いつか虚空の上で

1995,9,15発行 『(第二期乱宙塵 巻之壱』掲載

原作 武田 暗

原案 冴速 玲

 作 上杉 明

CLASH 7

 

 真夜中の格納庫に人影が動いた。ほの暗い中に自分を殺しかけたXTが鎮座している。
 「どうしました・・・眠れませんか・・・」
 庫内に光が満ちる。背後から声をかけられて青年は飛び上がった。
 「古村整備班長!」
 古材は右手の人差し指を顔の前に出すと振って見せた。
 「古材のじっちゃま」
 「そう、優秀なパイロットには『じっちゃま』だけでも許しますよ」
 「・・・」
 「無理もない。飲みますか? 明日はたぶん飛行はないですよ」
 「いただきます・・・」
 差し出されたビールのパックを受け取ると大きくあおる。
 「ぶは・・・。実はまだ、足が震えてまして・・・」
 コックビットハッチが吹き飛んだ後の野路の怒りたるや見物だった。
 ジブとその両親を罵り、その場にいた人間とその母親達を罵る様は正常とは思えない。
 古村はその様を無視すると整備員一同に1G−HDのチェックを命じる。
 「いや、とんだことでしたね。中尉」
 自分はコックビットまで上がってくる。
 「いえ、自分の身代わりに。彼女が発進を中止してくれたんです」
 「ほう・・・」
 それだけ言うと更に上へと向かう。
 「古村じっちゃま」
 整備班貞が古村を呼ぶ。
 「これ見て下さい」
 声に緊張が感じられた。
 「どうしました?」
 コックビットから降りていく青年には中身までは聞こえない。
 フラッシュが焚かれたらしい光が上から降ってくる。
 「野路技術長」
 古村が降りてきたのはしばらくしてからだった。パイロット達に嫌みを連発する野路を呼ぶ。
 そして、パイロット二人に聞こえない会話の後に野路が叫ぶ。
 「馬鹿な! そんな馬鹿な話があるか!」
 「しかし、事実です。写真も撮っておきました。感謝するんですな、お嬢さんに。貴重な実験機を失うところだったのですから」
 「馬鹿を言うな!」
 憤然と野路が格納庫を後にする。
 「中尉。自分の感覚をもう少し信じてもよろしいのではないですかな」
 古村は振り向いて言った。
 「HDの発振部が逝かれてましたよ。戦艦用に大量生産してある奴を流用したのでしょうが。ここまで粗悪だと、一回でも撃ったらバーストしてましたね。
 たいしたカンだ」
 青年の目の前が白くなった。

 「そう言われてから震えが止まらなくて」
 もう一口。ビールをあおる。
 「そうか、怖いか」
 もう一人、格納庫に入ってきた人物が二人に声をかける。
 「じっちゃま。俺のビール。あるかい? 優秀なパイロットならそう呼んでも良いんだよな」
 「司令!」
 野中が笑みを浮かべながらビールを受け取ると二人の横に腫を降ろす。
 「じっちゃま。良い趣味してるね。インスタントの偽物じゃないんだ」
 そう言われて、青年は初めてそのビールパックが見慣れたモノでない地ビールの一種であることに気がついた。
 「感覚を鋭くしろよ中尉。今回のような場合は、これからもあるぞ」
 野中は受け取ったビールを一口、頓に流し込むと、そんな青年を椰揺するように言った。
 「しかし、整備不良。もしくは機体の設計不良はパイロットのどんな努力も水泡に帰すのではありませんか?」
 青年は問い直す。
 「空で人が死ぬのは三つの理由がある」
 その問いに答えずに野中は言う。
 「一つは資質がないのに空へ上がった場合。こうならないためにお俸いさんはパイロット候補生から選択する訳だ。もう一つは、本人があきらめた場合」
 「馬鹿な!」
 青年は腰を浮かした。
 「今日みたいに空に上がってHDが暴走した場合、どうやって助かるって言うんですか」
 「手はあるさ」
 野中はビールで喉を湿らせて言った。
 「外装搭載火器が暴発した場合、少なくとも直前の異常は計器によって察知される。
 ならば、直ちに機外投棄後、斜め下へ、高度をエネルギーに変換する速度を利用。現場から水平距離で脱出する。
 この場合、上昇するのは愚の骨演だ。重力に逆らってもいいことは何もないからな。
 ま、訓練中。敵さえいなければ大抵はなんとかなる。死なずに済む玩具があるんだからな。想定するのは得意だろう?」
 あっさりと返された。
 「三つ目は・・・?」
 「不運だった場合。死んじまった奴を責めたって何にもならん。だからよってたかって不運だったといって墓場に放り込む訳だ。
 ま、単座戦闘機が一番気楽さ。少なくとも死ぬのは一人だ」
 そう言ってからまっすぐ青年の方を向く。
 「中尉、自分が死ぬのはかまわんが、WSOは殺すなよ」
 「あ、こんな所に三人ともいたんですか」
 その時、黄色い声が格納庫中に響いた。
 「酷いですねえ。私が野路のヤローにどうこうされたらどうする気なんですか。
 あ、ビールなんて飲んでる。そうそう美味しい焼き鳥の缶詰があるんですよ。食べます? ねえ、食べましょうよ」
 黙っていればお銀髪のお人形さんで通るジブだった。
 野中はやれやれといった表情で立ち上がる。
 「明日は、飛行予定がないし、久しぶりに一杯やるか」
 「賛成! 司令官の許可が降りましたよ。中尉」
 ジブがイの一番に声をあげる。
 領きながら青年は野中の言葉を繰り返していた。
 『自分が死んで、後席要員を助けたんですか? 先輩・・・」

