9 書痴、暴走す
「しかし、どうして、こんなにスタンプラリーがはやるのかね」
私としてはまったくわからないのである。貴重なガソリンを消費し、そして、得られる物はスタンプだけ。
「コレクター心理なのではないか」
それはあるかもしれない。
『しりうち』の次は『横綱の里ふくしま』である。が、その途中、
一瞬、青と白のドラム缶のようなものが我々の視界に入り、消えていった。
青白のドラム缶 |
「あ、あれは」
朱雀の目の色が変わる。
「すまんが、寄り道するぞ」
別に問題はない。だいたい、この車のオーナードライバーは朱雀なのだ。というわけで、我々は北海道立青函トンネル記念館へと降り立った。と、朱雀がデジカメを持って走り出す。
「間違いない! くろしお号だ」
芝生をものともせず写真を撮りまくる。
「うぉおお。実物だぁ」
5分程の狂騒の後、彼は大きく息をついた。
「一体、どうしたというのだ?」
「いや、子供の頃の学研の図鑑に、『ひこうき・ふね』というのがあってだな、それに載っていた深海調査挺、毎日飽きずに眺めていたのが『くろしお号』だった。ちなみにもう一つ飽きずに眺めてたのは、『大和』だ」
その頃から筋金入りの軍艦をただったのだな。貴様。
「ともかく、見学するニャ」
青函トンネル記念館 |
珍しい武田の建設的な意見に一同、青函トンネル記念館見学を行う。
入り口で
「芝生に入ってはいけません」
と、朱雀が窓口の小母さんに怒られたりしながら見学を終えた。ここに、朱雀に変わってもう一度お詫び申し上げる次第である。小母さんごめんなさい。もうさせません。
そして、『横綱の里ふくしま』である。おお、さっきの銀色のインプレッサ。スタンプ帳を持ったさっきの兄さんである。
「おや」
「やあ」
また会いましたね状態であった。そして駐車場にはもう一台、白い前モデルのセダンタイプのWRXも止まっていた。楽しそうにソフトクリームなど舐めながらカップルが出てくると駐車場を後にする。
「・・・」
「・・・」
黙って見つめる朱雀と兄ちゃん。ダメージはどちらがでかかったのか? 少なくとも一方的に朱雀がダメージを被ったわけではなさそうである。
兄ちゃん。何故君の彼女はさっきから車から出ようとしないのだ。
何はともあれ、我々も出発する。インプレッサが三重連で突っ走る。しかし、一般国道ならば、充分に彼女なし、ターボなしの『さっちゃん』でもついていくことが可能だった。
「彼女なしは余計だ!
いいか! 貴様等のおかげで俺は生徒からオタク扱い 仕事は忙しい! そして今はお前等につきあってこのざまだ! お前等に笑われる筋合いは無い!」
だから、そういう台詞が出てくること自体、普通人でないと言うか。
「流石は中学の時からのヲタニャ。言ってみれば僕達の方が被害者ニャ」
うーむ、確かに。
「納得するな」
と、ターボフラット4の爆音を響かせて真っ青な丸目のインプレッサが追い抜いていく。
「あ、やっぱりアベックニャ」
うーむ、この国道走っているインプレッサでアベックでないのは我々だけかもな。
「うるさいんだよ!」
旅はまだまだ続く。
10 独者、腹減らす
「なんだよ。なんだよ。いつからインプレッサはアベック車になった? スバルの誇るスポーツタイプではなかったのか」
朱雀の愚痴は先ほどから続いていた。
その間、我々は江差で花見をした後、一路、『上ノ国もんじゅ』へと向かっている。
江差の桜もまた、満開だった。私たちは最良の日に最良の形で花見を行えたらしい。
お城と桜 |
桜満開 |
桜・桜・桜 |
その間は、朱雀も一応感情は安定していた。
「お城と桜。よかったニャ」
「ああ、まったくだ。しかし、桜祭りは5月1日。それまで桜が保つのかね」
「それは、望み薄であろうな。
桜のない桜祭り。なかなかシュールな祭りかであろう」
が、だいたい似たようなコースで観光地を走っているせいだろうか。江差を出てから例の4台のインプレッサがつかず離れず走っている。
NA2リッター、更にATなのは我らがさっちゃんだけなのだろうが結構ついていけるものである。一体、彼らはターボのパワー、どこで使うのだろうか。
「やっぱり、高速道路で使うのかニャ」
高速でもスピード違反はあるのだぞ。武田。
謎である。一部雑誌等ではNA2リッターはパワー不足で使えないなどという表現も目にするのだが。なんだか、物差しが全然違うような気がするのは気のせいであろうか?
