人工内耳友の会−東海−
ももちゃんワールド

アイラブ岐阜1(おすすめ岐阜案内)

<目次>
アイラブ岐阜(その1) 幻の帰雲城(かえりぐもじょう)伝説 (1999.5.19)
アイラブ岐阜(その2) 長良川の鵜飼 (1999.5.26)
アイラブ岐阜(その3) 岐阜の鮎釣り場 (1999.5.28)
アイラブ岐阜(その4) 金華山と岐阜城 (1999.6.2)
アイラブ岐阜(その5) 養老の滝 (1999.6.4)
アイラブ岐阜(その6) ホタルの町 (1999.6.8)




アイラブ岐阜(その1)

ももで〜す。
そちく歴史学博士老師様にならって、わたしも郷土のお話をひとつ。
この不景気の世の中、ちょっと皆さんの興味を引くかも?(^_^;)
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幻の帰雲城(かえりぐもじょう)伝説
 合掌造りの集落で有名な岐阜県大野郡白川村(白川郷)に、中世(1500年代)に内ヶ嶋一族が築いた「帰雲城跡」があります。
 天正の大地震(1588年)により、帰雲山が崩落して一瞬にして山津波にあい、帰雲城は埋没、内ヶ嶋一族は滅亡、住民1500人が全滅したといわれています。また、土砂が庄川を堰き止めたため自然の大ダムが出現し、危険のため長い間近づくことも不可能でした。以後400年間、城の位置さえも正確にわからず放置されてきました。従って城の図面や絵も、内ヶ嶋氏の記録も資料も残っていません。(昔、イタリアでベスビオズ山の噴火により、一夜にして灰に埋もれて全滅したポンペイを思わせます。)
 ところが、この白川郷一帯には古来より7つの金山があって、120年間にわたって黄金が発掘され、帰雲城に置かれていたといわれています。古くは足利義政の銀閣寺の建立に際して、おびただしい黄金を献上、織田信長の安土城建設、豊臣秀吉の大阪城建設に際しても献上したとされています。
 金山から掘り出された黄金の半分以上が帰雲城とともに埋まったものとすると、その量は約2兆円と推察されます。
 かくて、帰雲城は幻の黄金の伝説により、にわかに注目を浴びるようになりました。
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みなさま、岐阜へお立ち寄りのせつは、シャベル、つるはしの類をお忘れなく。(^_^;)
(1999.5.19)
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アイラブ岐阜(その2)
ももで〜す。
知っている方も多いと思いますが、観光都市岐阜の看板はなんといってもこれです。
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長良川の鵜飼
 岐阜といえば、長良川の鵜飼で有名ですが、ご多聞に漏れず、最近は観光客が減少してきています。しかし、1200有余年の歴史をもち、風雅な趣を今日に残す鵜飼は、是非皆さんに見ていただきたい伝統の夏の夜の風物詩です。
 金華山を背景に暮色深まるころ、長良川の川面に6隻の鵜舟の真っ赤に燃えさかるかがり火を映し、鮎を狩り下ります。昔ながらの風折烏帽子に腰みの姿の鵜匠の巧みな手縄さはきが間近に見られます。「ホウホウ」と鵜を励ます掛け声、潜っては浮かび、浮かんでは潜る鵜の活躍。人と鵜と舟とが一体となっての古典芸術は鮮やかで息つく暇も与えず、夢幻の境地に誘うばかりでなく、美観というか、壮観というか、まさに一幅の名画を見る想いがします。
 華麗な総がらみをフィナーレとして漁を終わり、一羽一羽の鵜を調べ、やがてかがり火が消え、元の闇に返ります。その余韻に名残は尽きません。

 おもしろうて
    やがて悲しき
       鵜舟かな
              芭蕉

 鵜飼は毎年5月11日〜10月15日まで、仲秋の名月と洪水時を除いて毎夜行います。
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岐阜へおいでの節は、是非ご一報を。 鵜飼を見るのにばっちりな旅館を教えます。(^_^)
(1999.5.26)

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アイラブ岐阜(その3)