 

CLASH 8

 

 「一応、整備はしましたがね・・・」
 「あてにはするな。でしょう」
 青年は古村に向かって親指を立てた。
 ケチの付きすぎた機体に乗り込んで既に一月。未だ経験したことのない出来事に感動するしかなかった。
 各種点検が終わったはずの機体にどうしてここまで異常が出るのか。神ならぬ身の知ることではない。
 しかし、ここまで酷いと笑うしかないのも確かだった。
 HD異常事態の後に完全オーバーホールを行ったはずの機体。しかし、信じられない事は次々におこった。
 「名前が悪いのでは? 野路技師長」
 嫌みの一つも出るところだ。AI『弥生』は、現在、『五月』となっている。
 つい先日の飛行中。完全にメンテ・フリーのブラックボックスになっているメインAIが消えた。
 『弥生』はどこかへ逝ってしまった。
 還ってこれたのは、手動操縦系統が生きていたからにすぎない。
 自分でも、なんにつけ一応は絶望的観測をする癖がついていることに気付く。
 シユミレーションもおいおい、考えられない状況想定をせざるをえない。もしも、ここへ来る前にこんな想定をしている奴がいたら自分はそいつのことを大笑いしていただろう。
 しかし、
 『今日、『五月』が『六月』になる可能性も否定できないものな』
 という状況だった。
 他に、ジブの様子も気になる。あれ以来、もともと変だった性格が輪をかけているように思えた。が、こればかりは気にしても始まらない。
 「ああ、まともな機体で何も考えずに飛行したい・・・」
 部隊にいた頃の機体がどれだけまともだったか。ようやく解った。単座の気楽さも・・・。
 『発進!』
 珍しく、ごねもせず]Tは大気の中に身を踊らせる。大推力のエンジンが瞬時にして機体高度を上げていく。
 「ロケット並だな、ジブ?」
 様子がおかしいWSOにそう声をかける。
 「あ、ええ。後席異常ありません」
 「了解・・・前席も現在の所、異常なし。
 テスト空域に進入。これより1G−HDテストに入る。

 整備できるだけはした1GーHDにCPU(セントラル・パワーユニット)からのエネルギーを流す。
 「各部異常ありません」
 『発射せよ』
 「了解」
 地上の指示に従い、四分の一に出力を落としたHDの破壊フィールドが前方に放出される。
 「どのくらい大気汚染が進むのかね」
 暢気な考えは、突然暗くなったコックビットとジブの驚愕の声にかき消された。
 「どうしたジブ」
 「HD異常。いえ、HDとCPU接続の異常です。CPU側はHDを認識してません」
 「んな、現実にCPUの全エネルギーがHDに供給、他にはエネルギーが来てないぞ」
 その証拠に、機械式の計器以外は動作を停止している。
 「しかし、データは
HDを認識してません」
 反射的に機械式高度計を見た。テストのため高高度に上がっていたため、まだ、危険な高度には落ちていない。
 『ま、訓練中。敵さえいなければ大抵はなんとかなるものだ』
 その声を想い出し、深呼吸一つ。システムリセットする。
 「認識しません」
 CPUがその全エネルギーを送り込んでいるHDを認識しない。
 「機械式の表面温度計はHDが焼け付く寸前だと言ってる。放棄する。爆破ボルト用意」
 「了解です」
 軽い振動とともに、ショルダーフレームに装備された巨大なHDが投棄される。
 が、動力チューブが引きちぎられた後もCPUはHDのあった場所へ動力を送り続ける。
 「変化ありません。あう!」
 HDが爆発。スクリーンが直ちに可視光線をシャットアウト。その衛撃破にXTは木の葉のように揺れた。
 「姿勢制御。効きません」
 もともとPC98は飛行マージンが負の機体。その推力によって飛行する。飛行ユニットを装備したとしても一種のロケット兵器と言って良い。
 姿勢制御は各部に装備されたバーニアによって行うしかない。が、現在、その各部バーニアへ送られるエネルギーが存在しない。
 サブ・スクリーンに写る、血の気の失せたジブに声をかける暇もなく、異様な振動がコックビットを襲った。
 それまでかろうじて飛行姿勢を保っていたXTが水平きりもみに突入する。
 「んとに! まったく。やりやがったな!」
 CPUから野放図にエネルギーを供給されている肩のハードポイント。
 HD放棄後、鞭のようにしなるエネルギー伝導用フレキシブルパイブ。そこから漏れた熱エネルギーが飛行ユニットの薄い巽を灼いたに違いない。
 「何て馬鹿だ! どうすりゃいいんだ!」
 しかし、XTの全身は動かない。
 ジブが突然叫んだ。
 「いや! 二度と墜ちたくない!
 中に酋長の頭があるのに、ヘルメットだけが床にころがってるのは! いやぁ!」
 サブスクリーンのジブは瘧が起きたかのようにふるえていた。