「だいたい、レガシィのくせにアベックで乗ってるんじゃないよ」
ととと、今まで会話に参加していない朱雀が呟いた。って、今の対向車、どう見ても定年過ぎの老夫婦である。
「しまったニャ」
そう、しまったのである。現在時間は2時を回る。昼飯の時間はとうに過ぎている。
「今朝の朝食は、軽かったかニャ」
朝市で海鮮丼を食べたのは早くはないのだが。
「朱雀は空腹状態に入ってしまったニャ」
空腹状態の朱雀ほど恐ろしいものはないのだ。高校時代から知る人ぞ知ると言ったものだったらしい。本人もそのことは理解して、通常は気にしているのだが、現状のようなドライブなどでは、時として血糖値が限界以下に下がることがある。
「血糖値、下がるニャ」
わあああああ! そんなところで洒落るんじゃない。武田。
とにもかくにも、『上ノ国 もんじゅ』へと飛び込む。
道の駅 もんじゅ |
「お姉さん、ネギトロ丼三つニャ」
こういう時は、今日のおすすめの丼ものを頼むに限るのだ。第一、即座に対応できるために、材料を大量に仕込んであるから今日のおすすめのはずである。
しかし、待つこと20分。
「こ、これは・・・」
「考え方が違うのニャ」
ネギトロ丼であろうと、凄まじく手の込んだ『ナントカ御膳』であろうと順番にこなしているような雰囲気がある。
だから、遅々としてオーダーが解消できない。カレーだの丼など急いで燃料補給しようとする人間も、この道の駅でのんびりご飯を食べようとする人間も扱いは一緒だ。
「すばらしいニャ。とてもすばらしいニャ」
確かに、GWでなければ、このシステムは人道的かつ、効率的に機能するのかも知れない。しかし、現状では人々の不満をかき立てるだけであった。
ネギトロ丼なんぞ、ご飯の上にネギトロ載っけてタレかけて、海苔と山葵乗っけておしまいだろうが! とか、俺の頼んだカレーライス、ご飯にカレーぶっかけるだけだろ! といった人々の目の前をしずしずとナントカ御膳が運ばれていく。こうして、我々は、ネギトロ丼を諦めたのだった。
11 収集人、迷走す
むろん、『上ノ国 もんじゅ』の食堂についてここで、どうこう言うつもりは全くない。普段ならば充分にお客をこなしているのだろうし、問題はないのであろう。ただ、我々は、二度とGWにここで飯を食わないだろうな。そう思うだけなのだ。
「すみません。ネギトロ丼作り始めてます」
「いえ、順番ですから。まだまだです」
予想通りの質疑応答を終えた後、オーダーキャンセルした我々は再び車上の人となった。
「少し暑いかニャ」
「うむ、GWにしては暑いのだ朱雀」
「エアコンは入れるなよ」
な、何故だ。そんなところで昼食を食べられなかった敵を取る気なのか。根性悪。
「燃費が下がる」
何、何だって。
「うまくいくとリッター13キロ超えられそうなんだ。エアコン使うと燃費が下がる」
そんな莫迦な。快適性を損なってまで燃費競争してどうする気なのだ こいつは。
「暑いニャ。暑いから飲むニャ」
それかい。こいつは。
とにもかくにも道沿いのコンビニに飛び込んでおにぎり等を購入。昼食タイムとする。
「次は、『江差』ニャ」
江差で桜を見た我々が道の駅『江差』の前に『上ノ国もんじゅ』に行ってしまうと言うのも変な話だが、異様に広い北海道。市街地と町の境界線までが微妙に入り組んでおり、こういう事も発生するのだ。
観光名所『江差』の道の駅はびっくりするほど小さかった。スタンプを押して次の目的地、道の駅『あっさぶ』へとむかう。
車と比較して下さい |
「あれ、ニャ?」
しかし、我々がたどり着いたのは道の駅『ルート229元和台』であった。
ルート229元和台 |
「おかしいニャ」
「おかしいなあ」
「おかしいねえ」
おや、あなた方は白いセダンのWRXのアベックさん。
「『あっさぶ』めざしていたのにどうして『ルート229元和台』にきたんだろう」
「どうしてなんだろうね」
その疑問は、我々も同じだった。
「あれ、お兄さん達スタンプラリーかい」
道の駅の小母さんがそう聞いてくる。
「そうなんですが」
「『あっさぶ』通り越しちゃったんでしょ」
図星である。
「229号線を道成に来るとどうしても見逃してしまうんだよね。あそこ。このエリアで唯一227号線だから」
なんと言うことであろうか。一緒に聞いていたアベックさんも動揺する。
