは、帰国を決心した。
 そして彼らは<黄金の島>へと船出した。
(帯裏より)

感想:
 一言でいうと、オンナは怖いってことでしょうか。奈津が怖いと思っていたら、トゥエイの方がもっと怖い。と思っていたらやっぱり奈津の方がもっともっと怖かった、という話です。……って、こんなところで「持病」をこじらせてどうする(笑)。

 本来のメインストーリーであるところの修司やカイの仲間たちの活動も確かに読みどころではあるのですが、私には脇役たち、たとえば奈津や甲村やトゥエイの動向が気にかかりました。特に私がこの物語で気になるのはトゥエイの行動と甲村の行動の背後にあった「思想」で、もしトゥエイが最初の密航計画よりも前に「そのこと」を知っていたのだとしたら、自分さえ助かれば、という身勝手で狡賢く見える行動も、すべて「純愛」ゆえの行動だったことになります。また、甲村の行動も、もし彼が最後に自分がどうなるか(どうされるか)、まで読んでいて、なおかつあの行動に出たとしたら凄い。これも「純愛」のなせるわざでしょう。けど、結末を読めずいたのだったらただのマヌケです。どっちなんでしょうね?


01.6.27読了


『超・殺人事件』(東野圭吾)

収録作品:

 超税金対策殺人事件、超理系殺人事件、超犯人当て小説殺人事件(問題篇、解決篇)、超高齢化社会殺人事件、超予告小説殺人事件、超長編小説殺人事件、風魔館殺人事件(超最終回・ラスト五枚)、超読書機械殺人事件

感想:
 東野圭吾の多彩な作風の中の一つ、「お笑い系」の短編集です。いずれも極端に走りすぎているところが笑えるのですが、「超税金対策殺人事件」「超長編小説殺人事件」は、実際に作家や編集者の方々がこんな風に本作りをしているような気がして、笑っていいのか怒っていいのか迷います(笑)。まあ、これらは実際の作家や編集者に対する批判、もしくは当てこすりのようにも読めるのですが、そうすると「超読書機械殺人事件」は評論家に対する当てこすりか?(笑)。あるいは、読者や編集者も含めた「読書」を取り巻く環境そのものに対する批判なのかもしれません。


01.7.4読了


『オーデュボンの祈り』(伊坂幸太郎)

備 考:第5回(2000年)新潮ミステリー倶楽部賞受賞作

あらすじ:
 警察から逃げる途中で気を失った伊藤は、気付くと見知らぬ島にいた。江戸以来鎖国を続けているその孤島では、喋るカカシが島の予言者として崇められていた。翌日、カカシが死体となって発見される。未来を見通せるはずのカカシは、なぜ自分の死を阻止できなかったのか? ミステリーの新時代を告げる前代未聞の怪作!(表紙折り返しより。アンダーライン部分は本来は傍点)


感想:
 というわけで、「喋るカカシ」が登場する怪作『オーデュボンの祈り』です。最初は、未来を予見できる存在が、なぜ自分の死を予見できなかったのか、という命題がテーマの本格ミステリかと思って読んでいました。が、確かにそういうテイストがあることはあるのですが、私の基準で言うと本格ではなく、ファンタジーです。まあ、ファンタジー苦手の私でも面白く読める作品ではあったので、評価は上の方にしておきます。
 タイトルの「オーデュボン」とは、アメリカの画家、あるいは鳥類学者で、1813年にリョコウバトの群れを発見した方だそうです。リョコウバトはその当時二十億羽の群れで飛んでいくのが目撃されたにもかかわらず、1914年頃に滅亡しています。タイトルの「オーデュボンの祈り」とは、喋るカカシ、優午が言ったセリフ「この島がリョコウバトと同じ運命をたどるとすれば、私はオーデュボンのようにそれを見ているしかないでしょう」「ただ私は祈るでしょう」に由来しています。


01.7.10読了


『千里眼 運命の暗示』(松岡圭祐)