ももで〜す。
若鮎のようなぴちぴちの嫁さんを貰う、グフフフ関根さんのリクエストにお答えして。(釣り落とさないようにね)(^_^;)
ちなみに私は鮎釣りはできません。もっぱら「へら」と「あまご」です。
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岐阜の鮎釣り場
 清流長良川は川魚の宝庫。本流はもちろん、各支流全域で渓流釣り、鮎釣りが盛んに行われています。
 わたしも盂蘭盆(8月15日前後)に、郡上郡美並村の両親の出身地へお墓参りに行きますが、地元のいとこたちが毎日のように長良川に行って鮎を山のように釣ってくるのを見ていました。(お客さんにご馳走するためです。)(^_^)
<和良川の鮎釣り>
 郡上郡和良村の清流和良川は鮎やイワナなど魚の宝庫。ここの鮎は形、味ともに評判が高く、6月中旬から8月末にかけて多くの釣り人で賑わいます。釣りには必ず鑑札が必要。
<馬瀬川のあゆ>(まぜがわ)(写真)
 益田郡馬瀬川独特の瀬の多い地形と冷たい清らかな水が育んだ別名「香魚」とも呼ばれる馬瀬の鮎は、天下一品。さまざまな鮎料理をはじめ、あまご、岩魚などの渓流魚料理が、村内の旅館、民宿で賞味できます。また「美輝の里フィッシングセンター水辺の館」では、釣り具のレンタルや馬瀬川の最新情報が得られます。
以下はインターネットからのデータです。(主なもの)
河川名   解禁日 放流量・状況 遊魚料金(円)       問い合わせ先
                       日釣 年釣
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和良村   6月19日 和良川(中原用水堰堤から上流)
1,800キロ放流予定 2,000円8,000円       和良村漁協 0575-77-2321

板取川上流 6月20日 板取川(美濃市・洞戸村境から上流)
3,600キロ放流予定 2,000円8,000円       板取川上流漁協 058158-2134

馬瀬川下流 (1)6月26日 馬瀬川(金山町・馬瀬村境から下流)
                 和良川(中原用水堰堤から下流)
         (2)6月20日 飛騨川(七宗堰堤から上流、金山橋まで)
3,300キロ放流予定 2,000円10,000円       馬瀬川下流漁協 0576-35-2137

馬瀬川上流 6月19日 馬瀬川(金山町・馬瀬村境から上流)
8,000キロ放流予定 2,500円12,000円       馬瀬川上流漁協 0576-47-2434

郡上    6月13日予定 長良川(美濃市・美並村境から上流)
18,000キロ放流予定 2,000円10,000円       郡上漁協 0575-65-2562

くわしいデータは以下のホームページをご覧下さい。
http://www.xnet.ne.jp/fish/gyokyo/ayu99b.htm

車で来るのは大変だから、宿屋を決めて、そこへ釣り道具一式を送って、手ぶらで新幹線で来たら? 駅からレンタカーを利用するとか。岐阜も最近は交通の便がとてもよくなりました。(^_^)
(1999.5.28)

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アイラブ岐阜(その4)

ももで〜す。
おまちかねの(^_^;)アイラブ岐阜、第4弾です。(誰かさんのリクエストにお答えして。)
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金華山と岐阜城
♪ あしたにあおぐ金華山 ゆうべにのぞむ長良川
           (岐阜市立本荘中学校校歌)(^_^;)

 岐阜市の歴史は、「国盗り物語」の斎藤道三と織田信長の存在を抜きには語れません。戦国時代に下克上によって、一介の油売りから城主にまで成り上がった道三と、岐阜を天下統一の足場として、楽市楽座など城下の繁栄に努めた信長。
 緑豊かな金華山(標高338m)にそびえ立つ岐阜城は、岐阜市の中心部からもその雄姿を望める岐阜のシンボル的存在です。金華山には古くからの登山道もありますが、岐阜公園からロープウェイを利用すれば3分で山頂駅に到着します。
 築城は13世紀の初めの鎌倉幕府の執事二階堂氏で、急峻な崖で囲まれた天然の要害でしたが、道三によって近代的な城郭に改修されました。その後永禄10年(1567)8月、不世出の英雄織田信長によって、この城が攻略され、この地方一帯を平定するとともに、岐阜城と改められました。
 信長は、「井之口の里」といわれていたこの地を天下統一の拠点とするにあたって、中国の王朝の首都「岐山」と「曲阜」にちなんで「岐阜」と命名しました。
 栄華を誇った岐阜城も関ヶ原の戦いで落城し、慶長5年(1600)に廃城となりました。現在の岐阜城は昭和31年に再建され、3層4階の天守閣からの眺めはすばらしく、北アルプスや長良川、濃尾平野が遠望でき、「美濃を制する者は天下を制す」と号した道三の言葉が実感できます。
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私は小さい頃、山の頂にはお城があるものだと思いこんでいて、いつも富士山のてっぺんにお城を描いていました。(^_^;) (あっ、エベレストの頂上にノイシュバンシュタイン城が!)
(1999.6.2)