 

CLASH 9

 

 『ちっ・・・。戦闘神経症か・・・ここまで惨い状況は想定していないが・・・』
 あの状況ではただでさえ煩雑なCPUを利用しない脱出シークエンスを行えるとは思えない。
 『ここで墜ちてたまるか!』
 八方塞がりの状況でここまで自分がやる気になれるとは青年は自分でも驚きだった。
 万一の場合を考え、WSO関連のシステムをカットすると、サブスクリーンを切った。こんなジブの姿は見たくない。
 高度は水平きりもみから脱出しないと危険なレベルに落ちつつある。
 『どうする?』
 CPUは完全に暴走している。
 『まず、1秒、欲しい・・・』
 そのために・・・。青年の指はコンソールを走る。
 そして、CPUが動作を停止した。
 動力を失ったXTは石のように地上へと落ちていく。
 『CPUを切っても切らなくても、状況は全く変化しない!』
 それが青年の結論だった。
 現在もCPUのエネルギーはすべて存在しないHDに流れ込み、空中へ放電されている。
 ならば、高度を失う前に、再起動プロセスを行っても変わりはないはずだった。
 しかし、機体の心臓ともいえるCPUを飛行中に自ら切ることは、パイロットにとってすさまじい抵抗がある。
 それを押し切ることができたのはこれまでのシミュレーションの賜物だった。
 高度さえあれば、CPUの再起動は難しいことではない。問題は高度を失ってからこの行為を行うこと。
 それが青年の架空空間での経験だった。
 CPUが切れると同時に起動プログラムを自作のエマージェンシープログラムへと変更する。通常のチェックプログラムを起動している暇はない。
 『んとに、まったく、こんなもの、作ろうとも思わなかったな! 昔はよ!』
 苦笑が唇に張り付く。
 各種シークエンスを省略しAPU(アシスト・パワー・ユニット)が作動。各部にCPU十分の一ほども出力がないシステムから動力が伝わっていく。
 APUは非整備基地。起動用コンプレッサーのない基地でCPUを起動させるためのユニット。
 CPUとは独立して起動する。
 しかし、それだけで充分だった。カを失っていたコックビットの計器顆や操縦系統が復活した。警報が鳴り響く。
 CPU起動を要求するコマンドラインがディスプレイに映る。
 『その前に、HD完全カット』
 APUの動力でHDへの回路を完全に閉鎖する。
 『スイカ食いたい』
 突然、そんな要求がわきあがった。
 『んとに、訳がわからんな・・・人間の心理って言う奴は。さて』
 APUの動力で水平きりもみを脱出するか、まず、CPUを起動させるべきか。
 『ええい、ままよ!』
 青年は瞬時の躊躇の後で、CPUを起動させた。
 APUの出力だけではきりもみから脱出できても後が続かない。必要なのはCPUの正常作動だけだった。
 高度はもはや余裕がない。そして、APUにも余力がどれほど残っているのか。
 CPU点火用のコンデンサの充電を知らせるメーターのLEDがぎりぎり天下可能を示す黄へと変わった
 が、それ以上変化しない。
 高度計は下がり続ける。深呼吸二つ。確実な点火のためには緑のLEDの点灯が必要だった。
 『後はない。変われ!』
 コックビットに鳴り響く警報がやかましい。
 LEDが緑に変わる。
 『エネルギー充電百二十%』
 自分で思いついた悪い冗談に舌打ちをする。
 起動スイッチを押した。再び、コックビットは闇。
 APUの渾身の一撃がCPUを目覚めさせることができるのか。できなければ死ぬだけ。
 気が狂いそうな静寂。
 なのに、不思議と脱出する気にはならなかった。
 そして、力強いCPUの作動音が響く。
 XTは再び、その翼を取り戻した。