あらすじ:
 捕らわれた岬美由紀を救い出すため、嵯峨敏也と蒲生誠は東京湾唯一の無人島・猿島に向かう。しかしそこには既に、メフィスト・コンサルティングの罠が張り巡らされていた。中国15億人を一斉に操り日本侵攻に向かわせるメフィストの集団マインドコントロールのからくりとは?残された猶予はわずか24時間。そこにはオカルトや超常現象ではない、科学的”催眠暗示”の巧妙なトリックが隠されていた――――。
 岬美由紀と友里佐知子、二人の運命の行方は?「催眠」の入江由香が見たミドリの猿の正体とは?そして日本を襲う未曾有の危機の結末は?
(裏表紙より)


感想:
 ぜんぜんだめでした。『千里眼 ミドリの猿』では、自分が自分の意志で決めていると思っていることが、実は巧妙にコントロールされている、という怖さをリアルに描けていたと思うのですが、今回の中国15億人を操ったマインドコントロールのからくりは、あまりにも「それだけ?」なもので、とうてい納得するわけには行きません。それにこのからくりでは、憎悪の対象が岬美由紀に向かう説明がついていません。
 あと、「ミドリの猿」の正体は、本当に無理矢理すぎて笑えます。たぶん『催眠』ではたんなる錯乱者のうわごととしての意味以上のものは無かった「ミドリの猿」に、何らかの実体を後付けしようとした結果なんでしょうけど。冗談ならともかく、本気でこんなこと書いちゃあ。
 エピローグもだらだらと無意味に長いし、この中での岬美由紀の行動はやっぱり無茶苦茶を極めているし、で、本来シリーズの総決算であるはずの本書後半は結局すべて駄目です。なんか、シリーズ化すると駄目になる見本のような話ですね(笑)。

 私は松岡圭祐という作家自体は買っているので、今後も『煙』とかは読んでみようと思うのですが、この千里眼シリーズはもう駄目でしょう。『洗脳試験』は読むべきかどうか。


01.7.13読了


『サイレント・ナイト』(高野裕美子)

第3回(1999年)日本ミステリー文学新人賞受賞作

感想:
 1999年の日本ミステリー文学新人賞受賞作品です。新規参入の格安航空会社やら、少年犯罪と少年法の問題など、いろいろと旬の素材を取り上げていて興味をそそられるのですが、意外な犯人を設定したばっかりに事件や動機の現実味が薄れ、サスペンスとして物足りなくなってしまったあたりは、故森純氏の作品を彷彿とさせられました。
 まあ、新人だし、次作以降に期待ということで。

01.8.14読了


『少年たちの密室』(古処誠二)

感想:
 これもなぜか少年犯罪と少年法の問題を取り上げていますが、メイン・テーマは大地震で地下の駐車場に閉じこめられ、灯り一つない状態で、どうやって犯人は被害者を殺せたのか、という謎です。で、このトリックが解かれたところで終わりではなく、さらにいろいろとひねりを効かせているところが素晴らしい。これはデビュー作の『Unknown』も読まなくてはなりますまい。

01.8.17読了


『ハリウッド・サーティフィケイト』(島田荘司)

あらすじ:
 
 LAPD(ロスアンジェルス市警)重要犯罪課に持ち込まれたヴィデオ・テープ。そこに映っていたのは、ハリウッドの有名女優・パトリシア・クローガーが自邸で何者かに襲われ、惨殺される様だった。しかも、殺害された後、腹をノコギリで切り裂かれ、子宮と背骨の一部が奪い取られていた。ヴィデオの中で犯人が口ずさんだ「P・A・T・T・Y・I・A・N」は何を意味するのか? LAPDは、パティの親友の女優・レオナ・マツザキに連絡を取った。親友の敵討ちに燃えるレオナは、一人の女優志望の女性と会うことになる。ジョアン・ヴィネシュ。なぜか記憶を失っており、何者かによって腎臓と子宮、卵巣を盗まれていた。覚えているのは、イギリスでイアン・マッキンレーという民俗学者と暮らしていたことと、彼が語って聞かせてくれた『ケルトの伝説』だけ。「子宮」にまつわる話が多いその伝説に、レオナは事件との奇妙な符号を感じた。一方でLAPDに新たなヴィデオ・テープが送られてきた。次の犠牲者はローレン・トランプ。パティやレオナに比べれば、はるかに無名に近い女優だった…。
(帯より)


感想:
 というわけで、実はもう島田にはあんまり期待をしていなかったのですが、その少ない期待からすると、かなりいい出来の部類に入るはずの話でした。しかし、いい出来の部類にはいるはずなのに、読後感は大したことない。何故?