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アイラブ岐阜(その5)

ももで〜す。
突撃みっちぃのリクエストにお答えして。飲んべえの方は必読ですよん。(^_^;)
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養老の滝
 大垣市から30分くらい南下したところ、養老山地の麓に養老の滝で名高い養老公園があります。
 養老の滝は約30mの高さから白い絹糸のように静かに流れ落ちる美しい滝。周辺は岩と老木に囲まれ、水しぶきが霧状に舞い上がり、神秘的な雰囲気に包まれています。
 病中の老父に当時は貴重な酒を飲ませてやりたいと願っていた親孝行の源丞内というきこりが、滝の水をひょうたんに汲んでもちかえりました。老父に飲ませると、あら不思議、水は酒になっていて、みるみる元気を取り戻したということです。
 養老という地名は717年元正天皇がこの地に行幸されて、この孝子伝説を賞して改元された年号で、全国に名が知られ、一時は東海文化の中心地として栄えるほどでした。
 養老神社の境内には、今もこんこんと湧き出る清水(名水百選)、菊水泉があり、酒になったのは実はこの水だと言われています。
 このすぐそばにある素心庵では、ようかんなどの和菓子と抹茶のほか、4月から10月までの流しそうめんが人気です。緑に囲まれた庭園で清らかな天然水とともに流れてくるそうめんは、観光客だけでなく地元の人にも好評です。
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あ、そこのアルチューさん、親孝行の人でないと、いくら汲んでも水が酒にはならないそうですよ。(^_^;)
(1999.6.4)

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アイラブ岐阜(その6)

ももで〜す。
殺伐とした世相の昨今(^_^;)、自然の神秘にふれて、心を一服させませんか?
ということで、お待ちかねの(^_^)アイラブ岐阜シリーズ第6弾でーす。
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ホタルの飛ぶ町 (写真はちょっとまっててね。撮ってくるから)(^_^;)

 岐阜市から車で20分位の本巣町では、6月になると農業用水として利用している糸貫川(席田用水)に源氏ボタルが自然発生し、美しい乱舞が見られます。
 本巣町では、昭和43年に「ホタル保護条例」が制定されて一躍、「ホタルの町」として全国にクローズアップされました。田植えの時期に自然発生するホタルを保護し、さらに多くの人に見て楽しんでもらおうと、ホタルの生態研究が始められました。毎年4月には、町の中学生全員と、地元ライオンズクラブ員で、川の清掃が行われます。
 席田用水1.5kmに沿う道路は、ホタルの見物道路として、ホタルの全盛期には車の通行を禁止しています。  昭和61年には、この席田用水が「岐阜県の名水」として認定され、さらに源氏ボタルが自然の景観と環境の保全に優れていると認められました。
 初夏の夜、独特の黄色い淡い光を放ち、用水のそこかしこに、すーっと現れては消え、消えては現れる一面のホタルはまさに夏の夜の風物詩です。
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私の住んでいる岐阜市でも、小さい頃は夏になるとホタルが家の中に迷い込んでくることがよくありました。ホタルかごとか。。 ホタルの魅力はもうひとつ、独特のかすかな匂いがするんだけど、いかにも夏の匂いという感じでなつかしいですね。 (ホタルいかとは、また別です。)(^_^;)
(1999.6.8)
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アイラブ岐阜2




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