 

CLASH 10

 

 「一体、何があったんだ?
 突然、高度を落上したりして。墜ちるのかと思ったぞ。また、あれか?」
 「いやあ、死ぬかと思いましたよ」
 青年は着陸後、小村の問いに笑いながらそう答えた。
 「詳しいことはレコーダー見て下さい。
 それより、ジブの方が心配です。戦闘神経症のようですが。何かトラウマでもあるんですか? 彼女」
 小村は表情を曇らせる。
 「一年ほど前、ソードフィッシュの事故で前席が死んでる・・・」
 「!」
 青年が息を呑むのと整備員が声をかけてくるのは同時だった。
 「整備班長! 大変です! XT計画が破棄されました」

 深夜、ジブはようやくに終わりのない悪夢から目を覚ました。
 「目が覚めたか。んとに、酷い目にあったな。お互い」
 椅子の背もたれを抱くようにして座っていた青年が声をかける。
 「あ・・・恥ずかしいトコ見せちゃったね」
 溜息を一つついてジブが応えた。
 「あの状態から生還できたんだ・・・」
 「おかげさんでな。だが、そうまでして持ってきた機体だが、いらなくなった」
 「え?」
 ジブが息を呑む。
 「XAが規定通りの性能を出してテストを終了したそうだ。次元破砕なんとか(CD−ROM)も正常に作動。新技術の魂のXTよりも手慣れたシステムの]Aの方が使いモノになったということだ。
 野路技術長は発狂状態。整備班はヤケ酒飲んでるよ」
 「そうか・・・。行くトコなくなっちゃったな・・・。PXのお柿ちゃんでもやるか」
 「それは、PXのお姉ちゃんに悪いと思うぞ・・・」
 青年は表情を変えずに言った。
 「お前のトラウマ、ソード・フィッシュで事故にあった後遺症なんだろ?
 パイロットの首が転がったんだってな」
 「どこで、それを?」
 思わず半身を起こす。
 「後ろ半分は自分で言ってた。前半は小村のじっちゃまから・・・。
 なあ、そうまでして飛ぶのはパイロットのためか?」
 青年に背を向けたジブは鼻声で答える。
 「それしか能がないからね・・・。それに、空を飛ぶのが大好きな人が、命をかけて、救ってくれたんだ。この命、飛ぶことに使わなくちゃ、バチが当たる・・・。
 でも、」
 ジブは枕に顔を埋めた。
 「こんな、トラウマ持ってたら、乗せてくれるパイロットも司令もいたもんじゃない」
 しばしの沈黙。口を開いたのは青年の方だった。
 「実は俺もあの一件は調べたことがあってな。
 首が飛んじまったのはジャスティ・T(チーフ)・カーター一人しかいない。
 ユニット訓練飛行中の事故だ。同乗者はユニットの素体・・・」
 ジブは再び半身を起こすと怒りの炎を目に宿して青年をにらみつける。
 「ふん・・・。
 だったら何だって言うのさ。ユニットは本星にいちゃならないとでも言うの。好きでいるんじゃない! トラウマのおかげで外されたんだ。
 それでも・・・空を飛びたい者の気持ちなんて、あんたに解るはずない!」
 が、青年は穏やかに応える。
 「剛いな・・・。俺など、その場に居合わせなかったのにぶるってた・・・。
 ジャステイ・T・カーターは俺の、ミドルとハイ・スクールの先輩で、俺をパイロットにした張本人だ。
 そして、越えることができないと信じていた目標だった。
 目標が消えちまったら、どうしていいか解らなくなってね・・・。
 ジブは自分で飛びたいと思ったことはあるのか」
 「そんな・・・」
 再び沈黙が部屋を支配した。
 果たして自分の意志で飛びたかったのか。あの時から自分は呪縛されていたのか。
 それは絶対だと思っていた価値観の崩壊だった。
 「二人で飛んでみるか?」
 「え?」
 「お互い酋長に空を飛ぶように仕向けられた人間だ。二人で飛ペばいつか虚空の上で何かわかるかもしれん。どうだ」
 あまりのことに呆気にとられたが、やがてそれは再び怒りに変わる。
 「どうだって? 馬鹿じゃない! 本星地上軍にあたしのいるような場所はない・・・」
 青年はベッドの上に二枚の書類を放った。
 「SSにはある。転属願いだ。俺のサインはしてある」
 「はん・・・。トラウマ持ちと一緒に飛びたいって?」
 一体、この男は何を考えているのか・・・。
 「墜ちない限り、前席が死なない限り、優秀なWSOだろう。お前さん。
 俺は墜ちない。敵がいなければな。今日も墜ちなかった。どうだ」
 「どうだって・・・。そりゃあ、こんないい話はないけれど・・・」
 躊躇するジブに、大げさに溜息をつく。
 「いい話? 馬鹿な。この語はお前さんの方が歩が悪いんだぞ。その代わりお前さんは、【奴ら】のいる戦場で、俺を守らんとならん。どうだ」
 ジブはゆっくりと視線を自分の手に落とした。もう、あの小さな手ではない。
 「わかった。アンタを世界中の人間が敵に廻ろうと守ってあげる。その代わり・・・」
 「了解だ」
 「それから・・・」
 ジブはあわてて続ける。
 「あたし、パイロット・インプリンティングされてないから、我が儘よ。それに・・・」
 青年は器用に肩をすくめた。
 「つたく。先輩の最初で最後の娘として、当座は扱わせていただきましょう。
 ま、おいおい」
 「それと・・・」
 書類へのサインのため、ベッドサイドテーブルを引き出したジブは真剣な顔で問う。
 「酋長は、行ってはいけないところに行ったから命を落とした。
 不適格だったと思う?」
 その姿は事故の時に時間が戻ったかのように儚げに見える。
 青年はその目を見つめて答えた。
 「いや、運がなかったんだ」
 「そうね」
 ジブは笑みを浮かべてサインをしたためると手を差し出した。
 青年も立ち上がると右手を差し出す。
 「これからはシヤルロットと呼んでくれる? 酋長がつけてくれた名前なの」
 「OK。シヤルロット、行けるトコまで行ってみよう。
 虚空の上で何が見えるかわからないけどな」
 そして、二人は固い握手を交わす。
 ここに、型破りな九八乗りが誕生した。