 子宮と卵巣を奪われ、記憶を失ったジョアンの過去に潜む秘密とか、ケルトの神話、大規模な臓器密売組織の活動など、凄い大風呂敷を広げて、それなりに畳んで見せる技術、さらに意外な犯人と意外な真相、といったあたりはかなり評価できるはず。ですが、その大規模な犯罪組織がどうしてこんな阿呆な副業を?とか、細部にはかなりアラが目立つような気がしました。
 で、極めつけはレオナの阿呆さ加減でしょうねえ。自分を過信してとんでもない無茶やって、大した考えもなしに行動した結果さんざ危ない目にあって、あげくの果てに人の命が失われていく。
 こいつが登場しているかぎり島田のミステリに未来はないなあ、と思わずにはいられません。

 なんかラストを読むと、この話はさらに発展して続編へと繋がっていくような雰囲気です。まあ、期待しないで待ちましょう(笑)。

01.8.24読了


『R.P.G』(宮部みゆき)

あらすじ:

 ネット上の疑似家族の「お父さん」が刺殺された。その3日前に絞殺された女性と遺留品が共通している。合同捜査の過程で、「模倣犯」の武上刑事と「クロスファイア」の石津刑事が再会し、2つの事件の謎に迫る。家族の絆とは、癒しなのか? 呪縛なのか? 舞台劇のように、時間と空間を限定した長編現代ミステリー。宮部みゆきが初めて挑んだ文庫書き下ろし。
(裏表紙より)


感想:
 適当な長さで非常に読みやすくて、値段も安いので、それだけで『模倣犯』より評価できちゃいます(笑)。ま、途中でいかにも怪しい動きが出てきたところで真犯人はだいたい分かる思いますけど、その後の犯人の行動まで読み切った武上の戦術にはちょっと感心しました。
 最後の方で犯人が自分の犯行を「正義」のためと言うのを窘める石津刑事が青木淳子の例を引き合いに出しています。でも、青木淳子の場合は放っておくと快楽殺人を繰り返すであろう極悪人を「処分」しているわけだから、今回の犯人とは明らかに犯行の「質」が違うはずで、それを同列に言ってしまっているところに非常に違和感がありました。もしかしたらこの辺に『模倣犯』以前と以降、「現代もの封印宣言」以前と以降の宮部の変節があるのかもしれません。このあたりはもうちょっと考察してみたいと思っています。

 ところで、先日TVで放映された映画「クロスファイア」を見ました。監督が金子修介ということで、迫力ある特撮映像に関しては申し分ないと思うのですが、特撮に重点が置かれ過ぎてしまい、等身大の人間ドラマが宮部の小説からするとかなり物足りない出来のものでした。また、ガメラ関連の俳優&女優がちょろちょろと顔を出すのはちょっとね。


01.9.7読了


『バトル・ロワイヤル』(高見広春)

第5回(1998年)日本ホラー小説大賞候補作

あらすじ:
 西暦1997年、東洋の全体主義国家、大東亜共和国。この国では毎年、全国の中学3年生を対象に任意の50クラスを選び、国防上必要な戦闘シミュレーションと称する殺人ゲーム、”プログラム”を行なっていた。ゲームはクラスごとに実施、生徒たちは与えられた武器で互いに殺しあい、最後の残った一人だけは家に帰ることができる。
 香川県城岩町立城岩中学校3年B組の七原秋也ら生徒42人は、夜のうちに修学旅行のバスごと政府に拉致され、高松市沖の小さな島に連行された。催眠ガスによる眠りから覚めた秋也たちに、坂持金発と名乗る政府の役人が、”プログラム”の開始を告げる。
 ゲームの中に投げ込まれた少年、少女たちは、さまざまに行動する。殺す者、殺せない者、自殺をはかる者、狂う者。仲間をつくる者、孤独になる者。信じることができない者、なお信じようとする者。愛する気持ちと不信の交錯、そして流血・・・・・・。
(裏表紙より)