「どうしようか」
「どうしようね」
なんか、アベックさんの台詞、ひらがなが多いが文字通りそんな感じなのである。
「またくればいいか」
「うん、またくればいいよ」
そうニッコリ微笑むと二人は北上を開始した。しかし、我々は。
「スタンプの空きがあるのは嫌ニャ」
「ま、仕方がないだろうな」
お前等、本当にそれだけが理由か? 突っ込んでやろうかとも思ったが、こうして我々は『あっさぶ』を目指したのだ。が。
迷った。迷走である。
国道の分岐ではなく、地名標識で曲がってしまって道道を20分も走り畑の真ん中に出たり、今度は戻る道を間違えたりしながら、ようやく『あっさぶ』へ到着したのだ。
道の駅 あっさぶ |
「僕達は勝ったニャ」
「ああ、勝利したな」
何にだよ。お前等。
とにかく、我々はスタンプを押しマグネットを購入。再び元和台へと向かったのである。
12 三莫迦、帰還す
しかし、勝利は敗北の始まりだった。再び229号線に戻った我々は北上を開始する。
しかし、この『てっくいランド大成』への道に栄光はなかったのだ。
元和台に戻ってきたのは4時を大きく廻っていた。そして、大成の道の駅は5時までしか開いていない。
「『大成』の道の駅までには40分くらいかかるよ」
元和台の道の駅で小母さんにそう言われていたにも関わらず、我々はわずかな可能性にかけて北進を開始した。
しかし、時間だけがさくさくと希望を削っていく。途中熊石で給油。
「もう、使っていいぞ、エアコン」
朱雀がレシートを見ながら肩を落とした。
522キロ走って40.2リッター。燃費は1リットル当たり12.99キロ。
「もう少し、粘れば車も軽くなって良かったのにニャ」
「だが、この後、燃料補給可能かどうかわからないからな。警告灯が点灯したら即給油しないと。燃料切れたら目も当てられない。本当なら、半分切ったら燃料補給が本筋だぞ」
背中に哀愁を滲ませて朱雀が言う。ただ、また、やる気なのは間違いない。
で、大成に到着。5:15分。道の駅は固く門を閉ざしていたのだ。
スタンプだけならば紙に押したものがトイレに用意されていた。しかし。
「マグネットも買わなければならないニャ。そのためにはやっぱりやっている時間に来なければならないニャ」
「元和台の小母さんが、『マグネットなら注文できるっ』て、言っていただろうが」
私はそう言うのだが。
「そんな勝ち方をしてどうするニャ」
ををを、何という前向きな発言。だがしかし、この場合、前向きでいいのだろうか。
「で、どうする。更に北上して日本海側の道の駅を探すのか」
ドライバーの朱雀にも疲労の色が濃い。
「旅は、もうこれまでニャ。今回は冒険を諦めるニャ」
今回とはどういう意味だ。武田。
「僕達はまた来るニャ。また来て、今回の恥辱を雪ぐニャ」
僕達とはどういう意味だ。武田よ。
朱雀、貴様も何か言ってやるのだ。
「そうしよう。このままでは業腹だからな」
なんだか、とても疲れてしまった。
こうして我々は帰札を決意した。
「しかし朱雀、大成から北上するのか」
「それは考えないでもないが、今日の朝からの走行距離をとろとろと走ることになりかねん」
「やっぱり高速であろう」
「だろうニャ。では、そう言うことニャ」
早速、アイスボックスから麦酒を取り出す武田だったりする。
結局、私達は一旦南下、八雲に出た。そこのコンビニでカフェイン剤やらを購入する。
「朱雀、これ買うニャ」
「お前、前もそんなこと言わなかったか」
だから、武田、『ネムネムナール』は眠れない夜のための飲み物なのだ。そんなもの飲んだらとんでもないことになるではないか。
更に北上、現在の高速最南端。国縫にたどり着いたのだ。後はあまり語ることはない。
さっちゃんは快適に国縫からの高速道路を北上し、武田は後席で麦酒を飲み、途中、トイレ休憩を要求した羊蹄PAで、我々が目を離した隙に鶏茸そばなど注文するという離れ業をかましてくれた。
「国縫から。料金高いでしょう。絶対高い」
5千円をそう言う札幌料金所のお兄さんに払って、今回の旅は終わりを告げた。
しかし、これが最後のスタンプラリーの旅とは思えないのである。そう。間違いなく。
今回の道の駅スタンプ&マグネットget数
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