 

 そして、時間は絶え間なく流れ続ける・・・。

 

 親衛隊クーデターに始まるSSS最大の激戦も遠い過去のものとなったそんなある日。
 『ビッグ・モス』に新型機が搬入された。
従来よりも一回りは大きい機体が四機。格納庫に並んでいるのはなかなかの見物。
 ほとんどの人間が見に釆たのではないだろうか。
 が、『ビッグ・モス』で、この機体をそれ以外の感慨をもって見りめる、歴戦の戦士がが二人だけいる。
 「ったく、XTだぞ。シヤルロット」
 「う−ん、驚いたね。こりゃあ・・・。
 ところで中尉、ティラミスの缶詰食べない?」
 「いらん。
 ったく・・・。こいつが来るとはな」
 SSSが計画する一大作戦の切り札として使用される機体が来るとは知らされていたが。
 この機体の原型で死にかけたことは忘れはしない。
 「早すぎた機体だったわけよ」
 シヤルロットが溜息をつく。
 そこへ、声がかけられた。
 「お、いたなブルーノ。実は頼みがあるんだが」
 「あ、上杉中佐」
 二人が振り向くとそこには満面の笑みを浮かべた上司。航空作戦参謀、上杉 明がいた。
 『笑瀕の上司に近づくな』
 二人は本能的に愛想笑いを浮かべるとあとじさる。
 「どこへいくんだい。オークニー大尉。この機体については君がオーソリティだろう」
 二人のその背後に再び冷たい声がかけられる。
 「ははは、ティラー中佐・・・」
 半分ひきつった笑いで、ザカリアス・ティラー情報参謀に応じる。
 『無茶な仕事なくして昇進なし』
 これまた本能が知らせる所だった。
 「私、中尉です・・・。部下なしのフリーランサーで・・・やっつけ仕事がやっとです。見逃して下さい!」
 そう言って周りの連中が呆れるにもかまわず駆け出す。
 あと、数メートルで格納庫から脱出できる。
 どんな戦場でもたった一機で突入し、任務を果たしてきた二人に不可能はないはずだった・・・。
 「あら、よかったわ・・・。お探ししていたんですよ。お二人とも」
 「秘書官殿・・・」
 変哲のない女性用制服を一部の隙もなく着こなした女性がにっこりととろけるような微笑を浮かべて言う。
 「釆ていただけますね」
 『ゲーム・オーバ』
 二人は呟く。
 ブルーノ・オークニーとシヤルロット。
 二人の新たな苦闘が始まろうとしていた。


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