感想:
 どちらかというと戦時中の青春物語のような、極限状態に置かれた少年少女たちの生き方を描いた作品のように思われ、不快感というのは無かったです。というのは、この物語世界の前提となっている大東亜共和国という存在にあまりにもリアリティが無いからで、こういう独裁国家は相当なカリスマ指導者や共通の宗教思想でもない限りあり得ないでしょう。中学生にもバカにされている総統閣下とか、中学生にも簡単にハッキングされる政府のコンピューターとか。だいたいこの「プログラム」って結局反政府テロリストを育成する以外に役に立つとは思えない。そういうリアリティのない設定にどうしようもなく不快感を感じてしまったホラー小説大賞の審査員の方々は、相当ナイーブな感性の持ち主だったようです。
 では印象に残った登場人物など。

杉村弘樹
 この物語の真の主人公。強くて優しくてしかも一途。格好良すぎ。
七原秋也
 この物語の見かけ上の主人公だが、川田や他の人々に助けてもらうだけで、結局自分では何にもしなかった。『ホワイト・アウト』の富樫の役割を振られていながら情けないことだ。まあ、藤原竜也じゃあしょうがないか(笑)。
三村信史
 私が一番移入したのは彼。他の一部の男どもはせいぜい一人の女を守って戦っていたが、彼だけはクラス全員を救うために行動し、友達を守るために戦った。最初に川田と会ったんだから、その時協力していれば・・・。
川田章吾
 こいつと三村が協力して事に当たっていれば・・・。だいたいラストの方法が可能なんだったらもっと違ったやり方でたくさんの命が助けられたと思う。
相馬光子
 カマ持つ美少女という、この上なくホラーっぽい存在。桐山とともに主人公に立ちはだかるボスキャラになるであろうと推測していたんだけどね。
坂持金発
 映画ではたけしが演じたというが、どうして武田鉄矢じゃなかったんだろうか(笑)。田原、近藤、野村、加藤(何故か彼だけ役名)も同様だけど。

 あと、蛇足ですが、これを読んだ後で2ちゃんねるミステリー板の「メフィスト学園・開校です!」スレッドや、「あなたのナップザックに入っていた武器は?」スレッドなどを読んだら無茶苦茶笑えました。


01.9.15読了


『大東京三十五区 冥都七事件』(物集高音)

       オイマツ   モ      アンマ      ツブテ フ   キタ           ムセ  タタ      サクラ ツツミ メイズ                  チイ   コ
収録作品:老松ヲ揉ムル按摩,天狗礫、雨リ来ル,暗夜ニ咽ブ祟リ石,花ノ堤ノ迷途ニテ,橋ヲ墜セル小サ子,
       ニセ                    ワザワイ コトホ
       偽電車、イザ参ル,天ニ凶、寿グベシ

あらすじ:                                      
 未だ闇深き「冥都東京」に現れる七ツの謎、謎、謎――血を吐く松、石雨れる家、夜泣きする石、迷路の人間消失、予言なす小さ子、消える幽霊電車、天に浮かぶ文字――                                                 あとじよろず
これら奇々怪々、不思議千万の事件を取材するは、早稲田の芋ッ書生にして、雑誌の種とり記者の阿閉万。
                                            ま な せ げんば
かたや、その綾を解いて見せるは、下宿屋の家主で、「玄翁先生」こと間直瀬玄蕃。
この大家と店子の珍妙なる問答の末に、明かされる意外な真相とは?
安楽椅子ならぬ”縁側探偵”の名推理とは?
                    ロジック     ミ ス テ リ
面妖な謎、洒脱な文体、怜悧な論理! 探偵小説の真骨頂がここにある!
瞠目の奇才、ついに本領を現す!
(表紙折り返しより)

感想:
 前作『血食』は、文体は凄いものの内容的にはいまいちパッとしないというか、ミステリとしてはあまり面白くない出来だったのですが、本作の方は内容的にもなかなか良かったと思います。巷ではびこる怪談・奇談とその合理的解釈、さらにその動機に至るまでちゃんと辻褄が合っていて説得力がありました。特に、「天狗礫、雨リ来ル」「暗夜ニ咽ブ祟リ石」「天ニ凶、寿グベシ」での怪現象の解釈(トリック)はいずれもなかなか良くできていたと思います。
 「天に・・」の最後でそれまでの話をすべて括ろうとした力業も、それなりにちゃんと伏線を生かした作りになっていて感心する一方、「そういうラストにしなくても・・・」という気も。
 全体として、物集高音を見直した一作です。

01.9.28読了


『夏の夜会』(西澤保彦)

あらすじ:
 かつての同級生の結婚式に出席した見元は、元同級生たちとの昔話に花を咲かせるうち、かつての担任だった「鬼ババア」井口加奈子が小学校内の旧校舎で死亡した事件を思い出し、推理を戦わせることになった。そして、三十年前のうろ覚えの記憶を掘り起こすうち、いままでそうと思いこんでいた事柄が次々とひっくり返り、そして真実の記憶が徐々によみがえり始める。


感想:
 というわけで、西澤保彦の新作です。あの「メフィスト」より面白いという噂もあるGIALLO<ジャーロ>に連載されてた作品なんですね。
 で、感想ですが、非常に西澤的な作品だと思いました。基本は匠千暁シリーズの酩酊推理だし、スリーピング・マーダーという意味では『黄金色の祈り』、登場人物の過去のトラウマという意味では『依存』と相通じるものがあると思います。さらに登場人物はの名字は包市(かねつつみ)、北朴木(きたほうき)、任美(たらみ)、紅白(いりまざり)、仮(おく)、佐向(そむき)、指弘(いいず)、鬼無(けなし)と、珍名さんのオンパレード。見元(みもと)埴野(はにの)といった名字が普通すぎて変に見えるほどです。

 最後に明らかにされる真相がそれほどインパクトのある衝撃的なものというわけではないのですが、それまでの伏線がきちんと生かされてきれいに解決されているし、そこに至るまで各章ごとに前章をひっくり返し続けてくれるのが、やはり西澤保彦西澤保彦たる所以です。

 んで、酩酊推理なので当然最後にたどり着いた結論が本当に真実かどうかは必ずしもはっきりしません。それどころか、今回は、これまでの酩酊推理では特に問題とはされれいなかった証言者の「記憶」自体が不確かなものとして次々とひっくり返ってしまい、何を信用していいか分からなくなってしまうところが新しいというか、グレードアップしており、今後の酩酊推理のさらなる発展が期待されます。
 さあ、次は『異邦人 fusion』だ。

 ところで、カッパノベルズはいつの間に天を裁断するようになったんでしょう?

01.10.4読了


『ロシア幽霊軍艦事件』(島田荘司)

あらすじ:
 箱根・芦ノ湖の、突如浮かび上がった巨大軍艦。一枚の古い写真から未曾有の歴史が甦る――。
「出たんです。そりゃあもう、それまで見たこともないような、とんでもなく大きな軍艦ですね。……舳先にはこう、双頭の鷲の紋章が描かれた白い旗が立っていて……ロマノフの皇太子の軍艦が、黄泉の国から賽の河原に戻ってきたんですな」
(折り込みより)


感想:
 というわけで、島田荘司の新刊です。芦ノ湖に突如現れたロシアの軍艦という、いかにも島田らしい不可能現象の謎解きと、帝政ロシア、ロマノフ王朝の最後の皇女、アナスタシアを名乗る女性の謎という歴史ミステリを融合した、なかなかの力作でした。レオナが出しゃばらない分だけ『ハリウッド・サーティフィケイト』よりも良かったです。
 今後もこれくらい大人しくしていて下さい>レオナさん。

 今回はいつもの悪い癖であるところの、ロマノフ王朝の再現うんちくストーリーが途中に挿入されていないのがいいのですが、でもやっぱりエピローグには挿入されてます(笑)。まあ、それなりに泣かせるストーリーだし、一応パクリなしのオリジナルと思われるので、これはこれでいいのかもしれませんが。

01.10.12読了


『異邦人』(西澤保彦)

あらすじ:

 あ。思わず低く呻いた。なんということだ。迂闊にも、すっかり失念していた。
真っ先に思い当たらなければいけなかったのに。
ここは一九七七年の世界。昭和五十二年といえば、あの年。
父の永広啓介が、何者かに殺害された年だ。しかも、事件が起こったのは八月。
今月のことではないか。
(中略)いまから四日後に、さっき会ってきたばかりの父の遺体が発見されることになるのだ。
(帯より)


感想:
 SF的設定のミステリでは定評のある西澤ですが、タイムトラベルものは初めてでしょうか。まあ、『七回死んだ男』がその一面を持った作品といえなくもないですが、生粋のタイムトラベルものというのは初めてと言っていいでしょう。
 で、その出来はというと、うーん、うーーーーん、どうなんだろう。
 結局、父の事件の犯人と足跡のないトリックは一応解明されたものの、細かな殺害方法とか動機とか、当時の状況については何にも解決されないというのはいかがなものか。
 で、それは今回の主題ではないと無理に納得するとしても、じゃあなんで主人公がタイムトラベルしたのかという根本の問題が、あの説明では納得出来ない、というか、説明自体が自己矛盾してるんじゃないのかと思うんですね。

 タイムトラベル時に過去に持ち込めるものについての細かいルール設定とか、事件前夜に姉が失踪した原因の推理などに西澤らしさが生きている作品ではあるのですが、やはりタイムトラベルという設定そのものと父の殺害事件という2つのメインディッシュの調理がちゃんとされていないのでは、残念ながら評価は低くならざるを得ません。

01.10.18読了


『ぼっけえ、きょうてえ』(岩井志麻子)

収録作品:ぼっけえ、きょうてえ,密告函,あまぞわい,依って件の如し

備 考:「ぼっけえ、きょうてえ」は第6回(1999年)日本ホラー小説大賞。2000年山本周五郎賞受賞作。


あらすじ:
 ……妾の身の上を聞きたいんじゃて?
ますますもって、変わったお方じゃなぁ。
しゃあけどますますええ夢は見られんなるよ。
妾の身の上やこ聞いたら、きょうてえきょうてえ夢を見りゃあせんじゃろか。
それでもええて?そんなら話そうか……
(表紙折り返しより)


感想:
 審査員全員べた褒めの、短編初の大賞受賞作、しかも山本周五郎賞受賞作、ということで、いやがうえにも期待が高まるわけですが、ん〜、んんん〜、同じホラー小説大賞短篇賞なら「玩具修理者」の方が凄かったかなあ。短編というと、結末とかオチが非常に重要なわけですが、それほど背筋が凍るようなラスト、というわけではなくて、まあ、収録作品はどれもそうですが、なんかオーソドックスな怪談話という感じでした。意外性を求めることに重きを置く私としては、今ひとつ。


01.11.14読了


『鏡の中は日曜日』(殊能将之)


あらすじ:

 鎌倉に建梵貝荘は法螺貝を意味する歪な館。主は魔王と呼ばれる異端の仏文学者。一家の死が刻印された不隠な舞台で、深夜に招待客の弁護士が刺殺され、現場となった異形の階段には一万円札がばらまかれていた。眩暈と浮遊感に溢れ周到な仕掛けに満ちた世界に、あの名探偵が挑む。隙なく完璧な本格ミステリ!
(裏表紙より)


感想:
 というわけで、殊能将之の新作です。
 帯がいきなり「名探偵の死にざま!」で、初っぱなで石動戯作が殺されちまうし、どうなることかと、事件の成り行きよりもそっちが気になりました。まあ、名探偵が最初、ないし途中で死んでしまう話というのは他にもあるけどね、信濃譲二とかメルカトル鮎とか。ただ、本格に破格を持ち込むことで定評のある殊能将之のやることだからなあ、本当に殺しかねないよなあ、と。
 ここに触れるとどう書いてもネタバラになるので、この先具体的な感想が書けないのですが、とりあえず面白かったです。館トリックや名探偵そのものに対する皮肉(パロディ?)が冴えているし、博覧強記なうんちくも面白い。で、著者の公式ウェブサイトに載ってますけど、登場人物名がまた凝っていること。すごいです。


01.12.28読了


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